「……本当に、いいのかい?」
〈フラクシナス〉を降りる際に、令音からそんな問いを投げかけられた。
「良いも悪いも、ここでわたくしが姿を消したとして、この事態は好転いたしまして? 霊力行使もままならず、勘づかれてしまえば最後、『わたくし』で逃げ遂せる程度の抵抗しかできない憐れで惨めなわたくしに」
皮肉を乗せて目元を歪ませ、そう返したことを狂三は覚えていた。
事実は事実。狂三は、己が置かれし状況を楽観視するつもりはない。狂三が元の生活に戻ったとして、そこに未来はない。どの道、奪うべき霊力を持つ人間が狂三の身体を変えたというのなら、好都合――――と思う他あるまい。少なくとも、狂三の精神はそう判断しなければやっていられない。
「大体、精霊を保護したいと仰るあなた方には都合がいいではありませんの。せいぜい、わたくしを籠絡してみせてくださいまし」
「……すまない」
「ああ、もう。そういう謝罪は気が滅入りますこと。……士道さんの前では控えてくださると、わたくしの心も安らぎますわ」
――――でないと、あの人は余計なことばかり考えてしまうから。
「……了解しているよ。……狂三、どんな小さなことでも、私を頼ってくれたまえ。できる限り手を尽くそう」
「頭の片隅にでも留めておきますわ」
話は終わりだ。
「――――本当にごめんね、狂三」
――――どこか、遠い昔の、懐かしい声が聞こえた気がした。
「…………」
姿見鏡に映る自分を、狂三は無感情に眺めていた。
身だしなみを整えるわけでもなく、ナルシズムに浸るでもなく。日常のために二つ結い上げられた黒髪。密かに自慢の白い肌を隠す洋服――――喪服のようだと言われていた私服に比べ、少し明るめのデザインだろうか。
「まったく、余計な気を回してくれたものですわ」
鏡の中の狂三が貌を嫌そうに歪める。もちろん、狂三の表情そのものだ。
誰がデザインをしたかは知らないが、狂三の要望をブラッシュアップしました、みたいな明るさが気に入らない。支給品にとやかく文句をつけては、狂三の品格が問われるため心の裡に留め置く。決して、似合わないとは考えていないのもあるけれど。
元の洋服は、全て分身に譲り渡した。もう着ることはないし、
けれど狂三は、狂三の身体は
「確か、
近しい記憶の糸を手繰り、間違いのないよう口にしながら衣服のリボンに触れ、
――――はらり。あっという間に狂三の着ていた衣服が解体され地面に落ち、下着姿に早変わり。
……あまりにも謎技術に見えるが、要は
加えて、狂三に支給された衣服は全て仕込まれた特注品。特徴はもう一つあり、内側は極限まで肌を刺激しない作りになっていること。つまりは、狂三の
――――それくらいしてもらわねば、日常すら危ういことの裏返し。
「世話を焼かれているのは、わたくしの方かもしれませんわねぇ」
眉根を下げ、らしくもない弱音を口にした。独り言は癖のようなものだ。今は、生意気にも気を使って姿を見せない
鏡に映る狂三の肢体。今はまだ、変化らしい変化はない――――下着では決して隠せない、下腹の
「……っ」
子宮部を中心に形を取った大きな紋様。よくよく見れば、中心のハートを大きなハートがさらに覆いながら線を伸ばし、上部には槍のよう――それこそ士道のモノに突き刺されたような――ものが線を増やして描かれている。
あまりにも淫猥。いやらしく、狂三の置かれた立場を否が応でも認識させられる契約の証。
思わず、鏡の中の自分の貌が真っ赤に染まる。恥辱と屈辱――――――士道と狂三、二人だけの繋がり。
「士道、さん」
名を呼んだ。奴隷として、仕えるべき主の名を。瞬間、光を失い黒く染まっていた淫紋が、妖艶な輝きを灯し淡い光を発し始めた。
狂三と、そして恐らくは士道の感情に呼応して狂三を変質させる。淫紋、とはよく言ったものだ。大人びている、悪女、夢魔の手管とは褒め言葉として受け取れるが、淫女は行き過ぎた罵倒だと考えていた。そんな狂三は、今その罵倒に相応しい女になった。
士道のための奴隷。感じるものは屈辱と恥辱。その中に交じるは――――――恋心。
「……んっ♡」
軽く指で下着を擦れば、自分のものとは思えない喜悦の声が零れ落ちた。
恋心。熱い乙女の感情。自身を犯し、陵辱した相手に感じるものとしてはどうかしている。操られた感情。そう嘯いてしまいたくなる。
『たす、けて――――』
「あ、ぁ♡」
だけど、あの時呼んでしまった。助けを、
そして彼は、その声を聞いてくれた。覚えていてくれた。
単なる好奇心。単なる獲物。狂三は士道のことを評価はすれど、それ以上の感情はない。目的のために、利用するだけ。それだけを考えていた。最後には、あの方の霊力を喰らい尽くし果てに至るのだと。
『たすけて、士道さん!』
「あっ、いぃ……♡」
下着の上から秘部を擦る指、その速度が上がる。頭には、かつて見た少年の笑顔があった。
――――こんなことで自覚など、つくづく運がないことですわ。
独白は誰に届くこともなく消える。吐き出される嬌声だけが部屋に響く。
好きだ。好きでなかったら、狂三は士道のためにこんな非効率なことをしない。目的のために全てを捨てる覚悟はあれど、好意のない相手に身体を預ける趣味はない。士道だから、狂三はナルシズムすら感じる自身の肉体を捧げた。
いつか己のものになる霊力――――引き換えに、自覚した恋心を胸に秘めて眠らせることを決定づけられながら。
「しど……っ、さん♡士道さんっ!♡♡あ、あぁんっ♡」
誰にも言わない。自分自身にも、言うつもりはない。ましてや彼に、伝えることはない。
いつか命を奪う者に、何を伝えろというのか。愛しているから死んでくれ? そんなものは物語の中だけだ。心の底から心酔させ、霊力を捧げさせようと考えていた狂三とは思えない思考だ。
何より今の士道に狂三が好意をさらけ出したところで、困らせてしまう。罪悪感を与えてしまう――――もう信じては、くれない。
「――――い、く……っ!♡」
強く指を押し込み、果てた。小さな愛液がピュッと吹き出し、薄い生地のショーツを僅かに濡らす。
「は、……ぁ♡きひ、ひひひひひ……吸水性まで、考えられていますのねぇ」
〈ラタトスク〉の技術力に場違いな感想を抱く。それは、自分の指であっという間に果ててしまった自分の姿を、冗談で誤魔化したくなったからかもしれない。
座り込んで、ゆっくりと息を吐く。鏡を見る――――淫紋が、さらに輝きを増していた。
「な……っ!?♡♡」
驚愕に目を剥いた一瞬、狂三の淫紋の中心部が熱を持つ。吐き出されたはずの欲が、圧倒的な熱量を帯びて増幅される。
「っ、この……!」
奥歯を締めて耐え抜く――――数秒と持たず、狂三の指は秘部を貫いた。
「あ、あひっ♡♡」
狂三であって狂三でない思念が指先を操り、下着をズラして膣を弄る。豪華にも二本指で貫き、掻き回し、グイッと指を折り曲げた。
「いぎ……いぃっ♡♡」
性感帯を刺激され、あられもない貌を晒して倒れ込む。むざむざ鏡の前に、だ。
「や、め……っ♡いい加減に、してくだ……さい、ま、しいぃぃぃぃっ!♡♡」
より一層の喘ぎ声。もう一方の手がさらに膣を掻き分け、快感を倍増させた。
口の端から涎を地面に垂らし、対照的に高く掲げた下半身に両手を伸ばして恥部に快楽を与え続ける。
「あっ♡あっ♡あへっ♡――――だ、め。何を、して……んんんんっ!?♡♡」
欠片ほど残された理性が欲求を押し戻そうとすれば、その瞬間淫紋から力が送られより強く指を従え膣を交ぜ返す。
止められない。狂三の意思で、陰部を掻き回す手を。鏡に映る、お尻を高く掲げた情けない狂三の姿を消すことができない。
「ちが、っ♡こんなの、わたくしでは……っ♡♡いやっ♡違いますのにぃぃぃぃぃぃぃっ!♡♡」
誰でもない自分に追い詰められていく。自分で慰める行為を止められない。誇りとプライドを、鏡で見せびらかされることで砕かれていく。
他でもない、時崎狂三の指で。
「イクッ!♡――――やめてっ♡♡いきたくない♡いきたくないですわ!♡もうやめて♡♡だめだめだめ――――いやぁぁぁぁっ!♡♡♡♡」
永遠とイき果て、潮を吹き続けた。
ノックを二つ――――返事はない。
「狂三?」
ノックを四つ――――返事は、ない。
「……留守、かしら?」
確かに鍵は閉まっていたが、と琴里は狂三に用意した精霊マンションの一室、その中にある部屋の前であごに手を当て首を傾げた。
不法侵入紛いのことをしている琴里だが、当然理由はある。一つは基本的に琴里が狂三の世話、というのは違うけれど有事の担当者であること。もう一つは、支給した彼女の端末に連絡をしても通じなかったこと。
以上の二点から、琴里は狂三に許可なく家に上がり込み部屋を訪ねたというわけだ。他の部屋は既に顔を出し、彼女がいないことを把握している。この部屋が最後だ。
「けど、留守にしては時間がおかしいわね」
今日は狂三が学校へ復学する日だ。諸々の準備、対策を終えて狂三を士道と同じ学校へ――こういう言い方はしたくないが、
士道と狂三、両者にとって万が一のため、早めに連絡を付けて様子を見ておきたかったのだ。
「…………」
――――嫌な予感がした。
「狂三、開けるわよ!」
言って、扉を勢いよく開く。マナーがなっていないが、琴里は自身の直感を信じた。
結果として、それは正しかったと言えよう。
「う……っ!」
思わず鼻腔を手で覆うほどの
察知したのは嗅覚だけではない。視覚は確かに捉えていた。捉えて、しまった。
「……ぅ、あ♡もう、やめ……♡やめ、て……♡♡」
見せつけるようにお尻を高く上げ、秘部に両手の指を出し入れした狂三の姿。鏡の前で自慰を試み、色香のある声で
「――――狂三!」
琴里が言葉と行動、どちらを信じるかなど言うまでもない。撒き散らされた粘性の水を踏み付け、ソックスが汚れることなど気にもしない。
大急ぎで駆け抜け、狂三の肩に触れる。
「っ!」
しまった、とそこで琴里は顔を顰めた。令音とひたすら言葉を交わし、狂三の身体のことを理解していたはずなのに、普段からの人間的な癖が出てしまった。
直ぐに手を離そうとして――――
「こ、とり……さん……?」
「狂三、大丈夫!?」
「……その、まま……触れて、いて……」
「え……で、でも」
「おねがい、ですの……」
常に余裕で溢れ、琴里と言葉を交わしても崩すことがなかった超然な雰囲気は枯れ果てていた。
快楽の吐息を混じらせて懇願する狂三に、琴里は痛ましく表情を歪めながら従った。出来うる限り狂三の姿を見ないようにし、彼女の肩に手を触れさせておく。
すると、ぐちゅぐちゅと琴里の顔にどうにもならない熱が籠る淫靡な音が少しずつ弱く、感覚が長くなっていき……べちゃ、と愛液の溜まりに身体を沈ませて狂三の狂乱は収まった。
「狂三!」
「……は、っ……ぅ、ぅ……」
狂三が全身を痙攣させ、うつ伏せで苦しげな呻き声を零す。
「っ、とにかく休ませて上げないと……」
「――――琴里さん」
と、琴里の耳に届く
ハッと顔を上げた先に〝影〟が蟠り、霊装を纏った幾人かの分身がその姿を現した。
「あなたたち……」
「申し訳ありませんわ。わたくしたちでは、『わたくし』から影響を受けかねず迂闊なことはできませんでしたの」
「……冷静な判断に感謝するわ。――――手伝ってもらえる?」
色々と、とは口にせずとも首肯が返される。
視線を下ろせば、汗に塗れ愛液に身体を浸したあられもない姿の狂三。それを見て様々な感情が去来する。
兄がしてしまったことで、狂三に背負わせたものの多さ。琴里が至らなかったばかりに、兄に罪を背負わせた不甲斐なさ。
――――
「……複雑すぎて、何を言えばいいのやらね」
かつて兄を狙い現れた危険な精霊。直接刃を交えたこともある精霊。因果な運命に、琴里は苦く苦しい笑みを浮かべ狂三を抱き上げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ぅ」
「! 気がついた?」
目覚めの一声に、狂三の意識はハッキリしているとまず心の安寧を得た。そう、〝狂三〟だ。狂三とは思えない意識ではなく――――いつか、その境界すらなくなってしまうのだろうか。
「……琴里さん」
弱気な思考は、狂三らしくもない。枕に支えられた頭を横にして、狂三は椅子に座って自身を見守っていた琴里の姿を見やる。
その目にはありありと気遣い、のようなものが感じられた――――ああ、
痴態を見られ、懇願し、助けられた。
「……………………わたくし、は」
何も言えなかった。言いたくもなかった――――――これから、どれだけ狂三の恥を誰かに見せることになるのか。それを考えた時、決して砕かれることのないと誓ったはずの想いが、挫けてしまいそうになってしまったから。
だから、
時計を確認する――――まだ、これから準備をすれば間に合う。
身体を起こし、ベッドから降りようとした狂三を琴里が目を剥いて止めに入る。
「待ちなさい、狂三。そんな身体でどこに行くつもりなの?」
「決まっていますわ。学生の本分は勉強、でしょう? 琴里さんも、早く行かねば遅刻してしまいますわよ」
「っ……何言ってるのよ! やっぱりまだ無理よ、せめて今日は――――――」
元々、無理を言って狂三が早い段階での通学を申し出た。琴里は先の痴態を見てしまったからこそ、大事を取れと言っている。
理屈はわかる。だが、聞けない。だってその理屈は狂三だけを考えたものだ。思考を挟まずに、狂三は琴里の言葉を遮って叫びを上げた。
「承服しかねますわね。わたくしが赴かねば、士道さんはまた――――――」
「っ……」
「……いえ。忘れてくださいまし」
何を言うかと思えば、息を飲んだ琴里だけでなく狂三が狂三に驚いた。即座に、理由を訂正して繰り出す。
「このような情欲に負けては、わたくしが快楽に溺れ落ちぶれた女と認めているようなものですわ。それが承服しかねる、と申し上げているのですわ」
「……あなたって子は――――――ああ」
ふと、狂三の言い分に呆れた目を向けていた琴里が、何かを呑み込んだような吐息を零した。
何を理解したのか。それは、彼女が次の一言を放つことで
「狂三――――あなた、思ったより不器用なのね?」
「………………は?」
久方ぶりに、真顔で低い声音を喉から引き絞ったような気分。しかし、琴里は独りでに納得したように幾度か頷きながら呟く。
「不器用っていうか、器用に出来ちゃうから分かり辛い、か。こうして、直接的にならないとわからないってこと。ん……私、あなたのことを少し理解できた気がするわ」
「勝手にわたくしを解釈し、理解したつもりになるのはおやめくださいまし。わたくしに……理解者など必要ありませんわ」
何を理解したと。何を理解することがあるというのだ。理解など必要ない。理解されることはない。誰かに知ってほしいとは思わず、知られてはいけない。
罪業を重ね続ける悪逆の徒、
――――――唯一、頼ってみてもいいかもしれない。そう思った少年は、今自分が支えなければいけない相手。故に残るものは、頼ることを恥だと
悪逆非道を尽くし、優しい少年を巻き込んで罰を受けた女の手のひらに重ねられた温もりは――――――酷く、久しいものだと思った。
「あなたが素直になれない何かの理由があるのはわかっている。私たちに隙を見せたくないことも、大切な願いがあることも」
「……その大切な願いとやらのために人間を殺してきた精霊に、同情とやらを抱いているんですの? 随分とお優しいことですわねぇ」
目的のために一万の命を狩り尽くし、なお足りぬと凶行を重ねる精霊。これほどの屍を築き上げた者など、狂三が他に思い浮かべられる者は
そんな女の手に同情心で手を重ねる。組織の司令官としてなっていない――――狂三の皮肉は、
「同情とか、罪悪感とか、そういうのがないって言ったら嘘になる。あなたのしてきたことを正しいとは言えないし、言わないわ」
「…………」
「だけどそれより――――どんな理由だろうと、おにーちゃんを助けてくれたあなたを私は助けたいと思うし、力になりたい。――――だからせめて、私は頼ってちょうだい」
笑顔だった――――また久しく見ることが叶っていない、誰かの笑顔にそっくりだった。
そんなものを見てしまったから。慰めの中、下手に自覚をしてしまったから。
発した言葉は、狂三が狂三を意外に思うものだった。
「少しだけなら、前向きに考えることは……やぶさかではありませんわ」
顔が熱い。別の意味で見せるわけにはいかない――――これ以上は、誰かを頼ることなどないと思っていたのに。
「ん……ふふ、これでちょっとは前進したわね」
「……どこまでお気楽な思考をしていますの。それでも一指揮官でして?」
「楽観はよくないけど、事実を事実として受け止めるのが司令官としての責務の一つだもの」
皮肉が少しも効きはしない。狂三の言葉にキレがないのか、琴里の精神が図太いのか――――どちらもか、と。思う以上に自身が
琴里と別れた後、支給された制服を身につけ、まだまだ肌寒い空の下に赴く黒いコートを羽織る。
靴を履き、トントンと小慣れた音を立てて整えながら扉を開ける。エレベーターを使い、エントランスを抜け、外へ。
「……はー」
息を吐き出す。冬に相応しい白い吐息が目に映る。何もかもが久しい。大した時間は経過していないはずなのに、狂三は己が覚える感覚に奇妙な懐かしさを感じていた。
正常ではない。けれど、真っ当な景色と感覚。普通のことだと享受しているものが、普通でなくなった時に覚える感情。幾度経験しても、人の感覚というものは不可思議だ。
「――――――あ」
そんなセンチメンタルな物思いに耽る狂三の鼓膜が、零された吐息を捉えた。
目を向ける。精霊マンションの隣は
「狂、三……」
士道の苦渋に歪んだ貌を見ることは、存外に心が痛むのだなと狂三は思った。
罪悪と後悔。痛みと苦痛。以前までの驚きや恐怖とは違い、そして狂三であっても見せてくれていた優しい表情はそこになく――――――失わせてしまったものの大きさが、狂三を苛む。
「おはようございます、士道さん」
それを表には出さない。出してはいけないと、狂三は意識をして
コツ、コツと足音を立てて士道に近づいていく。士道が一歩足を引く――――逃さず、その頬に手を当てた。
「うひゃ!?」
「……失礼ですわね。わたくしの手はそれほど気味が悪いと?」
「ち、違う。冷たかったんだよ」
「うふふ。それはそれは、申し訳ありませんでしたわ」
先程までふやけるほど温めていたのだが。
その冗句は朝の場に相応しいものではなく、狂三は士道の熱を帯びた頬を擦りながら、会話を続けた。
「やつれ具合も少しは改善されたようですわね」
「……食わないと、みんなに心配かけるからな」
「ふふ、そうですわ。殿方に必要なのは健康的な食事と適度な運動。――――後者は、是非わたくしで改善してくださいまし」
「っ……」
手に触れた頬の筋肉が引き攣る。今の士道は、どちらも不安定なのだと理解できる反応。
故に、狂三が言葉を並べ立てなければならない。
「士道さん、ほんの僅かでも構いませんわ。あなたの中に
「それは――――」
「それがあなたの、そしてわたくしのためになることをお忘れなく。下手な我慢は身体に対する毒でしかありませんわ」
そう。溜め込んだ欲望ほど怖いものはない――――溜め込まずとも、一瞬で肥大化してしまうのが暴走の恐ろしいところなのだけれど。
あとは、と狂三は微笑みを浮かべて士道の頬から手を下ろす。
「そしてもう一つ――――
「え……?」
「あなたがわたくしに求めていた『幸せ』を、教えてくださいまし。せっかくの機会ですもの。得難いと思うのであれば、教えてくださりませんと理解などできるものではありませんわ」
――――それがきっと、彼の『普通』を取り戻すことへ繋がる道。
「わたくしもわたくしなりに、士道さんとの生活を楽しんで見ることにいたしましたの。クラスメートとして共にする記念すべき初登校ということで――――手を繋ぐという試みなど、如何でして?」
そっと右手を差し出して、士道の手を待った。狂三から掴むのではなく、士道から掴んでもらおうと。
それを見た士道は、もちろん躊躇った。以前とは違い、狂三に考えがあることを懸念しているのではなく、唇を噛み締めていた。
だが、それこそ五河士道が残されている証拠。もう一捻りか、と狂三はわざと悲しげに目を伏せて言葉を発する。
「それとも、士道さんは奴隷如きと手を繋ぐことはできないとお考えですの? それは悲しいですわ。わたくし、泣いてしまいますわぁ」
「そ、そういうわけじゃ……!」
「では、繋いでくださいまし、ご主人様?」
「…………」
ケロッとして舌を小さく出せば、懐かしさを覚える士道の絶妙な顔。狂三が彼をからかった時に見せてくれていた表情だった。
――――ゆっくり。本当にゆっくりと、士道の手が伸びる。震えている。幾人もの精霊をデレさせ、修羅場を潜り抜けてきた彼の手が、震えていた。
痛ましく、悲しい。それでも狂三は待った、待ち続けた。手のひらを同じ場所に留め、じっと士道の意志を信じた。
「……っ!!」
そして、士道は目を瞑り意を決して狂三の手のひらに自身の手を重ねる――――――それは想像と違い、ただ優しい温もりだった。
「あ……」
「ふふっ、おかしな士道さん。わたくしは手を繋いだくらいで消えたりいたしませんわ。安心して、エスコートしてくださいまし?」
「う、うん……」
顔を赤くして、こちらまで恥ずかしくなるようなウブな反応。精霊たちと出会う前は、実はこうだったのだろうか。
興味深さを感じながらクスリと笑みを零す。士道の隣に移動し、狂三は彼と手を繋いだまま歩き出す。
温かい。それを一番に感じる。この人間とも精霊とも言えぬ柔肌は、とっくに性的な快感以外を感じなくなっていたと思ったのだけれど――――彼と身体を重ねた時には、この手でさえ快楽に溺れる肉体になるということなのだろうか。
理由も理屈もわからないけれど――――――純粋な『幸せ』を感じて、狂三は口角が仄かに上がる感覚を覚えた。
そう思えば、本当の想いが伝わらぬ築き上げられた悲しき関係性が、前向きに考えられそうな気がしたのだ。
ちょっとした小ネタ︰くるみんに支給された服は普通の感覚の人が着ると、何も着ていないみたいな感覚ですごく恥ずかしいらしい。
自覚の間が悪いって言うけど正当な時系列で考えると原作も大概に間が悪いっていうくるみんの恋心。まあ1話2話で散々士道くん大好きオーラ出てたし……ねぇ?
くるみんオナニーってどうしてこんなに素敵なのでしょう。普段が鉄壁の女だからこそ映える無様さ。鏡の前で尻を上げて顔を地面に落として両手オナニー。えぇやん(自画自賛)
時崎狂三が器用なのに不器用って表現久しぶりに使った気がします。頼るより利用する。そして嫌な役を進んで引き受け、悟られることなくいつの間にか誰かを助ける目的を成し遂げる……器用ですよね。器用すぎて絶望的に不器用な子です。そして唯一頼れるはずの士道がよりにもよって自分が絡んで折れかけているのでさあ大変。
想像より強めの狂三が出来上がってて、ほんと赴くまま、解釈のままに書くと強くなるなこの子……けど、さすがに参っている部分もあるので誰かに頼ることを覚えてほしい。
さて、自身のメンタルを削られながら悟らせず士道くんのメンタルケアを行うくるみんの明日はどっちだ。どんな関係でも、この二人を書くとなんかスイスイ書き進められるんだよなぁ。
皆さんの高評価と感想が毎日更新の鍵となります。いつでもどこでもウェルカム!真面目に評価と感想が伸びて更新が続くの私も楽しい。リクエストもどしどし募集。プレイや求める描写が具体的だと私の執筆が乗って早くお届けできるかも。もちろん遅くなったり採用しきれないのもありますのでご了承ください、ってやつですが。
ではではまた次回〜。
もっと暗くなると思ったけど普通にイチャイチャし出した。あと私天才かもしれんわってくるみん書けた。楽しみにしててね。
美九の毒牙にかかった琴里ちゃんが脳死で書いているせいで普通に百合堕していくんですけど、狂三で考える分こっちは何も考えてないので読者の方着いてこれるのかなって……ついてこれるかじゃねぇ、ついてきやがry
スカ〇ロとNTR以外は基本なんでもありの精霊オーバードーズ、絶賛進行中なので震えて待て。私は我が道を往くぞ。逆に百合要素は精霊オーバードーズで全部やるから……(if系を任せているのもそれが理由)