こうして僕は少しの間、
もっともこんなの建前だけどな。だって元からここの手伝いしていたわけだし。
それでも、東海林さんが少しでも頼りやすい状況であればいいな、と思っているわけだが。
けど、別に本当にここで働いても………って、何考えてんだか。それは無理だろ。そもそも人を募集してるところじゃないし。
それにこんな立派な神社に、僕みたいな一般市民が住み着いてるだけでも、色々面倒な事になりそうなのに。
でもそれじゃあ彼女はまた一人になるのか。僕がいなくなったら、東海林さんはまたひとりだ
そんな事を考えながら僕は東海林さんにお粥を食べさせていた。掬って軽く冷まして、それを口まで運んでやる。その繰り返しだ。
東海林さんはさっきよりも顔色が良くなり、元気も出てきたようだ。
「………ありがとうございました」
「いえ。後はゆっくり休んでてください」
「あ、あの……ちょっと、いいですか?」
僕は食器を片付けると、調理場に戻ろうとした。しかし後ろから東海林さんに呼び止められる。
少し顔が赤くなっていた。
「ん?どうかしましたか?」
「えっと、少し汗をかいてしまったので………」
「あぁ、タオルならそこにありますから、それ使ってください」
一応そのために持ってきたわけだし。
「あ、いえ、そうではなくて………」
「他に何か?」
すると東海林さんは顔を俯かせて恥ずかしそうに言った。
「あ、その………せ、背中とか、拭けないので…………お、お願い、出来ます、か?」
「………え?」
いや、それって………
「ぼ、僕が、ですか?」
東海林さんは小さく頷いた。その返事に僕は顔が熱くなるのを感じた。
「い、いや……それは!ちょっと………」
僕はあたふたしながら答えた。それはいくらなんでも無理だって!
でも、これはあくまで看病であって、そういうやましいものじゃないし………ここで断るのも失礼、か?
「えっと………東海林さんは………いいん、ですか?」
「あ、あなた、なら………」
そう言われると嬉しいような恥ずかしいような………けど、たしかにここには僕と東海林さんしかいないし。
「分かり、ました」
「あ、ありがとうございます。それでは、その………少し、後ろを向いていただいても………」
「は、はい」
僕は素早く後ろを向いた。ここで焦らせるような度胸は持ち合わせてない。
すぐ後ろからしゅるしゅると衣擦れの音がしてくる。僕は思わず唾を飲み込んだ。
「あの………いいです、よ」
そう言われて、僕は後ろを振り返る。
そこには上の服を全て脱いで、僕に背を向け座っている東海林さんがいた。恥ずかしそうに俯いて胸を手で隠している。
背中は傷一つなく真っ白で、痩せすぎず太すぎずな肉付きを表している。
触り心地の良さそうな肌が僅かに汗ばんでいる。それは部屋の光に照らされて、彼女の魅力を引き立てる。
拭きやすくしてくれようとしてくれたのか、髪は前に垂らされていてうなじが見えている。
東海林さんは耳の先まで真っ赤にして、僕を上目遣いで見てくる。
「お、お願い、します」
「は、はい………」
僕はお湯に濡らしたタオルを絞って畳み、それをそっと東海林さんの背中に触れさせる。
「ッ………」
その刺激に東海林さんは身体をピクッとさせたが、すぐに落ち着いてそのまま動かない。
僕は力加減を考えながら、慎重に背中を拭いていく。平静を装いながらも、心臓はバクバク鳴っている。
「ど、どうですか?」
「はい、大丈夫、です………」
僕の目は東海林さんの背中に惹きつけられていた。つい襲ってしまいそうになるのを我慢する。
肉欲が掻き立てられる一方で、その美しさに壊したくないという思いもある。
それでもどの道凝視してることに変わりないと気がつき、とりあえず目を逸らす。顔はずっと火照ったままだ。
「あの、一つ聞きたい事があるのですが………」
すると東海林さんがおもむろに口を開いた。
「な、何ですか?」
僕は不意に声をかけられて、ドキッとしながら答えた。見てた事バレた?
「あなたは………この家に来る事に、抵抗は無かったんですか?」
「………は?」
な、何だ急に?思わぬ質問に、僕は首を傾げる。
抵抗、かぁ………
「この家に、ってところを強調したいなら、無かったですね」
僕は素直に答えた。
来る事自体には、面倒だからって事で抵抗があった。でも、この家である事には抵抗は無い。
まぁ、神社である事に驚きはしたが。
「そうですか………」
「? どうかしたんですか?」
東海林さんは少し暗い表情になった。何かマズいことでも言ってしまっただろうか?
「私、育ちのせいか周りから敬遠されてて、昔から人と仲良く付き合えなくて友達がいなかったんです」
そりゃあ、箱入りのお嬢様なんて周りから浮くだろうからな。気安く接せる人も少ないだろう。
見た感じ大人と社交的な会話は得意そうだけど。それと友達との付き合いは違うだろうし。
「知らない大人に囲まれて、みんなが畏まってくるんです。でも、どれだけ優しくされても、何というか………仲良くはなれないんですよ。私個人ではなく、私の家柄で接してくるので」
僕は東海林さんの話を黙って聞いていた。というか僕が口を挟めるような事じゃない。
「だから人と付き合う時、いつも遠慮しちゃって………自然にいられないんです。それで余計に人が離れちゃって」
「………そうですか」
僕は手を動かしながら応えた。人の身の上話なんざ聞いても意味ないけど、まぁこの人ならいいや。
「でも、あなたは私がこの家の人間だと分かっても、当たり前のように普通に接してくださって………何というか、とても身近に感じました」
「生憎、そういうものの価値が分からない人間なものでしてね」
ザ・一般市民の僕には、そんなものに価値を見出せない。価値のないものにかける気遣いも無い。
「けど、私はそれが嬉しかったですよ?私のことを家柄とかではなくて、私個人として優しく、気遣って接してくださったので」
「そうですか?そんな大したことじゃないと思いますが」
「いいえ。少なくとも私にとって、あなたと接している時はただの『東海林 紙縒』として、話すことが出来ました」
そう言って東海林さんは顔だけを振り向かせた。
「ありがとうございます。あなたと一緒に過ごせてとても楽しかったです」
その時僕は、一番彼女を身近に感じた。それと同時に、胸の奥がよく分からない昂りに襲われる。僕はそれを隠すように俯く。
「べ、別に………東海林さんが普通に接してくださったからですよ。ここに来て会えたのが、あなたで良かったです」
「そ、そうですか………ありがとうございます」
僕達の間に妙な空気が流れる。ムズムズとした微妙な空気だ。
「………くしゅん!」
その空気を切るように東海林さんがくしゃみをした。しまった!そういえば東海林さんは今上着てないんだった。
「す、すみません!もう背中拭き終わりましたから。後は、自分で」
「は、はい………ありがとうございました」
僕は手早く用件を伝えると、後ろを向いてさっさと部屋を出ようとした。
「あ!さ、最後に一つ、いいですか?」
東海林さんは布団で身体を隠しながら、僕を呼び止めた。
「何ですか?」
「あ、えっと………その、私の事『
「え?」
あ、そういえば僕、ずっと苗字でさん付けで呼んでたからな。話す時も敬語だったし。クセなんだよ。
「あの………私…あなたと、もっと仲良くなりたいんです。だから………」
そう言う東海林さんは、とても必死な表情で緊張していた。
その様子を見てたら、なんだか僕の方の気が緩んできた。ついフッと笑ってしまう。
「分かったよ、紙縒。さっさと休みなよ」
「………はい!」
僕は部屋を出た。まったく、こんな僕とね………物好きなもんだ。
「こ、この度は、本当にありがとうございました!」
「あぁ、いいから。治ったんならそれでいいよ」
僕は目の前で頭を下げてくる紙縒をやや引き気味に見た。本当に真面目な子だなぁ。
紙縒は翌日には体調がすっかり良くなった。というか一日で取れる疲れが取れないほど働いてたんか。
いつも通り巫女服姿の紙縒は、前のような張り詰めた雰囲気は無い。うん、こっちの方が僕は好きだ。
「それよりさっさと遺品整理の続きするか。後少しなんだし」
「はい」
さてと、今日はどこからやるかな。
そう思って作業を始めようとした時、僕のスマホが震えた。見てみると叔母さんからだった。
目の前に紙縒がいたけど、構わずに電話に出る。どうせ彼女絡みの事だろうし。
「もしもし」
『あ、おはよう。紙縒ちゃんの調子はどう?』
「すっかり良くなりましたよ」
僕は紙縒の顔を見ながら答えた。顔色も良くなってる。
『紙縒ちゃんとも話したいから、話せるようにして』
「分かりました」
僕は紙縒を呼んで電話に参加させる。
『紙縒ちゃん、身体大丈夫?ウチの子迷惑かけてない?』
「あ、はい!それどころか本当にお世話になりっぱなしで………!」
『そう?なら良かった』
後半余分だろ。人の家で迷惑かけるような馬鹿しないっての。
『それで遺品整理の方はどう?』
「後ちょっとで終わりそうですよ」
『そう。それならあなたもそろそろ帰られるのね。お疲れ様』
叔母さんにそう言われて、僕は次の言葉が出なかった。紙縒も黙ってしまっている。
そうか………遺品整理が終わったら、僕はここにはいられないんだっけ。
ここで働くなんてただの口実。僕は本来遺品整理の手伝いのためにここにいるんだし。それが終われば帰らないといけない。
そうしたら紙縒とも………離れないといけないのか………
『二人とも、どうかした?』
「え?あ、あぁ、そうですね。それじゃあ僕達は遺品整理があるので」
そう言って僕は電話を切った。
それでも、何かが心に引っかかって、それが離れる事はなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。