「ふぅ。ここの掃除は………これでよし、っと」
とある休日。僕はいつものように神社の掃除を済ませて一息ついていた。
掃除道具を片付けていると、向こうから
「旦那さま、掃除を終えられたのでしたら少し休憩しませんか?今お茶を淹れましたから」
「ん?あぁ、もうそんな時間か。それじゃあ、少し休むかな」
僕は掃除道具を片付けると、家へと戻っていった。縁側にお盆が置いてあり、そこにお茶の入った湯呑みが二つ置いてある。
僕達がお茶休憩をする時は、いつも決まってここでしている。
来客がすぐに分かるとか色々理由はあるけど、何よりここから見る外の景色が良いからだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
紙縒から湯呑みを受け取ると一口飲んだ。ん、美味い。
紙縒も僕の隣に腰掛けてお茶を飲んでいる。
「ふぅ。外も涼しくなってきましたね。仕事がしやすくて助かります」
「そうだね。でも、無茶しちゃダメだよ?体壊しやすくもなるんだし」
「大丈夫ですよ。今は旦那さまもいますし、そこまで仕事がキツくなることもありません。それよりも旦那さまこそ、最近夜遅くまで起きているようですが、何をされているのですか?」
「ん?あぁ、色々と勉強してるんだよ。神社の経営とかその辺色々とね」
こういうのって大学とか、社会人になってどこかの会社で勉強したりするんだろうけど、それじゃあ間に合わないからな。
本とかネットとか漁って色々調べているわけだ。
「そうだったんですか。神社のために努力してくださるのは嬉しいですけど、無理はなさらないでくださいね」
「大丈夫だよ。っと、このお茶美味しいな。いつものとちょっと違う?」
「はい。夏祭りを手伝った時に氏子の方に貰ったんですよ」
「あぁ、あの時の」
少し前に夏休みの定番、夏祭りがあった。ここで開催していて、当然だけど僕と紙縒も準備を手伝った。
客としてまともに来たことも無かったけど、開催する側になるのは本当に初めてだったからな。色々と忙しかった。
本当ならもうちょっと余裕があったら、紙縒と一緒にお客として楽しめたかもしれないのだけど………惜しいことをした。
「少しくらい楽しめる余裕、作ってやるつもりだったんだけどなぁ」
「いいですよ。あぁやって何かを開催するのも楽しいですし。それに、来年もありますしね」
「来年、ねぇ………」
そうだよな。僕と紙縒の関係は今だけじゃない、来年も再来年もずっと続いていく関係なんだ。
「私は、その………これからもずっと、旦那さまの隣に、いるつもりなので」
少し恥ずかしくなったのか、紙縒は顔を赤くして僕に近寄ってきた。釣られるように僕も顔が熱くなる。
「そ、そうだね。それじゃあ、来年こそ一緒に楽しむか」
「はい………」
紙縒は微笑むと、お茶を一口飲んだ。さっきよりも距離が近くなり、どことなく落ち着く。
するとお茶のお盆の隣に何か紙が置いてあるのが見えた。上には筆記用具もある。
「紙縒、それ何?宿題………じゃないよね?」
「これですか?文化祭のクラスの出し物の紙ですよ。ミニゲームやるって決まったから何か改善案出して、って言われたじゃないですか」
「え?言われたっけ?」
「旦那さま、昨日の帰りのHRでのことですよ」
紙縒が目を細めるが、昨日の学校のことなんてすっかり忘れたわ。興味無かったし。
「それで、その改善案考えてたの?よくやるねぇ、真面目なこった」
「一応旦那さまも同じクラスなので、関係あるのですが………」
「とは言ってもねぇ。こういうのって学生だと『どんなことを提案するか』じゃなくて『誰が提案したか』が大切じゃない?紙縒はともかく僕じゃねぇ」
「旦那さま、目が暗いですよ………私としては所属してるクラスメイトとして、これくらいの事はしてみようかと」
相変わらず紙縒は真面目というか、上手く逃げることをしない。
仕事でそういう姿勢は必要不可欠だけど、学校くらいでは休ませてもいいと思う。
そんなことをして僕達はお茶休憩を終わらせた。
「さてと、もう一仕事するかな」
「そうですね」
僕は立ち上がって軽く伸びをすると、仕事に戻ろうとした。
その時、神社の中に大きな黒い車が入ってきた。思わず僕達はそっちに目が向く。
この時期にわざわざ車でここに来る、となると参拝目的はまず無さそうと考えていい。神社ではなく
「紙縒、今日誰か来客なんて予定にあったっけ?」
「いえ………そのような事は無かったと思いますが」
紙縒も突然の来客に戸惑っている。
普通ならアポがあったり、無かったとしてもこんな仰々しく来たりはしないんだが。
しかも車を見る限り、普通のお客様、というわけでは無さそうだ。
「とりあえず出迎えましょうか」
「だね」
僕達はそのまま車の方へと向かった。仕事着のままでよかったよ。
車の飛びが開くと、まず出てきたのはサングラスをかけた大柄な男の人だ。
それから続くように出てきたのは、銀色の割と派手目なスーツを着た男の人だ。
歳は二十代半ばくらいで、オールバックの髪型も相まって、正直見た目は僕の苦手なタイプっぽい。
直感的に大柄な人はこの人のSP的な何かだと察する。となるとこの男の人、それなりの身分の人だな。
紙縒もそれを察したのか、ピシッと背筋を伸ばす。
さらに大柄な人がもう一人出てきて、合計三名がこちらにやってきた。
僕達を見つけるとズンズンとやって来る。
何か嫌な予感しかしないが、とりあえず僕も姿勢を正す。
「君が東海林 紙縒かい?」
男は僕達の前に来ると、名前も名乗らずに紙縒を見て聞いてきた。とりあえず名乗って欲しかったな、ついでに挨拶も。
「はい。私が東海林 紙縒ですが、あなたは?」
相手のことを何となく察しているからか、紙縒の声がいつもよりも硬い。
すると男は自信満々に襟を正した。
「私は
その名前を聞いて紙縒の表情が明らかに変わった。東海林家と関わりのある家柄、なんだろうな。
それから察せられることは一つ。絶対面倒なことになった。
「お茶です、どうぞ」
「どうも」
会談室に三人を通した紙縒がお茶を持ってきた。ただ大柄な二人は座ることなく僕達を見張るように部屋の中と外に立っている。
紙縒は敷いた座布団の上に座り、お盆を近くに置いた。こういうのは初めてってわけじゃないけど、今回は気が重いなぁ。
「それで、今回はどのような御用件でいらしたのでしょうか?」
羹という人がお茶を一口飲んだのを見計らって、紙縒は口を開いた。
すると羹はわざとらしく咳払いして話し始めた。
「なに、東海林家のお嬢様がご婚約されたと聞きましてね」
そう言って今度は僕の方を見た。値踏みをするような目線からは、あまり友好的な雰囲気は感じられない。
「君が彼女の婚約者なのかい?」
「はい、そうです」
僕は短く答えた。そうでないとため息も一緒に漏れそうだった。もちろん表には出さないけど。
「君はどこの家の人間なんだい?」
は?いきなり何だ?どこの家のって………
「それは家柄というものですか?私はそのような身分ではないので、一般家庭の人間です」
何なら本当の両親亡くなってるしな。そういう意味ではあやふやとも言える。
「なるほど、そんな君が彼女と結婚してこの神社を経営していくと?」
「はい。何か問題点でも?」
回りくどいのも面倒なのでこっちから会話内容を絞ることにした。その方が効率がいい。
というか何が言いたいんだよ。仕事あるんだからちゃっちゃと用件言って欲しいんだけどな。
「いや、なに。人にはその身分に応じた立場がある。君には少しこの立場は荷が重いのではないか、と思ってね」
もったいぶった物言いとわざとらしい仕草に嫌気が刺すが、とりあえず我慢だ。
要は僕が紙縒と結婚するの反対って意味だよね?
「重いも何も、至らぬところがあるのは否定しませんが、今現在このように特に何の問題も無く出来てますので」
それなら実績で殴り飛ばすまでだ。
「今は良くても、これからのことも考えていかねばならない。君は見たところ彼女と同い年、つまり学生だろう」
「そうですけど」
「社会にも出ていない子供が、これから先この神社を経営していくのは難しいのではないかと思わないかい?」
だから現状何とかなってるんだっての。
チラッと隣の紙縒を見ると、表情にこそ感情は出てないがテーブルに隠された拳か強く握られている。
「失礼ですが、周囲の人達からは認められています。旦那さまとの結婚も含めて」
ここでようやく紙縒が口を開いた。少しだけいつもよりも声が冷たい。
けどたしかに、婚約発表の時に反対した人はいなかったな。
「それは一部の人間のみだ。少なくとも当家は認めていない。何故なら、本来彼女と結婚するのは僕なのだから」
おっとぉ?どういう事だそりゃ?
紙縒の方を見ると、彼女も何とも言えない雰囲気だった。どうなっているんだ?
とはいえ、それは一旦後回しだ。反対理由はこれで分かったし。
「あなたの意思はともかく、この神社は東海林家のもの、つまり今現在は紙縒の物です。これからのことに関しても一番決定権があるのは彼女かと」
「だからと言って箱入りの子供に全てを委ねるのかい?ここは大人の我々が厳正に判断するべきだろう」
紙縒に対するあからさまな侮辱だ。自分がどう言われようと知ったこっちゃないが、これは別だ。
思わず殺意に近い感情が湧き出て来るが、その瞬間紙縒が僕の手を握ってくれた。僕のことを優しい目で見てくれている。
その目のおかげで少しだけ冷静さを取り戻した。
「なるほど。それじゃああなたは、私達の結婚に反対、だから婚約を解消して欲しい、という事ですか?」
「普通ならそうなるところだがね。ここは一つ、チャンスを与えようと思ってね」
「はぁ………チャンス?」
そろそろ『お前何様だ?』の一言くらいは言ってもいい気がしてきた。誰もいないからなんだろうが、言いたい放題だな。
「君が彼女と結婚、つまり東海林家の人間になるにふさわしいか証明して見せてくれ。私が公平に判断しよう」
「ッ⁉︎ ちょっと待ってください。それのどこが公平で、ッ‼︎」
今度は紙縒が声を上げそうになったが、僕が止めた。ここで反発するのはマズい。
「もちろん、その場には私だけではなく大勢の人を招きます。そこで、あなたの資質を決めましょう。ふさわしいと決まれば、あなた達の結婚を認める。そうでなければ、婚約解消です」
要は大勢の前で恥かかせようって事だろ。理由は知らないが、紙縒との婚約を横取りされて恨まれてるっぽいな。
「大勢の人が動くとなれば、すぐに結論は出せません。結論が出次第、こちらから連絡します」
「いいでしょう」
そう言うと羹は立ち上がって部屋を出て行った。明らかに見下したような表情で。
一応礼儀として出発を見送った僕は、大きくため息を吐く。紙縒は不安そうな表情で僕を見つめる。
「あ、あの………旦那さま………」
「色々言いたいことはあるかもだけど、一旦後回し。とりあえず叔母さん呼ぶか。話はそれから」
僕はそれだけ言ってスマホを取り出した。
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