「し、倭文………本当に、倭文なのか?」
父上の隣に座り控える女性、伊賀忍者の倭文に僕は言葉が出なかった。
かつてこの城に迷い込み、忍びの里に預けられた少女が今僕の目の前に忍びとなって現れた。
とても信じられないが、彼女の身につけている首飾りは九年前に僕が倭文にあげたものだ。
「ち、父上!これは、一体どういう事ですか⁉︎」
「話せる事は全て話した、後は彼女から聞くんだな。お前の家臣なんだから、好きにして構わん」
「いや、そういう問題じゃ………」
「話は以上だ。退がれ」
父上に話を打ち切られて、僕は倭文を連れ自室に戻っていった。
部屋に戻った僕は、座布団に座って頭を抱えた。隣では倭文が跪いている。
「えっと………倭文。まず、色々と話してくれないかな?」
「あ、はい。最近ここら一体で怪しげな船が発見されました。水戸の織物の貿易船を名乗ってはおりますが、それにしては荷が大変大きく、もしかすると火器を積んでる可能性が………」
「そうじゃない!いや、それも後で聞くんだけど………僕が聞きたいのは倭文の事だよ!僕の家臣ってどういう事⁉︎何で忍びなんかやってるの⁉︎この九年で何があったの⁉︎」
未だに頭の中が整理出来ていない僕は、倭文に怒涛の質問攻めをした。
しかしこれは仕方ないだろう。久しぶりの再会したかと思えば、あの時の少女が忍びになっているのだ。驚いて当然だろう。
「お、落ち着いてください。そうですね、御屋形様にはお話しした方がいいですね」
「え?あぁ………その『御屋形様』って呼び方は、慣れないからやめて欲しいんだけど」
「いえいえ、これからは私はあなたにお仕えする身、主従関係ははっきりせねば」
あぁ、ダメだこれ、平行線だ。面倒だからもうこれでいいや。
「まぁ分かったよ。それで、何がどうなってこんな事になってるの?」
たしかに僕は倭文を忍びの里に預けた。
しかしそれはあくまで彼女の住む場所の提供、そして彼女の身分を明らかにするためだ。決して彼女を忍びにするためではない。
「はい。私は忍びの里に預けられて、しばらくは里の者達の手伝いをしながら暮らしていたのですが、命を助けてもらった御屋形様に恩返しがしたくて」
いや、命を助けたって………自分の部屋に降ってきた女子を拾っただけなんだが。
「それで里長に何か恩を返す術は無いかと聞いたところ、幕府の現状を教えていただきました。幕府の転覆し、この世を乱戦の世に戻そうというと狙う者達がいると。そのような者達から影でこの世を守るために、自分達忍びがいるのだと」
「それで、倭文も忍びになろうって?」
「はい。その不届き者達から御屋形様をお守りし、御屋形様のお力になれればと思い、忍びの道に進みました」
「よ、よく里長が良しにしたね」
「里長はこのような事を想定しておられました。ですから、私のようなハグレ者の忍びがいればそれはそれで良いと考えられたのでしょう。私に忍びになる事を勧めてくださいました」
いや里長さぁ、恩返しの術教えるにしたって、他に勧めるものあったでしょ。健気な少女に何勧めてくれてるんだか。
けどたしかに、忍びってのは一族で繋いでいく家業だからな。身内が完璧に信用できない以上、倭文のような外から来た者は利用しやすいのだろう。
父上が信用できると言ったのもそのためだろうしね。
「それから九年間、修行を積み任務をこなし、今回新たな任務として御屋形様の元へ戻って参りました」
倭文のこれまでの事を聞いて、僕は素直に感心をした。
自分の事で精一杯だっただろうに、人のために何も知らない忍びの世界に身を投げ出したんだ。相当な勇気が必要だっただろう。
しかもその後も修行に励み、結果を出してきた。だから今回の大役も任されたんだろうし。
真っ直ぐというか何というか………大したもんだ。
倭文は僕を見ると頭を下げた。
「どうか私を、お側に置いてください」
「いや、うん、まぁ僕としても忍びがいてくれるのは助かるし………これからよろしくね」
「はい。何なりとお申し付けください」
色々納得はしてないけど、彼女なりの覚悟は伝わってきた。今はそれに応えたい。
「それじゃあ、今まで調べた事、報告してくれる?」
「はい。まずは………」
「………なるほど、ね。要はこの辺りに武器や金目のものが密輸されてる可能性がある、と」
「はい。まだ確証はありませんが、このところ妙に羽振りの良い商人が増え、そこに運ばれる荷に不自然な点が多いのです」
「それじゃあ、その辺を中心に調べて元取れればいいかな」
「はい。荷の中を調べれば、すぐに分かるかと。潜入してみますか?」
「そこまで焦る必要は無いでと思うよ。尻尾を掴ませていないって事は、そんなに大きな事も出来てないって事だろうし」
「では、いかがされますか?」
「うーん………とりあえず、街の様子でも見て確認するかな」
僕は立ち上がると準備を始めた。街に溶け込める服を引っ張り出す。
「え、あの………御屋形様が行くのですか?調査でしたら私が」
「そんな堅苦しいものじゃないって。ちょっと街の様子見るだけだよ」
「それでしたら、私もお供いたします。御屋形様を守るのも、私の務めですから」
倭文は跪いたまま僕を見上げた。昔の泣いていた倭文とは真逆の、何とも頼もしい顔だった。
そうだなぁ、一人より二人の方が見つかるものも多いし、いいかも。
「それじゃあ準備して、城の前に集合ね」
「かしこまりました」
倭文は頷くと天井へと飛び上がり消えていった。おぉ、すごい。
かつて僕の部屋の天井から落ちてきた子が、今は天井から消えるってんだから、面白いもんだ。
そういえば、倭文って部屋どうしてるんだろう。後で聞いておくか。
手早く準備を済ませて城の前に到着すると同時に、音も無く塀の影から倭文が現れた。
「お待たせしました」
「おぉ、こりゃ驚いた。全く気がつかなかった」
「気配を消すのは忍びの基本ですから」
そういう倭文の姿は、さっきまでの忍びの姿ではなかった。菫色の着物と袴を着て、髪はさっきと同じように後ろで束ねている。
見た感じは町娘と変わらぬ姿だ。誰も忍びとは思わないだろう。忍びというより侍だな。
「忍びらしくて感心するけど、わざわざ隠れて現れることもないでしょ?」
「いえ、私の存在は極力城の者達にも知られてはなりませんので」
あぁ、それもそうか。面倒だねぇ。
「それじゃあ守衛に見られない内に行くか」
「はい」
僕は倭文と共に街へと歩き出した。
何か変化が無いか、という思惑の元出発したものの、特にこれといった変化は見受けられない。
賑やかで活気のある街だ。変に静かで高い城よりも落ち着くんだよね。
「運ばれる荷が不自然って言うなら、まず行くべきは港かな?」
「そうですね」
とりあえず港に向かうと、ちょうど休憩所があったのでそこに座って様子を見る事にした。
薄着になった男たちが着いた船から、運ばれてきた荷を下ろしている。
「見た感じ不自然な物は見受けられないけどね。ほら、荷の中も役人がちゃんと確かめてるし、ここから見ても普通だよ」
「そう、ですね………密輸船は夜間に来るのでしょうか」
「その可能性もあるね。まぁ、ゆっくり見てようよ。お団子でも買ってくるよ」
「あ、いや、私は任務で来たのでそういうのは………」
「ここで船着場見てるだけって怪しいから。ちょっと休んだら?」
僕は近くの店で団子を二本買って、一本を倭文に渡した。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
倭文の隣に座って団子を食べながら辺りを見渡した。倭文はお団子を食べるとハッとなって呟いた。
「あ………これって、あの時食べたのと同じ………」
「ん?あぁ、覚えてるんだ」
倭文の呟きに、僕は少しだけ驚いた。九年も前の味をまだ覚えてるんだな。
「はい。たった一度だけでしたが、御屋形様と共に街を巡ったあの日は、ずっと忘れません」
「そうだね、僕もだよ」
あの日たった一度きり、僕と倭文で街を歩いて回ったのは、僕にとっても大切な思い出だ。
隣を見ると、倭文は周りを警戒しながらも懐かしそうにお団子を食べている。
出会った時は泣いてばっかりの子だったけど、今は凛々しい女になった。
整った輪郭で肌は白く、黒髪は絹のようにきめ細かい。目は玉のように輝き、赤く瑞々しい唇がお団子を食べるたびに動いている。
身体つきも大人らしくなり目を惹かれる。
化粧をしているようには見えないが、その顔は思わず見惚れるほど美しかった。
「御屋形様?どうかされましたか?」
「あ、いや………」
倭文が僕の方を振り向き、僕は彼女から目を逸らした。言い訳が思いつかず口籠もってしまった。
すると倭文の首元に目が向いた。
「そ、そういえばその首飾り、まだ持っててくれてたんだね」
「あぁ、これですか」
倭文は身につけていた首飾りを摘むと、嬉しそうに微笑んだ。鷹の羽があしらわれた首飾りだ。
「御屋形様に貰ってから、私の大切なお守りです。修行や任務で辛い時、いつも私の心の支えでした」
「喜んでもらえたなら、送ってよかったよ」
そんな事を話しながらお団子を食べていると、倭文が鋭い目つきになった。
「倭文、どうかした?」
「何者かが辺りに潜んでいます。港を監視しているようです」
「おっとぉ」
僕は顔を上げないまま、視線だけを周りに向けた。
「船はさっきと変化無し。となると密輸の品の様子というより、街の様子の監視かな?」
「そうですね。私達のように何かを探っている者がいないかの監視でしょう」
「場所は?」
「ここから南西の方向、干物屋と呉服屋の間の路地、壁にもたれてる二人です」
あぁ、あの二人か。変装してるのね。
「どういたしますか?捕まえますか?」
「いや、少し様子を見よう。僕は港を見張ってるから、倭文はあの二人が動いたら追って。たぶんそう長くはいない」
「え?しかし御屋形様に万が一のことがあっては………」
「ここで大人しくしてるから大丈夫。これまで一人で街に何度も来てるしね。深追いはしなくていいから、どこに行くかだけ調べて」
「………分かりました」
倭文はお団子を食べ終えると、立ち上がって歩き出した。そのまま別の物陰に隠れていく。
おぉ。改めて、倭文って本当に忍びになったんだなぁ。人間、九年もあれば変わるもんだ。
そんな事を思いながら、僕は港の監視を続けた。
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