羹 藜からの勝負が持ち込まれてから一週間ほどが経過した。
どんな事件があったとしても、僕達の仕事が無くなるわけじゃない。一応は元通りの仕事に精を出して働いていた。
しかし肝心の勝負に関しては、受けるという結論は出した。しかし勝負内容などは当日言う、とのことだ。
こんな不公平なことがあるかとは思うが、下手に喚けば紙縒にも迷惑がかかる。
正直自分がいくら人前で恥をかこうが、僕は全く気にしないし、その程度で傷つくプライドもない。
でも負けてしまったら紙縒と離れ離れになってしまう。そう思っただけで心に靄がかかる。
それに僕達の婚約が解消したら、紙縒は羹と婚約する事になる。そんなの………
「………さま、旦那さま………旦那さま!」
そこで僕はようやく紙縒に呼ばれている事に気がついた。思わずハッと顔を上げる。
そこには心配そうに僕の顔を覗き込む巫女服姿の紙縒がいた。
「あ、あぁ、どうかした?」
「その………玉串、明らかに作りすぎではないかと………」
そう言われて手元を見ると、たしかに作り過ぎた量の玉串がそこにある。
「そ、そうだね………悪い、ぼーっとしてた」
「いえ、私も少し作り過ぎましたから」
たしかに紙縒の手元にある玉串も多かった。お互い呆けていたか。お互いに見つめ合って苦笑いする。
「やはり、羹グループとの勝負のこと、気にしていらっしゃるのですか?」
「まぁ、ね………おかげで、オールハンドメイド作業が今は一番心が落ち着くよ」
余計なことを考えてないで、仕事に集中しないといけないのは分かっている。それでも気にしてしまう。
「そう、ですよね………私も、何かお力になれたら………」
そうは言っても、僕自身その勝負のために何をすればいいのか分からないのだ。
その時外で車の音がした。それを聞いて僕達は顔を合わせて少しだけげんなりする。
そこには高級車から出てきた羹 藜がいた。裕福さを振りかざすような派手なスーツに身を包み、下卑た笑みを浮かべて隣にSPを連れている。
「またあなたですか。今度は何の御用件で?」
「おやおや、客人に対して挨拶も無しか。年長者への礼儀がなってないな」
毎日嫌がらせみたいに来なきゃ丁重にもてなすけどな。
喉まで出かかった言葉を何とか飲み込む。
勝負を受け入れてから羹は毎日のようにウチに来て、嫌味を言って帰っていく。完全なる嫌がらせだ。
塩撒いて追っ払うどころか30gくらい飲ませようかと思うが、邪険に扱えば僕達が悪者になる。
「羹さん。私達も業務がありますし、目的も無く頻繁に来られては困ります」
「勝負をする相手に挨拶をしに来るのは目的には入らないかい?それに掃除くらいなら手伝おうか?はたけば金がいくらでも出てきそうだ」
キツめの紙縒に対しても羹は余裕の表情で嘲笑う。
「それは私達の業務です。というわけでその業務に戻りたいので、そろそろいいですか?」
「まったく、これだから子供は………まぁいい。その業務とならも、出来なくなってしまうからね。せいぜい楽しむといいよ」
あからさまな嫌味にムッとなるが、息を吸い込んで落ち着く。極力無機質な対応をする。
「まぁ、私も今日は仕事さ。この神社の裏山に大きな宿泊施設を建てる予定でね。その下見だよ」
「ッ⁉︎あの裏山は当家が管理しています。あなたが好きな出来るものではありません!」
まるで自分のものかのような羹の物言いに、紙縒が声を荒げた。
あの裏山は自然が豊かで、多くの生き物が生息している。そんな所を壊すだなんて許されるはずがない。
「あくまで計画ですよ。こういうのは早めにやっておかなければ、私の物になった時に、すぐ実行出来るようにね」
やっぱり目的は東海林家の資産の私物化か。
「勝負の日までおよそ二週間だ。準備は進んでいるのかい?」
「生憎、内容がまともに教えられてないので、準備のしようが無いんですよ」
「まったく。いついかなる時でも適切な対応をする。それが上に立つ者の資格だよ。君は本当にこの神社を守るつもりがあるのかい?」
「………用件は以上ですか?僕達は業務があるので」
「フンッ、まぁいい」
挑発に乗らなかった僕を鼻で嗤うと、羹は車に乗って帰っていった。
僕は拳を握りしめてその後ろを見つめた。
「旦那さま………」
「はぁ………」
学校のLHRの時間。紙縒は一人大きなため息を吐いた。
(あんな風に毎日嫌がらせを受けていては、いくら旦那さまでも心を病んでしまう。何とかして差し上げたいけど………)
自分には何もしてやれることがない。それどころか、自分のせいで彼は今こんな目に遭っているのだ。
彼と一緒にいたいという気持ちに嘘はない。生涯添い遂げるつもりだ。
(でも、それで旦那さまが苦しむなんて………耐えられません)
自分のために頑張ってくれる彼を嬉しく思う反面、それで不当に苦しむことはして欲しくない。
何か言葉をかけてあげるべきかもしれないけど、今はどう言ったって彼の負担になるだけだ。
(勝ち目のない勝負に出て、旦那さまが辱められるくらいなら………いっそのこと、私から離れてしまった方が………)
「?………おーい、紙縒さん?」
その時、目の前で声をかけられてることに気がついて紙縒は顔を上げた。クラスメイトの女子が不思議そうに首を傾げている。
「大丈夫ですか?こっちの作業終わったから、紙の花つけるの手伝って欲しいんだそうです」
今の時間は各クラスで文化祭の準備だった。紙縒も周りの手伝いをしている。
「あ、はい。すみません、橡さん」
「いや、いいですけど………どうかしました?今日、というか最近あまり元気無いようですが」
心配そうに声をかけてくれるクラスメイト、橡 東風に紙縒は何とも言えない表情を浮かべた。
大人しめの性格で気遣いが上手で、友達の少ない紙縒ともよく一緒に話したりご飯を食べたりしている。
「いえ、その………少し………」
こういう時人に頼れたらいいけど、悩みの内容的にも性分的にも紙縒には無理だった。
「まぁ、話しにくいなら無理に話さなくてもいいですけど。ほら、こういうのって無関係な人の方が話しやすいっていうか……うーん、上手く言えないなぁ」
上手くまとめられずに恥ずかしそうに頰を掻く東風に、紙縒は少しだけ心を和まされた。そして気がつけば自然と口が開いていた。
「あの、例えばの話なのですが………橡さんは、大切な人がいて、その人が自分と一緒にいるせいで辛い思いをしていたら、どうしますか?」
「え?大切な人って………家族とか?」
「そう、ですね………」
その家族としての関係を脅かされている紙縒は、滑らかな返事が出てこなかった。
こんな事聞いても、ただの気休めかもしれない。でも、紙縒は聞かずにはいられなかった。
東風は特に考える素振りもなく、ケロッと答えた。
「私だったら、一緒にいる道を選びますね」
「………それで、その人が辛い思いをするとしても、ですか?」
「あぁ、あくまで心持ちはって事ですよ。『何が何でも一緒にいる!』みたいな」
「心持ち、ですか………」
「たとえ迷惑になるとしても、その人と一緒にいたいって、どんなものでも背負うって、それが正しいって………それくらいの気持ちが無ければ、家族なんてやっていけませんよ」
サラッと答える東風に、紙縒は呆然として話を聞いていた。
「お互いが一緒にいたいって思ってるなら、それが正しいって思ってるなら………周りが何と言おうとそれを貫きたいです。周りの人達の言葉なんて自分とは関係ない、何も分かり合えない人達の言葉なんですから」
東風の言葉はとても重く紙縒にのしかかった。
「それに、辛い時に大切な人が『一緒にいよう』って言って隣にいるって、結構助けになりませんか?」
その清々しいまでの笑顔に紙縒はハッとした。
(そうでした………私、自分の気持ちが、心が折れそうになっているのに気がついてなかった………私は旦那さまと一緒にいたい、旦那さまもそう思ってくれている………ただそれだけ、ですよね)
周りに飲み込まれる必要なんてない。どんなことがあっても隣にいる。それが家族だ。
「ありがとうございます。橡さん、お強いんですね」
「え?いやいや、私なんて全然………私の近くにもそういう感じの人がいるので」
「そう、なんですか?」
「そうなんですよ。普段は自分勝手で、大切な人のためならどんなことでもするし、本当は一緒にいたいのに、『自分が一緒にいても』ってウジウジ悩んでた人が、痛ッ⁉︎」
その瞬間、紙縒の顔のスレスレを何かが飛んで、パチンッと東風の額に当たった。それは輪ゴムだ。誰かが飛ばしたのだろう。
後ろを振り向いてみるが、そこには誰もいない。
「ってて………はいはい、余計な事は言うなって事ですね」
東風は誰が飛ばしたか知ってるようで、肩をすくめながら額に手を当てる。
そんな彼女を見ながら、紙縒は強く拳を握った。
(私は旦那さまのお側にいたい。それが正しいと思ってる………それだけです!)
「ふぅ………今日はこんなもん、かな」
僕は手に持っていた本を閉じた。神主になるための知識とかが書かれている本だ。
そういえば、最近紙縒様子変だったなぁ。やっぱり羹との勝負のこと気にしてるのかな。
まぁ、神社のこともあるし、紙縒にとっては人生に関わる問題だもんなぁ。少し様子見に行くかな。
そう思って立ち上がると、部屋の襖が叩かれた。
「旦那さま、紙縒です。今少し大丈夫でしょうか?」
「お、あぁ、大丈夫だけど」
まさか向こうから来てくれるとは。ちょうどいいし、
襖が開いて紙縒が入ってくる。紙縒も寝る前なのか、いつもの巫女服姿ではなく寝間着姿だ。
「すみません、夜遅くに」
「ううん、僕もちょうど話したい事あったし。それで、そっちの要件は?」
「あ、えっと………その………」
紙縒は少しだけ口籠ったが、僕と目線を合わせる。
「今日は………一緒に寝ても、いいですか?」
「旦那さま、狭くないですか?」
「全然。むしろこれくらいがいい」
僕と紙縒は同じ布団に入って横になっている。一人分の布団に入っているからか身体が触れ合うが、それが心地よい。
隣を見れば紙縒が僕の方を見て微笑んでいる。やっぱり、いい笑顔するなぁ。
「こんな風に夜に二人でゆっくりするのは、すごい久しぶりですね」
「そりゃあね。夏休み、ほとんど僕いなかったしなぁ。何か悪いね、仕事全部任せちゃって」
「いえいえ、大人の方々が手伝ってくれましたし。それに神主になるための講習会だったのですから。お疲れ様でした」
この夏休み、僕は神職養成講習会に行き、ほとんど紙縒とは会っていなかった。
というのもこの講習会が一ヶ月近くあり、高校生の余裕のある夏休みだからこそ出来たこと。
そんでもって帰ってきてからは夏祭りの準備があり、そして今回の羹との一件があった。
そんなこんなでこうやって紙縒とじっくりと二人きりの時間を過ごすのは、およそ一ヶ月半振りだった。
「当家のために努力してくださるのは嬉しいですが、そこまで無理をなさらなくてもいいんですよ?ただでさえ日頃から仕事でお疲れなのに」
「それに関しちゃお互い様だし、無理してないよ。少しでも紙縒の力になりたいだけ」
紙縒と婚約したのに、いつまでも手伝いだけではただのバイトだ。ちゃんとこの神社に貢献出来るように、出来ることは早めにやっておく。
「旦那さまはお優しいですね。この神社のためにここまで………」
「紙縒のことも支えられるようになりたいから。今はちょっとだけ、カッコつけさせてよ」
「はい………ありがとうございます」
こうした紙縒との何気ない会話が、彼女を身近に感じられた。疲れた心を癒してくれる。
「あの、旦那さま………もう少し、お側にいても、いいでしょうか?」
「もちろん。久しぶりだからね、いっぱい甘えて欲しいな」
紙縒との距離をさらに縮めて、優しく彼女の頭を撫でてやる。艶やかな黒髪は触り心地がいい。
すると紙縒は僕のパジャマの裾を遠慮がちに掴んだ。そして僕の方を真っ直ぐ見つめる。
「私は、旦那さまとこれからもずっと一緒にいたいです。私が生涯添い遂げて、共に人生を歩みたいのは旦那さまだけなんです」
「紙縒………」
今朝までずっと暗い雰囲気で、落ち込んでいた紙縒からの力強いメッセージだ。
「周りの人達は反対するかもしれません、納得してくれないかもしれません。それでも私は、たとえ周りが何と言おうと、旦那さまの隣を離れるつもりはありません。それが家族ですから」
紙縒の小さな宣言は力強くて、僕の心に確かに響き渡った。
そう言ってくれるだけで、辛かった昨日までのことが一気に吹き飛んだ。紙縒の僕への信頼が心の支えとなる。
「僕も、紙縒のことを失うなんて絶対に嫌だ。家族として、紙縒と一緒に生きていきたい」
「旦那さま………ありがとうございます」
こうやって紙縒が近くにいてくれると、やっぱり安心するなぁ。ちゃんと前向きになれる。
「ですから、二人で考えましょう。これからも一緒にいれる方法を」
「ッ⁉︎………あ、あぁ………方法、ねぇ」
「? 旦那さま?どうかなさいましたか?」
あからさまに様子のおかしくなった僕に、紙縒が尋ねてきた。思わずビクッとしてしまう。
「その、さ………さっき、話がある、って言ったでしょ?その事なんだけど………」
言うのにどうしても戸惑ってしまう。でも………言わなきゃダメだよな。
「一つだけ、方法がある」
「方法、というと………羹グループとの勝負で、ですか?本当に?」
「うん。こんな馬鹿げた勝負をする必要もない。それでいて、成功すれば確実に、二人で一緒にいられる。そんな方法が、一つだけある」
僕がそう言うと、紙縒はパァッと目を輝かせた。
「そんな方法があるのでしたら、すぐにでも実行しましょう!私も全力でお手伝いしますから!」
「ちょ、落ち着いてって!………この作戦を思いついたのは、割と前なんだよ。それでも紙縒に黙ってたのには、二つ理由があるんだ」
「理由、ですか………?」
「うん。一つ目は、難易度とリスクが高いこと。結構運任せなところもあるんだよ。それに確実に一緒にいられる、とは言ったけど、それは成功すればの話。逆に失敗すれば、僕達の立場は今よりもっと悪くなる、なんてレベルの話じゃなくなる」
「そう、なんですか?」
落ち着いた紙縒が、少しだけ不安そうな表情になってしまった。ここから先を話すのに気後れしてしまうが………言うしかない。
「まぁその辺はなんとかするからそこまで心配はしてない。問題はもう一つの理由」
「何が、問題なんですか?」
「ほぼ間違いなく紙縒の嫌がる作戦なんだよ。だからずっと黙ってた」
「私が、嫌がる?」
「僕は紙縒みたいに真面目に真っ直ぐには生きられない。頭も良くないしね。そもそも立場的には真正面から戦えるだけ奇跡みたいな状態だし、そんな中でまともなやり方は出来ない」
もうちょっと頭良ければ、真っ当なやり方があるかもしれない。でも、僕にはこれしかないんだ。
「だから、紙縒に選んで欲しい。この作戦をやるかどうか。前も言ったけど、この神社は紙縒のものだ。最終的に決めるのは紙縒なんだよ」
「………どんな、作戦なんですか?」
「それは─────」
僕は紙縒に作戦を話した。あまりにも酷い内容に、紙縒の表情が曇っていく。
「─────みたいな感じ、かな」
「それは………中々、何というか………」
「気を遣わなくていいよ。割と最低で頭悪いって自覚はあるから」
正直こんなやり方を選ばせたくない。でも神社に関わる事を一人で勝手にやるのは、どうしても嫌だった。
「もちろんこの作戦がダメだからって、紙縒の事を諦めるつもりはないよ。無理難題の勝負でも何でもやるつもり。でも………これなら、確実に一緒にいられる」
僕と紙縒が一緒にいれる。その結果だけを求めるなら、これが一番だと思うし、僕はそういう考えだ。
紙縒はやや俯き気味になりながら、口を開いた。
「私は、東海林家の人間です。………この神社の存在だけではなく、風格や威厳も守らなければなりません。清く、真っ当な………」
やっぱり、乗るわけないよな………こうなったら真っ向から………
すると紙縒が僕の手をギュッと握った。
「ですから、私はその作戦に乗ります!」
「ッ⁉︎ 本当、か………?」
「確かにやり方はあまり気乗りしませんし、失敗した時が怖いです。でも………私は、旦那さまと一緒にいたいです。それが正しいと思いますし、そのためにならどんな事でも背負う覚悟です」
そう言う紙縒の姿は力強く、まさにこの神社の後継者に相応しい姿に見えた。
「それに、私が共に神社を守っていけると思える人は、世界中でただ一人。どんな事をしてでも私と神社を守ろうとしてくれる、私の愛する旦那さまだけですから」
紙縒は花が咲いたかのような笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、紙縒。絶対に守ろう、馬鹿っぽい作戦で、だけど」
「はい!」
紙縒が僕に抱きついてきた。胸が辺り柔らかな感触が僕達の間で押し潰される。
僕達の間の熱が高まり、お互いから目が離せなくなる。気持ちが昂って、言葉では伝えきれないほどの想いが溢れてくる。
僕達は自然と顔を近づけていて、お互いの吐息が少しだけ混ざり合う。
僕達はそっと唇を重ねた。軽く舌を絡ませると、ゆっくりと唇を離す。
「んっ………旦那さま、今日はもう少し、このままでもいいですか?」
「うん。久しぶりだしね、思いっきり甘えて欲しい、かな」
「ふふっ、ありがとうございます」
そう言うと紙縒は完全に僕に身を委ねた。彼女を抱きしめて、愛を囁き合う。
作戦決行は今週の週末、文化祭だ!
最後まで読んでいただきありがとうございました。キリよく終わらせようとしたら長くなりました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。