『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ 作:ビルダー林檎
「僕の愛!受け取ってぇぇ!」
満身創痍のオルタナガンダムに黒い悪鬼ーーガンダムグレモリーが迫る。シールドも無く、右腕も無く唯一の武器であるビームサーベルもエネルギー残量は残りわずか。状況は絶望的だと言えた。
(こいつは……殺す!)
彰人は負けるなどとは少しも思わなかった。怒りが、殺意が、憎しみが彼とオルタナガンダムを強く動かしていた。ガンダムグレモリーが大きく振りかざした鎌を振り下ろす前にブースターで加速し体当たりを仕掛け、大きくよろめかせる。
大きくたたらを踏むガンダムグレモリーの隙を見逃さず左腕で殴りつける。何度も何度も、ボクサーのように殴り続けた結果アンテナをはじめ破損するガンダムグレモリーの頭部。だがその傷も瞬時に治っていく。やはりナノマクロファージ機能を有しているようだ。
「うふふふふ。無駄だよ彰人君。どんなに攻撃を重ねようと僕の機体には効かない。」
「ああ。だが”治ってくれて”嬉しいぜ。これで何度でも。」
いつもの彰人から想像もつかない。まるで猛禽類を思わせるかの様な、凶暴な顔つきだった。
「お前を殴れるからなぁ!!」
「……何っ!?」
オルタナガンダムが脚で大地を踏みしめ跳ぶ。そのままの勢いでガンダムグレモリーに接近し敵が反応できない速さで何度も殴り続ける。左フック、回し蹴り、頭突き。左手で体を掴み地面に引き倒し蹴り続ける。頭を蹴り壊し、腕を引きちぎり鎌を奪い、片手で持ち胴体に振り下ろし続ける。
その戦い方はもはやMSの戦闘ではない。さながら子供の喧嘩であった。
「なっ……!?うああああああぁぁぁ!」
黒の国のガンダムパイロット___柊は生まれて初めての恐怖に怯えていた。蹂躙しデータを奪い敵パイロットの恐怖に怯える顔を見るのが何よりもの生き甲斐だった柊。向こうの世界に行った弟を臆病者だと見下していたが、今は自分が目の前のこの機体に怯えている。
「何故だ!何故勝てない!反応が遅い!スペックも機体の状態もこっちが上のはずだっ!」
「教えてやるよ!お前はなぁっ!」
攻撃を続けながら彰人が叫ぶ。その叫びはこれまでの理不尽に対する怒り。命を奪われたもの達の呪詛が、怨念が執念が形となりそれが彰人の体を通して強烈なプレッシャーとして放たれていた。
「本来、遊びであるガンプラバトルを貶め命を玩具にしたからだ!正に因果応報!機体の性能に頼り切ったお前が!」
「俺に勝てるわけねぇだろうがぁぁぁっ!」
オルタナガンダムはガンダムグレモリーを持ち上げると背中から圧し折ろうとする。バックブリーカーが炸裂。機体がぎしぎしと悲鳴を上げ、ダメージに耐えきれずガンダムグレモリーの上半身と下半身が千切れ二つに分かれる。尚も再生しようと機体がびくびくと動くが、彰人は更に追撃を重ねる。
オルタナガンダムの各部の装甲がスライドし全身が夕焼け空の様に赤く光り輝く。いや、性格には違う。“燃えているのだ”
「システム “Overheat “起動っ!!」
そう叫ぶと同時にコックピット内で操作を行う。コンソールにOverHeatと文字が表示されオルタナガンダムの頭部に組み込まれたバイオセンサーが発動した。頭部のマスクが開き、その姿がまるで怒りの形相を思わせると同時にオルタナガンダムの全身から蒼い炎が吹き上げ燃え上がる。
蒼蓮の炎を纏ったオルタナガンダムが夕陽の様に美しく煌めき輝き辺りを照らしつける。見る者を失明させるほどの強すぎる光。
ーーオルタナガンダムの最終形態。だが、その大きすぎるエネルギーに機体が耐えられる筈が無い。太陽の様な高熱を発するあまり内部フレームが炎色反応で徐々に歪み始めるが、今の彰人には関係が無い。ある筈が無い。
「お前はここで終わりだぁぁぁ!!!」
ガンダムグレモリーを持ち上げ両足からブースターを噴射し空へ飛び上がる。飛び上がる中ガンダムグレモリーをコロニーの外壁に投げつける。コロニーの外壁が砕け宇宙へと飛び出る両機。それでもなお彰人の追撃は止まない。投げ飛ばしたガンダムグレモリーの上半身を片手で掴み機体から溢れ出す蒼い炎で燻す。再生機能があるとはいえ熱による苦痛は感じるだろう。そのままあらん限りの力を込めた。オルタナガンダムの左腕が光輝く。
「ここから消えちまえぇぇぇぇ!!」
力の限り叫ぶとオルタナガンダムの左手が高熱の余り大きく膨らみーー爆ぜた。ガンダムグレモリーを掴んだままの左腕が本体から勢い良く切り離されそのまま柊の機体を押し出す。押し出し続けたまま、速度を増していく。
「と、止まらない!止まらないよぉぉぉぉ!」
後方で赤々と燃え上がる太陽へとガンダムグレモリーが押され続ける。下半身がちぎれ飛んだ為、ブースターもAMBACも使えない。正に絶望的だった。 再生能力を有していたとしても、全てを無に還す太陽の熱にガンダムグレゴリーが呑まれ、焼かれていく。
「あっっ!?熱い!嘘だろ!?熱いよぉぉぉぉ!彰人ぉぉぉ!僕は!お前は!ぼくのぉぉぉ!」
太陽に呑まれたガンダムグレモリーが再生しつつもゆっくりと溶解していく。恐らく、完全に溶けきるまでは苦痛を味わい続けるのだろう。
向こうの世界に干渉し続けた男の、戦争を楽しみ殺戮を繰り返したこの世界の柊の最期だった。
「終わったか……。」
彰人がそう呟くと、役目を終えたオルタナガンダムがゆっくりと灰色のディアクティブモードに姿を変える。更に後方で爆発による衝撃が走り、機体を揺らす。どうやらHi-Sガンダムの自爆によるコロニーの崩壊が始まった様だ。
(隼人、未来さん……。)
彰人は心の中で礼を、散っていった者達に最大限の敬意を払った。ーー彼はまだ生きなければならない。恩人や友人がいなくなった現実の世界を。
感傷に浸りきる前に彰人はオルタナガンダムのスラスターで惑星近くに移動する。このまま惑星の引力に引かれれば降りられる計算だ。
(頼みの可変機構は無いがやるしか無い……!)
彰人はスラスターを器用に使いオルタナガンダムの大気圏突入角度を合わせる。すると、視界の隅に偶然赤い機体——ムラサメガンダムが見えた。爆発により両手両脚がちぎれ、各部もぼろぼろだが、かろうじて原型は残っている。
(お前も帰りたいんだよな。……一緒に帰ろうぜ。)
紅龍が宇宙と大陸の狭間をゆらゆらと漂っている。この大陸を守る為に戦い続けた隼人のムラサメガンダム。その機体が眠りについた幼子のように揺られていた。そこにオルタナガンダムがスラスターを吹かし近づくと、後ろからムラサメガンダムを優しく抱き抱える。
一機なら大気圏突入は無謀でも、二機の耐久力を合わせれば可能かもしれない。いや出来るという根拠の無い確信があった。彰人はオルタナガンダムの脚部を畳み、少しでも空気抵抗を抑える。
惑星の引力に引かれながら大気圏突入を図る二機のガンダム。空力加熱により機体の各所から悲鳴が上がる。フレームが軋みぎしぎしと嫌な音を立てながらも惑星の空をゆっくりと降下し続ける。
「もう少しだ。あと少しで……!」
彰人は独り言を呟きながら空を眺める。上空では幾多ものコロニーの破片が大気に焼かれていく。まるで流星のようだ。真下には真っ赤な荒野が広がる。しかし見とれている暇はない。彰人はコックピット内の計器類を注意深く眺めながら突入角度を調整する。例えるならばブレーキの無い車で急勾配を下るようなものだ。一歩間違えば大破は免れない。大気に抱かれながら落下し続ける。
その頃、大陸では各国の国民がコロニーの破片を眺め、喜びに満ちていた。破滅論を唱えていたもののどこか心の奥底では死ぬ事を恐れていた者。仕事をしていた者、友と遊んでいた者、愛するものと過ごしていた者。それぞれ境遇は違えど死滅を免れた、という点では喜ぶ者が多数を占めた。例えどんなに辛い世界だとしても、人は生きていたいのだ。
白国ではマスドライバーでの戦闘を終えたカイネと沙雪が旗艦ニュークリアスの中で休息を取っていた。艦内は戦闘後の興奮も冷め、穏やかな時間が流れる。
(やったのか……彰人。)
椅子に座ったまま窓から空を眺めながら沙雪が心の中で呟く。月明かりに照らされながら落下するコロニーの破片。その一つ一つがキラキラと光り輝く。その光景を見て確信したその時、向こうから白国の少年が歩いてくる。
「サユキさん……でしたっけ?ありがとうございました。おかけで助かりました。」
てくてくと歩いてきたカイネが沙雪の前で立ち止まり、丁寧に頭を下げた。彼が沙雪を見つめる瞳には尊敬の念が込められていた。
「いや、私は……。」
沙雪は最後にそういいかけて再度窓から外を眺めた。何も無い荒野の上空に星々の瞬きが見える。
ニュークリアスが赤国に向けて静かに夜空を飛び続ける。
その頃赤の国では、フランが城のバルコニーで1人黄昏ていた。そのたたずまいは空へ向かった隼人を案じているかのように暗い。穏やかな夜風がフランの髪を撫でる。
(……ハヤト様。)
心配そうに空を眺める。夜空では星がちかちかと輝いている。あの輝やきの中で2人は戦っているのだとフランは確信していた。この赤国だけに限らない。この大陸全ての命を守るために。フランには、ただ隼人の安否を祈ることしか出来なかった。その身を慈しむように夜風が彼女の柔らかな髪を撫でると、フランは気持ち良さげに瞼を閉じた。
(彰人……。)
文香が彰人が眠る病室の中で彰人の手を握る。大きくてごつごつとしていて、文香が大好きな彰人の手だ。眠り続けたせいで少し筋肉は落ちたものの、がっしりとした逞しく均整の取れた体。またあの手で触れてほしい。抱きしめて欲しい。起きて名前を呼んで欲しい。そう願いながら文香は病室で祈り続ける。その病室の外からは総一郎と雛美が心配そうに覗き込んでいた。
総一郎は部屋を覗き込むのをやめ、病院の窓から外を眺めた。空では非現実的な程に流れ星が幾度も落ち続け、幻想的な美しい光景が広がっている。
(あの流星……まさか?)
その光景を眺めていた総一郎は確信めいたものを心に抱く。その予感はーー正しかった。
その頃、大気圏内でまだ彰人は戦っていた。空力加熱に燻され続ける機体。失敗すれば確実に死亡する過酷な状況の中、機体を制御し続ける。
隼人のムラサメガンダムも熱に軋みをあげながら大気圏の摩擦熱に焼かれ装甲が剥げていく。次第にぼろぼろになる二機。数分がまるで数時間の様に感じる長い時を経て、ふっと機体からアラームが消える。どうやら大気圏を抜けた様だ。
(何とかバラバラになるのは避けられたか……だが。)
真下には赤の国の街明かりが見える。後はどう着陸するか、それが問題だった。既に機体のバランサーも狂いフレームがむき出した各部では着地の衝撃に耐えられるとは思えない。減速を試みるも機首にあたるシールドが無いせいで機体がふらつき安定しない。かと言って無理に減速すればバランスを失い真っ逆さまに落下するだろう。それは避けたかった。
(くっ……!ここまで来て打つ手なしか!どうする?)
彰人が諦めかけたその時だった。
暗闇の世界に、突如白い光が走る。
(ッ……!あれはニュークリアス!!)
彰人が気付くと同時にニュークリアスの後部ハッチから数機のMSが発進したのを確認した。
白鳥の様なMS——ペーネロペーが両翼を広げオルタナガンダムに近づいてくる。そのままオルタナガンダムをゆっくりと支え機体の速度を落としたと同時に姿勢制御ブースターでペーネロペーが微調整をかけた。
「全く、お前は本当に凄いやつだ。」
微調整をしながら、接触回線で沙雪が笑みを浮かべながら話しかけて来た。数時間ぶりに見る顔だが、まるで数日はたったかの様に思えた。懐かしい顔だ。
「沙雪!ありがとうな!助かった。」
彰人はモニターに映る沙雪の顔を眺めながら、礼を言った後にオルタナガンダムの脚部を展開させ着艦の準備を行う。
「礼を言うのは後だ。取り敢えず降りるぞ。」
「ああ。」
ゆっくりとニュークリアス上部に降りると、そのまま後部ハッチから中へと入り格納庫内部へと丁寧に機体を運ぶ。
「酷い有様だな。」
機体から降りた沙雪が格納庫内に立たされたオルタナガンダムを見て呟く。
「……激しい戦いだった。」
彰人もかつて無いほどに損壊した愛機を眺めながらそう答えた。この損壊具合から見積もると、もうオルタナガンダムは直せないだろうという予感が頭をよぎるが、不思議と後悔は無かった。
(オルタナガンダム、お疲れ様。今までありがとうな。)
役目を終えぼろぼろになった灰色の機体。父と自分の思い出が詰まった機体を眺め、労いの言葉をかける。
「彰人、そういえば……隼人はどうした。」
不意に、聞かれたく無い名が呼ばれ、思わず動揺する。その動揺が表情に表れたのか、その表情を読んだ沙雪が目を伏せ、顔を背けた。
「隼人は、あいつは……最後まで強かった。」
それでも、ゆっくりと言葉を口に出す。口に出すと同時に涙が出て来た。この世界で今まで戦ってきた隼人がいない。その事実に打ちのめされる。弟の様に可愛がっていた。向こうの世界で文香と会わせてやりたかった。どんなに自身の無力さを痛感したところでその願いが叶うことは無い。
「そうか……。」
その悲しみが沙雪にも伝わったのか、それ以上の追求は無かった。後悔と達成感に浸りつつ、ガンダムパイロットを乗せたニュークリアスが赤国へと飛び続ける。
コロニー落下阻止のニュースは、白国の伝令から数日間で各国へ伝わり、国民は歓喜の声を上げた。
人類の破滅という最悪のシナリオは回避したが、それに伴う犠牲は計り知れなかった。
第24話へ続く
好きなガンプラは?
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