『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ 作:ビルダー林檎
その騎士の姿は、モビルスーツとしては異質だった。龍に跨(またが)った黒い騎士。世界全てを恨むかの様な暗く紅い瞳。左手には巨大な剣。右手には豪華な装飾が施された巨大な盾。あたかも中世の騎士を象ったかのような機体。その姿に隼人は目を奪われる。美しいとすら思った。絶対的な力の象徴が隼人の眼前に広がる。
その力にすがりたい。手に入れたいと彼は思った。思ってしまった。隼人が惚けていると、突如脳裏に”声”が響いた。
“赤国のパイロット。こちらの要求を告げる。その少女の身柄をこちらに引き渡されたい。そうすれば、こちらも無用な殺生をするつもりは無い。”
本国に攻め込んでいるにもかかわらず、淡々とした物言いであった。決まっていることをただ実行する機械の様な声色。脳裏に響くその声色は、隼人を冷静にさせるには充分だった。
「何故だ……?」
“答える必要は無い。渡さない場合は、このままビームサーベルを突き入れる。”
「……っ!畜生。何だってんだお前は!何か喋りやがれ!!」
「そ、そうですよ!何か言ったらどうなんですか!?」
小狼とカイネが怒りに打ち震え叫ぶが、無視された。どうやら敵の声は2人には聞こえない様だった。しかし聞くまでも無い、と言うその余裕な態度に、誰しもが抵抗出来ないでいた。下手な動きをすればこいつは躊躇いなく自分達を殺すだろう。ということは、隼人自身が肌で理解していた。
「ハヤト様。」
打開策が思いつかず、身動きできない隼人達に対して、彼女がはっきりと隼人の目を見据えて答えた。翡翠色の美しい瞳が、揺れている。
「行って参ります。ですが……無駄死にするつもりはありません。ハヤト様、皆さま、どうかご無事で。」
いつもの様子で丁寧に礼をした。が、足がほんの少しだけ震えていたのを隼人は見過ごせなかった。
(小狼とカイネには聞こえないこの声が、フランと僕には聞こえている?)
彼女の様子から、どうやらフランも敵の意図を察知している様だ。彼女は本来、感情を表情には出さないが、こうして仕草の一つ一つに現れる。そういう癖は、付き合いの長い隼人だからこそ知っていた事だった。
堪らず、彼女の手を握ろうとフランに近づこうとするが、モビルスーツのマニュピレーターにフランの華奢な体が掴まれ、騎士のコックピットの中へと運ばれていく。運ばれていく最中でも、フランは決して怯えを表に出そうとはしない。
「フラン!フラン!フラーーーンッ!!!」
フランを載せたまま飛び去っていくMSの背中に何も出来ず、隼人はただただ叫んだ。声が枯れるまで叫ぶ。
「惚けるなハヤトォッ!!追うんだよ!俺達のMSで!あいつを!敵を堕とすぞ!」
小狼にぴしゃりと頬を叩かれ正気に戻る。いい気つけになったのか、隼人達は格納庫に走った。格納庫内では爆発の余波でアキサザメの残骸があちこちに散らばってはいたが、幸いにもムラサメガンダム、ガンダムモナク、ガンダムファルシオンの3機は無事だった。
(もしもガンダムで無かったら……終わっていたな。)
流石ガンダムタイプの装甲は堅牢だと隼人は少しだけ誇らしく思いながらコックピットに入る。機内のメインスイッチを押し、ムラサメガンダムを空へと飛翔させた。
空に上がると、赤国の様子がよく見てとれた。あちこちから火の手が上がり、空ではアキサザメとガフランが交戦しているのが目に入る。
ガフランは特務仕様なのか、黒に金色のカラーリングが施され、ライフルも大型ながら邪魔にならない様に持ち手部分が2つ取り付けられている。まるでF91のヴェスバーだ。そこから放たれた赤い閃光が数機のアキサザメを即座に蒸発させた。性能はかなり向上しているはずのアキサザメを瞬殺する敵のガフラン。乗り手もかなりの手練れの様だ。
「ハヤト!!こいつの相手は俺達がやる!お前はあの機体を追え!」
ムラサメガンダムの前に、青色と黒のツートンカラーが彩られたガンダムモナクを駆りながら小狼が力強く叫ぶ。その声は先程とはまた違う。闘うことを決めた男の声であった。
「小狼!……死ぬなよ!」
隼人はそんな小狼の姿を頼もしく感じた。この男が仲間で良かったと。だがつい普段の様に憎まれ口しか叩く事しか出来ない。"この男が死ぬわけが無い"そう強く信頼していた。
「ハッ!この俺が負けるかってんだ!お前こそ死ぬなよ!」
「ああ!」
小狼に促され、隼人は敵のMSを追った。その後ろ姿を目で追いながら、ガンダムモナクとファルシオンは臨戦態勢を整えた。敵のカスタムされたガフランも2人に気付いたのか、アキサザメのコックピットにビームサーベルを突き入れとどめを刺した後、小狼達へと迫る。ガンダムモナクも応戦せんと対ビームコーティングされた黒い大太刀を振り抜きガフランに切り掛かった。真っ向勝負。それが小狼が敵と戦う際の基本スタイルであり、小細工を好まない彼らしさだった。ガフランとモナクの剣先が鍔迫り合う。
(こいつ……速い!)
たかが量産機風情と侮る事は出来ないと瞬時に悟る。モナクが鍔迫り合いの態勢まま、ガフランを蹴り飛ばした。そのまま後方に大きく飛ばされたガフランの先で、いまかいまかと待機していたファルシオンがガフランを削り取ろうと機体を近づける。だが、敵もそれは承知の上だったのか、背部ブースターを勢いよく吹かせ態勢を取り直しつつ2機に対しビームライフルを放つ。威力、範囲共に強力。直撃すればガンダムタイプといえど損傷は免れない。
(動きはいい!だが……俺の方が強えぇっ!!)
紙一重。小狼は機体の上体を逸らしビームを回避した。回避すると同時にブースターで加速しながら下から上へと大太刀を振り上げガフランを斬りつけるために空を駆ける。流れる様な蓮撃がガフランの胴体を斬りつける事に成功した。ガフランは分が悪いと判断したのか更に高度を上げる。逃すまいと追撃を仕掛けるモナク。
「小狼さん!!駄目です!」
カイネの声が後ろから聞こえる、が無視した。ガフランの胸部の電磁装甲が開き、そこから赤色調の光が顔を覗かせる。その光はこれまでに散っていった死者達の怨念の様に小狼には感じ取れた。
だが死者達に足を引っ張られるほど小狼は繊細ではなかったし、また彼自身幽霊などといったオカルトの類は信じてもいなかった。
ガンダムに詳しいものであれば、ガフランはトランザムシステムを搭載していたのだろうと気づいただろう。高速で動く機体は並のパイロットには脅威だが、生憎、小狼は並のパイロットでは無かった。
そのまま、モナクの振り上げた大太刀がガフランを両断する。装甲をコックピットごと切り裂かれ、呆気なく空中で爆発する敵機。敵機を破壊したと確信し、光波推進の帯を少しずつ解きながらモナクは隼人が飛び立った方角を眺めた。その圧倒的な様子にカイネは畏れを抱いた。
いや、___見惚れていた。
その頃、隼人は敵機を追うためムラサメガンダムを最高速度で加速しながら大陸の空を飛んでいた。
パッチワークの機体バランスはお世辞にも良くはなかったが、直線的な動きを取る分には問題はない。
(整備士のみんなはいい仕事をしてくれた。)
改めて仲間がいてくれる事を頼もしく思った。みんなが国を守りたい、という想いが隼人の血肉となってムラサメガンダムを駆ることが出来る。戦争という行為は愚かしい行為ではあるが、こうして仲間を実感すると、不思議と悪くないと思えた。
ムラサメガンダムのエンジンが唸りを上げながら大陸の空を駆ける。数百キロは飛んだだろうか。ようやく、先程の漆黒の機体の背中が見えてきた。
「見えたっ……追いついたぞ!そこのMS!」
追いつかれた事を気付いたのか、黒色のモビルスーツは大きな弧を描きながら人形に変形する。見事な可変機構だった。モニター越しに見ても圧巻される程の巨体。それが軽々と変形して見せる事に、その完成度の高さに隼人は嫉妬を覚えざるを得なかった。
(何だこのモビルスーツは……。さっきはその強さに憧れはしたが……この機体、人の悪意が形になったとでもいうのか?)
飛行形態から人形へと変形した機体を見て隼人は言葉を失う。やはり異様な機体だった。いや、何処か違和感を覚える様相をしていた。
その機体の下半身はガフランによく似ている。それに反して上半身は宇宙世紀……のモビルスーツの特徴を併せ持っていた。隼人の目にはそれが何処かちぐはぐな印象を与える。ガンダムが連邦の白い悪魔なら、この機体は漆黒の悪魔だと。黒国の象徴に相応しい"ガンダム"であった。
「お前は……何だ?」
“天音隼人……やはり追いついたか。”
「お前達は……何故戦争を仕掛ける?それだけの技術があって、モビルスーツまで保有していて、大勢の人が死んで殺されて、何故だ!何の意味がある!!」
“何故か、か。それは向こうの世界から来た君が一番良く知っていることでは無いのか?”
「……っ!!どういう事だっ!!」
"遊びだからこそ、本気になれる。ガンダムが好きな子供だったなら、誰もが胸に抱く想像。君も一度は空想した事はないか?退屈な日常から離れて、異世界でガンダムに乗ってバトルをする。私はこの世界で、正真正銘、本物の人命がかかったガンプラバトルがしたかった”
「……遊び!?正気で言っているのか!」
言葉が出てこない。いや、出るはずが無かった。"ガンプラバトル"などという言葉は隼人がおおよそ5年ぶりに聞いた言葉だった。だが、久しいと郷愁に駆られる事は無い。あるはずが無い。
“私は、生まれつき身体に障害があったせいで、
子供の頃から気味悪がれ、蔑まされていた”
敵の声を聞き流しながら、隼人は自分がこの世界に来てからの数年を思い返した。
親しい人との温もり、出会い。そして戦いによって訪れる理不尽な別れと寂しさ。自分とムラサメガンダムを庇って倒れたかつての仲間の墓前の前でこの戦争を終わらせると誓ったあの日から、隼人の戦いは始まった。だが戦っていくうちに、ある一つの疑問が脳裏を過ぎる。
何故圧倒的な戦力を有しているにも関わらず、敵はこちらを殲滅することもなく、制圧することも無く、ただ散発的な襲撃のみを繰り返すのか。それだけが理解出来ないままだった。だが、その疑問は最悪の形で知ることとなる。
___ただの遊びだったのだ。
遠野未来の理由はまだ納得は出来た。こちらの世界とあちらの世界はつながっていて、日本のためにコロニーを落とすのだと。歪んではいたが、彼のひととなりも、その葛藤も彰人から聞いていたから、憎む事はしなかった。
だが、隼人の目の前にいるこの男は違っていた。
楽しみのために、ガンプラを使い、人の命を奪う。
ただそれだけだ。戦いを仕掛ける根拠も、未来の様なある種の情熱も無い。それは虫をバラバラにして遊ぶ児戯。自分が強いと錯覚している人間の所作。
その狂気は現地民を虐殺したベトナム戦争しかり、ナチスのホロコーストしかり、300万の犠牲者を出した朝鮮戦争といった戦争の狂気そのものであった。独裁者が己の嗜虐心を満たしたいがための行為。隼人が苛立つ間もなく、男は声を荒げながら語りかけて来る。
“この世界ではガンプラの強さが力となる!私を蔑むものは誰もいない!!私を救ってくれたのは、この世界とガンダムなのだッッ!”
「……………違う!絶対に違うッッ!!ガンダムはそんな事を為すための力じゃ無い!平和と協調を体現する存在だ!」
この男は狂っている。その一言に尽きた。許しておく事が出来なかった。隼人の怒りはムラサメガンダムのビームサーべルとなり対艦ライフルとなって敵を攻撃するが、有効打を与える事が出来ない。機体は不思議な"膜"に覆われており、実弾もビームサーベルも弾かれてしまう。
(馬鹿な……あれはIフィールドでは無いのか!?)
“そんな情けない、時代遅れのガンダムの攻撃が通じるものかッ!私の太陽炉、核融合炉、エイハブリアクターの複合動力を源としたガンプラに及ぶものかッ!”
「黙れ!!ムラサメは……みんなが作ってくれたこのガンダムは……お前には負けないッッ!!」
隼人の怒りも、悲しみも、無力さも全て軽々と流されていく。命を軽んじる。それは、人が人にして良い事ではない。普段は冷静な隼人ではあったが、流石に頭に血が上るのを抑える事が出来なかった。いや、抑えられるはずなど無い。
隼人とムラサメガンダムの動きが精彩を欠いている事は、MSのモニター越しからでもフランには分かった。あの穏やかなハヤトが怒りに我を忘れ猛り狂っている。ガンプラ、遊び、細かい単語が持つ意味はフランには分からなかったが、敵が放つ一言一言がハヤトの神経を逆撫でしているのだと理解出来た。
(ハヤト様……!いけません!)
目の前の男がこの戦争の要因であるなら、自分がこの男を殺すしか無い。フランは覚悟を決め大腿部に仕込んでいるナイフを取ろうとするが、縄で縛られ、身体を動かす事が出来なかった。
彼女の脳裏にはもどかしさばかりがつのる。仮に下手な動きをしている事が露呈すれば、この男は即座に自分を殺すだろう。そう判断出来るほど、この男は狂気に飲まれていた。
「くそっ!くそっ!!何故だ!何故攻撃が効かない!通れ!通れっっ!通れよぉぉぉぉぉっ!ふざけるなっ!ふざけるなっ!!ふざけるなぁぁぁぁっっ!!」
隼人がこれまでに身につけた全ての技術を合わせた渾身の一撃が全く通じない。その力の前には技術の差ではどうしても埋める事が出来ない。その昏い瞳を持つ龍の前では全てが無力だった。
“ふはははは!無駄なことだ!私が作り上げた最高品質のGNフィールドは頑丈だろう?……これだからガンプラバトルは楽しい!!私の心を昂らせてくれる!”
勝ち誇った男の声が脳裏に響き隼人を苛立たせる。悔しいが、技術も国力も劣る隼人達にはなす術など無かった。ふと空を仰ぎ見ると、空が真っ赤に染まっている。その現実離れした光景は夕映えなどでは無い。
これから起こる事態を予期しているかの様だ。大陸中に血が流れる事態が訪れるのだろう。
(僕は、僕はまた負けるのか……!彰人さん……!)
その空の色に敗北感と無力さを感じながら、隼人は目の前のモビルスーツをただ睨みつけるしか無かった。
好きなガンプラは?
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