※この作品はR-18です。

デート・ア・ライブ 令音アビス   作:いかじゅん

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私の執筆速度次第で更新ペースが変動するアレ。2日になったり3日になったり忙しくなりますね。雑すぎる。

というわけで参りましょう。前を向くのはいつだって君の権利だぜ、少年。






12話

 

『おんやぁー? 四糸乃、あれ折紙ちゃんじゃなーい?』

「……う、うん。何してるのかな……」

 

 〈フラクシナス〉は区画が転送装置で繋がれ、自由な位置に転移することができる。その一角の通路で、令音を訪ねるために足を進めていた四糸乃は、ウサギのパペット『よしのん』の指摘で足を止めて首を傾げた。

 通路の角に潜む少女。肩をくすぐる白い髪をピタリと止め、表情を僅かながらに険しくしている。〈フラクシナス〉で隠れ蓑をしている折紙に、二人は小首を傾げた。

 

「折紙さん……?」

『おーい、何して――――むぐっ』

 

 瞬間、話しかけた二人を抱き込み――正確には四糸乃を抱き込み『よしのん』の口を塞ぐ――唇に指を立てて言葉を止める。

 

「静かに」

「……!」

 

 いつになく真剣な態度。唇に指を立てた人形のような顔の美しさに改めて驚きながら、四糸乃は声を出さずにコクコクと頷いた。

 大人しい四糸乃だからなのか、折紙は一つ頷いただけで信用して曲がり角から遠目でどこかを監視している。

 

「あの、何を……」

「マリアの許可は得ている」

『そういう問題なのかなー?』

 

 艦の管理をしているマリアの許可があるのなら、隠れる理由はないと思うが、折紙が無意味にこんなことをするとも思えず四糸乃も真似して彼女の見ている方向をそっと覗き込んだ。

 

「……センスがある」

「そ、そうでしょうか……?」

 

 ……よくわからないが、褒められてしまった。

 

「あそこって……あ」

「――――――」

 

 遠目から見える扉が開いた。あそには今、令音がいるはずだが、出てきたのは赤いジャケットを肩がけにした少女、琴里だった。

 彼女を見た瞬間に折紙が息を殺し、四糸乃は目を見開く。琴里は〈フラクシナス〉を指揮する立場の人間であり、どこにいようと彼女の自由だ。令音を訪ねていたことも不思議ではない。

 

 けれど――――その雰囲気が、あまりにも異質だった。

 

「琴里さん……何だか……」

『……怖い、って言えばいいのかなー?』

「…………」

 

 そう。反対側の通路へ消えていく琴里。その背中からすら見て取れる、尋常ではない雰囲気。覚悟とか、決意とか、彼女が司令席に座る際に感じる良い意味での威圧感とは異なる異質なもの。

 四糸乃でさえそれを感じ、『よしのん』が簡略化して代弁し、鋭い視線の折紙が立ち上がる。

 

「村雨先生に話を聞きに行く――――何か、嫌な予感がする」

「……私も、行きます!」

 

 冷静さの中の焦り。今を逃せば、取り返しのつかないことになる。そんな様子で歩いていく折紙に四糸乃も付き添う。

 反対は、なかった。今起きていることは四糸乃にも無関係ではない――――いや、無関係でいてはいけないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……以上が狂三の状態。そして、琴里がしようとしている治療(・・)だ」

 

 折紙と四糸乃を椅子に座らせ、一通りの説明を終えた令音は、沈黙をした二人から言葉を待った。急かしたところで何か出せるものではないからだ。

 

「琴里にリスク(・・・)が生じる可能性は?」

「……極めて高い。起きない方が不思議だろうね」

「それ、じゃあ……!」

『琴里ちゃん、覚悟決まってるって感じ?』

「……でなければ、私は君たちに話すことはなかった」

 

 話したところで、琴里を説得しようとしたところで止められはしない。誰が止めようと、たとえ士道でも同じことだろう。

 ギッと背もたれが音を立てる。その音が響いてしまうほど、痛いほどの沈黙が挟まった。

 

「精神が衰弱した今の狂三が、士道以外に思考を向ける余裕はない。とてもアレ(・・)を制御できるとは思えない」

「……ああ、君の言う通りだ。琴里がいれば狂三は精神衰弱を徐々に回復できる。だが、その間に逆――――狂三の身体から琴里へ影響を与える可能性は、十分にある」

 

 それすら承知の上。狂三がどういう扱いを受け、それ以外にどんな変化が起こっているのか。士道に隠していることを知る琴里は、その狂三を救うために出来ることをする覚悟を決めた。

 

「……何も自暴自棄になったわけじゃあない。琴里は、必要なことをしようとしているだけだ」

「でも、それで琴里さんが……狂三さんみたいに(・・・・・・・・)、なったら……士道さんは……」

『危ないのは士道くんもだからねぇ。正直、見てられないって言うか……』

 

 今度こそ、彼の心は立ち直れない。諦観を抱き、心をくじかれ、欲望に呑まれる。

 けれど、琴里が動かなければいずれはそうなってしまう。狂三を完全に壊して、士道は絶望する。それも、そう遠くない未来に。

 そうなる前に打てる最善にして最悪の手段を以て、現状維持(・・・・)を計る。リスクの分散といえば聞こえはいいが、実態は唯一状況を動かすことができる琴里を使った自己犠牲の作戦だ。他の精霊たちではただ被害を増やすだけの行動も、琴里の体質によって狂三への負担軽減に繋がる。

 その結果、彼女たちの悲痛な表情が示す通り、本当に後戻りができない。最悪一歩手前の状況から、最悪の結末を回避してマシ(・・)な結末に至る――――そのマシすらも最悪に入ることを知る令音は、言葉を零した。

 

「……一つだけ、可能性がないわけではない」

「え……!?」

「その可能性は?」

 

 言葉尻まで捉えるやいなや、二人が前のめりで令音の言葉を待った。

 可能性がないわけではない。それは嘘ではない。が、現状では本当とも言えないかもしれない。

 

「……シンだ。狂三の体質変化は、シンが引き起こしていることだ。完璧な制御は叶わないだろうが、彼が心から踏み出す(・・・・)ことを願えば……」

「狂三さんの身体は……治るってことです、か?」

「……そこまでは行かずとも、現状の苦行(・・)を和らげることはできる。だが……」

 

 そう。士道が自らの意思で行動を起こしたのなら、それでいい。あの力は暴走しているとはいえ、根本には士道の意志や願いが存在している。本来表にいる彼が活用(・・)することは十二分に可能。

 ――――それが出来る精神状態ならば、だが。

 

「……もし、彼が今の狂三を見て、自分のせいだ。狂三に触れてしまえばもっと取り返しがつかないことになる。そういう考えが先行するようなら――――事態は、より最悪の方向へ向かうだろう」

 

 士道が望むことを叶える力。性的な感情で、狂三をどうしたいか。どうされたいか(・・・・・・・)

 願われるのではなく、彼自身の考えで強く狂三と向き合わなければならない。それこそ、凌辱された狂三が自らの意志で士道を立ち上がらせ、その淫紋を刻んだように。

 

「……シンの心の問題だ。だがもし、彼の心がかつてのまま――――君たちを救い出した心が、負けていないのなら」

 

 五河士道が、まだ死んでいないのなら(・・・・・・・・・)

 

「村雨先生。私たちに、この一件を預けてほしい」

「お願い、します!」

 

 彼女たちの信じる五河士道が、精霊を救いたいと願う五河士道が――――その矛盾を強さで乗り越えられる、五河士道がいるのなら。

 

「……タイムリミットは、琴里が狂三と件の時間(・・・・)に接触するまでだ――――君たちに、託そう」

 

 全ては彼次第。彼の心を動かすことができる彼女たち次第。

 賽は投げられた。あの二人がどうなるのか――――それは、あの二人が決めるべきことだと、『令音』はそっと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あ……」

 

 リビングの戸を開けて、妹を見つける。別段、数年は変わり映えしなかった光景だ――――それがこの短い時間で、随分と変わってしまったものだ。変わったのは、そう感じる士道の心なのかもしれないけれど。

 

「あら、おかえりなさい。遅かったわね」

「ただいま……ちょっと、外の空気を吸いたくなったんだ」

 

 顔を合わせることが辛い士道と、さして変わりなく迎え入れる琴里――――狂三の痴態を目撃させて、調教に利用されても変わらない。

 

「…………」

 

 もう、何もかもぐちゃぐちゃになっていた。狂三を犯し、狂三に救われ、立ち直り、挫けそうになる。

 士道の中にある、士道でありながら違うもの。それに振り回され、周りを振り回すことに怒りを感じて顔を伏せて唇を噛む。

 何一つ気晴らしにならない。自分が息を抜くときどうしていたのか、忘れた。外に出ても何も感じない。ただ狂三に何かをしたくて、それを考えると違う自分が出てきそうで――――そうして、堂々巡りだ。

 

「え……?」

 

 そして、フラフラと歩きながら、士道はソファーに座る琴里の膝にある人(・・・)を見て目を丸くした。

 

「狂三……?」

 

 狂三が、眠っていた(・・・・・)。士道が見たこともないほど穏やかに、琴里の膝の上で寝息を立てている。

 初めて見る狂三の貌だった。彼女は他人の前で穏やかに眠ることはなく、士道に激しく凌辱されたあとは必ずと言っていいほど――――不快な自分の思考を追い出し、狂三の髪を撫でる琴里へ小声で声をかけた。

 

「琴里、狂三は……」

「ん、あぁ……寝てるだけよ。心配することないわ」

「や、それはわかるんだが」

 

 なぜ琴里の膝で眠っているのか、という疑問が解決していない返答に士道は眉を下げた。

 警戒心の強い狂三が眠り、あまつさえ人の膝で安堵の表情を浮かべている――――何か、奇妙な感覚が二人を、否、琴里から流れている気がした。

 

「ん……」

「あら、もう起きたの。あーあ、士道が騒がしくするから」

「お、俺のせいかよ。……すまん」

 

 と、要領を得ない違和感に疑問を抱いている間に、狂三がパチリと目を覚まして起き上がる。冗談めかして文句を言う琴里に謝ると、起きがけだというのに状況を把握した狂三がクスッと笑みを零した。

 

「構いませんわ。うたた寝をしていただけですもの。……さて、わたくしはそろそろおいとまいたしますわ」

「あ……送って、いくよ」

「あら、あら。紳士的ですこと」

 

 ほぼ反射的に、そうする資格(・・)ないとわかっていても、普段通りの振る舞いを無理に行う。

 以前までなら『送り狼になるんじゃないわよ』などの揶揄が琴里から飛んできそうなものだが、彼女は何も言わずにチュッパチャプスを舐め始めて、ヒラヒラと軽い見送りの手を振るのみ。そこにも小さな変化を覚えながら、士道は狂三と共に家を出た。

 

「じゃあ、ここで……」

「ええ、おやすみなさい、士道さん」

 

 とはいえ、今の狂三の住居は隣の精霊マンション。入口まで送り届けて、それで終わりだった。

 何の変哲もない日常。士道は一分一秒でも早く狂三の前から立ち去らねばならない。一秒後には、彼女に欲望を抱く。そんな危険性がある――――だけど、

 

「士道さん?」

「っ……」

 

 返事がないことに小首を傾げた狂三が――――その狂三から、隠し切れない疲労(・・)の色が見える。

 何かを、隠している。士道に言えない何かが、今の狂三にはある。その程度のこと、士道にだって理解はできていた。

 

 だから、どうしろというのだ(・・・・・・・・・)

 

「いや……おやすみ、狂三」

「……はい。また、明日」

「うん……また、明日な」

 

 ――――どうすることも、できはしない。

 どこか寂しげにマンションの中へ入っていく狂三を見送り、士道は力なく振られた手を下ろす。

 何ができる。何をする資格(・・)がある。狂三の自由を奪い、穢して、汚して――――彼女を心配する士道こそが、元凶だというのに。

 また明日。それがまるで呪いだ。狂三を抱くことを強制され、明日また狂三を追い詰める。悪辣な手で、顔で、思考で。

 

「……何が、また明日だ」

 

 拳を握って、頭に押し付ける。ああ、気分が悪い。何も考えたくない。考えたらきっと、自分がしたことを思い出して死にたくなる――――まだ死ねない。狂三に殺してもらうまでは、死ねない。

 

「士道さん」

「士道」

「……え?」

 

 そんな祈り(呪い)を糧にするようになった士道を呼び止めたのは、マンション入口の階段下。ほんの僅かな段差で士道の前に立つ――――まるで、士道を戻らせないように立ち塞がった二人の少女。

 

「折紙、四糸乃……こんな時間に、何してるんだ」

 

 精霊マンションから出てきたのではなく、逆に士道を待ち構えていた。そうとしか思えない二人に、士道は首を傾げて問いかけた。

 もう夜も深けて程よい時間。就寝を選んでも不思議ではないし、見送った狂三もこれから寝入る時間だろう――――本当に?

 

「士道、狂三を追いかけて」

「っ……何を」

 

 瞬間、頭が吹き上がるように熱せられた。

 その意味をわからない折紙ではない。その提案に対する怒りと、結果を想像したことによる本能の熱。

 今の士道は精神的に余裕があるわけではない。抑えつける努力をし続けて、徒労に終わることを繰り返す。その果ての見えない欲望のループを示唆されて、如何に折紙が相手だとしても顔を顰めずにはいられなかった。

 

「どいてくれ。今から狂三に会う理由はない」

「……彼女が、苦しんでいるとしても?」

「っ――――――」

 

 何か、ある。折紙の目は訴えかけ、四糸乃は不安を顕にしながらも退く様子は見られない。

 狂三の隠し事。二人が狂三の元へ行けと願う意味。それでも。

 

「……行けるわけ、ないだろ」

「士道さん……そんなの、士道さんらしくありません」

『……士道くん、そんなに臆病な性格だったっけー? 変わっちゃったの?』

「変わるさ……変わらないわけ、ない」

 

 彼女たちの前で、言ってはいけない言葉が飛び出してきそうだった。それを誤魔化すために、弱音を吐き出す。煽るような『よしのん』の口調が、むしろ助けられるようだ。

 ああ、そうだ。辛かった。苦しかった。こんな士道に優しくしてくれる精霊たちが、士道はどうしようもなく辛く――――それでいて安心していた。

 だから、そのぬるま湯に浸かって、走ることを止めてしまった。以前の自分は、どうしていただろう。狂三たちの言う五河士道という男は、何を想い、どうして走り出せたのだろう。

 

「それでも、行って。狂三はあなたを待っている。士道――――あなたは、五河士道だから」

 

 ――――そんな人間は、もうどこにもいないのに。

 

「――――出来るわけないだろ!!」

 

 吐き出した。夜遅くの住宅街で、空気が激しく震える。身体の中で暴れ出す霊力の波が鬱陶しい。

 それでも、吐き出した。吐き出してしまった。あの時と同じ言葉を。否定の言葉を。五河士道という男を裏切ることを。

 

「俺が……俺は、もう、嫌だよ……狂三を傷つけたくないのに……全部、俺のせいなのに……どうしたらいいか、わからないんだ……っ!!」

 

 わからない。その手に掴むものが、掴みたいものがわからない。だって、それを壊したのは他ならない五河士道なのだから。

 

「……士道は、士道の想うままにすればいい。いつだって、そうしてきたはず」

「そうやって、狂三を傷つけたら……いや、おかしな俺が出てきたら絶対にそうなる。――――無理だよ。俺には、狂三を救う資格なんてない」

 

 前みたいにがむしゃらに突き進んで、もがいて――――そうしてまた、おまえは狂三を壊す。

 自分自身が囁いてくる。おまえの想いは嘘っぱちだ。狂三はおまえを憎んでいる、恨んでいる。だから壊せ、犯して壊せ――――おまえは、時崎狂三が欲しいだけなのだろう?

 

「――――資格があるから、士道さんは私を助けてくれたんですか?」

「え……」

 

 ――――蒼色の瞳が貫く。誰を、誰でもない士道を。誰が、誰でもない四糸乃が。

 あの四糸乃が。否、あの四糸乃だからこそ士道を睨みつけるように見つめていた。涙を流す情けない士道を、信じて見ていた。

 

「士道さんは、私を助けてくれました。泣いてるだけの私を、救ってくれました。――――士道さんは、私を救う資格(・・)があるから、救いたいと思ったんですか?」

「そ……れ、は……」

 

 ――――違う。

五河士道(・・・・)が発した。士道はただ、四糸乃を救いたいと願った。心優しい少女を、理不尽に晒される少女を――――資格があるとか、力があるとか、そんなものは二の次だった。

 変わっていない。けれど、縛られる。狂三を傷つけた士道に、彼女を救う資格がないと無責任(・・・)に諦めている。そんなものは言い訳だ。士道はただ、自分自身が恐ろしいだけだ。

 

「私は知っています、士道さんの強さを。私は教えてもらいました、士道さんの優しさを。士道さんがどんなに変わっても、それは嘘なんかじゃないって言えます!」

「四糸、乃……」

「私が士道さんを信じます。士道さんが自分を信じられないなら、私を信じてください。私が信じられないなら――――士道さんを待ってる、狂三さんを信じてください!」

 

 畳み掛けられる。四糸乃という慈悲の心を持つ少女に、自分を恐れる士道が敵う道理などありはしない。

 待っている? 狂三が、士道を? そんなわけがない――――――否、それこそ、そんなわけがなかった。

 

『たすけて、士道さん!! わたくしをたすけてくださいまし……おねがい、ですわ……士道さんっ!!』

 

 どうして、忘れていた。決まっている。自分が恐ろしくて、失敗するのが怖くて、狂三の優しさに甘えて逃げていたからだ。

 彼女は強い。彼女は優しい。彼女は気高く彼女は美しい――――けれど、士道に助けてほしいと願った、一人の少女。

 

「士道。あなたは資格がないと言った――――でも、助けられない(・・・・・・)とは言わなかった」

「っ……」

「少しでも可能性があるなら、私の知っている五河士道は諦めない。お願い、士道――――一人で背負い込んで、絶望しないで。あなたは、一人じゃない」

「あ……」

 

 その言葉は、かつての士道が、折紙に送ったモノ。

 

「自分自身の罪に絶望しないで。背負って(・・・・)生きて(・・・)。誰もあなたに死んでほしいなんて思わない。私も、四糸乃も、みんなも――――狂三も同じ」

「……たとえ、自分を許せなくても」

「それは――――あなたが、背負っていかなければいけないもの」

 

 ――――罰してほしかった。殺してほしかった。

 誰も士道を責めなかった。君のせいじゃない、君は悪くない。それが辛かった。士道がしたことの、罪の居所がなくなってしまっていた。

 狂三にどう償っていけばいいのか、その身を差し出すことでしかわからなかった――――いや、それは正しいのかもしれない。

 生きて、背負え。生きていてほしいと、狂三が願ってくれているのなら。こんな形で命を差し出されても受け取れないと狂三が言うのなら――――みんな(・・・)が、罪を背負った五河士道に生きていてほしいと言ってくれるのなら。

 

「…………行ってくる」

 

 今の士道に、できることがあるのなら。

 

「はい! 行ってらっしゃい、士道さん!」

『ちょっとはいい顔になったじゃないのー。それでこそ士道くんだよー!』

「健闘を祈る。私たちにできることは?」

「今ので十分すぎるな――――あとは俺が、やるべきことだ」

 

 そこにいく資格がなかったとしても、未だ答えが出ていないとしても――――ただ士道は、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局、私たちいる必要なかったんじゃない?」

 

 そう言って、ひょっこりと顔を出したのは緑色のくせっ毛を整えた少女、七罪だった。

 いいや、七罪だけではない。皆、苦笑や喜びを交えた笑みを浮かべながら――――琴里以外の精霊が、集まっていた。

 

「そんなことはない。私たちでダメなら、順々に行く想定だった」

「人海戦術じゃのう」

「いやー、その身一つで立ち向かう少年の凄さがわかるねー。や、あたしは全員がかりだったけど」

「指摘。大人気のない二亜マウントです」

「え、だっさ」

「ちょいと罵倒がストレートすぎないかにゃ……?」

 

 思い思いの言葉を語る。皆、士道と狂三のために返事一つで協力をしてくれた。折紙たちが失敗したら、何がなんでも皆で説得する。諦めが悪くても、それが士道にとって辛いことだとしても――――士道に救ってもらったから、士道が大好きだからそうしたいと思った。

 

「でもぉ、だーりんと狂三さんは大丈夫でしょうかぁ……?」

「大丈夫だ。シドーなら……あの顔のシドーなら、必ず何かを成し遂げる――――そうだろう、琴里」

 

 ――――十香が顔を向けた先には、赤毛の少女の姿があった。

 士道が戻らないことを不審に思ったのだろう。現れた琴里のその目は、精霊たちを見回して複雑な感情を宿している――――タイムリミットはギリギリかと、折紙は目を細めた。

 

「令音の差し金?」

「私たちの意志でもある。私たちも士道も、琴里を犠牲(・・)にしたくない」

「……犠牲になったつもりは、ないんだけどね」

 

 琴里にそのつもりがなくても、それが必要ない(・・・・)ことであれば犠牲になってしまう。

 だから、

 

「――――士道を信じて」

「…………」

 

 あとほんの少しだけ――――士道が立ち上がるための時間をください。折紙たちは、そう祈りを込めて琴里を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「――――――」

 

 意識が、覚醒する。否、元々から狂三は意識を閉ざしてなどいなかった。一人では、そうしたところで無駄だと理解し始めてから無駄な抵抗は止めていた。

 

「……あ゛っ!♡」

 

 濁る声色。ベッドの上で打ち上げられた魚のように跳ねる裸身。

 熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い――――苦しい。

 

「あっ♡ あひっ!♡♡ あぁぁぁぁぁっ!♡♡」

 

 手が勝手に動いて、荒々しく秘部を弄り始める。胸を揉みしだき、乳首を抓りあげる。

 

「はっ♡ はぅ……イ、クっ♡♡♡♡」

 

 ビクンッと身体が逸れて、夥しい量の潮が股座から吹き散らされた。どれほど調教し尽くされた雌でも、ここまで簡単に絶頂には至らないだろうと思える。

 

「ひぃ……ひっ♡ ひぁぁぁぁぁっ!♡♡」

 

 けれど、止まらない。膣内を指で貪って愛液を散らし、防音の壁でなければとっくに漏れ出ているはしたない嬌声を永遠と奏でる。

 自分の姿を見るのが嫌で鏡に布を被せた。窓を締め切った。それでも、瞼の下の情景は否が応でも狂三を見せつける。自慰行為で歪む雌の貌をした時崎狂三を見せつける。

 

「イクっ♡ イクっ♡♡ も、う……イ……っ♡ あっ、あっ、あぁぁぁぁぁっ!♡♡♡♡」

 

 流れる涙の量より、狂三が溢れさせる愛液の量が圧倒的に多い。下半身の淫紋が妖しく輝き、狂三の肉体を絶えず作り替える。もっと、奴隷に相応しい身体になれと自らの手での調教を強要する。

 

「ふーッ!♡ ふーッ!!♡♡ ふぎぃぃぃぃぃっ!♡♡♡♡」

 

 豚のように悲鳴をあげ、絶頂。売春婦の方がまだ品が感じられる悲鳴をあげ、絶頂。全力で腰を上げ、股を逸らして潮を吹いて――――もう、数えることが馬鹿らしくなる。

 風が吹けばそれだけで。物に触れればそれだけで。真っ当な感覚がどういうものであったのか、あれだけ長く感じていたのに忘れてしまった。それほど、狂三の身体を作り替えたモノは強力だった。

 いつから? そんなこと――――初めから、こうだった。

 狂三が意識を飛ばす努力をしようと、その時間を調教に当てろと淫紋が輝いて指令を下す。これはそういう契約だ。狂三に奴隷を強いる契約だ。精霊は眠りを必要としない。だから、眠る時間など不要。

 精神の消耗を度外視した肉体の行使。狂三に許されることは、夜が明けるまで手を動かし続け果てのない絶頂に至る。それだけだった。

 

「……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!♡♡♡♡」

 

 涙を流した――――それでも、弱音だけは吐かなかった。

 狂三が決めたことだ。狂三が始めたことだ。もしこれが、人を殺し続けてきた罰なのだとしたら、地獄に堕ちるよりは遥かに甘い罰だろう――――だから、何も感じないでほしいと願った。

 こんな女を傷つけたと泣いて、苦しむことを止めてほしかった。大好きだから、助けたかった。狂三にあったのは、それだけだったのかもしれない。快楽に仮面を剥ぎ取られて、あんなものに振り回される優しい少年を見て、時崎狂三は心が抉れるように痛かった。

 眠りのない夜は、想像以上に狂三の精神を擦り減らしていた。日々苛烈になっていく調教。曇っていく士道の顔。摩耗し、疲弊し、心の壁が削られていく。彼女(・・)に頼らなければ、狂三には眠りすら訪れない。

 

「……は、ぁ……ぁ」

 

 無意識に、手を伸ばしていた。片手は秘部を弄り、もう片方の手はどこかへ伸びている。

 何をしているのか、狂三にも理解ができなかった。効きもしない睡眠導入剤に頼るか、それとも枷をまた一つ外して電話で助けを呼ぶのか。

 限界。少女の心が壊れる予兆を遂に感じ取る。震え、伸ばされる手はせめてもの懇願。

 

 誰か助けてほしい。この快楽という孤独の苦痛から引き上げてほしい。だけど、そんな人はいない。だって、もう()は狂三の前に現れてはくれない。

 狂三を抱いて、その狂三が壊した。自分でなければよかった。そうすれば、優しい彼は傷つかずに済んだかもしれない――――どうしようもなく愛おしい彼がいなくなってしまうことが嫌だった。もう、自分のことより、彼の存在を繋ぎ止めることが狂三の心を支えていた。

 いくら言っても聞かない。モノのように抱いてくれたら、狂三はとっくに開き直っていた。けれど、それができない優しい人だから好きになった。

 

 せめて、もう一度だけ彼の顔を見たかった。意識(くるみ)が沈む。何かに変わる。伸ばされた手が落ちる――――その手が、握り締められた。

 

 

「――――――え?」

 

 

 手が握り返されて、誰かが狂三を優しく押し倒した。

 その誰かは、狂三にキスをした――――待ち望んだ五河士道(・・・・)が、狂三の知る士道がそこにいて、狂三の瞳から涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと、目が覚めた気分だった。

 

「ん……ふ、ぁ♡ 士道、さん……どう、ひて……?♡」

 

 狂三の疑問には答えず、キスを続ける。彼女が楽になるようにと理性(士道)が願いを込めて、続けた。

 長く、繋がる。優しく、手を握る。その繰り返しを終えて、ようやく狂三の身体の痙攣が収まり始めたところで、士道は声を発した。

 

「狂三、おまえいつから寝てない?」

「……先ほどから、ですわね」

 

 逃げる。それは、士道に嘘をついている目だ――――なんで、気が付かなかった。ああ、そうだ。逃げていたのは士道だ。

 狂三の優しさに甘えて。謝ることで心を楽にして。したいことがわからないと逃避を繰り返していたからだ。

 

「誤魔化すな。……俺に寝ろって言っといて、自分は寝てないんだろ」

「ふふ、どうでしょう。寝る間も惜しんで、自慰行為に耽る変態女……案外、それがわたくしの正体かもしれませんことよ――――どうか、見て見ぬふりをしてくださいまし」

「――――――――」

 

 どこまで、強情なのだ。歯を食いしばり、士道は狂三を睨みつける。

 さっきまで手を伸ばしていたくせに。士道を見て、涙を流していたくせに。なんでそこまでする。どうして――――そんなにも、悲しい生き方をする。

 

「我が儘と本音を、履き違えるなよ」

 

 気づいたら、喉が震えていた。目を見開く狂三に、士道は叫びを上げていた。

 言う資格がない。罪悪感がある――――だから、見て見ぬふりをしろと? 自分がしたことだから、狂三を放っておけと? そんなことは理由にならない。それがわからないくらいに、士道は士道でなくなっていたのだ。

 

「辛いなら、辛いって言ってくれ。苦しいって言ってくれ。俺に抱かれるのが嫌だって、言えばいい。俺をもっと責めてくれていいんだ。俺に気を遣ってくれなくていい――――ずっと、狂三だけを頼っていて、ごめんなさい」

 

 ああ、辛かった。苦しかった。けれど、それは狂三に比べれば取るに足らないものだ。そんな狂三を頼って、士道は自分の罪を狂三を理由に逃げていた。彼女の前に立つ資格なんてないのだと。

 士道の告解と謝罪に、狂三はキッと視線を鋭くして口を開く。

 

「わたくしが、そのようなことは口にしていまして? わたくしを使う……わたくしは、そうあなたと契約を交わしました。あなたは、何の感情もなくわたくしを抱けばそれで――――――」

「だって――――泣いてたじゃないか。今も、泣いてる」

 

 涙を拭おうとして、士道に手を塞がれていることを気づいたのだろう。誤魔化しきれないそれに、動揺が浮かぶ。

 

「……逃げてた。ずっと、逃げてんだ。狂三の優しさに漬け込んで……その契約に、甘えてた」

「なに、を……あなたは、何も――――」

「悪い。少なくとも、この力を使ってから――――何もしなかった最低最悪の男だ」

 

 いつか殺してくれる救いを求めて、縋って、狂三と向き合うことを恐れていた。

 狂三が苦しんでいることをわかっているつもりで、何もわかっていなかった。できるだけ離れれば狂三を抱かずに済む、傷つけずに済む――――阿呆が。狂三を苦しめずに済むという自己満足(・・・・)浸るだけの最低な行為だ。

 折紙と四糸乃に諭され、狂三の苦しみを見て、ようやく士道は願いを決めた(・・・・・・)

 

 彼女に触れる資格はないのかもしれない。

 彼女を救う資格などないのかもしれない。

 

 けれど、時崎狂三は手を伸ばした。五河士道はその手を取った――――それだけでよかったのだ。

 救いたいと願った人が苦しんでいる。それが五河士道の原動力であり、信念であり、心の在り方――――狂三を犯した罪過を背負えというのなら、士道は存在の全てをかけて背負うまでのこと。

 この命を差し出すことができないのなら、士道という存在そのものを賭けて狂三を救う。士道なりのやり方で、士道(理性)の欲望で。

 

 士道は手で触れる――――狂三に刻まれた契約の証へと触れ、念じる(・・・)

 

「っ……士道さん、何をして……!?」

「これは俺たちの契約なんだろ? だったら、俺にも契約を更新(・・)する権利があるはずだ」

 

 息を呑んだ狂三に、士道は言葉を重ねる。あの日の狂三と同じことを、士道がすればいいだけの話だ。

 心の底からそれを望む。狂三に一方的な変化を強いる。それが士道(本能)の欲望だというのなら、同じだけの士道(理性)の欲望を注ぎ込むまで。

 

「――――おまえが俺の望みを叶えるなら、俺はおまえの望みを叶えてやる。何だって引き受ける。――――俺は今から、狂三の奴隷だ!」

「は――――ッ!? 何を言って……わたくしはあなたの奴隷ですのよ!? 奴隷のために、あなたが……っ!」

 

 驚愕する狂三だが、もう遅い。契約は新たに刻まれ始めた。

 ああ、ああ。これも狂三がヒントをくれたことだ。士道(理性)を立たせることができれば、士道(本能)に対抗できる。狂三に欲求を感じることは同じ。なぜなら、どちらも五河士道であるからだ。

 ならば、狂三を責めたいという増幅された願望に対し、真逆の願望(・・・・・)が増幅されない道理はない。

 士道はニヤリと笑い、狂三と顔を突き合わせて堂々と宣言してやった。

 

「奴隷だって言うなら、何をしようと(理性)の勝手だ。俺にできることがあるなら、奴隷のために何だってしてやる。おまえが俺で遊びたいなら、俺はそれを引き受ける。ていうか、俺で遊んでほしいから夜は寝ること、いいな?」

「そ、そんな無茶が通るわけが――――――」

「通るさ。これはそういう無茶苦茶な欲望(・・・・・・・)だろ? 通してくれなきゃ困るね」

 

 通らないわけがない。ああ、そうだ。逃げていた士道は、こんな簡単なことにすら気がつかなかった。逃れられない欲望だというのなら、士道が受けて立つまでだ。狂三が苦しい思いをしてまで身体を変えることを、士道(理性)は望まない。それだけで士道(本能)に勝てないというのなら、別種の性欲(・・)を抱いて立ち向かう。

 

 目には目を歯には歯を。欲望には欲望を。

 

「こいつは俺の欲望を肥大化させて、叶える。だったら(理性)の欲望が叶えられないわけがない。俺は、狂三が狂三のまま俺を気持ちよくしてくれるのが大好きだからな。リハビリの甲斐はあったらしいぜ」

「……あ、呆れましたわ」

「狂三がやったことだろ?」

 

 少なくとも、一方気味な責めは士道の気に召した。でなければ、こうして契約の更新などできはしないだろう。

 本気で呆気に取られている珍しい狂三に気分が良くなる。士道(本能)もまた欲を燃やしているが、今は士道(理性)の時間だ。たっぷり楽しんだのだから、同じだけ楽しませてもらわなければ困る。

 

「この証が消えるまで、狂三は俺の奴隷で――――俺は、狂三の奴隷だ」

 

 ――――妖しいほどに美しい貌に迫る。

 

「これが俺の願い。俺の望みだ。俺は、狂三が犠牲になるだけの快楽なんか認めない。狂三が苦しいだけの快楽なんてクソ喰らえだ――――狂三を見て、(理性)はそう思った」

 

 艶めかしく映る薄紅の唇に、迫る。

 

「さあ、始めようぜ。奴隷同士の戦争(デート)だ。いつでもどこでも、何をしたってこの欲望が叶えてくれるさ。その証が消えた時、俺が狂三を――――――おまえを犯した五河士道が、時崎狂三を救ってみせる」

 

 重ねた唇は――――世界で一番、優しい味がした。

 

 エゴにはエゴで。それが矛盾だと言うのなら構わない。狂三が拒絶をしようと構わない。士道は士道が思うままに――――それが五河士道の生き方なのだと、やっと取り戻すことができた。

 こんなにも簡単なことが、一人ではできなかった。当然じゃないか――――五河士道はいつだって、誰かの手を借りて救いたい人を救ってきたのだから。

 

「……バカな、人」

 

 ただ一言。涙を流した狂三は、くしゃりと笑いながらそう言った。

 

「見て見ない振りをできないことがバカだって言うなら、俺はバカでいい」

「知りませんわよ。わたくし、我が儘ですもの」

「さっきはああ言ったけど――――実は俺、我が儘な女に振り回されるのも得意なんだぜ」

「……ばか」

 

 唇と唇を繋ぐ糸が消える。けれどそれは、離れたからではなく――――誰も入り込めないほどに、二人の距離が縮まったからだった。

 瞼を閉じて、感じる。今はただ、穏やかで、初めての時が――――二人で感じる夜の時間が、過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…………」

 

 そっと、扉を閉じた。部屋から離れて――――身体から力が抜け落ちたように壁に背を預けて蹲る。

 

「……琴里」

 

 声がした。誰なのか、見上げなくてもわかった。

 

「あれで、大丈夫なの?」

「……ひとまずは、だがね。シンの欲望に加えて、彼には君と同じ〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の再生能力がある。今よりは改善されるだろう」

「……むしろ、士道を通して私と繋がるより、効果はある、か」

 

 〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の再生能力が、狂三の身体の症状を抑える――――正確には、霊力と霊力を意図的に相殺させる。

 再生能力の原理が元に戻す(・・・・)という力と仮定する。不安定になって漏れ出た霊力と、士道と長く繋がっていた琴里。偶然か必然か、治癒能力に秀でた天使。これこそ、狂三の症状を琴里が抑え込めていた理由。

 とはいえ、それは触れている間のみ。しかも抑えるというより、ギリギリで押し止める程度のもの。精々と狂三の仮眠を助ける程度にしかなっていなかった。だが、狂三の自慰行為の暴走を抑えられた出来事から、その眠りを助けることくらいはできる。

 ベースが人である以上、疲弊した精神に安らぎは必要だ。事実、狂三は四六時中身体を蝕む快感に精神を壊されかけていた。だから、どれだけ危険な行為であったとしても琴里はそれを成すつもりだった――――結局、士道にそれ以上(・・・・)のことをされて先を越されてしまったのだけれど。

 

「ほんと……いっつもダメだと思った時に、やってくれるんだから」

 

 ぽつりと零した琴里に、令音が反応を示した――――懐かしい言葉で。

 

「……人の絶望に対して敏感――――独りで抱え込む子を放っておけない、だったね?」

「――――ああ、そっか。侮ってた(・・・・)のは、私か」

 

 五河士道がどういう人間なのか、琴里は知っていた。知っていたから、彼に引き起こされた悲劇に嘆き、苦しみ――――もう十分だろうと思った。

 

「あんな士道を見て、狂三を見て、心のどこかでもうダメだって思ってた。だから私がって。士道の代わりに、私が狂三をって――――おにーちゃんの可愛さに、士道(・・)を信じきれなかった」

 

 彼の強さを信じきれなかった。心が折れてしまったと、何も言えなかった。言ったら、士道は本当にいなくなってしまうと一線を越えられなかった。

 なんということはない。五河士道に必要だったのは優しさではない。士道の背中を押して、彼の想いを解き放つ――――いつも通り(・・・・・)であればよかったのだ。

 

「……簡単なことではないさ。狂三がシンを消させないよう寄り添い、君が決意をして、皆が動いた――――誰が欠けてもできなかったことだ。君は、君の優しさを誇っていい」

「もしかして……私、慰められてる?」

「……一応、そのつもりなのだが」

 

 遠回しに、琴里の行動は無駄ではなかったと言いたいのか。

 琴里が見上げた令音は、慣れないやり方に頬をかいて起伏の薄い表情を、どこか困ったように変えていた。

 珍しく不器用な令音にクスリと笑みと――――涙が零れた。

 

「……よか、った……よかった、よぉ……! おにーちゃん……狂三……っ!!」

「……うん。琴里も、よく頑張った」

「――――――ッ!!」

 

 まだ、何も終わっていない。けれど、やっと一つを乗り越えられた。士道は士道として、狂三は狂三として、明日もまた会える――――今はそれを喜んで、令音の胸に抱かれて泣く自分を、許そうと思えたのだ。

 

 

 






想いが通じ合ったように見えるでしょ。肝心の一言一つも口にしてませんよこの二人。
一先ずは決着。結局、優しさだけじゃなくて立ち上がらせてあげる激励が必要だったんですよ。その罪に苛まれながら、それでも前へ進む。進んでいいんだと。狂三は他の誰でもない士道を待っているんだと。止まってしまった時を動かすことこそ、最後の鍵でした。
彼が再起をするなら人のため。そして少年を突き動かすものはいつだって、ですね。

正直上手く書けたか不安ですけどね!けどここで解消しないと一生鬼畜オンリーの曇らせしか続かないので頑張ってもらいました。ちなみに淫紋関連の屁理屈ですが、これ『士織エターナル』でも同じ理屈してるので決意さえ固まれば現実案でした。ただ理不尽欲望なので簡単なことじゃないですけれど。
契約シーンはあの場面を継ぎながら細部が違うんですよね。されるのではなく、する側というのがミソ。
全部が解決したわけじゃない。相変わらず狂三の身体は鋭敏だし、士道くんも悩むことが多い。けれど、少しはマシになるんじゃないですかねぇ。

感想、評価、リクエストなどなどお待ちしておりますー。終盤まで繋ぐこの関係の二人のプレイとかあると嬉しい。まあ本能側も消えてないので多分曇らせ減った鬼畜プレイは今後も書けると思う。理性側も楽しみたいなら狂三壊しちゃ駄目という自制が入りますが、だからって止まらんのはまあオーバードーズ参照ですね……。

ではではまた次回〜


12話IF・BADEND――――――『狂三シスター』
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