「さてと………ミリー、帰るよ」
『オーケー。ねぇ、帰りにコンビニでお菓子買いたい!』
「ん?まぁいいよ」
夏の暑さを感じる時間帯も無くなって、制服の下にセーターを着るかどうか考え始める頃。
学校終わりに図書室で本を返し、僕は下駄箱を出た。
僕の隣には、ミリーが僕だけに見える精神体でフヨフヨ浮いている。
悪魔の姿なので目のやり場に困るが、これが一番楽なんだと。
ほとんど半裸の格好だが、この状態なら寒くもないらしい。精神体ってのも、それはそれで楽そうで羨ましいな。
『マスター、外に出してよ〜!私ものびのび歩きたい!』
「いいわけないでしょ」
学校を出ると、人混みの中に紛れながらミリーと共に坂道を下る。
ミリーは構わず叫ぶが、人が多いので小さな声で話す。
「いつも言ってるでしょ。その格好じゃ目立つし、こんなところで出したら面倒なことになる」
『隠れてやればバレないって。海の時みたいに、格好がダメなら擬態するから』
「そういう問題じゃないの」
どれだけ服装を変えたところで、そもそもの容姿が目立つのだ。綺麗だし。
最近だとプライベートで出歩く分には表に出すことが多いが、ここじゃ明らかに浮いて騒ぎになる。
「帰ったら出すから、それまで大人しくしてて」
『えぇ〜!』
まぁ………僕も表に出せるなら、出してやりたいんだけどさ。
電車を降りて、団地の公園のすぐ隣を歩き家に向かう。
眩しい夕日に目を細めていると、ミリーがまた耳元で叫んだ。
『ねぇねぇマスター!』
「何?外には出さない………」
『違うよ、止まって!』
珍しく強めの口調のミリーに、僕は足を止めた。
「どうしたの?」
『後ろの人達見て』
「後ろ?」
言われるがままに振り向くと、そこには男子高校生が四人いた。
何で高校生と分かったかと言えば、僕と同じ制服を着ているからだ。学年も同じっぽい。
ガタイがいいからたぶん運動部だろう。この時間は部活をしてるはずなんだが。
それにこの辺の通学路。この時間に通るのは僕くらいだ。あまり見慣れない人達だし、通学路ここじゃないはず。
そして何より、見た感じ様子が変だ。
いや、服装には何も違和感はないが、雰囲気がおかしい。
並んでいるのに談笑どころか話すこともなく、立ち止まってこちらをジッと見ている。
とてもじゃないが、下校している雰囲気には見えない。
「何だ?」
『マスター。あの人達、悪魔が取り憑いてる』
「悪魔?」
いきなり何言い出すんだ。
何の冗談かと思ったが、ミリーの緑色の目がいつになく真剣だ。
「ほぅ、やはり気がついたか」
男子生徒の内の一人が前に出た。身に纏う空気が、明らかに子供のものじゃない。
恐怖で身がすくみそうになるが、一旦深呼吸して落ち着いた。
相手が悪魔なのは間違いないんだろうが、それはミリーも同じだ。
まだ敵と決まったわけじゃないし、会話はできるらしい。
「ミリー。取り憑いてるって、僕と同じ状況ってこと?」
『ううん、私のは契約。憑依は相手の意識を無理矢理乗っ取るの。あの男の子達は今眠ってる感じかな』
人間に対して友好的な確率が少し下がった。
それでもここで下手に暴れるわけにはいかない。数は向こうの方が多いし、何するか分からないからな。
腰を落としたまま、ゆっくりと口を開く。
「何か用ですか?」
「貴様に用はない。用があるのは貴様の中のサキュバスだ」
何か偉そうなんですけど。
まぁそれはいいとして。どうやらミリーのことも見えてるらしいな。
「彼女に何か?」
「黙って差し出せ」
めんどくさいな。
それに初対面のヤツに、渡せと言われて身内を差し出す馬鹿はいない。
「理由は?」
「貴様が知る必要はない」
ダメだ、話をする気がなさそうだ。
大体名乗りもしないで何者なんだこの悪魔達。
「ミリー、知り合い?」
『こんなヤツら知らないよ。何かイヤな感じだし』
ふよふよ浮きながら顔を顰めて唸っているミリーが、僕だけには見える。
よかった。その辺の価値観は同じなようで安心した。
ともかく嫌がってるのは確かだし、渡す必要も無さそうだ。
「すみません、本人が嫌がってるので無理です」
「黙れ、人間風情が」
一応丁寧に返したつもりだったんだが、それでも高圧的な態度は変わらない。
あまりにも話が通じず天を仰いでいると、男達の体を纏うようにオーラが浮かび上がった。
たまにミリーが見せる、悪魔の魔力だ。
『アイツら、インキュバスだ!』
ミリーの声が響く。
僕にはただ悪魔だとしか分からないが、ミリーにはどんな悪魔かも分かったらしい。
「インキュバスって………サキュバスの男バージョン、だっけ?」
『全っ然違うよ!あんなプライドだけ一丁前に高いナルシスト野郎なんか!』
性格なんか知ったことか。淫魔なのは同じだろ。
関係性はよく分からないが、ミリーに出てきてもらって話し合いしてもらうのは無理っぽいな。
「おい、やるぞ」
ミリーと話してる内に男の一人が声をかけると、残りの男達が素早く僕達を取り囲んだ。
纏うオーラも相まって、話し合うって雰囲気じゃない。
「な、何ですか………」
「大人しく差し出せ。命だけは見逃してやる」
男達の目が妖しく光った。
その光から伝わる殺意で、背中に寒気が走った。口の中の水分が一気に引く。
かつてミリーに襲われた時とは違う。慈悲を一切感じさせない、狂気ともとれる殺意。
どうする………?
『ねぇマスター、私を出してよ!』
緊張感で硬直している頭に、ミリーの声が響く。
場違いに明るい声のおかげで、少し硬直が解けた。とはいえ少しは空気を読んで欲しい。
「こんな時に何?話し合いしてくれるの?」
『ブッ飛ばすに決まってるでしょ!私も悪魔なの忘れてない?こんなヤツらパパッとやっつけちゃうって!』
そうか。僕が無理でも、同じ悪魔のミリーならある程度太刀打ち出来るのか。
それに本来契約ってのはこういう事だ。
普段力を与えている分、こんな時こそ悪魔としての力を振るってもらうべきだろう。
それなら………
『ほら、早く早く!』
ミリーはジャブを打っていてやる気は充分だ。万が一人に見られても、後で魔法でどうにか出来る。
これが一番ベストなやり方だ。
けど………
「………いや、逃げるよ」
そう言うと、足元の砂を掴んだ。
一瞬で風向きを理解すると、その風の先にいたインキュバスの目に向かって砂を投げつけた。
「ぐっ⁉︎」
こういう時に人の体乗っ取っていてくれて助かった。今のミリーみたいに精神体だったら無理だったし。
怯んだ隙にその悪魔の隣を駆け抜けて逃げ出した。すぐ隣の曲がり角を曲がる。
「貴様ァ、待て!」
背後から怒号が聞こえてくる。
それでも止まることなく、入り組んだ道路をひたすら走り続けた。
『ちょっと、何してるの⁉︎早く出してって!』
「数で不利だ。いいから、大人しくしてて」
ミリーが叫んでいるが、構ってる余裕はない。
後ろを振り向くと、当たり前だが男達が追いかけてくる。
人間の身体能力、というには少し速すぎる。みるみる内に距離が縮まっていく。
悪魔の力のせいか。
誰かに助けを求めたいところだが、警察とかに駆け込んだところで対処が出来るとは思えない。
圧倒的に不利だが、こっちの強みもある。
向こうの方が身体能力は高いだろうが、土地勘は僕の方があるはずだ。
どこかで上手く振り切ることが出来るかもしれない。
そう思って振り返った時、男達の背中に蝙蝠の羽のようなオーラが浮かび上がった。
彼らの体が少しだけ浮き上がったと思ったら、凄まじいスピードでこちらへと突っ込んできた。
その内二人が僕の上を通り過ぎると、目の前に降り立つ。
咄嗟に足を止めるが、ここで方向転換が出来る反射神経は持っていない。
その隙に目の前の男の蹴りが飛んできて、狼狽えていた僕は吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
『マスター!』
地面を転がり悶えている隙に、男達に追いつかれてしまった。
痛みに耐えながら手をついて立ち上がるが、逃げる間も無く胸ぐらを掴まれた。
「さっさとサキュバス出せ!」
まるで不良のカツアゲだ。
それでもミリーを出させたいなら、僕は殺せない。
だったら怯える必要はないはずだし、話し合う余地はある。
「み、ミリーが目的みたいだけど………僕の意思が無ければ、彼女は出てきませんよ」
「だったら、こうしてやる」
そう言うと、目の前にいた男の手がドス黒く光った。
その光を投げるように手を振るうと、光は僕の胸元に突き刺さる。
「俺達の傀儡となれ!」
「ぐあぁッ⁉︎」
まるで沸騰した湯を一気に飲み込んだみたいだ。
心臓の周りがカァッと熱くなって、体の奥深くに捩じ込まれていく。
しかし、捩じ込まれた後も熱が消えない。むしろ全身に広がって、血が沸き立つ。
突然の刺激に耐えられず膝をついてしまう。
「何だ、これ………ッ!」
『マスター、大丈夫⁉︎』
ミリーが叫んでくれるが、その声が薄らと遠のき、意識が白濁としてきた。
『これ、従属の呪いだよ!』
従属………そうか、意のままにしてミリーを引き出させるつもりか。
言われてみれば、初めてミリーと会った時にかけられた拘束の呪いと、感覚的には似ている。
あの時よりもだいぶ強烈だが。
『ねぇ、何で出してくれないの⁉︎このままじゃ………』
「大丈夫、まだだ………」
呪いは即効性では無いらしく、体も頭もまだある程度は思った通りに動く。
一か八かだけど、手はある。
「ミリー、悪魔の力が使えるなら、アイツら身体能力も上がってるんじゃないか?耐久力とか」
『えっ?う、うん、たぶん………』
それならちょうどいい。取り憑かれてる人達に罪はないからな。
ポケットからスマホを取り出すと、音量ボタンを流ししてマックスに引き上げる。
目の前にいた男の耳元にスマホをかざすと、元々開いてあった音楽アプリで適当な音楽を流した。
「があぁッ⁉︎」
悪魔ならこれくらい訳ないかと思ったが、案外効いたみたいだ。
これは、俄然賭ける価値が上がったな。
耳を抑えてガラ空きになった鳩尾に、爪先で思いっきり蹴りを入れた。
「がはッ⁉︎」
「行こう!」
男が膝をついた隙に、全身に力を込めて走り出す。
「ミリー、あのインキュバス達だけに分かるように認識阻害を!」
『う、うん、分かった!』
とりあえず魔法で姿を消してもらった。
区役所の手前の交差点。そこを曲がると、目の前には踏切がある。
ちょうど電車が来る直前なのか、バーが下がり始めていた。その手前には車が何台か停まっている。
ナイスタイミング、時間稼ぎの手間が省けたな。
僕は停まっている車を追い越して、踏切の中に滑り込んだ。出来るだけ身を低くして一気に進む。
「待てぇッ!」
踏切の出口を越えると、男達も踏切の手前に来ていた。
「足の速さは速いんですね。頭の回転速度に比べたら、ですけど」
僕の煽りに、分かりやすく彼らの口角が震えた。
それを見て、さらに煽るように指先をクイッと動かす。
「来なよ。人間風情も捕まえられないインポ悪魔が」
『おぅ、マスター言うねぇ』
あぁ、結構適当だったけど、これでよかったんだ。
「ッ‼︎………ふざけるな貴様ァッ‼︎」
男達は目を吊り上げて、鬼の(悪魔だけど)形相で迫ってきた。
プライド高いってのは本当みたいだ。
むさ苦しいというか、見苦しいというか。同じ人を襲うでも、艶やかな雰囲気を纏っていたミリーとはえらい違いだな。
相変わらずのスピードで踏切のバーを突破すると、こちらへと手を伸ばした。
そして………
ドンッ‼︎
目の前に電車が通り過ぎ、男達は声を上げる間も無く突き飛ばされた。
どこに行ったか確認したかったが、通過する電車の風に煽られて目を細める。
それと同時に、体を駆け巡っていた熱が引き、意識がはっきりと戻ってきた。
「よし………」
やっぱり、電車のこと知らなかったみたいだ。
ミリーも最初は踏切とか知らなかったから、信号も無いからって渡ろうとしてたしな。
ただの人間なら死ぬが、憑依されて耐久力が上がってるなら死ぬこともないだろう。それでも強い衝撃があれば意識はそっちに向く。
従属ってことは、術者の操る意識が必須。こっちへの意識を一瞬でも途切れさせれば、術は解除出来ると思ってた。
「きゃあッ⁉︎だ、誰か轢かれたわよ!」
「おいおい、何だ今の⁉︎」
「電車止めないと‼︎」
当然端から見れば、高校生達が電車に轢かれたのだ。
電車は緊急停車し出して、車に乗っていた人達も驚いて出てきた。近くを歩いていた人も、こちらへと駆け寄ってくる。
たちまち周囲には人だかりができていた。
それでも認識阻害をかけている僕達には、誰も気づいていない。
「帰るか」
パニック状態の踏切を背に、僕はすぐさま逃げ出した。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。