『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ 作:ビルダー林檎
春の暖かな空気が去り、また寒い風が吹き始めた。彰人が眠ってから、もう二週間が過ぎようとしていた。異世界では無い。彰人達が生きる世界での話である。進展しない状況に対し、総一郎は悶々とした毎日を過ごしていた。
(本当に君ってやつは。)
冷たい病室の中で、総一郎はベッドに横たわる彰人の顔を覗き込む。眠ったまま起きない親友を見るのは辛い。桐谷脳外科病院に彰人が運ばれてからは、毎日があっという間に過ぎたように感じた。
彰人は天音隼人と同室のベッドに寝かしている。何故か。それは二人の病例が似ていたからだった。彰人が病室に運ばれた時、文香もその場に居たのだが、現実を受け止められないのか、ただ呆然と立ち尽くしている。運ばれる彰人の顔を眺めるだけだった。その様子は普段の明るい彼女から想像もつかない。何かを諦めたかのような、糸が切れたかのような、悲しい表情を浮かべていたのを覚えている。以来、彼女は学校を休んだままだ。
彰人を最初に発見したのは総一郎と沙雪だった。
あの日、文香と彰人がホテルに入っていったのを見た。あまり想像はしたくなかったが、そういう事なのだろうな。と理解出来た。文香から電話が来た時、総一郎は思わず耳を疑った。
「総一郎君。お願いがあるの。彰人君がね‥‥起きないの。私、どうしたらいいかな。」
病院へ運ぶ際にはなるべく大ごとにならないようにエリックに電話する。彼に頼み込んで車を手配してもらった。その努力の結果、彰人はホテルに行ったという行動を知られず、咎められることなく、こうして桐谷脳外科病院にいる。学校にも上手くエリックと総一郎で彰人が倒れたと担任の柊先生には伝えた。
だが当人達の心の傷は浅くない。
今にして思えば、あの時点で文香はおかしくなったのかも知れない。彼女は普段はぼんやりしているように見えても頭の回転が速い。そんな彼女が次の行動を考えられないという事に違和感を覚えた。
文香の様子が気になりあの後、何度か彼女の家を訪れた。念の為に沙雪も一緒に連れて行ったが、文香の様子は総一郎達の予想以上に良くなかった。いや、寧ろ悪かった。
「私の大事な人は、どうして私の前からいなくなるんだろうね。」
誰に対しても優しく明るかった彼女が、今は暗い部屋に閉じこもっている。その痛ましい姿を見るのは、なまじ普段の彼女を知るだけに辛かった。
沙雪も今はそっとしたほうが良い。とアドバイスをくれたが、そんな事は総一郎も分かりきっていた
次の日の放課後には学校でエリックと会った。彰人の容態をエリックに伝えると、彼は残念だ。とだけ言い残す。案外あっさりとした反応だった事に無性に腹が立ち衝動的にエリックの胸ぐらを掴む。
「何するのサ。やめようよ。総一郎君。」
「‥‥君は。君のその反応は何だ!ガンプラバトルが出来なくなったら彰人はお払い箱か?答えろよ。」
瞬間、世界が裏返る。エリックに投げられたのだ。同時に全身に痛みが走る。鈍く、重い痛みだった。どうやら体を打ち付けたらしい。
「そんな訳ないだろ。馬鹿なのか、君は。」
彼の冷たい言葉が総一郎に突き刺さる。
「今の君は冷静じゃない。頭を冷やすべきだね。‥‥椿、行こうか。。」
「……総一郎君。」
ごめんなさい。という椿の申し訳なさげな言葉が背中に突き刺さる。投げかけられた柔らかい言葉が、返って辛かった。
(何やってるんだ……僕は。)
悔しい。と痛みが残る中思った。何も出来ないでいる自分自身に腹が立つ。好きだったはずの掛け替えのない風景が変わって行く。
技術情報部も代理で総一郎が部長にはなったものの、あまりやる気が起きず活動らしい活動はしていない。供養祭の後に完成させたHGのペーネロペーだけが部室に虚しく飾られている。
(君の存在は、君自身が思っていたよりもずっとずっと大きいんだよ。)
回想を辞め、ベッドの側で彰人の髪を撫でる。彼の髪とは思えないほどごわごわとしていた。寝たきりにより体が弱り、さらさらとした艶が少しづつ無くなっていくのだ。これからは点滴を始めとした彼の介護もこの病院でしなければならない。容態が良くなればいいのだが、隼人の前例があるため楽観は出来なかった。
(僕がやらなきゃいけないのは分かってるんだ。だけど、君が起きない場合の時も考えないといけない僕の気持ちが分かる?)
(一緒に卒業するんだろ。卒業しても会うんだろ?約束は守れよな。)
「僕にもやれる事があるはずだ。」
病室の中で考える。元からコミュニケーション能力に自信は無い。だが総一郎は彰人のために出来ることは何でもやりたい。そう決意していた。
幼い頃から病院を継ぐ為に学び続けていた自分。これまでは趣味も無く、友達もいなく、周囲を下に見ることで精神の安定を図っていたが、彰人との出会いが総一郎を変えた。「ガンプラ」という趣味を得る事で彼も趣味を通じて次第に友達が増え、妹の雛美とも話すようになっていったのだ。
彰人とガンプラとの出会いは今の総一郎を形成する重要な要素であり、総一郎自身もその事は強く自覚していた。
「彰人君。結局僕は何も出来ないかも知れない。君が起きる方法なんて全く想像がつかない。だけどね。」
「僕は、どうしても君を助けたいんだ……。」
ふと、涙が頬をつたい床に落ちる。気づかない内に泣いていた。人の為に泣くのは、母が亡くなって以来だったか。総一郎は涙を腕で拭い、改めて決意を固める。この日から彼の長い戦いが始まった。
(おにいちゃん……。)
そして、その様子を雛美もこっそり見ていた。普段の兄の様子とは違いどこか大人びたような姿に雛美の目には映っていたが、それを総一郎が知ることはない。
手始めに総一郎は似た病例である天音隼人の調査から始めた。だが患者個人のカルテを見るなど、例え院長の息子だとしても許可は降りない。しかし彼は勝手に病院のパソコンから隼人の個人情報を調べる。重大な違法行為だが、躊躇は無かった。誰にもばれないように調べ続けて数週間。隼人と彰人の症状を調べて分かったことがあった。
まず二人は植物状態と呼ばれる脳死の状態で”無い”こと。脳波が異常数値では無く通常の数値、つまり起きている状態と時々眠りに就いた時の数値を出すこと。時折、「反射」と呼ばれる行動を取ること。
要約すると、脳死による植物状態では無く脳は生きている。目をつぶったままなのに、脳が起きている状態だということ。こんな病例は総一郎も聞いたことが無かった。
(どういう事なんだ?確実に寝ている状態なのに、脳は起きている。脳波も正常というのはおかしい。現に寝ているのに。)
確信がないが、彰人に近づき耳元で囁く。全く意に介さないが、手を握ると体がピクリと反応を示す。まるで起きているかのように。
(分からない‥‥。)
とにかく何でも良い。今は手がかりが欲しい。文香に倒れる前の様子を訪ねようと思ったが、やめた。友人の初体験を、しかも彼女に言わせる真似はしたく無かったからだ。だから彰人の従兄弟である沙雪からさりげなく聞いてもらうことにした。女同士の方が話しやすいこともあるだろうからと判断したためだ。
更に放課後、技術情報部の部室内を調べる。彰人はあの時体に電流が流れたと言っていた。だから何かヒントになるようなものがあるかも知れない。いや、あって欲しいと総一郎は願っていた。
部室の中を探すうちに、あるものを見つけた。
“それ”が結果として総一郎の願いを叶えることとなる。
「失礼します。」
「やあ、総一郎君。どうかしたのですか。」
総一郎は担任の柊先生に会うために生徒指導室に足を運んでいた。生徒指導室の中は清潔で、丁寧に書類が並べられている。柊の几帳面な性格が表れていた。
「総一郎君から話があるなんて珍しいですね。ひとまず、そこに座って下さい。」
柊に促され、ソファに腰掛ける。話とは何かと不思議そうにこちらを見る柊。その瞳は生気に満ちており、
——-彰人と”似た”ような意志の強い瞳をしていた。
呼吸を置き冷静になる。少し落ち着いたところで、思い切って話を切り出した。
「先生。単刀直入に伺います。先生は彰人に何をしたのですか。」
「‥‥うん?話が見えませんね。」
と、柊は目を丸くさせた。
「先生ですよね。技術情報部の部室にカメラや盗聴器を仕掛けたのは。」
すると、途端に柊の雰囲気が変わったのを総一郎は見逃さなかった。これまでの穏やかな雰囲気から一転、柊は冷たい眼差しを総一郎に向ける。
「ほう?どうしてそう思ったのですか?」
その射抜くような瞳に怯まずに言葉を続ける。
「技術情報部は本来教室に鍵をかけています。中は高価な機材がありますし、何よりこの総務院高校は不審者の侵入による学校の評判の低下を恐れている。」
「その技術情報部の鍵を管理しているのは部長である彰人と先生の他にはいません。料理同好会も部では無いので、教室の鍵を開けるには先生に許可を得るしか方法はありません。マスターキーもある事はありますが、これは教頭先生が管理しており更に管理簿冊は校長の管轄にあります。部外者が無断で持ちだすのは難しい。」
総一郎は言葉を途切れさせない。
「続けたまえ。」
「鍵を持っているのは先生です。更に技術情報部が扱う機材は他の高校には無い特殊な機材です。仮に不審者が教室に侵入しても、盗聴器をばれないように教室内に仕掛ける。また機材を弄るには、相応の知識を持つ人間に絞られます。」
「最初は不思議に思いました。何故そもそも先生が教室内に盗聴器を仕掛けるのか。わざわざ電流が流れる様に細工をするのか。ここからが本題です。」
「先生は最初から____彰人が目的だったのでは無いですか?」
「ふむ。なるほど総一郎君。君の意見は面白いですね。君は医者よりも寧ろ小説家に向いてるようです。」
話をはぐらかそうとする柊。
(これくらいでは駄目だ。もっと確定的な証拠をぶつける必要がある……!)
ここで引き下がれば、彰人はもう戻れない。そんな気がしていた。総一郎は部室内で見つけた”あれ”を使う。
「先生は、昔のオーブンに僅かながら"録音機能"があるのをご存知ですか?いや、知りませんよね。」
「何?」
柊が目を見開く。どうやら食い付いたようだ。
「料理同好会で使用しているオーブンですが、オーブンにはクレーム対策や事故が起きた時に備えて、メーカーが僅かながら録音、録画機能を付けているものもあるんですよ。勿論そんなオーブンなんて今は少ないですし、何よりも数分ぐらいしかデータの保存はききません。」
「しかし、あのオーブンで文香さんはクッキーやお菓子を度々作っていました。料理同好会の他の会員もオーブンを”稼働”させていました。」
「試しにオーブンの中を調べてみると面白い内容が保存されていましてね。……聞いてみますか?」
「……君の目的は何ですか?」
柊がやれやれと言わんばかりのジェスチャーをし、
ソファから立ち上がり、窓の外を眺める。
「……やはりですか。ここからは僕の推論なのですが、先生は”この世界”に来てから何年目なのですか?」
「ほお。すごいですね君は。そこまで分かるとは。この世界にも頭の切れる子がいたものです。」
心底驚いた顔をしながら、総一郎の方を向く柊。
その瞳から目を逸らさず言葉を紡ぐ。
「先生。あなたの目的は僕には分かりません。方法も分かりません。ただ、彰人は返して下さい。それが叶わないのなら、この記録を警察に持ち込みます。教師が盗聴器を仕掛けた。とね。良くある話になりますよ。この世界で職を失うのは先生も避けたいはずです。」
「だがそれをすれば彰人君はもう戻れない。永遠に
ね。それは君も解っているのでしょう?」
「いえ。その点も解決済みです。貴方のことを良く知っている人が居ますから。先生の事を話したら、昔の事を色々教えて下さいましたよ。」
「……なるほと、神城ですか。あの男とも繋がりがあるとは盲点でしたよ。モデラー同士は気があうと言ったところですか?」
柊は茶化すかのように笑いながら話す。
その挑発的な態度に腹が立つが話すのはやめない。
「……そうです。彰人と僕達がガンプラを好きで無かったら、貴方には確実にたどり着けなかった。一生彰人を探す手段が分からないままでした。」
「陳腐な話ですが、僕らがガンプラを愛していたから、ガンプラを好きな人たちがいたから、真実に近づけたのです。」
「はぁ……またもプラモデルのおもちゃに足をすくわれるとは。やはりモデラーという生き物とは私も縁が深いようです。」
「良いでしょう。正解のご褒美として、総一郎君にはこの世界の真実を教えてあげましょう。」
この世界の真実。と柊は言った。それは薄々総一郎も予想してはいたことだ。しかし流石にそれはあり得ないと、頭から切り捨てた内容だった。
続く
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