それからしばらく経って叔母さんがやって来た。
「二人ともお待たせ」
「叔母さま、お久しぶりです。申し訳ありません、このような形でお呼びしてしまって………」
「
僕達は家の中へと戻った。何が起きたかは既に連絡した時に教えてある。
とりあえず社務所に入り叔母さんの分のお茶を出したところで、僕達も座った。
「それで、さっきの連絡の時の話だと、
「はい………しかし、私と旦那さまの婚約は周りに認められてのもの。今さらこのような事をしてくる人がいるとは………」
「でもあの人は『それは一部の人が認めただけ』とも言っていた。まぁその辺は叔母さんが何か知ってるんでしょう?」
僕が軽く睨むと、叔母さんはバツが悪そうに目を逸らした。
「さてと、それじゃあ今回の件で叔母さんの知ってること全部話してもらいましょうか。出来ないってんなら
「ちょ、焦ってるのは分かったから!ちゃんと話すよ!」
まだ僕達に隠してることがあるっぽいし、この際気になってた事全部聞いてしまった方がいい。
「まずあの人は何者?紙縒の婚約者だったって話でしたけど、何で今さらになってイチャモンつけにきたんですか?」
僕が尋ねると、叔母さんは大きくため息をついた。
「彼が羹グループの御曹司なのは本当よ。ついでに紙縒ちゃんの婚約者だったのもね。ちょっと前まで海外にいたから、今さら文句言いに来たのはそのためよ」
なるほどなぁ。って事は海外で僕達が婚約した事は知らなかった。いや、知らされていなかったと考えるべきか。となると………
「わざと、なんですよね?婚約のこと教えなかったのは。何故ですか?こう言ったらアレですけど、本筋を通っていくなら彼を無視して婚約なんて良しになるわけが無いですよね?」
「それは………あの人の性格は二人とも見たでしょ?しかも日頃、色々と女遊びも酷くてね。いくら家のためとはいえ、あんな性格の人と結婚しても、紙縒ちゃんが幸せになるわけないし。もしかしたら、この神社にも悪影響があると思ってね。それなら、って思ったのよ」
「叔母さま………私のために………」
なるほど、たしかにあんなヤツと結婚しても幸せにはなれない。叔母さんなりの優しさだったんだろう。
「何でそれをもっと早くに言わなかったんですか?言ってたらもうちょっとやりようはあったのに」
「私達の方で何とかする予定だったのよ。まさかあんな強引に来るなんて思わなくて。婚約発表の時に言おうとは思ったんだけど………二人の幸せそうな様子見てたら、水差したくなくて………」
「その結果外野から思いっきり水差されてたら意味ないでしょう?まったく………紙縒は?彼の事知ってたの?仮にも婚約者だったわけだけど」
「えっと………羹グループというのが、この家と関わりがあって、彼が婚約者候補なのも知っていました。しかし顔合わせの前に旦那さまとの婚約が決まり、何も言ってこられなかったので向こうも認めてくれたのかな、と」
まぁ普通はそう解釈するわな。まさか裏で色々手を回されていたなんて思うまい。
「………って、ちょっと待ってください。前々から気になってたんですけど、何で叔母さんにそこまでの権限があるんですか?」
おそらく婚約発表の時にいた人達もグルなんだろうけど、それにしたってここまでの事はそう簡単にできるものではないでしょ。
叔母さんの家はあくまで一般家庭。いくら紙縒の母親と友達だったとはいえ、ここまでの事は出来ないはずだ。
「紙縒のご両親から任されていたんですか?だから周りと協力して、ここまでの事が出来たのでは?」
「あ、えっと………」
すると叔母さんは分かりやすく狼狽した。まだ何か隠してるな。
紙縒のご両親が事故で亡くなってからの、異様な対処のスピード。それはずっと不思議に思っていた。
「叔母さま、何か知っている事があるのなら全て話してください。私は、どのような事でも受け止める覚悟はあります」
紙縒は真っ直ぐ叔母さんの目を合わせた。そんな彼女を見て、叔母さんはとうとう折れた。
「そうね。今の紙縒ちゃんなら、話しても問題無さそうね」
叔母さんは小さく息を吐くと、ようやく話し始めた。
「紙縒ちゃんのご両親はね、二人とも深刻な病気で体が弱かったのよ。あの事故も、お母さんの発作が原因だったの」
「ッ⁉︎………ど、どういうこと、ですか?私、そんなの聞いたことなんて………」
叔母さんの言葉に紙縒が目を見開いた。たしかに、僕もそんな話聞いてない。
「それが分かったのが紙縒ちゃんが小さい頃でね。この事を話したら、紙縒ちゃんが気負って無理しちゃうかも、って言ってたわ。だから、私達にこっそり頼んだのよ。君のことを」
「なるほど………事故云々以前の話で、二人は自分達の先がそこまで長くない事を知っていた。だからその後の紙縒のことを、誰かに託す必要があった………それが叔母さん?」
「それと婚約発表の時にいた人全員ね。そりゃあ、家のことを考えたら羹さんのような人と結婚するのが一番かもしれない。でも二人はそれ以上に、家のことも紙縒ちゃんのことも考えてくれる。そういう人と結婚して欲しかったのよ」
そのために利権のみに走らない人に紙縒を託したのか。随分とまぁ思い切ったことしたなぁ。
社家という事もあって、家のことも考えなければならない。その中で娘も幸せに出来る方法を選んだのか。
「そう、だったんですか………お父さまとお母さまが、私のために………」
暗かった紙縒の表情に、少しだけ笑みが浮かんだ。
「これで私が知ってることは全て話したわ。後は、アンタがどうするかよ」
「ですよねぇ」
叔母さんが隠してたことには色々言いたいことがあるが、今は自分のことが優先か。
「この家に相応しい人であることを証明しろ、と言われてもなぁ」
「旦那さま、あんな勝負受けてはいけません!私達と羹グループが戦って、審判が羹グループだなんて、公平でもなんでもないじゃないですか!無理難題を押しつけて旦那さまを辱めようとしてるだけです!」
紙縒がこんなに声を荒げるのも珍しいな。たしかに、向こうの意思はそんなところだろう。
「それはそうだけどさ。でないと間違いなく婚約解消になるよ?悔しいけど、発言と立場だけなら向こうが正しいわけだし。勝負って事で同じ土俵に立ててるだけでも奇跡だよ」
何の身分も持たない僕が紙縒と婚約してる。たしかにそれはマズいというのが当たり前の意見だ。
それならそれ相応の実力を示せというのも、理屈上は納得が出来る。
「それは、そうですけど………」
「この状況じゃ理屈で変えるのは難しいかな。まぁ、向こうもそれは分かってるからこそストレートに来たんだろうけど」
つまり紙縒との婚約を続けるには無理ゲー勝利以外にあり得ない、と。
「あの羹って人の目的は、たぶんこの神社を手に入れて自分の資産にすることだと思う」
「でしょうね………」
僕は隣にいる紙縒を横目で見た。僕と一緒にいるようになって、笑顔もたくさん見せてくれた。そんな彼女の久しぶりの不安そうな表情。
これがまだ、紙縒を幸せにするとか言ってくれるなら、僕だって身を退くことも候補の一つだった。
でも昔から紙縒との婚約があり得たのに、今でも女遊びが酷いと言われるくらいだ。紙縒のことなんてどうとも思ってないのだろう。
百パーセント紙縒のため、というわけではない。でも彼は僕の敵であることに変わりはない。
小さく息を吐くと、僕は紙縒の手を握った。さっき僕を落ち着かせてくれたように。
「ここまでやられたんです、出来ることはやります」
「旦那さま………しかし………」
「紙縒。今は僕よりも人自分のことでしょ?ある意味負けて一番ダメージ大きいの紙縒なんだよ?」
「そうですが………!こんな事で旦那さまが苦しむなんて………!」
「大丈夫だよ。この手の問題が起きるのは薄々予想してたし。むしろここまで何もなくて不審だったくらいだよ。まぁ早く知れてたら、それに越したことは無かったけどね」
「本当にごめんって。これからはちゃんと話すから」
思い出してみれば紙縒は婚約者がいる、みたいなこと言ってたしな。順序が逆になったが、結婚のための試練みたいなものだ。
「紙縒はこの神社守りたいんでしょ?それなら心配するのは僕じゃなくて自分のことだよ」
あんなヤツと結婚したら間違いなく神社乗っ取られる。それが今の一番厄介な問題だ。
「というわけで、色々方法考えるのでもう少し待ってくれませんか?早めに連絡しますから」
「分かったわ。それじゃあ私は帰るわね」
僕達は叔母さんを見送って一息吐いた。外はすっかり夕方になっている。
「さてと、それじゃあ明日の仕事の準備やっちゃうか。後掃除も」
「あ、あの、旦那さま………!」
紙縒は後ろから声をかけた。きっと僕が想像出来ないほどに苦しんでいるんだろう。今の僕にそれを組みとってやれるほどの器量は無いけど。
だから僕は紙縒の方を振り向くと、そっと肩に手を置いた。
「紙縒。神社、守ろうな」
「………はい」
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