それから僕は、時々玉響さんの家に遊びに行くようになった。
近所に住んでるから、ってのもその要因の一つだろう。飛鳥ちゃんと遊んだり、玉響さんも一緒になってお茶したり。
他所の家族の中に入ることに対して、最初は微妙な距離感を感じていた。
でも今ではすっかり馴染んで、普通に日常の選択肢の一つになりつつある。いやはや、慣れとは恐ろしいものだ。
もっともそれ以上に、玉響家のみんなが優しくしてくれるってのもあるのかもしれないけどさ。
そんな優しさが嬉しくて、ご近所とも友人とも言いにくい交友関係は続いていた。
そして二人と出会ってから数ヶ月後。
夏の暑さもすっかり無くなり、冬も本格化してきた12月の土曜日。
全ての中間試験やレポートが終わり、心置きなく年末年始を迎えられそうになった頃。
玉響さんからのお誘いがあり、僕はまた彼女達の家を訪れた。
インターホンを鳴らすと、扉が開いて玉響さんが顔を覗かせる。
「あっ、こんにちは」
「こんにちは、玉響さん」
「さぁ、どうぞ入ってください。外寒かったでしょう」
「すっかり冷えてきましたからね。お邪魔します」
部屋に入ると、ドアに飾られていたクリスマスのリースが目に入った。売り物には見えないが、可愛らしくて華やかだ。
「これは?」
「これですか?飛鳥が保育園で作ったんです。もうすぐクリスマスですから」
「そういえばそうでしたね」
一人暮らしの大学生には縁遠い行事だ。一緒に楽しむ相手もいないし。
「っと、それでその飛鳥ちゃんは?」
いつもならこの辺で駆け寄ってくる(場合によってはタックル)なのだが、今日はやって来ない。
「あぁ、あそこですよ」
玉響さんが指す方には、クッションを枕代わりにして寝ている飛鳥ちゃんの姿が。タオルケットをすっぽり被ってミノムシみたいだ。
ちなみにその隣ではベッドの上で皐月ちゃんも寝ている。
入ってきた僕に気がつくこともなく、二人揃ってすやすやと気持ちよさそうだ。
「すみませんね。飛鳥がどうしてもというからお呼びしたのに、ついさっき寝てしまいまして」
「構いませんよ。お昼の睡眠は子供の特権ですから」
白昼堂々寝ても社会的に何も言われない、むしろ可愛がられるのは小さな子供だけだ。
本当、羨ましい限りだよ。
「それにしても珍しいですね。いつもは元気に走り回っているのに」
「さっきまで耳掃除してたんですよ。終わったらいつの間にか眠ってしまって」
玉響さんは小さな筒に入った耳かきを見せてくれた。
耳掃除ねぇ、小学校の高学年くらいから全くやってないや。
そう考えると、これも幼い頃だけの家族の時間ってヤツなのかな。
つい二人の微笑ましい様子を想像して笑みが溢れた。
「よろしければあなたもやってあげましょうか?」
「えっ、いいんですか?」
「せっかく来ていただいたのに、何もしないなんてもったい無いですしね」
たしかに飛鳥ちゃんはぐっすり寝てるし、しばらく起きそうにない。
特にやることもないし、せっかくやってくれるというのなら頼もうかな。
「そういうことなら、ぜひ」
「では、こちらへどうぞ」
玉響さんはリビングの広い所で正座すると手招きすると、自分の太ももをポンと叩いた。
「さぁ、ここに寝てください」
あっ、そうか。耳掃除してもらうってことは、膝枕してもらうってことか………
何だか急に恥ずかしくなってきたが、ここで変に断ったらそれはそれで不自然、だよね。
「そ、それじゃあ、失礼して………」
飛鳥ちゃん達を起こさないようにそっと荷物を置き、僕は横になった。
玉響さんの太ももに頭を乗せて、体を伸ばす。
普段使っている枕とは明らかに違う、温かくてムチッとした感触に少しだけ心音が高鳴った。
ふんわりといい匂いがして、女性に密着してると意識してしまう。
「それでは、失礼しますね」
耳かきがゆっくりと僕の耳の中に入っていく。
慣れない感覚に最初は背筋が震えるが、それが過ぎると心地よさがじんわりと広がった。
「痛くないですか」
「はい。何か、気持ちいいです」
「ふふっ、それはよかったです」
玉響さんは少しずつ耳かきを動かした。
程よい力加減で、耳垢を優しくかき出してくれる。優しい手つきに体の力が抜けていく。
やや背中を丸めつつ、僕は視線をこっそり上に向けた。
出会った時からスタイルが良いとは思ってたけど、視点を変えるとさらによく分かる。
たわわに実った胸が服を押し上げており、下からでは玉響さんの顔がほとんど隠されている。
しかも自分の真上で揺れており、今にも触れてしまいそうだ。
「ん?どうかしましたか?」
「あっ、い、いえ………」
さすがにジッと見過ぎたようだ。意図が悟られる前に目を逸らす。
そんな僕の心情に気がつくこともなく、玉響さんは耳掃除を続ける。
「ありがとうございます、こんなことしてもらって」
「いいんですよ。いつものお礼です?」
「いつもの?」
「飛鳥と遊んでくれていることですよ。赤の他人の子なのに、たくさん遊んでくれて」
出会ってから数ヶ月。
家族のように、とはいかなくても、もう他人と呼べる関係じゃない。
一緒にいて心地よい距離感。それが僕を『またここに来たい』と思わせる。
「気にしないでください。好きでやってるだけですから」
「それがとても助けになってるんです。私にとっても、あの子達にとっても」
玉響さんは、隣で気持ちよさそうに寝ている飛鳥ちゃんと皐月ちゃんに目を向けた。
「飛鳥、今でこそあんなに元気いっぱいですけど、ちょっと前まで時々寂しそうにしてることがあったんです」
「えっ?」
ちょっと意外だった。
てっきり、いつでもあのテンションで賑やかなものだったと思ってたから。
「自分の仕事、事務員なんですけどね。仕事と子育ての両立が難しくて、あまり遊んであげられてなかったんです」
小さな子供二人をちゃんと育てる。そのためには、養えるだけの仕事もしなければならい。
そんな仕事と育児を一人で両立させるなんて、簡単じゃないよなぁ。
「でも保育園にいる周りの子達は違って。飛鳥は、友達から家族でこんなことしたよって話聞くと、それが羨ましかったみたいで」
「なるほど………」
ある程度大きくなると、一般的には人様の家庭事情に配慮が持てるようになるんだけど、小さな子にそれは難しいか。
「す、すみません、こんなこと話されても困っちゃいますよね。何だか、あなたには気が緩んでしまって」
「いいですよ。周りと違う苦しみなんて、吐き出さなきゃやっていけませんからね」
「えっ?」
「僕も両親いないんです。まぁ、親戚に引き取ってはもらえましたがね」
玉響さんの手が止まった。
「あぁ、気遣わなくていいですよ。ずっと前のことなので」
「………そう」
そっと頷いて、また玉響さんは手を動かす。
何も言わない。それでも何も思ってないわけじゃない。何となくそんな気はした。
「大変なんですね、親って」
「まぁ、それでもちゃんと『お母さん』をやれてるかは、私には分からないですけど」
「理由が何であれ子供達が楽しく暮らせてるなら、十分なんじゃないですか?」
人は今の自分の立ち位置を最低レベルに定めて、それよりも上の人を見ては落ち込む。
けどそれはベクトルが違うだけだし。仮にそうでなくても、気にする必要があるものなんてごく僅かだ。この場合は違う。
「そういうものでしょうか」
「えぇ。僕もいつか家族を持つなら、玉響さんみたいな人がいいです」
「ッ!………も、もう、変なこと言われたら手元狂っちゃいますよ」
「あぁ、すみません………」
恥ずかしそうに顔を赤らめて、玉響さんははにかんだ。
どうやら気が緩んでるのは、僕も同じらしい。普段なら言わないことがつい出てきてしまった。
「右耳はこれでいいですね。最後に……ふ〜っ」
優しい吐息が耳の中に流れ込んできた。その感触が全身に広がり、思わず背中が震える。
「ふふっ、くすぐったかったですか?」
「分かります?」
「飛鳥もそうなんですよ。さぁ、今度は反対向いてください」
「はい」
体を反転させると、また玉響さんは手を動かす。
「ありがとうございます。あなたに話したら、ちょっと楽になりました」
「こんな子供の意見で役に立ったならよかったですよ」
「子供だなんて。私はあなたのそういう人に寄り添ってくれるところ、とてもいいと思いますよ」
玉響さんのしなやかな手が僕の頭の上に乗った。
普通なら子供扱いされてるみたいで嫌なのに、玉響さんに撫でられると安心感が勝る。
心が安らぐと同時に、頭がボーッとして瞼が重くなる。
そうして僕の意識は、眠りの世界へと遠のいていった。
「………ちゃん、おにいちゃん!」
ゆらゆらと体を揺すられてるような感覚がして、僕は目を覚ました。
周りの音がはっきりと聞こえるようになり、甲高い声が耳に突き刺さる。
重い瞼を開けると、僕を真っ直ぐ見つめる顔が一つ。
「んっ………んん?あれ、飛鳥ちゃん?」
「あっ、おきた」
何で僕、飛鳥ちゃんに起こされてるんだ?
ぼんやりとした意識のまま体を起こすと、頭にクッションが敷かれていることに気がついた。
そこは玉響家のリビング。明るい電灯が目に入り、思わず目を瞑る。
「あぁ………」
何となく思い出してきた。
玉響さんに誘われて来たけど、飛鳥ちゃんが耳掃除されたおかげで寝ていて。それで僕も耳掃除してもらってて………
「寝ちゃったのか………」
人の家で堂々と寝てしまうとは………やってしまったな。
「僕どれくらい寝てた?」
「しらない、わたしいまおきたもん」
どうやら飛鳥ちゃんも起きたばかりらしい。テーブルを挟んだ先では皐月ちゃんがまだ寝ている。
「って、あれ?玉響さんどこ?」
キョロキョロ辺りを見渡すが、膝枕してくれていた玉響さんはいない。
しかしようやく意識がはっきりしてくると、洗面所の方から物音が聞こえてきた。
何だ、洗濯でもしてるのかな?
とりあえず起きたことだけでも伝えるか。
重い腰を上げて、洗面所の扉を開けた。
「すみません玉響さん、今起きて………」
後から考えれば、ちゃんとノックをするべきだったんだ。
「「えっ?」」
扉を開けた瞬間に互いの目が合い、僕と玉響さんは揃って声を漏らした。
そこにいた玉響さんはシャツをはだけさせ、ブラジャーを外している、つまりたわわな胸を露わにしている状態だ。
ふくよかな膨らみは垂れることなく張りを保っており、玉響さんが動くたびにぷるんっと揺れている。
さらに膨らみの頂点にある乳首はピンと硬くなっていて、そこから白濁の乳液が垂れて、ツーッと双丘の表面を流れる。
玉響さんが胸の先をぎゅっと摘むと、乳液がさらに噴き出して洗面台に飛び散った。
これって、まさか………母乳?
視線が重なること数秒、やっと互いに状況を理解し始めた。
玉響さんの顔がみるみる内に赤くなり………
「きゃあぁぁぁぁぁッ‼︎」
金切り声をあげると共に、玉響さんは慌てて胸を手で隠した。
もっとも玉響さんの細い手で覆い尽くせるわけもなく、柔肌は今にもこぼれ落ちそうだ。
「あぁッ⁉︎ご、ごめんなさい‼︎」
美しい姿に見入ってしまったものの、我に返った僕はすぐに後ろを向いた。それでも一瞬だけ見てしまった玉響さんの姿が頭から離れない。
初めて見る女性の刺激的な姿に心臓が高鳴り、熱を出したように顔が熱い。
「うわあぁぁあぁぁ〜〜〜〜〜〜〜ッ‼︎」
頭の中の整理つく前に、リビングから大きな泣き声が聞こえてきた。
どうやら今の叫び声で皐月ちゃんを起こしてしまったらしい。驚いて泣き叫んでいる。
「うわっ!あぁっ、やっちゃった、もう………!」
慌てて服を着直すと、玉響さんはリビングへと飛び出した。ベッドから皐月ちゃんを抱き起こすと、泣き止ませようと優しく揺らす。
「ほーらほら、もう大丈夫だよ。びっくりさせちゃってごめんね〜」
「おかあさん、どうしたの⁉︎」
「あ、飛鳥、起きてたの?うん、その………ちょっと虫がいて、びっくりしちゃって………!」
偶然にも様子を見ていなかった飛鳥ちゃんには、しどろもどろになりながらも何とか誤魔化した。
しばらくして何とか皐月ちゃんは泣き止んでくれた。僕はその様子をただ呆然と眺めてるしかない。
「ふぅ………何とかなった」
「あ、あの………玉響さん………」
「さ、さて、おやつにしようか!飛鳥、手洗っておいで」
何か言おうとする前に、玉響さんは目を逸らして手を叩く。明らかに僕を避けている。
「うん!ほら、おにいちゃんもいこ!」
「あ、あぁ、うん………」
飛鳥ちゃんに手を引かれて、僕は洗面台へと向かった。
それからおやつを食べて、いつも通り飛鳥ちゃんと遊んで………結局謝るタイミングを逃したまま、僕は帰ることになった。
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