「こ、これはッ………⁉︎」
目の前に出された写真に羹は動揺した。
先週行われたウチの学校の文化祭、そこで彼は一人の女子を強引な形で連れて、さらに校内で淫らな行為を行おうとしていた。その全てが収められた写真だ。
強引に鶏児草を連れて行こうとしたり、手を繋いだり、果てにはそれ以上のことを迫ったり。とてもではないが、婚約者のいる人が許されることではない。
「ウチの文化祭に来てた人の一人がこの光景を見かけたそうで。あの羹 藜がこんな小さな女の子連れている、とかなんとか言って撮ったらしいんですよ。いやぁ、さすが羹さん。世間に顔が知られてるんですね」
別に嘘は言っていない。撮ったのは紛れもなく文化祭に来ていた人(僕)だ。
僕はずっと羹と鶏児草の様子を監視して、それらを写真に収めていた。
「羹さま。あなたは仮にも私との婚約があったはず。その上で他の女性とこのような行為に及ぶとは、一体どのようなおつもりなのでしょうか?」
僕の隣にいる紙縒が口を開いた。いつもよりも冷たい声音で、ジッと羹を見据えている。
その視線に耐えられないと言わんばかりに、羹は目を逸らした。さっきまでの余裕が嘘のようだ。
「そ、それは………わ、私は悪くない!私はただ、彼女に道を教えただけで………」
「なるほど、こんな風に迫ることが道を教える上で必要だとでも?」
紙縒の質問に羹は黙ってしまった。
今回紙縒は監視にはついておらず、ずっと校内で隠れてもらっていた。だから彼女はこの光景を見ていたわけではない。
だからこそ、小さな女の子にこのようなことをした羹を許せないのだろう。これだけ見たら、悪いの100%羹だしな。
「くっ!………だ、大体、こんなの盗撮じゃないか!一体誰がこんなことをしたんだ?場合によっては、君達の学校に苦情を………」
「ですから、文化祭に来ていた誰か、としか分からないんですよ。ウチの学校の生徒とは限りません。それがSNS等で巡り巡って僕達の所に来たので、僕達では特定は無理ですね。さすがに来客されていた人の問題を、学校に追わせるのは無理ですし」
僕の答えに苦々しい表情を浮かべる羹。
今回の作戦の一番の強みは、『誰が何やっても、その人物を特定するのが難しい』という事だ。
文化祭にはたくさんの人が来る。もちろん来た人間を名簿で残す、なんてことはしてないし、誰が来たのかは分からない。
もちろん、本来なら特定しようとすれば出来ないことはない。
しかし今回は僕が撮ったものを僕が利用している。特定される痕跡などありはしない。
「羹さん。たしかに僕は、『神社を継ぐ者』としてはあなたの足元にも及ばない底辺の人間ですよ。ですが、『紙縒の婚約者』としてなら、底辺なのはどちらなんでしょうね?」
結局のところ、僕達は視野が狭すぎたのだ。『神社を継ぐ者』としてしか羹を追い抜けないと考えていた。
しかしちゃんと視野を広げれば、攻められるところはたくさんあった。それならそこを突くまでだ。
紙縒は隣に置いておいた封筒を出した。中にある紙を取り出して羹に見せる。それは羹のこれまでの女遊びのことが書かれた資料だ。全部僕が調べた。
「羹さま。今回の事を受けて、私達も色々と調べさせてもらいました。あなたは今でも何人もの女性と関係を持っているそうですね」
目の前に出された資料を見て、さらに羹の顔色が悪くなる。
手当たり次第に女性に声をかけて関係を持ち、中には未成年や人妻もいる。そして飽きたら適当にお金を渡して捨てる。調べていて軽く引くレベルだ。
「あなたが婚約を解消しろと言うのならしますよ。しかしこれは神社の関係者全員に届けさせてもらいます。これを見てみんながあなたと紙縒の結婚を許すかどうか………まぁ、分かりますよね?」
すると羹はハッとして僕を睨んだ。
「………ッ⁉︎ ま、まさか………今回のこと、全てお前達が仕組んで………」
「何のことを言っているのかさっぱりわかりませんね。それに経緯がどうであれ、あなたが婚約者がいるのにも関わらず、未成年の女性に手を出したのは事実です」
今回、鶏児草にはあくまで受け身の姿勢を一貫してもらった。そうでなければ羹の非にならないからだ。
そしてその結果がこれだ。普段の生活からどのようなことをしてるかは想像がつく。言い逃れは出来ないだろう。
「ちなみに、この証拠は公表しないことを条件に、他の人にも渡してあります。もっとも、これに関して何かするつもりなら、その限りではありませんが」
いやぁ、ボディーガードの人外で待たせて正解だったな。下手すりゃ実力行使で証拠奪われて終わってたかもだし。
「そ、そんな………あり得、ない………」
羹の顔が真っ青になっている。汗をびっしょりかいて、口をパクパクさせている。
最初に僕がいないと見せかけて動揺させて、そこからさらに立て続けに情報を送り込み動揺を大きくさせて反論出来なくさせる。上手くいってるみたいだな。
「羹さま。あなたのように自分の欲を満たすことしか考えないお方は、私の婚約者として、この神社を守り、共に歩んでいく人間には相応しくありません!」
紙縒のきっぱりと言い切った言葉が突き刺さり、羹は何も言い返せなくなった。
「今回の一件、そしてあなたのこれまでの行いは、全て公表させていただきます。大人が未成年に手を出すのは違法、許されるものではありません」
紙縒の言葉に羹が顔を上げた。こんなことを公表されたら、羹グループへの被害は甚大、もう立ち直ることは不可能だろう。
「ま、待ってくれ!そんなことをされたら、当家はどうなる⁉︎繋がりのあるお前達も無傷ではいられないぞ!」
動揺しているのか、口調がかなり粗暴になっている。
「それもそうですね………それでしたら、交換条件を飲んでいただけるなら、今回のことは公表しないようにしましょう」
「交換、条件だと………?」
「僕と紙縒の結婚を認めさせてください。今我々の結婚に反対している人間全員に。あなたはそれが出来るはずです」
これが今回の僕のもう一つの目的だ。
ただ羹を排除するだけなら、撮った写真を公表するだけでよかった。
しかしそうすれば繋がりのある東海林家にもダメージはきて、何よりそれだけでは僕と紙縒の結婚は成立しない。
これほど大きな神社の婚約者だ。候補が羹だけなわけがない。彼は氷山の一角だ。
おそらく他にもいて、羹はその中でトップの力を持っている。だからこんな風に名乗り出てきたのだ。
それではそんな彼が僕と紙縒の結婚を反対する人達に『この人は東海林家に相応しい人間だ。結婚を認めろ』と言ったらどうなるだろうか?
必ずみんなは納得せざるを得なくなるし、今回のようなことはなくなるだろう。一々相手にするのは面倒だしね。
「了承、していただけますね?」
「ぐっ!………お、覚えていろッ………」
「それは了承した、と受け取っていいんですか?嫌でしたら、それはそれで構いませんが」
僕は羹に向けて手を差し出した。
彼は恨みの篭った目で僕を見るが、やがて悔しそうに震える手で僕の手を握った。
「またまだ子供で未熟者ではありますが、これからもよろしくお願いしますね」
僕はそう言って微笑むと、交渉を終わらせた。
僕と紙縒は羹を見送ると、社務所に戻った。
念には念を入れて盗聴などがされてないか確かめて、どさっと畳に座った。外はもう暗くなり始めている。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!つっかれたぁ‼︎」
「で、ですね………中々精神に響くと言いますか………出来れば、金輪際このような解決方法はしたくないですね」
何とかして結婚を認めさせた僕達は、お互いに体を預けて一息ついた。やってる事がやってる事だし、精神が擦り減る。
そうだ、鶏児草にも上手くいったこと報告するか。今回の作戦で一番辛かったのは鶏児草だしな。
羹とのタイミングを見て叔母さんが電話して呼び戻したが、それ以降ずっと泣いてたし。悪いことしちゃったな。
「しかし………これで私は、正式に旦那さまと結婚できるのですよね?」
「そうだな………うん。これで一緒にいられるよ」
僕達はお互いに見つめ合うと頬が緩んだ。手を繋いで小さく息を吐く。
「改めて、その………ごめんね。こんなやり方で強引な解決しちゃって」
これで僕達は完全に羹と敵対した。潰せる材料があるとはいえ、彼女の精神的にキツいものがあるだろう。
「たしかにやった事には心が痛みますが、それでも思ったことに嘘はありません。この神社に相応しくない人を落とし、相応しい人を迎え入れた。ただそれだけです」
「そうか………強いな、紙縒は」
「そんなことありません。旦那さまがそばにいてくれたからこそです。大切な人がいてくれたから、ここまで頑張れたんです」
「紙縒………」
「何があってもそばにいてくれて、ありがとうございます」
僕達は向かい合うとそっと抱き合った。紙縒の心地よい温かさが染み込んでくる。
そしてゆっくりと顔を近づけると唇を重ねた。手を繋いだまま、柔らかい唇の感触を味わう。
唇を離してもそのまま抱き合った。お互いの熱い吐息が、辺りの温度を上げる。
「旦那さま。少しだけこのままでも、いいですか?」
「もちろん。ずっと、紙縒のそばにいるからね」
「はい。そういえば旦那さま、今日の晩ご飯は何がいいですか?」
「え?そうだなぁ………まだ熱い日が続くし、何かさっぱりしたものがいいな」
僕達は抱き合ったまま他愛無い話をして、改めて一緒にいられるようになったことを噛み締めた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。今回はR18描写は無しにしてみました。たまにはいいかな、と。
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