※この作品はR-18です。

『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ   作:ビルダー林檎

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第24話『決意と別れ』

「隼人……!」

 

 

ニュークリアスの冷たい格納庫の中で、物言わぬ残骸と化したムラサメガンダムを眺めながら彰人は呟いた。いつも真面目で、でもどこか不器用な隼人を弟の様に可愛がっていた。再開できた時は本当に嬉しかった。

 

 

「お前……まだ……まだこれからだっただろ!フランも赤国も、お前を必要としているんだぞ!!」

 

 

 脳裏に隼人の笑顔がよぎる。震え声のまま嗚咽を漏らし続ける。彰人は悔しかった。隼人を守れなかった自分が、何よりも情けなかった。コロニーを壊せたとはいえど素直に喜べるはずがない。近い友人を失ったという現実を受け入れるにはあまりにも辛かった。

 

 

「彰人、あまり自分を責めるな。君はこの世界でやれる事をやったんだ。隼人だってそうだ。彼もこの世界の人を助ける為に……。」

 

 

 嗚咽を漏らし続ける彰人のそばに沙雪が近づく。

彼の心情を慮るように沙雪がフォローしようとするが、沙雪の言葉を遮るかの様に、彰人は手で沙雪を制止する。まるでもう喋るな。と言わんばかりの態度だ。彰人が久々に見せる拒絶に対し沙雪は一瞬驚き目を見開き、思わずかけるべき言葉を失った。

  沙雪自身もこの世界の事を詳しくは知らない。自分が部外者であることは百も承知だったが、ーーそれでも彰人の支えになりたいという考えが頭の片隅にあった。しかし、それを今の彰人に話しても通じないだろうということは、彼の従兄弟だからこそ分かっていた。

 

 

「もうすぐ赤国に着く。とにかく今は休んでくれ……難しいだろうがな。」

 

 

沙雪はかろうじて一言伝えると踵を返し部屋へと歩きだす。後ろからはああ、という彰人の弱弱しい生返事が虚しく響いた。

ニュークリアスが赤国に到着すると、カイネは彰人と沙雪の2人を出入り口から外へと案内する。

外の空気を吸うと、宇宙でのあのふわりとした無重力から解放されたという実感が湧いた。

 城下町では、沢山の赤の国の人々が彰人たちの凱旋を祝っていた。それはささやかではあったものの、この国の人々を守ったのだという感慨を与えるには十分だった。彰人は赤の国の人々に対して手を振り、せめて顔だけは笑顔を浮かべてみせる。それがこの世界の人々に対する誠意のつもりだった。だが彰人はこの世界の人々の命の重みを隼人ほど知らない。彼自身もこの世界ではあくまで部外者でしか無かった。

 この声援を受けるのは、本来赤国をこれまで守って来た隼人が相応しいのは一目瞭然だった。

 

 

(隼人、本来はお前が讃えられるべきだろ。)

 

 

 心の中で再度嘆く。彰人がぼんやりと滑走路を歩いていると、向こうからフランが走ってくるのが見えた。息を切らしながら、一生懸命に走る彼女の小さい姿を見ると、ちくりと心が痛んだ。

 

「はぁ、はぁ……皆様、ありがとうございます。コロニーの破壊が地上からも確認出来ました。」

 

 

「ああ。終わったんだ。」

 

 

「はい!本当に、本当にありがとうございます!

皆様はこの国にとっての英雄です!」

 

 

フランが満面の笑顔で彰人達を出迎える。辺りをきょろりと見渡しながら、

 

 

「……ところでハヤト様はどちらに?」

 

 

早く彼に会いたい。そんな年相応の少女の表情を浮かべるフランを眺めていると、本当にこの場に隼人がいたなら。と彰人は改めて後悔せざるを得なかった。

 

 

「フラン。落ち着いて聞いてほしい。」

「ああっ!あれはムラサメ!……ハヤト様!」

 

 

 フランがニュークリアスから外に運び出されたぼろぼろになったムラサメを見ると同時に駆け出す。

その必死な様子に、彰人も沙雪も声をかけるタイミングを逃した。彼女の後を慌てて追いかける二人だったが、フランは意外にも足が早かった。とても追いつけそうには無い。

 フランがムラサメのコックピットに近づき、ハッチを開けるのが見える。外装は熱と衝撃で歪んでいたが、意外にもすんなりとコックピットハッチは開いた。まるで最初からフランを招き入れるかのように。

 

 

「フラン!やめろ!見るなっ!!」

 

 

中に入ろうとする姿を見て彰人が叫ぶが、もう遅い。二人もムラサメに駆け寄るとコックピットに近づく。

 

 

「……!?」

 

 

 フランに遅れてムラサメの中を覗き込むと、そこには彰人が想像だにしていなかった光景が目に映った。

 

 

「隼人?生き……てるのか?そんな馬鹿な。」

 

 

 コックピットの中には、傷だらけになった隼人の姿があった。本来隼人がいるはずが無い。だが彼はシートに横たわり、その体にフランが涙を浮かべながら覆いかぶさっている。 見たところ服もぼろぼろだが、コックピットの中には自爆した際に本来あるはずの血も肉片も無い。馬鹿なと思った。

 

(あれだけの爆発で、何故?)

 

どう考えてもおかしい。あれだけの爆発なら機体もコックピットの中も無事では済まないはずだ。

 

——-まるで”再生“したかのような。

 

 

 そんな考えが彰人の頭をよぎる。彰人は目を瞑り落ち着いて思考を一つにまとめる。

 

 

(……機体はおろかパイロットすら修復する機能を持つターンAガンダムのナノスキンに加えてムラサメはSEEDの機体。)

 

 

(そしてーーC.Eのガンダムパイロットは自爆では死なないというジンクス……まさか、隼人。)

 

彰人は一つの結論を下した。

 

 

(お前もそのジンクスにあやかったのか?)

 

 

 恐る恐る隼人の頰に触れる。暖かい。この手のひらに伝わる感触と熱は確かに生きている人間の温もりだった。触れると同時に今までぴくりとも動かなかった隼人が瞼を開いた。

 

 

「ここは?僕は生きているのか?」

 

 

 瞼を開いた隼人は、起きたばかりで頭が回らないのか不思議そうに辺りを見渡す。

 

「騎士様……ハヤト様!!」

 

 

 貴方のおかげです。とフランが涙ながらに訴え隼人の体を強く抱きしめた。彼女の細腕が出来る最大限に力強い抱擁。

 

 

「こんなにぼろぼろになって……本当に貴方という人は……でも!でも!」

 

 

「生きていてくださって……ありがとうございます。」

 

 

 隼人の体を抱きしめたままのフランが、彼の耳にそう囁くのが彰人と沙雪にも聞こえた。その声にくすぐったそうに隼人が目を細め、フランを見つめる。見つめ合う二人。その目は主従という関係を超えた強い繋がりを感じさせた。

 お邪魔虫だと感じたのか、彰人と沙雪は互いに目配せしコックピットから離れた。

数時間後、華やかな雰囲気のまま夜を迎える城下町。コロニーの落下阻止成功の祭りが開かれていた。その祭りの喧騒の中を彰人達は歩く。

様々な品を取り扱う出店が街を賑わす。果物、肉、酒と物資の少ない赤国にとっては豪華な出品だった。人々が幸せそうに城上町をあるいている。

 この人達の命を自分は救ったのだと思うと、彰人は自分が誇らしくなった。以前隼人がこの世界に恋をした。という気持ちが今になって理解出来た。彰人は隣を歩く沙雪に問いかける。彼女は祭りの出店に気を取られていたのを一旦やめ、彰人の方を向いた。

 

「俺たち、”向こう”に帰れるのかな?」

 

「ああ、当然だ。帰れるさ。」

 

「だといいんだが……隼人はどうするだろうか。」

 

「彼はこの世界で生きるだろうな。」

 

「……だよな。」

 

「彼はこの世界に必要だ。何より、あの子にとってもな。」

 

 そうやって二人で会話をしながら歩いていると、向こうにフランと隼人の姿が見えた。隼人は傷一つない身体で元気そうに見える。服も着替えていた。二人の楽しそうな、そして心から幸せそうな様子で歩く姿を見ていると、彰人は複雑な心境になった。

 

(文香に会わせてやれないだろうか。)

 

 隼人がこの世界で居場所を見つけたのは嬉しい。だが心の何処かで彰人は二人の再開を願っていた。

弟の帰りを待つ文香を慰めてあげたかった。そんな事を考えていたら、隼人が彰人達に気づいたのか笑顔のまま手を振りながら此方へとやって来る。

 

「彰人さん!沙雪さん!探しましたよ。」

 

「お二人には、お見苦しい所を見せて申し訳ございません。」

 

 隼人の隣でフランが少しだけ恥じらうかのように顔を俯ける。昼の様子を見られたのが恥ずかしかったのだろうか。その仕草を愛おしそうに見つめる隼人だが、フランはその視線には気付いていないようだ。

 

「大丈夫だ。隼人、フラン。色々あったけど、作戦が成功して良かったよ。本当に良かった。」

 

「……ここでは驚くことだらけだ。」

 

 彰人も沙雪も、隼人の活躍を喜ぶ。それと同時にどうしても拭いきれない考えが頭をよぎる。

 

「隼人、今暇か?二人で少し……話さないか。」

 

 その想像を再度確認するために、彰人が隼人に問いかける。いいですよ。という隼人の返事を機に二人で歩き出す。

 

「フラン。ちょっと大事な話があるから、隼人借りるな。」

 

後ろを振り向き、フランに一応の断りを入れる。

 

「はい……いえ、私に断りを入れる必要はございませんが。」

 

「フラン君、私もこの世界の事を知りたい。彰人達の話が終わるまで付き合わないか?」

 

隼人を取られたフランがやや複雑そうな様子を見せる中、沙雪が助け船を出した。人嫌いな印象があった彼女の気遣いに彰人は一瞬驚くが、今はありがたかった。

フランを沙雪に任せ、彰人と隼人は城下町を歩いた後、郊外に来ていた。備え付けられた長椅子に座る二人。その二人の顔を風が撫でる。

 

「風が、気持ちいいな。」

 

「ええ。この時期は寒くも暑くも無い、本当に良い風が吹くんですよ。」

 

「……この世界の事、本当に詳しくなったんだな。なぁ隼人、唐突だけどお前に聞きたいことがあるんだ。話してもいいか。」

 

「はい。何でしょうか。」

 

真っ直ぐな視線を向ける隼人。その瞳は輝きに満ちており、この世界に生きる人間の瞳だった。

その瞳を見据えて、彰人は言葉を絞り出す。

 

「お前、元の世界に帰りたいと思ったことは無いか?」

 

隼人の態度を見ていれば聞かずとも分かる質問。愚問とも言えたが、隼人は一蹴せず考え込む。その仕草には彼の誠実な人柄がにじみ出ていた。隼人が、悩んだ後に答えを出す。

 

「無いといえば、嘘になりますね。」

 

「だったら……!」

 

「彰人兄さんは、この世界が好きではありませんか?……僕は好きです。」

 

隼人が言葉を続ける。

「確かに、元の世界は平和で食べ物も生きるために必要なものも当たり前のようにあります。この世界では実現出来ない事も向こうでは出来ます。……この世界は彰人さんの目には不毛に映るのかも知れません。」

 

「……それでも僕はこの世界が好きです。フランや仲間達が命をかけて守った世界だから。僕にとってはここが守りたい世界だから。というのは、理由にはなりませんか?」

 

ーー隼人がこれまでの4年間で出した結論だった。

 

「姉さんには手紙を書きます。彰人兄さんには、僕の事を伝えて欲しいんです。僕がここで生きる理由を。姉さんは少し変わった所がありますけど、優しくしてあげて下さい。」

 

一息にそういい終わると、隼人は椅子から立ち上がる。立ち上がるとはにかんだ笑顔を彰人に見せた。その笑顔は幼い頃に遊んだ隼人の笑顔だったが、かつてと違うのはその顔に責任と覚悟が混じり刻まれていた。この世界で生きるという覚悟が。

 それは彰人にも理解出来た。だが改めて言葉で伝えられ理解出来たからこそ彰人はそれ以上の追求はやめた。隼人が此方の世界で生きる覚悟を尊重するべきだと思ったからだった。

 

「分かった。隼人……お前はすごいよ。」

 

素直な気持ちを言葉に表す。隼人もその答えを聞けて思わず嬉しそうに目を細める。

 

「彰人さんほどじゃ無いですよ。彰人さんも向こうの世界で生きてください……姉さんをどうかよろしくお願いします。もしも泣かせたら、彰人さんでも許しませんから。」

 

その眩しい笑顔を目に焼き付けた。彰人はここで別れたら、もう隼人と会う事は無いのだと直感した。

 

(世界は違っても互いの現実を生きること。それが大事なんだな。)

 

隼人の言葉を聞いて、彰人の中でも覚悟が決まる。彼にも、もう迷いはなかった。

次の日、赤国の城内で各国のガンダムパイロット達が一堂に会していた。カイネや小狼も本来は任務があったのだが今日彰人達が帰る事を知り、赤の国に遠くからわざわざ来たのだ。

 

「折角面白い奴が居ると思ったら、もう帰っちまうのか。」

 

小狼が頭をかきながら優しい声で話す。どうやら、コロニーの一件から、本当の仲間として認めてもらったようだ。沙雪の方をチラチラと見ながら話をするのが気になるが、あえて深くは追求しない。

 

(ちょっと面倒。と思うのは悪いだろうか。)

 

沙雪は小狼の好意を嫌がりはしないものの、少し面倒だと思うのも事実だった。その様子を知ってか知らずか、次にカイネがのんびりとした声で話す。

 

「アキトさん。サユキさん。今までありがとうございました。僕も白国の王子として頑張ります。」

 

カイネはこの数日間で少し背が伸びたように見えた。何にせよ、カイネが今後白の国にとって未来を背負っていく重要な人物になるだろうという事は想像に難く無い。その自覚がこの数日でできたのか、それは判断ができないが、泣き言を訴える少年には見えなくなっていたのは事実だった。

 

「二人ともありがとう。短い間だったが、俺も二人とも一緒に戦えて光栄だった。」

 

彰人は二人と握手をする。握手という文化がこの二国にあったのかは定かでは無いが、どうやらニュアンスは伝わったようだ。

 

「私からも一言、言わせてくれ。」

 

 

沙雪が男同士の友情に割って入るかのように言葉を発する。

 

「私がここに来たのは偶然に近い。だが、こうして共に戦えたのを嬉しく思う。」

 

あの人嫌いで、こうした場でも話す事が無かった沙雪がこうして喋るのは意外だったが、何か変わるだけのきっかけがあったのだろうかと彰人は考えた。

あの頑なな沙雪を柔らかくした人物ーーそこまで考えて、ある答えを予想したが、それを確認するのは向こうに帰ってからになるだろう。

 

「小狼。君のことは……すまないが。」

 

「それ以上言うな。分かってる……だが、それでも俺はお前を愛している。この気持ちが変わる事はない。」

 

真剣な眼差しで沙雪を見つめる小狼にはある種の美学を感じざるをえなかった。最初の頃は粗野な男だと思っていたが、知れば知るほど彰人は小狼の事を気に入っていった。

 

(俺も帰ったら、きちんと自分の言葉で伝えないとな。)

 

小狼は表現が不器用だからこそ、素直に伝える事をあえて選んでいるように見えた。

 

「彰人様、そろそろお時間が。」

 

フランが長引きそうな会話に釘を刺す。彼女には事前に元の世界に帰る方法を沙雪から伝えている。勿論、異世界という情報はフランにのみ伝えていた。彼女も最初は信じなかったが、彰人と沙雪の”ガンダム”やプラフスキー粒子。そして何より隼人の事を説明すると、合点がいった様だ。

 

「既に準備は済ませてあります。後はお二人の話を信じるしかありませんわ。」

 

フランに促され、城内から外にある滑走路へと向かう。沙雪が総一郎から伝えられた方法は、意外にも単純なものだった。

プラフスキー装置を向こうの世界で起動させると同時に、沙雪の持つサイコデバイスを同期させる。

後は適正を持つ人間の意識が肉体という”座標”を通じて世界を渡るそうだ。サイコデバイス以外には、ガンプラという”器”が更に必要であり、今回は大破したオルタナガンダムの代わりにペーネロペーを使用する。白く翼が生えた美しいペーネロペーの姿は渡り鳥を彷彿とさせた。

 

「隼人、本当にありがとう。お前がいなかったら、作戦は完遂できなかった。世界を救ったのはお前だ。」

 

「僕は、僕にできる事をしたまでですよ。」

 

そう言って互いに向かい合う。思えば長い旅だった。隼人が生きていたことも驚きだったが、恩人であった未来を倒しその結果として二つの世界を救えた。という事実も、彰人を一回り成長させるには十分だった。

感傷に浸っていると後ろから歩いてきた沙雪が最早慣れた様子でペーネロペーのコックピットハッチを開き、中に入れと彰人を手招きする。

 

「名残惜しいが、そろそろ時間だ。」

 

隼人の目を見据えながら、彰人は言う。

「はい。本当にありがとうございました。手紙も、どうかよろしくお願いします。」

隼人も彰人の目を見つめながら答えた。

ーープリズムの様に澄んだ瞳。ガンダムに憧れた男。そんな純粋な心の持ち主の瞳だった。

 最後に二人は思い切り強い握手を交わした後、彰人はコックピットの中へと入る。もういいのか。という沙雪の言葉に軽く返事をしペーネロペーを空へと飛翔させる。

 夕焼けの空に、白鳥が羽ばたく。機体の各部からプラフスキー粒子を発し、更にサイコデバイスを起動させる。蒼い光が辺りを優しく照らす中、彰人は彼方の世界への帰還を願うと同時に、隼人の行く末を案じていた。

 

(どうか、幸せになってくれ。)

 

 

彰人は最後まで、後ろを振り向かなかった。

 ペーネロペーが空の彼方へ消えるのを見届けたガンダムパイロット達。小狼とカイネが何が起きたのか理解できずあっけに取られている中、隼人とフランは将来を考えていた。

 

「お兄様、行ってしまいましたね。」

 

フランが目を細めながら話す。

 

「ああ。最後まで、強い人だったな。」

 

「ええ。ハヤト様が憧れたのも理解出来ます。」

 

「僕も彰人兄さんみたいに、みんなを引っ張れたらいいんだが。」

 

「……ハヤト様なら、出来ます。」

 

 フランが覚悟を決めたかの様に両手を組みながら隼人に微笑む。

 

「私も、最後まで貴方のそばにいます。」

 

 隼人の目を見つめながら強くはっきりと答えた。

その言葉には多数の意味が込められていたが、隼人がその意味を理解するのは、まだ先の話になりそうだ。

 

「うん。これからも宜しく。フラン。」

 

 

その言葉と共に天音隼人は将来を決めた。

彼等の長い長い戦いは、これから始まるのだ。

 プラフスキー粒子の蒼い光が唐突に消え、辺りが暗黒に包まれる。必死で手を伸ばすが、何も触れる感触は無い。まるで暗い夜の海に突然放り出されたかの様な猛烈な不安と恐怖が彰人を襲う。

 

(ここは?まさか失敗したのか?)

 

 周囲を見回すも、手がかりも何も無い。沙雪の姿も、ペーネロペーのコンソールも見当たらない。

 

「沙雪!?一体どうしたんだ?」

 

 暗闇に彰人の声が響いた。だが返事は無い。

時間も空間も全てが暗黒に支配される中で、彰人はひたすら手掛かりを探す。向こうの世界に帰る何かを。すると、彰人の頭上から一筋の光が降りてきた。その光に近づき手を触れる。暖かく、柔らかい熱を持った光。彰人はこの温もりに覚えがあった。

 

(この感触と温もりはまさか……。)

 

 エリックと喧嘩した日、供養祭で触れた温もり、そして初めて結ばれた時の柔らかな感触。男には無い触れるだけで安心する肌の柔らかさと暖かさ。この感触を、彰人は知っていた。懐かしさのあまり涙が出ると同時に、その光に手を伸ばした。

 瞬間、暗闇が晴れ光が辺り一面を照らし出す。

天照の様な光の奔流に包まれ、あまりの眩しさに瞳を閉じた。

 

「文香……?」

 

 目を開くと、そこには見覚えのある世界が広がっていた。白く清潔な部屋だ。恐らく病室だろう。辺りを見渡す前に、彰人は手に温もりを感じていた。

その温もりに顔を向ける。

 

「彰人くん……おはよう……!おかえり……なさい!」

 

 文香が彰人の顔を覗き込んでいる。文香の目からは涙が流れ、流れ落ちた涙が彰人の頬を濡らす。

 

「文香……俺は……。」

 

 寝たきりの体でうまく動かせないが、それでも文香に手を伸ばした。伸ばした手が優しく包まれる。

 

「帰って来たんだよ……また君に……会いに。」

 

 掠れた声を無理やり絞り出す。身体は相変わらず動かないが、それが何だと言うのか。彰人は両手を広げ文香の体を強く、強く抱きしめた。

 

(ああ……ここだ。ここが俺の生きる世界だ。帰ってこれたんだな。)

 

 彰人は文香の温もりを感じながら意識が途絶える。身体を無理に動かしすぎたのだ。力を無くした身体が彼女に寄りかかるが、文香も彰人の体をベッドに優しく横たえた。

 

「こんなに待たせるなんて……ばかじゃないの。本当に……心配したんだから。」

 

 すぅすぅと寝息を立てる彰人の横顔を見つめながら、文香は泣きながら笑った。文香が浮かべるその笑顔は、かつて彰人が求めた笑顔だった。

 

 

 

 

 

最終話に続く

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