なんて感じで僕達は久しぶりのプールに入ったが、どうしていいものか分からなかった。
ましてや雰囲気が雰囲気で格好が格好だしね。周りのみんなからは離れた所に入って冷たい水に浸かっていた。
「えっと、どうしますか?」
「そ、そうだね………」
周りを見ると僕よりも年上で
僕も俤さんとあんな風に………
「あ、あの俤さん。よかったら一緒に………」
僕が俤さんの方を振り向くと、彼女は空を眺めていた。僕はそんな彼女に目を奪われた。
なんて美しい。それは自分に向けられず、客観的に見るからこそ分かる、俤さんの美しさだった。
夜景の中に溶け込んで、その景色をより一層引き立てる。
「俤さん………」
「え?あぁ、ごめんね、ボーッとしちゃって。空、すごい綺麗だなぁって思って」
そう言って空を見上げる俤さんに、僕の中での想いが膨れ上がっていく。
「なんか、こういうのっていいよね、ひゃっ⁉︎」
俤さんの言葉が終わる前に、僕は彼女を強く抱きしめていた。冷たい水の中で、俤さんの温かい体温が染み込んでくる。
水着に隠されていない素肌が、僕の肌と触れ合っている。
「ちょ、ちょっと………人がたくさんいるのに、こんな事………」
「大丈夫ですよ。みんな自分達に夢中ですから」
周りの多くは友達と楽しそうに泳いだり、なんか自撮りしたりしてる。僕には縁遠い景色だ。
「ねぇ、向こうでちょっと泳がない?」
「はい」
僕達は手を繋ぐと、人に邪魔されなれそうな所へと歩いていった。
「おーい、こっちこっち!」
「ちょ、俤さん速いですって」
プールに入ってしばらく経った僕達は、二人で思い思いに楽しんでいた。
「ほら、ここの景色すごい綺麗よ」
俤さんが僕の腕をとると、自分の胸に押しつけて引っ張った。僕の腕が俤さんの胸に挟まれる。
僕の腕を包む柔らかい感触にドキッとしながらも、僕は俤さんと抱き合うようにして景色を眺めていた。
これまで二人でアウトドアな遊びなんてしたこと無かったから、俤さんはそういうの苦手かと思ってたけどそんな事無かった。
むしろいつもよりも楽しそうですらあって、俤さんの新しい一面を見れた気がした。
そういう面では今日来てよかったのかもしれないな。
僕はふと俤さんを眺めた。プールに入ったため全身が濡れていて、その水滴が肌の上を滑っている。
艶やかな黒髪が濡れたためかいつもよりも輝いて見える。
首筋をつたう水滴が鎖骨へと一時的にたまり、その後は胸の谷間へと落ちていく。
その動きを目で追ってしまい、僕の目に俤さんの胸が飛び込んできた。動くたびに揺れて、プールに浮いている。
「ん? どうかした?」
「え?あ、い、いえ!」
不思議そうに首を傾げる俤さんから、僕は慌てて目を逸らす。あんまりジッと見過ぎない方がいいな。
「あ、そうだ。そろそろ遅めだけど軽い食事にしない?」
「? もうプールを出るんですか?」
「ううん。ここで食べられるんだよ。ほら、そこにテーブルとか椅子とかあるでしょ?」
へぇ、そんな事もアリなのか。何というか普通のプールと全然違うな。
俤さんはプールから上がると、置いておいたバッグからタオルを取り出して髪や身体を拭いていく。それから身体が冷えないようにラッシュガードを着た。
僕はそんな俤さんの姿をぼんやりと見ていた。
何というか………画になるよなぁ。僕なんかと一緒にいるのが信じられないくらいに。
でもさ………
「ほら、君もあがって」
「あ、はい」
僕は途中まで浮かんだ思考を振り払うと、プールサイドへと上がった。
「う〜ん!ご飯美味しかったね」
「はい」
軽い食事を済ませた僕達は、そのまままたプールへと向かっていた。
てっきり屋台とかでありそうな食事だと思ってたけど、すごいちゃんとした食事だった。
これまでの事を見るにあれだな。ナイトプールってプールという雰囲気を楽しむ場所なんだな。
けど、俤さんと一緒に楽しむならこういう所の方がいいかもしれない。
アウトドア特有の動く事前提じゃないのももちろん理由の一つだ。それにガヤガヤしてなくて、程よく静かなところがいいな。
普通のプールだと子供とかいて、どうしても騒がしくなっちゃうからな。
まぁそれもいいけど、俤さんと二人きりを楽しむのならこういう方がいいかな。
「何となくナイトプールって忌避感あったけど、結構いいですね」
「そう?誘ってよかった。君を誘うかどうかは結構迷ったんだ。君こういうの苦手かな、って」
「そうですね。でも別に気にしませんよ。結局のところ俤さんと二人だけになれば、全く問題無いですし」
「うん。また一緒に………」
そこまで言って俤さんは立ち止まってしまった。
「俤さん?どうしました?」
「…………あれ」
右にいる人達を見て俤さんは呆然としていた。震えそうな手でそちらを指差す。
僕は指差された方を見た。そして僕も固まってしまう。
そこにいたのは二人の男女。ビーチチェアに座ってくっつきながら話し合ってるところからして、カップルなのかもしれない。
女性の方はおそらく二十代かそこらだろう。赤いビキニを着て、男の話に耳を傾けている。もちろん見たことのない人だ。
そして男性の方。黒いトランクスタイプの水着を着て、右手にはカクテルのようなものが注がれたグラスを片手に持っている。
見た目は三十代後半から四十代前半といったところだ。女性に向かって何かを得意げに話している。
しかも人前だというのに女性と抱き合って、彼女の太ももに手を這わせている。人がいるのによくあんな事出来るな。
でも問題はここからだ。女性の方は見たことが無かったが、男性の方は見覚えがあった。
僕が学校への登下校の時、あるいは夕方俤さんの家から帰る時にちょこちょこ見かける人だった。
僕は彼を見て、思わず声が出てしまった。
「俤さん。あの人…………旦那さん、じゃないですか?」
俤さんは驚きのあまり声すら発していない。ただ呆然とその様子を眺めているだけだった。
その表情はなんとも言えない、色んな感情の入り混じったものだった。
そんな僕達に気がつく事なく、旦那さんは隣の女性と話していた。
「いやぁ、今日は君と来れてよかったよ。君のために仕事早めに切り抜けてきたんだ」
「え〜本当に?ていうか、さっきからどこ触ってるんですか〜」
「だって君の水着姿すごい綺麗だからさぁ。つい手が伸びちゃうんだよ」
「もぉ、人いっぱいいるのに」
そう言いながら二人はこっそり唇を触れ合わせていた。
それを見て俤さんは少しだけでビクッとした。その顔が僅かに歪む。
「んっ………まったく、こんな事してぇ。奥さんにバレたら怒られちゃいますよ?」
「ん?ないない。アイツは単純なヤツだからなぁ。今頃馬鹿正直に家で俺の帰りを待ってるよ」
「うわぁ、ワルい人〜」
「ハッハッハ!そう言うなって。それに、万が一バレても大丈夫だよ。アイツは親のために俺のモノになったんだ。アイツが俺をどうこう出来るわけ無いんだよ」
そういえば、初めて会った時にそんな事言ってたな。
俤さんの表情に、もうさっきまでの華はない。こんな表情、見たこと無かった。
僕はそんな彼女をどうする事もなく見ていた。
「モノにした時はヤるの楽しみだったけどさ、歳取っちゃうとね。まぁ、多少は家事出来るし、いい家政婦として頑張ってもらうさ。結婚なんてそんなもの。だから、こういう事しても、大丈夫だよ」
そう言って二人は絡み合った。それを見て胸の奥からフツフツと何かが湧いてくる。
「俤、さん………」
俤さんは顔を伏せてしまった。
「ねぇ…………向こうで、泳ごうよ」
そう言って旦那さんから目を逸らして歩き出した。
僕達は賑やかな所から人の少ない場所に移動した。ここなら旦那さんにも気がつかれないだろう。
「ここでいいかな」
俤さんは静かにそう言うと、バッグを置いてラッシュガードを脱いだ。そしてプールへと入っていく。
「あ、俤さん………僕も」
僕もパーカーを脱いでプールに入る。俤さんはずっと顔を伏せたままだ。
「えっと………俤さん、大丈夫、ですか?」
「ありがとう………なんか、ごめんね」
「いや、別に俤さんが悪いわけじゃ………」
別に俤さんは何も悪いことはしてない。不幸が重なっただけだ。
すると俤さんは突然プールの中に潜った。それからすぐにザパァッと水飛沫を上げて出てくる。
「ぷはぁっ!………あぁ、ちょっとだけサッパリした。君もやってみたら?」
「あの、あんまり無理しないで………」
「…………ごめん。今は、ちょっと無理させて」
そう言って俤さんは僕に抱きついてきた。その勢いで体が後ろに傾く。
「え⁉︎ちょッ!」
何かを言う前に、僕達はプールの中に潜った。冷たい水が僕達を包み込む。
驚いた僕はジタバタさせて何とか浮かび上がった。
「ぷはっ!ちょ、俤さん!いきなりはびっくりして………」
すると俤さんは僕に抱きついたまま、顔を伏せていた。顔は見えなくても、その心情は察せた。
濡れた髪がさっきまでとは違う、どこか寂しそうな雰囲気を漂わせる。
「分かってたはずなのに。あの人が私を好きじゃないなんて。私達の結婚なんて、その程度だって………」
「俤さん………」
最近二人で楽しい時を過ごして、つい忘れそうになるけど、僕達は不倫をしてるんだ。
俤さんは既婚者で、旦那さんに不倫されて、それで僕ともしてるだけなんだ。
「私だって不倫してるんだもん。あの人のことどうこう言う権利なんてないよ。それでも………少しでも………」
そうか。俤さんはたとえ旦那さんが不倫してると分かっても、少しでも寄り添おうとしてたんだ。
その想いは、きっと今でも無くなってない。
家にお邪魔すればキチンと畳まれた旦那さんの洗濯物や、最近買ったお弁当のレシピ本、掃除の行き届いた旦那さんの書斎から、それは分かってた。
たとえ裏で何をしてても、俤さんは自分なりに旦那さんのために尽くそうとはしてる。
そりゃ不倫してるじゃんって言われたらそれまでだ。
でも少なくとも、僕は俤さんが旦那さんに落胆してるのは見ても、雑に扱っているのは見たことが無かった。
行動はどんなことであっても、俤さんは現実を受け入れた。そんな彼女の寄り添おうという気持ちに嘘は無かった。
「ごめんね………君と、楽しみに来たのに………」
俤さんの声からは力が抜けていた。
こんな俺さんを、僕は見てることしか出来ないのか。それじゃあ、僕達の関係に何の意味もないじゃないか。
僕は俤さんを強く抱きしめた。俤さんが顔を上げる。
「ッ⁉︎…………え?」
「あ、いや、その………正直、こんな面倒な事、僕じゃどうしようもないです。だから、そういう解決は無理ですけど………」
水中でも俤さんの体温がしっかりと伝わってくる。それがとても心地よい。
僕は俤さんの目を見て言った。
「か、体で慰めるのは出来ますから………た、たぶん………」
恥ずかしがりながらも何とか言葉にして伝えた。これが今の僕に出来る最大限のことだ。
僕の言葉を聞いて呆然としていた俤さんは、少ししてからプッと吹き出した。
「ふふっ、そっか………うん、それなら」
俤さんがグッと僕との顔の距離を近づけた。お互いの吐息が混じり合っていく。
「慰めるの、お願いしようかな」
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