「……酷い雨だな」
一段と強く降り続く雨、締め切った窓を雨音と風が叩く音に士道は息を吐いた。
「酷いねー。こんなに強いと雨の中で遊ぶこともできないぞー!」
「いや、それは普通の雨でもやるなよ。風邪ひいたらどうする気だっつーの」
家から出なければ危機感もその程度。白いリボンで赤髪を結んだ士道の妹、琴里のどうにもズレた感想に違う意味でため息を吐く。
「酷くなるとは言ってたけど、これは迂闊に出れねぇな……」
記録的な大型の台風が来るとはニュースで知っていたが、ここまでのものとは思わなかった。家がギシギシと揺れ、外は凄まじい水が溜まっているに違いない。
まあ、それでも心配はないだろうと士道は考えていた。そもそも、士道たちの住む天宮市は空間震災害のために最新の技術を備えた土地。空間そのものを削り取る災害に比べれば、どれほどの豪雨であろうと問題にはならない。士道の家が万が一、というのならお隣の最新鋭オーバーテクノロジーマンションが存分に力を発揮してくれることだろう。
「……ん」
ならば、と士道は目を伏せた。そう、
――――この漠然とした不安は、何なのだろうか。
【――――ごめんね、シン】
声が走った。
「っ!?」
「んー? どうしたーおにーちゃん」
「あ……いや、なんでもない。雨の音かな。気にしすぎた」
窓から振り返れば、訝しげな視線を向ける琴里がいるだけ。
苦笑して誤魔化し、もう一度窓の外を見やる。変わらない、滂沱の如く流れ落ちる雫の礫がガラスを叩いている。
「……気のせい、だな」
そう言い聞かせ、不安に蓋をした。何を不安に感じているのか、それすらわからないならと。
甘く続く快感に、士道は浸り続けていた――――――村雨令音が抱えたものが、崩壊しようとしていることも知らずに。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……やあ、
「あ、こんにちは令音さん……って、びしょ濡れじゃないですか!」
「……ああ、すまない。部屋が濡れてしまうね」
「俺がその方向で心配してると思いますか!? ああほら、タオルで拭きますから……」
「……ん」
被せられたタオルで、水で滴る髪が拭かれる。妹で手馴れているのか、女性の髪に気を遣った丁寧な拭き方――――自分でやれることなのだが、どうしてか士道に甘えてしまっていた。
「先にお風呂入ります? というか、こんなになるなら俺が迎えに行ったのに」
「……ん。少し濡れたい気分だった。それに、冷えたとしても君が暖めてくれるだろう?」
「何ですかその気分。あとそういう含みのある言い方やめてくれません……?」
タオルの下から士道の頬がぴくぴくと引き攣るのが見えて、令音とは違う彼の豊かな表情にクスッと笑みが零れた。
「……いいじゃあないか。君と私の間では、事実だ」
「まあ、そうですけど……じゃあ、遠慮なくしますよ」
一通り拭き終えたタオルを取り払い、士道が視線をぶつける。
いつもの優しい士道ではなく、令音を一匹の奴隷として扱う彼の瞳。獰猛な支配者の目――――その
「……ああ。もちろん――――君の望むままに、私を使ってくれ」
平静を装って首肯を返すことも、慣れたものだった。内面では、士道にどう扱われてしまうのか考えただけで情欲に熱が灯る淫猥な雌、それが今の村雨令音だというのに。
服を脱ぎ捨て、ベッドへ向かう道中に、これだけは濡らすまいと大事にしまっておいたクマのぬいぐるみを小テーブルにそっと置く。
「…………」
置く指が、微かに震えた。ああ、これもいつからだったか。
〝彼〟への想いはある。それは村雨令音の存在理由。同期した人格の存在理由だった。今はそうでなくとも、生まれ落ちた時に抱えていた気持ちに変わりはない。
だが、本当にいつからだろう――――――自分がこの子を持っていることに、酷い罪悪感を抱き始めてしまったのは。
「令音さん?」
「……ん。なんでもないよ」
立ち止まった令音を見て士道が首を傾げた。ああ、いけない。今の令音は彼のためにある。ぬいぐるみから指を離し、士道と共にベッドへ向かう。
そうだ。村雨令音は、五河士道のためのモノだ。丁寧に結い上げるようになった髪。別の意味を持つようになった豊満な胸。彼の大きな肉棒を気持ちよくするためにある秘部。
そのためにある。そのために、令音はここにいる――――――消えようとしているものから、令音は無意識に目を逸らし続けていた。
「令音さん」
「……ん♡」
ベッドの上に腰をかけ、士道のために存分に裸体を晒して、甘く名前を囁かれながら口づけを交わす。
啄むようなキス。そこから、士道の舌先が激しく唇を割る。
「……ちゅ♡……んっ、ちゅる……♡♡」
先手の口づけが遊びのようにしか思えない、舌を絡め取るディープなキス。まだ始まったばかりだというのに、調教され尽くした令音の膣はシーツを愛液で濡らすほどに疼いていた。
「……ぷはっ♡……しどう♡♡」
「はは、焦らない」
「……ぁ♡」
早く突いてほしい。唇を離した途端に舌を出し、士道に媚びを売る令音に対して士道は
いつものように秘部ではなく、首元から胸へ、胸から腰へ。ゆっくり、ゆっくり。令音が擽ったさに身を捩る歩くよりも遅いペースで。
「……っ♡……ぅ♡」
緩急のない指の動き。肌を這う熱先。たったそれだけなのに、令音の身体は細やかな反応を繰り返す。士道を楽しませるためだと、そう調教されているから。
やがて、やっとの思いで士道の指が下部まで差し掛かり、ずぶ濡れになった恥部に音を立てて触れた。一段と大きな声が、淫靡に鳴る。
「……あ♡」
「いやらしい声だ。期待、してたんですか?」
「……う、ん♡」
そんなもの、触れた恥部を見れば一目瞭然だというのに。士道は必ず、令音の口から聞かなければ気が済まない。
もう理解しているから、令音はこうして羞恥を隠しながら士道に向かって頷く。頷いて、身を焦がす快楽がほしいと媚び願う。
そうすれば、士道は令音の理性を溶かし尽くす極楽浄土へ連れ出してくれる。そのはず、だった。
「……し、どう?♡」
ぐちゅ、ぐちゅ。と、膣内に差し込まれ出し入れされる士道の指。だが、その動きは令音が首を傾げてしまうほど緩慢だった。
幾ら令音の身体が敏感だと言えど、その快感では絶頂になど至れない。じわじわと波が寄せては返し、むず痒くなるお遊びの快楽に令音は目を伏せて歯を食いしばった。
「……し、ど……ぅ♡」
「んー、どうしましたー?」
「……あ、ぁ……っ♡♡」
士道はわかってやっている。今さらこのような前戯が令音に必要ないこと、士道が知っていないわけがない。
わざと耳元で囁いて、令音の脳髄を揺さぶる。もはや〈
その間にも意味のない前戯が続く。膣に触れるだけ、快感の蓄積どころか波が引き、ご褒美を我慢させられたのような感覚に、令音はついに士道の肩を掴みながら乞うように声を荒らげた。
「……しど、う♡……おねがい、だから♡……いじわる、しないで……っ♡♡」
「はは、なんのことですか? もっとはっきり言ってくれないと――――――」
「っ……私のおまんこ♡♡士道の指でもっときもちよくして♡ぐちゃぐちゃに掻き回して♡♡雌奴隷の令音に♡あなた様のお慈悲を与えてください……っ♡♡」
――――本当に、変えられてしまった。
自らの口から出たとは思えない淫語の数々に、令音は己の瞳が濁っていく感覚を覚えた。士道のためだけに、変えられていく感覚。
堕ちるところまで堕ちた
「ああ、最高ですよ。最高に、綺麗です――――もっと、無様な姿をみせてください」
言って、士道の手のひらが淡く光を発したと思ったその時、
同時に、令音の身体がベッドの上に押し倒される。
「……あぅ♡」
全身から力が抜ける。そう、士道が願ったからか。目元に触れた布の感覚から、光を奪ったものがたった一枚の布切れ、簡単な目隠しだとわかった。
理解したなら、なんてことはない。ただ令音は次の士道の動きを待つ。
「……?」
だが、何もない。何も来ない。肌に触れられる感覚はなく、令音の身体はベッドの上に転がされているだけ。
たぶん、そういうことだろう。引いた快感に冷静さを取り戻した令音は、士道がしたいことを予測しきる。
「……士道?」
だから士道の返事がないこともわかっている。それでも、
「…………え」
ただ、暗かった。とても暗かった。『私』が見た
どうしてこうなってしまうのか、わからない。わからないけど、
「……や、ぁ」
暗闇が怖い。
けれど、〝私〟はそうではない。〝私〟はその孤独を知っているが、
「……やだっ! たすけて! たすけて士道! 独りにしないで……っ! 士道、士道、しど――――っ!」
唯一許されたのは声だけだ。必死に、子供のように泣きじゃくって士道を呼ぶ。
――――ふと、暗闇が溶けた。
「令音さん」
「…………あ」
いる。そこにいる。
「ごめんなさい。怖がらせるつもりはなかったんです。ほんとに、ごめんなさい」
「……違う。君は、悪くない。……今のは〝私〟が――――――」
誰かに縋り付くことでしか、自己を証明できない『村雨令音』がいけないのだ。それを言葉にする前に、令音の身体が抱き起こされ、対面から抱き締められた。
「……すまない。わからないんだ……〝私〟が、何も……」
「いいんです。令音さんは、俺の傍にいてください。ずっと俺といてください。あなたは、俺のものです」
「……ん」
――――それは、どちらの士道の言葉なのか。
どちらも彼である
「……あ♡」
だが、そんな疑問は待望の刺激に晒され、どこかへ消えてしまった。
恥部に当てがわれた士道の肉棒。開き切った陰裂を擦り付ければ、果ててしまいそうな快感をもたらす愛しい士道のモノ。今の令音には何よりの慰めで、それを完璧に読み取った士道が望むままに嗤う。
「さあ、令音さん。欲しいなら……自分で入れてみてください」
「……うん♡士道のおちんちん♡私の雌マンコに入れさせて――――――」
その瞬間、
「――――――――――――あ」
身体に手を回して、士道と抱き合っているから、向こう側が見えてしまった。
絶対に見られてはいけない。そう思って、ずっとそうしてきた。それが、震えた令音の指で倒れて、こちらを向いていた。
士道の雌奴隷として屈服し、士道だけのモノにされた令音を〝彼〟に見られていた。
それはきっと、『私』と〝私〟を隔てない最後の一線。決して超えてはならない
「あ……あぁぁぁあああああああっ♡♡♡♡」
士道を受け入れた身体は、その思考に至った時には手遅れだと教えていた。
貫く。
何よりも、『私』を裏切った。
「……きもちいい♡士道のおちんちん、自分で入れるの大好き♡♡士道の身体を感じながら、きもちいい交尾するのたまらない……っ♡♡」
見られている。気持ちいい。見せつけている。気持ちいい。
士道の肉棒を全身で受け入れながら、彼と抱き合って肉欲に溺れる。何も考えず、ただ快楽を貪る。言い訳のしようがなく、令音は女としての幸せを選んだ。
己を生み出した使命を、愛を、全て士道に塗り替えて。
「……ちょうだい♡士道のザーメン♡♡令音の子宮にびゅーってして♡♡……雌奴隷として屈服させて♡♡士道のモノにしてほしい……っ♡♡」
「っ……
打ち付けられる腰の動きに合わせて、士道が肉棒で令音の子宮を貫いた。肉の音を立てて、子宮の内側に大きすぎる雄の塊がねじ込まれる。
「……お♡おほっ♡♡……おおおおおおおっ♡♡」
堪えようとして、堪えられない雌の嬌声。
子宮を占拠した肉棒が、その仰々しいまでの亀頭から雄の証を全力で放出した。
「……あぁぁぁぁ♡♡出てる♡♡士道のザーメンが私の子宮の中に♡♡……イ、く♡♡イク♡イク♡イクぅぅぅぅぅぅぅ――――ッ♡♡♡♡」
気持ちいい。気持ちいい気持ちいい気持ちいい。士道だけで染められて、士道のモノにされていく。
士道のモノだと刻まれて、村雨令音は彼のモノだと扱われて、途方もない安心感に満たされ、
「……ん……」
到達したに、令音は士道の温かさに身を委ねたまま、堕ちた。
それは――――〝私〟が初めて得た、眠れぬ女の眠りだった。
【――――おはよう、
目を開いた。身体は起こすまでもなく、
向き合った空間には何もない。令音と
しかし、令音だけは断言することができる。ゆっくりと、令音は唇を開いた。
「……ああ。おはよう――――
ノイズの先にある、
彼女は、令音からの呼称に少し戸惑うような素振りを見せながら声を返す。
【あなたにそう呼ばれるのも、少しおかしな話だね】
「……君こそ、私を令音と呼ぶことはおかしな話だろう?」
【そうかもしれないね。――――ねぇ、〝彼〟に抱かれるのは、気持ちがよかった?】
「……っ」
彼女は事実を問うたまでだ。なのに、令音は『私』の言葉に僅かに顔を顰め、自身の片腕を守るように抱く。
【……聞くまでもないか。私がこうして、令音と接触できているのが証拠だもの。『私』として少しでも生きている限り、私が〝彼〟の傍に近寄れない細工までしていたんだから】
「……私を、消しにきたのかい?」
澪の選択として、それは正しい一手だ。自らの意志を宿しながら、自らの意志とは関わりなく動く個体など価値はない。幾人もの己を生み出せる精霊は、これと同じことを考えて分身を粛清したことがあった。
【それができるなら、した方がいいんだろうね。でも、令音はまだ『私』の力を持ったまま。イレギュラーの中で、無理はしたくない。……だから、眠らされた『私』の意識だけは返してもらいにきたんだ】
「……それは」
否定し、目的を語る澪に令音は息を詰まらせた。
もはや、
【ありがとう、令音。今まで〝彼〟を守っていてくれて。令音の尽力がなかったら、〝彼〟が壊れてしまうところだった】
「……澪。士道は――――――」
【――――〝彼〟は、
その静かなる吐息に、空間が震えた。
【彼との時間は楽しかった? 彼とのデートは楽しかった? ――――ねぇ令音、あなたはどこまでいっても『私』の一部なんだよ?】
「……私は……村雨、令音だ」
彼はそう呼んでくれた。彼は令音を令音として見てくれた。
『澪』ではなく『令音』を見てくれた。けれど、それは――――――
【それは彼が、
「……っ!」
【わかるよ。令音は『私』の一部なんだから。――――令音、気づいてるよね。あなたが別れても、私たちの罪は消えたりしないよ】
どうしても、取り戻さなければならないものがあった。
【私の罪は私のもの。私の罰は私のもの。だけど、あなたは背負うことができる? 何も知らない彼の前で――――――あなたは笑っていられるの、令音】
そのために全てを犠牲にした。全てを踏み躙った。ありとあらゆるものを犠牲にし、自分の欲望のためだけに世界を、少女たちを犠牲にした。
その上に成り立つ『澪』から外れた存在が『令音』だというのなら、罪過は必ず村雨令音を裁くだろう。逃げられはしない。同じものから生まれたのなら、罪を背負うことは必然だ。
「――――――私は」
令音は、言葉に詰まった。『澪』という共有者を失った令音に、答えなどなかった。
その罪を背負っていた存在を無くして、令音は罪を隠して愛した少年の前に立つことができるのか。
罪を隠して、令音は彼の前に立っていられるだろうか。
罪を暴かれたそのとき――――彼は、『令音』を見てくれるのだろうか。
その両方の答えを持たない令音は、もう少年の前に立つことはできない。
【……『私』じゃなくなった令音がどうするのか。私にはもう関係がない。けれど、これだけは言っておくよ――――――『私』は必ず、シンを取り戻す】
妄執。執念。たとえそう呼ばれた人の願いであろうと、罪業を背負うと覚悟を決めた澪に対し、欲に溺れることで生まれた令音が示すことのできるものなど、無い。
だって令音は、士道のモノでありながら――――生まれた時から背負う罪によって、士道の前に立つ資格を失ったのだから。
『私』でなければ士道の前には立てない。全ての罪業を背負う『私』があればこそ、業を背負って士道と重なり合うことができた。
それを無くした〝私〟は、罪業の矛盾に縛られた空虚なだけの器だ。
「…………士道」
縋り付くように、愛しい少年の名を呼んだ――――令音の罪に、巻き込んでしまいたくない。そう思ってしまった。
【それが、令音の選択なんだね】
気配が遠ざかっていく。常にどこかで共有していたものが、消えていく。
【さようなら、村雨令音。あとは――――
その声音は、もう同じであって同じではなく――――言葉通りの意味を、令音に伝えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ん……」
いつの間にか眠っていた意識が覚醒し、士道は微睡みの中で手を伸ばした。傍にある温もりへ。彼女の透き通る髪がある場所へ――――空を切る。
「……え」
まだ夢の中にいるのかと思った。彼女がいないはずはない。
「っ!」
飛び起きる。身体を温めるためにかけられたであろう毛布を剥ぎ、辺りを見渡す。
そこは、変わらぬ部屋。士道と彼女だけの部屋。士道の部屋ではない。彼女がいなければいけない場所。
けれど、
「――――令音……さん?」
声は部屋の中に消える。返答はない。
見渡した士道を置き去りにされたツギハギのぬいぐるみだけが――――――優しく、見守っていた。
さて、背徳にして淫靡な物語のエンディングは悲劇か喜劇か、それとも……
目隠しネタをちょっと使いたかった事情もあり、これが終わればようやく解禁です。発狂ネタを消化しないと使えなかったんですよね。
先に次回を予告しておきますと、エロ無しです。…………エロ無しなんです、ごめんなさい。最初にして、恐らくこの小説で最後の完全エロ無し回となります。これも後に続くシチュエーションのため!何卒ご理解いただけると幸いです。このシリアスが終われば後は本当に好き勝手に書けるんだ、へへへ。
それとリクエストは残らず読ませていただいております。調子に乗って返信してたら読み返す時自分の返信くそ邪魔となっているため増えたら纏めて返信しようかなとか……思いついたら返信待たずに新しいリクエストも全然ウェルカムです。
ではではまた次回〜。エロ無しを許してくださるのなら感想と評価をお待ちしております(土下座)
次回、『ビヨンド・ザ・タイム』。因果の始まりから続くその因縁。迎える結末は。
多分、私の手癖が一番に感じられる回でしょうね……