※この作品はR-18です。

デート・ア・ライブ 令音アビス   作:いかじゅん

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セッッッッしないと出られない部屋にしようと思ったけど関係リセットしてやると1回で終わらせるの勿体ないしなんでこんな設定詰めてんだろあれ文字数凄いことになってry

あらすじ終了です。十香単独シリーズ『十香ユニゾン』。書きたいものを書いているせいで凄い数になってきた本作。何話続ける気なんだろうネー。






47話(十香)

 

 

「……ドー。――――ドー」

「ん……?」

 

 心地のよい微睡みの中で、声が脳髄を揺らす。その声は誰より士道に響くように思えて、より深い眠りに誘われそうになる。

 

「シドー! 起きるのだ、シドー!」

 

 だが、呼ばれている。覚醒していく意識の中で、士道は確かに自分の名前を呼ばれ、起きろと叫ばれていた。

 パチリと目が見開かれ、意識が完全に覚醒する。寝起き特有の感覚が薄い――――その暴力的な面がそうさせるのだ。

 

「……十、香?」

「うむ。起きたかシドー……よかった」

 

 受け答えとして、或いは彼女の存在があることが当然のものとして士道は名を口ずさんだのだが、十香は心の底から安堵した、という風な吐息を零して僅かに士道から顔を離した。

 夜刀神十香。細身でありながら芸術的な美しさと肉付きを感じさせる体躯。その身体に烟る艶やかな夜色の髪。あらゆる光を反射させる水晶の瞳。そして、彼女一人のために国中の男が命を賭してしまうかもしれない暴力的な美貌。

 そんな少女が士道の元にいること自体に違和感はない――――だが、寝起きにいること自体に問題はあると、ハッと目を見開きベッドの上で飛び上がった。

 

「と、十香!? おまえ、何で俺の部屋――――に?」

 

 この後の展開は読み取れる。何のかんのと騒ぎになり、妹に絶妙な力加減の制裁を喰らう。よくある日常の風景。珍しいのは、折紙や美九、悪戯半分の二亜などの面子ではなく、(たまに大胆にはなるものの)まともな恥じらい、(多少偏りはあるものの)学びによって真っ当な倫理観を得た十香ということだ。

 そう、いつも通りの日常と場所(・・)であるのなら、だが。

 

「ここ……どこ、だ?」

 

 先ず、目を引くのはそれだ。起き上がって、部屋を見回す――――違う。ここは士道の部屋、十香に与えられた精霊マンションの一室、そのどちらでもない。

 士道の服は寝る前と変わらない寝間着。十香も可愛らしい寝間着姿のままであるが、いつもであれば彼女の就寝着に心拍が上がるはずの士道でも、状況の異常性に意識が向く。

 

「十香、おまえは……」

「ぬ……私は目覚めてからシドーを起こしただけで、何も知らぬ。……隣にシドーが寝ていて、少し、ううん。かなり驚いてしまったのだ」

「そ、それは、すまん」

 

 別に士道のせいではなく、士道の意思でもないはずなのだが、頬の色を変えて恥ずかしげに口に手を当てた十香を見て、恥ずかしくなって顔が赤面して謝ってしまう。

 いつからかは知らないが、十香が隣で寝ていてよくもまあ平然と寝ていられたものだと、士道は自分の図太さに呆れながらベッドか降りた。

 

「どうなってんだよ……」

 

 何度目かの疑問を口にし、怪訝な顔で士道は部屋を見渡す。

 広々として、様々なものが置かれた部屋。まさに典型的な生活感(・・・)を覚えさせる部屋、とでも表現すればいいか。

 見覚えなどあるはずがない。しかも、この部屋にいつの間にか十香と二人きりにさせられている状況。

 

「誘拐? いや、〈ラタトスク〉の管理をそんなに簡単に……じゃあ琴里たちが――――それとも、新しい精霊……?」

 

 不可解な状況にブツブツと言葉になっては消える予測。

 誘拐。確かに自然的に浮かぶものだが、初めに捨てられる可能性でもある。〈ラタトスク〉という特級の秘密組織に守られた五河家と精霊マンションから、士道と十香だけを連れ去ることができるとは思えない。仮にできたとしても、こんな部屋を誂える不自然さ。可能性としては低すぎる。誘拐であったとしたら、二人の力で解決してしまえそうだと明るい気分になれるほどだ。

 では、その〈ラタトスク〉が関与している可能性――――なくはない。十香は霊力を封印された精霊であり、その精神状態如何で霊力が逆流する可能性がある。琴里が士道を試し、訓練として隔離している……というのも、正直可能性としては低いだろう。

 ここまでの強引な行動こそが十香の精神状態を揺るがし兼ねず、最初期ならいざ知らず、今の十香の精神は成熟していると言っていい。琴里の仕業だとしたら、相当に特殊な事情があるに違いない。聡明な司令官であり妹である琴里へ、士道は全幅の信頼を以て結論を下す。

 そして第三の可能性――――精霊。精霊は常識を外れた力を持つ。何が起こったとしても不思議ではないが、基本的にこちらからの接触でなければ認知されない精霊が、士道と十香だけを隔離する理由がわからなかった。

 結論は、そのわからない(・・・・・)だ。一目見ただけで結論を出すには様々なものが欠けていて、足りない。頭を振って思考を切り替え、十香に声をかける。

 

「とりあえずは部屋を見て回って、出口を探してみよう。俺たち以外に誰か人がいないか、それも確認しないとだな」

「う、うむ……」

 

 提案に頷く十香だが、いつもの溌剌とした声音が潜んでいることに士道は息を呑む。

 表情から不安が読み取れる――――当然だ。今の十香は霊力を失い、以前の超常的な力はない。士道と共にいたいと、世界を見て、平和に暮らしたいと士道の手を取ってくれた。

 元来の人懐っこさや明るさ。人の繋がりを大切にする十香。彼女は強く気高い。だが同時に、見た目相応の少女でもある。こんな状況に放り込まれて、不安を感じない方がおかしい。

 

「…………」

 

 ――――俺は馬鹿か。と、拳を握り締め、内心で士道は己を詰り、そして恥じる。状況の確認は大切だが、士道はそれ以上に十香を気にしなければならなかったというのに。

 

「十香、大丈夫だ」

 

 片方の手で十香の手を握り、もう片方を頭に添えて撫でる。華奢で柔らかい手の感触と、艶のある絹糸の如きしなやかな髪の感触。それらが逆に、士道へ安心感をくれるようだった。

 

「あ……」

「ここがどこなのか、何なのか。俺にもわからない。けど絶対、十香のことを守ってみせる。俺が十香のそばにいる。だから、不安を感じる必要なんてない――――俺を信じろ」

 

 にぃっ、と勇気付ける笑みを向ける。強引で、状況もわからないのでは説得力に欠けるかもしれないけれど、十香を不安がらせることだけはしたくない。

 たとえ世界を敵に回しても、十香の味方をする。士道はその生き方を、一度であっても裏切ることをしないと誓っているから。

 その甲斐あってか、士道の手に擽ったそうに、だけど心地よさを感じさせる笑みで十香は返してきた。

 

「ありがとう、シドー。――――大丈夫だ。私はいつでもシドーを信じている。……シドーの手は、温かいな」

「っ……」

 

 頬を染め、撫で返すように士道の手に触れた十香の仕草に心音が激しくなる。手の温もりでいえば、十香の方が士道からすれば圧倒的に感じるのだけれど、十香は逆の気持ちを覚えているらしい。

 気恥しさはあるが、そんなものより十香の心を落ち着かせる方が優先順位は遥かに上だ――――健全な青少年として、こうして十香と触れ合っていることが嬉しい、という隠されな気持ちがなかったと断言はできないが。

 

「……もう平気だ。行こう、シドー」

「ん、わかった」

 

 十香の声に力が戻り、ある程度落ち着いたことが伺えた士道はホッと息を吐く。

 

「ありがとな、十香。おまえがいてくれてよかった」

「む? ふふ、私こそシドーがいてくれて嬉しいぞ!」

 

 ただ、士道も力を貰ったことは同じだ。十香が士道に安心感を覚えてくれるように、士道もまた十香に安心感を覚える。二人が離れていても、互いに行動を起こしていたに違いないが、こうした心の安堵は得られなかったはずだ。

 

「色々探してみようぜ。もしかしたら、案外簡単に出られるかもしれないしな」

「うむ!」

 

 励ますように笑顔を向け合い、不安をかき消すように互いの手を握る。二人でいれば、大丈夫。心を奮い立たせて、士道と十香は部屋の中を探索する。

 

 ――――結論から言えば、間違いなく閉じ込められている(・・・・・・・・・)

 

「むぅ……出口がないとは、風変わりで奇怪な部屋なのだ」

「風変わりっていうか、明らかに怪しいっていうかな。生活に必要な設備はあるけど、あからさまに間取りがおかしいし……」

 

 誂られたテーブルを挟んで十香と頭を悩ませながら、士道のチラリと視線を部屋に向ける。

 広々とした部屋だが、不自然。何が不自然かといえば、遮るものがない(・・・・・・・)。間取りがおかしいとはそういうことだ。

 士道の家より設備が整えられたキッチン。これは、こんな状況にも関わらず少し心が踊ってしまった。

 次に洗面所と風呂場。これが本当に、十香の言葉を借りるなら奇怪。ベッドから風呂場の扉――と呼んでいいのか怪しいが――が見えるほど、というよりそういう設計なのだろう。

 真っ直ぐな道に仕切りという仕切りがまるでない。着替えのための配慮などなく、洗面所と共有の脱衣場が丸見え(・・・)だった。仮に士道が邪な思いを抱き、見ないふりをして覗き見ることも容易い――――例え話とはいえ、十香の前でそんなことを考えた自分に嫌悪を抱いた。

 

「何が目的なんだ……?」

 

 男としては正しいが、人としては避けたい欲を誤魔化すようにあごに指を当てて思案する。

 最低限、トイレだけは扉が与えられているものの、何と鍵がない。ふしだらな事故狙いなのか知らないが、随分と下衆な部屋だと結論を出さざるを得ない。

 そして、出口らしい出口はない。窓からは日が差すものの、見渡す限り何もない(・・・・)――――ここがどこで、どうなっているのかさえわからなかった。

 環境を訝しむ士道を見てか、十香が励ますように着替えた(・・・・)服を見せるように手を広げた。

 

「だが、着替えがあるのはありがたいな!」

「あ、ああ……何で俺たちの服のサイズ知ってるんだろうな……?」

「むぅ……?」

 

 わからん、と二人で頭を捻る。そう、着替えはあった。広々とした部屋ということもあり、設えられたクローゼットを開いた中にはこれでもか、というほどの着替えがあったのだ。

 一通り困らないだけの服、変えの下着、果ては学校の制服にコスプレ衣装……は、気にしなくていいだろう。とにかく、あるだけ詰め込まれた衣服が備えられ、着替えてくださいと言わんばかりだった。

 一応、手にした服や下着を入念に確認し、試しに着替えてみた。……当然、仕切りなどない音が嫌に通る部屋で着替えるのは気が気ではなかったが、お互い離れて背を向けることで事なきを得た――――よく考えたら、唯一扉があるトイレを使えばよかったと気がついたのは、間抜けにも着替えが終わったあとの話であった。

 こちらも結論としては、何の問題もなかった。気味が悪いくらいにジャストフィットする衣服に、十香と顔を合わせて不思議に思うくらいには。

 

「益々わかんねぇな」

 

 何がしたいのか、まるで見えてこない。士道と十香以外の声はなく、士道の数倍は感覚が鋭い十香が感じていないのであれば、視線らしい視線もない。

 二人がわからないほどの高性能な監視カメラを仕込んでいるのか、それとも本当に精霊の天使が関わっているのか。どうであれ、真っ当な暮らしを送れてしまうことに薄気味の悪さを感じて――――ぐぅぅぅぅぅ、と、食欲の腹鳴りが鼓膜に届いた。

 

「へ?」

「……っ!」

 

 士道のものではない。猛獣を飼っているのではないか、と思えてしまう空腹の鳴き声。顔を上げて目を向ければ、今度は十香が俯いて肩身が狭そうにしていた。

 

「ち、違うぞ! その、朝餉を食べ損ねて……す、すまぬ。このような状況だというのに……」

「……あはは、違うぞ十香。こんな状況だから、腹が空いてたら危ないんだ。気づかせてくれてありがとな」

 

 じっくり部屋を探索し、出口やそれらしい場所はないかと時間を使っていた。その緊張感から忘れていた空腹を十香のおかげで思い出し、士道は気の抜けた笑いを零した。

 

「待ってろ。何か作ってやるから」

 

 言葉を添えて立ち上がりキッチンへ向かう。羨ましくなるほどの調理器具、設備が備えられたキッチンに立ち、先ずは冷蔵庫に手をかける。

 

「何かあればいいんだが」

 

 食べ物は二の次だと確かめていなかったが、よくよく考えれば食料は死活問題だ。直ぐに脱出、ないし救助がくればいい。が、そうでなければ水で飢えをしのぐしかない。そんな状況は長くは続かない。そうなったら、士道は裡に封印された精霊の力、はたまた十香の力を借りて強行手段を取らざるを得ない。

 ある種、これまで以上の緊張感で冷蔵庫の取っ手を握り、せめて十香に元気を与えてやれる肉類があれば――――そして開けた先には、肉類しかなかった(・・・・・・・・)

 

「……うっそだろ、おい」

 

 それはそれで大いに問題があると、一度冷蔵庫の扉を閉めて天を仰いだ。開けっ放しだと問題があるだろうという庶民的発想は、こういう状況ですら抜けることなく行動に現れていた。

 肉、肉、肉。そして肉。様々な種類の肉が置かれた冷蔵庫内。せめて野菜の一つくらいは置いておいてほしかったと、嘆きながらもう一度冷蔵庫を開ければ――――中に野菜が増えていた(・・・・・・・・)

 

「はぁ!?」

「シドー、どうかしたのか?」

「あ、いや……」

 

 空腹ですることではないとわかっていても思わず叫んでしまい、十香が士道の背中からひょっこりと顔を出す。

 目の錯覚に違いない。が、一応士道は確認したいと十香にある提案をしてみた。

 

「十香。今一番食べたいものはなんだ?」

「シドーのお弁当だな!」

「……う、嬉しいけどそれ以外で頼む」

「む……ではきなこパンだ!」

「じゃあ、きなこパンを思い浮かべて冷蔵庫を開けてみてくれないか?」

「? それは構わぬが……」

 

 士道の要領を得ない不思議な提案に首を傾げながらも、十香は冷蔵庫の前に立ち取っ手を握り、勢いよく開いた。

 

「いでよ、きなこパン!」

「召喚の呪文!? ――――うわぁ、出たし」

 

 三度目は必然か。今度は驚きではなく呆れと、人智を超えた現象に乾いた笑いが士道の顔に浮かび上がった。

 

「おぉっ!」

 

 キラキラと目を輝かせた十香の願いを聞き届けてか、冷蔵庫の中には大量のきなこパンが現れた。

 しかもご丁寧なことに棚の配置まで変わり、温度まで一瞬で適温でキープされている。常温冷蔵庫とは、また風変わりなと頬をひくつかせて皮肉を内心で浮かべてしまう。

 

「すごいぞシドー! きなこパンの山だ! 私が願ったら出てきたのだ!」

「ソウダナ。スゴイナ。……ネコ型ロボットの秘密道具じゃあるまし、こんなのありかよ」

 

 超常現象とは、何度見てもおかしいと思えるから超常現象なのかもしれない。いよいよ、士道の中で精霊の関与を激しく疑う決定的なものを見てしまった中、十香が山盛りのきなこパンに手を伸ばし――――ハッと目を見開き、咄嗟に手首を握って止めにかかる。

 

「待て十香、何が入ってるかわからないぞ!」

「ぬ――――いや、平気だ」

「え……?」

 

 その漠然とではあるが、強い確信を感じさせる十香の声音に士道は呆気に取られた。

 困惑する士道を見てか、十香は眉根を下げて声を返す。

 

「すまぬ。言葉が足りなかった……ここには、私たちに害をなそうとする〝意志〟が感じられないのだ」

「害をなそうとする、意志……」

 

 オウム返しのように言葉を復唱した士道に、十香が偽りのない神妙な顔で首肯を返す。

 

「うむ。シドーがいてくれるおかげで、それを感じられた。私なりに感じたことだが、どこか覚えのある(・・・・・)安心感のようなものを――――すまぬシドー。上手く言葉にできないのだが……」

「……いや。十香がそう感じるなら、俺も間違ってないと思う」

 

 困り顔で微笑む十香に士道はそう言葉をかけた。

 情報が圧倒的に欠けている中で、本来直感だけを信じることは危険である。が、十香は精霊の中でも並外れた感覚、ともすれば未来予知じみた直感で状況を開くことがあった。考えるより先に身体が動く、その究極系と言えるものを戦場で十香は得ている。

 その十香が感じ、心配がないと言うのであれば、士道が彼女を信じない理由は欠片ほどもない。十香を止める手を離し、苦笑気味な笑みで声を発する。

 

「どっちみち、食わなきゃ生きてけないんだ。すぐにご飯作っちまうから、十香はきなこパンを食べて待っててくれるか?」

「わかった、待っているぞ!」

 

 空腹激しく、大好物のきなこパンの山ともなれば興奮は一入であるのか、腕いっぱいにきなこパンを抱えてリビングへ戻る十香。その可愛らしさに士道は微笑み、再びキッチンと向き合う。

 

「俺たちを傷つけようとしてるわけじゃない、のか?」

 

 十香を信じる士道だが、その向こう側の〝意志〟の全てを信じきるには足りない。軟禁状態であることに変わりはなく、実は士道たちに希望を与えた後に――――など、嫌な想像が脳裏を掠める。

 

「……今は、とにかく食わないとな」

 

 人は食わねば生きていけない。そう自分に言い聞かせ、士道は新品の調理器具を準備しながら不安感を押し殺した。

 

 

「うむ! うむ! 美味いぞシドー!」

「はは、そりゃよかった」

 

 二度も深々と頷いてくれれば、その賞賛が嘘ではないことは十二分に伝わる。そうでなくとも、十香の満面の笑みを見て士道に伝わってこないわけがないのだけれど。

 盛り付け用の食器まで凝ったものが用意されているのを見つけ、気を晴らす意味を込めて大胆に鉄板を使ったペッパーランチ風のものを作ってみたのだが、どうやら普段は家で士道が作らないものということもあり、十香の中で好評のようだ。

 山盛りのきなこパンを瞬殺したとは思えない速度で、熱々の鉄板から口へ頬張る十香に習い、士道は士道なりのペースで食事を進める……味は自信通り、十香も認めてくれる出来。一応、調味料を含めて一つ一つ味見をして見たが、身体に問題はない。もっとも、十香がきなこパンを食べてしまった時点で無意味な警戒だとは思うが。

 

『ご馳走様でした』

 

 しっかりと両手を合わせ、腹を満たし終える――――そして、これからどうするかを決めなければならず、改めて士道は十香と向き合った。

 

「十香。とにかく、これからのことを決めよう」

「うむ。ここから出る方法を考えねばならぬのだな。シドーを二人きりは嬉しいが、皆のことが心配だ」

「お、おう。たぶん、逆だと思うけどな……」

 

 外がどうなっているのかはわからないが、心配されているのは士道たちの方だろう。それと、さり気なく士道と二人きりが嬉しいと言われて、ドキッとした自分を誤魔化すように頬をかいた。

 

「ここがどういうところかは判らない。今のところ不便はないけど、外に出れるわけじゃないからな。……けど、俺の中にあるみんなの天使の力を借りるのは、最後の手段にした方がいいんだよな?」

 

 皆の天使。精霊が持つ奇跡の具現化。その力があれば琴里たちに連絡を取ることやそれ以上、つまりは脱出ということも可能にできるやもしれない。

 しかし、それは避けるべきだと十香は再度の問いかけに頷いた。

 

「うむ。私の感覚ばかりを押し付けてすまぬ。だが、極力精霊の力は避けるべきだと……」

「十香の中で感じる、だろ? 押し付けるなんて言うなよ。俺がここで頼れるのは十香だけだ。気づいたことがあったら、どんどん言ってくれ」

 

 ある種の異空間と言えるこの室内。ともすれば相手の体内とも言える場所で、迂闊に天使を扱うことが危険だということは的を射ている。

 無論、十香に危険が迫れば士道は迷わず力を使う。今はその時ではないとその十香が言うのなら、士道は信じるだけだった。

 

「む……なら、私がここで頼れるのはシドーだけだな!」

「あはは、そういうことになるな。ちょっとは頼りにしてくれるか?」

「当然だろう。少しどころか、私はいつでもシドーに頼り切ってしまっているぞ」

「それを言ったら俺だって……はは、何だか互いを自慢し合ってるみたいで恥ずかしいな」

 

 十香は士道を頼れると言うけれど、ここぞというときに士道を支え、導いてくれたのは十香なのだ。互いに褒め称え、気恥ずかしくなって二人で揃って頬を赤らめる。二人きりになると、どうにも意識をしてしまいそうだった。

 ここで何が起きるのか。何が起きているのか。みんなはどうしているのか――――わからないが、わからないなりに動く他ないと二人で頷き合う。

 

 それから、この家――便宜上の表現――の中を再び、もっとくまなく探ることにした。

 

「シドー、これは私たちのものではないか?」

「本当だ。なんで学校の道具がここに……」

 

 学校生活に必要な教材が一式。しかも、士道たちが使っていたものと全く同じものを見つけた。

 その他、警戒しながらタンスや収納スペースを開けば生活必需品から士道たちが使ったことがないものまで。果ては、様々なジャンルの映像作品のディスクまでetcetc。

 そういえば、無駄に大きなモニタがあるなぁと、行き届いた配慮にまたもや首を傾げた。……これだけ配慮が行き届いているというのに、二人が互いの視界を遮る方法が背中を向けるくらいしかないのは、徹底されすぎていてもっと疑問を感じることだったけれど。物を退けてスペースを作るという方法を後で試しては見るつもりだが、ここまで徹底されては恐らく徒労に終わるだろうと士道はため息を吐いた。

 

「な……っ!」

 

 と、作品が収められたパッケージ入りのディスクを何となしに探っていたら、士道はとんでもないものを見つけてしまった――――高校生が手にしてはいけないが、お年頃の男子はチラチラと気にしてしまう発禁もののモザイク入り映像作品である。

 気にならないと言えば、嘘にはなる。が、他の高校生男子よりは気にならない。何故かといえば、

 

「む、シドー、何か見つけたのか?」

「な、何でもない! 何もなかったぞ、うん!」

「?」

 

 可愛らしく小首を傾げる、笑顔一つで人を殺しかねない美貌の少女たち(・・)がいるからに他ならない。

 周りのレベルが高すぎると、こういうところで困るんだよな、とそれこそ友人に殺されそうな贅沢な悩みを考えながら、士道は危ないパッケージを十香にバレないように元の位置に戻すのだった。

 

 

 

「……結局、快適に暮らせそうってこと以外の収穫はなし、か」

 

 ポツリと呟いて、引き出しにあった雑誌を眺めたあとに天井を見上げる。日が落ちてからも不便がないようにか、電気代が心配になるほど煌々と輝く化学の光が士道の視界を染め上げた。

 だが、そんなものでは気が紛れてくれないのは――――風呂場から聞こえてくる水音だろう。

 

「…………っ!」

 

 心音が高く、士道の身体を内側から叩く。これからどうなるかわからず、何日も我慢するわけにはいかないだろうと風呂を交互に使用すると決めたわけなのだが、当然ながら風呂場の扉にも仕掛けが施されている。

 

「トイレの扉残す配慮があるなら、風呂の扉もマシにしろってんだ……っ!」

『シドー? 何か言ったか?』

「っ……な、何でもない! それと見てもないからな!」

『う、うむ。それはわかっているが……』

 

 多少くぐもって聞こえるものの、浴室からリビングの間で十分に会話ができる防音性のなさに士道は頭を抱えた。

 防音性だけならまだマシだ――――何とこの家の浴室の扉は、透明なガラス張りになっている。脱衣場、洗面所と繋がっている高級な家(イメージ)にあるアレだ。

 視認性はあまりにクリア。防音性は皆無。つまり士道は、十香が湯浴みをしている間は鉄の精神で背を向けて音を排斥しなければならない。しかし、音は耳を塞いだ程度ではどうにもならず、半ば諦める他なかった。

 

「なるほど。さては俺を社会的に殺そうって魂胆だな」

 

 そんなとんでもない理屈に思い至るほど、士道は精神力を試されている。

 十香の身体が湯に沈み、波打つ音。十香の裸身をシャワーが叩き、水が滴る音。後ろを振り向けば、十香の美しい裸身と湯浴みの様が目に収められる――――途方もない欲望に、士道は否が応でも下半身に血が巡る感覚を覚えてしまった。

 

「すぅー……はぁー……落ち着け、俺」

 

 この程度のこと、何度も経験してきただろう。少女の裸身を封印の度に見てきたはずだ、と最低の発想で気を追いつかせる。そうしなければならないほど、追い詰めらているとも言う。

 これが訓練であれば、琴里からの罵倒や制裁で頭を冷やすことができる。だが現実は違う。士道は十香と二人きり(・・・・)なのだ。

 少なくない好意を抱く少女と、意図せずして二人きり。プライバシーの配慮が薄く、湯浴みですら本人たちの意思で見ることを避けるしかない。

 

「っ……く、ぅ……」

 

 興奮で血が巡る下半身は、類を見ない大きさでズボンの下で脈動している。深呼吸が役に立たず、むしろ部屋に残る十香の香りを吸って一層動悸が激しさを増した。

 純真無垢で、士道の言うことを信じてくれる可愛い十香――――信頼の証であるそれが、今は雄の本能によって罪悪感の塊と化している。

 先の事情もあり、士道自身が自慰行為をしていなかったというのもあった。というより、プライバシーがなさすぎてできなかったしする気もなかったというのが正しいか。

 

「普段の礼を言えばいいのか、恨めばいいのかわからないぜ、琴里……」

 

 琴里がいたからこそここまでの欲求に至らなかったが、琴里もとい〈ラタトスク〉ついでに折紙の目があるからこそ欲求発散に至れなかった。こういう状況が想定できるはずもないが、巡り合わせの悪さに愚痴をこぼさずにはいられない。

 自分の中にこれほどの欲があったことを嘆くべきか、性欲を溜め込み続けた健全な高校生がこの程度(・・・・)で済んでいる経験値の多さに喜ぶべきか――――とにかく思考を逸らして耐え忍ぶ士道の耳に、扉が開く音が飛び込んでくる。

 

「っ……!」

「もう少しそのままでいてくれ。……気苦労と不自由をかけてすまぬ」

「お、おまえが謝ることないだろ。俺は平気だから、風邪引かないように身体はしっかり拭くんだぞ」

 

 十香が湯船から上がり、着替えるのだろう。彼女は何も悪くないというのに、こちらを気にしてくれている。

 そんな十香に少し、どころか荒々しい欲求を抱いていることに心が痛い。それを隠していつも通りに振る舞う。

 髪や肌をタオルで拭き取り、湿った肌に薄布を着込む音が嫌に響く。これが初日だというのだから、とんだ精神修行があったものだと現実逃避から笑う他ない。

 

「……もういいぞ」

「あ、ああ――――――――」

 

 足音と許可が聞こえて、士道は振り向いた――――どうして振り返ってしまったのかと、後悔が滲んだ。

 

「シドー……?」

「っ……」

 

 それ以上に、途方もない情景が肺腑を満たす。

 烟るように下ろされ水気を帯びる夜闇の髪。湯上りで朱色に上気した肌が、可愛らしい寝間着から垣間見えて美しい――――渇望。それが目の色に載ってしまったことへの罪悪感は、真っ直ぐに見つめたことで十香が僅かに身体を逸らして赤面したことで溢れ出した。

 

「あ、あまりジロジロ見るな……シドーなら構わぬが、恥ずかしいぞ」

「っ、すまん十香! つ、次は俺が入るから!」

「あ……」

 

 恐らく本能的だったのだろう。羞恥心が人並みにある十香は、しかし士道の視線から身体を露骨に隠すことはしなかった。

 その信頼(・・)が罪悪感をどこまでも膨れ上がらせる。好意があるのだから、男としてそういう感情は仕方がない。そう割り切ってしまえる状況下ならばいいが、現実は十香と二人きり。

 勢いをつけて風呂場へ駆け込む士道に呆気に取られた十香だったが、幸いにも追求はなかった。まあ、もっとも、

 

「……拷問かよ、これ」

 

 十香の香りが色濃く残る熱いお湯。十香の残り湯という熱に当てられて耐え切れるはずもなく、士道は史上最速の湯上りを披露することになったのだった。

 それで謎の軟禁初日は幕を閉じ――――――

 

「シドー……寝床を、共にしてはくれぬか?」

「…………………………………………………………………………………………」

 

 てくれていたら、士道はこんなにも長い沈黙をせずに済んだのだけれど。

 わかっている。十香がそういう意味で言っているのではない。こんな状況で、一人で眠るのは心細いというのもわかる。思わず、自分の寝床を作ろうと立ち上がった士道の袖を摘んだ可愛らしい仕草もわかる。

 わかる。わかるのだが、士道の激しい性衝動はわかってはくれないのだ。

 

「十香。俺とおまえは男と女。わかるよな?」

「うむ……」

「俺は十香が嫌いって言ってるんじゃない。これもわかるよな?」

「うむ……」

「じゃあ、その提案が無理難題ってことも、わかってくれるよな?」

「……むぅ」

「むぅ、じゃない。そんな可愛らしく俺の理性を剥ぎ取ろうとしないでくれ……」

 

 男女の同衾。士道が考えるような深い意味(・・・・)を十香が知っているとは思えないが、士道と寝床を共にすることへの羞恥心はあるはずだ。でなければ、改めて正面から向き合った十香の顔が真っ赤になっているはずがない。それは士道も同じだ、と指摘を受ければそうなのだろうけれど。

 

「可愛い、のか?」

「え、あー……十香が可愛くなかったら、他の誰が可愛いんだってくらいには。あ、何言ってんだろ俺、しにたい」

「し、死んではならぬぞシドー。私は……嬉しいのだ」

 

 自分に自己嫌悪する七罪の気持ちがちょっとわかった。七罪も士道などと一緒にされては不愉快だろう、という七罪の思考までトレースした気分になりながら、ほんのりと愛らしい笑顔の十香へ士道は言葉を続ける。

 

「と・に・か・く! 寝床は分けさせてくれ! 大体、前に琴里に嵌められて事故で一緒になった時は、十香めちゃくちゃ恥ずかしがってただろ……」

「あれは、シドーが私の胸に……」

「待った! 今思い出させるな! マジでヤバい!!」

 

 十香の胸に浅い眠りの中で頬擦りした一件は、今思い出すと本当にヤバい。意識しただけで下半身のブツが臨戦態勢を取りかけ、咄嗟に十香から背を向けた。

 

「だが――――今一人で眠るのは、怖い」

「っ!!」

「他の皆がいない場所で目を覚ましたとき、シドーまでいなくなっていたら、私は……」

 

 背中に届く涙声に、士道の興奮が一気に冷えていく。

 孤独を知り、諦めた十香。そんな十香が数々の出会いの中で成長し、人と人の繋がりを大切している事実と――――不本意に離れてしまったからこその心細さを感じ取り、士道の心を冷静にする。

 

「………………わかったよ」

「シドー!」

 

 今度は比較的短い沈黙で、士道はため息混じりに言葉を返す。パァっと明るくなった十香の声を背中に感じた。

 葛藤はある。だけど――――十香と同じだけの気持ちを士道もどこかで感じてしまっているのだから、仕方がないのかもしれない。

 

 

「……電気、消すぞ」

「う、うむ」

 

 とは、いえだ。仕方がないと気が気じゃないは共存できる。

 二人が余裕で寝られるダブルサイズのベッドに横並びになりながら、士道は近くの灯りを消す。それが最後の部屋の光源であり、消した途端に部屋は真っ暗闇に変わる。通常、少しは灯りを残すべきなのだが……見え(・・)てしまうと、士道の心臓が確実に破裂する。

 

「おやすみ、十香」

「ん……おやすみだ、シドー」

 

 寝る前の別れの挨拶ならいざ知らず、寝室どころか寝床を共にしてこの言葉を交わすことになるとは思っても見なかった。

 あとに残るのはお互いの吐息と――――士道の心臓の爆裂音。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………く」

 

 小さく呻く。気合いで目を瞑る努力をしているのだが、結果的に十香がより近く感じられて緊張がピークに達していた。

 あの十香と、同じベッドで寝ている。何度も言うが、少なくない――――むしろ、女性としての魅力を感じる対象として、士道は十香に恐ろしいまでの好意を抱いていることを〝今〟自覚させられる。

 近い。兎にも角にも近すぎる。十香から流れるいい香りが鼻腔をくすぐり、いつの間にか眠っている十香の寝息が鼓膜を揺さぶる。

 

「……俺は何も感じない。俺は何も感じない。殿町、今だけは俺に力を貸せ……っ!!」

 

 寝返りを打つフリをして十香にさり気なく背を向け、脳内に悪友の顔を浮かべて性欲を断ち切る。

 すると、自然に下半身の暴れ馬は収まりを見せ始めた。士道は初めて心の底からあの悪友に感謝をし、多少は穏やかに目を伏せることができて――――ふにゅ、と柔らかなものが二つ(・・)、士道の背に押し当てられた。

 

「ひっ!?」

「んん……しどぉ……シドー……」

 

 とてもそれ(・・)押し当てられた悲鳴ではないのだが、そうせざるを得なかった。

 十香の胸、乳房、おっぱい。名称はなんだって構わないが、十香の大事で柔らかい男の夢が詰まった魅力的な果実が、薄い布数枚を隔て士道の背に押し付けられてくる。

 

「と、とおか、さん……?」

「……すぅ……んぅ」

 

 一応確認を取って見るものの、返答は寝息。しかも、押し当てられるだけならともかく、段々とホールドが強くなり、半ば抱き枕のように拘束されていく。

 

「ひぃ……ま、待て十香……そ、それ以上は――――っ!」

 

 近い、近い――――近い近い近い!

 

 ただそれだけが思考して、十香の肢体が密着していく。

 細く柔らかいのに、士道を離さない手。細いはずなのに、ムチッとした魅惑の肉付きを感じさせる太股。首筋辺りに感じる、甘えた声を吐息に変えたモノ。

 女の匂い。メスの臭い(・・・・・)。たわわに実った果実の感触、今までで一番の硬さになる士道のモノ――――そのとき士道は、意識が途切れる感覚が音になったように感じた。

 

 ――――ああ。人間って、興奮のしすぎで気絶できるんだなぁと、士道はこの日初めて実体験として経験を得たのだった。

 

 

 

「おはようだ、シドー!」

「……ふぁ。ん、おはよう、十香」

 

 大変刺激的な睡眠を貪った夜が明けて、軟禁二日目。目覚めて互いがいなくなっているということもなく、状況が好転しているということもない。

 二人で目覚め、狙い済まして都合よく差し込む朝日にどこまで拘っているんだか、と自身の警戒を馬鹿らしく感じ始めながら一通り朝のルーティンを済ませ――――――

 

「あれ……?」

「ぬ?」

 

 十香と二人で洗面所から戻ったところで、その壁だったもの(・・・・・・)に目を見開いた。

 

「と、十香……一応聞くけど、俺の記憶違いじゃない、よな?」

「うむ。昨日は、このようなものはなかったぞ」

 

 互いの記憶に齟齬がないことを確認し、士道は十香と共に真ん丸とした目で()を見た。

 そう、扉だ。だだっ広い部屋の壁に、昨日まではなかったドアが設えられている。いつの間にという話であれば、恐らくは就寝か二人で顔を洗っている間にだろう。

 

「シドー」

「……俺が行く」

 

 出口、など都合がいいものとは思えない。薄れかけていた警戒心を強め、士道はドアノブに手をかけ、捻る――――慣れ親しんだ感触と、鍵がかかっている音。

 

「ん、開かないな……」

 

 見たところ、鍵穴のようなものは見当たらない。一目見ただけでは開ける方法がない、不可思議な扉だ。

 

「シドー、こんなものがあるぞ」

 

 と、士道がノブを捻っては戻しを繰り返し首まで捻っていると、その横で十香が何かを手にして見せてくる。

 それは数十枚はありそうな紙。もう少し入り込んだ表現なら、カードキーのようなものに見えた。

 

「なんだそれ。どこにあったんだ?」

「壁にかけてあったのだ。隣にはヘンテコな機械もあるぞ」

「……あぁ、本当だ。ドアに目がいって気づかなかったな」

 

 よくよく見てみれば、十香が見つけたものを士道も簡単に見つけることが出来た。十香が持つカードキーを収めるホルダーと謎の機械。

 壁に付けられたその機械は、何かを挟んで認識する――――それこそ、薄いカードキーを挟んでくださいと言わんばかりの形をしていた。

 十香が手に持った一枚を抜き取って見てみると、『公園』文字が刻まれていた。

 

「……まさか」

 

 恐らくは、そのまさか。

 開かない扉。士道や十香が思ったものを差し出す冷蔵庫。意味ありげに置かれた文字入り(・・・・)の数十枚のカードキー。

 

「むう、こうか?」

「あ、おい」

 

 士道が声をかけるより早く、十香がそのうちの一枚を機械の中に入れてしまった。まあ士道同様、警戒心が薄れているのもあるのだろうが、直感に優れた十香が問題ないと判断してのこと。

 結果、軽快な認証音と共に扉から鍵が空いたような親切な音が響いた。

 

「シドー……」

「あー、多分同じこと考えてるよな」

「うむ」

 

 困り顔で頷き合いながら、鍵が空いた、もしくは先が作られた(・・・・・・)扉を開いて中へ入る。

 

「おぉ! シドー、なんだここは!」

 

 天真爛漫な感銘の声。扉の先が士道の知る場所でなかったのなら、それに答えあぐねてしまったことだろう。

 しかし、士道は扉の先にあったものを知っていた。補足をするならば、その施設(・・)の名を知っていたのだ。

 

「えっと、多分スポーツジムじゃないか?」

「すぽーつじむ……運動をする場所だな!」

「ま、そういうことだろうな」

 

 概ね間違ってはない認識を取った十香を肯定し、驚き疲れた士道は何とも言えぬ吐息を吐いて部屋を見渡した。

 フィットネス器具や筋力トレーニング用のマシーン――――どこからどう見ても、設備が潤沢に整えられたスポーツジムそのものだ。

 

「見てくれシドー、私たちの体操着もあったぞ!」

「もうツッコミを入れる気力がねぇ……」

 

 士道が遠い目をしている間に、好奇心旺盛な十香がどこからか二人分の体操着を手にして駆け寄ってきた。あまりのスピード展開と十香の適応力に士道の方が頭を抱えてしまう……もっとも、昨日のように不安を感じているよりは、こうしていつも通り元気な十香でいてくれる方が精神的に追い詰められない良い傾向なのだろうが。

 

「まあ、あれだ……せっかくだし、軽く使ってみるか?」

「! うむ、遊んで……ではなく、何事も試してみなければな!」

 

 言った途端、また目をキラキラとさせた十香が興味津々で機器を睥睨し、どれから遊ぶ(・・)かを決めるような素振りを見せた。

 

「ほんと、可愛いな」

 

 結んだポニーテールを尻尾のように揺らす十香を見て、士道は無意識にそう呟いていた。

 十香は好奇心旺盛だ。というより、何も知らなかった(・・・・・・・・)十香だからこそ、か。

 人が沢山いることを知らない。自分を害する者しか知りえない。全てが敵で、味方はいない。そんな世界で生きてきた十香は、士道と出会い変わった。

 けれど人の生活は、十香にとって苦難の連続だった。普通を知らないということは、士道が考える以上に大変なことだったのだ。道具や服を一つ取ってさえ、武器と勘違いすることが多々あった。

けれど(・・・)、十香は恐れなかった。十香は無知ではあったのかもしれない。でも愚者ではない。一度した間違いをまた犯すことはほとんどなく、失敗を恐れることもしない。今では、このように未知のものへ積極的に触れたいと思ってくれている。

 初めは苦笑混じりに見守っていた士道だが、今では尊敬と――――十香という爛漫な少女への愛おしさを抱いていた。……たった一日を二人きりで過ごしただけで、随分な感慨を覚えてしまうものだな、と自分自身に苦笑しながら体操着を手に取り――――――

 

「……そうだ! この部屋を使えば仕切り替わりにして着替えられるんじゃないか?」

「む……う、うむ。そう、だな……」

 

 妙案だ。何故だが、振り返った十香が得も言えぬ表情で少しばかり残念だ、みたいな声音をしている気がするが、きっと士道の興奮がもたらした錯覚だろう。

 思い立ったが吉日と、士道は扉へ逆戻りしてドアノブを捻って、

 

「…………あ、開かない?」

「なに?」

 

 驚いた十香の声に、ヒヤリと嫌な予感が背筋を撫でた。

 ここに閉じ込められてしまった可能性――――もう一つ、取るに足らないくだらない可能性。

 

「十香、こっちに来てくれないか?」

「わかった。力で開ければ良いのだな!」

「や、そういうわけじゃなくて……俺の予想が正しかったら、十香が来てくれるだけで開くと思う」

「む?」

 

 疑問符を浮かべた十香だが、そうしながらも士道の隣に立つ。

 すると、それだけで幾ら捻っても捻りきれなかったドアノブが回り、元の部屋への道が開いた。

 

「おぉ、開いたな」

「……何となく、わかってきた」

 

 次いで、確かめたいことができた士道は元の部屋に戻ってトイレの()の前に立ち。十香を少し離れさせて体操着を手に持って(・・・・・・・・・)扉を開けようとする――――開かない。

 

「…………」

 

 無言で体操着を地面に置き、再び扉を開こうと試みると、開いた。その状態で体操着を手に取ろうとすると――――万力もかくやという勢いで扉が閉まってしまう。

 

「………………………………なるほどな」

 

 なるほど……なるほど?

 数秒の思考と、実験の結果を統合――――扉に両手を突いて、士道はその場に崩れ落ちた。

 

「そんなに俺の精神を追い詰めて楽しいかチクショウ!!」

「し、シドー! 私は気にしないから心配するな! 恥ずかしいが、シドーなら大丈夫だぞ、うむ!」

 

 蹲る士道の肩を抱いて励ましてくれる十香の存在が嬉しく、同時に士道自身の情けなさと信頼を裏切っている罪悪感でいっぱいになった。純粋な十香の優しさと、その優しさに漬け込む(・・・・)甘えられる状況――――別の意味で、精神が磨り減っていく五河士道(感性が健全な少年)だった。

 

 

 

「はぁ……」

 

 汗をかいた顔をタオルで拭い、これまた丁重に用意されていたドリンクを飲み乾いた喉を潤す。

 こういう状況だからこそ、何も考えず身体を動かすことの素晴らしさが身に染みるようだった。

 

「ほんと……何が目的なんだか」

 

 幾度となく、この場所に二人きりで軟禁されてから感じた疑問は、先に進むことなく停滞しきっていた。

 あれから少し実験を重ねてみたが、やはり扉で区切られた先はどちらかを残しては戻れない。例外はトイレを正しい用途(・・・・・)で使用する場合のみ。それ以外は、徹底して十香と共にいることを強要される環境下。

 

「見ろシドー! 凄いのだ! ずっと走っていられるのだー!」

「見ればわかるって。転ぶなよー」

 

 ルームランナーを――少なくとも士道は無理だろうなという速度で――楽しむ十香を士道は近場で見守りながら声を返す。

 強要。状況はそうだ。しかし、そのこと自体に全くストレスは感じない。むしろいつも以上に十香のことを感じ、好きな面を見つけ、愛おしさが増す。ここに来る前は、こういう思考にはならなかった。十香への好意はあれど、それがどういった種類であるのか、士道でさえ曖昧だった。

 

「…………」

 

 身体を動かすことも好きなのか、思う存分流れる道上を走る十香を見つめた。

 笑顔と汗を浮かべた煌びやかな面。元気よく跳ねる夜色の髪。たった一日、いつも以上にそばにいた。ただそれだけなのに、どうしてこんなにも十香を渇望してまうのか。それとも、士道は初めから十香のことを――――――

 

「ぶっ!?」

 

 と、真面目だったはずの思考が逸れて、吹き出す。

 安易に視線を下に向けたのがよくなかった。白い体操着を着た十香の乳房(・・)。走る度にぶるん、ぶるんと揺れる豊満な胸が透けている(・・・・・)。士道より体力があるため、より激しい運動をしていた十香の身体は汗を吐き出し、体操着にそういう仕掛けがあるのかは定かではないがとにかく下着が透けてしまっている。それしか言えない。

 

「む、どうかしたのか?」

「あ、いや……そ、の……」

 

 いつもなら、もっと露骨に視線を逸らしせるはずの士道も、昨日から耐え抜いていた限界間近の理性によって釘付けになってしまう。

 下着までは変えなかったのだろう。シンプルながら品を感じさせる意匠が垣間見えるブラを透けさせた、愛おしい十香のいやらしい胸(・・・・・・)が揺れる光景をしっかり、じっくり観察してしまったのだ。

 当然、士道の動揺に気がついた十香の視線はその先を追い。

 

「……っ!?」

 

 運動で上気したものとは明らかに異なる、燃えるような赤面と共に十香が両手で胸を覆い隠す――――が、さしもの十香とはいえ、急な動揺に襲われたのが最悪と言えた。

 

「あ……っ!」

「十香!」

 

 高速で滑る足場で一瞬、十香の身体が浮き上がる。

 後先は考えなかった。ただ、十香が危ないと身体が動いて、浮き上がった彼女の身体を自分でも信じられない速度で抱え、士道は背中から地面に着地した。

 

「く……大丈夫か、十香!」

「……う、うむ。平気だ。ありがとうだ、シドー」

「い、いや。俺が余計なことしちまったから……」

 

 士道の手の中で硬直しながら、怪我らしい怪我も見られず受け答えをする十香にホッと息を吐いた。

 この程度で怪我をするヤワな少女ではないことは知っているが、身体がそう動いてしまったのだから仕方がなかった。十香の無事を喜びながら、そうさせてしまった自分の恥ずべき行動を嫌悪し――――――臭い(・・)に、当てられた。

 

「っ……」

「シドー?」

 

 強く、肩を握る。自分のものではなく、キョトンとした十香の肩を。

 激しい香り。十香の()の香りだ。人の体臭が存分に感じられるそれは、士道にとっては恐ろしいまでに香しいものだった。

 白い柔肌に浮かぶ玉の汗。なんてことないはずの光景なのに、十香がそうあるというだけで、得も言えぬ情欲が士道を昂らせていく。

 

 果たして、その汗を舐めとったら(・・・・・・)、どんな味がするのだろうか?

 

「……はっ」

 

 底知れぬ低俗な欲望をねじ伏せ、十香の身体を離す。ちゃんちゃらおかしい性癖が眠っていたもんだな、と皮肉を浮かべて情欲を誤魔化し、タオルを手に取り十香へ渡してやる。

 

「ほんと、ごめん……ごめんな」

「な、何を言うのだ。シドーは何も悪くないではないか。私の不注意で……」

「いや、俺が悪い――――俺が、悪いんだ」

「シドー……?」

 

 座り込んだ十香に背を向けて、避ける。今十香を見たら、またあの欲求が頭を支配してしまいそうで恐ろしかった。十香を低俗な目で見てしまう嫌悪感と、まるで状況に推奨されて雄としての本能を肯定されているような違和感。これがもし普通の環境であれば、男として仕方がないと割り切って理性を繋ぎ直せるのに、悪魔的な誘惑が歪に士道を誘う。

間違い(・・・)を唆されているようで、恐ろしい。それを抑え込む理性がどれほど持つのか、士道にはわからなかった。

 

 

 

 

「…………」

 

 そしてその答えは、数日(・・)だった。

 十香と二人きりで過ごし、運動やそれこそ学生の本分である勉学などにも励み数日。気が休まるのに、性が休まらない。愛おしい少女と過ごすことに楽しさを覚えながら、耐え難い性的欲求が思考を苛む。

 

「……シドー……おり、がみ……ことり……」

「……」

 

 背中の寝息に寝言が混じり、遂に士道以外の名が入り込む。明るく振舞っていても、やはり皆と会えない寂しさは拭い切れるものではなかった。

 士道もそれは同じ。だが、情けのないことにそれ以上の悩みと欲求が身を蝕んでいた。

 

「十香……」

「ん、ぅ……」

 

 この数日、決してすることのなかった寝返りを打ち、十香と向き合う。その目に浮かぶ、寂しさの涙を指で拭ってやる。今できる最大の理性(・・・・・・・・・)を終えて、士道は慎重に布団から抜け出す。

 先ずはトイレ――――やはり、開かない。本来の用途ではない(・・・・・・・・・)と言わんばかりの動作に、思わず舌打ち寸前まで苛立ちが迸る。

 十香が眠っている以上、例の部屋が使えないことは明白。となれば、一番距離取れる手段はバスルーム以外になく、音を立てないよう透明な扉を開いて締め切り、風呂場の冷たい床にズボンと下着を脱いで(・・・・・・・・・・)座る。

 

「っ……は、ぁ……っ!!」

 

 声を出してはいけない。わかっているのに、熱を持った下半身の圧に負けてしまう。

 

「くそ……こんなの、初めてだ……」

 

 呟き、視線を下げて反り返ったモノ(・・)を見る。

 男の士道が持つ男性器。何もなければ小さいそれが、血を集中させてズクズクと脈動し猛烈な熱を発していた。熱だけではなく、圧倒的な性臭を放ち、士道自身でさえ噎せ返るような雄の臭いが風呂場に広がる。

 大きく、硬い。ここに来る前まで、これほどの大きさまで勃起したことはなかった。それが今は、痛いほど硬くなり、触れてすらいないのに鈴口から凝り固まった我慢汁を先走らせてしまっている。

 その汁の通称通り、もう一秒も我慢していたくない士道は、片手でイキり勃つ肉棒を握った。

 

「うぁ……っ!」

 

 ビクンと跳ねて、鋭い快感が脳まで浸透する。自身の手で触れただけで、初めて感じる激しい快楽が理性を溶かす。

 数日、よくこれで耐えたもんだなと苦い笑いが零れる。言い訳のしようがなく、士道は十香という愛らしい少女に欲情(・・)、つまりは性的欲求を抱いてしまっているのだ。それも、類を見ないほど大きなものを、だ。

 元々から士道の性欲が強いのか、この状況がそうさせるのかは判断できない。どちらにしろ士道は、これ以上は保てない(・・・・)とこの賭けに転じた――――十香にバレないように、欲求を解消する賭けを選んだ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 一度感じてしまった得難い快楽は、使い果たした理性では止められない。膨大な汁が滴り、潤滑油として手を濡らして肉棒を扱く速度が上がる。

 ぐちゅぐちゅと鳴る淫靡な音が恐ろしい。防音性が皆無の密閉空間で、十香に悟られず自慰行為を終える。至難の業だとは理解していても、十香を襲う(・・・・・)よりはマシな選択だった。

 ああ、そこで十香のことを思ってしまったのがさらなる過ち――――これ以上ないと思っていた士道のペニスが、硬さと大きさを増す。

 

「十香……十、香っ!」

 

 十香の声。十香の臭い。十香の全て。うなじから背中。鎖骨、乳房、太股、足先。その服の下にあるものを想像して、最低の欲望を抱く。それだけで、これまでに感じたことのない快楽が自慰行為から溢れた。

 妄想のみに留まらない。この数日間、耐え忍んだ中で見たもの、見てしまったもの、目を離すことができなかった夜刀神十香の全てが脳裏を過ぎって肉棒が硬さを増していく。

 

「く、ぁぁっ! とう、か……っ!」

 

 気持ちいい、辛い。気持ちよくて、苦しい。二人きりで過ごす中で、こんなことをしなければ抑えられない自分自身が情けない。感じたことのない快楽の中で、寂しさと切なさから顔が歪む――――そして、

 

「――――シドー?」

 

 光が、灯る。

 揶揄ではなく、風呂場の電気が灯された。絶望的な顔で見上げた鏡に、不思議そうな顔をした十香が映り込んで――――士道の姿を見て、目を見開いた。

 

「十、香……」

「う、む。シドー、それは……」

 

 最悪だ。同時に、こうなるだろうとは考えていたことでもあった。

 

「……なんで、きた」

「っ……シドーの臭い(・・)が、日に日に強くなっていた。私が近づく度にそうなって、初めは私と共にいることが嫌になっているのかと思ったのだが……」

「それだけは、ありえないって」

 

 むしろ、()だからこんなことになっている。

 十香が直感だけでなく鼻が利くということは知っていた。だから士道はどこかで、見て見ぬふりをしてくれているということに気がついていたのだ。

 下半身を露出した無様な姿で自嘲気味に鼻を鳴らし、士道は声を発した。

 

「十香、頼む。何も見なかったことにしてくれ」

「な……」

「無理を言ってるのはわかってる。こんな情けない格好、忘れたくても忘れられないかもしれない――――だけど、おまえにだけは、幻滅されたくないんだ」

 

 遅すぎるかもしれないけれど、士道は十香の前でこれ以上恥を晒したくはない。だが、その情けなさ以上に十香のことを汚したくなかった。この欲求を我慢し続ければ、きっと取り返しのつかないことになる。自分の中で、そんな予感がした。

 

「シドー……」

「頼む――――お願いだ、十香」

 

 恥を晒してなお萎えることのない肉棒は、士道の限界を示している。自分がこれほど我慢弱いなんて、知りたくもなかった。

 切実な士道の願いに、十香が一歩後退る。それを鏡越しに見て、僅かな安堵感が肺腑に浸透し――――キッと視線を鋭くした十香に目を見開いた。

 

「聞かせてくれ。それは……そのモノがそうなっていることは、苦しいことなのか?」

「…………」

 

 答えに窮する。しかし、答えなければ引いてくれなそうな雰囲気を感じ取り、仕方なしに士道は正直な答えを返した。

 

「くる、しい。だから、自分で何とかしようとしてるんだ。情けないけど、男には必要なことなんだよ」

「必要なこと……なら、もう一つ聞かせて欲しい。士道のモノがそうなっているのは、私のせいか?」

「っ……」

 

 諭すように返したつもりが深く切り込まれてしまい、動揺からか肩が跳ねる。動揺が伝われば、勘のいい十香には伝わってしまう。似たようなことを繰り返すが、十香は無知ではあるが鈍感では決してないのだから。

 

「……十香が悪いわけじゃない。俺が、十香をそういう目で見てるのが悪いんだ。本当にごめん。けど、十香のことが嫌いじゃないのは嘘じゃないし、嫌いじゃないからこうなってて……あー、何言ってんだろ、俺」

 

 言葉にはしなかったが、今度こそ死にたい気持ちになって項垂れる。もしかしたら目に涙も溜まっているかもしれない。女々しすぎて、また自分が嫌になった。

 好いた女の子に自慰行為の現場を見られ、あなたを性的な目で見ています(・・・・・・・・・・・・・・)と最大級のやり方で教えてしまった。幻滅どころか、嫌われてもおかしくない。他の精霊たちほど士道の行動の意味を理解していない十香であっても、本能的な嫌悪は避けられないだろう。

 自分の精神力の弱さと、こんなところに閉じ込めた名前も顔も知らない誰かを心から呪った。

 

「そうか――――わかった」

 

 ああ、やっとわかってくれたようだ。とにかくこれを処理して、地べたで寝かせてもらって朝十香に誠心誠意謝罪しよう。それで許してもらえなかったら、正直なところ打つ手はない。積み上げてきた信頼とか、好意とか、そういうものがこの一瞬で無に帰る悲しさと辛さが身に染みる。何より、こんなものを十香の目に入れてしまった罪悪感が酷いものだった。

 負の感情があれよあれよと押し寄せて、ヤケクソで肉棒を握り込もうとした瞬間、今もっとも求めている臭い(・・)が接触した。

 

「え……?」

 

 呆然と息を吐いて、背に、全身に伝わる感触に声を上げる。

 背に当たるふくよかで心地のよい女体の味。座り込んだ士道を包むように、十香が抱き締めていた(・・・・・・・・・・)

 

「シドー……」

「十、香……?」

 

 甘く、甘く、囁かれる。十香だけの特別で、士道の名が呼ばれたことで心臓が煩い。肉棒が妄想など比にならないほど力を増す。否、想像の中にあったもの全てを間近に揃えたことで、力を得たというのが正しいか。

 本物を前にしたことで逆に頭が冷えたのかもしれない。やけに回る思考の中で、十香が緊張の中に覚悟を孕ませて声を発した。

 

「シドーが苦しいのは、私のせいだ」

「な……だ、だから、十香が悪いわけじゃ――――」

「だが、私が近くにいるからそうなってしまったのだろう? 私のせいでシドーが苦しんでいるのに、見て見ぬふりなどできん――――私が、シドーを助けてみせる」

 

 ――――どこまで優しいのだ、この少女は。

 未知の性衝動。それも雄が雌に向けるものを前にして、嫌悪の前に士道への献身を決意するその優しさ。十香が見せた美しいモノに驚きと喜びを感じると同時に、脇から伸ばされた十香の手にギリっと歯を噛んで咄嗟に叫びを上げた。

 

「ダメだ! やめろ十香!!」

 

 声だけは拒絶を――――身体が動かない。十香の善意を利用して、身体が止めようと思えない。もしくは、十香に触れられることを何よりも望んでいるのだ。

 十香の白く細く美しく、霊力が封印されてなお精霊として汚れのない両の手が、信じられないほど勃起した士道の肉棒に、触れた。

 

「あ……ぁっ!!」

 

 ビクンビクンと腰が震え、背にした十香に身体を預けなければならないほど力が抜け落ちる。

 

「これが、シドーの……」

 

 十香の柔肌と触れ合い、血が脈動して痙攣を繰り返す肉棒。出し切れない精液の代わりに、溜まりに溜まったカウパーがびゅる、びゅると呻き声を上げる。

 興奮しすぎで頭が真っ白になる。視界が幾度となく明滅し、達していないことが不思議に思えた。十香の身体に包まれて、十香の手に陰茎を握られている。夢のような体験に、もう死んでもいいと本気で思える快楽がそこにはあった。

 

「熱い……それに、大きい……前に見てしまったときは、小さかったというのに……」

 

 興味深そうな声音で遠慮がちな手つきで十香が士道の肉棒を探る。ぼんやりとした思考で、小さい状態を見られたのはいつのことかと考えたが、該当する条件が多すぎて正解を諦めた。裸体で十香を前にしてよくも勃起していなかったものだと思ったが、興奮より崇敬、或いは危機的状況で興奮どころではなかったのかもしれない。

 心地よくも僅かなもどかしさを感じる手つき――――僅かに力を込めて握り込まれ、喉が打ち震えた。

 

「あぎ……ぁ!」

「っ、すまぬシドー! 痛かったか?」

「ちが、う……そのくらいで、いいから……十香の手が気持ち、いい」

「そ、そうか……」

 

 ――――一体、何を言っているのか。

 思考が言動のおかしさを指摘しているような気がしたが、十香という絶世の快楽に酔う士道には受け止めることができない。

 

「シドー、これからどうすればいい? 私が何をすれば、シドーは苦しくなくなるのだ?」

 

 十香の顔が熱を帯びているのが、士道の顔の間近で伝わってくる。十香が士道のモノを握り、得も言えぬ羞恥心を感じている。

 それさえ、快楽。理性を停止した脳が快楽を求めて指令を下した。

 

「扱いて、くれ。上下に動かすだけで、いいから……っ!」

「う、うむ。こう、か?」

「っ、あぁっ!!」

 

 ぐちゅ、ぐちゅ。反り返った鈴口から滴るカウパーに濡れた十香の手が、ゆっくりと上下に動かされる。

 士道の肉棒を握り込み、行き来する十香の手(・・・・)。柔らかい手のひらが、しなやかな指先が、豪華にも両手で士道の肉棒を扱く。

 

「は、ぁ! 十香! 十香ぁ!」

「大丈夫だ。私はここにいる。シドーの傍にいる……シドー――――シドー♡」

 

 夢中で、それも無意識に十香を求めた呼び声をどう受け取ったのか。聖母のように穏やかで優しい声音が、聴覚さえも抱き締めるように鼓膜を震わせる。愛おしさを感じさせ、士道を呼ぶ十香の声音が聞いたことのない色香を感じさせた。

 

「気持ちいい! 十香の手、もっと、してくれ……っ!」

「わかった、もっとだな。シドー♡ シドー♡♡」

 

 ぐちゅぐちゅぐちゅ! と巨根と呼ぶに相応しい肉棒の竿を行き来する手の勢いが早まり、待ちかねた〝モノ〟の感覚が刻一刻とせり上がってくる。

 技術はなく、ただ一心不乱に扱き上げるだけの手コキ。しかし、どんなモノより堪らない。十香が必死になってそうしてくれている。士道を気持ちよくしてくれている。その事実が、心の底から愛おしい。

 

「っ……で、る! 十香、もう射精()る!」

「ど、どうすればいい!?」

「その、まま――――あ、あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 返答とほぼ同時に、肉棒が十香の手の中で激しく脈動し、重い音を鳴らして果てた。

 

「あ、あっ! あぁっ! あぁぁぁぁぁっ!」

「っ、あ……♡ シドーの中から、白いモノが……♡♡」

 

 どぷっ、どびゅるるるっ! と聞いたことのない鈍すぎる射精音が響き、士道の頭が白一色で染め上げられる。いいや、夜刀神十香という愛おしい少女の存在のみで構成させられる。吐き出す声が許してくれるのは、喘ぎ声と十香の名前だけ。

 

「ふ、ぁ。あっ、あっ……十香、十香!」

「シドー……♡♡」

 

 十香であればどこでもいいと、抱き締められた腕が歪な形で彼女の肩を掴んで抱く。長く、重い射精がいつまでも続く。普通であれば一瞬で終わる絶頂感と射精が永遠と続き、おかしくなりそうな頭を十香という存在で繋ぎ止める。

 長い。途方もなく長い。十香が士道の言葉を真に受けて、射精中も手コキを止めていないのも一つの原因ではある。それでも、説明がつかないほど長かった。それほどまでに――――十香を愛おしいと思う気持ちが、大きかったとでもいうかのように。

 

「……は、ぁ……あ……あぁ」

 

 やがて、そんな長い射精が終わった。正確な時間は、わからない。そんなことを考えられる余裕はなかったからだ。

 半透明どころか、半固体。尿道から噴出した濃厚な白濁液が溜まりを作り、士道と十香の眼窩で絶頂の証として残っている。

 

「う、ぁ♡ シドーの、臭い……♡♡」

「十香……十、香……」

 

 二人揃って、当てられていた(・・・・・・・)。射精が終わってようやく手の動きを止めた十香が、自身の手に飛び散った士道の精液をゆっくりとその美しく、仄かに色香を帯びた貌に近づけて――――ハッと意識が戻り、声を上げた。

 

「ま、待った十香! そこまでしなくていいから!!」

「っ……う、うむ。すまない!」

「あ、謝るのは俺だろ!? とにかく手を洗って……ええと、それから――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、一通りの処理をして寝床に入る。一安心、なわけがなく。

 

「…………」

「…………」

 

 床で寝ようとしたところを無理やり引きずり込まれて、強制的に顔を向き合わされて、またもや気が気ではなかった。

 欲を吐き出したとはいえ、美貌で人を殺せてしまえそうな十香の貌を目の前にして、じゃあ寝ましょうかと目を閉じられるわけがない。さっきの一件が記憶に乗っているのだから、尚更だった。

 

「……もう、苦しくないか?」

「え……ああ。とりあえずは、まあ」

 

 眉根を下げて士道を案じる十香。その憂いを帯びた艶顔にドキリをさせられながら、曖昧にそう返す。

 

「とりあえず……では、また苦しくなってしまうのか?」

「男の生理現象だから、な。普段は、あんなになったりしないんだけど……」

 

 ……なんで少女の前で男の生理現象を解説しなければならないのか。一瞬の辱めを感じる士道だが、先の生きた心地がしないものと比べれば余程マシな質問だと素直に返してしまった。

 すると、十香がキョトンと目を丸くして、声を発した。

 

「ならシドーは私だから、あれほど気持ちよくなったのか?」

「え゛…………………………ごめん。十香をそういう目で見てごめんなさいぃ……」

「な、なぜ謝るのだ!?」

 

 謝らずにいられるか、と士道は涙を流した。

 十香以外に欲求を感じないわけではない。士道とて普通の男子高校生。そういうことを意識しないことなど不可能である。

 しかし、十香に感じたものは今までの比ではなかった。理性を失うほど恐ろしい欲求、渇望。そんな目で十香を見てしまったことと、自分がそんなにも性欲魔人だったことでメンタルがブレイクしてしまいそうだと涙が零れた。

 

「わ、私は嬉しいぞ! シドーが私を……と、特別な目で、見てくれているということだろう?」

「……うぅ」

「な、泣くなシドー! 私は本当に嬉しいのだ!」

 

 赤面した十香の必死のフォローが辛い。その特別は人によっては不快な特別なんです、と教えなければならない。のだが、

 

「……っ、ぅ……」

「シドー? ……眠たいのか?」

 

 急に、十香の顔が歪んだ。いいや、潤みを帯びた瞳が瞼によって塞がれ始め、そう見えているだけだ。

 急速な微睡み。吐き出すものを吐き出して、感情の上下に疲れ、十香の温もりを感じる布団の中で眠気がピークに達する。

 

「ご、めん……起きたら、ちゃんと……説明、するから……」

「いい。疲れたのだろう? 安心して眠れ。……私が、傍にいる」

 

 繰り返された力強い宣言が、より安心感を与える。

 手を握られる。手を握り返す。正面を向いて、十香と――――大好きな少女(・・・・・・)と顔を向き合わせて、眠る。

 

「おやすみだ、シドー」

「……おやすみ、十香」

 

 そのときだけは、穏やかな笑顔を思い出して、見せ合うことができた。

 ここに閉じ込められて初めて、士道は十香より先に眠りについた。初めて、興奮以上の安堵感で深く暗い、けれど温かみのある闇に意識を落とす。何も考えず、愛おしさと安心感だけを胸に目を閉じた。

 

 

 しかし――――この日の出来事が始まりでしかなかったことを、二人は明日から知ることになるのだった。

 






うちの士道くんいつも自己嫌悪で死にたくなってる気がする。まあガチなのはスレイヴくらいですが。

同じ人が書いてるか疑ってる人。汗フェチにしてしまったのを見てください、私です。ていうか士道くんは汗フェチというより十香フェチですけれど。
割と健全な青少年ながらその鋼鉄の精神どうなっとんねんという士道くん。私が書くと手を出すことへの罪悪感増し増しに書いてると言うか、好きな精霊だからこそ好意を利用して悪い意味で使うようで嫌だ、と忌諱的になるのでしょうね。だって他の子のことを考えたら好意をそういう意味に断定して、関係を結ぶって簡単なことじゃないですもの。
だからこうして二人きりにして直球素直な士道くん大好き十香ちゃんをぶつけると話が簡単に進むのだ。自己の保身を考えないで相手のために脇目も振らず突き進めるヒーロー気質な二人です。

書きたいもの書いてたら久しぶりにエロ抜き(フェチ描写はあり)でこんなになりましたけど、何とかエロはねじ込みました。何気に士道くんの自慰行為描写は初か?完全にエロがないのがこれから先にあるとしたらスレイヴ終盤くらいかなぁ?予定変更したからわからん。もうエロなし回はないって言ったじゃないですかやだー!!
このシリーズが続いたらそらもう関係結んだイチャラブよ。初々しい初夜だったりマイルド版アビス目指せますよ……たぶん。実際マイルドな設定変更かけてるのでお互いを好きな二人が歩み寄る王道ではある。けど好きな人と二人きりながらみんなのことを考えるのが十香ちゃんだと思います。その辺もちゃんと考えてるよ、本当だよ。このシリーズに葛藤はあっても暗い感情ネタはないですからね!

感想、評価、リクエストなどなどお待ちしておりますー。まーたシリーズ増やしましたけど、その時書けるものを書いて行くテンションでお送りしていきます。しばらくはのんびりオーバードーズ時空になるかなぁ。あの大作書いたあとだしね。しばらく言うても更新速度的にしばらくになるかって話ではある。

ではではまた次回〜


リクエストから巨乳トリオ六喰、夕弦、美九の雌犬お散歩プレイ回前編になります。ちなみに裸に剥いて装備つけるだけで前編使いました。脱衣にかける情熱は何回書いても止まらねぇんだこれが。
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