「とりあえず周りに怪しまれないようにしないとね。あ、ちょっとその辺見張っといて」
「あ、は、はい」
僕は少女に周りを確認させると物陰に隠れた。少女のは医務室にあったものだからまだいいが、僕はこの着物じゃさすがに目立つ。
着ていた着物を脱ぎ裏返すと、質の良い高価な着物が庶民が着るような質素な着物に早変わり。帯も同様だ。
こういう脱出した時のために仕込んでおいた細工だ。結んでいる長めの髪は解けば大丈夫。
「お待たせ」
「そ、そんな細工が施されてたんですか?」
「仕立て屋に無理言って作ってもらったの。着心地云々は後回しだけどね。さぁ行こう」
こういう時に普段との違いを持たせると、正体は分かりにくくなるものだ。
僕は少女を連れて近くのお茶屋に入った。普通は飯屋なんだが、子供二人だけで入ると目立つし。まぁこっちもそれなりに変だが。
「お茶とお団子を二つずつください」
「はい、かしこまりました」
注文を終えると、僕はのんびりと足を伸ばして寛いだ。すると少女が控えめに口を開いた。
「あの………本当に、ありがとうございました。命を助けていただいただけでなく、こんな事まで………」
「いやいや、流れでしたまでのことだし、気にしないでよ。むしろ身内が申し訳ない事したね」
「あなたは、私が怪しい者だとは、思わないんですか?だって、あんな所にいたのに………」
少女は沈んだ表情で俯いた。
たしかに部屋の天井にいて傷だらけで、おまけに記憶の無い子供など怪しさしか無い。
「怪しいとは思うよ。でも、『怪しい者』と『悪い者』は別だからね」
仮に彼女が父上の言うような間者なら、そもそも見つかる事はなかっただろう。
父上は任務に失敗した間者と言っていたが、負傷した状態で大名の子である僕の部屋にいるような間者なら、天井から落ちるなんて下手はしないし、してもすぐに逃げる。
それに………
「それに、仮に君が僕達に害意があっても、傷だらけで記憶を無くしてるような子に、酷い真似は出来ないよ」
甘いかもしれないけど、結局のところ本音はそれだけだ。さすがに子供相手にそんな事は出来ない。
「まぁ、君の正体が何であれ、ほとぼり冷めるまではのんびりしてようよ。ほら、ちょうどお茶とお団子来たよ、食べようか」
「………はい!」
僕達は運ばれてきたお茶とお団子を食べた。
「美味しいでしょ?ここのお団子好きなんだよね」
「はい、すごく美味しいです」
隣を見ると少女は美味しそうにお団子を食べている。それが初めて見る彼女の笑顔だった。
「初めて笑ってくれたね」
「え?」
「いや、君にとっては混乱続きだったわけだし、僕じゃ出来ることも限られてくるからさ。笑ってくれて嬉しい」
「あ………」
僕に言われて初めて気がついたのか少女は少しだけ驚いた。
お茶休憩を終えた僕達はお茶屋を出て街を歩いていた。
「そういえばさ、君の名前どうしようか?」
「私の名前、ですか?」
「城に戻って君をどうするにしたって、名前無いと不便でしょ?」
今は何とかなってるけど、ずっと名無しは色々と面倒だ。後話しにくい。
「そう、ですね………しかし、名前は………思い出せません」
「となると………仮でも何でも、こっちで考えるしかないかな」
とはいえ僕名前を付けたこととか無いんだが。医師にでもつけておいてもらえばよかったな。
僕はぼんやりと考えながら辺りを見渡した。何か手がかりになるようなもの無いかなぁ。
するとちょうど目を引くものが飛び込んできた。それは呉服屋の暖簾から風を受けて軽く揺れている。
「ちょっとこっち来て」
「え?はい」
僕は少女を連れて呉服屋に入る。店の奥から店主が顔を出す。
「すみませーん」
「おぅ、どうした坊主」
「そこにある着物、何ていう柄なんですか?」
僕が指差す先には一着の着物がかけられていた。決して派手では無いが、それがまた美しい。数種類の色が混ざった格子柄の織物だ。
「これか?これは『
倭文、か………いいかもしれないな。
「これにするか」
「何がですか?」
よく分からないまま連れてこられた少女が首を傾げた。
「君の名前だよ。女子なら、綺麗なものの名前の方がいいかなぁ、ってさ。あまり自信はないんだけど………どう、かな?」
僕の提案に少女は少しだけ考えると顔を上げた。
「倭文、ですか………いいですね」
「それじゃあ倭文、改めてよろしく」
「はい!」
それから僕と少女、倭文は街の中を当てもなく歩いていた。屋台の食べ物を食べたり、お店の中を見て回ったりして楽しんだ。
外は薄暗くなり始めていて、そろそろ子供は家に帰る時間だ。
「ここは、すごいですね!どれもこれも見たことのないものばかりです!」
「そりゃ倭文はそうだろうな」
別にこの街はそこまで珍しいわけじゃない。江戸に近いし、地方よりかは栄えてるけどね。
こういう街の景色見れば、少しは記憶が戻ると思ったんだがなぁ。どうやら無理そうだ。
「さてと、そろそろ城に戻るか。父上の頭も冷えてる頃だろう」
「え………あぁ、そうですよね。やっぱり私………捕まっちゃう、んですかね?」
さっきまで嬉しそうに笑っていた倭文の表情がまた沈んでしまった。まぁ結局そこなんだよなぁ。
「大丈夫、僕が何とかするよ。最悪どこかに逃す」
「けど………」
「それなら、お守りでも買うか?」
「え?」
僕は城に戻る道すがら、装飾品を売ってる店に立ち寄った。たまに通ったことがあって、その時良さそうなものを見つけたのだ。
「すみません、この首飾りください」
「ん、これね。どうぞ」
僕はお金を渡して首飾りを買った。それを倭文の首につけてやる。
「これは………羽、ですか?」
倭文は自分の首につけられた首飾りを見下ろした。そこには茶色と白の羽があしらわれている。
「鷹の羽だよ。大きな翼を広げて、どんな時でも自由に悠々と空を飛ぶ、僕の好きな鳥なんだ」
「鷹の羽………綺麗ですね」
「これからも自由にいられますように、ってね。貰ってくれるかな?」
「はい、ありがとうございます!」
彼女は首飾りを見ると、嬉しそうに微笑んだ。
「若!お戻りになられましたか!もう勝手に脱走されるのはおやめに………」
「父上の短気が治ったらそうさせてもらうよ。それで、父上は?」
「はっ!戻り次第、速やかに自分の所に来る様に、との事です」
「分かった、ありがとう」
僕は正門の守衛に礼を言うと、父上の元へと向かった。隣を見ると倭文は少しだけ身体が震えていた。
僕は彼女の肩にそっと手を置く。
「大丈夫。僕は倭文を見捨てたりはしないよ。絶対に助ける」
「………はい」
そして朝と同様に父上の前に座った僕達に言われた事は………
「はぁ?伊賀の山に送る、ですか?」
「そうだ。徳川様にお話しした結果、その女子を明日、伊賀の山に送る事になった」
「という事は、彼女を『忍びの里』に預ける、という事ですか?」
「その通りだ」
予想の斜め上を行く答えだった。いや、幽閉だの首打ちだのよりは全然いいんだけど。
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「うむ。お前の今朝の言い分は最もだ。こうしてお前が無事に帰ってきたのが、その証拠とも言える」
よかった、ちゃんと頭冷やして考えてくれたみたいだ。ひとまず安心だな。
「しかし、害意が無いとはいえ、我が屋敷に忍び込んでいたのは事実。記憶が無いとはいえ、怪しい事に変わりはない。その
「だから忍びの里に預けると?」
「そうだ。経緯や身の上がどうであれ、あの山なら何が起きてもここよりは事を大きくせずに済む。それに、あそこにいる忍び達は手練れも多い。何かあっても速やかに対処出来るだろう」
「なるほど」
確かにそれはいいかもしれない。変に疑いを持たれてここにいるよりも、いっそ人目につかない所の方が楽に過ごせるか。何なら身の上調査を頼んでもいい。
「里長に連絡は?」
「速馬を使って遣いを出した。早ければ明日にも送れるだろう。それまではここで過ごしてもらう。くれぐれも目を離すなよ」
「はい………って、面倒見るの私ですか?」
「お前が幽閉に反対したからこうなっているのだ。責任は最後まで取れ」
「は、はぁ………」
「話は以上だ、退がれ。部屋は客人用の部屋を使わせろ」
話を打ち切られて、僕達は謁見の間を出て行った。
夕食を食べてお風呂に入ると、倭文を連れて自分の部屋に向かった。まぁ一人でいてもする事ないと思うし。
「ふぅ………何か、かつてないほど刺激的な一日だったなぁ。とりあえず、何とかなってよかったな、倭文」
「はい!本当に、ありがとうございました」
「いいのいいの。僕も、今日は楽しかったからね」
こんな風に長い時間同い年の子といるなんて初めてのことだった。城下で見る『友達と遊ぶ』というのは、こういう事なのだろう。
「私、目が覚めた時は何も覚えてなくて、だから目に映るもの全てが怖くて………でも、あなたといると、全てのものが面白く感じました。目覚めた時に出会ったのが、あなたで良かったです」
「そんなつもりはないんだけど………ありがとう。僕も倭文と一緒にいれて楽しかったから」
たった一日だけだったけど、いい友達が出来たな。
「本当は、もっと一緒にいたいんですが………」
「仕方ないよ。倭文の身を守るためでもあるんだから。まぁ忍びの里なら安全だ。問題無いでしょ」
「あなたに貰ったお守りもありますし」
倭文は嬉しそうにお守りの首飾りを摘んだ。そんなに気に入ったんだな。あげてよかった。
「さてと、そろそろ寝ないとまた父上に文句言われるな。部屋案内するよ」
僕は倭文を部屋まで連れて行った。そういえば、倭文はほとんどここにいないからね。
「それじゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
後日遣いの者が戻り、正式に倭文を忍びの里に預ける事になった。里に向かう馬車が屋敷の前にやって来る。
「それじゃあ倭文、向こうでも元気でね。また機会があったら来なよ」
「はい!受けたご恩、必ず返しに来ます!」
そんな大層なものでもないがな。まぁ、また会えるのなら楽しみにしていよう。
倭文の乗った馬車が走り出した。馬車の窓から倭文が手を振る。
「さよ〜なら〜!」
僕も倭文が見えなくなるまで手を振り続けた。最後に見せてくれた彼女の笑顔は、今でも忘れない。
そして九年後、僕は伊賀の忍びとなった倭文と再会した。
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