※この作品はR-18です。

『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ   作:ビルダー林檎

11 / 33
第10話「さよならを言う前に」

 2月上旬。人形供養祭が終わってから数週間。

冬の厳しさが緩み、暖かな春の兆しが見える中、彰人はある決意を固めていた。

 

(今日はついに……文香と。)

 

 一線を越える。少年から漢になる。手を繋ぎ、キスをするだけの淡く清い関係から大人の階段を登る行為。それは、思春期の少年にとって一世一代の大業。寝間着姿から私服へた着替え、私服のポケットの中に避妊具を潜ませる。

 

(避妊具か……はは、まさか、これを使う日が来るなんてな。)

 

 思わず自嘲する一方で胸の昂りは抑えきれない。彼女への欲求だけで心の中は一杯だった。髪を整え普段あまり使わない整髪料を薄く塗る。下着も新しく清潔でカッコ良いものを選ぶ。今日で勝負を決めるためだ。

 

「行ってきます!母さん……おっと、その前に。」

 

廊下から玄関へと向かう前に、立ち寄る所があった。

 

(行ってきます。)

 

父の仏壇の前に手を合わせ、祈る。遺影の父は穏やかに笑っていた。もしも父が生きていたら、文香を連れてきていたなら、父はどんな反応をしただろうか。喜んでくれただろうか、それとも、驚いただろうか。……その答えを、もはや知る術は無い。

 

(父さん……どうか見守ってて下さい。)

 

 息子が精一杯努めを果たせる様に。と。そんな、切なる願いを込めて彰人は父を想った。玄関を開け、外に出る。彰人の顔は決意を秘めた男の顔をしていたが、それでもどこかあどけなさが残っていた。

 

“午前10時新潟市内”

 

“マリンピア日本海水族館にて”

 

(……早く来ないかな。)

 

 彰人は待ち合わせの水族館の前で待つ。時間は合っているはずだが、彼女の姿はまだ見えない。

 

(俺の私服、変じゃ無いよな?)

 

 心配になって鏡を見る。長身に黒髪、服は白シャツにジーンズ姿。一般的な男子高校生の私服ではあるが、彰人は疑心暗鬼に駆られたのか、見れば見るほど不安が込み上げる。彼が不安がっていると、遠くから、見覚えのある姿が映る。

 

「おーい。お待たせ!彰人君。」

 

彰人が待ち焦がれていた文香が現れた。

 

(……ッ!)

 

 はっと息を呑む。彼女はいつもの長い黒髪をポニーテールに束ね、服も春らしいものに合わせた明るい色調に整えている。可愛い。綺麗。素晴らしい。どう表現したら適切なのか分からなかったが、兎に角……彰人にとってはまた彼女の新たな一面を垣間見た瞬間だった。彼は模試でA判定を取った時や、総一郎が部室でHGのペーネロペーを完成させた時とは比較にならないぐらいに強く感動を覚えていた。

 

「お、俺もたったいま来たよ。」

 

 既にキスも済ませた仲ではあるが、こうして一線を超えると決意した後だと中々顔を直視するのが恥ずかしい。彰人は文香から顔を背け照れ臭そうにしながらも言葉を絞り出した。

 

「じゃあ、行こうか。」

 

言い終えると、水族館に向かって歩く。緊張のあまり顔が強張るのをこらえ、デートに集中することにした。

 

――水族館の中に入ると、そこは楽園だった。

 

館内のイメージは、まさに海、水中。ガラス越しに魚やイソギンチャクなどの可愛らしい海の生物が所々に展示されている。

 

「なんか、可愛いな。」

 

「可愛いね。ほら、見て!イソギンチャクの中にクマノミが居る!」

 

「ああ、生物で習った……確か、共生だっけか。」

 

 イソギンチャクとクマノミは共生関係にある。クマノミはイソギンチャクのために餌を運ぶ、イソギンチャクはクマノミの隠れ場所を提供する関係だ。

 

「違う生き物同士でも、共に生きて行けるんだな。」

 

「ロマンチックだよね。」

 

 何か文香が考えこんでいる。その仕草は普段のほほんと牧歌的な彼女にしては珍しい様子だった。

 

「文香!……12時からイルカショーやってるんだって!一緒に見ようぜ!」

 

が、彰人はその意図をあえて察する事はしない。今日は楽しいデートなのだから、楽しませるのは彼氏である自分の役目だから、と。

 

「……うん。」

 

 楽しい時間が過ぎる。彰人にとっては本当にあっという間だった。あの後、2人はイルカショーを見たり、愛くるしいペンギンの散歩を見たり、触れ合いコーナーでウニに触ったりした。ウニは痛かったが、イルカやペンギンは可愛かった。

 

(ふぅ〜。今日は文香も楽しめたみたいで良かったぜ。)

 

 沈んだ顔の彼女なんて、彰人はもう見たくはない。ただ今日は文香を楽しませたかった。

 

その一方で、ある不審な男が2人の様子を眺めていた。

 

「こちらは問題無い。ああ。全て順調そうだ。」

 

水族館の外……ある住宅のテラスから館内を望遠鏡を覗き込み、2人の様子を伝えるためか、電話で誰かと話す男がいた。天体観測用といってもいいその望遠鏡は恐らく特注品なのだろう。更に男は全身黒ずくめの格好で、非常に怪しい。

 

「……なあ総一郎。これは俗に言うストーカーでは無いのか?私はどうかと思うが。」

 

と、そこにもう一つの影がさっと現れる。

 

「何を言うんだ沙雪!あの彰人と文香さんがデートをするんだぞ!」

 

「気持ちは分かる。だが……君が急にこんなことをするなんて、どういう風の吹き回しだ。」

 

やけに楽しそうに見える総一郎の姿は、沙雪が知る彼の姿では無かった。

 

「……いや、あのさ。何か気になって、ね。」

 

しどろもどろになる点もおかしい、と沙雪は不審がる。総一郎は根拠の無い行動をする男では無い。そういったある特殊な意味では、彼女ははこの人嫌いの幼馴染を信用していた。

 

(まさか……文香が好きなのか?いや、総一郎が友達の女に手を出すとは考えられないが。)

 

思わず心が揺らぐ沙雪。

 

(いや、何故困惑する?)

 

はっと息を飲む。小首に添えていた手が固まる。

別に総一郎に誰が好きでもいいはずなのに。関係無いはず、なのに。

 

(この心のざわめきは何だ?)

 

 胸がずきり、と傷んだ。同時にあの忌々しい正月の出来事を思い出してしまう。あの生真面目で女に興味の無かった総一郎が自分に”あんなこと”をしたのだ。幼馴染では無く女として見ていた。その事実は沙雪にとって衝撃的な体験だった。女として見られた事実が屈辱的だと思うと同時に、不思議と不快では無い。

 

(私が総一郎を……いや有り得ない。)

 

 神社の家の長女として、誇りを持ち生きてきた自分。恋愛や結婚など先だと思っていた。日々の神社の仕事を全うすることこそが自分の誇りだった。その誇りがあったからこそ、先月の人形供養祭だって成功させることが出来た。

 幼き日の総一郎の顔と、目の前の精悍な男に成長した総一郎。二つの顔が重なる。沙雪はその光景から目を逸らした。

 

「沙雪?どうした。二人が移動する。ついて来て。」

 

「……すまない。考え事をしていた。」

 

「今日の君は変だな。大丈夫かい?顔も赤いし。」

 

心配そうに覗き込む総一郎。その顔が余りにも真剣で、頼もしく思えて、たじろいでしまう。

 

「だ……大丈夫だ。」

 

 動揺を悟られたく無いから、彼の顔から目を逸らさず精一杯の強がりをする。沙雪の表情の変化は側からみれば誰もが分かることだが、総一郎は気づいていないように思えた。

 

「なら良かった。じゃあ行こう。」

 

「ああ……しかし何処に行くつもりだ?」

 

「”色街”だよ。」

 

「馬鹿!!どこに連れてくつもりだ!」

 

 一点の曇りもない真剣な顔で答えた総一郎の顔が、沙雪によってまたビンタされたのは一瞬だった。

 

 ガチャリと電話を切れた。恐らく沙雪に切られたのだろう。心の中で合掌する。総一郎の電話の相手……エリック・オースティンは暗い自室の中で腕を組みながら神妙に考えていた。モニターには楽しそうに遊ぶ彰人達の姿が映る。

エリックは手元に持っていたサイダーを一口飲む。

甘い。甘さは頭を刺激してくれる。

 

「2人が動いたか……。」

 

 真剣なエリックに対し、彼の後方では椿が何やってんだこいつ?といわんばかりの不審げな顔でエリックの横顔を眺めていたが、彼は気づかない。

 

「エリック様。」

 

椿は、苛立ちを抑えながら努めて冷静に主人の名を呼んだ。

 

「ああ、どうやら始まったらしい。」

 

「彰人様たちは、やはり。」

 

「ああ、彼等はボーダーラインを超えるつもりさ。」

 

「なんと!!……非常識な。」

 

 椿は非常識なのは貴方のことも言っているのですよエリックと意図せず言いそうになる口を、慌てて手で押さえて自制する。

 

「プランBに切り替える。」

「……承知致しました。」

 

「椿。ボクのクレイドル(ドローン)の用意を頼む。」

 新潟市内某所。通称色街。ホテル街でもあるこの場所は、高校生が大人になる場所として有名な場所だった。総務院高校、秀知院新潟高校、国立帝皇高校。

この色街はそれぞれ偏差値60を超える秀才達が集う性のトライアングラーの中心にある。

 この場所は国のエリートが集うホテル街であり当然監視も厳しい。淫行や客引きなどは厳格に取り締られる一方で学生同士の繋がりは半ば黙認されていた。何故なら少子高齢化の深刻な進行のためである。国の年間出生率が70万人に近い現在、労働力を移民に頼りつつある日本では、エリートの養成や出生率向上に繋がる事は是が非でもしたい。が、公にもしたくないと言うこの市の歪んだ方針だった。そんな大人達の歪んだ思惑はさておき、

 

「文香……行こう。」

「うん……彰人君。」

 

 ここにもいざ大人にならんとする若者達がいた。手を繋ぎ、空を睨む。目の前に広がる帝国ホテルは外装な地味ながらも立派で、彰人にとってはこれが大人というものの象徴を表しているように見えた。当然金銭的な面での負担は大きいのだが、どうしても安っぽいラブホテルには行きたくなかった。

 

人生の中で最初で最期の初体験なのだから。

 

意を決して中に入る。今日は地元の大学生という設定だ。咎められても大丈夫だと思いたい。ホテルの中は外見通り広く、清潔だった。普段GBAにダイブして休んでいるホテルも当然ゲームであるので綺麗にはされているのだが、このホテルはそんな仮想空間よりも清潔だった。彰人はロビーに入ると早速受付に足を運び部屋の確認をする。

 

「神取様ですね。ではこちらに住所とサインを。」

「はい。」

 

震える手で住所とサインを書く。横目で受付の表情を伺うが特に変な顔はしていない。行ける。そう彰人は確信した。

 

「お部屋は7階の2号室になります。料金はお帰りの際に支払っていただきます。ではごゆっくりどうぞ。」

 

簡単な説明の後に「07-002」と表示されたキーカードを渡される。2人はそのまま無言でそそくさとロビーを抜けエレベーターに乗り、部屋の前に立つ。驚いたことに、エレベータの内装も部屋のドアノブも金色に統制されていた。その色はオルタナガンダムの金色よりも高級感があり、この金色参考にしようかなと頭の隅でふと考えたが一蹴する。

 

今は目的が違う。集中しなければならない。

 

「うわぁ。綺麗だよ彰人君!」

 

「文香。」

 

はしゃぐ文香を後ろから優しく、強く抱きしめる。

突然過ぎたか?と一瞬後悔したが、湧き上がる衝動を止められなかった。彰人も健全な男子だった。

 

「俺は君が……好きだ、好きだから……。」

 

彰人の吐息が彼女の背中に触れた。同時に、文香の柔らかい体の感触と温もりが彰人の身体に伝わる。

 

「……いいよ。でもまずシャワー浴びたいな。私、汗かいたから。」

 

ぱっと彰人の身体を振り払うとシャワー室に向かう文香。ぽつんと取り残される彰人。

 

「あ……。」

 

 一緒に入ろうとか、他に色々と言うべき言葉があったかなと思案したが辞めた。彰人はおとなしくベッドに腰をかけ爪を切ることにした。これは彼が技術情報部の男子のみんなで相談しあった最低限のマナーだ。

 

「技術情報部 性の掟」

1.女の子の体を傷つけるべからず。

2.変態プレイをするべからず。

3.避妊は確実に行うべし。

4.ムード作りを怠るべからず。

5.身体の手入れは怠るべからず。

 

 そこから下はもう。覚えていない。これはよくよく考えてみるとガンプラバトルと同じであった。試合前の機体のセッティング。バトルフィールドの下見。バトルのイメージトレーニング。これらのガンプラバトルで培ってきた経験は幸いなことに彰人の私生活にも役立てられていた。彰人は爪を切り、やすりで丁寧に磨きあげる。次に股間――実射の時に不具合を起こさないか確認。特に異常は無い。男子の沽券に関わる。次に顔ーー表情も崩れていない。鏡を見て顔もキリリと整える。瞳も濁っていない。綺麗な光を放ち瞳に自分の顔が映る……?

 

(ん?)

 

何かがおかしい。一瞬だがこれまでに見たことの無い景色が瞳に映っている?気のせいだろうか。瞬きをしてもう一度見る。うん。特に異常はなさそうだった。何だったのだろう。

 

「お待たせー!次彰人君入って。」

 

そんな事を思案していると、文香がとシャワー室の扉を開け出てきた。

 

「ふふ……いいお湯でした。」

 

おいおい。お風呂では無くシャワーだろうと彰人が突っ込みを入れようと振り向く。すると。

 

「おわっ!」

 

思わず後ろに飛びのく。そこにはタオルを羽織ったままだが生まれたままの姿の彼女がいた。

 

「どうですか?彰人さん?んー?顔が赤いですな?」

 

 恥ずかしそうに、だが悪戯っぽい笑顔を浮かべながら少しずつ近づいてくる。彰人にとってその光景は仮想空間よりも生々しい”現実”そのものだった。

 

「これは……刺激が強すぎるな。」

 

「でしょう。」

 

 頑張ってダイエットして来たんだよ。と彼女はニコニコ笑顔のままだが、声が上ずっている。いつもの様子のつもりなのだろう。彼女は部屋の中の椅子に座る。椅子に座った彼女の白い足が、健康的な肉付きの肢体が目に入って何ともやり場に困った。

 

「ていうか文香さん。俺もちょっとシャワー浴びてきます。」

 

「……うん。待ってます。」

 

「何で丁寧語なのさ。まあいいや。」

 

シャワー室に入り念入りに身体を洗う。お湯が暖かい。

 

「はあ〜。」

 

彼女の身体をいざ目の前にすると全くイメトレは役に立たなかった。そのぐらい衝撃的だった。初めてGBAにダイブした時の空よりも衝撃的な光景だった。

 

「いやいやいや!!男の俺がしっかりしないと駄目だ!」

 

 キュっと蛇口を閉め、バシッと顔を叩く。身体を吹くためにタオルを取る。身体を拭く。うん。俺も運動してて良かったなと彰人は安堵する。こんなこともあろうかと鍛え続けたこの体。これなら文香も嫌がらないだろう。彰人は無駄毛も処理すると、部屋の外に出る。

 

「お待たせ。」

 

「あ。お帰り。」

 

「風邪引いちゃうから早くこっちおいで。」

 

文香がちょいちょいとベッドに招き入れる。

 

(う〜ん。なんか俺が想像してた行為と違うな。もっとこう、映画で見た感じでダンディに誘えたら良かったんだが。)

 

手招きされ、光に集まる虫のようにふらふらとベッドに引き寄せられる。ベッドは男女が寝れるように設計されているのか大きく、広い。こうして彰人と文香が寝そべっていても全く窮屈に感じないのは凄いなと彰人は考えていた。

 

(……じゃなくて!)

 

彰人は身体を横にし文香と対峙する。先程と違いまじまじと身体をみる事は出来ない態勢なので、彼女の裸体に圧倒されることも無い。ただ、彰人の身体はもう臨戦態勢に入っていた。後はどうするか。

 

「……私、胸無いでしょ。」

 

「え?」

 

「男の子は……胸の大きい子が好みなんだよね。」

 

「いや、そんなの人それぞれだし。俺は君の身体……好きだな。いや体って言うとそのなんていうか表現は良く無いけど……でも好きだよ。」

 

「……ありがとう。私も彰人君の身体好きだよ。細いし腹筋割れてるし。あの美術の教科書で見たミケランジェロの彫刻みたいね。」

 

耳元で彼女が囁く。こそばゆい感じだ、と彰人は吐息を肌で感じながら、彼女の身体を眺めた。

 

「彫刻ってそんな……でも、ありがとうな。」

 

彼女の髪を撫でる。美しい黒髪に、シャンプーの甘い香りが優しく鼻をくすぐった。官能的な椿の匂いとは違う、優しく、心が落ち着く様な香り。

 

「……ふふ。ねえ、私達ってなんか似てるよね。天然なところとか。」

 

「えっ、そうかな?俺も天然?文香だけじゃなくて?」

 

「あっ、ひどいなー。彰人君も天然だよ。」

 

彼女のクスクス笑いが、部屋に響いた。

 

「そうなのか。」

 

彰人は、彼女の髪を撫でる手を、下へとずらす。

汗ばんだ肌が、手に吸い付いた。その感触があまりにも愛おしく、壊れてしまいそうなほど危なげだった。彰人は、上半身を起こし文香に覆い被さる。

 

 

「……だけど。俺は今も、どうやって君を襲うかそればっかり考えているんだよ。」

 

押し倒された彼女の瞳が、不安げに揺れている。

彰人の額から落ちた汗が、ぽつりと彼女の胸に垂れた。滑らかで綺麗な肌、甘い香り、細い身体。

理性など、とうに頭から吹き飛んでいる。

 

「彰人く……。」

 

言い終わらないうちに文香にキスをする。本当の恋人同士がする様な深い、深いキス。キスをすると同時に強く抱きしめる。心も体も離れない様に。両手を繋ぐ。

「俺は……君が好きだ。」

 

「嬉しい……っ!」

 

そこからはもう、本能にまかせるままだった。

文香の白い肌と柔らかな感触と体温。

それが……神取彰人がこの世界で見た最後の光景だった。

微睡みの中、彰人は不思議な夢を見ていた。

 

青い空、広い草原の中にそびえ立つ巨大な城。

 

 城下町には子供達があちこち走り回り、大人達が注意する。平和な光景だった。しかし不思議だ。変な夢だなぁと彰人はぼんやり考えていた。更に不思議だったのは、彰人がその喧騒の中心にいるにも関わらず、誰も彼の姿を認識していない様だった。不審に思い誰かの身体に手を伸ばすもすり抜けてしまう。声を上げ誰かを呼ぶも誰も応えない。

 

(なんだ?俺は透明人間になってしまったのか。変な夢だな。)

 

瞬間。巻き上がる爆音。それまでの平和な光景が一変し、城下町は火に包まれる。あちこち逃げ回る人々も炎に身体を焼かれ、苦悶の声を上げながら死んでゆく。これは何なのだ。理解できなかった。

 更に上空からは光線が飛び、黒く鈍い光を放つ人型の機械ーーMSが人々の命を蹂躙していく。マニュピレーターに握りつぶされ、脚で踏み潰され、放たれた光線で蒸発していく。それは戦闘ではない。一方的な虐殺であった。気が触れたのか、自分の引きちぎれた腕を持って彷徨う人。

 下半身が無くなり、既に絶命しているはずの恋人に必死で救命措置を取るもの。息子の名前を叫びながら息子をかばい、MSの対人機銃で蜂の巣にされ生き絶える親子。城から翼の生えた何機ものMSが応戦しようと攻撃を仕掛けるも、黒いMSに敢え無く撃ち落とされる。その羽の生えたMSでは、殆ど抵抗になってはいなかった。

だが、そんな一方的な虐殺は突如潰えることになる。城下町の彼方から、こちらへ向かってくるMSが見える。赤い翼が生えた紅龍の様な機体が強襲をしかけた。

その機体は空中で人型に変形すると同時に黒いMSをライフルで狙撃、見事に撃破した。城下町で爆発させまいとコックピットのみを狙っている。

それは不思議な光景だった。その紅いMSは理不尽に殺された人々の怒りを体現しているかの様だった。

 

(あのMS……何だ?怒っているのか?)

 

 全身から蒼い光を放ち、可変すると同時に見たことも無い軌道を描きながら次々と黒いMSを落していく。圧倒的な強さだった。ライフルで狙う、撃つ。離脱。一切の無駄な動作が無く、ただ敵を葬っていく。敵の攻撃はカスリもしていない。そのMSは被弾もせずに全ての敵MSを殲滅し終えると、その紅龍は人型にゆっくりと変形していく。

人型になったその姿は意外にも彰人が見覚えのある機体だった。

 

(あの機体は……そんな馬鹿な……?)

 

彰人が驚き固まっていると、頭に声が響く。その声には聞き覚えがあった。懐かしい声だ。

が、その名を呼ぶこと無く彰人の意識はそこでぷつりと途切れた。

誰にもさよならを言う前に、神取彰人という1人の人間の意識はこの世界から姿を消した。

まだ冬が終わり気候も暖かくなり始めた、そんな何でもない春の1日だった。

 

好きなガンプラは?

  • オルタナガンダム
  • シビュラブリッツ
  • シルベリアアストレイ シルバーフレーム
  • ペーネロペー
  • Reonガンダム
  • イージスアルケーガンダム
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。