※この作品はR-18です。

『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ   作:ビルダー林檎

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第18話『君の横顔』

「来た!サイコデバイス!!」

 

 届け物の包み紙を外し、総一郎は喜びの声を出した。銀色に鈍く輝くサイコデバイス。目の前のそれは彼にとって希望の象徴に思えた。

 

(後は、これを沙雪に付けて貰えば。)

 

“彰人に会える”かも知れない。

 

 

その一点の希望が総一郎を駆り立てる。彼はポケットから携帯電話を取り出すと、珍しく微笑を浮かべながらメールの文面を打った。

“この間の話だけど、今日行っても良い?”

沸き立つ思いを抑えきれずそのまま沙雪にメールを送る。すると、意外にも直ぐに返事が来た。

 

“構わない。”

 

 

たった一文のみのなんとも簡素なものだったが、それが尚更沙雪らしかった。

 

(‥‥よし!)

 

 

 手応えを感じ、携帯を握り締めながら静かにガッツポーズ。今の彼の心の中は高揚感で満ちていた。

 

「お兄ちゃん?何してるの。」

 

 

いつの間にか、部屋のドアを開けたのだろう。雛美が不思議そうな表情を浮かべている。ガッツポーズを取ったままの兄の姿。彼女が向ける眼差しはまさしく不審者を見る目である。その視線にたじろぎながらも、総一郎は兄の威厳を保つべく動いた。

 

「うわっ!なんだ雛美か。部屋に入るときはノックしないと駄目だよ。」

 

「ごめんなさい。でもお兄ちゃんの楽しそうな声がしたからつい。」

 

「そうか。なら許そう。」

 

「やった!……で、何してたの?」

 

「ああ、これはね。」

 

 

 総一郎は雛美に事の経緯を説明した。勿論、ある程度脚色を加えた上ではあったが。

 

「ふぅん。彰人さんの手がかりなんだ。」

 

 何も知らない者からすれば実に怪しい説明だった。しかし雛美は納得してくれたようだった。彼女は鈍く輝くサイコデバイスを手に取り、不思議そうに眺めている。

 

 

「そう。この装置が何かしらの手がかりになるかも知れないんだ。だから調べる必要がある。」

 

「そうなんだね。彰人さん。まだ寝てるけどどうする?お兄ちゃん顔見に行く?」

 

「いや、いい。僕はこれから出かけるから、留守は頼んだぞ。」

 

「はい。行ってらっしゃい。暖かくなったって言うけど、今日はまだ寒いから気をつけてねー。」

 

「ありがとう。それじゃあ行くよ。」

 

 

鞄にサイコデバイスを入れ、神社へと向かう。護国神社の境内には雪がうっすらと積もっており、そのせいか空気が澄んでいる。冬の神社らしい荘厳な雰囲気を醸し出していた。この神社を継ぐ神田沙雪。彼女が彰人と同じ瞳を持っていたのは本当に幸いな事なのだと、総一郎は改めて嬉しく思った。

 

「沙雪、入るよ。」

 

 一言断りを入れた後、総一郎は境内の扉を静かに開け中へ入る。中は静かで物音一つしない。総一郎は事前にこの時間に神社を訪れると沙雪に伝えていた。だから誰もいない、というのはいささかおかしい話だった。

 

「沙雪ー?いるのかい。」

 

改めて声を掛けてみるも、返事は返ってこない。

 

(何処に行ったんだ?)

 

 不審に思い、もう少し部屋の奥へと踏み入る。もしや不法侵入になるかと不安が脳裏をよぎるが、彰人の件で来た以上是が非でも沙雪に会わないと行けない。総一郎は沙雪が仕事の際に仮眠部屋として使っている部屋の前へ足を運び、ドアの前で立ち止まると、念の為にとんとんとノックをする。返事は無い。

 

「沙雪……中にいるのか?」

 

 襖を開け、部屋の中に入る。部屋の中は一見誰もいないように見えたが、奥に人影が見えた。

 

(沙雪?)

 

何か様子がおかしい。慎重に近づく。恐る恐る近づいて目を凝らしてみると、沙雪が畳の上に倒れるように体を横たえていた。

 

「沙雪!どうしたんだ!?」

 

 そう様子に異様な物を感じ取り思わず駆け寄る。倒れている沙雪に近づき額に手を当てた。

 

(……なんて熱だ。)

 

額が燃える様に熱い。沙雪が体調を崩している事は火を見るより明らかだった。

 

「……う……総一郎なのか?」

 

「ああ!僕だよ。沙雪!何でこんなに熱が!」

 

「実は最近、体の調子が良くなかった……だが、君の話を断りたくは無かった。彰人の……手がかりなんだろう?」

 

 総一郎の持つ鞄を指差してまた力なく倒れる。慌ててその身体を支える。とても軽い。幾らなんでも軽すぎる。無理をしていたというのがはっきりと分かった。

 

(どうしてこんなに調子が悪いのに、断って休めばいい筈なのに。どうして。)

 

「馬鹿!とにかく休め!今運ぶから!」

 

「……ああ、済まない。」

 

 

 沙雪の身体を運び布団に寝かせる。すぐに押入れを開け、氷枕と熱冷まし用の手拭いを用意し彼女の額に当てた。

 

「ほら、無理するな。……少しは楽になった?」

 

「あ、ああ。すまないな。来てもらったのに。」

 

布団から上目遣いで恥ずかしそうにする沙雪を見ると、その艶かしさに胸が高鳴るのを感じた。不謹慎だと視線を逸らし動揺を悟られないように、彼女に不安がられないように努める。

 

 

「いいさ。後お腹空いてる?喉乾いてない?……いいや何か買ってくるから!沙雪は寝てなよ。」

 

「いや……こ、ここにいて、欲しい。」

 

 

「え?」

 

「……一人は心細い。」

 

(そ、そんなに弱った身体で言われたら駄目だ。)

 

 

総一郎の心のダムが決壊した瞬間だった。気の強い沙雪が弱った姿を見て、気の優しい総一郎は断ることなんて出来なかった。そのまま畳の上に座り沙雪の様子を見る。

 

「心細いんじゃ、僕がそばにいてあげないとね。」

 

“一人は寂しい”というのは、総一郎が誰よりも一番理解していたことでもあった。だからこそ彼は沙雪の側にいようと決めた。

 

 

「……済まない。」

 

「だから謝るなよ。幼馴染なんだから。」

 

「……幼馴染。だからなのか?」

 

「え?」

 

「いや、何でも無い。」

 

そう言い残すと、沙雪は疲れたのか布団を被り直しすぅすぅと寝息を立てる。だいぶ辛かったのだろう。

 

(幼馴染だからかって?)

 

総一郎はその言葉に疑問を持った。あの気の強い沙雪が、誰よりも男らしかった沙雪が自分に対して弱みを見せてくれていたのは、一人の男として嬉しかった。

 

 

——幼馴染。という言葉を口にした時に一瞬切なそうな表情を浮かべたのが気になる。

 

(そんな。まさか、沙雪も僕のことを?)

 

思わず赤面する。自分の思い上がりでなければ、沙雪と自分はと、一瞬考えてやめた。今それを意識するのはあまりにも心臓に悪すぎたからだ。

 

 

(僕の片想いだと思っていたのに。)

 

改めて総一郎は沙雪の顔を眺める。熱のせいだろうが、赤い顔で時折はぁはぁと辛そうに呼吸する沙雪を見ていると、助けたいと思う反面‥‥色っぽいと思ってしまう。沙雪の雪のように白い肌に対し紅潮した頬。抵抗する力無く横たわる身体。

 

(……って、何を考えているんだ僕は!)

 

自分を叱りつける。不謹慎だ。と思うものの、身体の芯から熱が沸き立つのは抑えようがなかった。

両手で頰を叩き、そんな邪な考えを持つ弱い自分を無理矢理にでも抑える。

 

「やっぱりお粥作ってくるよ。大丈夫。直ぐに戻る。だからゆっくり寝てて。」

 

「君の好きな梅干しを刻んで入れたお粥だから、楽しみに待ってるんだよ。」

 

沙雪には聞こえていないだろうが、一言そう言い残し総一郎は部屋を出た。あのまま部屋にいたら自分自身が持ちそうに無い。総一郎は台所へと向かった。

総一郎が台所に行ってから数時間後、沙雪は目を覚ました。

 

(あいつは何処へ行った?)

 

 

きょろきょろと辺りを見渡すが、姿が見えない。

頭を上げ時計を見る。時間は15時を過ぎようとしていた。

 

(随分長い間眠っていたのだな。私は。)

 

総一郎が部屋に入る。

 

 

「沙雪、起きたんだね。ご飯食べる?」

 

「何から何まで……本当にすまないな。」

 

「いいよ。今お粥を持ってくるから。」

 

総一郎は両手で鍋を持ち部屋に入ってくる。

温め直したのだろう。お粥からは梅の良い香りが漂い、沙雪の食欲を刺激した。思わずぐぅ、とお腹がなる。彼が鍋を置きレンゲを沙雪に渡す。

 

「ほら、食べられそう?味には自信があるんだけど。」

 

「ああ。とても美味しそうだ。」

 

湯気が濛々とたつ総一郎が作ってくれたお粥。それをレンゲで掬い一口食べる。

 

(これは美味しい。)

 

お粥は梅干しの塩味が効いており、更に刻んだ香草が香りを引き立てていた。身体が暖まる。

 

「ありがとう。とても美味しい。」

 

思わず笑みが零れた。こんなに美味しいおかゆを食べるのはいつ以来だろうか。

 

「ふふっ。それなら良かった。これでまずいっ!て言われたら僕はショックで寝込んじゃうよ。」

 

「……私は、そんなこと言わない。」

 

「……知ってる。」

総一郎が優しげな眼差しで沙雪を見つめる。

中性的で整った顔。しかし子供の頃の思い出とは違い、大人びた男の顔をしている彼の顔。

 

「……君は綺麗だな。」

 

沙雪が総一郎の艶やかな髪に触れる。柔らかい髪の感触が手のひらに伝わる。

彼女に触れられると、くすぐったく感じた。

 

 

「え?」

 

総一郎は突然の沙雪の行動に驚き固まる。彼の白い肌が赤く染まるのを、沙雪は見逃さない。彼の表情の変化には慣れていた。慣れていたからこそ、からかうのが面白いし、彼の男らしからぬ所が堪らなく可愛く思える時もある。

 

 

「優しいし、こんなに美味いお粥も作れる。髪だってさらさらだ。女が放っておかないのではないか?」

 

「ぜーんぜん。クラスの女の子達はみんな彰人やエリックしか見てないよ。僕、あまり背が高くないから。」

 

そう言って沙雪から離れようとする彼の手を沙雪は掴む。

総一郎は驚いた。病人のはずなのに、なんと強い力なのだろうと。

 

 

「そんなことは無い。君はいい男だ。」

 

ぐっと力強く手を掴んだまま、総一郎の目を真っ直ぐ見つめながら静かに言い放つ。きらりとした輝きを放つ瞳から目が離せない。総一郎はまたも戸惑った表情を一瞬見せたが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。

 

「ありがとう……沙雪。その。」

 

 

少しだけ間があった後、一瞬迷った表情を浮かべたまま、総一郎は沙雪の頰に軽いキスをした。驚きのあまり固まる沙雪を前に彼はなおも言葉を続ける。

 

「……好きだよ。」

 

 

一瞬。部屋の中に静かな沈黙が流れる。

 

 

「……総一郎。」

 

 

今度は沙雪が驚く番だった。同時にまた彼の顔が近づき、沙雪の唇に柔い感触が触れる。 恋人同士がするような、深く、熱い、情熱的な口付け。

 

 

—-初めてのキスは梅の香りがした。

 

貪る様に、決して離さないかの様に、総一郎が沙雪を抱きしめた。

何度も、何度も、逃がさないと言わんばかりに唇を重ねる。

時が止まったかのような錯覚を覚えるほどの長い時間から覚め、互いの唇を離す。ほぉ、と惚ける二人。二人の入り混じった唾液の糸がつう……と垂れた。

 

「ば、ばか。風邪がうつるぞ。君らしくもない……。」

 

興奮冷めやらぬ様子ではあったが、恥ずかしいのか、沙雪が真っ赤になった顔を背けた。対する総一郎も自分からあんな事をしておいて顔が赤い。互いに赤面する2人。また沈黙が流れる中、不意に総一郎が口を開く。

 

 

「……他人に移したほうが、治りが早い。それに君が治らないと彰人を助ける事は出来ない。」

 

ぽつりぽつりと話す総一郎だが、それが照れ隠しのための理由であると沙雪は見抜いていた。

 

 

「嘘だな。君は、顔にでるタイプだからな。」

 

 

「うん。だから両方。君も、彰人も、どっちも大事だから。」

 

 

「……総一郎。君が彰人を助けたいのは分かる。」

 

「ありがとう……彰人はね、僕の大事な親友なんだ。本当は僕が今すぐにでも行きたい。だけどそれは叶わない。自分の無力さを痛感させられるようでもどかしいんだ。」

 

「それは……君が前に話したあの時のようにか。」

 

「ああ。そうだ。きっと同じ、なんだ。」

 

「僕はもう、誰かを失うのは嫌なんだ。1人になるのが耐えられないんだ。」

 

 

「嫌なんだって、はっきりと分かった。僕がこれまで人を遠ざけていたのは、また離れるのが怖かったからなんだって。」

 

 

そう言って総一郎は沙雪の細い体を強く抱きしめる。ああ、君の体は冷たいな。とぼんやりとした頭で沙雪は考えていた。こうして抱き合うことで、触れ合うことで分かる。昔の細かった頃より筋肉がつき、がっしりとした彼の身体。それは何よりも時の流れを感じさせた。

 

——総一郎はもう、守られる対象じゃ無い。

 

「……私は決めたぞ。」

 

 

彼の腕に抱かれたまま、沙雪が答える。

 

「私は完治したら彰人を助けに行く。必ずな。君にもう誰かを失わせたりはしない。」

 

 

きっぱりと言い放つ。頭はまだ痛むが、なんて事は無い。一日休めばなんとかなるだろうと考えていた。

 

(……今は総一郎の助けにならなければ。)

 

 

沙雪は決意を新たにした。サイコデバイスが何なのかはまだ分からないし、総一郎の話も完全に信用は出来なかったが、それでも彼女は総一郎の事を信じようと思った。

 

 

「はは、それは頼も‥‥し‥‥いや。」

 

 

だが、当の総一郎の声が弱々しく途切れていく。

その急な様子の変化に戸惑う。一体どうしたのだろうか。

 

「総一郎!どうした!?」

 

「あー……ごめん。僕にもうつったみたい。風邪。」

 

「……!とにかくこれを使え!」

 

沙雪は自分の頭にあったタオルを水に浸し冷やした後、総一郎の額にぴたりと着ける。

 

「ありがとう。あ、これ冷んやりして気持ちいい。」

 

 

「はぁ。本当に君は、こういう大事な時にはてんで駄目だな。」

 

「でも元はと言えば君の風邪が。」

 

「うるさい。人に恥ずかしい思いをさせたお返しだ。」

 

そういってまた彼の唇にお返しとばかりに唇を重ねる。何度も何度も繰り返し続ける。

 

「今日は泊まっていけ。その身体で新潟の冬の夜を歩くのは無謀だ。」

 

「ん。分かった。」

 

「……だけど沙雪、へんなこと、しないでね。」

 

冗談めいたように笑うが、沙雪はその冗談をある意味で一蹴した。

 

「分かった。だが……風邪が治ったら嫌という程してやる。覚悟しておけ。」

 

「……え?」

 

 

自分で言ったにも関わらず、総一郎は驚愕の表情を浮かべる。余程恥ずかしいのか、耳まで真っ赤に染めていた。

「何だ?君の方から襲っておいて、今更尻込みするのか。」

 

「……はい。」

 

「良い返事だ。」

 

沙雪はまた笑う。先程とは違い、気の強い女の顔をして。総一郎が今後一生沙雪の尻に敷かれ続けることが確定した瞬間だった。沙雪はもう一枚布団を敷き、そこに総一郎を寝かせる。自分の布団を合わせて二人一緒に横になる。丁度、向かい合わせになる形だ。

 

「とりあえず今夜はもう寝るぞ。明日熱が下がっていたら、そのサイコなんたらを付ける。良いな?」

 

「……ありがとう、沙雪。」

 

「気にするな。その、総一郎。」

 

「君の人嫌いが治ってくれて、私は嬉しい。」

 

「……うん。僕も意外だった。」

 

「おやすみ、総一郎。」

「おやすみ、沙雪。」

 

電灯を消し、暗闇の中で二人は一緒に寝る。幼馴染じゃない。もっと進展した関係として。総一郎は熱の残る朦朧とした意識の中、母や沙雪の事を考えながら眠りについた。

 

(な、何してるのお兄ちゃん達は。)

 

雛美が両手を口に当て絶句する。夕方、沙雪から総一郎は今夜神社に泊まるとメールで知らされ気になった雛美は神社を訪れた。挨拶をしようと思い神社の中に入る。見るとひとつだけ開け放たれた部屋の中に兄の姿が見えた。そこで帰ればよかったものの、好奇心に負けた雛美はつい部屋を覗いてしまった。二人で布団に入り眠る総一郎と沙雪。その様子は幼馴染の関係には到底見えない。間違いなく男と女の関係にしか見えなかった。雛美は思わず感涙に咽びながら心の中で讃える。

 

(お兄ちゃん……童貞卒業おめでとう!!)

 

あの人嫌いで童貞道真っしぐらだった兄が女性とこういう関係になったのが素直に嬉しかった。童貞卒業、というのは盛大な勘違いだったのだが、あながち間違いではなない。明日は赤飯を炊こう。と思いながら雛美は神社から立ち去る。まだ暗い冬の夜だった。

一方その頃、赤の国城内。

 

「ぶぇっくしょっい!!」

 

 

「うわ彰人様汚ないっ!!城を汚染しないで下さい!!」

 

壮大なくしゃみをした彰人をフランが諌める。

フランも彰人にいじられ過ぎたのか、こうして時々彰人の行動に対して良い反応を見せる時がある。

 

「なんか嫌な予感がするんだよなぁ。」

 

鼻をすすりながら彰人が答える。その予感は間違いでは無かった。

 

 

 

第19話に続く

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