※この作品はR-18です。

デート・ア・ライブ 令音アビス   作:いかじゅん

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私は初めにタグで書きましたよ。純愛だと。たとえどんな始まりであったとしても……まあ、私がそう思うというだけですけどね!!







25話

 ゆらり、揺れる。ゆらりゆらりと、震えている。

 波が揺れる。風が揺れる。世界が揺れる――――――揺れていたのは、令音なのだと気付いた。

 

「…………」

 

 靴を脱ぎ、砂浜へと歩く。足あとをつける。波にさらわれる。冷たい水に足を浸し、海の中へと。

 蠢く波の奔流。本物と変わらない、感じる刺激は確かに令音の五感を刺激した――――あの日と同じものを感じているはずなのに、心はちっとも感動を覚えてはいてくれなかった。

 

「……どうした、ものかな」

 

 ちゃぷ、ちゃぷ。ざぶ、ざぶ。段々と音を変えて、令音の身体は沈んでいく。海に飲まれていく。

 感動が、ないわけではない。だけど、令音一人の想いが『彼女』に勝ることなどありえない。枝分かれした紛い物が行動を真似たところで、得られるものなどありはしない。

 

「……すまない、シン」

 

 令音は届くことのない謝罪を口にした。元は同じだったはずの『彼女』が、全てをかけて取り戻そうとした存在へ。

 ああ、そうなのだ。令音は何も、彼に対する想いまでを失ったわけではない。そんな簡単に消せる想いなら、令音はとっくにこうなっていたはずだ。

 彼を想う気持ちはある。だけど――――違えてしまった。『彼女』とは違う想いを抱いてしまった。

 

 きっかけがどうであれ、令音は選び、そして恋焦がれてしまったのだ――――器であるはずの存在を、一人の少年として愛してしまった。

 

「……士道」

 

 胸元に両手を押し当て、目を伏せる。贋作同士のごっこ遊びと笑われてしまうかもしれない。情欲に溺れ、快楽に堕ちた愚かな精霊と罵られるかもしれない。

 それでも――――――虚ろになった器には、村雨令音の思い出しか残されていないから。

 縋るしかない。けれど、縋りついてはいけない。令音がしてきたことは、令音にとって許容できない結論をもたらすからこそ決別し、罪業が令音を裁けと言う。

 

「…………ごめんね、士道」

 

 謝ることしかできない。会えないから、意味がないというのに。

 これから、どうしようか。ここまま海の底へ沈んでしまおうか。ああ、だが士道を守らなければ。どの面を下げてそれを行えというのか。

 抱き締めることはできない。やっと、令音は令音になれたのに。『彼女』の一部でしかない令音は、彼のことを――――――

 

 

「――――謝るなら、せめて顔を見て謝ってください」

 

 

 ――――どうして?

 

「……どう、して」

 

 心の声は、無意識のうちに空を撫でていた。

 いる。ここは令音の空間だ。認識してしまえば、空想と現実を区別してしまう。

 半身を飲み込むほど深い海辺を掻き分けて、彼は確かにそこにいた。

 

「探したに決まってるでしょう、まったく。……まあ、普段迷惑かけてるのは俺たちなんで、怒ってはいませんけどね。ほら、みんなが心配してますから、早く帰りましょう」

 

 振り返ればきっと、彼は笑っているのだろう。仕方がないなと、精霊たちに向ける優しい笑顔と同じものを令音に向けてくれている。

 この世界の中で、ただ帰ろうと――――できるものか。

 

「……いやだ」

「誰も怒ってませんよ。心配してもらった分、俺も一緒に謝ります。だから、帰りましょう」

「――――いやだ……っ!!」

 

 できるわけがない。

 

「……私はここに残る。放っておいてくれ」

「……独りにしないでって言ったのは、令音さんでしょう。だったら、恋人の俺は意地でもあなたを連れ帰ります」

「……なら、終わりにしよう(・・・・・・・)

 

 ざわ、と世界が揺れた。それは果たして、彼と令音どちらの動揺だったのか。

 

「……恋人ごっこは、終わりだ。君には私より相応しい子たちがいる。……今の君なら、彼女たちを壊すことなく愛してやれる」

「…………」

「……もう、私を使う理由はそれでなくなる。私の〝席〟の代わりとて、すぐに用意されるだろう」

 

 それで、令音の役割は終わりだ。あとは――――彼を守るために、『彼女』を止める責務がある。

 こんな中途半端な存在が、覚悟を決めた『彼女』に勝てるとは思わないけれど、それでも。

 

「そうですか」

「……っ」

 

 声が痛いと感じたのは初めてだった。声が痛いのではなく、感じる心が痛いのだと気付いた。

 握り込んだ拳。噛み締めた奥歯。どれも、『彼女』ではない〝私〟の感情の昂り。身勝手な心の騒めきだった。

 でも、我が儘は終わりだ。幸福な結末などありえない。生まれた意味に背いた贋作は、仮の姿として相応しくなかった贋物は、ここで消える。

 彼も愛想を尽かし、いなくなった頃だろう――――彼の諦めの悪さをずっと見てきた令音は、瞬間の息遣いで思い違いを理解した。

 

 

「――――好きです」

 

 

 令音だけの思い出を、彼は言葉にした。

 

「崇宮真士としての言葉じゃなく。崇宮澪に捧げる言葉でもなく――――五河士道として、村雨令音のことが大好きです」

 

 ――――振り向いた。

 振り向く他なかった。それほどまでに、彼の言葉は令音を動かして止まなかったのだ。

 感触や水温に至るまで再現された水。令音を探していたからなのだろう。ずぶ濡れの身体のまま半身を冷たい海水に浸らせながら、そんなものは関係ないと令音のために彼は、士道は笑っていた。

 

「あ、やっと振り向いてくれた。これで駄目だったら、いよいよ(理性)じゃ駄目かと思ってました」

「……なんで、君が……士道が、『()』のことを……」

 

 そして、真士のことを。それを知っていてはいけないはずなのに。崇宮真士という存在を知ったからには、彼の存在理由(・・・・・・)を悟らないわけにはいかないのだから。

 士道は呆然とした令音の言葉に、誰かを思い起こすように苦笑しながら声を発した。

 

「あー……わざと理解されないように振る舞う気難しい奴に? まあ、なので大体のことは知ってから迎えに来ました――――俺がどうして生まれたのかと、令音さんが何者なのかを」

 

 五河士道が生まれた意味。村雨令音の存在意義。

 誰の仕業かはわからないが、士道はそれを知ってしまった。だからこそ、令音の前に立ち――――なぜ、笑っていられるのか。

 

「だからもう一度、俺の恋人になってください」

「……無理だ。私はもう『澪』じゃない」

「逃げないでください。士道()は、令音さんと話がしたいんです」

「……だから、だよ。私は、『澪』でなければ君の……君たちの前には、立てない」

 

 『澪』であるからこそ『令音』でいられた。皆の前で厚かましく(・・・・・)笑っていられた。

 

「……君たちは、自分たちを騙していた元凶を許せるのかい?」

「謝りましょう」

「……は?」

「だから、悪いと思うなら謝って、みんなと仲直りしましょう。それで終わりでしょう?」

「……君は」

 

 めちゃくちゃな楽観主義に、令音は思わず全身が脱力を起こしかけた。それほどまでに彼の提案はおかしく――――魅力的なものだった。

 

「……できない。私たちがどれだけのことをしてきたのか、今の君は知っているはずだろう。精霊を生み出すために犠牲を許容し、シンを甦らせるためだけに精霊を利用した。……君たちの運命を弄んだのは、私たちだ」

「けど、それ全部が令音さんのせいってことはないでしょう。令音さんが生きていた中で、関わっていたのは俺たちだけのはずだ」

「……詭弁だね。私は確かに『私』だった。令音であると同時に、澪は私だったんだ。……『私』と離れたからといって、やってきたことは許されない」

 

 そのような無責任な生き方を、彼らの前で選べというか。どう償えばいいのかわからない。そして、これからも犠牲が増え続ける三十年の因縁に、『私は村雨令音だから関係がありません』などとできるものか。

 自罰的であること、自己満足に浸る女だという自覚もある。だが、眩しい生き方をした士道を好いてしまったから、そうして生まれてしまった令音だからこそ、誰より許せないことがある。

 そんな面倒な(・・・)令音に対して、士道は笑顔で――――意地の悪い(・・・・・)笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、俺も同罪ですね」

「……なに?」

「だって俺は……俺という存在を生み出すために、色んな人たちを犠牲にしたんでしょう? ――――それは間違いなく、俺の罪過だ」

 

 彼は、何を言っているのだろう?

 震えながら目を見開き、令音は躍起になって唇を動かした。

 

「……違う! それは君の罪じゃない!! 全て私たちがしたことだ……!!」

「それじゃあ、令音さんだって俺と同じだ。令音さんは俺と……みんなと『村雨令音』として生まれた。記憶や自覚が罪を背負うことになるなら、俺だって同じことをする!!」

「……違う。違う違う違う! 君は私とは違う……っ!」

「同じです! その記憶を受け入れて、したいことを代わりに背負うのはいいかもしれない。けど、それに縛られたら駄目だ! 違う生き方をして、違う考え方をして、そうして違う人になったなら――――――記憶の罪まで背負うのは、おかしな話じゃないですか」

「……そんなもの、都合のいい言い訳だろう」

 

 ただ、都合の悪いことを『崇宮澪』に押し付けているだけだ。

 そろそろ、言い訳も尽きてきたと見たのか。士道は……士道の瞳に映る令音は、泣きそうな顔で言葉を待っていた。

 

「いいじゃないですか。ずっと苦しむより、都合のいい言い訳を並べて、自由になる方が人間らしいですよ。そりゃ、やりすぎたら駄目ですけど」

「……無責任は、君らしくないな」

「好きな人へのエコヒイキってやつです。――――それでも罪があるっていうなら、やっぱりみんなに謝りましょう。それで気が済まないなら、犠牲にしたものを見ているなら、俺は令音さんと同罪です。俺の生まれた意味そのものが、罪です」

 

 ――――ああ。初めから、彼はそういう腹積もりだったのだ。

 令音があくまで罪を背負うというのなら、士道は同罪だと自分自身を犠牲して令音と共に歩む。

 令音が身勝手に『崇宮澪』に全てを押し付けるようなら、『士道』は大喜びでそれを受け入れることだろう。

 初めから、令音を絶対に手放さないという士道のエゴで成り立った口説き(・・・)に、令音の口から自然と笑い声が零れ落ちた。

 

「……ふっ、あははは……まさか、士道に理詰めで追い詰められてしまうとはね」

「我欲だらけの理詰めなら、押しに弱い令音さんによく効くみたいですね――――初めて、令音さんに勝てそうだ」

 

 してやったり、という笑みを浮かべて士道は令音へ向かって歩みを進める。

 寄せては返す波を掻き分け、澪と真士の思い出を乗り越えて――――令音を、抱き締めた。

 温かい。身体は冷えているはずなのに、人肌が、孤独だった世界を温めた。

 

「好きです。俺、令音さんが大好きです」

「……それは、霊力で造られた感情かもしれない」

「令音さんだって言ったじゃないですか。元から好きだって気持ちがなきゃ、好きな気持ちが増したりしないって」

「……もう私には何もないんだ。硝子のように薄い存在だよ」

「あるじゃないですか。村雨令音っていう立派な人生が。澪がいらないって言うなら貰って、これからみんなで思い出を重ねて厚くしていきましょう」

「……面倒事を抱えるつもりかい? 正体を隠していた精霊を」

「今さら精霊の一人や二人、ドンと来いです。今までに比べたら……まあ、いい思い(・・・・)ばかりした攻略でしたよ。それに、恋は障害が多いくらいが燃える……って、こっちは前に言ったか」

「……私は、重いよ」

「軽すぎるくらいですね。それが綺麗で可愛いんですけれど」

 

 言葉巧みに返される。伊達に二桁の精霊を口説き落としていないということを証明させられる。

 それに、真士がいなければいけない澪と違い――――いや、同じだ(・・・)

 令音は、生まれた意味のままに士道がいなければ生きていけないのだ。抱き締められて、突き放すどころか士道にしがみついている令音が何よりの証明だった。

 

「――――好きだ」

 

 我慢していた言葉がそっと、形になった。

 

「……士道のことが好きだ。君を想う気持ちは皆にだって負けていない。ましてや、士道への想いなら澪に必ず勝ててしまえる。……好意という気持ちが抑えられない。君のせいで、抑えていられなくなってしまったんだ」

 

 顔を上げれば士道の、愛おしい少年の面がある。

 考えなければいけないこと。重ねなければいけない言葉。山ほどある。だが今は、女として士道に捧げる言葉しか、思い浮かばなかった。

 この日のことを、令音は後悔し続ける。

 それと同じくらいに、幸福だと思い続ける。

 何の罪もない少年を、虚構であった自らを埋める恋心のために、背徳の道へ堕とそうというのだから。

 罪過を忘れられないとしても。それが士道に対する贖い切れない罪だとしても――――――令音は、士道を愛してしまった。

 

 

「……私を変えてしまった責任を――――――士道が取ってくれたまえ」

 

 

 精一杯の笑顔は、たぶん――――――初めて見せる、村雨令音らしい笑顔だったのだと思う。

 今一度、真の意味で託された士道の答えは、言葉より雄弁な行動によって示される。

 

 揺らめく水面に映る二人の影が、一つに交わった。

 

『――――――――』

 

 それは温かくも激しい衝動が身を焦がした末に辿り着く、愛の行為。

 愛するものと一つになりたいという欲求。互いの全てを委ねる契。

心の全てを明け渡す(・・・・・・・・・)

 

 そのとき、令音と士道の間に温かい光のようなものが通った。

 

「っ……これってもしかして……」

 

 士道が驚いたように唇を離して令音を見る。自らの中に通った経路(パス)を実感したのだろう。頷いて、言葉を返した。

 

「……ああ。君の力はまだ完璧ではないから、あくまで私との共有(・・)という形だが……私という精霊の霊力を封印した証だ」

「あの……」

「……うん?」

「今まで、あれ(・・)で心を開いてくれてなかったんですか?」

 

 一転して、複雑というか傷ついた子犬のような顔を士道が見せるものだから、令音は場の雰囲気が霧散したのもありぷっ、と吹き出してしまった。

 

「……ふっ、ふふ……」

「ちょ、笑い事じゃないでしょ!?」

「……いや、すまない。しかし、文句なら私ではなく『彼女』に言ってくれたまえ。それに君は、私が精霊だと知らなかったじゃあないか」

 

 自覚がなくとも力は作用するが、令音のような精霊となれば話は別だ。それに、澪の意識が僅かでもあった以上、封印能力が作用しなかったのは必然と言える。

 

「……だが、これで晴れて私も公認で君の女性に仲間入り、かな?」

「そういうややこしい言い方しないでくれませんかね……」

「……なに。君に救われた精霊たちは、どのような形であれ君に好意を抱いている。ならば同じことだろう?」

「つ、強く違うとは言えねぇ……」

 

 頬をひくつかせて弱気な士道に、令音は意地の悪い(・・・・・)微笑を浮かべた。

 デートして、デレさせる。正しい意味で、彼はとっくに令音を攻略していた。

 しかし、令音は攻略されてからが面倒なのだ。

 

「……言っただろう――――私は、重い女だよ」

 

 当然、三十年もの時間を男一人のために費やした女から生まれた令音が、ただ与えられるだけに満足するような女であるはずがない。

 彼のために生き。彼のために尽くし――――誰にも負けないくらいに、彼を欲している。

 

「それくらい困らされる方が、恋人特権って感じがしていいですね」

「……そうか」

 

 ――――これからどうなっていくのかはわからない。運命に逆らった令音に、未来などあるのだろうか。

 しかし、澪がシンを求めるというのなら、士道は必要ない(・・・・・・・)というのなら。

 

「――――ありがとう、士道」

 

 微笑みかけるかけがえのない恋人(・・)のため、創造主に反逆する道を選ぼう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――――うん、大丈夫だ。少し休んでからそっちに戻る。悪いな、我が儘聞いてもらって。いつものこと? ……いや、本当にすまん、琴里」

 

 通話越しに言葉を交わし、連絡を終える。渋い声音だったが、これで納得はしてもらえたはずだ。

 本当なら、今すぐに戻るべきだ。だけど士道はできなかった――――溢れ出す士道(理性)の欲求を優先してしまった。

 

「……士道、もう入れるよ」

「あ、今行きます」

 

 ――――もう少しだけ、令音と二人でいさせてほしい。

 それは紛れもない士道の欲求。霊力を制止していた士道(理性)の欲望だった。

 

「……っくしゅ!」

 

 温かい湯に浸りながら、ブルりと震えた身体がくしゃみを一つ。今になってようやく、身体が相当冷やされていたことを実感したらしい。

 

「……こんな無理をして」

「や、これくらいへっちゃらですよ……は、はっくしょい!」

「……ふふ」

「う……」

 

 さすがに格好がつかず、湯の中で縮こまってしまう。そんな士道に風呂の湯をかけながら、令音は士道の身体を寄せて温めるように抱き締めた……押し付けられた柔らかな感触とか、首元に埋まる彼女の顔とかで、熱湯以上に温まったのは確かだ。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉はしばらくの間途切れ、ぽちゃん、ぽちゃんと水音だけが静かに鼓膜を震わせる。

 何から話すべきなのか。令音の温もりに包まれながら、士道はぼんやりと思考を巡らせた。

 これまでのこと。これからのこと。士道の中に眠っていた記憶。こういう場所(・・・・・・)を使う意味。

 前者は、今はいい。きっとまだ、考えが纏まらない。後者は――――――

 

「……そういえば、十香のときは避けていたから……ここ(・・)は私とが初めてかい?」

「今の雰囲気で聞きますかそれ。ていうか、令音さんならわかってるでしょ?」

「……どうかな。面倒な女は、言葉をもらわないと不安になるかもしれないよ」

「何ですかその自称。そりゃ……令音さんとが初めてに決まってるでしょう」

 

 あるわけがない。いや、令音の言う通り僅かばかりに可能性はあったのだが、一度目の十香のときは初めての精霊デートということもあり示唆を鵜呑みにできるはずはなく、二度目の折紙に関しては少々と事情が特殊だった。ちなみに、今折紙とデート中に選ぼうものなら驚異的な力で強制的にここ(・・)へ連行されるだろうことは、想像に難く無い。

 だから、士道は初めて。散々情事に及んで今さらという考えがないわけではないが、大人のホテル(・・・・・・)を使用するのは嘘偽りなく令音とが初めてだった。

 素直にそう答えれば、士道の耳元で囁くように令音が吐息を零す。

 

「……そうか。端的に言えば、君のハジメテ(・・・・)が私で、とても嬉しく思う」

「令音さん、そういう言い方好きですよね」

「……言葉足らずな私は、こういう物言いしか伝える術がわからないんだ」

「令音さん、言うほど口下手じゃないと思うんだけどなぁ」

 

 まあ、言葉が欠けてとんでもない直訳になることが多いのは、士道の記憶の中にも覚えがある。だが、基本的に正確かつ相手を思いやるフォローを担当することが多々あるもの令音だ。

 苦笑した士道に、令音は自虐するように言葉を重ねた。

 

「……上手くはないだろう? 今も、きっと君を不安にさせることを口にしてしまうだろう。――――私は、私の選択を後悔し続ける」

「…………」

 

 滔々と、令音は語る。始原の精霊(・・・・・)でありながら、崇宮澪の意志に反逆した精霊の声に、士道は黙って聞き入った。

 

「……私の罪に君を巻き込んでしまったこと。君を利用しておきながら……士道、君に恋をしてしまったことを。私は一生悔やむ、悔やみ続ける」

 

 士道を生み出し、士道の運命を決め、士道に――――恋をしてしまった。

 深い後悔。矛盾した行動に生じた令音の懺悔。

 だが、

 

「巻き込まれたっていうなら、初めからそうです。だけど――――俺は令音さんに感謝してます」

「……私に?」

 

 不意の言葉に、令音が眉根を寄せる雰囲気が伝わってくる。士道を抱き締める彼女の手に自身の手を重ねながら、士道は己の想いを語った。

 

「確かに、俺は精霊と出会うために生まれた存在かもしれない。崇宮真士を生き返らせる(・・・・・・)ために生まれた、それだけの器だったのかもしれない」

「……っ」

 

 運命というものがあるのなら。宿命というものがあるのなら。士道は間違いなく、死んでしまった崇宮真士を甦らせるために生み出された運命(・・)を背負っていた。

 しかし――――だからこそ、五河士道(・・・・)はここにいられる。

 

「でも、俺は精霊を救いたいと思った。そこに力があったのは、俺の中では後付けなんです。救いたいって〝俺〟が願ったからみんなと出会えた。〝俺〟が生まれたから、令音さんと出会えた(・・・・・・・・・)

 

 そこに力が備わっていたのは澪による必然だったのかもしれない。

 だけど、精霊を救いたいと願ったのは士道(・・)による必然だった。

 

「令音さんに巻き込まれて、令音さんに利用されて――――――だけど俺は、令音さんに恋をした。あなたがいてくれたから、俺はこの感情を持てたんです。そして令音さんは……」

「……君がいたから、〝(令音)〟になれた」

「そういうことです。そう思えば、巻き込まれて利用されたことだって許せます。みんなを救えたことに感謝だってします。だって俺――――令音さんのことが好きだから」

 

 それだけで、許せてしまう。令音がどれだけのものを抱えていようと許せる。どれだけの罪過を忘れられないとしても、士道は共に歩いていける。

 

「それにほら、こういう関係になったからこそ、俺は俺でいられる。あのままだったら、間違いなく真士のために『士道』は消されてたはずですよね?」

「……言いたくはないが、『私』はそうしていただろうね」

「だったら俺は感謝しなくちゃ。令音さんが令音さんだったから、命拾いできたんです――――――ま、こうなった根本が性欲の暴走っていうのは、格好がつかないですけどね」

 

 元々から、それだけは笑って誤魔化す方法しか浮かばなかった。

 今はどうであれ、士道と令音の感情に何かしらの違いが引き起こされたのは、霊力の暴走が性欲(・・)に傾くというトンチンカンな現象が原因であり。それが巡り巡って澪の計画を揺るがすことになった……本当に、めちゃくちゃもいいところだと士道はため息を吐く。

 

「……ああ、なるほど。そういうことか」

「へ?」

 

 何やら、令音がひとりでに納得した風な首肯を見せる。

 

「……いや。以前の君は――――私のことを〝好き〟だとは、一度も口にはしてくれなかっただろう?」

「…………え? いやいや、そんなはず――――――」

 

 

『綺麗ですよ、令音さん』

『あぁ――――最っ高ですよ、令音さん』

『ほんと――――最高に綺麗ですよ、令音さん』

 

 

「あるっ!?」

「……うむ」

 

 神妙に頷かれ、愕然と目を見開いて叫んだ。

 そうだ。士道は一度たりとも(・・・・・・)令音に対して純粋な愛の言葉を口にはしなかった。いつも〝綺麗〟だとか〝美しい〟だとか、そういう言葉しか重ねていなかった。

 自分でさえ気がついていなかった衝撃の事実だ。驚きで顎が外れそうになる。

 そういえば、以前にデートへ誘ったとき。

 

『……それに、君は私のことを――――――』

 

 ……今、ようやく理解した。どうして令音が〝デート〟という行為を渋っていたのか。

 彼女はこう考えていたのだ。士道が令音を求めるのは、あくまで士道(本能)によって令音を都合のいい奴隷として見ているから。恋人というものも、あくまで性欲を満たす縛りでしかない、と。

 己の最低な行いを自覚し、サーっと士道の顔色が悪くなっていく。

 

「ち、違うんですよ? 好きだったのは元からなんです。ただ、令音さんは俺の霊力暴走を防ぐためにやってくれてることだから、そこを勘違いしたらいけないなって……」

「……私は君のことを好きだと言っていたのにね」

「ぐ……」

 

 つーんと拗ねた声音で叩かれ、意気消沈の士道は言葉に詰まった。

 どれだけ言い訳しようと、事実は事実だ。一気にここまでの説得力がなくなった気がして、さてどうしようかと決めあぐねた士道の耳に、クスッと令音の笑い声が届いた。

 

「……冗談だ。だから、そういうことか(・・・・・・・)と理解した。――――君は全てを思い出して、それでも士道(・・)が私のことを好きになってくれた」

「そうですよ。どっちの俺(・・・・・)も、令音さんのことが大好きなんです。今日やっと、自分で自分が許せた。あなたのことが好きな自分を、受け入れられた」

 

 自覚した恋心は、もう一人の自分の記憶にさえ負けない。三十年の愛に、刹那の間に育った恋が負けると誰が決めつけられる。

 

「もう絶対、令音さんを逃がしません。ずっとずっと、俺と一緒にいてもらいます。令音さんがどれだけ後悔したって、この好きは諦められない」

「……さっきの後悔には続きがある。私は何とも厚顔無恥なことに――――後悔以上に、幸福だと思い続けているんだ」

「それって……」

「……士道と一緒にいられて、感謝しているということさ」

 

 ――――小難しい言葉を並べ立てて、二人が辿り着いたものは、あまりにも簡単な情欲だった。

 好きだから、一緒にいたい。今の二人にはそれができる。罪を背負ったとしても、欲望のままに生きていく。

 たとえ二人が贋物として生まれた存在だとしても――――――新しく生まれた想いは、紛れもなく本物なのだから。

 

「令音さん」

「……ああ、いいよ(・・・)。恋人として――――――私を抱いて、士道」

 

 男として女を抱く。その当然の欲求に抗う必要はなく(・・・・・・・)

 答えの代わりに、キスを。雄弁な答えをもう一度。

 二人きりで、もう少しだけ――――幸せな時間に、一つになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上でお互いの裸体を見せ合う。慣れた行為であるはずなのに、士道は不思議と気恥しさが込み上げていた。

 

「……どうしてだろうね」

 

 それは、士道だけではない。腕で僅かに裸体を隠し、隈深い面を士道だけに向けて令音は言葉を零す。

 

「……いつもより穏やかなのに、また不思議な感覚を覚えているよ。恥ずかしい……いや、嬉しい? 士道に抱かれることは同じはずなのに、以前よりも……」

「気持ちが繋がった、っていうのはちょっと格好つけすぎかもしれませんけど、互いに気持ちをさらけ出すと、見えるものも違うのかもしれませんね」

 

 見えている姿は同じはずなのに。端正な面。艶めかしくも純粋な美しさを保つ乳房。スラリと伸びた染み一つない白磁の四肢。

 欲望に違いはない。士道は令音を抱いて、自分のモノにしたいと思っている。けれど、そこには士道(本能)だけではない士道(理性)の欲が混ざり合って、以前より令音が魅力的に見えてしまっている気がした。

 令音もまた、士道のそんな想いを受け止めてくれている――――艶めいた唇に触れてしまうのは、当然の結実だった。

 

「ん……」

「ふ……ぁ、は……」

 

 脳が発する多幸感。燃え上がる情動。士道の中にある記憶を押さえつける渇望。

 士道は、令音とキスを交わしているのだと。他の誰でもない令音と、五河士道は愛して合っている。

 

「……ん、は……む……ちゅ」

 

 舌が歯の隙間に差し込まれ、互いの濡れた舌先が絡み合い、淫靡な音を立てて身体を震わせる。

 深い、深いキス。愛情を確かめ合い、快感を貪る男と女の口づけ。

 濡れた唇から二人を繋ぐ水糸が垂れ、無意識のうちに士道と令音はそれぞれの陰部を指でまさぐっていた。

 

「令音さん……すごく濡れてますよ」

「……君こそ、私を見てこんなにして」

「あなたが魅力的すぎるんです」

「……では、私は君に変えられたせいかな」

 

 言いわけが意味をなさないほど、士道と令音は互いに欲情している。交わりたいと思っている。交尾をしたいと考えている。交尾のために必要なモノが、熱く滾って止まらない。

 今、それ以外は必要ない。令音の蕩けた瞳には、士道の欲に塗れた顔が映り込んでいた。

 

「っ、あ……く……!」

「……んっ、あぁ……♡」

 

 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。と二つの音が混じり合った音色が士道たちの欲を膨れ上がらせる。

 濡れぼそった恥部をシゴき上げ、掻き回す。それぞれの指がしているというだけで、得難い快感がせり上がってくるようだった。

 

「令音さん……っ!」

「……んっ♡私も、イッ……く♡」

 

 揃って身体を跳ね上げ、絶頂へと昇る。士道の逸物が先端から尋常ではない精液を吐き出し、令音の白いお腹を白濁ベトベトに染め上げ、士道の手には多量の潮が降りかかり愛液に塗れた指を引き抜く。

 初めてのようで、互いの気持ちいい部分、仕草を知り尽くした遊戯。愛し合いながら、欲望を満たす淫猥な時間。どうしようもなく、二人は堕ちていた。

 

「……は、あ……っ♡し、どう……」

 

 吐き出すものを吐き出して、なお強靭な反りを見せる肉棒に令音は細指を絡ませる。そんなに甘えた声を出さずとも、幾らでも相手をしてやれる。士道の欲望とは、そういうものだ。霊力によって生み出される令音のためだけの特濃。

 

「……あ」

 

 優しく令音を押し倒し、彼女の足の間に身体を入れた。結い上げた髪が靡き、湿り気を帯びて令音の貌を飾る。

 女がいた。期待に素面を歪ませ、士道だけにもう一つの貌を見せてくれる愛おしい女がいる。

 

「令音さん……」

「……ああ。君を……士道を、私の中で感じさせてくれ……♡」

 

 亀頭を当てがえば、開き切った陰裂が肉棒を導くように挟み、今か今かと収縮している。

 次の一瞬に迫る極上の快感――――挿し込み、膣の奥底まで撃ち貫いた。

 

「あ、あぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ――――っ♡♡」

 

 締め付けと重なり合う嬌声。何も隠すことのない、村雨令音の艶めかしい声色。

 挿し込まれただけで絶頂を感じている令音の貌は、快感に歪み切っている。幸福以外を感じていない、士道だけに見せる雌の貌を作っている。

 この世の男で唯一、令音の艶顔を見ることができる。優越感、支配感、慕情。全てが綯い交ぜになって、士道はひたすら自身の一部を打ち付ける。

 

「……し、どぉ♡士道♡……好き、大好き……私は、君が心から愛おしいんだ……♡」

「っ……俺も、好きです! 令音さんが大好きです! 愛してます!」

 

 感情が極限まで昂ると、人はこんなにも一つのことしか言えなくなる。あの令音でさえ、士道が好きということだけを繰り返すことしかできない。否、それが士道の情欲を掻き立てることを知っているのだ。

 一心不乱に腰を動かし、令音の両手を握る。痛いくらいに握り返された手に、快感と幸福を感じる。

 

「……しど、ぉ♡キス♡キス、してくれ……♡♡ずっと、一緒に……私と一緒に……♡」

 

 舌足らずの口調で可愛らしくキスをせがむ。愛おしさと、深く迸る絶頂の感覚。

 何も迷うことはない。深く重なり合ったまま士道は令音とキスを交わし――――極限の熱を発散する最後の一突きを繰り出した。

 

「んんっ♡んんんんんんん――――っ♡♡」

 

 令音の身体が仰け反り、全てが交わったまま凄まじい快感の極地へと上り詰めた。

 脈動し続ける士道のモノと、受け止める令音の身体が細やかな痙攣を見せ、幸せの余韻に浸る。

 長い時間をかけて精製した欲を植え付け、白液で満たされた膣から肉棒を引き抜く。

 

「……ん、は……む、ちゅ……♡♡」

 

 深い絶頂に至りながら、熱すぎる口づけを続ける。

 中を満たし切っていたモノが引き抜かれ、収まり切らない白濁が令音の膣から溢れ出した頃、ようやくキスが終わり一度目の交尾が終わりを告げた。

 

「……あ♡」

「はぁ、はぁ……令音さん……?」

 

 だが、肩で息を整えた士道の前で、令音はうっとりとした目で士道の一部に吸い寄せられるように這い蹲った。

 

「……綺麗に、しないと……♡」

「――――っ!」

 

 令音は精液と愛液が入り交じった肉棒に、迷うことなく口を付けた。

 刺激に耐える士道に、令音は肉棒にこびりついた汚れを丁寧に拭き取っていく。もちろん、そのいやらしく這わせた舌先と口を使って。

 

「……ちゅ♡……ちゅる……ん、ちゅ♡」

 

 何度も、何度も。時には軽い口づけまで落として。足を開いた士道の股に蹲り、聳え立つ陰部にひたすらに奉仕を続ける令音。

 吸い上げ、舐め上げ、一滴も零すまいと両手まで扱って。当然ながら、掃除という名目の奉仕に士道の肉棒が耐えていられるはずがない。

 

「ぐ、また……っ!」

「……んぶっ♡」

 

 ちょうどたっぷり含まれたモノから白濁が迸り、令音の口内を新たに満たしていく。相変わらず常識外れの射精は、隙間から吹き出すほどの勢いがある。

 しかし、令音は喉を鳴らして一滴一滴を飲み下し、処理していく。その一滴を飲み干す事に、令音の身体が快楽を覚えて震えている様を見下ろし、士道は満たされた欲望がまた打ち震える感覚を覚えずにはいられなかった。

 

「……ん、ぷは……っ♡♡」

 

 時間をかけて飲み込み、汚れまで落としきる――――――そんな健気な姿を見て、士道の一部がさらに硬さを増したのは言うまでもない。

 

「っ、令音さん!」

「……あっ、はぁぁ♡ああああ……♡♡」

 

 衝動は止まらず、令音を抱き締めて再び彼女の中へと士道の一部を入れる。

 極上の快感だというのに、まったく終わりが見えない。満たされた傍から、また欲しいと願ってしまう。

 

「……ふぁ♡ああぁ……士道、しどぉ……っ、んっ、あああああああ――――っ♡♡」

「令音さん! 令音さん!!」

 

 名を呼び合うだけで絶頂を感じて、打ち付け合う互いの身体に溺れて狂う。

 肉欲の赴くまま――――――二人はただ通じ合った恋心を、満足いくまで確かめ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「結局、崇宮澪は何を望みましたの。これがあの女が望むことでして?」

「――――――――――」

「……は? 勝手に結ばれて独り占めされてイラッとはしていた? ですが、それはそれとして好きにしたらいいと。でも腹いせに素直には言わないと……どこまで勝手なんですの、あの方」

「――――――――――」

「はい? わたくしがどこまで見ていたか……わ、わたくしが人の情事を覗くようなはしたない女に見えまして!? あれは『わたくし』が勝手にしたことですわ!! ――――は? そういえばいいとこの出身でしたね? 余計なお世話ですわッ!!」

 

 夜が明け、太陽が昇り、一夜の嵐が消えていく。

 

「まったく――――どのような組み合わせになろうと、はた迷惑なカップルには変わりありませんこと!」

 

 

 






少年が全てをかける理由なんて、恋をしたからで十分でしょう? この考え数年前にデアラ書いたあの後書きから変わってないんですよねぇ。そら、恋で世界を壊す物語のデート・ア・ライブであれば、どれだけ歪で狂っていても、恋のためが理由なんです。私はそう考えています。

純愛タグは有言実行しました。ぶっちゃけ甘々トークと真のイチャラブセッッッッッッとくるみんに余計なお世話ですわっ!を言わせたかったシリーズ。オチ担当までありがとうくるみん。フォーエバーくるみん。可愛くてかっこいいよくるみん。え?単独回の子は誰かって?イヤチョットワカラナイナー。
くるみん普通の行為は恥を殺して平然としてられそうだけどさすがに変態的すぎるのはお嬢様チックな反応しそう(願望)

私の前作を知っている方はわかると思いますけど、言葉伏せだったり元を思わせるセリフ仕込むの好きなんですよね。士道が〝好き〟と言っていなかったこと、気がついていた方はいるかな?……い、言ってないですよね士道くん?(たまにやらかしそうになってりしてたので不安な顔)

感想、評価、お気に入り等めっちゃ待ってます。特に今回は決着の回でしたので。ここまで続けられたのは皆様の様々なご評価のおかげです。ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いいたします。ネタが切れない限りは色々書いていこうと思っているので(さすがにここから話数倍はないやろと思っている顔)

ではではまた次回〜

次回はエピローグ。甘くて激しいの、令音アビスらしいものをお届けしましょうか。
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