それから日にちが過ぎて土曜日。紙縒の通う蘖高校の文化祭が開催された。
たくさんの人達が来て、学生達の展示やステージ公演を楽しんでいる。
そんな中見るからに高そうな服をこれ見よがしに着て、嫌らしい笑みを浮かべてある男性、羹グループの御曹司、
(本来だったらこんなガキ共の催しなんて興味無いが、まぁあのガキに嫌がらせしてやるにはいい場所だ)
彼が今日ここに来た理由は、一人の学生に対する嫌がらせのためだ。
本来自分が結婚する予定だった東海林 紙縒、その婚約者となった男子だ。
(あの女が持っている土地や資産。全て俺の物に出来れば、相当な金になる。あんな金ヅル女、奪われてたまるかよ)
羹にとって女とはただ自分の欲望を満たすための存在に過ぎない。今も何人もの女性に手を出して、自分の欲望を満たしていた。
そんな彼にとって紙縒を奪ったあの男は許せない存在だった。大した家柄もなく、自分の物になるはずだった女を奪ったのだから。
海外から戻ってきてその話を聞いた時は怒り狂ったものだ。
それを助けていた周りの人間にも腹が立ったが、それは後回しだ。
自分の権力をして無理矢理婚約解消を迫り、無理難題と分かっている勝負を仕掛けた。それから毎日毎日神社に通い、嫌がらせを続けてきた。
それで逃げてくれれば面白かったが、それでも尚二人は離れる様子がない。
それどころか男は羹に対して怯える様子も見せずに、口調こそは丁寧だが嫌味を連発(本人はそんなつもり無し)する。
だから今回の文化祭に来たのだ。どうせ紙縒と二人でいるのだろう、大好きな彼女の前で恥をかかせてやるのが目的だ。
上手くいけば紙縒があの男を嫌いになるように仕向けられるかもしれない。そうすれば儲けものだ。
「それにしても、どうせなら誰か女連れて来ればよかったなぁ。適当にナンパでもしようかな………っと、お?」
羹が周りを見ながら歩いていると、一人の少女が目に入った。
見た感じ中学生くらいだろう。進路先の文化祭を見に来た、といったところだろうか。
淡い赤色のパーカーに緑の薄手の上着を着ている。黒縁の眼鏡をかけて、ベレー帽を被っている。
気の弱そうな雰囲気で押せばどうとでも出来そうだ。
道に迷っているのか、落ち着きのない表情で辺りをキョロキョロと見渡している。
思わず羹はジュルッと唾を飲み込んだ。
(へぇ、中学生かぁ………いいじゃんいいじゃん、俺好みの可愛い子。ちょっと遊ぶくらいにはちょうどいいなぁ)
自分よりも若い女性が好みの羹は、キョロキョロしている少女を見てニヤついた。
そして爽やかな笑みを作ると彼女に近づいていく。
「ねぇ、そこの君。さっきからキョロキョロしてるけど、どうかしたのかな?」
羹が声をかけると少女はビクッとして振り返った。いきなり声をかけられて驚いている。
羹は外面の良さには自信があった。その笑顔で何人もの女性を自分の物にしている。
「え、えぇ………あの………」
「あぁ、ごめんね。君が困ってるみたいだから声をかけたんだけど」
「あ、そうですか………えっと、私、この学校の文化祭を見に来ていまして………」
「へぇ、そうなんだ。俺もだよ」
作った笑顔で少女に迫り、会話の主導権を握った。様子からして男慣れしてなさそうだ。
「誰かと待ち合わせでもしてるの?」
「あ、いや、違います………ただ、来るの初めてでして………それで、道が分からなくて………」
概ね羹の予想通りだった。何と都合の良さそうな少女だろう。
「よかったらさ、俺が案内してやろうか?一人でこんな所いても仕方ないでしょ?」
「え?いや、でも………」
「俺なら心配しなくていいよ。ちょうど一人で退屈だったんだ。一緒に行こうよ」
「は、はぁ………」
少し戸惑っているのか歯切れの悪い返事だったが、予想通り押しに弱いのか抵抗はしない。
(まぁいいや。とりあえず最初は人当たり良くして、いい雰囲気になったら攻めてみるか)
「そういえば、君は名前なんて言うの?俺は羹 藜っていうんだけど」
「あ、はい………えっと、ナツミです………」
「そっか。ナツミちゃん、よろしくね」
「あ、はい………」
上手いこと丸め込んだ羹はナツミを連れて高校へと入っていった。中はもっと賑やかで、校舎が鮮やかに彩られていた。
「ナツミちゃんはどこか行きたい所あるの?」
「え?あぁ………そうだなぁ、美術部の展示とか、ですね………」
「そうか。それなら………二階だね、行こうか。こっちだよ」
二人は二階に上がり、美術部の展示がされている部屋に入った。
「うわぁ…………」
面白そうに展示を見るナツミを羹はジロジロ見ていた。
(あの男にちょっかい出すのはいつでも出来るし、今はこの子を物にする方に集中するか)
「君は絵を見るの好きなの?」
「え?は、はい………まぁ。自分で描いたりもしますけど」
「へぇ、そうなんだ。君の描いた絵、見てみたいなぁ」
「い、いやぁ………そんな、期待されても………」
そんな事を話しながら二人は校舎の中を歩いていく。
周りから若干浮いているのが分かったからか、ナツミは少し萎縮してしまっている。
(でも、それでも俺から離れない辺り、好感度は確実に上がってるよな。そろそろ攻めてみるか)
人混みの中、羹はナツミの肩に手を置くと、自分の元に引き寄せた。
「ひゃっ⁉︎ど、どうしたんですか?」
「人が多くなってきたからさ。なるべく俺の近くにいた方が、君のこと守れるかなって」
「そう、ですか………お優しい、んですね。羹さんは」
どことなくぎこちない笑みだったが、少なくとも好感度は順調上がっているようだ。
「下の名前で呼んでよ。俺は君ともっと仲良くなりたいからさ」
「はぁ………それじゃあ、もう少しこのままで………よろしくお願いします、藜さん」
羹が肩に触れても嫌がったりせずに、むしろもっと一緒にいようとしてくれている。
(よしよし、もうちょっと味わいたいけど、人目があるしなぁ。二人きりになれる所行くか)
普通なら引かれそうなものだけど、押しに弱そうな彼女なら雰囲気さえ作れば、後は問題ないだろう。
現にさっきからずっと二人でいれているのだ。このまま押し切れば自分の物にできる。
羹は辺りを見渡して二人きりになれそうな場所、お化け屋敷をやっている教室を見つけた。
前の人が入ってしばらくすると別の人が入る。割と好評なようで、どんどん人が多くなっていった。
「次、あそこ行かない?」
「お化け屋敷、ですか………私、ちょっと苦手で………」
「大丈夫だよ、所詮は学生の作り物だ。ほら、行こう」
「え?あぁ………」
半ば強引にナツミを連れて、羹はお化け屋敷の列に並んだ。
しばらくして二人の番がやってきて、案内してくれる学生の言われるままに、中へと入っていく。
中には色んな仕掛けがあり、
「ヒィッ⁉︎」
学生が作ったものとはいえ、中々のクオリティのお化け屋敷にナツミはビクビクしっぱなしだ。
「ハハッ、そんなに怖がらなくていいのに。ほら、こっちだよ」
「え?あ、ちょ………」
周りの目が無くなったのを好機に、羹はナツミの手を取った。断らない彼女を見て、羹は気分が良くなる。
そのまま二人はお化け屋敷を抜けると、学校の中を歩いて行った。
「す、すみません。私一人で大声出してしまって。本当に助かりました」
「いえいえ、これくらい男として当たり前ですよ。少し休憩しますか」
羹は周りの様子を見ながら人気のない所にナツミを連れて行った。
(さてと、そろそろいいだろ)
「ねぇ、ナツミちゃん」
立ち上がった羹はナツミとの距離をグッと縮めた。これだけ一緒にいて、もう我慢出来ない。
「え?ちょ、藜さん?」
「この後時間あったりする?俺、もっと君と一緒にいたいなぁ」
「あ、いや、でも………」
「時間なら大丈夫。ちょっとその辺歩くだけだから」
ナツミとの距離をどんどん縮めていく。ナツミは戸惑った様子で目を泳がせている。
いきなり迫られたのだ、当たり前の反応だろう。それでもナツミは抵抗出来ずに狼狽えている様子だ。
(よしよし、上手く情に訴えればヤれそうじゃねぇか)
「俺は、ナツミちゃんと仲良くなりたいんだけどなぁ………」
「うぅ、えっと………」
(ダメだ、我慢出来ない!)
少しだけ強張っていたナツミの身体から力が抜けた。それを見た羹はニヤッと笑ってナツミの唇を奪おうとして………
その時、ナツミのポケットのスマホが震えた。
「ッ⁉︎ ちょ、ちょっとすみません」
ナツミはスマホを取り出すと、送られてきたメッセージを確認した。そして羹の方を向く。
「あ、あの、私、ここで失礼します」
「え?もう帰っちゃうの?せっかくなら、もっと仲良くしたかったのに」
「す、すみません。お母さんがそろそろ戻るようにって………私、これで失礼します!」
ナツミはそう捲し立てると、ピューッと走って行ってしまった。その姿を見て羹はため息を吐く。
「ハッ、何だよ………もうちょっと遊べると思ったのに」
羹は悪態をつくと次点の目的である東海林 紙縒と彼女の婚約者を探し始めた。
しかし彼らは見つからず、羹は中途半端な気持ちで学校を後にした。
それから数日が経った。その日も羹はいつものように東海林神社へと嫌がらせに行っていた。
しかし、その日はいつもとは違う。東海林 紙縒が自分を出迎えるように社務所の前で待っていたのだ。しかしいつも一緒のはずの婚約者がいない。
不思議には思ったが、羹はいつものように車から降りると勿体ぶった態度で挨拶をする。
「やぁ、わざわざお出迎えとは、嬉しいじゃないか」
「それはもちろん。今日はあなたに用がありましたので」
「何?」
どこか平坦な声で言う紙縒に、羹は少しだけ眉を動かす。
「まぁここで立ち話もなんですので、中へどうぞ」
紙縒は丁寧な言葉遣いで社務所の中に羹を案内した。
「あぁ、そうでした。護衛の方々は外で待っていただきたいのですが」
「フンッ、こんな神社の安全性なんてたかが知れてる。できるわけないだろう」
「そうですか。
それを聞いて羹はハッとした。
今彼女はわざわざ『結婚』と言った。これまではずっと『勝負』と捉えていたものをである。しかも隣にあの婚約者がいない。
(俺の予想通り、ついに男は逃げ出したか)
羹は口の端を釣り上げた。
そうなればいよいよこの神社は羹のものだ。内々の話とも言ったし、間違いないだろう。
しかもわざわざ人払いをしてまでの話。ここは大人しく従った方がいいだろう。
「いいだろう。おい、お前達はここで待機してろ。呼んだら来てくれ」
それだけ言うと羹は前と同様応接室に案内された。そしてそこには─────
「おっ、紙縒、案内ご苦労様。羹さん、お久しぶりですね」
いないと思ったはずの紙縒の婚約者がいた。
「なぁッ⁉︎」
上がった期待が落とされる。羹はそこで、自分の思い込みを利用されたことを悟った。
(コイツ、俺をハメたな………)
おそらく羹一人だけと話すつもりでこんなことをしたのだろう。しかしここで護衛を呼び戻せば、自分が怯えてるととられるだろう。
「おや、どうかしましたか?さぁ、こちらへどうぞ」
「………あぁ」
少しだけ先手を取られたが、特にこれといって被害はない。少し揶揄われた程度だ。むしろここで余裕を失う方が危ない。
「すみませんね。私もお出迎え出来れば良かったのですが、仕事が立て込んでいまして」
「別に構わないさ。それで用件というのは?私も色々と忙しい身ですので」
「それもそうですね。いえ、色々と確認したいことがありまして」
「確認?」
羹は首を傾げて怪訝そうな顔をする。
「そうですよ。あなたは僕にこの神社を継ぐとは相応しくない、だから確かめるとおっしゃっていました。しかし、それはあなたにも必要でしょう?」
「私がこの神社に相応しくない人物だと?」
「いえいえ。あなたがこれまで言っていた通り、私は大した家柄でもなければ誇れるような実績は何もない。『神社を継ぐ者』としてはあなたの足元にも及ばない。だからあなたと張り合っても勝ち目はないです。だからあなたに勝つ道は、諦めました」
そもそも生まれからして違うのだ。そんな彼が羹と身分を比べて勝つのは難しいだろう。
やはり諦めることを伝えるために呼んだのだろう。羹の心に余裕が出来た。
「それじゃあ、婚約は破棄で………」
「でもね、羹さん」
婚約者は羹の声を遮って口を開いた。その声は驚くほどに冷たい。
「『この神社を継ぐ』という事は、それ以外にも確かめるべきところがありますよね?」
「? な、何の話だ?」
「なぁに、そんな小難しい話じゃないですよ。例えば『神社を継ぐ者』、つまり『紙縒の婚約者』は………」
婚約者はポケットから何枚かの写真を取り出した。
それは文化祭の時、羹がナツミに迫っている時の写真だった。
「こんな物があってはならない、とかですかね」
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