僕は思わず耳を疑った。しかしすぐに頭を切り替える。そんなこと考えてる場合じゃない!
僕は落ち着かないまま体育館を飛び出した。
「お、おい!まだ授業中だぞ!」
後ろから先生が叫んでくるが、その言葉も耳に入らない。
僕はそのまま学校内を走り保健室まで向かった。頭の中はぐちゃぐちゃに乱れているようだった。
そして保健室に着くや否や、扉を勢いよく開き中に駆け込んだ。中にいた保険の先生が驚いて飛び上がる。
「ちょ、何なの君⁉︎今人が寝てるから………」
「それって東海林 紙縒さんですよね⁉︎」
僕は先生に詰め寄った。焦りすぎてて自分で自分を抑えられない。
「え?え、えぇ」
僕はテンパりながらも、先生に今の東海林さんの家庭状況を話した。
といってもさすがに全部を馬鹿正直に話したわけでは無い。
今この辺りで東海林さんに何かあった時に動けるのが自分くらい、みたいな話をした。
念には念を入れて叔母さんにも連絡し確認をとってもらう。もちろん状況だけ見れば真実しか言ってないので、本当だと分からせた。
その後に僕を追いかけてきた体育の先生にも同じ説明をして、僕が東海林さんの関係者であると分からせる。
「と、とりあえず事情は分かったわ。それじゃあ彼女の事は任せていいのね?」
「はい。それで東海林さんの容態は⁉︎」
「ただの風邪、というか疲労ね。この季節に無理すると身体壊しやすいから」
そう言ってベッドまで案内してくれると、ベッドのカーテンを開けた。
そこにはぐったりとした様子で寝込んでいる体操服姿の東海林さんがいた。苦しそうで顔もどこか火照っている。
くっ!これなら無理にでも休ませるべきだった。身体震えてたのって風邪のせいか!
「これから先生の車で家まで送るから、君も早退って事で帰れる?」
「はい、分かりました」
僕は急いで教室に戻ると、手早く帰る準備をした。
それから東海林さんの荷物もまとめると、保健室に戻る。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
僕は荷物を先生に任せて、東海林さんを抱きかかえる。
あまりにも軽くて細いように感じられた。少しでも力を入れたら壊れてしまいそうだ。
こんな身体で無理してたのかよ。いや、僕がちゃんと気をつけていたら良かったんだ。
僕はぐったりとしたままの東海林さんと一緒に車に乗り込んだ。
そして先生を案内しながら神社へと向かう。その間も僕は気が落ち着かなかった。
そこまで心配する必要は無いと分かっていても、東海林さんに何かあったらどうするかと、嫌な予感ばかりが頭をよぎる。
そうこうしてる間に、神社に到着した。
「どうする?しばらくこのまま先生付き添う?」
「いえ、後は僕で何とかなりますので。ありがとうございました」
僕は手短にお礼をすると、荷物をその場に置いて、とりあえず東海林さんを抱えて家に入る。
地味に初めてお姫様抱っこってしたけど、案外出来るもんだ。
すると東海林さんの瞼が僅かに開く。
「あ、あなたは………」
「気がつきましたか?今寝かせるから待っててください」
僕は素早く布団を敷くと、そこに東海林さんを寝かせてやる。
東海林さんの額に手を当てると、思った以上に熱がある。となると濡れタオルがいるな。
それと常備薬とかあるかな?それに食事………はとりあえず時間的に後回しだな。
僕はとにかく思いついた事を揃えていく。人の看病ってほとんどやった事無いんだけど。
そんなこんなで落ち着く頃にはもうお昼になっていた。
東海林さんの様子も最初よりかはだいぶ良くなり、顔色はまだ良くないけど、意識ははっきりしてるな。
僕は東海林さんの額に当てたタオルを水で濡らして絞ると、また額に当ててやる。まだ結構熱があるな。
「あ、あの………」
「ん?どうかしましたか?」
「その………申し訳ありませんでした。ご迷惑をおかけしてしまって」
東海林さんが目を伏せて謝ってきた。体調のせいもあって、とても弱々しい。
「いえ、僕こそあなたが体調悪いの気がつけませんでしたからね。これくらいは」
今この家にいるのは東海林さんと僕だけなんだ。僕がちゃんと気遣ってあげないと。
「あなたのせいでは、ありません。私がこれくらいの事で………」
「いいですから。今はゆっくりしててください」
僕はそう言って調理場に向かう。お昼お粥みたいなやつがいいよな。
その時僕のスマホが震えた。叔母さんからだ。僕は電話に出る。
『紙縒ちゃんの様子はどう?』
さっき僕達の事情を証明してもらうために、叔母さんにはこの事話したからな。心配なんだろう。
「今はそこまで問題無いです。しばらくしたら良くなるかと」
『そう。よく考えたらこの期間って年末年始とかで、ただでさえ忙しかったのに。ご両親のことがあって、余計に負担があったのかもね』
なるほど、そういうことか。たしかに時期的には忙しい時期でそもそも疲れていたのだろう。
その上で両親が亡くなられて、そりゃ精神的にも身体的にも疲労は相当のものだろう。
とにかく今はちゃんと休ませよう。
僕はパパッとお粥を作ると、東海林さんの所まで持っていく。
「失礼します。東海林さん、食事持ってきたんですが食べられますか?」
「はい………ありがとう、ございます」
東海林さんを上半身だけ起こさせてやると、お粥を掬って軽く冷ましてやる。それを東海林さんの口まで運ぶ。
「どうですか?」
「はい、とても美味しいです」
「それはどうも。それじゃあちょっと横になって………」
そう言いかけて、僕は東海林さんを見て驚いた。
東海林さんの目からは涙が溢れていた。それは頬をつたって布団に落ちる。
「しょ、東海林さん?どうかしましたか?」
「す、すみません………情けないところを………」
東海林さんは涙ぐみながら顔を伏せた。必死に涙を拭おうとしてもどんどん流れてくる。
「自分が………情けないです。こんな……こんな事で倒れてしまうなんて………」
「疲労が溜まっての事だったのでしょう?だから休んでいたらと言ったのに」
ただでさえ自分に疲労溜まってるの分かってたのに、その上で無理するって何考えてんだか。
「いえ………私は、これからこの神社を……一人で背負わなければ、ならないのです。それなのに………この程度の事で倒れて………客人に迷惑をかけてしまうなど………」
僕は別に迷惑だなんて思ってない。その気になれば放っておく事だって出来たわけだし。
「もっともっと努力して、東海林家の者として、周りの期待に応えないといけないのに………恥のないようにするつもりだったのに………これでは…お父様とお母様に顔向け出来ません………!」
そう言って東海林さんは涙を流した。
まるでそれすらも許されないと言うかのように、それすらも必死に堪えている。
そりゃそうかもしれないよ。これから一人で頑張って、この神社継がないといけない。
それは彼女の決まった運命だ。それを僕がどうこうは出来ない。
けどさ………やっぱりこのままは嫌だよな。
「あの、僕はそういう重いものは背負った事も無いし、別にあなたにアドバイスを求められたので、すごい勝手で偉そうな事だとは思いますけど………」
「?」
それまで顔を伏せていた東海林さんが顔を上げた。熱のせいか泣いたせいか、顔は真っ赤になっている。
「たしかにあなたは、これから一人でこの神社を背負っていかないといけないのかもしれません………でも、それは全ての事を一人でやる、という事ではないと思いますよ?」
「………え?」
東海林さんが小さな声をあげた。
「一人でやるなら、人間誰しも限界があります。もし本当にあなたのご両親が全てを背負っていたら、そんな限界とっくに迎えてますよ」
人二人で背負えるものなんてたかが知れてる。
「ねぇ、どんな重みにも耐えられる方法、知ってますか?」
「重みに耐える、方法………ですか?」
「えぇ。それは重さを逃す事です。どんなやり方でもいい。適度に重さを逃せば、どんな重みにも耐えられます」
自分の背負ってるものばっかりに集中するじゃなくて、他の心の拠り所を作ればいい。
「どんなに頑張ったってあなたがやる事は変わらないし、周りの人だってあなたに期待し続ける。けど、それを全部受け止める必要はありませんよ」
「しかし………逃したものはどうすれば………」
「さぁ?見捨てるか人任せ、ですかね。やれない事受け止めたって仕方ないでしょう」
結局全部やろうとするから重みが増えるんだ。初手から逃げる前提にすればいい。
「やらなきゃいけない事があるなら、そのプレッシャーを逃せばいい。逆も然りですけど。例えば、趣味とそういうのでね」
別に人と手を取れなんて言いたいわけじゃない。まぁそれでもいいんだけど。
「でも………私はここでの事しか分からないんです。他に………頼れるものなんて、知りません」
さすがお嬢様。ご両親面倒な時に死んだなぁ。これから外の世界を見せる予定だったろうに。
それなら………うーん、これは正直自分でも馬鹿馬鹿しいと思うが、もういいか。
「僕のこと、少しは頼ってくださっていいですよ」
「え?……し、しかし、関係のない人を頼るわけには………」
「それはそうですね。それなら………」
僕は少しだけ東海林さんに近づいた。
「僕をここで雇ってくれませんか?僕があなたの背負ってるものも背負います。それなら無関係、ではないでしょう?」
「あなたを………雇う?」
「えぇ。といっても食事とかは貰ってるわけですし、給料はその辺とトントンで」
はぁ、我ながら何言ってんだろうな。ここから早く帰るために作業頑張ってきたのに、自分からさらに関わるとか馬鹿すぎる。
でも、何となくそれでいい気がした。彼女となら、だけどな。
「何で……私のために、そこまでしてくれるのですか?」
「別に。遺品整理ついでに、あなたの背負ってるものも整理、ってね。どうです?」
さすがにここまで真面目が酷いと放っておけなくなる。要はお節介だが。
東海林さんはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げる。
「あなたの事、頼らせてくださいますか?」
「………はい」
そうして僕達は自然と笑った。
その笑顔だけでも、ここで働く理由になる。とは言わないでおくか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。r18系の描写はもうちょっと待ってください。