どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
ごめん……
(────愚かな。後衛を置き去りにして突撃するとは……どれだけ強かろうと、所詮は獣か)
アレックスにより、広場にいる黒騎士の半数が蹂躙され始めた直後。
九番隊に所属する黒騎士アイヴィは、隊から数人の仲間を引き連れて離脱し、気配を消しながら大きく回り込むように移動していた。
目的は、アレックスの後方に控える回復術士──マリアベル。
(……若くして天使教の
標的の情報を頭の中で反芻しながら、アイヴィは「やはり、殺すには惜しいな……」と小さく呟いた。
回復術は『自分の魔力を変質させ、他人の魔力に同調させることが出来る』という特異な才能を、生まれつき持っていなければ扱えない技能だ。
主であるアイーシャの元には、外見を度外視しているため才能ある人材が多く集まっているが、それでも回復術を扱える者は数人しかいない。
それも、創傷や単純骨折なら、なんとか治療できるといった程度。
もちろん、それでも十分に優秀な部類には入るのだが、マリアベルとは比べるべくもなかった。
もし、マリアベルがアイーシャの傘下に加われば、黒騎士隊の総合的な戦力は何倍にも膨れ上がるだろう。
なにせ、負傷を気にせずに戦えるのだ。
前線で戦う者にとって、これほど心強い事はない。
それに、マリアベルの価値は戦闘だけではなかった。
回復術を
姿さえ晒さなければ、アイーシャの美貌とはまた別方向からの『信仰』すら得られるかも知れない。
だからこそ、アイヴィは主の「殺せ」という命に背いてでも、マリアベルだけは無力化して捕らえるつもりだった。
そしてそれが、難しい事だとは思わなかった。
A級冒険者パーティーの一員とは言え、マリアベルは戦闘要員ではない。
あくまでも回復術という一芸に特化した後衛であり、彼女が直接戦闘に加わった、という情報は、どれだけ調べても出てはこなかったのだ。
アレックスなり、リディアなりが護衛についていたなら、この人数での捕縛は難しかっただろう。
だが幸いにして、二人ともマリアベルを置き去りにして戦闘を開始してしまっている。
今ならば、確実に捕らえることが出来る。
後方から静かに接近したアイヴィは、一気に距離を詰めてマリアベルを組み伏せようと足に力を込め────
────直後、顔から地面に衝突していた。
「……あ?」
アイヴィは、自分の身に何が起こったのか、全く理解できなかった。
なにかに
後ろから押されたのでも、攻撃を受けたのでもない。
だが現実として、アイヴィは倒れている。
(なにが…………っ!?)
原因不明の事態に混乱しながらも立ち上がろうとしたアイヴィは、自らのさらなる異変に気づいた。
視界が歪んでいる。
転倒した際に脳を揺らしたのかとも思ったが、すぐにその考えを否定する。
脳震盪など、訓練で何度も経験していた。
「うっ……げぇっ!」
その証拠、とでも言うかのように、今度は凄まじい吐き気がこみ上げてきて、たまらずアイヴィは嘔吐した。
体の異変は、それで終わりではない。
全身を悪寒が駆け抜け、突如として割れるように頭が痛み、涙と鼻水が止めどなく溢れ出し、心臓が不規則に脈動を始め、内臓を握りしめられたかのような腹痛が襲いかかってくる。
まるで、重篤な風邪や二日酔い、食中毒、花粉症、熱射病、不整脈などの症状が、全て同時に発症したかのような有様だ。
「……っ!? ……っ!?!?」
もはや、立ち上がるどころではない。
思考をすることすら不可能になったアイヴィは、自分だけではなく仲間も同じ状態になっていることにも気づけぬまま、今まで味わったことのない強烈な不快感に、地面をのたうち回り続けるしかなかった。
◇
「……あの方を攫い、恐ろしい目に遭わせた罰です」
上からも下からも、出してはいけない物を排出しながらのたうち回っている黒騎士たちを横目に見ながら、マリアベルはポツリと呟いた。
その表情は、普段仲間や最愛の少年に向けている慈愛に満ちたものとは打って変わり、まるで凪いだ湖面のように静かで、そして冷たい。
そう、何を隠そうこの
「…………」
今もなお悶え苦しみ続ける黒騎士たちから視線を逸らし、マリアベルは前方で戦うアレックスが吹き飛ばした黒騎士たちに、申し訳程度の回復術を行使する。
それも、アレックスが手加減を間違え、放っておけば死んでしまうであろう重傷者に対してだけだ。
複雑骨折程度の
それぐらい……そう、それぐらい、マリアベルは怒っていた。
彼女の崇拝する愛しい
それが表情に表れていないのは、『怒る』という感情に彼女自身が慣れていないからだろう。
しかし、表情には表れずとも、その怒りはしっかりと行動に現れていた。
彼女の周りで無残な屍を晒している(死んではいない)黒騎士たちが、その犠牲者だ。
黒騎士たちがその身に受けた苦痛は、マリアベルの
マリアベルは回復術の天才であり、世界最大の宗教団体である天使教の中で
その時に、彼女は知ったのだ。
慈悲深い天使教に隠された闇。
魔力とは本来、指紋のように人それぞれ異なる性質を持っており、他者の異質な魔力を注ぎ込まれると拒絶反応が起きて、心身に害を及ぼしてしまう。
その拒絶反応をなくす為に、自らの魔力を変質させ、他者と同調させるのが『回復術』だ。
……では、その
自らの魔力を、他者が最も拒絶反応を
それは、地面に転がる黒騎士を見れば一目瞭然だ。
ありとあらゆる耐えがたい苦痛が、不快感が、彼女たちを内側から蝕んでいた。
優れた回復術士にしか扱えぬ、慈悲とは無縁の凶器。
天使教を拒む異教徒や異端者を、数えきれぬほど悶死させてきた禁忌の
その忌まわしい術を、他者を苦しめる為だけに作られた
後悔はない。
むしろ今回の誘拐事件によって、マリアベルは自の殻を破ったと言ってもいいだろう。
自らが傷つくことを恐れ、他人が傷つくことすらも恐れた臆病な女は、もう存在しない。
「……ふぅ」
ひとつ息を吐いて、マリアベルは
静かな怒りは胸の内に燻っている。
だが、だからといって殺すつもりはない。
痛みを、恐怖を、後悔を。
もう二度と
地面に転がる黒騎士たちが、辛うじてまだなんとかギリギリ生きている事を確認したマリアベルは、彼女たちの存在を意識の外に追いやると、また、飛んできた死にかけの黒騎士たちを回復する作業に戻っていった。
マリアベルの反回復術は、防御不可の即死技(死ぬとは言ってない)。
しかもマリアベルの魔力感知範囲内なら回避も不可能というチート性能。
ただ、感知範囲はエメラルド○プラッシュと同じくらいなので、アイーシャにはかけられなかった。
残念。