星と風がオッサンの配下に加わる過去編です!
村と三人
薄暗く湿った小屋で、三人の女が横たわっている。手足を縛られ、服の隙間からその柔肌を晒す彼女たちは、大陸の未来を憂い、自らの才を役立てるに足る主君を探して各地を旅していた、未来と才能に溢れた才女達だった。
涼州の州牧として新たに就任した董仲穎。彼女を見極めるべく、涼州へと赴いた彼女たちを待っていたのは、村人達の卑劣な罠だった。村人たちは、罪悪感に押し潰されそうになりながらも、彼女達の料理に薬を盛り、意識を奪うと、この小屋へと押し込んだ。
「そ、村長…俺たち、いつまでこんなことを…!」
「黙れ!仕方なかろう!こうしなければ儂らの家族が…!」
小屋の外から聞こえる言い争いに、凛は目を覚ます。ズキズキと痛む頭を押さえ、記憶を遡れば、自らの置かれた状況が朧気ながらも分かっていく。
「…二人とも、起きてください…!」
「……う?」
「…こ、こは…?」
外には聞こえないように小声で囁きながら、旅仲間である風と星を起こす。二人も凛と同じように、痛む頭を押さえて呻くが、次第に状況を理解して、険しい表情で辺りを見渡す。
「嵌められたか…」
「ただの村人がこんな薬を持っているとは考えられませんけどね~」
「今はここから逃げる方法を考えないと…」
縛られた体を捩り顔を近づかせ合う三人。しかし良案は浮かばない。武器や荷物は見当たらず、キツく縛られた縄は、村人が人を縛ることに慣れていることを示していた。
「目を覚ましましたか…」
「「「…!」」」
話し声が聞こえたのか、ガラリと扉が開き、陰鬱そうな表情を浮かべた村長が、三人の前に顔を出す。下卑た顔を浮かべるでもなく、ただただ罪悪感に押し潰されそうなその顔は、女を拉致した男の顔でなかった。
「貴様っ!」
星が憎々し気に村長を睨みつけるが、彼はそんな視線を無視するでも、嘲るでもなく、それが自らへの罰であるかのように受け入れる。その顔は、とてもではないが悪人の浮かべる表情ではない。
「村長さん、なぜこんなことをしたのですか?」
「…仕方ないんだ。もう、この村に差し出せる物はない…。次に奴らが来たとき、なにも無ければ、私の娘が…!」
村長のその言葉だけで、三人は察する。賊に脅され、金を巻き上げられているのだろう。しかし村にはもう金がない。自分の娘を賊に差し出す代わりに、自分達を、ということなのだろう。
「すまない、すまない…」
そう謝罪を繰り返しながら、膝を着く村長。きっと彼は善良な人なのだろうと、三人はやるせなさを隠せない。
「何人だ」
「…は?」
「そいつらは何人いると聞いている」
俯く村長へ、義憤と失望に燃える星が問いかける。善良な彼を、悪事に手を染めさせるまでに追い詰めた賊への怒りと、ここまで民を苦しみを放置している董卓への失望が、星の胸中に渦を巻く。
噂に伝え聞く、董卓の人間性が本当ならば、彼女はきっと、この村が苦しんでいることを知らないのだろう。しかしそれこそ知ったことではないと、星は憤る。民の上に立つ者が、民の嘆きを知らないとは、それだけで十分罪なのだ。
「い、いつも50人ほどで、来ますが…」
「ふむ、村長殿。私に任せて貰えないだろうか?常山の趙子龍。悪辣な連中を許してはおけん」
燃え盛る決意の炎を灯した星の瞳に、村長は思わず吸い込まれるような錯覚を覚えた。地獄へと伸ばされた一本の蜘蛛の糸。常山の趙子龍、以前村を訪れた商人が、言っていた武芸者の通り名だったはずのその名前。それは恐ろしく強い、水色の髪の女だと、商人からは聞いている。
「あ、あなたが…?本当に…?」
「うむ」
「………分かりました、恥知らずな願いではありますが、私たちを救ってください…!」
パサリと三人の縄が切られる。いつまでも従ってはいられない、今回はこの三人を差し出したとして次はどうする?また旅人を捕まえて差し出すのか?それをいつまで続ければいい?きっとそれは自分が死ぬまで続くだろう。そして子も、孫も、奴らに生贄を差し出し続けることになる。
「もう、付き合いきれん…!なぁ、皆もそうだろう!?!?」
噛んだ唇から血が零れ、顎を伝っていくのを感じながら、彼は小屋の外に向かって声を張り上げる。その目は、自らの誇りを守るために、強者への反逆を決意した戦士の目だった。
「当たり前だ、村長!やってやろうぜ!」
「そうだ!!もうこんなこと御免だ!」
いつの間にか、小屋の周囲には大勢の村人が集まっていた。その誰も彼もが、奴らへの反逆を声高に叫ぶ。松明を夜空に掲げる村人たちは、虐げられるだけの弱者から、誇り高き民へと、その在り方を変じた。
否、変じてしまった。
「村長殿!これほど士気が高ければ、賊相手にも十分やれるでしょう!」
「勝つための策は私たちにお任せあれ~」
「は?賊?」
風と凛の言葉に、村長は疑問符を浮かべる。嚙み合っていたようで、噛み合っていなかった両者の会話を、嚙合わせるための言葉を叫んだのは、ある一人の青年だった。
「
「「「…」」」
▼
「これは雲行きが怪しいのですよ」
「中央へ届いている董卓の善政の噂は、全てデタラメ…」
「これは、いや、中々に厳しい…」
提供された家の中で、三人は頭を抱えていた。たかが百人程度の賊であれば、星の武勇、凛と風の知略があれば容易に倒せたことだろう。しかしそれが州牧の軍勢となれば話が別である。倒したとしても、第二第三と増援がやって来るのは目に見えているのだ。どうしたものかと頭を捻る凛と風。
「彼らは村を捨てる覚悟をしている…今更やっぱり止めましょうなど、口が裂けても言えんな」
そんな二人を尻目に、止めるつもりなど毛頭ない星がケラケラと皮肉を口走る。二人も、今更止めるつもりなどない。しかし、仕官が目的である二人は、ここでの問題が、自らの仕官に大きく響くことを恐れていた。州牧の兵士を殺すなど、立派な犯罪である。そんな人材を登用する者がいるだろうか。
「おや、二人の眼鏡に叶うほどの御仁であれば、かような義挙を咎めるはずはないと思うが?」
「そもそも幾ら風達がいても、民兵では勝てないのですよ」
風の言葉には確かな理屈があった。善政の噂はデタラメであったとしても、馬騰を殺した単于を撃退したのは紛れもない事実なのだ。生半可な軍ではなく、たった今まで村人だった民兵を率いて勝てる様な相手では決してないと、彼女は飴をペロリと舐めながら現実を突きつける。
「だが、やるしかないのではないか?」
「風は見捨てるというのも、アリだと思うのですよ」
「風!?」
やるしないと語る星に、風はどこまでも冷静に、見捨てるべきだと言い放った。
穏やかな彼女の一言に、星だけでなく、凛すらも驚愕の視線を送る。
「それは余りにも…!」
「風達が彼らを助ける理由はありませんので~」
見捨てるというのが、この状況における最適解だというのは、凛も理解している。しかし彼女の中の感情や良心が叫ぶのだ、助けになってやりたいと。
「ふ…」
「お三方、大変だ!すぐに隠れてくれ!」
凛が伝えようとした言葉は、しかし家へと転がるように入ってきた男によって遮られた。汗だくになりながらも明かりを消し、三人に伏せるように伝えると、男は窓から僅かに顔を出して外の様子を伺う。
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「こ、これは将軍様、このような村にお越しいただけるとは…」
「馬超の部隊との合流地点なだけだ。そうでもなければこんな薄汚い村に来るものか」
村の中央、そこには董卓軍の将軍である華雄が、馬上から村を見下していた。気分を損ねないように、必死に顔を地面へと擦り付ける村長。すでに反乱を決めた村人達ではあるが、何も準備ができていない中では、董卓軍で最も冷酷だと噂され、『今白起*1』と恐れられる華雄の前では、ただ俯くことしか出来ないでいた。
「あぁそうだ、この村に徴収に来ていた連中だがな…全員処刑した」
「…は?」
馬から降りた華雄が、なんでもない事のように村長へと告げる。それはどういうことかと、村長は次に発する華雄の言葉に耳を傾ける。福音か、更なる地獄の訪れか。実はあの兵士達は董卓に黙って村から財を徴収しており、それが発覚したために処刑されたのでは、というこの上なく甘い想像が村長の脳裏を過ぎる。しかし華雄の態度と、近隣の村から聞こえてくる悲鳴染みた噂話から、そんなことは有り得ないと理性が騒ぐ。
「あのゴミ共め、徴収すらできんとはな…!知っているか?ゴミ共が貴様らから徴収した金だがな、命じていた半分にも届かん金額だったわ。奴らそれを水増しして報告していたからな、一族全員処刑した。くくっ…見物だったぞ?」
「な…!?」
更なる地獄が、やってきた。徴収された金額ですら、こんな寒村では天文学的とすら言える金額だったのだ。それの更に倍とはどういうことなのか。そんなもの一度たりとも払えるわけがない。
兵士達が水増ししていたのは、保身か、それとも自分たちを守るためか。今となっては知る由もないが、彼らもこの村と同じく搾取される立場だったことに、村長はどうしようもなく、同情を覚えた。
「という訳でだ、払え」
「…っ!」
払える訳がない。これまでの徴収ですでに村に金目の物など一つもない。今年の冬を乗り切ることすら不可能なのだ。唯一、売れる物といえば、それは最早『人』しかない。
「…こ、この村に、そのような大金があるとお思いか!?なまじ有ったとて、貴様にくれてやる訳なかろう!!」
伏せていた顔を上げ、華雄を睨む。殺されるかもしれない、そんな恐怖を捩じ伏せて彼は華雄へと告げる。金を払わないという言葉に隠した、『我らは人である』という思い。家畜の様に飼い慣らされ、強者の顔色を伺う腑抜けではないという、人としての最後の矜持を示した男の言葉だった。
「では死ね」
しかし華雄がそんな思いを汲む女であれば、『今白起』などという冷酷極まる異名は付いていない。煩わしい羽音を撒き散らす虫を潰す様に、華雄の大斧が彼の首を刎ねんと迫る。
彼女にとって、反逆者とは主に歯向かう者、逆らう者を指す言葉である。つまりは、彼も反逆者である。であればそこに慈悲は無く、華雄の大斧は速やかに振るわれるのは道理だった。そしてこの涼州で、その道理に抗えた者は未だかつて存在しない。
「随分と、血の気が荒いと見える」
ギィィィンと、道理に抗う紅い槍が、大斧を阻む。人を食ったような笑みを湛えて、ふわりとその場に舞い降りた星は、油断なく華雄と対峙した。
「ほう…なんだ貴様、憎たらしいほど良い体をしているではないか」
「…まさか口説かれるとは」
舐めるように自身の肢体を視姦した華雄が呟いた一言に、星はぞくりとした悪寒を感じ、彼女に嫌悪感を抱いた。日頃から男や、そういった趣味を持つ女性の視線を受けることが多い星ではあるが、ここまで露骨な視線は初めてであるし、なにより華雄の目は、情欲というよりも、まるで商品を品定めするかのような、こちらを人として見ていない、極めて不快な視線だったからだ。
「くくっ…、おい貴様ら、あの女を差し出すならば、今後我らがこの村から徴収することは無いと約束してやる」
ニヤニヤと笑う華雄の言葉に、村人達は騒めきだす。理不尽な徴収に怯えることなく、住み慣れた村で暮らしていける。それはどこまでも甘美な毒だった。
「な…!」
「それって…」
「ふざけるなァ!!言ったはずだ!貴様らにくれてやるものは、何も無い!!とっとと村から出て行けェ!!!」
僅かに動揺した数人の村人の迷いを断ち切る、村長の咆哮。その目には、覚悟を決めた者にしか宿らない燦然と輝く、誇り高い炎が灯る。
「で は 反 逆 だ な ??」
しかし現実とはどこまでも無情である。これが物語の中であれば、きっとこの村は助かったのかもしれない。だがそんな儚い妄想は、華雄という、どこまでも無情な現実が燃やし尽くす。
「村長殿!皆を連れて逃げ…!」
「…っあ」
一瞬で猛将としての威風を纏った華雄に、星は慌てて逃げろと叫ぶ。しかしその言葉が村長に届くことは無かった。片手で振るわれたその斧に、彼の胴体は押し潰されて引き千切れ、赤い内臓を撒き散らした。
「殺せェェェ!!!!」
華雄の言葉と共に、抜刀する兵士達。それは狂気の殺戮が幕を開けたことを告げる、鈍い銀色の鏑矢だった。
二人の過去編は次で終わらせる予定です!
そのあと、洛陽編を投稿します!
ただ、22~30が仕事が忙しくなるので、毎日投稿は難しいかもしれないです!
できるだけ頑張るけど!