※この作品はR-18です。

デート・ア・ライブ 令音アビス   作:いかじゅん

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後書きの更に奥にオマケがあります。エロ的には読む必要なくて一応のストーリー的に意味を持たせたやつなので、まあ読む必要ないですね!!私の個人的なこだわりです!!手前の警告に要素は書いてあるので駄目な人はスルーして次回のエロに待機だ。
エロゲだと最終面に挿入歌流れる回。私ほとんどエロゲやったことないですけどね!!









24話

 その日、琴里の起床を促したのはけたたましく鳴り響く通知音だった。

 

「……んんー……」

 

 モゾモゾと枕元に置いてあるスマートフォンを手に取り、まだ開き切らない瞼には眩しすぎる機械の光が当たる。

 時間を見れば、まだ早朝とも言えない時間。二度寝どころか本寝の時間。オマケに外は嵐で騒々しい。今すぐスマホを放り出して布団を被りたかった。

 

「……うぅ、おにーちゃん……?」

 

 そうしなかったのは、通知を響かせた主が琴里の兄だったからだ。

 この時間に、同じ家に住む兄からの着信。解せない気持ちでいっぱいだが、半ば脳死で着信を取って通話を繋いだ。

 

「……もしもしぃ……どーしたのー、おにーちゃ――――――」

『琴里! 令音さんが……令音さんがいなくなった!』

 

 ――――意識が一気に覚醒を果たし、無意識で行われる動作を利用し琴里は己にマインドセットを施す。

 

「……士道、どういうことか説明できるんでしょうね? ドッキリならタダじゃ――――」

『冗談じゃねぇ! 本当に、どこにもいないんだ……っ! 連絡も通じなくて、俺一人じゃ……どうにもっ!』

「っ……」

 

 琴里を冷静にさせた要素は幾つかある。黒いリボンを着けた五河琴里は、自身の使命を果たす〈ラタトスク〉の司令官でいなければならない(・・・・・・・・・)

 司令官とは常に優雅で余裕を持ち、時に厳しく指示を行う。琴里は誰かの上に立つ人間なのだ。ならば、相手がどれほど狂乱していようと自身は冷静であらねばならない。

 もう一つの要素が、まさにその狂乱。声色でわかる。琴里は、こんなにも取り乱した兄をまず見た覚えがない。数々の困難を乗り越え、精霊たちを救ってきた士道がここまで狂乱の中にあり――――――

 

『頼む……力を貸してくれ、琴里!!』

 

 頼る人が己の妹だというのなら、冷静にならないわけがない。

 親友の名を出され、兄に頼られて立ち上がらない妹などいない。少なくとも、琴里は身内の助けを求める声を絶対に見捨てない。

 

「あったり前でしょ。話は〈フラクシナス〉で聞くわ。――――私に任せて、おにーちゃん」

 

 士道のサポートを。それがどのような内容であれ、秘密組織〈ラタトスク〉の大切な使命なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「――――なるほど。肝心なところはともかく(・・・・)、概ねは理解したわ」

「…………」

 

 久方ぶりに、その姿を見た気がした。焦りが極限まで募ると、こうも縋り付く対象が頼もしく見えてしまうものなのか。士道は己の不甲斐なさに苦い顔で拳を握る。

 〈ラタトスク〉司令官、五河琴里。己の妹のもう一つの地位。士道がプレゼントした黒いリボンを両脇で括り、赤いジャケットを肩がけに道に入った司令席に着く。

 

「最近、令音の様子がおかしいとは思っていたけど……あなたが原因だったとはねぇ、士道?」

「……言い訳はしない。令音さんが見つかって、全部話したらみんなに殴られたっていい。正直、事情はどうあれ殺されても仕方がないと思ってるしな」

 

 それを承知の上で、士道は琴里を頼った。令音がいない今、秘密を抱えた士道が一人で琴里を頼るということは、ある程度(・・・・)は話さねば理解してはもらえないと考えたからだ。

 士道と令音の秘密は、破滅そのもの。誰より士道は理解しているつもりだ。だとしても、いなくなった令音を放っておくことなどできなかったし、一人で彼女を探し切れるという思い上がりはできなかった。

 懺悔のように顔を俯かせた士道に、琴里は不機嫌そうに鼻を鳴らし、いつも舐めているチュッパチャプスの棒をピン、と上に立てて声を発した。

 

「するわけないでしょ。あなた一人ならともかく、令音も一緒に隠すような秘密があったならね。――――悔しいけど最近の令音、楽しそうだったし」

「え?」

「な、なんでもないわよ! ちょっと……悔しかっただけ。色んな意味で!!」

「お、おう……?」

 

 赤くなった顔を誤魔化すように、というより余計なことを言った口を縫い合わす代わりに腕を組んでふんぞり返った琴里。しかし、その顔はすぐに真剣なものに変わる。

 

「それで……令音がいなくなった時の状況は?」

「起きたら、いなくなってた。……令音さんが俺に何も言わないでいなくなるのは初めてなんだ。杞憂って線はないと思う……勘だけど、確実だ」

 

 おかしな勘だが、残念ながら外れていることはないだろうと士道は表情を歪める。

 士道はいつも、令音と離れる時はいつの間にか自身の部屋に帰されている。士道の肉体が暴走からくる疲労のため、僅かの間休息を欲する最中のことだが、記憶の中でそうでなかったことはまずない。士道が早く目を覚ました場合でも、令音は必ず士道の傍にいてくれた。

 その確実が崩れた。士道が起きた時、部屋はもぬけの殻。秘密を抱えたリスクに気を遣っていた令音が、琴里を頼らざるを得ない状況を想定せず動くとは思えない。そう考えたからこそ、士道は闇雲に探し回るより先に、琴里の手を借りに来た。

 

「そう。まあ、令音が無断でいなくなった時点で、私もそう考えるわ――――そっちは、何か反応を拾えた?」

 

 琴里が声をかけたのは、士道ではなく自分たちの部下だ。〈フラクシナス〉を支える彼らは、こんな時間の召集にも関わらず、文句一つ零すことなく任に着いてくれていた……幾人か特殊な趣味や日常の後が垣間見えたが、ツッコミを入れる余裕は今の士道に存在していない。

 

「……いえ、村雨解析官は私物を所持していないようです。それらしい反応はありません」

「ありったけの自律カメラを飛ばしていますが、この悪天候ですからね……」

「……屋内にいてくれてると考えたいけど」

 

 ボソリと呟かれた声は、純粋に親友の異常に心を痛めるもので、聞き取った士道に深く突き刺さる。

 士道がもっと、令音のことを見ていればこんなことにはならなかったかもしれない。令音に甘えすぎて、令音のことを何もわかっちゃいなかった――――こうして姿をくらました意味さえ、士道にはわからない。

 

「こっちも最新鋭だってのに、令音のやつこんな時でも優秀なんだから」

「何か手がかり……せめて、人手があれば……っ!」

 

 令音は趣味趣向を明かすタイプの人間ではなく、人間関係も少ない。基本的に、士道や琴里が握っている情報が全てであり、肝心の士道が何も知らない(・・・・・・)となれば、自ずと手は限られてくる。

 ありもしない助けを求める士道。その声は、

 

『――――話は聞かせてもらった』

「……へ?」

 

 艦橋に響く少女の声、それも聞き知ったものだ。士道だけでなく、琴里までその意外な声に面食らっている。

 

「その声……折紙!?」

『私が中継しています』

 

 そして、もう一人答えた。〈フラクシナス〉内で自在に音声を繋げられ、琴里が頭を抱えて唸る人物は一人、或いは一機……というのも全を一とする彼女(・・)には正しいものではない。

 

「マリア……あなた、勝手なことをしてくれたわね」

『緊急事態ですので。優秀な私は、許可より雄弁な方法を選びました』

「せめて司令官の私には許可を取りなさい!」

 

 〈フラクシナス〉管理AI。幾つものリアルボディを持つ『MARIA(マリア)』に他ならない。

 軽快な命令無視に怒る琴里をそこそこに、士道は疑問の声を発した。

 

「折紙。おまえ、どうやって……」

『見張っていた』

「……は?」

『不自然に潰された盗聴器。二人の怪しい雰囲気。夜中における士道の不自然な不在時間。定期的な張り込みが、別の形で役に立ってよかった』

「…………あぁ!」

 

 何を言っているのかと思えばそういうことか、と士道は声を上げる。

 鳶一折紙嬢は、こういう言い方は誤解という誤解を生むかもしれないが、士道に対しては行動力の化身である。盗聴器は序の口、ピッキングは御茶の子さいさい。媚薬劇薬なんでもござれなスーパー高校生なのだ。

 今わかった。折紙と士道が噛み合った理由が。いつもであれば、士道は令音の手で自室へ送られるため張り込みが――両者ともにどういう方法か理解はできないが――無駄に終わっていた。

 が、今日の士道は一人であの部屋から出て〈フラクシナス〉に回収された。その間に、張り込んでいた折紙が士道を補足し、マリアと連絡を取り合うことは不思議ではない。いや、状況と選択はあまりに不思議なのだが。

 信じられない人力作業。しかも雨天決行に士道は心の底から叫びを上げる。

 

「折紙おまえ、まさか毎日張り込んでたのか!? 嘘だろ!?」

『訓練と思えば大したことはない。毎日のように撒かれていたけれど、実を結び士道の役に立てて私は嬉しい』

「あら、よかったじゃない。愛されてるわね、士道」

「他人事みたいに言うなよ! 琴里もちょっと声が引き気味じゃねぇか!!」

 

 なんという恐ろしい執念。なんという愛情。鳶一折紙の驚異的で深い愛の方向に、士道(理性)どころか一時的に沈んだ士道(本能)もさすがに引き気味だった。

 しかし、折紙の行動が余計な思考と判断の時間を大きく短縮したことは間違いない。

 

「折紙、おまえがいるってことは……」

『――――私たちもいるぞ! 令音の危機だ、皆に連絡して私も探しにいく!!』

『わ、私、この街に来たとき陰キャポジ……じゃなくて! 隠れられる場所に当たりは付けてたから、そこを探してみる』

『私も七罪さんと一緒にいきます……〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の力で、雨を抑えながらなら……!』

『かか、嵐とあれば我ら颶風の御子をおいて他にはあるまい!』

『野望。霊力を封印されてから、一度は台風を操ってみたいと夕弦たちは考えていました』

『それは目立ちすぎると思うがの。件の連中に目をつけられては面倒なのじゃ。むくが〈封解主(ミカエル)〉で風を『閉じて』みせよう』

『それはそれでヤバくない!? よっしゃ、ここはあたしの全知の〈囁告篇帙(ラジエル)〉に任せとけ! うおおおおおおお、いでよどこかへ本体が消えちまった〈囁告篇帙(ラジエル)〉ちゃぁぁぁぁぁん!』

『完徹明けで役に立たない二亜の妄言は気にしないように。美九、あなたの人脈もお借りしたいのですが』

『もっちろんですよー! こんな時こそ可愛い女の子の皆さんに――――』

『心配ない。私が隊長たちに協力を要請した』

『あーん! 冗談ですよ折紙さーん!』

 

 声の大渋滞。一体、どれだけ中継しているのか。それぞれの場所からそれぞれの声と忙しなく動く音が散乱して――――士道は、ここにきてようやく笑みが零れた。

 

「みんな……ありがとう!」

『当然っ!』

 

 精霊たちが一斉に答えた。当然(・・)だと。士道がかつて思ったことを、正面から返す。

 否。士道のためだけではない。全員が令音を――――精霊のためを親身になって考え、母のように見守ってくれた令音のことが好き(・・)なのだ。

 人海戦術と言えるほどに人手は集まった。ならば、あとは令音に繋がるものがあれば。これだけの精霊たちが揃っても、士道はどこかで令音を探すことは難しいと思っている。この短期間で誰よりも令音を見てきた(・・・・・・・)士道だからこそ、理屈ではなく肌で感じる。

 

「…………」

 

 何か、何かないのか。あごに手を当て、必死に思案する。

 焦りが段々と落ち着いてきた今だからこそ見えるもの。私物らしい私物を持たずに活動する令音が必需としていたもの――――――

 

「……!!」

「士道!?」

「手がかりがあるかもしれない! それが駄目なら、俺も外で令音さんを探す!! マリア、精霊マンションまで頼んだ!!」

 

 顔を上げ、返事を聞く前に転送装置へ飛び込んだ。

 改装され精度を上げた転送装置を使い、豪雨の中の精霊マンション前まで戻り、脇目も振らず中へと入る。行く場所は決まっている。士道と令音にしか入ることができない秘密部屋だ。

 

「くそ、なんで早く気がつかなかったんだ……っ!」

 

 焦りで目が眩んでいた、とエレベーター内で濡れて張り付いた髪を煩わしく払い、記憶を掘り起こす。

 そう。違和感を覚えるべきだった。今日の情事の直前、いつものようにぬいぐるみを置く令音の様子は僅かにおかしくして――――肌身離さず持ち歩いていたクマのぬいぐるみを、士道が起きたあの時に置いていった(・・・・・・)

 あのぬいぐるみが令音にとって何なのか。ある種の聖域のように感じ、問うことは終ぞしなかった。しかし、それほどのものを置いていった心境の変化は少なくないはずだ。

 

「っ!」

 

 なんでもいいから、とにかく手がかりになればと士道は到着したエレベーターから降りて部屋に飛び込んで、目を大きく見開いた。

 

ない(・・)!? なくなってる……!!」

 

 小テーブルに置き去られたツギハギのぬいぐるみが、なくなっている。近づいて辺りを探るが、勝手に落ちた様子はない。

 見間違えた。いや、そんなわけはない。令音が取りに来た。これも違う。この場所の存在は伝えたし、この周辺にも万が一のため自律カメラが飛んでいる。令音がどれほど奇っ怪な術を使ったところで――――それを使ってまで取りに来るのなら、初めから手放すことはしない。

 なら、どうしてぬいぐるみは消えた。一体どこへ。誰がどうやって何のために――――――

 

「っ……考えるより先に、することがあるだろうが!」

 

 握り込んだ両手をテーブルから離し、来た道を戻る。時間を無為にした間にも、皆が士道と令音のために必死になって動き回ってくれている。

 なら、士道がするべきことは、自惚れではなく令音が一番に答えてくれる(・・・・・・・・・)であろう声を張り上げ、探し回ることだった。

 

 

「――――令音さん! いるなら返事をしてください! 令音さん!」

 

 がむしゃらに走り回りながら、喉を枯らす声量で叫びをあげる。

 無論、土砂降りの雨と風は健在。人らしい人影は見当たらず、士道の声を虚しくかき消すほどの冷たい雨が体中を叩く。

 

「く……令音さん! いるんでしょう!? 出てきてください!!」

 

 ――――諦めてたまるか。その気力の一心だけで、足首まで容易に飲み込む水を掻き分け走る。

 冷たい雨と溜まりとなった水に急速に体力を持っていかれながら、それでも士道は諦めずに声を張り上げる。

 

【っ――――令音さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!】

 

 挙句の果てに、天使を使って街中に届ける〝声〟を解き放った――――――何も、返っては来ない。

 

「ぐ……っ!」

 

 しかも、霊力を込めすぎて体力をさらに消耗し、水の中の障害物に毛躓き水溜まりに全身を浸し倒れ伏す。

 酷い有様だった。服はずぶ濡れで、転んだ衝撃で破けて水が擦り傷に染みる。何より一番情けないのは、士道が何も知らないこと(・・・・・・・・)だ。

 

「何が……何が、令音さんは俺のモノだよ……っ」

 

 拳に力を入れて、立ち上がるために這い蹲る。反吐が出る。何もかもにだ。ろくでなしの自分自身に、本当に腹が立った。

 

「何も、知らないじゃねぇか……何も! 聞かなかったじゃねぇか(・・・・・・・・・・・)!!」

 

 ――――心のどこかで、気がついていた。

 令音の行動。令音の力。あまりにも人間離れした(・・・・・・)それに。彼女の秘密主義に。

 霊力による干渉を、霊力がない方が影響が少ないのだと嘯く矛盾に。

 〈贋造魔女(ハニエル)〉による変身能力が、霊力の暴走を以てしても想定限界を容易く起こす彼女の肉体に。

 あれほど士道が干渉して、壊してしまってなお、令音が令音でいられた精神に。

 

「…………ああ、くそ」

 

 情けない。情けない。本当に――――なんて、無様。

それでも(・・・・)、いてほしかった。聞いたら、二度と会えなくなる気がした。気がついたら、令音は士道の前から消えてしまう気がした。

士道(本能)が欲した――――――士道(理性)が、愛してしまった(・・・・・・・)

 

「なんだよ……それ」

 

 今さら、心から自覚してしまうのか。きっかけは本能の欲望だったのかもしれない。それに引っ張られて、いつの間にかその感情に変わっていたと思っていた。本能から影響を受けて、令音のようにどこかで錯覚してしまっているのだと。これは、本物ではないと(・・・・・・・)

 ああ、ああ。だけど、今この瞬間、胸を焦がす熱は本能じゃなく――――士道(理性)のものだ。そうでなくても、この感情が人間の欲求であるならば、本物も偽物もない。

 

 認めよう。士道(・・)を見てくれたあの時から、惹かれ続けた。恋慕とは違ったはずの理性の心は移り変わって――――――村雨令音への恋心に、なっていたのだ。

 

「今さら……遅すぎるだろうが……っ」

 

 もっと早く、言えばよかった。気づけばよかった。霊力とか、暴走とか、立場とか、どうだっていいと。

 五河士道は、村雨令音と一緒にいたかっただけなのだと。それが、ただいてほしいという感情が――――恋だと思っているから。

 

「く――――そぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 皮膚が削れるのも構わず、水を溜めた地面に拳を叩きつけた。情動のまま、何も知らない己への怒りのまま。

 

 飛沫が、舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、あら。そのようなお姿、見るに堪えませんわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が、止まった。

 

「――――――な」

 

 顔を上げた士道の前に、()がある。

 

 それは、あまりにも鮮烈。あまりにも苛烈。

 

 それは、死神。世界を殺し、人を殺すもの。

 

 それは、紅く、黒い。鮮血と漆黒のドレス。飛沫を弾く淡い光。

 

 それは、精霊。万の命を殺戮せし最凶にして最悪(・・)の精霊。

 

 それは、紅と時を刻みし黄金の双眸を歪め、士道の前に舞い降りた。

 

 その少女は――――世界を壊すほどに、美しかった。

 

「――――狂三(くるみ)!?」

 

 少女の名は時崎狂三(ときさきくるみ)

 天使〈刻々帝(ザフキエル)〉の主にして時の女王。唯一、士道が出会った中で霊力を封印し損なった精霊にして、一万人もの人間を殺し尽くした(・・・・・・)『最悪の精霊』と呼ばれし少女だった。

 

「きひ、きひひひひひひひッ!! どォされましたの士道さん。わたくしを見てそんなにも怯えた顔をなさって。わたくし悲しいですわ、泣いてしまいますわぁ」

 

 大仰に笑い、役者が演技をするように狂三が踊る。

 雨が少女を避け、不均等に結われた射干玉の髪が踊る。

 世界が彼女の前に平伏し、彼女のために回っている。そんな風に思えた。

 

「何の用だ……狂三」

 

 だが、狂三の放つ超然とした雰囲気に呑まれることなく、士道は立ち上がってかの精霊と向き合う。

 

「あら、あら。異なことをお聞きになるものですわ――――――」

 

 刹那、狂三の纏った空気が変わる。雨の粒ではなく、明確な霊力(・・)の波動を受けて水が波打つ。

 士道が目を瞬かせたその時には、狂三は銃口を向け終えていた。

 

「わたくしの目的を、存じ上げない士道さんではないでしょうに――――無論、士道さんを喰らう(・・・)ためですわ。いけませんわよ。そのように無防備な姿を晒していては」

「…………」

 

 男を魅了する端正な貌を愉悦に歪ませ、蠱惑の権化が士道の運命の前に立ち塞がる。

 時崎狂三の目的。それは、士道の中に封印された膨大な霊力だ。

 

「ふふ。十人分の霊力を暴走させ、肥大化したあなたの力は、さぞわたくしを満たしてくれることでしょう」

「……やめとけ。ろくなもんじゃねぇ、腹壊すぞ」

「きひひひっ! そうですわねぇ……一歩間違えば、わたくしでも危うい劇薬。ですが、今は(・・)大人しくなっているのでしょう?」

「……っ」

 

 暴走への言及と、確信を以て行われる物言い。

 狂三は、どこまで知っている? その疑問が士道を追い込む。超然とした態度で相手を追い込み、掌握するのが狂三という精霊の厄介なところだ。

 だが、狂三に怯えた過去の士道はいない。銃口に晒されながら、一歩前へ進んで声を発した。

 

「退いてくれ、狂三。今はおまえの相手をしてる暇はないんだ」

「交渉と呼ぶには荒いですわね。士道さんに邪険にされてしまうなんて、この不幸をわたくしは忘れることはないのでしょう。ああ、ああ。悲しいことですわ」

「っ……頼む! 今は令音さんを――――」

 

 狂三が双眸を細め、針が時を数える間に士道の言葉を遮った。

 

「――――ああ、無駄ですわよ」

「な、に……?」

 

 単なる否定ではない色を感じ、士道の言葉は途切れた。代わりに、狂三が冷徹な貌で続ける。

 

「『あの女』が干渉した今、あなたの知る村雨令音はもはや抜け殻(・・・)ですわ。士道さんが寄り添うなどと残酷なこと(・・・・・)は、止めて差し上げるのが慈悲というものですわ」

「おまえ、何か知ってるのか!?」

 

 ハッタリとは思えない口振りに士道は狂三へ詰め寄る。

 言っている意味は理解できない。が、狂三は間違いなく令音に関して何かを知っていた。

 

「もう手遅れだと申し上げましたわ」

「それで、納得できるわけないだろ!!」

「さて、さて。わたくし――――――時間の浪費が、この世で一番嫌いですわ」

 

 指がかけられた引き金に、殺気(・・)が籠る。

 それでも引くわけにはいかない。狂三が士道の命を狙う精霊だということは知っている――――それでも(・・・・)、それだけではないと士道は信じていた(・・・・・)

 

「狂三ッ!!」

「無駄ですのよ。今のあなたでは(・・・・・・・)

 

 ――――時間の終わりを告げるように、撃鉄が鳴る。

 

「――――――――――」

 

 息を呑む。避けることはできない。動くこともできない。

 その黒の銃弾は雨粒を弾き、硬直した士道の身体を貫き。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【一〇の弾(ユッド)】」

 

 

痛みのない天使の一撃(・・・・・・・・・・)を士道に与えた。

 

「な――――――」

 

 瞬間、

 

「あ、ああぁ……ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!!」

 

情報(・・)の渦に、発狂した。緩んでいた鍵を撃ち抜かれ、強引にこじ開けられる。

 自分ではない自分。士道ではない何か。『別の自分』。士道から生まれたものではない誰かのもの。

 

『君、は……』

 

 同じ言葉を使っていた。同じ存在、けれど違う人へ言葉を発した。

 

『――――澪』

 

 名をあげた。同じことをしていた。けれど、違う人へ。

 

『ああ……『好き』。私、シン(・・)のことが大好き。どうしたらいいのかわからないくらい、あなたが愛おしい。シンのためなら――――なんだってできる(・・・・・・・・)気がする』

 

 狂おしいほどの愛情を受けた。永遠とも思える時間の中で、刹那の出会いの中で。

 そして、時は回帰する――――――夢は、終わる。

 

「……み、お――――?」

「…………」

 

 澪。崇宮澪(・・・)崇宮真士(・・・・)が愛した少女。三十年前、世界に生まれた始まりの精霊(・・・・・・)

 結合した記憶にある『別の自分』。五河士道という存在の意味。崇宮澪が為してきた罪業(・・)

 途方もない吐き気に見舞われ、それを吐き出すことをしなかったのは、目の前の少女が冷静に物事を俯瞰していること――――何より、その記憶が『村雨令音』の存在がどういうものか、如実に教えてくれたからだろう。

 

「ふん……気に入りませんけれど、事実は事実ですわね。さて――――今のあなたは、どちら(・・・)でして?」

 

 嫌になるくらい冷徹に、狂三が問いかけてくる。人の意識を殺しかけて(・・・・・)恐ろしい言い草だ、と士道は皮肉交じりの笑みで答えた。

 

「っ……()は俺だ。人の記憶にとんでもないもの押し付けてくれたな、狂三」

「あら、あら。多少挟み(・・)はいたしましたけれど、その記憶は間違いなくあなたの裡に秘められていたものですわよ、士道さん」

「……だろうな」

 

 でなければ、狂三が士道に撃ち込んだ銃弾(・・)の意味に矛盾が生じる。

 狂三の天使〈刻々帝(ザフキエル)〉が司る奇跡は、時間(・・)。今彼女が口にした名は、その一つである回顧(・・)の力。人の脳に刻まれた記憶を呼び起こす銃弾。

 その力で、狂三は士道の中に眠る記憶を士道に見せつけた。士道という存在が生まれた意味(・・・・・・)

 なぜ士道は精霊の封印能力を持っていたのか。なぜ士道でなければならなかったのか。崇宮澪とは何者なのか。

 

『……シン』

 

 思い出の中で微笑む村雨令音は、誰の名を呼んでいたのか。

 

「思いの外、冷静ですこと。もう少し取り乱す……最悪、精神が崩壊すると思っていましたのに」

「どこまで本気なんだか……正直、自分でも倒れないのが不思議な気分だ。今すぐ記憶を『閉じて』逃げ出したいね」

 

 冷静、と言うには語弊があると士道は苦笑した。

 同期した記憶。士道のものではない何か。ありとあらゆる順序立てをめちゃくちゃにされ、いきなり答えを見せつけられたようなものだった。

 崇宮真士と崇宮澪がどういう関係だったのか。崇宮真士がどうなってしまったのか。その結果、澪が何をしてしまったのか――――『五河士道』という器を満たすために、一体どれだけの屍が築き上げられたのか。

 士道という存在そのものが背負う罪。弱音を吐かずにはいられない。けれど――――――

 

「しかし、そのお顔は笑って(・・・)いましてよ」

「当たり前だ――――これなら、令音さんと話ができる」

 

 士道は、それだけで立っていられる。

 深く考えることは後にする。吐き出したいものは後で存分に吐き出そう。兎にも角にも聞きたいことだらけだし、澪がどこにいるのか、どうしているのかも探す必要がある。

 ああ、ただ、それら全てをひっくるめた結果、五河士道(・・・・)がどうしたいかなど、『令音』ありきの答えにしかならない。

 誰のものでもない。五河士道の〝恋〟を果たしにいく。男が何よりも優先するべきことは、そんな程度の淡い感情だった。

 すると、記憶の中身に比べて場違いな目的を語る士道に、狂三が憎悪、嘲笑、そういった感情を綯い交ぜにした複雑な笑みで声を発した。

 

「そうですわねぇ。士道さんは(・・・・・)『あの女』ことは知らずとも、『村雨令音』のことはよくご存知のはずですわね」

 

 ああ、そうだ。知っている。知らないとは言わせない。

 感情がわかりづらくて。押しに弱くて。甘いものが大好きで。酸っぱいものが苦手な可愛いところがあって。みんなを包み込んでくれる優しさと、士道に向ける愛情が温かくて。

 秘密が多くて寂しがり屋の――――士道自慢の恋人(・・)だ。

 

 そして、秘密を知ったからこそ、士道は恋人を続けてもらうために令音を迎えに行くのだ。

 

「ああ、俺は行く。令音さんを(・・・・・)迎えに行く。――――けど」

 

 令音と分かり合うための道は開けた。しかし、やり方に大きすぎる疑問が残り、士道は訝しげに目を細めた。

 

「狂三、おまえはどうして……」

『――――士道、聞こえる!?』

「っ、琴里!」

 

 遮るように耳につけていたインカムから琴里の声が鼓膜を震わせた。

 あれだけ激しく動き、転倒して水に晒されながらも機能を失っていなかったインカムから、焦った様子の声音が士道まで到達する。

 

『たった今、〈フラクシナス〉が微弱な霊波を感知したわ! 私たちの知るどの精霊のものでもない。ある一定の範囲を包む霊力反応よ、士道――――』

「……令音さんだ!」

『は……?』

 

 言葉を遮った士道に困惑した声音を琴里が零す。だが、士道は導いた答えをそのまま言葉にして伝えた。

 

「そこに令音さんがいる!」

『ちょっと、待ちなさい士道。どうして霊波反応と令音が……』

「説明は後で全部する! 俺が必ず令音さんを連れて帰る――――みんなで待っててくれ、琴里!!」

 

 インカムを外しながら、士道は手のひらに意識を注ぐ。

 突如として検知された霊波。士道の中に封印されていた記憶といい、あまりに都合が良すぎる――――毒を食らわば皿まで。そんな言葉が士道を無責任に後押しした。

 

「〈封解主(ミカエル)〉――――〈(ラータイブ)〉」

 

 鍵を開く(・・)。冴え渡る感覚が、微弱な霊波の()に『孔』を開ける。

 

「……あ」

 

 ――――そこは、不思議な場所だった。

 扉の先に、穏やかな海の景色。士道たちを打ち付ける暴雨などそこにはなく。ただ緩やかなさざ波と海猫の鳴き声。

二人の思い出の場所(・・・・・・・・・)。思い出の海――――令音が失ったものを求めるように、その場所はあった。

 迎えに、行かなければ。『孔』から一度視線を外し、悠然と士道の前に立った少女へ声を発する。

 

「悪いな狂三。俺、もう行かないと」

「ご自由に。わたくし、目的は果たしましたわ(・・・・・・・・・・)

 

 言って、あっさりと銃を引いた狂三に士道は面食らって口を開いた。

 

「なあ、狂三……まさか、俺を助けてくれたのか?」

「まさか、をそっくりお返しいたしますわ。わたくしが情で動くような女に思えまして?」

「……案外?」

 

 思わず手を出す。そんな性格が垣間見える気がして言葉にしたが、狂三は不機嫌な貌で吐息を零した。

 

「はぁ……わたくしは、わたくしの目的のために動いたまでですわ。確証は得られましたし、わたくしの悲願のため考え直す必要がある……それだけの話でしてよ」

「だったら……」

 

 それこそ、ここで士道の霊力を喰らえばいい話だ。狂三の言う通り、今の士道は彼女に襲われればひとたまりもない。

 狂三がわざわざ士道の記憶を呼び起こし、令音を探し出すための手引きをしてくれた。士道の視点では、そういうものにしか思えなかった。

 

「――――わたくしは、万もの人間を殺して、殺して、殺し尽くした殺人鬼」

「っ……」

 

 今一度、狂三は己の罪をはっきりと口にした。甘い考えを持った士道へ向けて、狂気的な微笑みを浮かべて。

 

「今さら、この罪から免れようとは思いませんわ。そして、撃ったからには討たれる(・・・・)覚悟はあります。たとえこの身が地獄に堕ちようとも、わたくしは生き方を変えるつもりはございませんわ」

 

 それが『時崎狂三』だと。地獄の底に堕ちようと、殺人鬼は殺人鬼のまま変わらない。一人の少女が背負うには重すぎる罪業を背負いきる。

 狂三にも、何か秘密があるのだろう。澪に対して並々ならない感情を見せた狂三には、必ず狂気を呼び起こした秘密があるはずだ。

 だからこそ――――狂三がその一瞬にみせた、乙女の微笑みを士道は忘れることはないのだろう。

 

 

「ですがわたくし――――人の恋路の馬に蹴られて地獄に堕ちることだけは、願い下げですわ」

 

 

 人を殺し、世界を壊す『最悪の精霊』。狂三の本当の貌を前にして――――士道は笑い、そして決意を示した。

 

 

「ありがとう、狂三。いつか絶対――――おまえを救いにいく」

「士道さんは面白い冗談を仰いますわね――――それではいつか、あなたの命をいただきに参りましょう」

 

 

 それぞれの宣戦布告。いつか交わるであろう約束を交わし――――――士道は『孔』へと飛び込んだ。

 

「――――迎えに行きます、令音さん」

 

 崇宮真士としてではなく。崇宮澪のためでもなく――――村雨令音の手を掴むため、五河士道は世界を超えた。

 

 

 さあ、贋作と贋作であるのか。それとも違う道(・・・)であるならば、それは本物と本物でしかないのか――――――数奇な二人の戦争(デート)を、始めよう。

 

 






出すなら完璧に伏せるか目立たせるかの2択と言ったので嘘は言ってないです!!!!
いや真面目な話をすると、とある感想で物語の結末を決めるに至ったので登場いただきました。澪の愛は悲しく、だからこそ美しいと私は思っています。だけど一度始めた物語であるならば令音さんをハッピーエンドに導きたい。そのためのデウス・エクス・マキナです(この呼び方くっそ皮肉)

そんなわけで精霊オールスターを少しづつ出していた中で爽快とご登場、時崎狂三であります。前回予告のビヨンド・ザ・タイムは狂三の意味も込めたタイトルだったというお話ですね。
善意五割、『は?止まってしまう士道さんとか解釈違いですわね?』が三割。残り二割がオマケの打算部分。凄いくるみんに夢見てる気がしますが、原作終盤の士道へのデレ時期だと思ってもろて。
狂三のシーンはここぞとばかりに私の手癖が出ています。士道視点から送られる狂三への賛美歌。狂三優遇しすぎと言われてもそうですけど!?!?!?と返す他ありません。狂三200話以上書いてきた人間なので口調や思考は再現できてる、かなぁ(不安)
正直私はこういう人間なので諦めてください。何書いてもデート・ア・ライブである以上狂三は目立たせますし、絶対に士道と道を交わらせます。

ここまでほぼ狂三のことしか書いてませんけど、狂三出すとこうなるからここまでめっちゃ我慢してたんですよね……結構なサプライズ出演になったかなぁ。
さて、そんなお助けキャラの手を借りて、いよいよ士道は愛する人を迎えに行きます。ていうか愛と恋の順序が逆なんですよねぇ。思考バグって感じだ。ようやくタグを有言実行できそうです。

次回、『終わらない恋物語』。眠れず数える羊たちの終わりを、ハッピーエンドで迎えましょう。

オマケは下にスクロール。ただ、本当に物語を纏めるためのオマケで、私の個人的な自己満足でそのために原作にない1キャラぶち込んでます。なので見なくても問題ないやつです。澪と会話をして、狂三に情報を与えた存在の正体です。了承したならどうぞ。



























「…………」

 狂三の眼前で『孔』が閉じて、世界は再び暴雨だけの音を響かせた。
 降りしきる雨が――――ふと、遮られた。

「……風邪を引きますよ、女王様(・・・)

 戯ける道化の声色。差し出された黒の傘――わざわざこの色を用意したのだろうか――を手に取り、狂三は振り返った。

「精霊が風邪など引くわけがないでしょうに」
「ふふ、それもそうですね」

 呆れた狂三を見て楽しげな声音(・・)だけを響かせた存在。
 白い。全てが白かった。全身、顔に至るまでを白の外装で覆い、唯一胸元に当たる場所にツギハギ(・・・・)だらけのクマのぬいぐるみをしまい、狂三と色違いの白い傘を差した、恐らくは小柄な体躯から少女と察せられる人物。
 そこにいるのに、そこにいない。そんな風に思わせる少女へ向かって、狂三は問いかけた。

「これで、あなたは満足を得る結果でしたのかしら」
「……さあ? あの二人次第ですし、私は『私』の意志を私なりに解釈したまでです」
「勝手なお方。『あの女』を思い出してしまいそうですわ」

 嫌になるほど想っている。あの存在を感じている。愛していると思うほど、殺してやりたい(・・・・・・・)

「ですが、あなたから読み取れたものは興味深いものでしたわ。より悲願を正しく果たせるというのであれば、感謝いたしましょう――――たとえ利用されているのだとしても、わたくしは必ず澪さんを殺して差し上げますわ」

 士道の持つ力、霊力。想像以上に根深いものだ。それこそ、狂三は悲願に至るまでの計画の変更を余儀なくされた。
 それが果たしてどういう感情なのか。士道に対する情か、或いは――――――必要のない感情に、思考を回す必要はない。

「それに、あなたという存在こそ、全てが澪さんの手のひらの上ではない証明なのでしょう?」
「買いかぶりすぎです。私、あなた方より弱々しい単なる『私』の小間使いですよ?」
「はっ……いつの日か、交わってみればわかること――――そのときは、わたくしの心を存分に高鳴らせてくださいまし」

 いつか――――狂三が悲願を果たし、精霊を消し去るその日には。

「……あの二人は、良い道を選ぶことができますか?」
「知りませんわ、そんなもの」
「はっきりいいますね……」

 苦笑した様子が細やかな身体の揺れから感じられ、狂三は鼻を鳴らして言葉を続ける。

「人の想いは、知らず知らずに揺れ動くもの。己が正しいのだと考えていた想いは、本当に正しいものだと誰が証明してくださるのでしょう。万華鏡のように移り変わる人の交わりで、真に正しいものなどないのかもしれませんわ」
「…………」
「信じるしかありませんわ。自身が選んだ道を――――――それがたとえ、許されない罪の道だとしても。他者から間違いだと指を刺され、世界を敵に回したとしても。わたくしはそうして、己の道を定めましたわ」

 許されない罪を犯して狂三は生まれた。許されない殺戮の果てに、全ての過ちを正すために『時崎狂三』はここにいる。

「あの二人が選ぶ道に正しいものなどないのだとすれば――――――それでも、士道さんは後悔など考えはしないのでしょう」

 世界に否定された少女を肯定する少年は、きっと新しく生まれた自身とその罪を背負う者でさえ――――――

「……妬けてしまいそうですわ、ね」

 それは狂三が知る必要がない答えだ。

 結末がわかりきったものを、人は王道と好むのだろう?

「それでは、参りましょう。始めましょう――――わたくしの邪道を、我が道をゆくために」
「……ふふ。楽しみにしていますよ。あなたと『私』のどちらが勝るのか――――――美しき黒の女王よ」


 二度と語られることはない。語る必要のない物語の裏側。
 少女たちは祝福された道に背を向けて、歩き続けた。

「そう言えば――――あなたの名前、まだ聞いていませんでしたわね」
「……ああ。そうですねぇ――――――通りすがりの精霊なんて、少し洒落ていると思いませんか?」






誰この子って感じですがエロゲのルート分岐後によくいるこのルートだと正体がわからない子だと思ってください。頓挫しかけた澪の計画を進めるリーサルウェポン。あるいは澪に万が一があった時のための代用品。

あとクマぬいぐるみ預り要因。これが一番それらしい。危険が少ない令音がわざわざ持ってるくらいですからね……。

メタ的な話をすると、狂三はこの時点で澪、まあ〈ファントム〉に対して確信的な疑念を抱いているので、仲良しこよしで会話させられない。警戒心強い子なので。そういうわけでの役回りとして裏設定で澪の分霊が登場したと思ってください。マリア出てるのに何言ってんねんって話ですので、私の趣味も混じってますけれど。そしてどうしても信念を語るかっこいいくるみんを書きたかった。本当にこれに尽きる。
単純な話でも、士道と令音だけではなく彼女たちの物語も続いていく。そのための理由付けです。この役回りが〈ファントム〉だと会話寂しい上に殺伐としちゃうのでノーサンキュー。あと次回で狂三の言わせたいセリフ言わせられない。実はこれが本音では……?

あ、出番ここだけです。裏設定なので本編だとセリフは表になりません。マジで私の頭の中だけで書かれる澪との決着のためだけにこれ書きました。まああと、もう一個の作品もデアラだし宣伝になればいいなとか。いやここまで見る人そうそういないと思いますけれど。
以上、どうでもいい私の自己満足に付き合っていただきありがとうございました。これっきりですのでご安心を。ていうか単純に令音の代わりに生み出された独立した分身ってことでした。
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