『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ 作:ビルダー林檎
青白い光に包まれ、頭にすっぽりと装置を被った彰人達がGBAの世界に旅立つ。あらかじめVR装置に記録させておいたMSのデータを入力。画面上にMS standbyと表示された後、次にバトルに使用するMSを選択する。
彰人が選択したのはオルタナガンダム。
彰人が父と共同開発したオリジナルのガンプラである。HGUCのデルタガンダムとHGCEのアカツキをミキシングした機体であり、総合的な火力は他MSに劣るものの機動性能が高く、可変機構を備えている。
本来頭部が百式では無いオルタナガンダムは、可変する際に頭部アンテナを折りたたむ事で変形に対する問題を解決していた。更にオルタナガンダムには敵のビーム兵装を防ぐ耐ビームコーティングも備え付けられており、バトルでの生存性は高い。何よりも、彰人自身がこの金色に磨き上げられた機体を気に入っていた。
「……金メッキって綺麗でいいよね。」
総一郎が画面上に映し出されるオルタナガンダムの姿を眺め、その金色の美しさに感嘆の声を上げる。彰人はその言葉に対して軽く生返事をしつつ、画面に向き直り再度集中しなおした。
今日の2人が選んだバトルフィールドはフロンティアIVの内部だ。連邦軍の機体を援護しつつクロスボーンバンガードの機体を撃破するミッションである。このミッションは上級者向けではあるが、報酬が良いため中級者にも選ばれることが多い。生存させたジェガンの数だけ報酬が上乗せされるのだ。所謂”稼ぎ”ミッションである。
彰人達は画面に表示されるフロンティアⅣ内の風景を眺める。2人の眼下には街並が見えた。精巧に再現されたその風景は、ゲームとはいえど現実の風景と見間違うレベルである。何度も見た光景ではあるが、その美しい風景に目を奪われていると、遥か遠くから敵機である甲冑を身に纏ったかのような風貌のMSが2人に迫って来るのが視界の隅に映る。
(来たか!———-デナン・ゾンとゾンド・ゲー!!)
彰人は心の中で呟く。彼等がこのミッションで何度も見た機体だった。西洋甲冑風の身体にガスマスクを合わせた異様な機体だが、彰人はこの敵機が嫌いでは無かった。
「流石に素早いな……だけどさっっ!」
デナンゾンとゾンドゲーがコンピューターに操作による一切の無駄が無い滑らかな機動を描きながら、ショットランサーを手にこちらへと迫る。ショットランサーの銃口が一瞬煌めくと同時に、ビームマシンガンによる牽制射撃がオルタナガンダムとシビュラブリッツに向け放たれた。
マシンガンの光の粒が二機に襲いかかる。オルタナガンダムはそれを上方に回避、総一郎の機体は下方に回避する。
本来であれば強力なビームによる攻撃を易々と弾くビームシールドを持ち、更に機動力も高いデナンタイプはオルタナガンダムが相手をするには不利。
だがしかし、しっかりと対策を練って来たと言わんばかりに3番のスロットを選択する。
「今日のために特製の武器を用意して来たんだぜ!」
彰人はデナンゾンから放たれるマシンガンの銃撃を優雅に回避しつつ、余裕の表情を浮かべたままオルタナガンダムを空中で人型に変形させる。同時に背中にマウントされた黒金に輝く武装を両手で全面に構えた。
「——対艦粒子砲《ヴァルジキャノン》!!」
百式のメガバズーカランチャーとF91のヴェスバーを組み合わせて作成した高火力の武装。
一見大型で取り扱い辛そうな武装だが、通常のライフルと同じく両手で保持する事が出来、取り回しに優れる。威力も高い反面、弾を撃ち切ればそれまでの使い捨ての武装であり、使用にはある種の割り切りが求められる。
特筆すべきは機動性を犠牲にしてまでも求めた火力だろう。ビームシールドすらも易々と貫く圧倒的な攻撃力、貫徹能力。更にF91のV.S.B.Rの様にビームのスピードや方向、威力も調節する事が出来る。
オルタナガンダムはバルジキャノンを構え、放つ。 放たれた蒼く煌く閃光がゾンドゲーの胸を貫き火球へと変える。その火力はビームシールド越しに胴体を貫通した。なす術なく撃墜されていく敵機の姿に、2人の表情が和らぐ。
「機動力の高いデルタガンダムに高火力のランチャーの取り合わせ。流石のアイディアだね。」
「ZZガンダムみたいに、大量の武器を追加する必要は無いからな。イーゲルシュテルンと使い捨てのバルジキャノン砲、後はビームサーベルとライフルが有れば俺は充分だ。」
話しながらも彰人は攻撃の手を緩めない。輝きを放つ煌びやかなオルタナガンダム対して、桐谷総一郎が使用するのは漆黒に染められたガンダム。
「彰人にだけ任せてはおけない。シビュラブリッツガンダム!!行くよ!」
彼がシビュラブリッツと呼んだ機体はブリッツガンダムをベースに総一郎が改造した機体。ミラージュコロイドと呼ばれる一種の電子装置を使い姿を消すことが大きな特徴の一つである。
機動戦士ガンダムの世界ではミノフスキー粒子と呼ばれる電子妨害装置が働き、現実の戦闘機のドッグファイトとは異なり基本的に有視界で行われる。そのためたとえ姿を消せるだけだとしても戦略上有利になるのだと、以前総一郎は彰人に対して熱く語っていた。
敵がどんなに有効なビームシールドを持っていたとしても、使えなければ意味はない。 総一郎はシビュラブリッツが持つMSヅダの対艦ライフルを改造して作成した狙撃用のライフルを用いて精密な狙撃を行い、ビームシールドの隙間を縫うように攻撃を仕掛けた。
敵を撃ち、弾薬が切れればミラージュコロイドで姿を消したまま音も無く近づき、コックピットにナイフを突き立てていく。
コックピットを貫かれ、まるで糸が切れた操り人形のように爆発せず墜落するデナンゾン。総一郎は表情を崩さないまま淡々と敵を落としていく。
ゾンド・ゲー達がシビュラブリッツのステルス攻撃の前になすすべなく次々と屍を晒していった。
オルタナガンダムが空を舞い、シビュラブリッツガンダムが編隊から逸れた哀れな敵機を狙撃する。数分間の戦闘の後、2人は目標の敵を全て倒し尽くした。しかも追加報酬となるジェガンも全機生存。素晴らしい戦果だ。
「良し。ジェガンも全機生存。総一郎、アシストサンキューな!」
「はいはい、お疲れ様。僕も無駄に弾を使わなくて助かるよ。」
フロンティアIVの夕焼け空に佇む2人。シンプルイズベスト。余計な動きをしない。無駄玉を使わない。これが二人のGBAにおけるポリシーだった。対人戦においては派手なオルタナガンダムが空を舞い敵の目を惹きつけ、その姿に気を取られた敵を総一郎のシビュラブリッツガンダムが狙撃し落としていく戦法を取っていた。この役割をはっきりさせた戦い方は、2人の勝率も安定する良い戦法でもあった。
バトルが終わり、2人はVR用のヘッドギアを外すとそのままメニュー画面からログアウトを選択。
無事にGBAからログアウトし現実の世界に戻ると、埃臭い教室が目に映る。あのゲームの中の美しかったフロンティアIVとの景色の落差に思わず溜息が出た。
「……楽しいな。」
野球部やサッカー部が外で汗を掻く中、こうして冷房が効いた部屋であそ……部活に励めるのは良いことだと彰人はぼんやりと考えていた。彼はヘッドギアについた汗を教室に置いたアルコール付きティッシュで丁寧に拭きあげる。
技術情報部という部活動の特権だろう。真面目にクレジットカード詐欺や不正アクセスといった架空世界、現実世界で行われる犯罪に取り組み、その危険性を校内に向けて発表する時もあれば、こうしてVRで遊ぶ事もある。技術情報部はこうした自由度の高い部活だった。
(ん?)
不意に、ガサガサと教室の外から聞き覚えのない音がする。咄嗟に彰人は不審に思った。本来この時間帯は人が通らない筈だ。通るとしても、同好会の生徒か見回りの先生のはずだが、この時間に来るのは珍しい。ならば何だろうと疑問に思い、確認の為に教室の外に出ようとするが。
「彰人君、次はこのミッションやろうよ。」
目を輝かせた総一郎に袖を掴まれ、止められてしまった。向こうにいる文香も音に気づいていないのか、呑気に鼻歌を歌いながら調理をしている姿が薄いカーテン越しに映る。
(まぁいいか。)
どうせ物か何か落ちたのだろう。大したことも無いと判断して特に気にしないことにした。
二人が部活を始めてから数時間後、時刻は18時30分。楽しかった部活の時間が終わり閉校間近の予鈴が鳴り響いた。そろそろ帰る時間だ。
窓から外を見ると既に暗く、その早い日の沈み方は冬の様相を示していた。
「総一郎。今日はこれぐらいにしようか。鍵、先生に返してくるから、ちょっと待っててくれ。」
彰人は総一郎に声をかけると、鍵箱から教室の鍵を取り出した。その動作と同時に、総一郎はそうだねと優しげに返答しながら鞄を持つ。
「彰人君、総一郎君。二人とも帰るよー。」
2人が帰る支度を始めると、タイミング良く料理同好会の方も終わったのか、技術情報部と料理同好会を隔てるカーテンの隅から文香がひょこっと顔を出す。
「あと今日これ作ったから食べて。差し入れ!」
文香は彰人達に半ば強引に包み紙を渡した。猫が描かれた可愛らしい包装。彰人は受け取ったそれを丁寧に開ける。
「おっ!クッキーだ。美味しそうだな。」
包装を開けた中にはちんまりとした可愛らしいクッキーがあった。焼きたてのクッキーの香ばしいにおいがぷんと彰人の鼻をくすぐる。彰人のその様子に満足そうに笑いながら文香は言葉を続けた。
「2人は気づいてないだろうけど、今日は他の子が用事があってね。私しかいないの。だから今作れるものならこれしかないかなと思って。」
そう言われるとたしかに、教室内は焼き菓子特有の甘いにおいが漂っている。バトルに夢中で気づかなかったようだ。
「‥‥いつもありがとう。」
彰人達は照れ臭そうに小さな声で感謝を告げた後、一口食べる。ほのかに甘く、香ばしい。文香は手先が器用だ。こうして菓子を作るのが幼い頃から得意としていた。彼女が作ったクッキーは市販のクッキーよりも美味しい。サクサクと食欲をそそるような音を立てながら、あっという間に食べてしまった。
「文香……ありがとう。ご馳走様。みんな帰ろうか。」
クッキーの食べかすを取りながら赤い表情を隠しつつ、そう伝えるのが彰人にとっては精一杯だった。談笑しながら廊下を歩き、階段を降り、玄関先へと向かう。
「じゃあね。2人とも。風邪ひかないでね。」
「またな。文香。」
「文香さんも気をつけてね。また明日。」
文香と校門の前で別れた後、帰りのバスの車内にて彰人は今日のバトルについてぼんやりと考えていたが、集中できなかった。夕陽が差し込む車内で彰人の脳裏に先ほどの文香の眩しい笑顔が浮かび、それが頭から離れない。
「部活という大義名分は強いね。」
そんな中、総一郎が話しかけてくる。彼の柔らかでややウェーブがかかった黒髪が夕陽に反射しており、男ながらに可愛らしい奴だなと彰人は一瞬動揺した。
「そうだな。」
彰人はまとまらない考え事を一旦辞め、総一郎の方を向く。思考のまとまらない頭で生返事をしつつ、さっき文香から貰ったクッキーの袋を破りまた食べ始めた。
(……。)
さすがにちょっと可哀想だと思ったのか、彰人は残りのクッキーを総一郎にも渡した。さっきからクッキーが気になっていたのか、袋を渡された瞬間総一郎は嬉しそうにほころんだ。
「美味しそうだね、ありがとう。‥…でもさ。」
突然、先程とは打って変わったかのような寂しそうな表情を浮かべながら総一郎は彰人に顔を向ける。
(ああ。まただ。またこの表情だ。)
普通なら不審に思うが、彰人はこうした総一郎の表情の変化には慣れていた。慣れていたからこそ特に突っ込む事もしなかった。
彰人と総一郎は幼稚園の頃からの幼馴染だが、彰人は両親の都合で一時期新潟から離れていた。
高校生になってから再び再開した総一郎は幼い頃と変わらず、時々こうした憂いを帯びた表情を浮かべる。彰人はそれも仕方がないと考えていた。
何故なら、そのきっかけは総一郎と彰人が小学校に上がる前に彼の母親が亡くなったからだ。
総一郎は母親が大好きだった。その母親を亡くしてから、総一郎は時折寂しそうな表情を浮かべる事が多い。
昔は天真爛漫で明るかった性格に影が落ち、人付き合いも少なくなった。彼は元から内向的で友達も少なかったのだが、彰人は特に気にすること無くこうして交友を続けている。
女っぽい顔をしている総一郎は同級生からからかいの対象になる事も多々あり、その都度彰人ともう一人の友人で庇っていた。彼がこの表情を浮かべている時は大抵ふさぎこんでいる事が多い。変に考えなくて良いことまで考えているだけだ。と彰人はこれまでの経験から勝手に予想していた。
「…‥どうした?」
そんな総一郎の様子を、さり気なく、気にしないそぶりで尋ねる。それは彰人なりの優しさだった。総一郎は一瞬言いにくそうに言葉に詰まった後、ゆっくりと言葉を絞り出すかのように口を開く。どんな言葉が出て来るのかと、彰人はぐっと身構えた。数秒の沈黙が流れた後、彼の口が開く。
「‥…彰人はさ、文香さんと付き合ってるけど、
一緒に帰らなくて良かったの?」
唐突に張り詰めた空気が抜け、思わずずっこけた。いや、実際にはこけてはいない。だが、その気の抜けた発言は彰人の心配や気遣いを壊すには充分だった。
「あのなぁ、総一郎。考えすぎた俺が馬鹿みたいじゃないか。」
笑いながら親友の顔を見る。彼は頬杖をついたまま悪戯っ子の様なにやけた笑みを浮かべていた。
「文香さんとは付き合ってるけど‥‥その、なんだ。まだそんな関係じゃない。」
「でも彼女の方から告白したんでしょ。彰人はどうなのさ。気持ち的に。やっぱり嬉しかった?」
「文香さんはいい娘だよ。優しいし。のんびりしてるし。……顔も、まあ、可愛いし。ちょっとマイペースな所はあるけどな。」
「だがそこがいい?」
まぁな。と彰人も彼と同じく窓枠に手を掛け頬杖をつきながら照れ臭そうに返事をした。その手が震えていたのを総一郎は見逃さなかったが、あえて追求はしない。
「どうも恋愛は苦手だ。何だ……女子を目の前にすると上手く話せなくなる。」
彰人はこれと言った恋愛経験がないまま、悶々とした欲望を抱えた日々を送る高校生の一人だった。そんな彼が天音文香という気の優しい少女と付き合えたのは、宝くじに当たるくらいの僥倖といえよう。
「僕も。だけど羨ましいよ。」
同じく頬杖をついたまま羨ましがる総一郎。彼もまた純粋な男子であり、恋愛にはやや臆病なところがあった。彼も昔から女子からの人気はあるのだが、本人が気づいていないというパターンだった。
そんな軽口を叩く二人を乗せた夕暮れ時のバスは、それぞれの帰路へと向かう。明日はどんな事をしようか。若い二人は期待に胸を膨らませていた。
第2話に続く
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