『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ 作:ビルダー林檎
Side Story 「遅咲きの春」
「はあ。」
放課後、僕は帰り道を歩きながらため息をついた。4月になって日が長くなったのもあってか、夕日が眩しい。僕は眩しさから逃れるためにうつむく。
「大丈夫か?」
溜息を聞かれたのか、沙雪が僕の顔を心配そうに覗き込んでくる。とても距離が近い。恋人になってからというもの、彼女は以前よりも距離を詰める様になった。
……彼女の白い肌とはっきりとした目鼻立ちは、とても綺麗だ。彼女の瞳を見つめるたびに思う。彰人が眠っていた時、僕の周りの全てがまた壊れてしまいそうになったあの日、沙雪の優しさに甘えてしまった時のことを。
臆病なくせに、弱いくせに、勢いに任せたまま行動してしまう無鉄砲さも僕は持ち合わせているのだと自覚させられた。
「随分と顔が赤いな……ふむ、少し休むとしよう。」
「いや、これは……。」
君のせいだよ。という言葉を僕はぐっと飲みこむ。沙雪と付き合いだしてからというもの、彼女にはどきどきさせられっぱなしだ。女子に免疫が付いたと思っていたのに。ようやく人との付き合いに自信がついてきたというのに、全くこの人は。と思考だけが先走るのを抑えながら僕は沙雪に言った。
「大丈夫。それにもうすぐ家に着くか……」
途中で言葉が途切れる。一瞬視界が暗く濁り、倒れそうになるのをぎりぎりのところで踏みとどまる。
「……総一郎!」
倒れそうになった僕を見て沙雪が血相を変えてこちらへ駆けてきた。
彼女の冷たい肌が体に触れて少し心地よい……なんて不謹慎な考えを頭から拭い去ると、また気分が少し悪くなってきた。
(駄目だ。ちょっとふらつく。)
3月に彰人が復帰してからというもの、彼と僕は大学進学に向けて必死に受験勉強に取り組んでいた。それこそ、ガンプラバトルなんてしている暇が無いくらいに。何よりも彰人は文系だと思っていたのに、急に理系の方面の大学に進路を変えたと聞いて、僕は驚いたと同時にあの出来事が彰人を変えてしまったのではないかと心配していた。
――異世界。言葉にすると馬鹿らしい。自分で調べるまで、現実にあるのだなんてと僕も疑っていた。
まあ、彰人なら大丈夫だろうとは思うけど、やはり勉強はしないといけないから、彰人と僕は受験勉強に取り組んでいる。かくいう僕も脳外科になる、なんて父さんと約束したものだから、それに沙雪との関係もしっかりしたいから……所謂一つのけじめとして勉強に毎日取り組んでいる。その疲れがこうして時々出てしまうこともある。
「駄目じゃないか!ちゃんと休まないと!」
「う、うん。ごめん沙雪。でも……やらないと。」
よろよろと歩こうとするが、やっぱり駄目だ。足腰に力が入らない。
「ほら、せっかくだから休んでいくといい。」
沙雪が僕の顔を見つめながら、神社の離れの方に僕を引っ張っていく。その手に引かれながら、僕はふらふらと離れに行くのだった。
「どうだ?少しは楽になったか?」
中で横になると、確かに疲れがすう……と引いていくのが自分でもわかる。離れの中にある座布団に体を横たえる僕。どうも少し眠ってしまったようだ。中はひんやりと冷たく、少しだけ寒さを覚えるが、後頭部に柔らかい感触が……感触?
「うわっ!」
「こらっ!急に動くな!」
びっくりした。沙雪の太ももが直に頭に触れている。俗にいう膝枕だ。制服のスカートから覗く健康的な太腿が妙に色っぽい。
(……なんて冷静に分析している場合じゃない!)
「ありがとう沙雪。体の具合もよくなったし、そろそろ……。」
「まて。」
「はい?」
恥ずかしさのあまり帰ろうとした僕の腕を沙雪が引っ張る。力が強い。彼女の常日頃の薙刀の稽古の成果が、否応なく僕の腕に発揮されている。振り解く事が出来ない。
「君は最近、私に構ってくれないな。」
「……そうかな。いや、沙雪の言うとおりだね。ごめん。」
「謝らないでくれ。私たちは付き合っているのだからな。君が勉強で大変なのも分かる、だが少しは相談してはくれないか?」
「……うん。」
確かに沙雪と付き合い始めてから1か月が経つ。それなのにあの日以来、肉体的な接触は持っていなかった。キスどまり。もちろんタイミングは何度かあった。僕の方からそれと無く求めた時もある。だけど沙雪の体の……女性の生理上の問題から先送りするうちに今に至っていた。彼女には悪いと思う。だけど勉強に集中しすぎるあまり性欲が沸いてこないというのも事実だった。
(駄目だな、こんなんじゃ。)
もう一歩踏み込むべきなのかも知れない。
「沙雪。」
「どうした?」
彼女の瞳が僕を見つめる。その意志の強さを感じさせる赤い瞳に僕は強く惹かれていた。僕にはない強さを持つ人。それでいて、母の面影を思わせる優しさを持つ人。
内心自問する、僕はこの人に嫌われたくないから一線を越えることを拒んでいたのではないかと、勇気が無かったから勢いで押し切ろうとしていたのではないかと。そんな自分の気弱さが心底嫌になる。
「僕は、君とそういうことが出来るほど立派な人間じゃない。」
「……藪から棒にどうした?」
「……君に、いや君だからこそ聞いてほしいことがあるんだ。」
僕は沙雪の透き通った瞳をまっすぐに見つめながら、言葉を探した。
「……総一郎?」
不思議そうな顔で沙雪が僕を眺める。この瞳に嘘はつけない。事実を明かして嫌われるもの怖い。だけど、僕が彼女と付き合うには、決して避けることは出来ないことだ。それは、父や妹にも誰にも明かせていない秘密、決して許されない僕の罪の意識。
「僕は……母さんを”見殺し”にした。」
「……!?」
沙雪の表情が一変する。無理もない。沙雪と僕の両親は知り合いだからだ。沙雪も僕の母に会ったことがある。母の死を深く聞かなかったのも、彼女の優しさだなんて事は知ってる。
「……僕の母さんの心臓が、昔から弱かったのは沙雪も知っているだろう?」
「詳しく、聞かせてくれ。」
――12年前、僕がまだ5歳だったころ。
「母と僕は一緒の布団で寝ていた。母さんは本当は病院に行かなければならなかったんだけど、僕があまりにもぐずるから、仕方なく一緒に寝てくれていたんだ。僕も母さんがいて安心だった……だけどね、その夜、狭心症の発作が来たんだ。」
話しながら彼女の顔を見る、表情が強張っているのがはっきり分かる。僕は言葉を続ける。
「本当ならすぐに救急車を呼ぶか薬を飲ませれば、母さんは助かったかもしれない……いや助かったんだ。僕は怖かった。痛みにのたうち回る母さんが、うめき声をあげながら苦しそうにする母さんが。」
沙雪が、目を瞑った。その行動に、僕の胸が締め付けられる。
「……僕は逃げたんだ。笑っちゃうよね?僕が臆病なせいで母さんは病院にも行けず、その時助けを呼べばなんてこともない症状で亡くなったんだ。」
「僕は、苦しむ母さんをほおっておいて自分はのうのうと寝ていたんだよ……次の日、母さんはこと切れていた。苦しそうに目を開きながら、胸を抑えたままで。父がその姿を見て慌てて救急車を呼ぶ間も、僕は何も出来なかった。」
「沙雪、君が好きだと言ってくれた男は……こんな奴なんだ。」
後半は涙声になりながら、僕は沙雪にすべて明かした。これも逃避かもしれない。自分だけ明かして、楽になりたいだけなのかも知れない。だけど、彼女と付き合うのに隠しておく事だけは出来なかった。
「……そうか。」
沙雪は腕を組みながら、瞑っていた目を開け僕の目をまっすぐ見つめている。その瞳が、怖い。すべてを見透かすかのようなその眼差しが、痛くて堪らない。
「君の考えは分かった。だがそれは……本当に君のせいなのか?」
「え?」
意外な言葉に思わず僕は固まる。何がなのだろうと疑問に思う僕に構わず彼女は言葉を続けた。
「私も君の母にお会いしたことがある。君に似てとても上品で、お優しい人だった。」
沙雪が静かに語り始める。僕は黙ってそれを聞くことにした。
「君はお母様を見殺しにしたと言うが、偶然が重なった事故ではないのか?」
「事故……?」
「君の身を案じて病院に行かなかったと判断したのもそうだが、そもそも……5歳の子供だった君に適切な対応を求める事自体が酷な話だ。」
沙雪が気の毒そうな目で僕を再度見つめる。それは哀れみじゃない。本当に他者を労わる時に浮かべる彼女の表情だった。沙雪は言葉をつづける。
「私は、君の社交不安障害の原因が分かったよ。総一郎……恐らくそれは罪悪感だ。君は母親を見殺しにしてしまったという強い罪悪感を覚えている。呪いの様にな。それが君を縛り付けている。」
「……僕のせいではないと?」
「一概には言えないかもしれないが、私には君が母を見殺しにしたとは思えないし、お母様が君を恨むとは思えない。」
沙雪が、僕に近づいてくる。僕は動けない。彼女の瞳に吸い込まれてしまったかのようだ。まるで人形になったかのように身動きが取れず、僕は彼女から目が離せなかった。
「私は……君のそういう情けないところも、隠さない強さも……好きだ。だから、今こうしてここに君と居る。」
沙雪が、僕の体を抱きしめる。ふんわりと、優しい感触と香りが僕の鼻をくすぐる。
「……沙雪。」
「君のせいじゃない。」
沙雪が僕の耳元で囁く。僕の所為じゃない。彼女のその言葉で、僕の心の中の霧が晴れていくかのようだった。目に涙が滲んできたが、そこまで情けないところは見せられまいと堪える。
「もう一度言う。お母さまが亡くなったのは、君のせいじゃない。」
「……!」
駄目だ。と思ったと同時に涙が溢れてくる。止めようと堪えるがダムが決壊したかのように涙が止まらない。
「全く……本当に君は情けないな。」
彼女に抱きしめられたまま、僕は泣いた。情けない姿だが、何故か彼女には見せてもいいと思えた。
ひとしきり泣いた後、僕は沙雪に抱き合ったまま沙雪の耳元で囁く。
「沙雪……今度の休みの日……しよう。」
僕の発言に部屋の中がしんと静まり返る。言ってしまった。言い切ってしまった。自分で言っておいてなんだが、恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。僕のその表情から意図を察したのか、一瞬沙雪は驚いた後、また表情を戻す。
「急にどうした。」
彼女は一瞬苦笑いを浮かべた後、下を向いた。
「その……僕たちは付き合ってるんだから。いや、違うな。」
違う。こんな後ろ向きで一般的なことじゃない。
それはもっとどろどろとした欲望。ガンプラバトルと同じくらいに強い欲求。僕は自身の感情を偽らず、素直に表現するべきなんだ。だから僕は。
「……僕は君とだからしたいんだ。君が好きだから。」
僕は頭の中で言葉を言いかえる。素直に、直球に、‘好きな人を抱きたい‘その欲求をストレートに沙雪にぶつける。嫌がられるかもしれない。変に思われるかもしれない。それでもいい。彼女の顔を眺める。
(この人に釣り合う人間になりたい。)
僕はこの時から、他人の顔色を窺って生きていくのは止めようと決めた。
「やっと言葉にしてくれたな。」
体を離すと、沙雪がほほ笑んだ。その笑みを見ていると、とても癒される。
「嬉しいよ。君のその言葉が聞けて。」
照れたように笑う彼女を見ると、かわいい。と思えた。この人を好きになって良かったと、そんな素直な感情が僕の心を包む。
「……あのさ、今日は。」
「ああ、今日はもう帰って休むといい。ちょっと寂しいけどな。」
「うん。そうする。だけどその前に。」
僕は沙雪にゆっくりと近づいて、もう一度彼女の体を強く、強く抱きしめる。柔らかい彼女の体の感触と僕に比べてひんやりした体温と、何よりとても。
「いいにおいがする。」
「急になんなんだ……全く。」
その言葉を聞きながら、彼女の体を抱きしめたまま彼女のにおいをかぐ。僕は女の子に免疫がない。僕はにおいに弱い。だから彼女のにおいが、温もりが、彼女の全てが愛おしいと思う。
「君が私のことを好きなのは分かったから、離れてくれないか。その……。」
彼女の言葉を聞いて思わず体を離した。良く見ると、沙雪も顔が赤くなっている。その様子を見ると僕も嬉しかった。
「ごめん。ちょっと調子に乗りすぎた?」
「そんなことは無い。むしろ君は私に対してそういうことをしなさすぎだ。」
「雛美とも話したが、本当に君は私のことが好きなのかちょっと不安だった。」
「……そ、それは、いや確かに僕が気弱すぎたのは自覚してるし悪いとも思っているし。」
「言い訳はいい。全く、私じゃなかったら愛想を尽かされていてもおかしくはないんだぞ。」
「申し訳ございません。」
「だから謝るな!そういう所だぞ。」
まずい。スイッチを入れてしまったかと後悔するころにはもう遅い。
「総一郎。ちょっと座れ。帰る前に君に言いたいことがまだある。」
「……はい。」
沙雪の剣幕に押され、しぶしぶとその場に正座する僕。ああ、さっきまでいい雰囲気だったのにと後悔しながら僕は沙雪のお説教を聞いた。
……僕が解放されたのは、もうすっかり日が沈んで暗くなったころだった。明日も学校があるから泊っていくわけにもいかず、しぶしぶと帰り道を歩く。
(彰人が時々言っていた、現実は救いがたいというセリフが身に染みるなぁ……。)
沙雪は怖いところもあるけど、クラスメイトから尻に敷かれていると噂されているけど、それでも僕は彼女の事が嫌いになれなかった。彼女の温もりと感触がまだ手に残っている。
(これって、惚れた弱みって奴だよね。)
新潟の春は暖かい。その暖かさと同じくらい僕は胸がほんのり暖かくなるのを感じていた。おそらくこれが人と関わる。ということなんだろうなと一人納得する。
(僕は君と出会えて良かった。)
雪が解け、春が始まる。遅咲きの春でも春が訪れることは良いことだ。未来はどうなるのか分からない。だけど、だからこそ、誰かと一緒に過ごせるのが嬉しいことなのだと、思う。僕は顔をにやけさせながら帰路を急いだ。
遅咲きの春 完
好きなガンプラは?
-
オルタナガンダム
-
シビュラブリッツ
-
シルベリアアストレイ シルバーフレーム
-
ペーネロペー
-
Reonガンダム
-
イージスアルケーガンダム