芽吹いた桜も散って、春らしさも消えてきた頃。
無事進級も出来て、多少余裕が出てきた僕は、日課の散歩をしていた。
休日、というかゴールデンウィークなこともあって、街中は人で賑わっている。
特に公園は親子連れが多くて………
「あっ!おにいちゃん‼︎」
「ん?」
一際大きな声が、イヤホンを突き破って聞こえてきた。
公園の方を振り向くと、こちらに向かって手を振ってくれる子供がいた。
「おぉ、飛鳥ちゃん」
たくさんいる子供の中でもすぐに分かった。ぴょんぴょん飛び跳ねているから。
「こんにちは。遊びに来てるの?」
「うん!ブランコしてた!」
相変わらず外で遊ぶことが好きなようで、他の遊具でも遊びながら走り回ってたらしい。
また怪我とかしなければいいが。
「飛鳥ー!いきなり走り出したら危ないでしょ」
すると後ろから声がして、母親の玉響さんがベビーカーを押しながらやってきた。
押しているベビーカーには、次女の皐月ちゃんが乗っており、僕をジッと見つめている。
「玉響さん、こんにちは」
「あら、こんにちは。奇遇ですね」
僕達は顔を見合わせて挨拶を交わす。
クリスマスを経て、僕と玉響さんの関係は特に変わっていなかった。
多少なりとも気まずくなったりしないかと懸念していたが、意外にもこれまで通りが続いている。
そもそも会う時は、基本的に飛鳥ちゃんや皐月ちゃんがいる。そうなると、彼女達と遊ぶ方に意識が向いてしまうのだ。
けどまぁ、今はそれくらいの方が気が楽でいい。
せっなくなので、僕も公園でゆっくりすることにした。
公園のベンチに座ると、飛鳥ちゃんが僕の脚の上に座ってきた。玉響さんも僕の隣に座り、前にベビーカーを止める。
「飛鳥ちゃんは、明日からどうするの?」
「あしたはおばあちゃんちにおとまりするの!」
「お泊まり?」
そうか。ゴールデンウィークだの帰省する人もいるのか。僕は帰るつもりはないし、特に予定もない。
「それじゃあゴールデンウィークはみんなで帰省ですか?」
「いえ。実は年末年始に帰省した時に、両親が数日預かってくれるって言ってくれたんです。たまには自分の時間も取りなさいって」
「なるほど………いいご両親ですね」
たしかに、いつも子育てと仕事で自分の時間を取るのも一苦労だろう。
周りが助けてくれるなら、時にはそんな日があってもいいのかもしれない。
そんな話をしていると、正午のチャイムが鳴り響いた。もうそんな時間か。
「飛鳥、そろそろ帰るわよ」
「うん!おにいちゃんもいっしょにかえろうよ!」
「そうだね」
どうせ途中まで帰る道は一緒だ。一人で帰るのも味気ないし。
高くなってきた太陽に背を向けて、僕達は公園を出た。
「おかあさんつかれた〜!おんぶして〜」
「皐月離すわけにいかないの、家まですぐだから我慢して」
「うぅ〜!じゃあおにいちゃん」
疲れて立ち止まると、飛鳥ちゃんはこっちに向かって手を伸ばす。
じゃあって何だよ。別にいいけど。
「ほら、しっかり掴まってよ」
「こら飛鳥、迷惑かけないの」
「すぐそこですしいいですよ」
しゃがんで飛鳥ちゃんを背負うと、グッと立ち上がりおんぶした。
何気に人おんぶするの初めてな気がする。
最初の方は保育園であったこととか、色んなことを話してくれた飛鳥ちゃんだが、すぐに………
「スー………スー………」
背中から寝息が聞こえてきた。
まぁ、あれだけ遊んでれば疲れたよな。
そんなわけで起こさないように注意しつつ、玉響さんと帰路に着く。
「あの、一つ相談があるんですが」
「ん、何ですか?」
いつの間にか寝ていた皐月ちゃんを起こさぬよう、ゆっくりベビーカーを押しながら、玉響さんが話を切り出した。
「さっきのゴールデンウィークの話なんですが、一人だと何をすればいいか思いつかなくて」
「あぁ、なるほど」
それもそうか。
ずっと仕事と家事ばかりで、一人で一日ゆっくりするなんてあまり無いだろうからなぁ。
いつも忙しいと、いざ休みを貰っても何をしたらいいか分からなくなるのはよくあることだ。
「それで、あなたが良ければなんですが………二人でどこかお出かけしませんか?」
「えっ、僕とですか?」
思わず聞き返してしまった。
これまでは、僕が玉響さんの家にお邪魔して飛鳥ちゃんと遊ぶことがほとんどだった。
だから外出なんて全くしてこなかったし、こうして外で会うことすら珍しい。
そして飛鳥ちゃん達と遊ぶために行ってるから、当然玉響さんと二人きりなんてなかったのに。
「職場の人達はみんな予定があるみたいでして。それに、たまにはそんな日があってもいいかな、なんて。どう、ですかね?」
どうも何も、断る理由なんてない。
玉響さんとお出かけ。そんなの楽しいに決まってる。
「僕もちょうど暇だったので、ぜひ」
「本当ですか?よかったです」
多少なりとも不安だったのか、安堵の息を漏らして笑った。
冷静に返したものの、心が弾み体が軽くなったように感じる。
突如入った予定に、思いの外楽しみにしている自分がいた。
そして翌日。
さすがにお出かけのためだけに、休みの日に飛鳥ちゃん達を早起きさせるわけにもいかない。
というわけでお昼までは実家でゆっくりしてもらい、お出かけは夕方以降になった。
行き先は家から電車で30分ほどのショッピングモール。何をするのかはまだ聞いていない。
そのため僕は少し早めに家を出て、モールへと向かった。
ゴールデンウィーク初日なこともあって、いつも以上に人が多い。
本来であれば家の近くに集合してから行きたいところだが、玉響さんが飛鳥ちゃん達を実家に送らなければならない。
そうなると現地集合の方が楽なんだそうで、僕は一人で行くことにした。
モールに着くと、まだ玉響さんは着いていないらしい。
とりあえず来たことを連絡して、入り口すぐの柱に背中を預けて待つ事にした。
それから20分ほどした頃。
「あっ、お待たせしました!」
これだけの人混みの中でも、玉響さんの声が鮮明に届く。
顔を上げると、こちらへ手を振って、小走りでやってくる姿が見えた。
何となく昨日の飛鳥ちゃんを思い出す。やっぱり親子なんだなぁ。
服装はジーンズとシャツ、薄手のカーディガンといつも通りだ。
よかった、僕も変に気合いの入れた服とかにしなくて。まぁそもそもそんなの持ってないけど。
「すみません。皐月をお昼寝させようとしたら、中々寝ついてくれなくて」
「いえいえ、お疲れ様です」
本当に世の母親ってのは大変なものだ。
自分もいつか親になったら、ここまでのことができるようになるのだろうか。
「それで、今日はどこに行くんですか?」
「この上にある映画館があるじゃないですか。そこで映画でも見ようかな、と」
映画かぁ。
たまに一人で来ることはあるけど、誰かと映画なんて何年振りだろうか。
「実は職場の方から勧められた映画があって、一人よりも誰かとの方が観終わった後話せますから」
それはたしかにそうかも。
そんなわけで映画まではしばらく時間あるし、それまではモールの中を見て回る事にした。
特に映画以外の予定は無かったので、行く当てもなくフラフラと歩いて行く。
こういう時しっかりエスコートっぽいことが出来ればいいんだが、玉響さんが何を好きなのかイマイチよく分からない。
二人きりの時間が少ないと、あまり踏み込んだ話もしないんだよなぁ。
そんなことを考えていると
「あっ、これいいなぁ」
そう呟いた玉響さんが立ち止まったのは、服屋の前だった。視線の先には赤ちゃん用の服がハンガーにかかって展示されている。
「皐月ちゃんの服ですか?」
「はい、皐月も大きくなってますからね。見ていってもいいですか?」
「いいですよ」
そういうわけで服屋に入ると、玉響さんは子供服のコーナーを回り出した。
「結構可愛いもの多いんですね」
こういうのってシンプルな柄なものばかりかと思っていたが、物によっては刺繍とか飾りみたいなのがついてるものもある。
「うーん、でも皐月が噛んだりして、ボロボロになったりもするんですよ。どうしようかな………」
吊り下がった服をかき分けながら、真剣な顔で眺める。
20分くらい悩んだ結果、シャツとズボンを一着ずつ買っていた。
服屋を出た僕達は、エスカレーターに乗って上の階に上がる。
パン屋やお土産屋が多いため、その場にいるだけでお腹が減ってくる。
何か夜食でも買おうかと考えていると、玉響さんが立ち止まった。
「あの、母と飛鳥のお土産買いたいので、少し寄ってもいいですか?」
「もちろん」
そんなわけで立ち寄ったお菓子屋で、何かお土産になりそうなものを探した。
甘い香りに包まれながら、玉響さんの後ろをついていく。
「これは………抹茶味あるから飛鳥ダメかもなぁ。あっ、こっちのクッキーとかならいいかも!」
悩みながらお菓子を眺めていた玉響さんが、ハッとして振り返る。
「す、すみません。二人の時に、子供達のことばっかり………」
「いやいや、すごい良いことだと思いますよ」
僕はむしろ、そういうところに魅力を感じる。
どんな時でも母親として、自分の家族を一番に考えている。
大人としての安心感と言えばいいのか、それが玉響さんの魅力だと思う。
まぁ仮にそうでなくても、僕から提案してただろうけどね。
「おっと、そろそろ時間ですね」
時間も近づいてきたので、エレベーターを使い最上階の映画館に向かった。
同じことを考える人はいたようで、こっちも結構な人混みだ。少し早めに来て正解だな。
幸いチケットは玉響さんがネットで買ってくれたようで、ドリンクとかを買えばすぐに入れる状態だった。
「ポップコーン、せっかくなら大きめの買いませんか?」
「いいですね。味は………塩とキャラメル両方で。飛鳥、キャラメルだけじゃないと嫌がるんです」
「想像できますねぇ」
そんなわけでポップコーンとドリンクを買って、列に並んだ。
やや混み合いながらも劇場に入り、二人並んで少しだけ後ろの席に座る。
「今更ですけど、どんな映画なんですか?」
「恋愛もの、らしいですよ。ネタバレしないために事前に何も見ないで来ました」
「あぁ、なるほど」
それを聞いて納得した。
というのも、入ってくる人達の多くがカップルっぽいんだよな。やっぱりそういう人達が多いのかな、この手の映画は。
もしかしたら、僕達もそういう風に見られたりしてるのかな?
だとしたら………まぁ、正直嬉しいといえば嬉しい。
実際のところ、今日のコレはいわゆるデート、ってことになるんだろうか。
いや、一度身体を許しただけでそう考えるのは、さすがに思い上がりかな。向こうからすれば、僕なんてまだ子供だろうし。
玉響さんをジッと見ていると、こちらの視線に気がついて目が合った。
「どうかしましたか?」
「玉響さんが楽しそうにしてるから、来てよかったなぁ、って」
「な、何言ってるんですか、もう………ほら、始まりますよ」
スクリーンに顔を向けた玉響さんの表情は、劇場が暗くなってすぐに見えなくなってしまった。
うん。とりあえずは、目の前の時間を楽しむとしよう。
ポップコーンを一つ口に放り込むと、僕はスクリーンに目を向けた。
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