※この作品はR-18です。

『プリズムの瞳』 機動戦士ガンダムビルドダイバーズ   作:ビルダー林檎

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第6話 『謹賀新年』

「「あけましておめでとう!」」

 

毎年の決まり文句となるこの言葉だが、一年を無事に過ごせたという意味では、良い言葉だ。去年は波乱に満ちた一年だったが、今年は彼らにとってどんな年になるのだろう。

 

————-1月1日。新しい年が明けた。

 

 雪がうっすらと降り積もる護国神社の境内の中で、彰人は振袖姿の文香を眺めていた。鴇色(ときいろ 薄いピンク色のこと)の振袖を着た晴れやかな姿を見ていると、いつもの制服姿とはまた違った魅力がある。身体は冷え切っているが、先程飲んだ甘酒がほんの少しだけ温めてくれた。

 

「明けましておめでとう。彰人くん。」

 

 文香の涼風のように爽やかな声が、彰人の胸に響いた。彼女の声には、不思議と相手を落ち着かせる効果があるような気がした。

 

「ああ、おめでとう。文香。」

「今年も良い年になるといいね!」

「そうだな。良い年にしよう。」

 

(……駄目だ。可愛い。)

 

 ちょっと目を合わせるだけでも顔が赤くなってしまう。いつもの見慣れた制服姿とは違い、着物姿の愛らしい彼女の姿を直視出来ない。柄に合わないが頰を染め横を向き、ちらりと横目で彼女を見る。

 

「どこ見てるの?」

「うわっ!」

 

 いや、何でもない。慌てて彰人は口でそう装うが、恐らく勘の良い文香にはバレているだろう。彰人のその慌てぶりを見て、少しだけ文香は喜んだ様に見えた。

 

「うふふ。この振袖可愛いでしょう。お婆ちゃんが昔着てた着物なんだよ。」

 

 着物の両袖をつまみ、愛らしさを発揮する少女の無垢さと可愛らしさに、彰人はやられていた。

 

(いつもここで動揺するから、からかわれるんだ。‥‥ここははっきり言うしかない。)

 

「ああ、(着物が)すっごく綺麗だよ。」

 

 だが、彼もやられっぱなしの情けない男ではない。だから自分が思い描く最大限に真面目な表情でそう言い放つ。ここまで堂々としていれば流石にからかわれないだろうと彼は予想していた。だがしかし、文香の反応はそんな彰人の矮小な予想を超えていた。

 

「‥‥え?あ。う、うう。」

 

 言葉に詰まり、一瞬の間を置いた後にかあぁぁぁぁという擬音が入りそうなくらいに文香の顔が赤く染まる。耳までがリンゴの様に赤い。驚きの表情を浮かべたまま固まって動かず、言葉がまとまらないのか、口だけが動いた。

 

(……そんな反応されると、俺も困る。)

 

 意外だった。いつもからかってくる彼女の予想だにしない初々しい反応に、彰人も思わず顔が赤くなり体が固まる。そういえば、こうして素直に彼女を褒めたことなんて無かったなと彰人は反省した。

 

「‥‥あ、ありがとう。」

 

 文香は素直に褒められたのが余程気恥ずかしいのかそっぽを向いた。対する彰人もどう話かけるか迷い考えあぐねていた。2人の間に沈黙が続く。

 

「そっ……そうだ!この後は総一郎達も来るらしいから、先にお参り済ませて、ついでに御守りも買おうぜ!買おう!うん。それがいい!なっ?」

 

「……うん。」

 

 彰人が気まずさに耐えきれず無理に話を切り上げると、先に境内に向かって歩く。彼は女の子と付き合うのがそもそも初めてのせいなのか会話でも行動でもリードするのは苦手だった。というよりもどうしたら良いのか全くと言っていいほど分かっていなかった。そのためレディファーストだなんて器用な真似は夢のまた夢である。

 

(———だけど!いやだからこそ!頑張りたい!)

 

 改めて彼はそう心の中で誓った。 それは彼なりの飾り気無い真っ直ぐな気持ち。今彼の目の前にいるこの女の子はどんな女優やアイドルよりも綺麗だと心の底から思えていた。

 

(……やっぱ、大事にしよう。)

 

 彰人は改めて思う。ガンプラも好きだが、やはり第一優先は文香にしよう。年頃の少年が、少年なりに考えそう決めるには十分だった。もしも彼がいつかガンプラをやめる時が来るとするなら、それは文香や、将来できる家族のためだろうという確信が彼の中であった。

 彰人達が境内に歩みを進める一方で、桐谷総一郎は神社の中を1人眠たそうに歩いていた。人混みに疲れたのか敷き詰められた砂利道に足を運び、立ち止まるとふぅ。と一息ついた。

 

(はぁ〜!眠い!眠すぎる。眠すぎ晋作かって!)

 

 年末は片付けに勉強にと忙しいのに加え、紅白は雛美がリモコンを離さなかったせいで、総一郎の好きなボクシングが見れなかったためである。その事を思い出すと、少しだけ神経が高ぶるのを感じた。

 

「お兄ちゃん。眠そうだね。」

 

「ふぁーぁ……誰のせいだと思っているんだ。」

 

「最後の方ボクシング見れて良かったじゃない。」

 

「10分しか見れなかったし、また雛美がジャニーズに変えただろう。教えてくれ雛美!僕は後何回、嵐の年明けに流れるlove so sweetを聞けばいい?君は何も答えてはくれない。」

 

「うっ!それはごめんなさい!」

 

 桐谷家は広いためテレビも複数台あるのだが、やはり居間にある大型のテレビで見たい。後、妹に所有権を明け渡したくないと言う兄としての意地が彼にはあったためである。

 

「ほら、そんな下らない話より参拝に行くぞ。」

 

 話を一方的に打ち切り、雛美よりも先に歩く。境内に着くと、どうやらまだ彰人達は来ていないようだった。

 

(いや。折角の初詣に彼女と2人きりで来ているのを邪魔するつもりは無いんだけどね。)

 

 どうも彰人も文香もみんなでワイワイするのが楽しいらしい。総一郎とは真逆のタイプである。総一郎も本来人付き合いは得意ではないし、妹の雛美が居なかったら女子とも話をすることは無かっただろう。

 

 彰人もクラスの女子からはカッコ良いよね!と言われている反面、生真面な性格なせいで女の子との付き合いに慣れていない。

 

 妹の雛美も本来は友達がいるはずなのだが、その友達とお参りに行った方がいいんじゃないかと以前話すと、女子にも色々あるんだよ。と返された。どうやら、あの妹にも色々悩みがあるらしい。

 

 神社内を観察すると、やはり境内は人でごった返している。対応するアルバイトの巫女さんも大変そうだ。

 

(行ったことはないけど、コミケの売り子さんもあんな感じなんだろうか。おや‥‥?)

 

 その対応する巫女の中に見覚えの顔がある。巫女姿だが、一人だけ本当に神聖な雰囲気を纏った黒髪の少女の姿を見つけた。

 

(あの顔は‥‥。)

 

 早足でその見覚えのある人物に歩み寄り、思い切って尋ねた。人嫌いな彼にしては珍しい行動だった。

 

「ねえ、間違っていたら申し訳ないんだけど、もしかして君は。」

 

「私は今忙しいのだが。女に声をかけるなら相手を……。おや、君は総一郎じゃないか。」

 

「……沙雪。」

 

「久しぶりだな。まさか、君の方から声をかけてくるなんてな。珍しいこともあるのだな。」

 

 腕を組みながら総一郎を睨む少女。その整い過ぎた顔立ちはまるで物語に登場する王子様の様だ。彼女の燃えるように赤くて強い意志を感じる瞳。それが、はっきりと彼を見つめている。総一郎自身もこの目には、幼少の頃に何度か泣かされたものだ。

 

——そして、同時に強く惹かれていたことも。彼は少しだけ、思い出した。

記憶の片隅に、沙雪の笑顔がよぎる。悪くない思い出だった。

 

「君も相変わらず元気そうだね。」

 

 総一郎が変わらない沙雪の姿に安堵しつつ、言葉を投げかける。それは彼女に対する皮肉では無い。

 

「私は元気だ。面倒なことも多いがな……雛美もいるのか。」

 

 雛美の姿に少しだけ沙雪の顔が曇る。しっかり者の沙雪とどこか抜けた雰囲気を持つ雛美。二人の仲は良い、と断じられないのが総一郎は少しだけ悲しかった。

 

「あはは……。ど、どうもです沙雪さん。お久しぶりですー。え、えへへ。」

 

 気まずそうに雛美が沙雪に声掛け愛想笑いを浮かべた。いつもの彼女の天真爛漫の笑顔がぎこちない。

 

(雛美は昔から沙雪が苦手だったな。そういえば。)

 

表情が強張る妹の顔を横目に、目の前の少女は言葉を続けた。

 

「雛美、君も変わらないな。この男の妹にしては愛想が良い。」

 

 その愛想の良さは皮肉なのかどうなのか総一郎に推し量る事は出来なかったが、妹の気持ちも組みつつ総一郎は言葉を返した。

 

「僕は人嫌いなだけさ。」

 

「私と同じだな。私も……人間は嫌いだ。」

 

 沙雪がそう言い終えると、嫌な沈黙が流れる。総一郎も気を遣って何か言葉をかけようとするが、中々良い話題が見つからず考えている中、雛美が総一郎の腕を掴んだ。

 

「あ、あはは。おにいちゃん。私ちょっとお花を摘みに行ってきます。」

 

 雛美が脱兎の如くくその場から逃げるように去る。この場から離れたい気持ちは分かるが、沙雪に失礼じゃ無いかと総一郎は心の中で少しだけ妹を叱った。

 

「……避けられているようだな。」

 

 沙雪が少しだけ悲しそうに俯く。彼女は気が強そうに見える反面、こうした繊細さも持ち合わせていたのを思い出した。そして、この彼女の背反する面は彼自身も嫌いでは無かった。

 

「沙雪のせいじゃない。」

 

 沙雪を慰める訳では無いが、その気持ちを受け止めることにした。彼の言葉の裏の意図を沙雪が呼んだかは定かでは無い。だが、その言葉に沙雪は俯いた顔を上げた。

 

「済まない……なあ、君達も参拝に来たのだろう?なら少し時間はあるか?」

 

「ああ。構わないよ。」

 

 彰人との約束が頭をよぎるが、この状況をそのままにはしたくなかった。だから総一郎はそう告げられた後、沙雪に神社の中にある一室に案内される。彼も子供の頃に、何度か茶道の習い事で訪れたことのある部屋だ。畳張りの部屋の中は清潔に保たれており、かすかにお茶の良い香りが彼の鼻をくすぐる。

 

(ここはあの時と同じままか、相変わらず懐かしい匂いがするな。)

 

 部屋の中の匂いを吸い込むと、やはり良い香りがした。彼はこの部屋が醸し出す雰囲気は好きだった。和室、沈黙、日本特有の美しさ。それら全てに彼は幼い頃から惹きつけられた。

 

「そこに座るといい。」

 

 沙雪が指定した座布団に座る。総一郎が触ると、座布団も丁度良い固さであり、座っていて嫌な気持ちにはならない。こういった細かいところも昔と変わらない。変わらない気遣いが、嬉しかった。

 

「懐かしいな。この場所。」

 

「そうだな。君がよく足を痺れさせていた場所だ。」

 

「そんなこともあったね。」

 

「母は何度か足を崩して良いと言ったのにもかかわらず、君はこれが作法だからと聞かなかったな。だが……」

 

“それが嬉しかった。”という小さい呟きは総一郎には聞こえなかった。

 

「あはは‥‥恥ずかしいな。そんな事覚えてなくてもいいじゃないか。」

 

「どれ。私が久々に茶をたてよう。」

 

 沙雪はそういい終えると、さっと立ち上がり準備をする。棚を開け、中に置いてある茶葉を取り出した。その動作の唐突さに総一郎は驚いたが、特に言及することは無かった。

 

「……え?そんな、いや、それじゃあ貰おうかな。」

 

 どうしたんだ急に。と総一郎は一瞬訝しんだ。

 

 沙雪は幼い頃もあまり社交的な性格ではなかった。むしろ総一郎と同じく神経質で人嫌いな性質だったはずだ。友達も少なくまた彼女自身も友達を作らない性格だった。その沙雪が人の為に茶を立てようだなんて、彼が知る幼い頃の彼女のイメージとは大きく違っていた。そんな総一郎の思惑を知ってか知らずか、沙雪は無表情のまま淡々と茶を立てている。

 

 総一郎は子供の頃から気の強い彼女が苦手だったがその一方で彼女と彰人に守られていたのを思い出した。だから総一郎は彼女には頭が上がらないはずなのだが、小学生の頃に彰人が転校したと同時に彼の方から遠ざけてしまった。それは、総一郎が女の子に守られるのが嫌だったからだ。

 

「僕は……弱くない!だから君なんていらない!」

 

別れ際、総一郎にそう言い放たれた時の沙雪の表情が脳裏から離れない。

 

(あの時、初めて女の子を泣かせた。僕は最低の男だな……。)

 

 今にして思えば彼は幼稚過ぎた。甘すぎた。本来は沙雪に会うのも本当は気まずいはずなのに、なぜ自分はわざわざ声をかけたのだろうか。1人考えていた。

 

「出来たぞ。作法は、覚えているな?」

 

「……ありがとう。いただきます。」

 

 作法は身に染みている。思案を辞め、彼は作法通りに椀を持ち上げ、茶を飲む。一息つくと茶室内に静かな時間が流れていることに気づいた。相変わらず沙雪は苦手だが、この穏やかな時間は嫌いではなかった。

 

「君だけだ。ちゃんとした作法を守ってくれるのは。」

 

ふいに、俯いた表情のまま沙雪がぽつりと漏らす。

 

「そうなの?」

 

「そうだ。彰人もこういうのは苦手な手合いだったからな。その点君は昔から繊細だな。」

 

「君がほめてくれるなんて。」

 

 改めて総一郎は驚いていた。彼女は気が強く人の不正には厳しいが、反面褒めることは少ない。その事に総一郎自身も苛立ちを感じることがあったが、守られているという手前、その感情を飲み干すことしか出来なかったのを強く覚えている。

 

「昔は子供だった。私は自分の気持ちを素直に表現できなかった。」

 

「今は出せているの?」

 

疑問が思わず声に出る。しまったと思った。

 

「……昔よりはな。」

 

だが沙雪は失言めいたその言葉にも動じず、軽く流した。

 

「そうだ。茶だけでなく菓子もあるぞ。食べるか?」

 

「なら、それも貰おうかな。」

 

「待っていてくれ。」

 

 また立ち上がる沙雪。立ち上がった瞬間。ふわっとした良い香りがした。香水ではない。かといって茶葉の香りではない。若い女の肉体が発する健康的な香り。その懐かしい香りは母が亡くなり、女に対する免疫がないまま育った総一郎にとって母以外で初めて嗅ぐ女の匂いだった。

 

「ッ‥‥!!」

 

(だめだ。いけない。僕は匂いに弱い。だがこんな時に……!)

 

 密室、うら若い男女が2人、押し倒しても誰も来ない、気づきはしない。妹も離れている。意識しだすと同時に、彼自身も思わず下半身が熱くなっていくのがありありと分かった。海綿体に血が滾るあの感覚。女を抱きたい、という本能に訴えかける強い欲求。

 

(馬鹿か僕はッ‥‥幼馴染だぞ。あの男女の沙雪だぞ。いくら久々に会うからって‥‥)

 

(沙雪に気づかれるわけにはいかない‥‥!)

 

 下半身の熱を必死に抑えるために総一郎は考えた。本能は理性で抑えれば良いのだ。幸いにも、今彼がしている姿勢は正座。下半身の膨張をうまく隠すには最適な姿勢だった。だが。

 

(まずい!!足が痺れてきた‥‥!!!)

 

 急転直下、最悪なタイミングだった。足が痺れ、体がうまく動かせない。仮に姿勢が崩れれば、この怒張した下半身を見られてしまう。それは最悪のシナリオだった。万が一見られたらキモチ悪がられる。嫌われる。変態扱いされる。など股間だけでなく、嫌な想像が膨らむ。

 

(静まれ!鎮まれ‥‥!僕のサンドロックッ‥‥!)

 

 心の中でいくら唱えても静まらないものは静まらないのである。そこに追撃をかけるかの様に、沙雪の足音が聞こえてきた。

 

「子供の頃に君が好きだった立夏亭の菓子だ。おや‥‥どうした?」

 

 最悪な事というのは重なるものである。まさに総一郎が足の痺れにより変な体勢をしていたその時を目撃された。

 

(沙雪‥‥今は来たらだめだっ!)

 

 総一郎は新年始まって以来神に祈った。僕を今すぐ鎮めてください。と。そして願わくば彼女にばれませんようにと。

 

「おいおい、また足が痺れたのか。」

 

 そんな総一郎の葛藤など知るよしの無い、無表情な紗雪の顔が優しく緩み、すたすたとこちらへ近づいてくる。

 

「痺れたら崩しても良いと言ってい‥‥うわっ!」

 

 繰り返すが、悪い事というのは重なるものである。畳の縁に躓いた(つまづいた)沙雪の体が、大きくよろめき、総一郎の方に倒れる。更に悪い事に、沙雪の体が総一郎の体を押し倒す形となった。

 

(‥‥な”ぁ”ッ!!)

 

 当然、押し倒された総一郎に沙雪の体の温もりと女の匂いが膨大な情報量となって総一郎に流れ込み脳裏を支配する。沙雪の柔らかい胸元が、総一郎の身体に押しつぶされるかの様に圧着される。 彼の下半身はそれはもう、傍目から見てももはや隠しようがないくらいに大変なことになっていた。

 

「う、いたたた‥‥。総一郎っ!大丈夫か?済まない。」

 

「あ、ああ、大丈夫だよ。なんともな‥‥」

 

言葉とは裏腹にまったく大丈夫では無かった。目の前に沙雪の顔がある。美しく整った顔、白い肌。着物から覗く彼女の柔らかな胸がちらりとのぞき、更に彼女の吐息が彼の体に触れる。総一郎はもう限界だった。しかし。

 

「さささささ、沙雪こそ、大丈夫?」

 

 彼も一見、平静を装って沙雪を気遣う。にこりと笑顔を浮かべ、なんでもないといわんばかりに。

 

(良し!これで誤魔化せれば……。)

 

「ああ、私はだいじょ‥‥な、ななななななななッ!!」

 

 駄目だった。脳が処理仕切れないのか、真っ赤になったまま固まり言葉が出てこない沙雪。沙雪の体に総一郎が密着している状態なのだ。隠しようが無かった。

 

「きっ、君はっっ!わわわわ私に何をっっ?」

「沙雪、おっ!落ち着いて話を聞いて欲し……」

 

 瞬間、視界が飛ぶ。ビンタされたのだろうと冷静に頭は働いていた。ビンタされた瞬間、頰に強い痛みを感じたと同時に総一郎は達した。快感だった。それは彼が生きてきた中で感じたことの無い強い快感だった。この時の体験は今後数十年に渡って彼の性癖を歪めることになるのだが、それはまた別の話である。

 

「ばっっ!馬鹿!!君はっ!私をそんな目でみ‥‥い、いたたたたた!!あっ、足がっ!!!」

 

沙雪が足首を抑えてその場にしゃがみ込んだ。

余程痛いのだろうか、呻き声を上げながらうずくまっている。

 

「沙雪!だ、大丈夫か!」

 

「駄目だ!!つってしまった!!」

 

「とっ!とにかく、横になるんだ。今冷やすものを持ってくる!。」

 

「す、すまない。」

 

 達した後、気怠いながらも冷静さを取り戻した体に鞭打ち、流しの方へ行く。この建物の間取りを覚えていたのは幸いだった。手拭いを取り水に浸す。そのまま沙雪の方に向かい脚を冷やしてやる。

 

「沙雪、手拭いを持ってきた。脚を冷やすよ。」

 

「ま、待て、痛みで上手く体を動かせない。触っても良いから、着物をまくって直接当ててくれないか?」

 

「は?」

 

「いいから、早くしてくれ!」

 

「あ、ああ!」

 

 剣幕に押されつい頷く。総一郎は持ってきた手拭いを一旦置き、着物に手をかける。あまり見ないようには努力したが、脚を冷やす時に、沙雪の細く美しい足首を目の当たりにした時、その官能的な景色に頭がくらくらとした。が、総一郎少年は社会性も分別もある少年だったから、極力、沙雪の足の痛みが治るように努めた。

数分後。

 

「落ち着いたかい?」

 

「ああ、ありがとう。だいぶ良くなってきたようだ。」

 

「……なら良かった。」

 

「おい、総一郎。」

 

「何?」

 

「その、何だ。あー、その……君の方も落ち着いたか?」

 

 

怪訝な顔で沙雪が尋ねる。勿論それは別の意味があるのだが。

 

 

「そ、それは。」

 

 

 顔を青ざめる総一郎。殺される。と体は瞬間的に防衛本能が働く。この恐ろしいほどの殺気を放つ女に不覚にも自分は欲情したのだと総一郎は恥じた。

 

 

「さっきのは‥‥私も悪かった。君も男なのだから仕方ない。私の不注意だった。」

 

 

「だが、私をそういう目で見るのはよしてくれないか。」

 

良かった。殺される事は無いと総一郎は安堵した。それとは裏腹に、部屋に気まずい沈黙が漂う。

 

 

「ごめん。」

 

 

「謝ることじゃない。ただ、その、ちょっと驚いただけだ。」

 

 

「僕もどうかしていた。」

 

 

「仕方ない。‥‥そういうことだ。」

 

 

「‥‥君は私が嫌いではないのか?」

 

 

「嫌い?どうして?」

 

 

「彰人が転校した時から君は私を避けただろう。」

 

 

「……避けていないと言ったら嘘になるね。」

 

 

「そうか……。」

 

 

「だけど、それは君のせいじゃ無い。僕が君に守られていたのが不甲斐なかったからだ。あの頃は女の子に庇われるのが……情けなかったからだ。」

 

「だけど今の僕は子供の時とは違う。背も伸びたし、勉強だって他の奴には負けない。だから……変わった筈だ。」

 

 

「そうだな。君は変わった。」

 

 

「そんなに昔の僕は弱かった?」

 

 

「あの時の君は肌の色も白く、腕は棒切れの様に細い。申し訳ないが、私は君を守るべき対象としてしか見ていなかった。」

 

 

「……それはお気遣いありがとう。と言っておくべきなのかな。」

 

 

 冷静に言い放たれたのがやはりカチンと来た。プライドの高い総一郎にとってはどうしても納得は行かない。やはり自分はこの女にとっては格下だと思われていたのだろうと理性が判断する。守る存在、それは総一郎にとっては自身の誇りや今までに築きあげて来たものを全て否定されたように感じた。

 

 

「……ありがとう沙雪。お茶、美味しかった。」

 

 

 彼は苛立ちを隠しながらそう言って座布団から立ち上がり、そのまま踵を返して帰り支度を整えようとする。

 

 

「待て。話を聞いてくれ……今の君は、昔の良いところはそのままだ。礼儀正しく……あんな事があっても、逃げずに手当てしてくれた。」

 

 そう言い終わると。穏やかに微笑んだまま総一郎を見る沙雪の目は子供の頃から変わらない。綺麗で澄んだ目をしていた。

 

 

(この瞳‥‥?)

 

 

 見るものによって様々な色を見せる瞳。幼い頃に読んだ絵本で知った。彼女も、彰人と同じ瞳を持っている。ルビー色の美しい瞳。そしてその瞳が映し出す総一郎の顔は、かつての幼い日では無く、成長した現在の総一郎の姿だった。

 

 

(……僕にとって特別な人は、みんな同じような瞳をしているのはなぜだろう。)

 

 

 総一郎の中の怒りが静まっていく。と同時に、彼女の事を冷静に見れる自分がいることに気付いていた。

 

 

「ごめん。僕は、君のことを誤解していた。ここまで話をするとも思っていなかったから言うよ。今の君も、昔の強いところはそのままだけど、雰囲気が柔らかくなった。」

 

 

「‥‥それは、ありがとう。」

 

 

沙雪は気まずそうに視線を外した。

 

 

「昔は嫌いだった。でも……今は違うよ。」

 

 

「少し茶を飲むだけのつもりでいたが、ここまで腹を割るとは。」

 

 

またも気恥ずかしそうにまたそっぽを向く。これ以上この空気には耐えられない。今日はもう帰るとしようかと、総一郎は考えた。

 

 

「私も君と話が出来て楽しかった。また来るといい。私は休日、大抵はここにいる。君が来たらまた茶を立てよう。」

 

 

「また来るよ……約束する。」

 

 

「だが総一郎。」

 

 

「?」

 

 

「へんなことはもう、無しだぞ。」

 

 

 耳まで顔を赤くしながらそう途切れ途切れに話す彼女は、昔の男女の顔ではなかった。

 

 

(……可愛いな。)

 

 

総一郎はこの時初めて男女と呼ばれたこの少女を、沙雪を”可愛い”と思った。

幼い頃には考えもしなかった感情。互いに腹を割って話し合う事で、彼女を少しだけ理解出来たような気がした。

 

 

———数時間後。

 

 

「で、俺と文香との約束をすっぽかした挙句、沙雪といちゃいちゃしてたのかい?総一郎クンさぁ。」

 

 

 怒りを抑えているのか、瞼をピクピクとさせながら彰人が詰め寄ってくる。まずい。彰人が機嫌が悪い時は大抵瞼をひくつかせるのだ。普段彰人は怒ることはないが、怒ったらやばい。「彰人は怒らせてはいけない。」これは子供の時から沙雪と総一郎との共通認識だった。

 

 

 

「すっ!すまない!彰人!本当にごめんなさい!」

 

 

 

土下座。彼にとってそれは最高の誠意を示す姿勢だと思っている。ぴくりとも動かない不動の姿勢のまま答えた。

 

 

 

「いや、いいんだよ総一郎。俺も文香と一緒にいれたし。三越でガンプラの福袋も買うことが出来た。」

 

三越の袋をぽんぽんとさする。だが声色は怒っているのが伝わって来る。

 

「ただね。せめて一言あって欲しかったんだよ。結構心配したんだからな。お前のこと。やっぱり大事だし、雛美も心配してたんだぞ。」

 

 

「すまない。」

 

 

総一郎は土下座のままちらっと彰人の顔を見る。

 

 

(やっぱり怒ってるよぉ〜!)

 

 

瞼をひくつかせながら彰人のお説教が続く。

新年早々、総一郎の受難はまだまだ終わらないようだ。

 一方その頃、エリック邸。広い部屋の中で、雨宮椿は1人困惑していた。目の前にいる男、エリックが正月であるにもかかわらずガンプラを弄っている。何故?と椿はただただ困惑していた。

 今日は彼女も休みであるため、エリックの世話をする事はない。だが、椿は日頃の習慣からついエリックの一挙一動が気になっていた。ガンプラを作るため、ランナーにゲート処理を施し更に組んだ機体にはやすりをかけて丁寧に仕上げている。その姿はさながら仏を掘る仏師のように見えた。

 

 

「椿。あけましておめでとう。」

 

 

こちらに気づいたのか。一言そう伝えるとまたガンプラに向き合う。

 

「あけましておめでとうございます。あの‥‥エリック様。今日は元旦ですし、初詣に行かれてみては。」

 

「ああ、初詣は日本の宗教行事だろう?申し訳ないが、僕は日本人じゃない。僕が興味あるのはアキトと戦う事サ。だから、みんなにとって特別な日であってもガンプラの調整はかかさない。」

 

 

「左様ですか。」

 

 

 なら、もう言葉は不要だろう。椿はエリックのこういう意思が強い所は認めていた。エリックの事を気に入ってなければ、こうしたメイドの仕事も仕事としてでしかこなす事は出来ない。エリックのガンプラ好きは充分知っている。だから、彼の趣味に口は出すまいと椿は考えていた。

 

(次こそボクがアキトに勝つ。)

 

 

 エリック・オースティン自身は、神取彰人との再戦を望む。いつか彼に勝つために、戦うために最高の機体を作る。だから大好きな餅も食べず、ひたすらにガンプラ作りにいそしむのだ。エリックの決意は固かった。

 

新しい年が始まり、各々が新しい関係を築く。出会いを得る者。出会いを深める者。新しい闘いに向け闘志を燃やす者。今年は彼らにとってどんな一年になるのか、それは誰も知る由がない。だが一つ言えるのは、彼等ビルダー達にとっては、またガンプラ漬けの一年になるのだろう。それはそれで、悪くない一年になりそうだ。

 

 

 

第7話に続く

好きなガンプラは?

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  • Reonガンダム
  • イージスアルケーガンダム
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