作戦決行を決めた次の日。
ウチの神社に一台の車が止まった。そこから顔を覗かせたのは叔母さんである。僕達はそれを出迎える。
「叔母さま、お呼び立てしてしまって申し訳ありません」
「いいよいいよ、出来ることは手伝うって言ったしね」
「二人とも、そういう挨拶は後にしてってば。それより叔母さん、頼んだことはやっといてくれました?」
「やったけど…………アンタ本当に何考えてるの?」
「それを話すために呼んだんです。とにかく早く話したいので」
「はいはい、分かったわよ」
そう言うと叔母さんは車の助手席の窓を叩いた。
「ねぇ、出てきていいわよ」
そう言うと助手席の扉が開いて、一人の少女が飛び出してきた。僕は彼女に向けて軽く手をあげる。
「久しぶり………
「お兄ちゃん!久しぶり!」
車から出てきた鶏児草は僕の方へと駆けてきた。僕を見て嬉しそうに微笑む。
僕は今回叔母さんを呼ぶにあたって、一つお願いをした。それは鶏児草に僕達の事情を全部話して、今日連れてくること。
「旦那さま………この子って、たしか旦那さまの妹さん………」
「厳密に言えば従妹だけどね。そういや二人は婚約発表にチョロっと会って以来か」
メインが宴会だったり夜だったりしたこともあって、あの時鶏児草は軽く挨拶して叔父さんと帰ってしまったからね。
「改めて鶏児草、彼女は東海林 紙縒。僕の婚約者だ」
「あ、ど、どうも!海神 鶏児草です!兄がお世話になってます!」
人見知りの鶏児草らしく、ガチガチに緊張してるなぁ。
「いえ、そんな………旦那さまにはいつも助けられてますから」
「はいはい、挨拶はそこまで。本題に入るからみんな中入ってくれ」
僕は叔母さんと鶏児草を社務所の中に案内すると、紙縒がお茶を持ってくる。
「ありがとう、紙縒」
紙縒が僕の隣に座ったタイミングで、僕は話し始めた。
「それで、鶏児草。叔母さんから僕達の現状は聞いたと思うけど………」
「うん。えっと、紙縒さんの元々の婚約者が来て、お兄ちゃんと紙縒さんを別れさせようとしてて、二人がこれからも一緒にいるには勝負をしなくちゃならなくて、でもそれが難しい、だよね?」
「そこまで分かってるなら問題ない。今回は隠さなかったみたいですね」
「だから悪かったってば。それで、アンタは何を思いついたの?わざわざ鶏児草を連れて来させて、この子にも何かさせるつもり?」
「まぁね。というか今回の作戦の要は、鶏児草だと言っても過言じゃない」
でなきゃわざわざ呼んだりしないって。
「え⁉︎私⁉︎お兄ちゃん、何するつもりなの?」
「まぁそう身構えるなって。とりあえず、みんなこれ見てよ」
僕はスマホを操作すると、一つのページを三人に見せた。
「これって………ネット記事?しかも一年前のじゃない」
「旦那さま、これって私達の学校で起きた………」
「そう。これは去年の文化祭の時に、ウチの学校で起きたクラッキング事件の記事だ」
一年前、校舎改修の関係でウチの学校の文化祭が遅れて開催された。
そんな中、何者かがパソコン室のパソコンを勝手に使い、SNSやマスメディア、果てには大学や一般企業のパソコンにクラッキングをしかけた。そして何名かの生徒の個人情報や盗撮映像や画像を送りつけた。
問題はその盗撮映像や画像で、情報を晒された生徒はみんな、学校内でイジメをしていた生徒だった。暴行や恐喝、酷いと強姦までやっていた連中だ。
自分のしてきたことを公開された生徒やその親は、社会的に死んだも同然となってしまった。
送られた大学や一般企業はその生徒達の進路先で、晒された生徒は当然進路先をも失ったことになる。
高校も退学になり、何人かは自殺もした程だと言われている。
犯人は、文化祭で出入りのあったパソコン室に侵入、たった数分でセキュリティの厳しい学校でこれを成し遂げたと言う。
おかげで我が学校の評判はガタ落ち、生徒はいなくなるわ入学希望者は減るわでどんちゃん騒ぎになった。
「そういえばあったわね、こんなこと。それで、これがどうかしたの?」
「この事件、犯人は未だに捕まってない。何でだと思う?」
「それは………犯人がそういうのに慣れてるから?」
「ざっくり言えばな。少なくとも犯罪の素人じゃないだろ。けど、大切なのはそのタイミングだ」
「タイミング?」
「その事件は文化祭の時に起きた。つまり捜査の目が外部の客にも向いてるんだよ」
そのせいで捜査は前に進まずに、犯人を特定するどころか容疑者すら浮かんでない。
しかもパソコンなんて普段は立ち寄る人間は少ない。誰かが行けば速攻でバレただろう。
つまりこういう人がたくさん集まる場所では、多少の事件を起こしてもそれを特定させないことが出来るわけだ。
「それで………まさかアンタもこの犯人と同じようなことやろうって?」
「まぁ、平たく言えばそんなとこです」
「え⁉︎お兄ちゃんクラッキングするの⁉︎」
「しないし出来ないよ。文化祭を利用しようってだけ」
僕は叔母さんと鶏児草に作戦を話した。
①文化祭に羹が来るように仕向けて、誰かが彼に上手いこと近寄り文化祭でデートをする。
②それを写真に収めて、それをネタに交渉する。
「大まかなに言うと以上、かな」
羹は『神社を継ぐ者』と言っているが、それはつまり『紙縒と結婚する』という事だ。不貞なんてもっての外だろう。
そんなヤツが他の女の子とデートしてたなんてとんでもない事だからな。ネタとしちゃ充分だ。
「………いやいや、アンタとんでもないこと考えてない⁉︎割とグレー、というか普通にアウト!マッチポンプと脅しじゃない!」
叔母さんが立ち上がって叫んだ。
「仕方ないでしょう。理論的には羹は正しいし、勝負は勝ち目なし。となれば僕は彼と並ぶのは不可能。それなら彼を落とすしかない」
「それはそうかもしれないけど………紙縒ちゃんは、これ聞いてるんだよね?いいの?こんなこと」
叔母さんが紙縒の方を向いた。
「叔母さま。たしかにこの作戦は正々堂々としたものではありません。しかし、私の婚約者は旦那さま以外考えられません。彼と一緒にいるために………そう思って、この作戦を受け入れました」
紙縒の真剣な表情を見て、叔母さんはなんとも言えない顔になった。
「馬鹿なことやってるって自覚はあります。でもこれが最善策なんです」
『神社を継ぐ者』としては足元に及ばなくても、『紙縒と結婚する者』については、あんなクズに負けるつもりはない。そこを突く。
アイツのことは色々調べた。叔母さんが女遊びが酷いとは言ってたけど、予想以上だった。
未成年だろうと既婚者だろうとお構いなし。貢がせるだけ貢がせて飽きたら捨てるような男だからな。それも交渉材料になる。
「ま、まぁ、それを受け入れたとして………その作戦、アンタと紙縒ちゃんだけじゃ無理よね?助っ人誰に頼むの?まさか………」
叔母さんと紙縒の目線が一点に集まる………そう、鶏児草にだ。
「え?まさか私も作戦の実行に参加するの⁉︎裏方じゃなくて⁉︎」
「うん。だから言ったでしょ?作戦の要だって。鶏児草がこの神社を救うんだ。頼りにしてるよ」
「私が………」
僕に励まされた鶏児草は提案を快諾───する前に眉を顰めた。
「ん?ちょっと待って。ということは私、その羹さんっていう人と手繋いだり、その………色々と恋人みたいなことしなくちゃならないって事にならない?」
鶏児草の言葉に僕と紙縒は言葉が出なくなる。僕はフッと目線を逸らす。
「ねぇ何とか言ってよ‼︎私好きでもない人とデートしなきゃいけないの⁉︎しかも不貞を疑われるレベルまで⁉︎相手大人なんだよね⁉︎」
自分のすることが分かった鶏児草の顔が引き攣った。僕はすぐに頭を下げる。
「ごめん‼︎でも鶏児草以外に頼める人がいないんだ!」
「えぇ………で、でも………そうだ!お兄ちゃん達の学校の人に頼むのは………」
「ダメだ!この作戦は最終的には向こうにバレる。囮を学校関係者にしたら、羹から学校への被害は免れない。それは僕達の落ち度になる。でも鶏児草なら、ウチの学校とは無関係のただの客人として来れるお前なら、アイツはどうすることも出来ないんだよ!」
そこが僕が文化祭を狙った理由だ。あのクラッキング事件もそうだが、学校で起きた事件の犯人を、学校内から特定するのはわけないことだ。
でも、全く関係ない客が何をしても、後々特定するなんて難しい。大勢の中から特定するなんて無理なんだから。
「けど………お、お兄ちゃんの敵なら、私のことだって知ってるんじゃ………」
「いや、それは無い」
そこだけはきっぱりと言い切れる。アイツはたぶん僕のことすら碌に知らない。
「何で断言出来るんですか?」
「初めて会った時、羹はこう言った。『君は
たしかに高校生なんて、学生服脱いじゃえば大人と見間違われる人だっている。でも………
「僕のことを少しでも調べれば、学生だとか紙縒と同学年だなんてすぐに分かる。でもアイツはそれを知らなかった」
「羹さんは情報に疎い、という事ですか?」
「というか舐めてるんだよ。潰す敵のことを碌に調べてないんだから」
どうせそれでも圧勝出来ると思ってるんだ。馬鹿もいいところだな。
「僕のことすら知らないヤツが、鶏児草のことを知ってるわけないんだよ。だから鶏児草、頼れるのはお前しかいないんだ」
「そ、そんなぁ………」
「お前には無関係だし、嫌なこと頼んでるのも分かってる。もちろんちゃんと遠くから監視してるし、本当にヤバそうなら速攻で止める。鶏児草の身の安全を第一にする。だから、頼む!」
「私からも、お願いします!」
僕と紙縒から頭を下げられて、鶏児草は泣きそうになる。それから、クタっと脱力する。
「わ、分かったよぉ………お兄ちゃんのためだもん………」
「鶏児草………ありがとう」
「で、でも私、男の人を誘ったりなんか出来ないよ?か、彼氏とか、いないし………」
「その必要はない。というかそれはしないでくれ。最終手段だ」
あくまで『羹が手を出した』体にしなきゃならない。となれば誘惑は悪手だからな。
なに、羹を調べたらアイツが手を出してる女性の多くは未成年なのが分かってる。運ゲーだけど、一人で来させれば自分からナンパでもするだろう。
「偽名も考えないとか………わた
「あ、安直………でも、頑張るよ」
「ありがとう。さてと、それじゃあ早速作戦会議だ。成功させよう」
「はい!」「うん!」
紙縒と鶏児草が力強く頷く。
「あの、私は蚊帳の外?」
叔母さんは特にやることないしな。
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