『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ 作:ビルダー林檎
「もう一つの世界……ですか?」
総一郎は柊の話を聞き終えると、思わず尋ねた。
そんな事はあり得ない。そう頭では判断するものの心の何処かでは否定しきれない自分がいた。
彰人や隼人は意識だけが別の次元に行っているのでは無いかと。総一郎は幼い頃に読んだ外国の小説で意識だけが別の宇宙に飛び立ってしまった男の話を思い出していた。だがそんな非現実的な事が実際にあるのかと。その不安を読み取ったのか、柊は総一郎の目を見据えながら静かに語り始めた。
「ええ。もう一つの世界です。私の半身も行っていますよ。君達が遊ぶGBAの様な仮想の現実世界。とでもいいましょうか。」
「先生の話は疑わしいのはこの際置いておきます。立証のしようがありませんから。ただそれだと余計に柊先生の目的が分かりません。何故彰人をその別世界に連れて行ったのですか?」
「ふむ。では説明しましょう。総一郎君はノストラダムスの大予言をご存知ですか?」
「1999年から2000年にかけて世界が滅ぶといわれたあの俗説ですよね。勿論知っています。オカルトは嫌いではありませんでしたから。」
「その俗説が実は現実に起こっていたとしたら君は信じますか?この世界の崩壊を防ぐ為に戦った者達が居たとしたら。」
「ははは。先生。それこそ先生こそ小説家に向いていますよ。あり得ない。」
柊の話に思わず苦笑する。ノストラダムスは実際にいた人物だが、まさか異世界などとは。かのイエス・キリストが実はニュータイプだったと言われるような物だ。そうした荒唐無稽な話が好きな者なら食いついただろうが、残念ながら総一郎はそういった話は信じない男だった。
「不思議ですね。ではそのあり得ないとする根拠はあるのですか?いや、ではここからは私の想像だと思って聞いて下さい。」
結論から言えば、柊の話は面白かった。と総一郎は考えていた。
柊の両親はノストラダムスの予言を防ぐ為に闘い命を落とした事。ノストラダムスの予言に登場する大魔王の正体とは巨大な隕石であった事。その隕石が地球に降り注いだ場合人類は滅亡する事。先生はその予言を防ぐ為にーー異世界。柊の故郷にこちらの世界の人間を送り込んでいた事。
その目的は隕石……コロニー落下の阻止。あちらの世界とこちらの世界はリンクしており、向こうの世界が滅ぶ=こちらの世界の滅亡である事。
支離滅裂。架空の小説としては割と面白い話ではあるなと総一郎は思った。思うと同時にーー事実なのでは無いか。という気持ちが心の片隅をよぎる。事実、彰人がまだ眠ったままなのに加え、柊先生は先生が本来知るはずの無い天音隼人を知っていた事。そして彼が今も眠りについていた事を言いあてた。
(偶然にしても、出来過ぎている?)
別れる前、柊先生は最後にこういった。
「僕は両親が命をかけて守ったこの世界を守りたいんです。彰人君もーー彼なら無事に戻りますよ。ああそれと。」
もし君が僕の話を信じてくれるのなら、ここの会社を試しに訪れて下さい。と紙を渡された。その紙にはプラフスキー粒子技術を独占する企業であるイルミナカンパニーの住所が書かれていた。
「イルミナカンパニーか……。」
確か彰人の父親が働いていた会社だ。この企業の名前を知っていること、先生の紹介として入れる事もこの事実を裏付けるには十分なのかも知れなかった。
プラフスキー粒子。ガンプラを動かす粒子。彰人は幼少の頃からビルダーとしてもガンプラバトルにしても強かった。実はそれには理由があった。
彰人はプラフスキー粒子の流れを直感的に読むことが出来る。
総一郎も組んでいて度々驚かされた事がある。彰人があそこから敵が来ると言うと、本当に敵が現れるのだ。無論マップには何も表示されていないにも関わらずだ。総一郎はただ弾き金を引くだけで良かった。ミラージュコロイドで隠れ、敵が来たら強襲する。トラップをしかける。その戦術は面白い様に当たった。彰人が自覚していたのかはわからないが、彼が強い理由はそこにあると総一郎は予想していた。
(まあ、行くだけならタダだしね。企業見学として行くなら不審に思われないだろう。)
柊先生との話が終わった週末。総一郎はイルミナカンパニーを訪れていた。
都内某所にあるためわざわざ上越新幹線を使い新潟から東京都内に来た。
(これで収穫無しだったら笑えるな。)
山手線を降りイルミナカンパニーに辿り着く。イルミナカンパニーは流石に大企業だけあってか会社も立派だった。総一郎にとってはその立派さが大人の象徴の様に思えた。やや緊張しながらイルミナカンパニー内に入る。
受付で柊の紹介で企業見学に来たと伝えると、受付係はにこやかな笑顔を浮かべながら総一郎を別室へ案内した。案内された部屋の中は明るく清潔に掃除されており、まるでGBAの中の一流の部屋の様に思えた。
(いや、今はゲームの話は無し無し。)
ソファに腰掛け担当の人間が来るのを待つ。数分後、爽やかな男が部屋に入ってきた。年代は神城や柊と同じくらいだろうか。黒髪にブラウンの瞳。身長は総一郎よりもやや高い。紺色のスーツに赤いネクタイが様になっていた。
「総一郎君。待たせて申し訳無い。担当の榊原海斗(さかきばらかいと)と申します。柊先生の紹介という事で来たんだよね。遠い所から来ていただき、誠にありがとうございます。」
丁寧なお辞儀をされ、ついつられて礼をする。こういう時に備えてのマナーを幼少時から仕込まれていたのは幸いだった。必要以上に物怖じすることがない。
「初めまして。僕は桐谷総一郎と申します。総務院高校から参りました。本日はどうかよろしくお願い致します。」
「硬い挨拶はいいから。でも柊先生から聞いた通りの礼儀正しい子の様で安心したよ。下手な社会人よりも礼儀はなっているね。」
「いえ、お褒めに預かり光栄です。本日は社会見学として伺いました。」
「ああ。聞いているよ。でも君の目的はずばり別の所にあるんじゃ無いかな?」
「ご存知でしたか。実は。」
「異世界ね。あれ、実際にあるから。」
「……それは、冗談ではなく」
「そう。本当の話。ただね。行く方法が分からないんだよねー。たはは。」
頭をかきながらそう答える榊原は嘘や冗談をついている様には見えなかった。
「僕の友達が、そこの世界に行っているかも知れないんです。もしも情報があるなら、どうか教えてはいただけませんか?」
「うん。いいよ。ここじゃなんだから、研究室に行こうか。」
そういって榊原は総一郎を案内する。2人は長い廊下を歩いて他の棟に行き、突き当たりにある階段を降りていく。長い階段を降りた後に部屋につくと、そこはまさに総一郎がイメージした通りの研究室がそこにはあった。
「こ、これはすごい!」
「すごいだろう?真面目に異世界に行こうとする暇人達の集まりだけどねー。でも能力は保証するよ。」
「で、僕達が開発したシステムがこれ。名付けて
「これは何なのですか?」
「ん。かいつまんでいうと、大量のプラフスキー粒子をこのデバイス上に集積して適正のある人を繋ぐと、その人の意識だけが別世界に行けるという装置さ。」
「ただ適正のある人がいないんだなー。たはは。昔は神取主任という立派な人がいてね。その人が行ってたんだけど。」
「僕も、試してもいいですか?」
「いいよ。その為に君をここに連れてきたんだからさ。ささ、被りなよ。」
榊原に促され、総一郎はサイコデバイスを被る。だが。
「反応しない‥‥?」
装置は全くといっていいほど反応しなかった。
「たはは。やはりそう簡単にはいかないか。気を落としちゃ駄目さ。総一郎君。」
「もう一度お願いします!」
何度もサイコデバイスを起動させるが、やはり異世界には行けそうにない。残念なことに、総一郎に適性がないのは誰がみても明らかだった。
「何でだよ。‥‥彼が苦しんでいるかも知れないのに。」
悔しさのあまり拳を握る。ここに手がかりがあるのに、何も出来ない自分に腹が立つ。
「総一郎君。こればかりはしょうがないさ。君のせいじゃない。」
「ん〜〜でもやっぱり、適正のある人を見つける必要があるよね。総一郎は何か心当たりはない?」
「心当たりなんて‥‥あ!」
「お、あるのかい!?あるだけでも良い事さ。」
「榊原さん!僕にこの装置を貸していただけませんか!」
「ん〜本当は駄目なんだけど、柊先生の紹介だし、君も悪いことしそうには見えないし。いいよ。」
「ありがとうございます!!」
「ただ、流石に今すぐというわけには行かないから、君の住所に送ってもいいかな。二週間くらいかかるけど、その間君にはその適性があると思われる人を説得してもらうとして、さ。」
「本当にありがとうございます!」
「若者の人を助けたいという思いは好きだよ。」
榊原と別れた後総一郎はとんぼ返りで新潟に戻り、ある場所へと走る。彰人と同じ瞳を持つ人物といえば、柊先生以外に1人だけ心当たりがあった。
その人物の元へと総一郎は走る。この時間ならまだ居るはずだ。総一郎はタクシーを使い、電車を使い、十和田神社へと走る。
「沙雪!沙雪!!」
彰人の従兄弟であり、同じ瞳をもつ女の子。
彼女ならばもしかしたら。
「む。どうしたのだ。まさか私に会いたくなったのか?」
沙雪は力強く腕を組んだまま総一郎を見つめる。
総一郎は事前のアポイントも無しに突然会いたいとメールをしたのだが、沙雪は特別嫌な顔はしていない。
「そう!そうなんだよ!僕は君に会いたくてここまで来たんだ!」
「そ、そうなのか。気持ちはありがたいがとりあえず落ち着いてくれないか。」
興奮した様子で沙雪の肩を掴み、ぶんぶんと揺らした。
「ごめん。つい。」
調子に乗りすぎたかと総一郎は肩から手を離し、
こほんと咳払いをした。
「どうやら並々ならない事情があるようだな。中で詳しく話を聞こう。」
沙雪に促され部屋の中に入る。彼女に茶を入れてもらうのももどかしい。総一郎は部屋に入るとすぐに沙雪に理由を話した。最初の頃は話を聞いてくれてはいたが、次第に彼女の表情が曇っていく。
「総一郎……君は大丈夫か。疲れているのか?」
話を終えた後、沙雪はかなり心配そうな表情を浮かべながら総一郎を眺めた。明らかに不審者を見るような目つきが彼の繊細な心をえぐる。
(しまった。沙雪はガンプラを仕事として知ってはいても詳しくは知らないんだった!)
相当焦っているのか、そんな簡単な事にすら頭が回らない。
「沙雪、あり得ない話なのは分かる。君に本当の事を話さない事も出来たけど、僕はそれをしたくない。」
「その装置が来たら試しに付けてみてくれないか。」
「……いや、君の話を疑うわけじゃない。ただ理解が追いつかないのだ。この世界以外に別世界があるなどとは。」
「沙雪!君の瞳を見せてくれ!」
「な、何をする……んんっ!」
総一郎は沙雪の両肩を強く掴み強引に彼女の瞳を見つめる。やはり、沙雪は彰人と同じ瞳をしていた。あの初詣の時に見た瞳だ。透き通った光を放つ美しい瞳。
(僕の予想が正しければ沙雪は向こうの世界に行けるんだ。沙雪なら彰人に会えるはずなんだ。)
薄氷の様に薄い根拠だが、確信めいた何かが総一郎にはあった。ただし見つめられる方の沙雪は心中穏やかでは無かった。
あの時一線を超えかけた男がまたもや自分のもとを訪れこうして部屋の中で自分を見つめている。意識しないはずがなかった。むしろ彰人の話は全くの出鱈目で自分をこうするのが目的だったのでは無いかと疑うには充分だった。
沙雪の肩を掴む総一郎の力は強く振りほどけない。もしも彼が”本気”であればこのまま押し倒されたとしても抵抗は難しい、幼馴染とはいえ、一度自分に対して欲情した男を部屋に入れた自分にも落ち度はある。
(もしここで総一郎が私のことをどうにかしたとしても、彼を責めるのは筋違いかも知れないな……。)
思考は冷静だった。沙雪はある意味では覚悟を決めていた。ただしその覚悟は全くの勘違いで終わったのだが。
あの後、結局総一郎は何もせずに帰った。本当に何もせずに。総一郎が去り1人部屋に取り残される中、沙雪は安堵したと同時にどこか物足りなさを感じていた。無論、彼自身に沙雪を襲う度胸も甲斐性もないことは分かり切ってはいたのたが。
(女の部屋に押しかけて何もしないのか。あいつは。)
彼らしいといえば彼らしいが、それでも心の何処かではは進展を望んでいた自分がいた事に苦笑する。
(全く、彰人が床に伏せてからあいつはどこかおかしい。)
さっきの態度といい、突然別世界に行って欲しいなどと沙雪に理解出来ないことを話し出す。
(一体どうしたというのだ。全く。それにしても……別の世界か。その話が本当なら彰人はそこにいるのか。)
はぁ。とため息をつき布団に横になる。
まだ神社の仕事は残っていたが、総一郎の相手をして疲れたいた。
(今日はもう休んで、仕事は明日にするか。)
色々と不満はあったのだが、今は忘れることに決めた。精神的な疲労から来る疲れで頭が回らない。
その一方で、総一郎は久々にぐっすりと眠れていた。榊原という男から聞いた異世界という話には当初驚いたものの、彰人や隼人の件で目処が立ったのは本当に幸いだった。
(早くあの装置が来るといいな。)
そんな事を考えながら総一郎は眠りに落ちていく。
第18話に続く
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