『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ 作:ビルダー林檎
「未来さん……!」
思考がまとまらず、思わず口走る。遠野未来。ガンプラバトル世界大会優勝者にして伝説とも呼ばれたビルダー。天から二物の才能を与えられた男と評された。その名の通り、「未来を創る男」としてガンプラの世界に彼ありと言われる優秀な人物だった。ある日彼はイルミナカンパニーで行われた実験の際、突如意識を失ったとマスコミに報道されてからは姿を現さなかった。
「まさか……貴方までここに来ていたなんて。いや、頭の片隅では想像はしていました。」
冷や汗をかきながらも彰人は目を瞑った。薄々、彼が予想していた通りだった。ガンプラバトルの後、突然意識を失った男。隼人や彰人と同じ経緯を辿った未来。そんな彰人の思いとは裏腹に、彼の疑問に答えるかのように未来は口を開いた。
「そうだよ。久しぶりだね。数年振りかな?大きくなった……。少し声も低くなったね、彰人君。」
遠野はまるで数年ぶりに会う家族へ語りかけるかのように優しい声で話しかけて来た。この人を包み込むかの様な穏やかな雰囲気に、幼い頃の彰人は憧れ、父と同じ様に信頼を抱いた。
「……俺の質問に答えてください。貴方がここにいる。それはつまり、貴方は俺の……。いや、隼人達の敵なんですね。」
黒いガフラン。異世界から来たと揶揄されるモデラー達。そして黒国のあの男。未来がこの世界にいるという確信に至るには充分と言えよう。
考えたくは無かった最悪のシナリオ。そうであっては欲しく無いという期待を込め、彰人は言葉を発する。
「察しが良くなったね。いい傾向だな。やはり君も――アリスタの適正を持つ者として適応しつつある様だ。」
見る者によって様々な光を写す瞳。世界を渡る瞳。異世界に至る”アリスタ”をその瞳に宿す者達の総称。それこそがプリズムの瞳。それは彰人だけでなく、未来も持っていた。
「……未来さん、聞かせてください。貴方はあのコロニーをどうするつもりですか?」
「もちろん落とすよ。」
未来はコロニーの方を向きながらさも当然の事のように冷たく言い放つ。彰人にはドラグーンの銃口を向けたまま。その行動には明確な否定の意思が表れていた。
「何故……ですか。」
彰人は言葉を失う。この先の展開を想像したくは無かった。ぎゅっと操縦桿を握ったまま、未来を静かに見つめ答えを待つ。
「……見たまえ、あの世界の大陸を。此方の世界と彼方の世界は繋がっている。という事は、君達が居た大陸は?あの世界で国が点在出来るほどの広い大陸を持つ大陸は我々の世界ではどこにあると思う?」
「アフリカ大陸?いや、違う。ユーラシア大陸ですね。」
そう苦々しく呟く彰人の言葉に隼人がハッと気づく。その答えに満足すると、未来は尚も説明を続けた。
「そうだ。そしてこのコロニーはユーラシア大陸に落とす。コロニーの進路は既に定めておいた。中国にロシア、更に北朝鮮が国を構えるあの大陸にね。」
「まさか……。」
隼人が言葉を失う。恐らく想像がついたのだろう。
彰人は隼人を尻目に言葉を続けた。
「貴方はこのコロニーを落とす事で間接的に彼方の世界のユーラシア大陸に損害を与えるつもりなのですね。……此方の世界のコロニーは向こうでは隕石、人工衛星?とにかく理由は何でもいい。ユーラシア大陸に何かが起こる。そこに”ある国に打撃が与えられる何か”が。」
「ご名答。あのコロニーは我々日本人にとっては有益なんだよ。かつてのノストラダムスの大預言と呼ばれる事象がこの世界で実際にあったようにね。残念ながら前回は失敗に終わったが、今回はどうだ。何処の国にも責任を問われる事なく、ただ日本の敵対国が損害を受ける。素晴らしいと思わないか?」
やや芝居がかった様子で未来が語りかける。その自信に満ち溢れた態度は、今の彰人には不快に思えた。思たからこそ、言葉を未来に返す。
「……違います!それは……そんなことは……素晴らしくもなんともない!貴方は大事な事を見落としている!。」
「見落としだって?なら、君の考えを聞かせてもらおうか。」
そういうと、Hi-Sガンダムは動きを一旦止める。その意外な行動に一瞬彰人は戸惑ったが、ふと思い出した。懐かしい光景が頭をよぎる。未来は人の考えに耳を傾けられる人だった。昔からそうだった。未来のその態度に彰人は幼い頃、未来と遊んでいた時を思い出した。
「未来お兄ちゃん。お父さん。これは何?」
御台場にあるガンダムベースの展示場の中で、幼い頃の彰人がショーケースに華々しく飾られたプラモデルを指差した。瞳はらんらんと光り輝いている。
「彰人君。これはね、ガンダムというおもちゃだよ。……カッコいいだろう?」
学生服を着た高校生くらいの男、遠野未来が棚に飾らせたガンダムを手に取り、彰人にほらと手渡す。
「うん。とってもカッコいいです!」
ガンプラを受け取ると、目をキラキラと輝かせながら答える。どうやら気に入った様だ。その様子を見て少しだけ未来は微笑ましそうに笑った。
「はは、彰人もガンダムが好きになったのか。全く、男はみんな単純だなぁ。」
長身の男が嬉しそうに目を細める。白衣を着た男の名は神取貴明。彰人の父親だった。彰人と同じく赤色調の瞳をしている。貴明はよいしょと彰人を持ち上げると、多数のガンプラが飾られている棚を見せる。
「それで、彰人はどのガンプラが好きなんだ?」
数百体はあるだろうか。ガンダムにザクといったオーソドックスな機体に加えて、MSVなどの各作品のMSも展示されている。大人でもこの中から一つを選ぶのは難しいと思えたが、意外にも彰人はすぐに一体のMSを指差し、これが好きだと言う。
(まさかデルタガンダムとは。)
未来が値段を見るや否や腕を組み、うーんと頭を抱えた。デルタガンダムはHGの中でも良いお値段をするのだ。
「金色の機体が好きなんだな!父さんも好きだぞこの機体!変形するしな!」
「うん!飛行機の時もかっこいいよ!」
彰人が食いつく様にデルタガンダムを眺めている。本当に好きになったんだなぁ。と未来の顔に改めて笑みが浮かんだ。
「貴明さん。これ、買いましょうか僕。」
未来が財布を見ながら貴明に耳打ちする。
「ん?いやいや!息子の分は俺が買う!未来君は……。」
「いや、息子さんの人生初ガンプラを買う権利が僕は欲しいんです。」
「そうか……なら悪いな!」
本当に申し訳無さそうに貴明が答えるが、当の貴明も未来の贈りたい。という気持ちは分かっていた。何故なら貴明もまた重度のガンダムマニアだったからだ。
「ほら、未来に礼言えよ彰人!」
「うん。未来お兄ちゃん!!ありがとうございます!ぼく、がんばって作ります。」
彰人は未来に対し、ぺこりと頭を下げる。
それから数ヶ月もの時間をかけて、彰人はデルタガンダムを完成させた。8歳という幼い子供がパーツ数の多いHGのデルタガンダムを完成させたのも末恐ろしいが、その出来栄えもこれがまた悪くなかった。 数年後。ビルダーとしてもファイターとしても成長した彰人は悠々と地区予選大会を優勝し、日本代表となり、世界大会に出場を果たした。
世界大会でも彰人はエジプト・中国・フィンランド・イギリスといった強豪国を打ち破り、ついに決勝戦。相手はメイジン候補である遠野未来。憧れの遠野と戦えると知り嬉しがる彰人。本当に心の底からガンダムとガンプラが好きだったあの頃。その矢先の事だった。
一瞬、深呼吸をして気分を落ち着けた後、未来に説明する。
「まず始めに、中国からいきましょうか。あの国は日本と貿易を行っています。チャイナ・リスクはありますが、その収益は日本の貿易収支の約4割を占めています。中国に打撃を与える事は、防衛上は有益ですがそれでも長い目で見た場合、リスクが大きすぎます。」
「次にこの国が仮に損害を受けた場合、その損害を補填するために日本を侵攻する可能性は低くありません。一帯一路構想。仮に、日本を押さえた場合、日本海、太平洋、インド洋といった海産資源が得られるだけでなく、アメリカ侵攻の足がかりにも出来るからです。」
「更に原子力潜水艦だってあの国はある。加えて戦略核兵器を搭載可能な戦闘機、ミサイル発射兵器も開発中だと聞きます。僕らで言うフリーダムやGP02以上に脅威の兵器が、現実の世界では既に開発が進んでいます。」
「いや、そんな事よりも肝心なのは中国・ロシア・朝鮮・韓国にだってガンプラバトルが好きな仲間がいます。確かに思想や文化は違うのかも知れない。しかし同じガンダムを愛すその仲間を”殺す”のですか?いや、貴方は出来ないはずだ。だって貴方は……。」
優しい人の筈だ、という言葉は、伝えられなかった。だから、彰人はつらつらと持論を説く。彼なりに考え学んだ知識を総動員。現代史を根拠としたこれからの世界の防衛、貿易、技術の発展。
仮に彼がガンプラバトルのみにしか興味のない少年だったら、隼人の様にこの世界での知識しかない少年だったならば、未来に対し持論を展開させる事など到底不可能だった。
これらの知識を語る事が出来たのは、ガンプラバトルだけに拘らず現実の世界を堅実に生きて来た彼だからこそ出来た。彰人が一通り持論を捲し立てると、未来は拍手をしてその持論を讃える。
「彰人くん。いや凄いよ。君がここまで知識があるなんてね。正直ガンプラバトル好きのただの子供だと侮っていた。すまなかった。」
「……俺は馬鹿で、子供ですよ。ですが……技術情報部のみんなや……貴方がいたから変われたんです!」
「なるほど、それはいい傾向だね。だがそれはあくまで僕等の世界での過去の話。……こうとも考えられないか?あのコロニーが地球に落ちた場合、あれだけの質量が地球に落ちたのならばそれこそ世界が滅ぶ。滅びを迎えないためには各国が一つになり協力する必要があると。」
「新世界秩序による統一政府構想ですね。ですが……本気で信じているのですか?その方法では両方の世界で確実に大量の命が失われる。犠牲になる人が大多数を占めるはずだ。」
「だが苦しみはない。一瞬さ。コロニーの落下ならば一瞬で痛みも苦しみも無く消える。現実に蝕まれこのままゆっくりと確実に先細りする世界と、可能性は低くくとも変化せざるを得ない世界。何方がマシなのだろうね?」
共通の敵や目標があれば人々は協力しあうという関係も、悲しいが今日に至る歴史で証明されていることだった。人類の滅亡を防ぐためには協力せざるを得ない。それは石油や海産資源の確保などといった類の話ではない。手を取り合わなければ滅ぶ。単純な理屈だった。
しかしそれは個人が決める事では無い。決める権利など誰にも無い。あの優しかった未来は、そんな簡単なことすらも考えられ無くなってしまったのだろうか。彰人はかつて憧れた彼が変わってしまった事を悟り、一瞬うつむいた後に言葉を続ける。
「未来さん。現実は確かに不完全で、理不尽で、救い難く厳しい。貴方の指摘の通り、どちらの世界も何も変わらないのかも知れない。」
「だけどそれでも……俺は。」
力強く拳を握りしめ、目を瞑る。人が人に対して命を選別するという行為に納得など出来なかった。
「俺は貴方の考えには賛同できません。俺はもうこれ以上、誰かを喪う世界なんて嫌なんです。他人を犠牲にする事で得られる成長や発展に意味なんてありません。……人の命も、繋がりも、失ったら二度とは戻らない……!だから!」
これまでの数ヶ月の出来事が頭を過る。
総一郎との再開。エリックとのバトル。人形供養祭で見た炎の輝き。そしてーー文香の肌の温もりや唇の感触。それら全ての経験が彼の糧となり、その一つ一つ積み上げて来た思い出が彼に力を与えた。
「だから……俺は貴方と戦います!!」
「君は本当に変わったね。素晴らしいよ……なら、もはや言葉は不要だ。」
その言葉を皮切りに、遠野未来が彼の愛機であるHi-Sガンダムから蒼い光を放つビームサーベルを抜く。優し気な雰囲気は失われ、殺意を明確にする世界チャンピオンの機体。オルタナガンダムとの性能差は歴然だった。
ストライクフリーダムとHi-νガンダムをミキシングビルドした宇宙世紀、C.E世界に登場する最強の機体の組み合わせ。ビルダーとしての腕の差もガンプラの出来栄えも性能も、彰人が未来に勝るところは何一つ無い。
だがオルタナガンダムと彰人はその光に、未来の放つ殺意に屈しない。屈するものか。と彰人は決意していた。
――他人を犠牲にして得た未来なんて認めない。
遠野未来が持つ本来の優しさを取り戻さなければならない。彰人はオルタナガンダムの右手を上げムラサメガンダムを制止させると、隼人に冷静に語りかける。
「隼人。君は手を出すな。……コロニーの方を頼む。」
「了解しました。……兄さん。どうか御武運を。」
隼人のムラサメガンダムが可変し巡航形態になるとコロニーへと先行する。コロニーを内部から攻撃し壊すつもりなのだ。
「無駄な事を。もうコロニーの落下は始まっている。阻止臨界点はとうに超えている。無駄な足掻きだよ。」
「まだ終わっていません。いや――終わらせない!」
「貴方を倒してコロニーを破壊して……帰るんだ。みんなのところに!」
オルタナガンダムが腰部からそれぞれ羽々斬刀とビームサーベルを抜き携える。更にビームサーベルの出力は最大限に引き上げる。振り切れてもいい。
武装を構えると頭部のデュアル・アイが真紅に光輝く。まるで彼の怒りが体現したかの様だ。彰人は臨戦態勢を取り未来を力強く睨みつける。
正対する二機のガンダムが衛星軌道上を漂う。
「来なさい。昔みたいに遊んであげるよ。」
――最後の戦いが始まろうとしていた。
第22話に続く
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