「お待たせしました」
「うわ、びっくりした」
それから倭文が僕の元に戻ってきたのは夕方になってからだった。音もなく近寄って声をかけてくる。
「どうだった?」
「二人は西の両替屋に入っていき、それ以降姿を見せませんでした」
「両替屋、ねぇ………結構大きな所だ。一応出入りしてる人も調べないと、だね」
あそこはこの辺じゃ珍しい本両替を営む、つまりは利用するのは大名や有力な商人なわけで。そんな所に一般の町人が入るなんて不自然だ。
「私もそう思います。まさかとは思いますが、転覆に有力な商人達が関わっているとなると、規模もどれほどになるか」
まぁまだ転覆を図る者が本当にいるのかどうか、ってところからだけどね。
けどあそこ、たしか質屋も兼業してるんだよね。資金を集めるにはちょうど良さそうだ。
「それじゃあ、これからは主にその両替屋を調べていく形で。あ、港は特に異常無かったよ」
「分かりました。これからどうされますか?」
「一旦城に戻ろう。短い間にあんまり調べようとすると怪しまれるし」
「かしこまりました」
僕と倭文は休憩所出て城へ向かって歩き出した。
「そういえば、近くに両替屋の兼業してる質屋があったな。ちょっと覗いてから帰るか」
「そうですね。参りましょう」
何か手がかりがあるかもしれないしな。えっと、たしかあそこの細い道を通るんだよな。
頭の中で地図を思い描きながら道を進んでいく。こことは通りが違うから、裏から通るかな。
細い道を通って質屋に向かおうとすると………
「おい、待ちな」
後ろから声をかけられた。振り向くとあからさまにガラの悪い男が二人いる。
平和的な雰囲気じゃないのは倭文も察したようで、目つきが鋭くなっている。
「………何でしょうか?」
用件は大体察せるが、一応念のために聞いてみる。
「へへっ、命が惜しけりゃ、金とその女置いていきな」
まぁそんなんだと思ったよ。
男達は懐から短刀を取り出してこちらに向ける。話し合いでの解決は無理なようだ。
さらに通りの出口から、彼らの仲間であろう男達が三人出てくる。合計で五人か。
「ねぇ倭文、一応この辺が例の質屋の近くなんだけどさ、この人たちそれと関係あるかな?」
「状況と言動からして、ただの野盗だと思います」
ですよねぇ。これなら横着せずに回り道すりゃよかったかな。
「おい!聞いてんのか!さっさと金と女置いてけよ!」
「いや、聞こえてますよ。ちょっと落ち着いたらどうです?」
男達は激昂すると短刀を振り上げて襲い掛かってきた。ちょ、短気だな!
「御屋形様、ここは私にお任せてください!」
倭文は僕を後ろに庇うと身構えた。振り上げた男の腕を掴んで引っ張ると、足を引っ掛けて転ばせた。男は頭を打って倒れる。
「ふっ!」
「ぐはぁっ!」
「このッ!テメェ!」
一人やられたことによって、もう一人の男が倭文に襲いかかってきた。それでも倭文は慌てずに、男から短刀を奪うとその柄で喉を突き、怯んだ隙に腕を捻って突き飛ばす。
「はぁっ!」
おぉ、さすが忍び。大したものだ。
「おい!この女強ぇぞ!みんなで囲んじまえ!」
倭文が強いのを感じ取って男達が声を上げた。
残った三人が倭文を囲むと、路地からまた六人の野盗が現れる。全員が武装している上にかなり屈強だ。
何でたかが盗人がこんなに大人数で群れてるんだ?ちょっと変だ。
「くっ!数が多い!」
この人数にも倭文は怯まず男達を倒していく。するとそれを補うように助っ人が増えていく。
何だこれ?
「倭文!」
これだけの数となると、勝てない事もないだろうが危険なことに変わりはない。
僕を守ってくれているのだし、さすがにこれをボーッと見ているのも申し訳ない。というか目立つのはマズい。
僕は倒れた二人の男達が落とした短刀を拾うと、それを一本ずつ加勢しに来た男たちの内二人に肩に向けて投げた。
狙い通り僕の投げた短刀は男達の肩に突き刺さった。
「「ぐあぁッ!」」
「ほい、さよなら」
肩を抑えて蹲る男達を蹴り飛ばすと、倭文の腕を引っ張り囲まれてる状態から脱出させてやる。
「ひゃっ⁉︎お、御屋形様!」
「僕が城からの外出は手慣れてるの忘れた?こういうのにも慣れっこなの。こっち来て!」
僕はそのまま倭文の手を引いて駆け出した。
「おい!追え!女も捕まえちまえ!」
さすがにそう簡単には逃してくれないか。
「おりゃっ!」
僕は懐に手を入れると、子供の頃からの護身用の煙玉を取り出して投げた。着弾と同時に煙が路地を満たす。
「くっ!この野郎!」
野盗たちが目を押さえて悶えている間に、僕と倭文は路地を駆け抜けた。あのままだと外に人の目を集めてしまうため、素早く路地を抜ける。人混みの多い所に飛び込んで身を隠した。
「はぁっ、はぁっ………もう、大丈夫かな?」
「はい、追っては………来てなさそうですね」
「だね。よかったぁ」
僕は近くの建物の壁にもたれると大きく息を吐いた。意外と何とかなるものだ。
「倭文、大丈夫?」
「え、あぁ、はい………」
戸惑ってはいるようだが、特に怪我はしていないようだ。無事でよかった。
「あ、あの、御屋形様………」
「あぁ、ちょっと待った。さっきみたいな輩もいるし、話は城でするか」
そろそろ暗くなってきたし、さっきみたいな輩が蔓延る時間帯だしな。
「そう、ですね………」
「それじゃあ帰るか」
「あ、いえ………私は城までお供することは出来ないので………」
「あぁ、そうだっけね。それじゃあ途中まで、ね?」
「は、はい………えっと………」
何か言いたげな倭文は、ふと自分の手を見つめた。彼女の手はさっき逃げた時のまま、僕がしっかりと握っていた。
それだけで僕は彼女の意思を察する。
「あ!ご、ごめんね!」
「い、いえ………」
僕は慌てて手を離した。しまった、ついずっと握ってしまっていた。
倭文は少しだけ顔を赤らめて俯いた。さすがに嫌だったかな。
「それじゃあ、僕は城に戻るから、って、質屋の探索出来なかったなぁ」
「店の中を見てみるだけで良ければ、私がこの後調べておきますが」
「あぁ、お願い。でも、さっきみたいな人がいるから気をつけてよ」
「はい、私も影ながら御屋形様をお守りいたします」
いや、僕じゃなくて自分の身も守ってよ。いなくなられたら困るから。
というわけで僕は一人で城へと戻っていった。いつもの事ではあるけど、今日はずっと倭文といたからかちょっとだけ寂しい。
城に戻り夕食を食べてお風呂に入ると、自室で寛いでいた。
「御屋形様」
すると背後から倭文の声が聞こえた。ハッとして振り向くと、そこには倭文が立ち膝で控えている。
外出した時の着物姿ではなく、忍びとしての姿に戻っている。
「あぁ、倭文か。お帰り」
「はっ。御屋形様を城までお見送りした後、件の質屋の様子を確かめてまいりました」
「ん、どうだった?」
「特に変わった様子はありませんでした。先程追いかけた者達もいませんでした。ただ………」
「ただ?」
「夜間の警備が、他よりも多いような気がしました。まるで何かを隠しているかのように」
なるほど。たしかに両替屋なんだし、それなりに警備が厚いのは当たり前と言える。
けど、つい最近までそんなに警備は厚くなかった。何で今さら………
「ありがとう。今のところ手がかりそれしか無いし、引き続き調査お願い」
「はい、かしこまりました」
頭を下げた倭文だが、暗い顔をして申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「御屋形様、申し訳ありませんでした」
頭を下げた倭文に僕は首を傾げた。
「え?何急に………」
「御屋形様をお守りする立場でありながら、助けられるとは………情けない………」
あぁ、そういうことか。さっきの事気にしてるのね。
「ううん、僕が勝手にやっただけだよ。それにいくら慣れてるからって、さすがに倭文がいなかったら危なかったしね」
「しかし………里長から、御屋形様の身を守るようにと言われているのに」
「結果的に何とかなってるんだしいいよ。それにそう思うなら、明日から挽回してよ。明日からやってもらう事、たくさんあるんだから」
「はい………分かりました」
落ち込んでしまう倭文を見て、僕は思わずため息をついた。
「なんか、調子狂うなぁ」
「え?」
僕の言葉に倭文は頭を上げた。
「いやさ、僕の中の倭文って九年前のままで止まってるからさ。いきなり忍びになったとか、僕の部下とか言われて畏まられてもさ。何か実感湧かないんだよ」
「それは………し、しかし、あの時も、私と御屋形様の間には差がありましたし………」
「まぁそうだけどさ。あの時倒れて泣いていた女子が、今じゃ物陰から音もなく現れて、僕を守る忍びになってるんだ。しまいには野盗を倒しちゃうし、混乱するのも分かるでしょ?」
僕からしたら、倭文は記憶を無くしたか弱い女子なのだ。それが今では忍びになってるんだから、何が起きるか分からないものだ。
何とか慣れたいんだけどなぁ。
「ねぇ倭文、この後時間空いてる?」
「は、はぁ………特に命令が無ければ。こちらの任務のため、里に戻る必要もありませんし」
「よかった。それなら、まだ寝るまで時間あるし、ここでゆっくりしていかない?」
「い、いえ、そんな!御屋形様と共に寛ぐなど、畏れ多い!」
「いやいや。この九年間で何があったのか、気になるってだけだよ。記憶のない女子が、どうやって忍びになったのか」
「………影である私のことなど、聞くに値するかどうか………」
「そうかな?聞いていいかどうかは置いておいて、割と興味はあるんだよね。特に倭文なんて、忍びの中じゃ例外とも言えるわけだし」
「そういう、ものでしょうか………?」
「まぁ忍び云々は置いておくにしても、倭文がどんな風に過ごしてきたかは興味あるの。あまり落ち着いて話す時間も無かったしさ」
本当は出かけた時に聞こうと思ってたけど、そんな余裕無かったからなぁ。当たり前といえば当たり前だけど。
「そうですね。たしかに私は例外ですが、それは忍びになる経緯の話で、なろうと決めてしまえば他の方達と変わりません」
それから倭文は忍びの里に迎えられてからのことを話してくれた。
何年もかけて受けた過酷な忍びの訓練、周りより遅れて忍びの道を歩んだので、彼女は人一倍努力を重ねてきた。
任務をこなして成果を示し、いつしか大人とも肩を並べられるほどにまでなった。
「………そしてこの度、任務のために御屋形様の元へと参上仕った、というわけです」
「なるほどね………」
倭文の話を聞いた僕は静かに頷いた。
「ということは、結局記憶は戻らないままなんだな」
「そうですね。里長も調べてはくれているそうですが………何せ、手がかりすらもないので」
忍びが調べようとして出てこないとなると、よっぽどなんだろうな。
「でも、よくそんな中で忍びになろうだなんて思ったよね。不安とか無かったの?」
「不安なんてありませんでした。忍びとして、いつか御屋形様のお役に立てるようになる。それが私の九年間の全てです」
「そうか………なんか、嬉しいな。たった一日しか過ごしてないのに、そんな風に思ってくれるなんて」
てっきり忍びの里に行ったら、すぐに僕のことなんか忘れてしまうと思ってた。また会えるかどうかも分からなかったし。
「たった一日、なんですよね………」
「どうしたの?」
倭文は何かを思い出したように、ぼんやりと顔を上げて天井を見上げる。
「記憶のない私にとって、御屋形様と過ごしたたった一日が初めての記憶で。それ以降、長い間里での思い出もたくさんできたのに。まるで逆のように、御屋形様と過ごした一日がずっと長く、濃密なものに感じられるのです」
「そうだな………僕もだよ」
たった一日だけ過ごした人と九年ぶりに再会して、こんなに懐かしめるんだ。僕も彼女との時間を大切に思ってたのだろう。
「っと、結構話し過ぎてしまったか」
「そうですね。これ以上起きているとお体に触ります。差し出がましいようですが、そろそろご就寝なさった方がよろしいかと」
「それもそうだね。それじゃあ、さっきも言ったけど明日から色々働いてもらうから、よろしく頼むね」
「はい。夜間の警備は私に任せて、ごゆるりとお休みください」
倭文は頷くと天井へと飛び上がり消えていった。彼女の消えていった天井を見て笑った。
昔守った子が、再会したら僕を守ってくれるとは………面白いものだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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