『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ 作:ビルダー林檎
最終章① 「総攻撃」
「黒国の総攻撃?」
____赤国、某日。
隼人が哨戒飛行から戻った後、黒国に潜ませた諜報員から報告を受けたのは、夕方になってからだった。
敵国のエースパイロットである遠野未来と柊という2人が葬りさられた事により、暫くの間この3カ国に対しての攻撃は以前よりも取られなくなっていた。その為、隼人も直接的な戦闘は少なく、ムラサメガンダムの修理に専念することが出来た。
ムラサメガンダムは、赤国内においてコロニーから国を救った救国の紅竜として畏怖されているらしい。というのは、隼人が復帰してから知らされた事であった。英雄と呼ばれるのが不服なわけでは無い。ただ、自分の力では無いにも関わらず、そう呼ばれるが少しだけ隼人の胸に引っかかっていた。
小狼、カイネ、フラン、そして彰人に沙雪。みんなの力が無ければ不可能だった。といよりも、隼人自身の力では黒国の柊には勝てなかった。その事実が突きつけられ、己の力不足を思い知らされる。
「……もっと強くならなければ。」
隼人は格納庫で整備されているムラサメガンダムを眺めながら、改めて決意を胸に秘める。ムラサメガンダムはあの戦い以降、武装をはじめとする全身が大破。今は青国や白国、さらに鹵獲した黒国のガフランからありあわせのパーツを装着している。規格もスラスターの位置もばらばら。かつての輝かしい愛機の姿とは似ても似つかない異様な姿に隼人は深いため息を付いた。
(まさに———-パッチワーク、だな。)
ムラサメガンダム、パッチワーク。格好はついたが、オリジナルの姿の時よりも性能は更に落ちているだろう。間に合わせのMSの基本性能などたかが知れている。
ムラサメガンダムにも限界が近づいている。後数回戦うのが限界だろうと隼人は判断せざるを得なかった。
念の為、アキサザメの改良プランも進めてはいるが、何しろ資材も人材も資金も、全てが不足していた。ビームライフルの量産化など夢のまた夢だった。
白国と青国との共同で開発した実弾ライフル。小狼のMSが何故か保有していた対艦ライフルを元に開発は進めていた。そのライフルは精度も良く、弾の調達も容易い。ガフラン程度の装甲ならば貫けるだろう。
「こっちが苦労してMSを造っても、敵はダース単位でMSを出してくるな……。」
思わず頭を抱える。戦闘は専ら隼人の分野とはいえ、MSの操縦訓練の計画やライフルの実地訓練。ビームライフルの威力が減衰するとされる雨の日以外での戦闘。慣れない事ばかりだった。
外交や内政といった業務にフランやその他の部下が明け暮れる中、隼人に甘えは許されない。だがやらなければならない。それは彼が1パイロットで居た時の方が余程、気軽ではあった。
「お疲れのようですね。ハヤト様。」
隼人に用があったのか、廊下から歩いて来たフランが声をかけた。はいと彼女から手渡された水を受け取る。
「ああ、フランか。ありがとう。」
水を受け取り、一口だけ飲む。疲れた身体に冷たい水が染み渡り、美味かった。渡したフランにも少しだけ疲労の色が見えたので、隼人は飲んだ水の容器を持ち、フランに尋ねた。
「フラン。君も疲れてるじゃないか。口は付けてしまったが……飲むか?」
「いえ……私は。お気になさらないで。」
一瞬動揺した後、フランは断った。その様子に一瞬疲れた頭は追いつかなかったが、さり気無くとんでも無いことをしてしまったと隼人は内心慌てた。
「あ!いや、その、なんだ。セクハラだったな……。こういうの。」
「セクハラ……とは?」
焦る隼人に対してフランは不思議そうに小首を傾げた。その小動物の様な仕草に少しだけ隼人が癒されたのは、彼の中だけの秘密だった。
あの戦い以降、フランとの距離が近くなった様な気がしていたからだ。隼人自身も、日に日に女らしくなっていくフランに戸惑いを覚えていた。これまでは大事な妹の様な存在だと思っていたのだが、それとはまた違った意味でフランの存在を感じ始めていた。
「いや何でもないさ。それよりも黒国の事なんだが。」
「はい。情報は確かな様です。青国と白国も同様に察知していると。」
「ああ、だが不思議だ。こうも情報が容易く手に入るとは……意図的に流しているのだろうか。」
「作為的な意図は感じます。ですが。」
「仮にその情報が事実なら、守りを更に固めなければならない。……他のみんなは?」
「皆、休んでいます。疲れているでしょうから。……ふふ。お優しいのですね。」
「優しい、か。」
そう呟くと、隼人は少しだけ俯いた。優しいとは言われたが、彼自身はそうは思っていなかった。
優しさは弱さの裏返しなのだと、非情になりきれない自分自身の甘さを自覚していた。だからフランの澄んだ瞳にその弱さが見透かされている様に感じて、つい黙ってしまう。
「……君も優しいよ。今日はもう疲れたろう。おやすみ。」
「はい。おやすみなさいませ。」
フランは丁寧に礼をした後、後ろを向いて去った。その後ろ姿はもう弱々しかったあの頃の彼女の姿では無い。
(みんな、変わっていくな。僕も……変わらなくては。)
隼人はフランがくれた水をまた少しだけ飲むと、また格納庫に向かった。ムラサメガンダムとアキサザメの装備の状態をこの目で確認したかったからだ。体は疲れてはいたが、何かしなければというどうしようも無い焦燥感に駆られていた。最後に残った少しばかりの水を飲み干す。喉を伝う水の冷たさが、心地よかった。
次の日、隼人はベッドから起きると同時に仕事に取り掛かる。
(もしも総攻撃が計画されているのなら、あの2人とも話し合わなければならないな。)
隼人はまだ眠い目を擦りながら、部屋を抜け会議室に向かった。今日は午前中の内に小狼やカイネと話をして防衛線の構築に取り掛かる予定だった。
既にフランが話し合いの場を調整しているため、後は両国が来るのを待たなければならない。
(僕は何をやってるんだろうな。)
昔を振り返る。隼人がこの世界に来て、既に5年近くが経過しようとしていた。後数ヶ月もすれば、彼は17歳になる。
隼人自身はこの世界に来たことを後悔してはいない。いないつもりだが、時折、どうしようも無く姉や彰人との思い出が頭をよぎるのだ。
彼にとって唯一心から楽しいと思えた日々。あの日々を思い返すと、ちくりと胸が痛んだ。
(あの日から……何人殺した。何人殺された?)
本当は誰も死なせたく無い。だがもがけばもがくほど日々の死傷者は増える一方だ。隼人も報告書で挙がる犠牲者の数に、心を痛めなくなり始めていた。
(数えられるだけ、報告にあがるだけで40万人……か。信じられないな。)
無機質な報告書の数字だけが事実として残っている事に、心がざわついた。死傷者推定40万人。その中には、隼人の恩師や彼を守るために散っていった仲間達も含まれている。自分が守れたはずなのに、守らなければならなかったのに守れなかった。その辛い事実を突きつけられているように感じた。
ガンダムがあれば全てを守れると思っていた。戦いを終わらせる事が出来ると信じていた。そんな幼かった頃の自分自身が心底、許せないでいる。
「いつ……!いつになったら!!戦いは終わるんだ!……どうすればいいんだ。」
拳を強く、強く握りしめる。爪が食い込み、血が手のひらを伝って床に落ちた。赤い染みが床に敷かれた絨毯を汚す。その様子を見て悔し涙が滲んだ。
「おいおい、一人で何してんだ。」
不意に後ろから声をかけられ、驚きと同時に振り向く。居たのは小狼だった。いつも飄々とした彼らしからぬ、不思議そうな面持ちで隼人を眺めている。
「あーあ。折角良い素材使ってんのにな。勿体無い勿体無い……と!」
「君か、恥ずかしい所を見られたな。」
小狼にバレないようにそっと涙を拭く。女々しい男だと思われるのは彼のプライドが許せなかった。
「謝んなよ。なあ……お前はさ、考えすぎなんだよ。」
背中越しに、小狼の声が聞こえた。
「……僕が、か?」
冷静な表情を浮かべて彼に向き直る。目の前の彼は複雑な表情を浮かべていた。
「ああ。ったく、いつもいつも辛気臭そうな面しやがって……ただ、一つ言えんのはさ。」
「なんだ。」
「人は死ぬぜ。俺達が戦おうが、戦わなかろうがどっちでもな。黒国が存在する限り。」
「命を張っている以上は奪われるのも奪うのも当然だ。殺し合いの中で死ぬかもしれない。俺も、お前も、あのカイネの坊ちゃんも。」
「……理解はしている。」
そう、小狼に言われずとも隼人は理解していた。人を殺すことの重みも、辛さも。虚しさも。そして敵の命を奪った対価として守った者の命の尊さも。嫌と言うほどに知り尽くしていた。だからこそこの不毛な戦いを終わらせたかった。だが根本的な解決策は無い。知恵を振り絞っても、隼人の力で為せることなど、大した事は無い。
「……だからこそ、終わらせたいんだ。」
「それは俺も同じだ。だから戦い抜くしかねぇよ。あの黒国を潰して、俺かお前かカイネが生き残って、少しでもマシな世界って奴を作るしかない。」
「ああ……済まないな。小狼、僕は君をMSの操縦が上手いだけの”粗野”な男だと思っていたが、認識を改めるよ。」
慰められたのが少し恥ずかしく、隼人は茶化した。子供っぽい己を恥じながらも、彼の気遣いは素直に受け取れない。だからこうした憎まれ口をたたいてしまう癖がある。
「あのな。だからそういうところだっつーの!人を下に見やがって!」
「だ、駄目ですよ小狼さん!ハヤトさんも謝って下さい!!」
2人の話を聴いていたのか、扉を開け放ち部屋に入ってきたカイネが小狼を止めている。いつもと変わらない様子に少しだけ隼人は心が安らいだ。隼人が浮かべた微笑を挑発と受け取った小狼が、不敵な笑みを浮かべ帯刀していた刀を抜いた。
「……。貴方達、何をなさりに来たのかしら。」
不意に、静かだが確かに強い殺気の込められた声が3人に投げかけられる。咄嗟に固まる3人。
「ささ、敵は待ってはくれません。今後の方針を話し合いましょう。椅子にお座り下さい。いいですね!!」
「「「はい!!!」」」
彼女の静かな怒りに為す術はない。3人はしぶしぶ椅子に座る。この世界でも、女が強いのは変わらなかった。
———-数時間後。
会議が終わり、3人は疲労のあまり椅子に座ったまま静かにたたずむ。
結論からすれば、有意義な会議だった。
黒国の国家間紛争が終わるまでの間、青国と白国からは武装及びMSの技術提供に加え、アキサザメ量産化の際の資金の補填。ニュークリアスの組織編成を約束。その代価として、赤国と隼人が持つMSの知識及びムラサメの可変機構技術の提供。
更に"アリスタ"と呼ばれるMSを浮かすための粒子を各国のガンダムに搭載させる事を確約した。更に更にMSのパイロット同士の連携のための訓練や武装の射撃訓練といった細目に至るまでをみっちり数時間かけて取りまとめた。
「フ、フランは凄いな。」
「これが私の仕事ですから。」
会議の主軸を担ったのはフランであった。隼人も加わっては居たが、各国の条約の細部までの知識で彼女には勝てなかった。カイネも幼いながら、白の国の現状を理解しており、フランと対等に議論を交わしていた。
「MSの操縦だけでは戦争には勝てないな。」
「"ガンダム"は圧倒的な武力ではありますが、数は少ないですから。戦争は数ですよ。」
「ですがハヤト様。私達は貴方とガンダムの力を信じています。あれは象徴です。私達を護ってくれる力強さを感じます。」
そうはっきりと言うフランの瞳は澄んでいた。美しく眩い光を放つ瞳。隼人は時々、その瞳に吸い込まれそうになる。しかし、それを表に出すほど彼は幼くは無かった。ガンダムは強い。強いが、数は圧倒的に少ない。それが何よりもの弱点。
「もしも、ガンダムが100機くらいいたら黒国にも勝てるのでしょうか。」
その時、カイネが沈黙を破った。100機。確かにそれだけいれば黒国が有していると噂される10万機ものガフランも倒せるかも知れない。が、そんなのは夢物語だった。
「あの時のサユキさんやアキトさんでしたっけ?あの人達の力があれ……。」
「それは駄目だ、カイネ。」
期待を込めて話すカイネに対し、隼人がピシャリとつめたくいい放った。普段の隼人とは違うその様子にカイネはびくりと怯える。
確かに彰人のオルタナガンダムや沙雪のペーネロペーはこの世界では圧倒的な強さだろう。だが、隼人は命のやり取りにまた彼等を巻き込みたくは無かった。彰人のあの金色の機体は目立つ。隼人達もその痕跡を消しさるのには苦労したものだ。あの金色の機体は赤国が所有する隼人の機体。そう国民には説明した。かなり怪しい内容ではあったが、国民は勝利に浮かれるばかりで、肝心の機体にはあまり関心は無い様子だった。
(異世界……僕に取っては元の世界のガンダム。"ガンプラ"確かにあの力があれば。)
____勝てる。
頭ではそう確信するが、生の殺し合いに元の世界の人間を巻き込みたくは無い。この世界の事は、この世界のもので決着を付けるべきだと隼人は強く拘っていた。がその一方で、隼人の心の隅にある考えもあった。
仮にあの世界の力で解決したなら、自分や、これまでに死んでいった人達の努力は無駄だったのでは無いだろうかと。隼人はそう考えてもいた。それは不謹慎だと頭を振って消そうとするが、心の中から生まれたその邪な気持ちの芽は少しずつ育っていた。
(またあの世界の力に頼ってしまったなら、僕は何のためにあの時、向こうの世界に帰りたいという未練を捨てた?天音隼人……甘えは捨てろ。)
複雑な表情を浮かべる隼人を心配そうにフランは眺めている。
またも嫌な沈黙が会議室内に流れたその瞬間。
沈黙を破るかの様に爆音が城外から聞こえた。
————奇襲
4人が反応する前に、その巨大なMSが城を壊し、隼人達の眼前に迫る。いや、何も無い空間から姿を突如現した。
炎に包まれながら現れたのは、巨大な黒龍に乗った黒い騎士。その姿は異様と表現せざるを得ない。余りにも現実離れした黒いMS。隼人自身も見た事がないMSの姿が炎に照らされていた。運悪く真下に居た整備員や城の人間は即死だっただろう。徐々に炎に焦がされた死体の匂いが鼻をついた。
(この機能はミラージュコロイドッ!?……いや違うっ!そんな生やさしいものじゃない!これはまさかっ!本物の瞬間移動……!)
焦る隼人に対し、黒い騎士を模したMSが手に持つ剣先を隼人達に向けた。その絶対的な力は、隼人達の完全な負けを意味していた。
次回に続く。
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