参加陣営が多くて、文章量が増える…
「ぎ、やァァァ!」
「みずを!みずをくれェ!!」
兵士達が火達磨となって藻掻き苦しみながら、その肌を爛れさせて死んでいく。
鉅鹿近郊で幕を開けた連合軍と黄巾賊の戦いは、黄巾賊が圧倒していた。
背に箱を背負った黄巾賊達が、火炎を放射する新兵器を投入したことで、連合軍は近づくことすらできていない。遠目から弓を射掛けるが、圧倒的物量の前には焼け石に水でしかなかった。
「ありえませんわ…」
布陣した連合軍の前に、黄巾賊が整然と姿を現した時、盟主である袁紹と諸侯は絶句した。ここ百年で最大規模と言える26万の大軍勢を率いていた連合軍。
しかし黄巾賊はそれを遥かに上回る、50万もの大軍を率いて、連合軍に襲いかかった。
「華琳様!すぐに撤退を!」
「このままでは…!」
それは蹂躙と言える一方的な戦いだった。最前線に布陣していた盧植の官軍は、まるで火の付いた枯葉が燃えるように崩壊していく。そして官軍を焼き尽くした黄巾賊は、そのままの勢いで曹操軍へとその牙を剝く。
「くそ…!!」
「こいつら、狂信者だ…!!」
「蒼天すでに死す…!黄天まさに立つべし…!」
「御方のために…!」
華琳の覇道を支える精強な兵士達が、見るも無残に殺されていく。その突破力と士気の高さは紛うことなく狂信者派閥の兵士達だった。
それを見た桂花と凛が、すぐさま撤退を進言する。あの50万の中に、あとどれだけの狂信者派閥がいるかも分からない中で、野戦で戦うことは自殺行為だと華琳に訴える。
「…無理ね」
「「…は?」」
しかし、華琳は敵陣を睨んだまま、冷静に進言を否定する。
その直後、連合軍の頭上を巨大な岩の影が通過した。轟音と共に後方に落着し、何十人もの兵士が圧し潰され、大地に赤黒い染みを作った。
「投石器…!?」
「…っ、そんな、ありえません!どこからそんなものを…!」
次々と連合に襲いかかる岩が、後方の予備兵力を削っていく。それは明らかに狙いを定めた爆撃だった。賊や農民、狂信者で構成された軍のはずが、高度な工作技術を必要とする投石器を戦場に持ち込み、弾道を計算し、的確に運用しているという有り得ない事態に、桂花や凛だけでなく、連合の全軍師が戦慄していた。これでは撤退しようにも、常に頭上から襲いかかる岩に注意を割きながら撤退しなければならない。士気は下がり、進軍速度も牛歩の如く落ち込むだろう。そこへ狂信者派閥が襲い掛かってくれば、全滅は必至であると、華琳は臍を噛む。
「申し上げます!劉表軍、撤退を開始しました!!」
「なんですって!?戦ってすらいないじゃない!!」
情勢の不利を悟った劉表は自軍が無傷の内に、他の連合軍を盾にしつつ戦場からの離脱を図った。しかし劉表は、連合でも有数の大兵力を連れており、その軍勢が離脱したことの影響は計り知れない。
あまりの無責任さに桂花が怒りを露わにし、砂塵を上げて走り去ろうとする劉表軍を睨みつける。そしてだからこそ、桂花は連合でも一早く、彼らの不運に気付くことが出来た。
「ぎゃあぁぁ…!」
「火が、火がぁぁ!!」
逃亡する劉表軍を逃がすまいと、黄巾賊から走り出た部隊が火炎を放射し、最後尾の兵士を焼き払う。兵が火達磨となり断末魔の叫びを上げながら、焼け焦げていく。そして人の形をした炭が、ドサリと地面に崩れる。
「なによ…あれ…」
「火を吐く兵器なんて…」
その兵器の有用性は、軍師でなくとも理解できた、いや出来てしまった。軍師でなくとも、それこそ兵卒であっても理解できる。あれを向けられればどうなるかということは。
むしろ、前線で戦う役目を持った兵士達の方が、その恐ろしさを理解できるだろう。
「これは、不味いわね…」
悔し気に爪を噛む華琳の視線の先には、士気の低い諸侯の軍から、次々と兵士が逃亡していく光景が広がっていた。
▼
「申し上げます!!盧植軍、趙謙軍、王允軍、共に全滅致しました!!趙謙様と王允様は戦死!盧植様は生死不明の重傷です!」
「失礼いたします!沮授様、張郃様が戦死!前線が突破されます!」
「劉表軍撤退!その影響で各軍で逃亡兵が相次いでいます!!」
「そんな…うそでしょう…?」
矢継ぎ早に訪れる伝令に、麗羽は焦燥を隠さずに、まるで倒れ込むように椅子に体を預けた。冷汗が引っ切り無しに顔を伝って乾いた地面へと吸い込まれていく。
どうしてこうなった?いや違う、どうすれば良い?撤退は出来ない。名門の誇りにかけて、暴虐な賊徒相手に敗北を認め、撤退なんて出来るわけがない。
「麗羽様ッ!!」
「…!と、斗詩、さん…?」
「猪々子ちゃんが!」
天幕に駆け込んだ斗詩の顔は、べったりとした血で汚れており、前線がどれだけ過酷な場所かを示していた。しかしそれよりも麗羽を青褪めさせたのは、斗詩の背後、板に乗せられ、見るも無残な血達磨となっている猪々子の姿だった。
「よ、ぉ…姫…」
「あぁ…!」
言葉を発するのもようやくといった有様の猪々子に、麗羽は世界から色が消え失せていく様な錯覚を覚えた。このまま放置すれば、彼女が命を落すことは火を見るよりも明らかである。すぐにでも撤退し、本格的な治療を受けさせる必要があった。名門の誇りと、共に育った大事な臣下。どちらを取るべきか、麗羽は悩むことなく決断した。
「田豊さん!斗詩さん!撤退しますわ!!朱霊さんと逢紀さんに殿を命じなさい!」
「「っは!!」」
▼
「ハハハ!!良い女だァ!!」
「どけ!それは俺のだ!」
下卑た視線を垂れ流し、自身へと向かってくる黄巾賊を前に、愛紗は不思議と落ち着いていた。心にあるのは静かな、青く燃えるような怒り。心優しい義姉の理想を砕いた賊徒を骨まで燃やし尽くす赫怒のみだった。
「…貴様らと語る言葉を、私は持たない」
美しい黒髪をたなびかせ、青龍偃月刀を振るう。大空を流れるように渡る青龍の如く、愛紗が舞う。骨など存在せず、ただ肉の詰まった革袋を斬る様な、滑らかな感触を手に感じながら、賊徒の命を断ち切る。
「桃香様の理想を穢す、賊徒共…!この関雲長が地獄に送ってやろう!!」
美髪公、ここにあり。そう喧伝するかの如く、次々と賊徒を斬り伏せていく愛紗。義姉の理想を叶えるための刃であると自認する彼女の武は、ここに来て一段と冴え渡っていた。
「っくそ!このバケモノがっ!」
「……!」
宣言通り、なにも言葉を交わさず、その目に怒りの大炎を灯して戦う愛紗に、所詮は只の賊徒でしかない黄巾賊の面々が、恐怖で硬直していく。連合軍で唯一、劉備軍が優勢を保っていられるのは、相対しているのが、賊徒だけで構成された黄巾賊なのもあったが、それ以上に愛紗の武力によるものが大きかった。
それは、
「おぉ。ただの義勇軍と思っていましたが、やりますねぇー。それに教主様に捧げるのに十分な体です」
黄巾賊を指揮する風が、舞いでも踊っているかのように、黄巾賊を斬り伏せる愛紗にその目を向けた。その黒い髪と、豊満な胸、キリッとした芯のある瞳。どれをとっても、神が欲するであろう女である。
「それでは、あれを使いましょうかねー」
「よろしいのですか?風様。あれは…っぐ!?」
ニコニコと切り札の投入を決めた風に、本陣の守備に付いていた凪が、自らの意見を述べようと口を開く。しかし突如として現れた影に腹を殴られ、その衝撃で吹き飛ばされた。
「ぅ、ぐ…ぉぇ…」
鍛錬は怠っていないはずの腹筋は、なんの役目も果たせずに、胃の中の物を吐き出させる。
「カミニ…ササゲヨ…!カミニ…カミニ…」
吐瀉物の異臭を感じながら顔を上げ、影の正体を確かめる。そこには白目を剝いて唾液を垂らし、唸り声のような声で、神への供物と繰り返す、異常そのものな兵士が、凪を殴った腕をそのままに立っていた。
「ダメなのですよー、凪ちゃん。風に逆らうことは、主教さまに逆らうことなのですから」
飴で隠してはいるものの、その裏では嗜虐の快感で醜く歪んだ笑みを浮かべているのを、凪は見逃さない。しかし教主から直々に、黄巾賊の指揮を取ることを命令されている風に逆らうことは、まさに教主に逆らう事と同じなのだ。
「…は、い…もうしわ…ぁぐっ…!」
「カミ、二、サカラウ…モノ…!!」
それを理解している凪は、謝罪しようと地に手を付く。しかし異常な兵士は凪を許そうとはせず、その足で彼女の頭を踏みつける。まるで彼女の頭を潰そうとしているかの様な重みに、自分の吐瀉物で顔を汚しながらも必至に藻掻く。だが気を修めた彼女の膂力を以てしても、兵士はビクともせず、凪の抵抗に怒り、更に踏む力を強めた。
「ぁ、ぐ…や、やめ…ふ、うさま…!」
涙を流し、助けを求めて手を伸ばす凪の姿は、風の加虐心を満たし、そのピッタリと閉じた割れ目をじわりと濡らす。
「…おぉ。もう良いのですよー」
「………」
そんな、余りにも軽い風の一言で、兵士は足を退ける。そして頭が潰れるような鈍痛を堪え、凪は再び跪く。
「あ、ありがとうございます…」
「あなたはもう
その言葉に、凪は屈辱に顔を歪ませる。彼女はすでに教主の閨に呼ばれることが無くなって久しい。かたや風は、教団の女の中で、最も教主の寵愛を受ける女。この二人には絶対的な壁が存在している。武勇でしか奉仕できない者と、性と知略で奉仕する風。どちらが上かなど論じるまでもないのだ。
屈辱に震える凪を嘲笑し、見下した風は、一度だけ手を叩く。たったそれだけで、悪夢の軍勢がその狂貌を露わにする。
「それではー、突撃」
オ、オォォォォ!!!
眼下に揃う狂信兵に、予め刷り込んだ命令を発すれば、彼らは野獣の様な雄叫びと共に、劉備軍へと襲いかかった。
▼
檻から解き放たれた猛獣のように、劉備軍へと突進した狂信兵は、瞬く間に劉備軍の戦列を喰いちぎって行く。
「っく!なんだこいつ等は!!」
「愛紗!こいつら斬っても斬っても向かってくるのだ!」
新手として迫ってきた狂信兵に、優勢を誇っていた劉備軍は、あっという間にその戦力の大半を喪失した。
一目見て狂信兵の危険性を察知した雛里により、腕を狙うように全軍に伝令が発せられたが、両腕を斬られようと狂信兵が止まることは無い。
続けて三人一組で一人の狂信兵を狙うように伝令が走った。しかし、たかが三人では、一人の狂信兵を止めることは不可能だった。
「あわわ…ど、どうしたら…」
弓を射掛けようにも、乱戦となっている前線に打ち込めば、味方にも被害が出る。同じ理由で騎兵も投入できない。戦列に突入された以上、歩兵だけで狂信兵と相対しなければならないのだ。雛里は目を泳がせながら、滝の様な汗を流す。
「雛里ちゃん、どうしたの?」
「と…桃香、さま?」
こんな危機的状況にあっても、彼女の主はにこやかに微笑みを浮かべている。今この瞬間にも、兵が殺されているにも関わらず。
「ほら、早く弓兵さんに命令しなきゃ…『撃て』って」
「で、ですが…まだ味方が…」
混乱が雛里の脳内に溢れる。前線には味方が、愛紗が、鈴々がいるのが分からないのだろうか?それとも別の、なにか他の策があるのだろうか?
「うん。だ か ら ?黄巾は、殺さなきゃいけないんだよ?愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも、弓ぐらいじゃ死なないから、大丈夫だよ!」
「と、桃香さま…!!」
雛里は絶句する。主の言う言葉の意味が分からない。味方ごと黄巾賊を撃て?有り得ない。それをして何になるというのか。第一、自分が共感し、支えようと誓った貴女の理想は…!
「皆が笑って暮らせる世の中だよ?」
「…っひ!?」
そこにあったのは、黒。
鼻先が触れるほど近くまで顔を寄せた桃香が、魂すら吸い込んでしまいそうな、真っ黒な瞳で、雛里を覗き込む。しゃがみ込み、雛里の顔をがっしりと掴んで、恐怖で涙を浮かべるその目に昏い笑顔を向ける。
「でもね…その『皆』にあれは入らないの。私の理想に…あんなの、要らない。……あれはね、殺さなきゃいけないの。それが『皆』の幸せなんだよ?…ほら、早く。撃つように命令して」
「ひ…あ…い…」
「さっさとしろよ!!!」
表情は慈母、言葉は暴君。それはまさに狂人の姿。己が理想に蓋をして、現実を、人の悪意と戦うことを決めた少女。しかし蓋の中で、純白の理想は澱んで腐り、溢れ出していた。
(あの時…止めておくべきだった…!)
雛里の胸に、後悔が広がる。結局の所、桃香は優しすぎたのだ。黄巾賊という巨大な人の悪意と、理想。清濁併せ飲むには、彼女の理想は気高過ぎた、黄巾賊の悪意が巨大過ぎた。
それでも彼女は飲み込んでしまった。理想に蓋をし、悪意と戦った。しかしその結果、彼女が悪意となったのだ。
「…もう、いいよ。弓兵!!黄巾賊に向けて撃って!!」
「「……っ!」」
命令に服従するのが兵士だと、彼らに教えたのは誰だったか。しかしそれが誰だったとしても、彼らは忠実にその教えを守った。
「っぐぁ!」
「なんで、後ろから…!?」
「桃香様…!?」
後方、味方から降り注ぐ矢の嵐に、劉備軍の兵士達が倒れ伏す。愛紗が信じられないと本陣を見れば、弓兵達がその顔を涙で濡らしながら第二射を放った。
矢が空を黒く染め、愛紗に降り注いだ。
「桃香様ァァ!!!」
連合軍戦況
袁紹 撤退開始
曹操 投石器に苦戦中
劉備 劉備乱心
孫策 ???
袁術 ???
劉表 撤退
他多数 壊滅
次回は、孫策と袁術をお送りします