※この作品はR-18です。

『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ   作:ビルダー林檎

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最終話『プリズムの瞳』

冬の寒さが僅かに残る3月。道路を覆っていた積雪が徐々に溶けていき、新潟市内でも各地で桜が咲き始めていた。春の匂いが花をくすぐる。冬が終わり春という新たな年の始まりが訪れる。それと同時に瞳を持つもの達の一つの旅が終わりを迎えようとしていた。

 

ーー3月の春、神取彰人は将来を考えていた。

 

「はい。それでは進路表を後ろから集めてくださいね。」

 

 彰人は柊先生が進路相談のために配布したプリントを集め眺めた。彰人達は春から高校3年生になる。進路を決めるにはやや遅かったが、彰人にとっては丁度良かった。”こちらの世界”で彰人が目覚めてから数週間が経っていためである。倒れてから数週間、この大事な時期の遅れを取り戻すための労力は相当なものがあったと後に彰人は総一郎達に語る。

 

目覚めてからも、色々なことがあったと彰人は振り返る。彼が目覚めたことを知り子供の様に泣きじゃくるエリックと文香を精一杯慰めたこと。母からももう帰ってこないのでは無いかと泣かれたこと。

そして何よりも、総一郎が自分のために奔走しサイコデバイスと柊先生の繋がりを教えてくれたこと。特に最後の話を知った時はとても驚いたのを覚えていた。

 

 先生は、向こうの世界で先生の半身を殺した事を特に気にしてはいなかった。というよりも、むしろ胸のつかえが取れたと感謝してくれた。

 今にして思えば単純な話ではあった。黒国を始めとした向こうの世界の異変に気付いた柊が、適性のある彰人を向こうの世界に送るために最初から計画していたのだという。というよりも、そもそも技術情報部を立ち上げた本来の目的も異世界へ渡る適性を持つ人間を探すためだった、というのだから彰人達はなお驚いた。

 

「そんなラノベみたいなことがあるのですか!?」

「ラノベも何も、君は経験したじゃありませんか。それが事実ですよ。」

 

柊は腹をかかえて心の底から楽しそうに笑っていた。本当に楽しそうな、彰人達が初めてみた柊の笑顔だった。

 

「いずれ、サイコデバイスが完成の暁には異世界へ渡る事も不可能では無くなるかも知れませんね。そうなれば、是非私も里帰りしたいものです。」

 

 懐かしそうに目を細めた後、また柊は笑った。ちなみに、エリックが総務院高校に留学して来たのは偶然だったのだそうだ。向こうは彰人に会いたいと来たのだが、これも柊にとってはチャンスだった。エリックをあてがい、ガンプラバトルを辞めかけていた彰人をガンプラバトルへ引き込むため、あえて泳がせていたのだと言う。

 

「ボクは彰人とまた戦えて良かった。父親の事を聞いた時、君には済まない事をしたと本当に反省したよ。」

 

 昼休み。エリックが教室の中で椅子に座り、牛乳を飲み申し訳なさそうな様子で彰人達にそう話した。

 

「また君が倒れたと聞いた時は焦ったサ。”色街”に繰り出していたのを予め知っていたのは不幸中の幸いだった。」

 

「ん?エリック。なんでお前がそんな事を知っていたんだ。まさか……?」

 

 本来自分と文香しか知らない情報を何故かエリックが持っていることを不審に思う彰人の後ろで、総一郎が飲みかけの牛乳を猛烈な勢いで吹き出した。視線でエリックに何言ってんだお前!と抗議する。その血相にエリックは慌てた。

 

「い、いや、偶然さ!文香君から連絡があったのさ!」

 

「ふーん。文香とお前って、連絡先交換してたんだ。いつの間に。彼氏の俺が知らないところで。」

 

彰人が察したかの様に冷たい表情を浮かべ、エリックを睨む。とても機嫌が悪い様に見えた。

 

「この……馬鹿野郎!!」

 

 総一郎がエリックの失態に耐えきれずインフィニットジャスティスを髣髴とさせる蹴り技をエリックに繰り出す。腹を蹴られ、後ろにくの字型のまま吹き飛ぶエリック。見事な回し蹴りだった。

 

「ごほぉぁっ!!そ、総一郎くん。暴力は……良くない。」

 

 蹴り飛ばされたエリックが悶絶しながらも総一郎に抗議した。背中を打ったのか、側から見てもかなり痛そうに見えた。

 

「この間投げ飛ばした礼だ。悪いか?」

「滅相もございません。」

 

いつの間に覚えたのか。床に頭をこすりつけ土下座の姿勢で謝り倒すエリック。

 

「あは、あは、あははははは!おかしい!あー!もう無理!あははは!!」

 

 土下座の姿勢で総一郎に謝るエリックの姿を見て、教室の隅から見ていた椿が笑い転げた。何ごとかとクラスメイト達が振り向くが、椿は笑うのをやめない。その様子を見て、彰人達も思い切り笑った。

 

エリックが笑った所をまたも総一郎に張り倒され、それに対し抗議したエリックが総一郎の股間を握る。

 

「おごぉぉぉぉぉぉ!!たまがぁぁぁぉぉ!!」

 

 

 総一郎は股間に備え付けられた天然の太陽炉を握られ悶絶する。側から見ても相当に痛そうだ。

 

「いいじゃん総一郎。どうせ使わないんだし。」

 

「使ってるよ!!!」

 

「「え?」」

 

「あ!!い、いや……。」

 

 総一郎が失言をした瞬間、教室の外から沙雪の大きなくしゃみが聞こえた。彰人とエリックと椿はまさかと思い総一郎の方を向く。顔を茹で蛸の様に真っ赤にした総一郎が、もじもじと恥ずかしげにしていた。何とも気持ち悪い様子だ。

 

「まさか、お前……!」

「”童貞卒業”おめでとう!!お兄ちゃん!」

 

 彰人達が衝撃の真実を目の当たりにする直前、教室にある意味でタイミングよく入ってきた雛美が彼の人に聞かれたくなかった痴態を叫んだ。

 

「馬鹿な!総一郎が?あのいるかいないか分からない陰キャ代表のあの桐谷が!?」

 

 

「嘘!私、桐谷君は絶対に童貞だと思ってた!」

 

 

「これじゃあ”陰”じゃなくて”淫”キャじゃねぇ

 

か!」

 

「何にしろおめでとう!おめでとう!!」

 

 ーー童貞卒業というパワーワードに教室がどよめく中、クラスメイト達も驚愕の表情で思い思いに彼を眺める。大スキャンダルだった。どちらかというとクラスの中ではおとなしい彼が、女性と関係を持った。という事実は周囲をざわめかせた。

 

「誰か!誰か助けてください!!」

 

 

総一郎が床に手をつき涙ながらに叫んだ。彼の心からの叫びだった。

 

「どうした総一郎!」

 

 総一郎の声を外で聞いたのか、沙雪が血相を変えて教室に飛び込んだ。だが、それは火に油を注ぐ結果となった。沙雪の姿を見て、またもや教室中がどよめく。

 

「おお。……こ、この方が。」

 

 

「黒髪ロングに黒タイツだと!……素晴らしい。」

 

 

「総一郎君の初めてを奪うなんて……!」

 

 

 教室の男子や女子達が息を飲む。沙雪が誰しも認める美少女だというのが、せめてもの総一郎の救いだった。

 

「お前、大人になったんだなぁ……。」

 

 

 彰人が腕で顔を覆いながら泣いている。心からの男泣きだった。彰人は友の成長に心底感激したと言わんばかりに泣き笑っている。

 

「あーあ。また僕か。ま、”彰人よりは”遅くなったけどね。」

 

 彰人の様子に対し。不貞腐れたかの様に総一郎が嘆く。彼は彰人を道連れにせんと爆弾発言をかました。一瞬の間を置いた後、彼が発した爆弾発言がクラスの空気という注がれた油に引火し、クラスターの様な連鎖反応を起こす。

 

「なん……だと?神取彰人も卒業していたのか?」

 

 

 口に手を当て、信じられないと言わんばかりにクラスメイトが驚いている。

 

「おいおい。まさか父親を亡くして落ち込んでた彰人がそんな不謹慎な事をするわけないだろう?冗談はよすんだ総一郎。」

 

「証拠なら……ここにある!」

 

 クラスメイト達の声に合わせるかの様に、エリックがある写真を取り出した。その写真は、彰人が2月にホテルへと入っていった姿だった。驚き慄くクラスメイト達。その姿をエリックは眺めていたが、後ろに猛烈な殺気をさっきから感じていた。後ろを振り向くとそこには全身から強烈なプレッシャーを放つ2人の姿があった。

 

「どうやら、マヌケは見つかった様だぜ。エリック。屋上へ行こうぜ、久々にキレちまったよ……。」

 

 

「どうもこの外国人はガンプラバトルの前にリアルバトルをお望みの様だね。」

 

 腕組みをする彰人と総一郎。それに対してエリックも構える。腕を大きく開き、鷲の翼の様に広げる。テレビで見た次元覇王流の構えだ。

 

「フフッ……雌雄を決する時が来たようだね。」

 

 構えをとりながらエリックが答える。臨戦体制のままま睨み合う両者。その瞳に一寸の曇り無し。

 

ーー祭りが始まろうとしていた。

 

「何を騒いでいるのですか?」

 

 突然、騒ぎを聞きつけた柊が教室の中に入る。何ごともなかったかのようにクラスメイト達は椅子に座っており、沙雪や雛美もいつのまにか姿を消していた。構えたまま固まる3人。

 

「君達3人は、放課後指導員室に来るように。」

 

ーー祭りは終わった。

 放課後、柊にしこたま叱られた3人がとぼとぼと新潟市内を歩いていた。部活も休みになり、エリックは父に電話で更に叱られ、総一郎は沙雪に叱られた。

とぼとぼと負け犬の様な3人が、ある場所へと足を運ぶ。その場所とは桐谷脳外科病院だった。中に入ると、総一郎が受付を済ませある部屋へと向かう。

 明るく清潔な病室の中に3人が探していた女子が居た。ベッドに横たわり、眠り続ける少年の横に立つ少女。彰人達はその少女に声をかけた。

 

「文香。学校終わったよ。」

「いろんな意味でね。」

「待たせて申し訳ないサ。」

 

 三馬鹿が文香に声をかける。振り向く文香。その目には、涙の跡がうっすらと残っていた。うっ。と思わず後ずさる三人。流石に先ほどのコミカルな雰囲気を引きずるのは躊躇われた。

 

「隼人は、どうなんだ?」

 

 

「うん。いつも通りだよ。心配してくれてありがとう。」

 

 彰人が文香を気遣う。文香の目を見つめたまま肩に手を触れ、そのままひしと抱きしめる。2人がいようが関係なかった。

 

「文香に、どうしても話さないといけないことがあるんだ。聞いてくれるかな?」

 

「うん。何かな。でも彰人、ちょっと恥ずかしいから離れて。2人が見てるから。」

 

 いきなり抱きしめられても困るのか、彰人を引き離すと、3人を部屋の隅に備え付けられたソファに座わせる。ソファのやや硬い感触に尻が痛むが、気にしない。要件は別にあるのだ。彰人は隼人から託された手紙を手にしていた。あの時あの世界で彼に託されたもの。彼が伝えたかったことがここに記されている。

 

「文香。もしも隼人が、ここでは無い別の世界にいると言ったら、信じてくれるか?」

 

「……え?急に何を言ってるの?」

 

 文香には異世界のことをまだ話していない。隼人の事があったからだった。文香に話を聞いてもらうにはタイミングが重要だった。

 

「信じてくれなくて良い。この手紙を読んでくれないか。」

 

 彰人はそう言って鞄から隼人の手紙を取り出し、文香に渡す。独特の便箋で綴られた手紙に、一瞬だけ文香は怪訝な顔をした。

 

「……分かった。読んでみるね。」

 

 文香が黙々と手紙を読む。読み続けるうちに、明らかに驚愕の表情を浮かべていた。

 

 

姉さんへ

姉さん。お久しぶりです。貴方とこうして手紙でやり取りするのは初めてですね。僕は貴方の弟の天音隼人です。今年で16歳になります。彰人さんから話は聞いているでしょうか。突然いなくなり、本当にごめんなさい。

 僕は今、姉さんの世界とは別の世界にいます。こちらの世界では元の世界とは大きく勝手が違いますが、仲間に支えられながら何とか楽しくそして元気に毎日を過ごしています。

 幼い頃、姉さんと一緒に食べた東洋堂の草餅の味が忘れられません。喉につまらせた餅を掃除機で吸われたのを僕は未だに覚えています。僕には今とても大事な人と、家があります。僕にとっては大切な居場所です。恐らく、姉さんの世界には戻れないかも知れません。だけど、どうか心配はしないでください。僕はどこにいても、姉さんの弟です。それだけは変わりません。どうか父さんや母さんにもよろしくお願いいたします。

天音隼人

 

 

 

「この字……隼人の字だ。でもどうして?何でこの手紙には隼人と私しか知らないことが書いてあるの?」

 

「文香。落ち着いて聞いてほしい。」

 

 動揺する彼女を彰人が優しく手を握り落ち着かせた。立ち上がろうとする文香だったが、落ち着いたのか再びソファに座る。彼女が気を落ち着かせようと、大きく深呼吸をした。

 

「隼人は、生きているんだ。ここではない別の世界で。」

 

「嘘?」

 

「嘘じゃない。」

 

「でも隼人はここにいるよ。」

 

「隼人は特殊なんだ。それも含めて説明したい。いいかな。」

 

「うん、大丈夫。ちゃんと最後まで聞くから。」

 

 彰人達は話し続けた。この世界とは別の世界で生きる隼人のことを。向こうの世界を平和にするために日々戦い、生きていたこと。共に戦う仲間がいたこと。

 

ーーそして、大事な女性がいたことを。

 

 全て話し終えると、文香の瞳から涙が一筋流れた。腕で目をこすり、これ以上泣かないように努める文香だったが、彰人が優しく彼女に触れると、堰を切ったように泣き出す。そのまま彰人は文香を抱きしめ、気の済むまで泣かせた。総一郎とエリックが空気を読んで病室から外へ出る。文香のことは彰人に任せておけば良い。2人は彰人を信頼している。

病室の廊下でエリックと総一郎が佇んでいた。廊下は少しだけ冷え、寒い。総一郎が自販機でホットコーヒーを買い、ほらとエリックに差し出す。ちょっとした気遣いだった。

 

「すまないね。」

 

 

「いいよ。これぐらい。それよりもエリック、彰人が目覚めて良かっただろ。」

 

 カシュ、とプルタブを開けコーヒーを飲む。舌に苦味と優しい温もりを感じ、体の硬さが取れるような気がした。エリックはコーヒーを飲みながら総一郎に向き、彼の本当に嬉しそうな表情を眺めながら答えた。

 

「ああ。そうだね。本当に良かったよ。彼がいないと、技術情報部は始まらないからね。」

 

「エリックは留学が終わったらどうするのさ。またイギリスに帰るの?」

 

 エリックはこれまでの付き合いの中で、人に興味がないと思っていた総一郎からの唐突な質問に、少しだけ面食らった。一瞬の沈黙の後に考えをまとめる。

 

「……ん。そうだな。ボクは帰るつもりでいるよ。ファミリーにも会いたいしね。」

 

「そっか。あと数ヶ月だけど、最後まで宜しくね。」

 

「君、少し変わったんじゃないかな?」

 

 エリックが不思議そうに総一郎を眺める。その視線には驚きと喜びが入り混じった不思議な眼の色をしていた。

 

「そうかな?」

 

「そうサ。会ったばかりの頃と比べて、明るくなった。」

 

「僕も彰人みたいに、変わろうって決めたからね。」

 

「……そうか。」

 

 エリックも総一郎から渡されたコーヒーを一口飲む。舌に感じる苦味が心地よかった。彼の気遣いを嬉しいと素直に思う事が出来た。二人で話していると、病室の中から彰人が顔を出す。どうやら話は終わったようだ。

 

「終わったの?」

 

 総一郎が彰人に尋ねると、彰人は無言で頷く。その様子を見ると上手くいったようだ。

 

「僕らでも最初は信じられなかったのにね。」

 

 総一郎がエリックを見て呟く。当初はエリックも目覚めた彰人から話を聞いた時は半信半疑だったのだが。まさか世界が二つあるなどとは。しかも、その異世界に行くための装置が開発中なんて。だがエリックは柊と総一郎の3人から話を聞き、信じるしかなかった。

 

「向こうに行けないかな。」

 

 

総一郎がぽつりと呟いた。

 

「……厳しいな。あの世界には、あの世界のルールがある。」

 

 彰人が少しだけ、俯いたまま話す。隼人のことやあの世界の行く末を考えているのだろうか。険しい彼の表情からはその胸中を窺い知ることは出来ない。

天音隼人があの世界でどう生きているのか。それは彰人の話からでしか知ることが出来なかったが、少なくとも平和では無い様だ。

 しかし天音隼人がいくらあの世界で生きていくという覚悟を決めていたとしても、遺されたこちらの世界の家族には辛すぎるのでは無いだろうかと総一郎は彼なりに考えていた。

 

「そういえば彰人、その話なんだけど……。」

 

 突然、総一郎が何かを思い出したかの様に彰人に話す。その話を聞いて、彰人は少しだけだが希望を持つことが出来た。

病院で2人と別れた後、彰人は夜風が吹く新潟の冬の道を1人歩いていく。春になっているとはいえまだまだ風は冷たいが、この寒さは慣れると心地よい。

突然彼は立ち止まり、1人思いに耽る。

 

(サイコデバイスか……またあの世界に行けるのなら俺は……本当の意味であいつを助けられるだろうか。)

 

 あの世界での日々が頭を過る。隼人やフランに加え小狼やカイネなど、彼等との戦いの日々を懐かしく感じていた。彼等は、あの戦いが続く世界を生きなければならない。ガンプラが戦争の道具としての役割しか果たさない世界。作ってバトルするという楽しみが無い世界。

 

(あの世界を戦いから解放出来るのなら、大事な人を失う残酷な世界を変えられるのなら。俺に出来ることがまだ何かあるのかも知れない。)

 

 別れたはずのあの世界に想いを馳せる。遠野未来の事も、あの人が最後に託したかったものの重みも確かにこの手に感じていた。

総一郎から参考にもらった、大学の案内を眺める。

 

ーー神取彰人は、将来を決めた。

 

それは1人の男としての責任の取り方だった。

始めたことは、終わらせなければならない。

 次の日、彰人は再び学校を訪れた。ネクタイを締め、襟を正し制服をきちんと着用している。鏡に映る自分の表情はまるで憑き物が落ちたかのようだ。服装をしっかり整えるのは彼の変わらない流儀だった。家を出て学校に向かう。

 通学路にはぽつりと土筆が生えており、春の訪れを感じさせた。学校では3年生達の卒業式の準備が始まっていた。準備をする中には彰人の見知った顔もちらほらといたため、軽い挨拶を済ませ教室に入る。

 

(来年の今頃は……卒業なんだな。なんか不思議な感じだぜ全く。)

 

 まだ一年という猶予はある。しかし、時が過ぎるのはあっという間だろう。学生のモラトリアムなど一時に過ぎない。教室に差し込む春の日差しが眩しい。その眩しさに、彰人はほんの少しだけ目を細めた。

 

「おはよう彰人。突然なんだけど……久々に部活、やろうよ。」

 

 教室に入るなり総一郎が話しかけてくる。学校に戻ってからというもの、彰人は部活動に暫く顔を出していなかった。勉強が忙しかったのに加え、料理同好会の文香も気がかりだったからだ。だが今はその心配は無い。

 

「いいね。久々の部活だな。放課後、よろしくな。」

 

「うん!今は一応僕が部長代理だから、鍵用意するね。」

 

「ああ、ありがとな。」

 

 放課後、彰人は技術情報部の部室の前に立つ。来るのは実に数週間程度だが、何故か懐かしく思えた。総一郎が持ってきた鍵で錠を開け中に入る。

誰かがクッキーを焼いたのだろうか、部室内に仄かに甘い香りが漂う。懐かしい部屋の匂いだ。部屋を見渡すと、GBAのVR用装置に加え新たに購入されたプラフスキー粒子発生装置が教室の隅にある。

 その中から、彰人はVR用のヘッドセットを手に取りおもむろに被った。そのままGBAの世界にアクセスする。GBAの懐かしい画面が目の前に展開し、思わず彰人はその懐かしさで胸が一杯になった。本当の意味でこちらの世界に帰ってきたのだという実感が湧いたのだ。

 

(ただいま、GBA。)

 

 同じくGBAにログインした総一郎が彰人に顔を向けた。一瞬、彼の体が輝き彼の新たな機体がGBAに立つ。黒と金で豪華に装飾された機体だ。シビュラブリッツガンダムによく似ているが、何処と無く違う。新たな彼の愛機だろうか。

 

「これが僕の新しいガンプラ!名付けてシビュラブリッツ ゴールドフレーム 改!……なんてね。」

 

 総一郎が満面の笑みを浮かべる。手に持つのは彼の新たな機体。ベースはシビュラブリッツだが、バックパックを始め各所にアストレイゴールドフレーム天ミナの要素が取り入れられていた。武装には沙雪の趣味だろうか。大太刀が握られている。

 

「中々、シックで良い機体じゃないか。」

 

 彰人は満足げに目を細めながら、画面に表示される機体一覧から、ある一体のガンプラを選んだ。彰人の身体が輝き、彼のガンプラがGBAに降り立つ。金と青を基調とした爽やかな色合いの機体。

 

「これが俺の新しいガンプラ!名付けて……。」

「ちょっと待ったぁ!!」

 

 言いかけていたところで、唐突に声が走る。この声には聞き覚えがあった。声の方に振り向く2人。

 

「ボク達を忘れて2人で楽しもうなんてね。本当に君達は水くさいのサ。」

 

 エリックをはじめとして、彼の後ろには文香、椿、雛美、沙雪などの見知った顔ぶれがGBAの世界に降り立っている。

 

「何で……みんなが。」

 

 総一郎が面食らっている。無理もなかった。沙雪が腕を組んでにやにや笑っている。

 

「この私以外はみんな技術情報部の一員なんだ。このGBAという世界に来ていてもおかしくは無いだろう?総一郎、君は私が放課後仕事をしている間にも、こんなに楽しそうな事をしていたのだな。」

 

 

「ち、違うんだ沙雪!」

 

 

「心配するな。今日は私も君の趣味を見てみたくて来たのだ。だからよろしく頼むぞ。」

 

そういうとまた沙雪はにっ。と笑った。総一郎が趣味の世界でも沙雪に主導権を握られるのは変わらない様だ。

 

(どんまい。)

 

彰人は心の中で親友に同情した。

 

「みんなでボードゲームで遊んだ時、楽しかったよね。だから今日はみんなでGBAで遊ばないかって、私がエリックさんに相談したんです。」

 

雛美が慣れないGBAの世界に戸惑いながらも話す。

総一郎が話すには、雛美はゲームをやったことが無いそうだ。

 

「今日は彰人が好きなガンダムの世界に私も来てみたの。意外と怖くないんだね。」

 

「まあ、ガンプラ以外は普通のMMOだからな。」

 

 彰人にとっては、文香がこの世界にいるのは新鮮に映った。リアルの世界でもGBAの世界でも、彼女の可愛さは変わらないなと彰人は改めて思っていた。

その表情を読まれたのか、総一郎がニヤついているのを彰人は見逃さなかった。刹那、彼の頭をヘッドロックする。

 

「じゃれつくのは後サ。今日のミッションは……!」

 

 

「いやエリック。技術情報部の部長はこの俺だ。」

 

エリックの言葉を遮り、彰人が主導権を握る。技術情報部部長としての誇りだった。彰人はすぅ、と一呼吸起き、言葉を発する。

 

「みんな!これより技術情報部はGBAでの活動を開始する!準備はいいか!」

 

 みんなが一斉に準備完了と知らせ、その言葉を合図に彰人達はガンプラを起動させる。なお、ガンプラは男女1組で乗ることにした。GBAという舞台で、彼等の新しいガンプラが空を駆ける。仮想空間だからこそ誰にも縛られない自由な世界。その世界はどこまでも広がっていた。

 

(ここが俺の生きる世界。)

 

 文香の横顔を眺める彰人の瞳がきらりと輝く。

その瞳の色は、まるでプリズムの様に綺麗だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「フラン!敵はどっちの方角だ!?」

異世界の真っさらに晴れた大空を、紅龍が駆ける。

 

「騎士様!北に3!南東に2!距離は……!!」

「了解!それさえ分かればっ!」

 

ーー紅龍、ムラサメガンダムは人型に変形すると、両手でライフルを構え敵を狙い撃つ。ライフルの弾に胴体を穿たれ、地上へと落下する敵機。技量の差は歴然としていた。

 

「騎士様!後ろです!」

 

 ニュークリアスからの回線越しにフランが叫ぶ。後方に迫るガフランがムラサメガンダムを切り裂こうとビームサーベルを展開する。

 

「させるかよっ!」

 

 そのムラサメガンダムを護るかのように、黒の機体ーーガンダムモナクが大太刀でガフランを袈裟斬りにした。二つに両断され爆発するガフラン。

 

「油断すんなッ!」

 

 大太刀を振り回し、再度構え直すと共に小狼が吠えた。

 

「助かった!すまない!……だが。」

 

 言い終わる前にムラサメガンダムが手に持ったビームサーベルで、ガフランのコックピットを貫く。沈黙する敵機体。

 

「行くぞ!まだ敵が残っている!」

 

「ハッ!!すぐに片付けてやるぜ!」

 

「二人とも!僕も忘れないで!行きますよ!」

 

 紅と青と白の機体が異世界の空を飛ぶ。この世界はまだまだ戦いが続きそうだ。

 

 

 鏡合わせの様に、二つの世界は営みを続けていく。2つの世界が交わる日はそう遠くないのかも知れない。だが今はそれぞれがそれぞれの現実を生きようと強く誓い、そして願う。二つの世界をプリズムの光が照らす。その煌めきは命が照らし出す光であり、未来という可能性が持つ光だった。

ーー未来は、ここから始まる。

 

 

 

 

 

 

プリズムの瞳 第一部 完

好きなガンプラは?

  • オルタナガンダム
  • シビュラブリッツ
  • シルベリアアストレイ シルバーフレーム
  • ペーネロペー
  • Reonガンダム
  • イージスアルケーガンダム
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