「御屋形様」
「倭文か。ちょっと待ってね」
月明かりと星だけが地上を照らす夜。僕以外誰もいない部屋で声が聞こえた。
部屋の戸の鍵をかけると、天井を見上げる。
「いいよ、来て」
声をかけると、忍びの装束を身に纏った倭文が天井から素早く降りて着地した。
「それで、どうだった?」
「はい。やはり北のヤクザ者、そこの役人と繋がっているようです。町の娘を誘拐して、遊女として働かせてるのを役人が揉み消してるようで」
「加担してる者は全員分かってるの?」
「はい。御屋形様のおっしゃられた奉行所の役人に文は渡しました」
僕はこういう時、役人に個人的に文を送り捕まえさせる。
本当なら奉行所全体にこの事を通達するんだけど、繋がってるのが役人となれば揉み消される可能性も………というのは建前で、仰々しいのが面倒だからだ。
下手に手出すと事後処理しなきゃならなくなる。それが面倒なので、役人一人が頑張って上げた手柄、ということにしたい。
役人の不正を暴いたとなれば出世間違いなしだ。やりたがる人間なんて山のようにいる。
今回もそんな者の一人に諸々の処理を
「ヤツは出世したがってたし、手柄立てられるならやってるでしょ。お勤めご苦労様」
「かしこまりました」
律儀に頭を下げる倭文を見て、僕は肩の力を抜いてダラける。
「ふぅ………それにしても、何か悪いね。倭文にいつも任務と全く関係ないことの調査頼んじゃって」
「いいえ。このような悪事を潰していけば、転覆を狙う者に繋がるかもしれませんし。それに人々の平和を守るのが我々忍びの使命ですから」
そう、元々の倭文の任務は幕府転覆を狙う者の打倒。
以前不穏な動きがあった港では、倭文の予想が的中し火器を舟で不当に持ち込もうとしていた輩がいた。
その時も今回と同じやり方で一人の役人に処理は任せたのだが、それ以降特に目立った動きがない。
持ち込んだ輩は下っ端も下っ端で、金だけ貰って大したことは知らなかったらしい。
その後も度々不自然なことは見れるが、困った事に中々尻尾を掴ませなくてどうしようもできない。
というわけで倭文と話した結果『町の悪事を暴いていけば、その内繋がるでしょ』という単純な結論に辿り着いた。
そんなこんなで倭文と一緒に町の調査をして不穏な行いを暴き対処する、という日々になっている。
「まぁでも、明日までに少しでも町を平和にしておきたかったから、よかったかな」
「明日、ですか?あぁ、桜祭りですね」
「うん。やっぱり、少しでも多くの人に楽しんで欲しいからね」
春になり、桜も満開となった。この時期に城下町では毎年桜祭りが開催されている。今年もいよいよ明日だ。
「そういえば、今夜は遅くまで起きている方が多いように感じました」
「屋台とかもあるし、色々準備してる人もいるんでしょ。他所から来る人もいるし、結構賑わうんだよ」
「そうですか。御屋形様はお祭りに行かれるのですか?」
「まぁね。いつも通りフラッと出かけて楽しんでくるさ」
「あの、今更ですし差し出がましいかもしれませんが、無断で外出して旦那様に怒られないんですか?」
「父上の苦言など右から左だ。それにただの町民となることで勉強になることもあるにはあるんだよ」
それに無断というわけではなく、ちゃんと知らせてはいる。置き手紙でだけど。
今年はどうしようかな。毎年一人で回ってを繰り返せば、新鮮味も無くなるというもの。何か目新しいことでもあればいいんだが………
「あの、御屋形様………」
「ん?どうした?」
声をかけてきた倭文は、どういうわけか少し躊躇いながら話を続ける。
「その………明日のお祭り、私もお供させてはいただけないでしょうか?」
「お供?一緒に行きたいの?」
僕が首を傾げて尋ねると、倭文は黙って頷いた。
「このような催し物の時こそ、良からぬ事を企む輩が多いものです。御屋形様に万が一のことがあってはなりませんし………」
なるほど、たしかに倭文は僕の警護も任されてるしね。
それにしても自分から言い出すとは、律儀だねぇ。
「あっ、その………お一人で楽しみたいのでしたら、無理にとは言わないのですが………」
「いや、毎年一人でというのも味気ない。一緒に行こうか」
そういえば任務の方向性が変わってから、あまり二人で出かけることも少なくなった。たまにはいいだろう。
「それじゃあ、いつも通りの場所で待ち合わせね」
「ありがとうございます。それでは、また明日」
俯いたまま、倭文は天井へと跳んで消えてしまった。
ふと窓を開けて、城下町を見下ろす。
倭文とお祭り、かぁ………
不思議と例年よりも心が躍っているような気がした。
そして翌日。
平民用の着物に着替えて、置き手紙を残すと、使用人を装い城を出る。
城を出れば、そこには桜祭りに訪れた人々でいつもよりも道が混んでいる。
堀の川にかけられた橋の上でしばらく待っていると、人混みの中からこちらにくる人影を見つけた。
「御屋形様、おはようございます。お待たせしてしまい申し訳ありません」
「おっ………」
やってきた倭文を見て声が漏れた。
いつもは着物と袴の姿の倭文だが、今日は桜色の着物を着ており、花があしらわれた髪飾りをしている。
「へぇ、そういう着物も持ってるんだ」
「はい、御屋形様に恥をかかせるわけにもいきませんから。これでもしっかり動けるのですが、あまり着ることがなくて。その………変ではないでしょうか?」
あまり着慣れない着物なのか、どこか落ち着きがない。
「変なんかじゃないよ。美しい」
質素ではあるが華のある桜の模様が、凛とした彼女の雰囲気とよく似合ってる。
咲き誇る桜の背景の中でも、その美しさは霞むことがない。
「そう、ですか。よかったです」
自分の格好を見下ろして、安堵の息を漏らす。
そんなに気を遣わなくても、僕なんて見た目だけならその辺で売ってる着物だ。
むしろこんな美しい女性の隣を歩くとは、僕の肩身が狭い。まぁ嬉しいけど。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
僕達は祭りで華やぐ町の中に歩みだした。
いつもの城下町も城の中に比べれば何倍も賑やかだが、祭りともなればそれも増す。
家族で屋台を回る者達もいれば、恋人同士仲睦まじく並んで歩く者達もいる。
無駄に喧しいのは嫌いだが、こういう賑やかな町の様子は嫌いじゃない。
町の至る所に桜の木が植えられており、美しい花が咲き誇っている。
その下では出店が立ち並び、方々に目が惹かれる。
「倭文、どこに行きたい?」
「私は………護衛ですから。御屋形様の行きたい所でしたら、どこでも」
そう来たか。
さすが真面目というか、その辺り堅いのは倭文らしいといえばらしい。
倭文にもお祭り楽しんで欲しいんだけどなぁ。
「それなら、何か屋台で食べようか」
屋台を楽しむのも祭りの楽しみの一つだ。
「せっかくなら何か菓子がいいけど………っと、あれにするか」
周りを見渡して、適当に目に止まった屋台へと歩いていく。
「あれは………飴細工、ですか?」
「あぁ、普段はあまり見かけないからな。特別でいいじゃないか」
人混みをかき分けて屋台の前に着くと、屋台の前には色とりどり、形も様々な飴細工が並べられている。
魚や鳥など生き物が多く、今にも動き出しそうなほどに躍動感を感じる。食べるのがもったいないくらいだ。
目を奪われたのは僕だけではなく、倭文も同じようだ。
「美しい………」
僕の後ろで並べられた飴細工を見て目を細める。小さな声だったが、僕の耳にはっきりと残る。
彼女の微笑みに、僕も釣られて笑ってしまう。
「倭文も美しいものは好き?」
「あっ、申し訳ありません!一人ではしゃいでしまって」
「いいよいいよ。せっかくの祭りだ、倭文にも楽しんでほしい」
いつもは忍びとして主従の関係を全うしようと、倭文はあまり感情を表に出すことはない。
だからこそ、彼女が時折見せる表情に心が惹かれる。
「それじゃあ、これにしよっかな。すみません、これください」
「はいよ。どれにするんだい?」
僕が声をかけると、屋台の中にいた婆さんが並んだ飴を手で示す。
どれにしようかな………
飴を選んでいると、僕と同じように眺めている倭文が視界に入った。
彼女の首からは昔僕が送った鷹の羽の首飾りが見える。
任務の妨げになると基本的に装飾品を身につけることは無いが、これだけはいつも身につけている。
大切にしてくれて、送った僕としてはとても嬉しい。
あっ、それなら………
「これにします」
僕が選んだのは鷹が模られた飴細工だ。
「あっ………」
倭文も僕の意図に気がついたようだ。顔を上げて僕を見つめる。
「ちょうどいいでしょ?」
「………はい」
僕が笑うと、倭文も照れながらはにかむ。
「はい、これね。奥さんはどうするんだい?旦那さんと一緒のにするかい?」
婆さんに声をかけられて、倭文はしばらく呆けていた。
やがてそれが自分のことだと気がつくと、ボンッと顔が真っ赤に茹で上がる。まぁ僕も何だけど。
「えぇっ⁉︎お、奥さんって私ですか⁉︎しかも、旦那さんって………」
「ありゃ、なんだ夫婦じゃないのかい?んで、何にするんだい?」
「わ、私は大丈夫、ですから!」
「そうかい?いや、すまないね。やけに仲良さそうだから、てっきり夫婦かと思ったよ」
「そ、そんな………畏れ多い………」
恥ずかしさで縮こまりながら、倭文は僕をチラチラと見る。
僕もまさか周りからそんな風に見られているとは思わず、上手く返すことができなかった。自分の顔が熱くなっているのが触れずとも分かる。
それを見た婆さんはニヤニヤと笑いながら僕のと同じ鷹の飴を差し出した。
「そこの坂を上がった所に山へ続く道がある。そこの外れにある野原は山菜を採りに行く者以外滅多に近寄らないが、あそこも桜が咲いてるはずさ。これでも食べてゆっくりしてきな」
「は、はぁ………」
なんか変な気を遣われたように感じる。
まぁこういう下世話な言動は気にしても仕方ない。
飴細工の屋台を離れた僕達は、町を歩いて行った。
これだけ大きな祭りとなると、地方から大勢の人が来る。
それはただの観光客だけではなく、曲芸師など自らの技を披露するために訪れる者もいる。
「おぉ〜!」
そんな内の一人が芸をしているのを見かけたので、僕達は足を止めて見ていた。
平衡感覚に優れているのか、玉の上に乗りながらお手玉のように玉を操っている。
「すごいなぁ。倭文ってあぁいうこと出来たりするの?」
「どうでしょうか。人並み以上に平衡感覚はある自負しておりますが、あのようなことまでは………」
倭文も感心した様子で芸に見入っていた。
もっとも、倭文の忍術も芸にならなくもなさそうだけどな。
芸も堪能し、気がつけば太陽が真上に来ていた。
そろそろ昼時か。
町もぐるっと一周して、町の賑わいを楽しんだ。
「ふぅ………たくさん歩いたし、どこかで休もうか」
「それでしたら、先ほどの飴細工の屋台の方が言っていた野原で休みませんか?」
あぁ、さっき言ってたヤツね。たしかに聞いた限り休むには良さそうだ。
「それじゃあそこ行こうか」
僕達はさっき言われた通りの道を進み、町の喧騒を抜けた。
騒がしさが薄れて静かになった町の外れを二人で歩き、山の方へと向かう。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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