こっちでの生活にも慣れて、神社の仕事も我ながら板についてきたと思う。
最初は不慣れな事が多かったけど、とりあえずメモして何度も読み返して実践したらまぁまぁ出来るようになった。
ただ装束は未だに慣れない。常時ゆるっゆるのパーカーしか着ない人間だから、あぁいうキチッとしたのはどうもね。
けどそれ以外には順調に慣れて仕事も慣れてきた。というか特徴的なものが多すぎて、嫌でも覚える。
少しでも紙縒の負担は減らしてあげたいし、結婚したのに何の役にも立たないじゃ馬鹿すぎるからな。
紙縒との生活も順調で、家事を分担して上手く生活している。あぁ、ちょっと問題はあったけど。
相変わらず真面目で頑張り屋で無理しそうなところがあるけど、その辺も含めて彼女の魅力だ。
人との同棲なんて最初はどうかと思ったけど、割と普通に出来ている。
というか仕事があるから、前みたいに自堕落な生活というわけにはいかない。よって自然とキチッとなってしまうのだ。
平日は一緒に学校に行き、お昼は紙縒の作ってくれたお弁当を食べて、夜に買い物しながら一緒に帰る。
仕事をこなして夕食の後は、事務的な事を手分けして行ってそれぞれ自室で寝る。
休日も起きて一緒にご飯食べて、仕事に励み暇な時間は仕事を覚えるか読書。そんな日々が続いている。
そこで一つ問題点が出てきた。そう、紙縒の休みが無いのだ。
いや、休める時はあるんだけどあの子の性格上、こう、ゆったり出来る時がないというか。
前に一回それで倒れられてるので、どうしてもそこは気にしてしまう。
何かゆったりと出来るひと時を過ごしてもらいたい。
ただそんな簡単に解決策がポンと浮かぶほど、僕は人付き合いが得意ではない。
よく考えたら、夫婦らしい事も初夜以降一度もしていない気がする。身体を重ねる事も無いし、デートどころか家でも手を繋ぐ事もない。
別に倦怠期とかじゃないんだよ。
紙縒の事を大切に思うのは今でも変わらない。というかそれ無しで仕事出来るほど、僕は立派じゃない。
ただお互い仕事が忙しいのと、単純に誘う勇気と機会がない。何せこちとら学校で話せるの紙縒くらいのコミュ力ゼロ人間なんで。
それでこの前叔母さんが様子が気になって電話くれた時に、それとなく言ったんだよ。
そしたら
『それ夫婦じゃなくて、仲のいい同僚じゃない?』
と言われまして。いやそもそもが同僚だからいいんだけどさ。
僕だって今の関係に文句があるわけじゃない。紙縒と一緒にいて楽しいとは思う。
けど精神的に二人でゆったり出来る時間を設けたいな、と思うわけだよ。
ただ神社に何かあった時にすぐ戻れるようにはしたいし、あんまり遠出もなぁ。
そして迷いに迷った末出した結論は………
「紙縒、どこか行きたい所とかない?」
本人に聞く。これが一番手っ取り早い。紙縒なら神社の事情も考慮して考えられるし。
という事で割と時間のできた期間を見計らって、学校に行く途中で紙縒に聞いてみた。
自分で考えてサプライズってのは早々に放棄した。慣れない事はするもんじゃない。
「え?急ですね。一体どうしたんですか、旦那さ………あ、すみません」
「いや、今は学校の外だしそれでいいよ」
これが結婚した事による問題。
結婚して初めて登校した日、クラスメイトの前で紙縒が僕の事を『旦那さま』と呼んでしまった。
当たり前だけど結婚してることはクラスのみんなは知らない。
アイツらにどう思われようが知ったこっちゃないが、紙縒が面倒な事になるのは嫌だ。
というわけで適当に誤魔化したんだけど、それがまた一苦労よ。
まぁ僕としてはむしろ嬉しいくらいなんだけどね。と、言えたらどんなに楽か。
「そうですか。それで旦那さま、いきなりどうしたのですか?」
「うん。仕事も落ち着いてきたし、紙縒もどこかでゆったりする時間作らないかなって」
「そんな………今でも充分、身体を休める時はありますよ」
紙縒はそう言って微笑んだ。まぁこうなるんだよな。
ただその、物理的なっていうより精神的な時間が欲しいわけでさ。紙縒の場合休み言うても仕事の休み時間の話だろうし。
「何かこう、心を休められる時間とかさ。どこでもいいんだよ?」
「う〜ん、考えたこともありませんでした。神社を長く放置していくわけにはいきませんし、やはり難しいかと」
「やっぱりかぁ」
紙縒ならその辺考えて言うかな、とは思ったけどそもそも縁がないんじゃあね。
「それより旦那さまこそ大丈夫ですか?慣れない仕事でお疲れになっているのでは?」
「紙縒のおかげで問題ないよ。いつもありがとう」
まったく、ブレないなぁ。自分のことより人の心配しちゃうんだから。
「は、はぁ………と、とにかく私は大丈夫ですよ。それに、晴れて神社を継ぐことになったんです。後継者として、旦那さまの妻として恥のない姿を見せなければ」
紙縒はグッと引き締まった表情で拳を握った。
似たようなこと意気込んで倒れたの二ヶ月前なんだが。心配だなぁ。
それにそんな思い詰めなくても。ちょっとは甘えて欲しいものだ。
たしかに責任はあることかもしれないけど、いつも気張ってたんじゃ身体に良くないって。
何か無いかなぁ………
そんな事を思いながら、僕は学校に向かった。
放課後になって、僕は紙縒が来るのを校門で待っていた。しかしいつになっても紙縒が来ない。
どうかしたのかな?下駄箱を見たが、靴はある。まだ校舎の中か。
僕は校舎の中に戻り、紙縒を探した。一体どこ行ったんだ?
思い当たりそうな場所を探していると、僕達の教室の中にいる紙縒を見つけた。
机に向かっていて、何かプリントを仕分けている。
いつもの巫女服の紙縒も綺麗だけど、学校での学生服の紙縒もまたちょっと違った魅力がある。
「紙縒、何してんの?」
「あ、旦那さま………どうされたのですか?」
学校でその呼び方はマズい………と思ったけど、誰もいないしいいや。僕としてはこっちの方が嬉しいし。
「待ってても紙縒が来ないから探してたんだよ」
「あ、そうでしたか。実は放課後に、先生から教科係で課題の整理を任されていまして」
あぁ、そうか。英語の春休みの課題プリント、いくつかあったから仕分けてるのね。
「言うのを忘れてました。申し訳ありません」
「いや、全然いいんだけど。終わりそう?」
「もう少し、ですかね。ですから旦那さまは先に帰ってゆっくりしていてください」
紙縒はそう言うと、作業に戻った。たしかにこれはもうちょいかかりそうだな。
「それなら僕も手伝うよ。どれやればいい?」
「い、いえそんな!私の任された事ですし、一人で何とかなりますから」
「いいのいいの。僕一人で帰ってもやる事限られてるし、紙縒だって早く終わらせて家の仕事やりたいでしょ?」
僕はそう言って隣の椅子に座ると、勝手に作業を始めた。
「それは、そうですけど………でもそれだと旦那さまのご迷惑に………」
「こんな事でならないよ。それに、紙縒はいつも色々手貸してくれてるからね。そのお礼」
仕事教えてもらったり、ご飯作ったりしてもらってるからな。これくらいじゃ足りないくらいだ。
「お礼だなんて………私は当たり前のことをしてるだけですから」
「それ言ったら、僕が手伝うのだって当たり前だよ。ほら、ちゃっちゃと終わらせよう」
「あ、はい………」
それから僕達は手早く作業を終わらせると、それを先生に届けた。それから荷物を置いてきたので教室に戻った。
「よし、これで終わったな」
「はい。あの、本当にありがとうございました」
紙縒は止まると僕に頭を下げた。
「いいって。たまにはこういうのもさ」
大切な人には何もないまま放置されるより、少しは頼ってくれた方が嬉しいものだ。
「けど、私は………」
「紙縒」
僕は紙縒の言葉を遮ると、紙縒の肩に手を置いた。
「僕の前でそんなに気負ってほしくないな。もっと僕に寄りかかってよ。せっかく側にいるんだからさ」
大切な人がそんな風に気負ってるところなんて見たくない。同じ目線で一緒にいたい。
「一人で頑張るのも大切だよ?けど僕は、たとえ勝手でも紙縒一人に苦しい思いはしてほしくないよ」
「そんな事、私がいいのでしょうか?」
「さぁな。紙縒はたしかに神社の跡取りで、これから苦しくても頑張らなきゃいけない人だ。けどその前に………僕の大切な人なんだよ」
一緒に暮らすようになって、結婚して、これからもずっと一緒にいたい。僕の大切な人だ。
「僕は紙縒の事を特別に思ってる。そう思ってるのは僕だけ?」
「わ、私も………旦那さまの事は、特別に思っています」
「それなら周りと同じ理論を僕に通用させる必要は無いよ。僕といる時だけは特別に甘える。それでいいじゃん」
周りと同じだったらそれは側にいる意味がない。側にいるからこその距離感や接し方があるもんだ。
「旦那さま………」
「僕、そういうコミュニケーション苦手だからさ。紙縒の方から来てくれると嬉しいな」
「………ありがとう、ございます」
紙縒はどこか安心したように微笑んだ。うん、やっぱり紙縒は笑顔でいて欲しいな。
「それじゃあ荷物取って帰るか」
「はい!」
僕達は教室に戻った。その時の紙縒からはさっきよりも少し明るい雰囲気が感じられた。
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