『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ 作:ビルダー林檎
肌寒い十二月の朝、彰人は窓から差し込む光を眩しく思いながら寝惚け眼のままベッドから起きる。彼は幼い頃から朝に弱い性分とはいえ、最近はさらに倦怠感が抜けない。彼の表情からは拭えない疲労の色が見て取れた。制服に着替えた後に部屋を出て一階に向かうために階段を降りる。例え疲れていたとしても、格好だけはきちんとするのも彼なりの流儀だった。
彰人の住む家は一般的な家庭に比べるとやや広い。父の貴明が昔、家族で一緒に住める様にと広い家を買ったらしい。居間に着くと母——神取 冬美《かんどり ふゆみ》がキッチンで朝食を作っていた。フライパンでウィンナーでも焼いているのだろうか。肉が焼ける香ばしい香りが彰人の鼻をつき、思わずお腹が鳴る。
「おはよ。母さん。」
「ああ、おはよう。彰人。ご飯食べなさい。」
「いつもありがとう。今度から俺も作るよ。」
「いいの。母さんはね、お父さんの分も彰人のために頑張るから。」
「……ありがとう。それじゃあ行ってきます。」
父を失って辛いのは母も同じなのだ。だからこそ、それを言われてしまうと、彰人の方からは何も言うことは出来ない。父が居なくなるだなんて、数年前は考えもしなかった。このまま彰人が大人になっても父とガンプラを続けて、いつかは孫の顔も見せられると信じていた。
しかし、それはもう叶わない。
朝食を済ませ、父の仏壇に手を合わせた後に彰人は学生鞄を持ち学校に向かう。
凍結した箇所が多く見受けられる新潟の冬道に何度か転びそうになりながらも、何とか学校に辿り着く。学校と家との往復。父が死んでも、仲間達から迫害されても、日々の営みは何も変わることはなく淡々と人生は続いていく。まるで川の流れの様に穏やかだが、同時に残酷な時間だった。
(これだから現実は救い難い……。て、これはカッコつけ過ぎかな。)
幼い頃、彰人が好きだった小説のキャラクターの口癖が頭によぎる。過酷な状況で尚も己の意思を貫いた主人公の気高い姿に幼い頃は憧れたものだ。
(……現実はいつだって救い難い。でも、それが当たり前なんだ。)
父を失ってからと言うもの、いつしか彼はそんな達観めいた考えを持つようになっていた。たとえそれが彼自身を縛る鎖であり、その落ち着きようがある意味で周囲から大人になったのだと評されたとしても、未熟さから彼はその考えに気づく事はない。
(……エリックに向き合わないとな。)
——-エリック・オースティン
彰人が世界大会で戦った相手。向こうからすれば、わざわざ日本に来てまで会いたいと思ってくれた相手である。それなのに彼の顔すら覚えていなかった。エリックの失望や悲しみが今更ながら胸を締め付け、自分の馬鹿さ加減に思わず自嘲する。
(……ほんと、最低だな。俺って。)
顔に雪がさらさらとふりかかり、その冷たさに顔を歪める。
「おはよう。」
玄関から校舎に入りそのままクラスに入ると開口一番、クラスメイト達と総一郎に挨拶する。クラスメイトも、何一つ違和感なく挨拶を返してくれた。
彰人は当初この対応を不審に思ったものだが、今はほんの少しだけ、慣れた。彰人の父親の事件を知っている人間も居るのだろう。しかしこのクラスのみんなは気にしないでくれているのか、それとも元から興味が無いのか。おかげで陰湿ないやがらせが無いのは彰人にとってはせめてもの救いだった。だから学校生活で困ることは無い。
「彰人、昨日の件だけど。」
昨晩の疲れが残っているのか思考がまとまらない。宙を眺め、ぼんやりと惚ける。そんな気の抜けた所に総一郎が話かけてくる。両手を合わせていた。さも済まなそうにする彼のその表情からは、葛藤が見て取れる。
「ん?どうした。」
停滞した思考を再稼働させ、総一郎の方に顔を向けつつ彰人は尋ねた。余計な気はもう、遣わせたくは無かったからだ。総一郎の口から発せられた言葉は彰人にとっても意外なものだった。
「肝心のエリックが休みなんだ。」
なんと。エリックが休んでいる。昨日あれほとの啖呵を切ったのに。いや、啖呵を切ったからなのかは分からない。だが、彰人なりにどう彼と話し合うかを昨晩からシミュレーションして来た。下手をするとそれも徒労に終わるかも知れない。
(うーむ。昨日のことが原因だよな……?)
とりあえず席に座る。昨日の出来事を反芻し鬱屈とした気持ちを抱えたままHRが終わり、そしてあっという間に午前中が過ぎた。昼休み。相変わらず教室で文香と総一郎と昼飯を食べる。これだけはいつもと変わらない。
「眠そうだね。大丈夫かい?」
「彰人君。また夜眠れなかったの?」
二人が心配そうに彰人の顔を見合わせた。
「いや、大丈夫。そんな疲れてるように見えたかな?」
彰人も顔には出さない様にしていた様だが、誤魔化しきれていない。密かに憧れるポーカーフェイスにはまだまだ遠いようだ。
「彰人先輩は、抱え込みすぎなんですよ。もぐもぐ。」
咀嚼音。そしてごくんと飲み下す音。彰人からは見えない位置に居たから気づかなかったが、ふと聞き覚えのある声が聞こえる。
「雛が何で俺たちのクラスにいるんだよ‥‥。」
「彰人さんが心配だったからです。」
愛らしい声が響いた。
「僕は反対したんだけど……ごめん。彰人。」
総一郎が申し訳無さげに彰人に視線を送った。雛美と呼ばれた少女は総一郎の隣に座っている。この小柄な体格に亜麻色の癖っ毛を持つ犬の様な少女の名は桐谷 雛美《きりや ひなみ》総一郎の妹である。
総一郎曰く兄妹仲はいいのだが最近は距離が余りにも近過ぎると、兄の威厳を保つのに困っているようだった。
「お兄ちゃんが彰人さんのことが心配だって言うので、来てあげました。」
雛美はそう言うと食べる手を止め、彰人に向かって薄い胸を張った。
「マジか‥‥俺は後輩に心配されてるのか。」
「雛ちゃんは相変わらず可愛いよね。」
文香はそう言って雛美の頭を撫でる。表情が優しい。2人の様子はまるで仲睦まじい姉妹の様に見えた。教室の隅からは尊い……という呟きが聞こえたが、無視。
正直な話、彰人としては身長的に2人とも同学年に見えるのだが、そのことについて深く追求するのも怖かったのでやめておいた。現実は非情である。
「で、その面倒くさい外人さんはどうなんですか?」
渋い顔をしながら唐突に雛美が発言する。その発言には怒りと不満が込められていた。先程の事といい昨日彰人が向けられた悪意に対して、彼女が不満を抱いているのは一目瞭然だった。
「雛ちゃん。そんな言葉使わないの。」
「むぅ〜。」
めっ。と雛美は発言をたしなめられると同時に、文香に頭をわしわしと弄られる。繰り広げられる微笑ましい光景に目を細めつつ、彰人は努めて慎重に考えをまとめた。
「その件だけどさ、俺はエリックと話し合うつもりでいるよ。向こうはどうか分からんけど。」
少しでも雛美の不安を取り除こうと更に頭を働かせ答える。話し合う。というその答えに雛美は驚いたようだ。
「彰人さんマジ卍です。」
「また君は覚えたての用語を使うんだからもう。」
ボケた雛美にツッコミを入れる。こうした雛美の冗談は少しではあるが、彰人の心を癒した。彰人は柔らかい表情を作り雛美に微笑みかける。
「流石に昨日のままなのは俺も嫌だしな。」
「エリックさんのことを覚えていなかった彰人さんも彰人さんですけどねっ!」
「う!それは確かに俺が悪い……な。」
狼狽える彰人。確かに周りのことを見ていなかった。彼らしくもない。
「仕方ないさ。世界大会とはいえ、一人一人の顔なんて覚えられるものじゃない。しかも外国人の顔なんてみんな同じに見えるものだ。」
総一郎が助け舟を出す。こういうさり気ない気遣いが出来る男だった。
「お兄ちゃんもそれは酷いよ。人種差別反対。」
「私は2人の間の事は深く知らない。けど、真心込めて話し合いをすれば大丈夫だよ。きっと伝わるよ。エリック君も悪い人には見えないから。だから大丈夫。」
「彰人。あの某パイロットも対話の重要性は説いている。だから変に気負わずに行きなよ。」
「そうする。」
彰人は励ましてくれる彼らの言葉に勇気付けられた。嬉しかった。こう言った言葉を投げかけてくれることが。だが彰人自身、そうは言ったものの肝心のエリックが校内にいない以上、どうしたら良いものか途方にくれるしか無い。
(しょうがない。放課後、柊先生に住所を聞いて自分で探すしか無いかな。)
‥‥そう結論づけたその時、ふと机の中を見ると書き置きと思しき物を見つけた。封筒には彰人へと書かれており、気になり封筒を破る。
———今日の放課後、正門前で待つ。逃げるな。
とだけかかれた紙が入っていた。達筆ではあるが、そのぶっきらぼうな書き方と内容から、差出人など誰かすぐに分かった。
(なんだこれは。午前中は全く気づかなかったぞ。あいつ、いつ入れたんだ。)
「か、書き置きとは……。」
その時代錯誤とも言える対応にみんなが渋い顔をする。
「直接くればいいのにー。」
手紙を見た雛がぶーたれた。文句を言っておきながら、書き置きをしたことを不誠実だと思っている様だ。
「仕方ないさ。あいつも顔を合わせづらいんだろう。」
チャイムが鳴り響く。どうやら昼休みも終わる時間が近づいて来たようだ。
「それじゃあ、私はこれで帰ります。」
雛美が椅子から立ち上がる。教室に帰るのだろう。
「また来てね。雛美ちゃん。今度はお菓子用意しとくから。」
「はい。その時はまたよろしくです。」
ぺこ、と雛美は頭を下げた後に教室から出て行った。こういう律儀なところは総一郎と似てるなあとしみじみ彰人は感心するのだった。
退屈な午後の授業も終わり、放課後のチャイムが鳴る。今日も一日が終わったが、エリックのところに行かないといけない。鞄を持ち、教室を出て正門に向かう。
案の定、そこには書き置き通り正門で待つエリックの姿があった。腕を組み、金髪が風に揺れている。通りがかる生徒がひそひそと話をするが、気にしてはいない様だ。
彼ははわざわざ車で送ってもらったのだろうかと彰人は予想する。何故なら、彼の後ろには黒塗りの高級車と黒服がいたせいだ。
(どうする?)
どうするも何も、選択肢など始めからありはしない。まさか黒塗りの車で来るとは思いもしなかった。彰人は彼の行動に内心呆れていた。彼なりの宣戦布告のつもりなのだろうか。それとも本当に何も考えていないのだろうか。全く判断がつかない。
「面白いな。」
とはいえ決闘《ガンプラバトル》をを申し込まれたらそれに応えるのが筋だろう。深呼吸し、足を進めた。
「やあ、エリック君。」
彰人は意を決して外に出ると、エリックに手を振りながら近づく。向こうも彰人の姿に気付いたようだ。一瞬だけ空気が張り詰めるのが分かった。
「やあ、彰人君。」
エリックは仰々しい動作で此方に近づいて来る。やあ。という声には苛立ちと敵意が込められているが、彰人は他の生徒が遠目から心配そうに見ているのが気になり、あえて何でもないという風を装う。
「来てくれたんだね。いや、逃げなかったんだね。」
「まあな。」
「”また逃げる”のかと思ったよ。僕は。」
「前置きは良いさ。話《ガンプラバトル》したいんだろ?」
「話が早いね。流石「元」準チャンピオン。」
「安い挑発だな。まぁ俺は慣れてるんだけど?
それよりもエリック君の下宿先を見てみたいな。」
「いいよ。さあ乗って。お城に案内するよ。」
黒塗りの車に乗る。車内は中々良い空間だが、出来れば違う場面で乗りたかったな。そんなくだらない事を考えてドアを閉めた。車内では嫌な沈黙が流れる。
(気まずいな……怒ってるのは分かるけど何か言ってくれよ。)
嫌な沈黙に耐えきれず、余計な思考ばかりが先走った。だが、語りかけるべき言葉を持ち合わせてはいない。彰人はエリックを眺めた。さらさらとした美しい金髪にサファイア色の瞳。そして長い睫毛。昨日見た彼の姿は変わらない。少しだけ、不機嫌そうではあるが。
彰人は更に考える。高級車、黒服、そして彰人に会うためだけに留学を選んだエリック・オースティンという男は彰人の想像以上に力がある事が分かった。だがそんなことは関係無かった。何処の誰だろうと、バトルする事に変わりはない。
数十分後、車のエンジン音が止んだ。到着したのだろう。彰人はエリックと共に車から降り、目の前の彼の家を眺めた。結論から言うと、エリックの家は素晴らしい場所だった。下宿先とは到底思えない。家の外装を見るだけでも圧倒されそうだ。
「何を見惚れているんだい。」
「いや、何でも無い。早く案内してくれよ。」
家を見せた時、一瞬だけエリックの敵意が薄れた気がしたが、気のせいだろうと彰人は判断した。そのまま彼の後ろを歩き、大きな庭を超えた後に玄関へ辿り着く。2人は白く立派な扉を開き中に入った。外装からある程度予想はついてはいたが、内装も素晴らしいものだった。しかもメイドさんが案内してくれる。彰人は白と黒のツートンカラーを基調としたクラシカルなメイド服を見にまとった女性を眺める。なんの変哲も無さそうだが、その姿に少しだけ違和感を覚えた。
(ん?日本人……なのか。)
遠くからでもその艶やかな黒髪と小顔から日系である事が窺いしれる。しかもかなりの美人だ。
その日系のメイドに案内されるがままに中を進むが、屋敷があまりにも広いため迷いそうになる。これは帰る時また送ってもらわないとだなぁ。とつい呑気な事を考えてしまう。
「ここサ。彰人君。」
エリックがそう言った後に、彼の後ろに控えていたメイドさんがさり気無くドアを開けてエリックが中に入った後、彰人が続けて入ろうとする。すると突然、案内のメイドさんが彰人の腕をぐいと力強く引き、耳打ちをした。彰人は横目でメイドさんの顔を見ると見ると、やはり日本人だった。人形のように整った顔をしている。
「神取様……。坊っちゃまに付き合ってあげて下さい。」
圧力のある声が耳に響いた。彼女の無機質だが、エリックに対し気を使った発言に彰人は驚く。メイドというと、来客に対してあまりこういった踏み込んだ事はしないと思っていた。面食らったが、彰人は彼女の端正な顔を眺める。
「はあ。まあいいですよ。エリックの気が済めば。」
「お願い致します。」
そう言い終えた途端、また表情がすん、と元に戻る。一瞬ではあったが、メイドと話を済ませた後に今度こそドアを開けて中に入る。
「何回言ったか覚えてないが、広いな。」
「そう?普通じゃない?」
「その非常識さ、本当に俺を苛立たせるね。」
まあいいさと内心毒づき、彰人は部屋の中央にある装置に近づく。彼も見覚えがある装置だった。
「これ、昔のプラフスキー粒子を用いたガンプラバトル用の装置だな。こんなものまであるのか。」
「そうサ。今のVRでは無い、正真正銘の純粋なガンプラバトルがしたくてね。」
「エリック。君は本当にバトルが好きなんだな。」
思わず感心した。素直にこれはすごい。彰人は少しだけエリックを見直した。ガンプラバトルなど、てっきりお坊ちゃんの気まぐれ、腰掛けだと思っていたからだ。だがこの設備の力の入れようは一介の気まぐれでは無いと断じられる。
わざわざ旧式のプラフスキー粒子発生装置を購入し稼働できる状態にしているのだ。これだけでもエリックが本気でガンプラバトルを愛しているという事がありありと分かる。
「君もそうだったのにね。」
「え?」
「何でもない。始めようか。」
エリックがガンプラを準備する。彰人はエリックの言葉が気になったが、ガンプラを機器にセットする。プラフスキー粒子を用いた装置。所々に多少古さが残るが、この装置で戦うのは幼い頃以来だ。彰人にとっては多少なりともテンションが上がるのは否めない。
「「MS……スタンバイ!」」
「神取彰人!オルタナガンダム!」
「エリック・オースティン!シルベリアアストレイ!」
「「Session……GO!!」」
プラフスキー粒子が瞬き、視界が青く輝く。次の瞬間には画面上にバトルフィールドが表示される。一瞬の遅延《ラグ》もない素晴らしい装置だった。
装置の動作速度の早さに一頻り感激した後、オルタナガンダムのブースターを点火させ加速する。辺りを見るにバトルフィールドは衛星軌道上の様だ。加速したまま眼前に迫るデブリを避け、無機質に移る宇宙を駆けつつ全周囲を索敵。いつ来るか分からないエリックを警戒する。
(敵は何処だ?)
オルタナガンダムのディスプレイ上にはエリックのガンプラはまだ表示されないが、油断は出来ない。
通常、プラフスキー粒子発生装置を用いた正真正銘のガンプラバトルは、そのガンプラの出来栄えから性能が決まると言ってもいい。表面処理、関節の保持力、塗装による耐ビーム性能、そして合わせ目処理による武装、機体の耐久性。全てガンプラの出来で決まってしまう。
そのため、新規のビルダーでは機体の性能差を埋めることができず、ガンプラバトルは徐々に衰退していった。それを一新したのがVRを用いた新しいガンプラバトルである。ガンプラに特殊なチップを組み込み、機械がそれを読み込むことによりガンプラを再現する。
無論、GPベースという機械に自身が作ったガンプラを乗せ読み込ませることにより、己のガンプラで勝負することも可能である。
この技術により、これまでガンプラに興味が無かった人も、元から興味があった人も同じ土俵で戦う事が可能となった。VRが無ければ、ガンプラバトルはマニアだけの閉鎖的な趣味となっていたことは想像に難くない。
彰人は想像する。これは正真正銘のガンプラバトルだと。全てガンプラの出来栄えで性能が決まる世界。幸い、彼のオルタナガンダムの完成度はあらゆる面において並みのガンプラを凌駕していた。
父から教わったガンプラを作る能力。そしてプロである未来から教わったガンプラの操作技術。
その二つが組み合わさった彰人と、彼が操作するオルタナガンダムが強いのは道理であろう。
だからこそ彼は考えていた。エリックのガンプラの能力が分からない以上、迂闊に攻めるのは難しいのだ。愚策に等しい。まずは敵を観察、分析して対策を練ること。これが彰人がガンプラバトルをする上での最優先事項だった。
幸いオルタナガンダムには対ビームコーティングが施されており、ビーム攻撃による奇襲を受けても致命傷を負う可能性は少ない。
「彰人ッ!遅いぞッ!」
「ッ‥‥!」
モニターに響く声に思考が寸断された。オルタナガンダムの真下から急加速、直上する機体。まさしくエリックの機体がサーベルを抜いて迫る。モニターの軸を合わせ重ねることにより、彰人のモニターではまるで機体が見えない様にする技能。
それを易々とこなすエリックは強い。一瞬で悟った。身に染み付いた動きで、一切の無駄なく彰人はオルタナガンダムを操作し、こちらも咄嗟にサーベルを抜き応戦。鍔迫り合う。居合切りに等しい動作だった。そしてこの瞬間的な動作が出来るのも彰人のガンプラの関節及び可動域が優れている証拠だった。
「腕が鈍ったんじゃないかなぁッ!」
「言ってろよっっ!」
叫ぶエリックに対し彰人はサーベル越しにイーゲルシュテルンで反撃。ガンプラの装甲に弾かれるが、あえて同じ箇所に弾を当て続ける。雨垂れ石を穿つ。彰人の攻撃はエリックのガンプラに多少のダメージを与えたようだった。
対するエリックもガンプラの脚部に搭載された隠し腕からビームサーベルを展開。オルタナガンダムの腕を斬り裂こうとするも、彰人に後方に加速されあえなく逃げられる。間一髪。反応が遅れていればやられていただろう。
攻撃を避けられ、行き場を失った機体が大きくたたらを踏み隙を生む。その隙を突かれまいとエリックも後方に下がり体制を立て直した。
——睨み合う両機。
「そのガンプラ……!The・Oの改修型だな!」
「そうさ!あの時の雪辱!晴らさせてもらうよッ!」
エリックが距離を詰めるべくブースターを噴射し加速。機体を器用に操りながらオルタナガンダムへと迫る。ビームサーベルの数は隠し腕を含むと4本。観察するに接近戦特化の機体のようだ。
「こちらも接近戦は得意なんだよぉッ!」
オルタナガンダムは腰から「刀」を抜く。青く輝くビームサーベルともう一本の黒く鈍い光を放つ刀だ。
「まっ!まさか……二刀流なのか!?」
その手に携えるのは美しく研ぎ澄まされた刀。まるで全てを拒絶するかの様な白く、鋭く、澄み切った彰人とオルタナガンダムの刃。
________「羽々斬刀」(はばきりとう)
表面処理の上された滑らかな刀身には対ビームコーティングが施され、そこから更に丁寧にやすりがけされた鋭い切れ味を誇る実体剣。日本神話では八岐大蛇を打ち滅ぼした刀である。
この羽々斬刀は彰人が中学2年生の頃に作ったが、流石に設定を語るのが恥ずかしいと思ったのか、今日まで使わなかったのだ。
研ぎ澄まされたその刀身は、手で触れるとプラスチック製にもかかわらず薄皮が切れる。それほどまでに完成度が高く鋭い。生半可な装甲をバターのように容易く両断出来るまさしく彰人の懐刀だった。
「ならばこっちは四刀流だ!!」
「エリック!覚えておけ!四刀なんてのはな……!」
二機は接近すると同時に何度も切り結ぶ。短く高出力に形を変えたビームサーベルで牽制し、刀で追撃に切りかかる。まるで剣道の「型」の様にパターン化された無駄のない動き。そんな二刀を器用に扱う彰人に対し、エリックの機体はただビームサーベルを四本持ち、我武者羅に振るっているに過ぎない。接近戦特化という機体のコンセプトが似ていようとも、操縦技術の差から徐々に押し負けるエリック。
「扱いきれるわけが無いんだよッ!」
「くぅ!攻撃が速いッ!……だが!」
分が悪いと踏んだのか、エリックはオルタナガンダムから距離を置いた。そこに追撃を仕掛けるべくオルタナガンダムが両手で刀を上段に構えて斬りかかろうとする。
「こちらも切り札を使わせてもらうさ!」
エリックがそう叫んだ瞬間、彼の機体から眩いばかりの光が放たれ一瞬目が絡む。瞬間的にThe.Oの外装を解き放っていった。が、それも彰人の予想の範囲内であった。強いプレイヤーがガンプラに複数の形態を持たせているのなど、常識中の常識だからだ。それはエリックとて例外では無かった。
「やっぱりあると思ったぜ!第二形態!」
彰人は片目を瞑ることで強い光による視界不全からいち早く回復。隙をついて攻撃する。だがパージの隙を捉えるには至らなかった。彰人の追撃をひらりとかわし、全部の装甲を脱ぎ終えると、エリック機がその本来の姿を現わす。
「パージしたらガンダムタイプって訳か。安直だな。」
「はっ!好きに言うといいさ!」
銀色に美しく塗装されたガンダムが目の間に現れる。その姿はアストレイ《王道ならざる者》タイプのようだった。手に持つのはビームサーベルだが、MSの全長を易々と超える長さだった。だがその反面、刀身には太さは無い。出力を振り絞った細めのタイプの様だ。
どちらかと言えば、ターンタイプが持つサーベルに近い。「物干し竿」と呼ばれた刀を彰人は思い出した。擦ればいくらビームコーティングの装甲でも耐えられない。そう直感する。
「断言する。君のオルタナ(代替品)ガンダムでは僕のシルベリア(洗練された銀)には勝てない。」
「お坊ちゃんがいぶし銀を気取るなよ。」
「悪くないジョークだね。アキトに10ポイントあげるよ。」
「そんな面白いアキトには駄目押しにもう一つ。」
パージされた黄金の外装が集まり形になって行く。
「む!」
彰人はその様子を訝しむ。鈍色のシルベリアアストレイからパージされたその姿は簡易的な人型……MSに似た姿に組み合わさっていく。
「The・Oってさ、後付けの設定でサイコミュが搭載されていたらしいんだよね。だからこうやって。」
MSがシルベリアアストレイの隣に立つ。銀色の美しい装甲をまとったアストレイが、オルタナガンダムを睨みつける。
その横には、主人を護るかのような黄金の甲冑騎士《ゴールド・クレイドル》が轡《くつわ》を揃えた。2機が強烈なプレッシャーを放つ。
「モビルドールの様に扱えるという事なのさ!」
ビシッと剣を横に携え、構えを取る二機。彰人はその美しさに見とれると同時に内心悔しがった。“あの発想は無かった。”と。
「中々カッコいいじゃないかエリック。クソ、いいアイディアだ。これは認めざるを得ないな。」
「だろう?二刀流のMSが二機……!!」
「四つの剣を同時に扱えないなら、二機で分担して持てば良い。単純すぎる。だが今の俺には脅威だな。」
「察しがいいね。その状況判断の速さは心から尊敬するよ。だけど君は終わりサ。詰み《チェックメイト》なんだよ。」
二機のMSがオルタナガンダム迫る。羽々斬刀で何度か応戦するも、数の差を埋めるのは難しい。黄金のMDの方は対処が簡単だが、その隙を狙うシルベリアがうっとおしいことこの上なかった。一瞬の隙を突かれ、オルタナガンダムが「物干し竿」に片腕を切り落とされる。このまま、まともに相手をしたら負けるだろう。
”まともに相手をしたら”だが。
「いや、終わるのはお前だよ。エリック・オースティン。」
片腕を失ったにもかかわらず、彰人は自身たっぷりにそう言い放つ。その態度にエリックはたじろいだ。なんだこの余裕はと頭に疑問符が浮かぶ。
“接近戦特化の機体が片腕を切り落とされているんだぞ”
「何?いや、お得意のハッタリだろう?片腕の無いその機体で勝てるとでも思っ……!」
震え声で呟くと同時に、フッ‥‥とエリックの視界から瞬間的にオルタナガンダムが消える。肉眼だけではない、モニターからも反応が消えた。一体、何が起きたのだろうかとエリックは思考が遅れた。まるでミラージュコロイドの類かと思うほどに。
「Shit!!何をするつもりなんだ?無駄な事はやめろ!」
姿が見えない彰人に焦るエリック。彼も正直な話これ以上の手を晒せないので、実はかなり焦っていた。これ以上何かやられたら負ける。彼はそんな予感がしていたのだ。
残念ながら、その予感は的中するのだが。
「エリック。何で俺のガンプラがオルタナ(代替)なのか教えてやるよ。」
声がすると同時に、モニターと肉眼に何体いや何十体ものオルタナガンダムがエリックの眼前に迫る。その一体一体が刀を構えエリックに対し強いプレッシャーを発していた。目の前に広がる光景が信じられず、思わず後ずさりする。
「分身‥‥だ‥‥と?いや違う。これはF91の質量を持った残像———!!」
エリックは対策を練るため知識を総動員。どうにかしてこの場を切り抜けなければいけない。そう彼のガンプラバトルでの経験が語っていた。
(ヤタノカガミを展開した装甲を剥離させ分身するだけじゃあ無い。ビームを反射するヤタノカガミが分身……。)
「まさか……まさかまさかやめろ!!!」
「悪く思うなよ。お前の機体には消えてもらう!くらえぇぇぇぇっっ!!!」
オルタナガンダムは大量の分身の中央に向け両脇に抱えたヴェスバーを放つ。光の線が太い閃光となる。放たれたヴェスバーの閃光がヤタノカガミに反射。更に反射した閃光がまた反射する。
ビームの乱反射だ。逃げ場など何処にもない。オールレンジ攻撃などという生易しいものではない。ファンネルと違い、何処から攻撃が来るか全く予測できないのだ。リフレクタービットの様な効果を持つ八咫の鏡が雨嵐の様にビームの光を反射し攻撃する。分身体の中央に居た黄金のMDはビームの乱反射の直撃を受け爆発した。驚き、戸惑いの声を上げる。情けない声がコックピットに響き渡った。
エリックも何度か避けようと試みたものの360度からランダムに反射されるビーム攻撃など避けようが無かった。だが、装甲を削りつつも数度のビーム攻撃を避けるエリックの実力は確かだった。
失意に項垂れるエリックに、無慈悲にもBattle ended と無機質なナレーションが彼の敗北を告げる。
「どうだエリック!!名付けてプリズムコンセントレートだ!」
彰人は(聞かれていないが)一応解説する。彼自身この技を閃いた時は興奮のあまり寝付けなかったのだ。無言になるエリックに意気揚々と高説を垂れた。
「この技を使った後は耐ビームコーティングが全部剥げるから、敵からビーム攻撃を受けると即死する。だから余程追い詰められない限り使わない。」
「……だけど、効いたろ?」
「……クゥゥッ!!完敗だ!!!!」
仮想空間でのバトルが終わり、現実に引き戻される2人。
「いいバトルだった。エリック。」
彰人が笑顔を浮かべながら満足げに言う。正真正銘の心からの笑みだった。本当にガンプラバトルを楽しんだ者が浮かべる笑顔。その笑顔を見るとエリックは胸が強く締め付けられる様に感じ、その場に跪いた。
「な……。何故だ!」
「エリック?」
「何故そんなに強いのに!君は!!バトルから居なくなったんだ!!」
「君の背中を追いかけていたかった!君とこうやってもっともっともっと戦いたかった!!なのにどうして!!」
「……親父が死んだんだ。」
「pardon?(何だって?)」
「親父が死んだんだ。だから、バトルだけをやるわけにはいかなくなったんだ。……親父の代わりにさ、家族を守らないといけないからな。」
彰人の言葉にエリックの表情がサッと青ざめる。そんな事は知らなかったと言わんばかりに。
「そんな……それは本当なのかい。彰人?」
「ああ。言ってなかった俺も悪かった。」
「そんな……ああ神よ……。そんなの辛すぎるじゃないか。それを僕は……僕は……。」
跪いた姿勢のまま涙を浮かべたと思った途端、号泣するエリック。止め処なく涙が溢れ、時折彼の嗚咽が漏れた。
「僕は何てことを!何も知らないで、君に辛く当たって!本当にすまない。僕もパパが居なくなるなんて考えられない!彰人、すまない!」
「いや、いいんだ。」
「いや良くない!僕は君になんて謝ればいい?何で埋め合わせしたら良い?」
「エリック。だったら一つだけ、いいか?」
「Why(何?)」
涙と鼻水でぐずぐすになった顔を向けながら涙声でエリックは彰人に尋ねた。
「今日のバトルは楽しかった。だから。」
“また、もう一度バトルしような”
その言葉を聞いたエリックが号泣して喋らなくなってしまい。彰人がどうしたら良いか考えていたところ、部屋の隅に待機していたメイドさんがこちらに近づき、唐突に話かけて来た。
「彰人様。こちらに。」
「はい?」
メイドにまたも腕を引っ張られる。意外と力が強い様だ。華奢に見えたのだが。
「エリック様は、あまりご家族と会われる機会が無いのです。ご両親は仕事で忙しく……。」
「なるほど。」
「坊っちゃまが唯一の楽しみとされていたのが、祖父と遊ばれていたあのガンプラバトルでした。彰人様の話も、イギリスに居た頃からされておりました。」
彰人は腑に落ちた。だからあの執着だったのかと。それほどまでにガンプラバトルが好きだったのだ。“本気で怒るくらい”に、わざわざ日本に来るくらいに。その気持ちは彰人自身も覚えがある事だった。
(それを俺は……。俺は、俺の方こそ。)
これほどまでに関心を抱いてくれたこの男に彰人は先程とは違い、好感を抱き始めていた。こいつも同じ”ガンプラバカ”なのだと。初めて彰人はエリックを理解できた様な気がした。それは理屈ではない。国境を超え、時代を超え同じガンプラという趣味が繋いだ奇跡だと思えた。
「色々と気を回してくれていたのですね。その、ありがとうございます。」
彰人も礼儀正しく頭を下げる。
「いえ、私はエリック様が喜んでいただけたらそれで構いませんから。」
メイドは彰人のまっすぐな視線に動揺したのか、少しだけ頬を染めながらそう言って微笑む。どうやらこの人もエリックとの絆があるに違いなかった。
「彰人様。坊ちゃまはああなると治るのに時間がかかります。時間も時間でしょう。今夜は送りますので帰られてはいかがでしょうか。」
「分かりました。エリックも明日学校に来るでしょうし、今日はお暇させていただきます。」
改めて一礼すると、また別のお迎えの人に案内される。エリックはあのメイドさんが対応するのだろう。どうやら迷子にはならなくて済みそうだ。
彰人は心の中でちょっぴり安堵した。
————数時間後。
「寒っっ!!」
時間は経って夜の22時。夜風が吹く中、少し肌寒さを感じながら彰人は文香と電話をしていた。話をする彰人の声は明るい。文香も彰人のその声の明るさを感じ取ったようだ。
「だからみんな言ったでしょ。何とかなるって。」
「ああ、丸く収まったみたいでよかったよ。」
「それはきっと彰人君とエリック君だから大丈夫だったんだよ。」
「え?何でさ。」
文香の言葉が気になった。彰人とは違い、文香はエリックとほぼ初対面のはずだが。
「だって彰人君達みたいに、ガンプラを好きな人に悪い人いないもんね。」
「総一郎君も彰人君もエリック君もみんな、悪い人には見えなかったよ。」
「何だそれ。純粋ということかい?」
「私さ、人に対しては不思議と直感が働くんだよね。」
「だから、エリック君も悪い人じゃないって心で分かったんだ。」
「そうなんだ……文香はすごいな。」
「それ、バカにしてない?」
「いや、本音さ。」
そう。彼の本音だった。文香は一見天然に見えるが、人の本質を見抜く力は誰よりも優れている。付き合ってから改めてわかった事だった。彼女を好きになって良かったと、心から安堵する。
「今日も遅いからまた明日な。」
「うん。おやすみ彰人くん。」
「ああ、おやすみ。文香。」
ぷつりと電話を切る。正直名残惜しい気持ちはあった。しかし、明日もまた学校があるのだ。寝なくてはならない。”これだから、本当にこれだから”
「現実は救い難い。が、悪くもない。」
吐く息が白い。十二月も後二週間で終わる。彰人は風邪をひかないように早足で部屋に戻るのだった。
第5話に続く
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