飛び交う悲鳴と怒号、剣がぶつかる音。物が焼ける匂いと血の香り。
その中を駆け巡るグリアは、目の前から襲いかかってくる敵を次々と斬り伏せていった。
レミー王国
肥沃な森林と山脈に囲まれた美しい国は今、見る影もない哀れな有様となっている。
「やぁっ!」
「ぎゃあッ⁉︎」
辺り一面は炎に包まれており、その中には血塗れの庶民や騎士の死体が無造作に転がっている。
「はぁ………はぁ………!」
グリアも全身を自身や敵の血で染めながら、それでも尚進み続けた。
「隊長!ご無事ですか?」
炎の中を潜りながら、仲間の兵の一人が走ってきた。
「戦況はどうなっている?」
「こちらが圧倒的に押されています!奇襲させたせいで、兵の多くは………」
「そうか。敵の狙いは遺跡だ、何としてでも死守しろ!私もすぐに後を追う」
「はっ!ぐあッ⁉︎」
走り出そうとした兵は、何かに突き飛ばされたように倒れた。彼の首には一本の矢が刺さっている。
「おい、しっかりしろ!くっ!」
慌ててグリアは抱き起こそうとするが、次の矢がグリアを狙って放たれた。素早く避けて辺りを見る。
西の建物の影に弓を構えてこちらを見ている人影が見えた。ここにいては危険だ。
「ッ!すまない………!」
倒れた兵に謝ると、グリアはその場から駆け出す。
何が何でも遺跡は守らなければならない………あそこには………
「おい!敵兵だ!」
「そこを退けぇ‼︎」
早る気持ちを脚にこめて、グリアはひたすら走り続けた。立ち向かってくる敵は全て斬り捨てて前に進む。
狙いが遺跡だからか、周りにはまだ火の手が届いていない。今ならまだ間に合う。
必死で走り、遠目に遺跡が見えてきた。そこは一面が鬱蒼とした森となっており、奥には草原が広がっている場所だ。
遺跡の前には何人もの敵兵と彼らの近くで倒れる仲間がいる。
「ふむ、草花が邪魔だな。この距離ならば遺跡には傷つけないだろう、焼き払ってしまえ」
指揮官の命令で、火矢をつがえた兵が前に出る。
それを見たグリアは目を見開き手が震えた。
「よせ、やめろ………やめろ‼︎」
もう無我夢中だった。必死に叫び手を伸ばす。
「放て!」
しかし無慈悲に下された命令により、何本もの火矢が放たれた。
「ダメだ───────ッ‼︎」
グリアの叫びも虚しく、火矢は草木に降りかかった。あっという間に草木に火が燃え移り、火の海へと変わる。
「そ、そんな………」
目の前で燃え盛る炎に打ちのめされて、グリアは何も出来なかった。剣を落とし走る力も失い、受け入れたくもない景色を呆然と眺める。
涙が溢れて、掠れた声しか出てこない。
「がはッ⁉︎」
その瞬間、首筋にグリアは倒れた。後ろに敵兵がいることに気がつけず当て身を喰らってしまったのだ。
「隊長、この者は敵兵の指揮官では?」
「そうだな。よし、コイツを縛り上げろ。捕虜にする」
その言葉を最後に、グリアは意識を手放す。
それでも火の海の景色は消えることなく、グリアの記憶に焼きついた。
「ハッ………‼︎」
目のを覚ましたグリアの額には冷や汗が流れ、顔色は真っ青になっている。
机に突っ伏して寝ていたグリアは周りを見渡して、さっきまで見ていた光景が今起きていることではないと確認する。
「ゆ、夢、か………」
「グリア、大丈夫?」
落ち着いてきたことを確認して、僕はグリアの顔を覗き込んだ。
「貴様………何をしている?」
「何をしてるじゃないよ。すごいうなされてたから心配で」
「あぁ、そうか………」
グリアは疲れたように頭を押さえた。本当に具合が悪そうだ。
「大丈夫?医師呼ぶ?」
「いや、問題無い………大丈夫だ」
「でも………」
「貴様に心配される筋合いは無い」
表情を隠すようにグリアは僕から背を向ける。こうなってしまっては何かしても迷惑になるだけか。
「………そっか。まぁ、とりあえず、これ」
僕はハンカチを取り出してグリアに渡した。これくらいはいいだろう。
「この時期に汗かいたままだと風邪ひくからさ」
「………お節介め」
悪態をつきながらもグリアはハンカチを受け取る。
「それにしても、貴様がこんな時間にここにいるなんて珍しいな。研究室にいるものかと思ったぞ」
「あぁ………ちょっと父さんの所行ってたの」
僕はベッドに座ると大きくため息をついた。
「何だ、私よりも疲れているようだが、先日のボヤの説教か?」
「それもあるけど、まぁいわゆる催促かな」
「催促?何か命じられていたのか?」
「うん。ほら、今日聖誕祭でしょ?」
「あぁ、そういえばもうそんな時期だったな」
聖誕祭とは、その名の通り聖人が誕生した日である。
この辺りの国の国教は同じなので、今日は各地で様々な催しが行われており、国をあげて祝福する。
街には美しく飾りつけられたモミの木が並んだり、普段は見ないような出店もあるため見ている分にはとても楽しい日だ。
「それで、その聖誕祭がどうかしたのか?」
「実は今夜隣のシャルディア王国の城で聖誕祭のパーティーがあってさ、それに呼ばれてるんだよ」
「まぁ、王族だし当たり前だな」
「はぁ………めんどくさいよぉ………出たって何の利益も無いんだも〜ん」
ベッドに額を擦り付けてゴネる僕を、グリアは呆れたような目で見る。
「貴様は子供か。他国の貴族や王族と親交を深めるのも、王族の重要な役目であろう」
「いや、別にパーティー自体はいいのよ。他所の国の食事とか食べれるから楽しいし。たださぁ、いつもいつも人の相手をしないといけないってのが億劫なの。特に女性の」
見て分かる通り僕は独身で、今現在婚約者はいない。
それはもちろん僕の望むところだ。結婚なんて面倒なことはしたくない。
ただ、そうなると当然同じ独身である貴族や王族の女性からのアタックがそれなりにあるわけで。パーティーとなればそれがさらに顕著だ。
「結婚し世継ぎを残さねばならないのは王族の宿命だろう」
「世継ぎがいるなら、その辺の子供を招いて教育すれば良い。血統なんて特殊な遺伝的性質を持たない限り、為政者にとって何の役にも立たないんだし」
別に僕なんかに受け継いで得のある遺伝子は無いし。何ならあの父親の血統を絶やすって意味じゃ受け継がない方がいい。
「そういう問題では無いだろう。というか、これまではどうしていたのだ?」
「発熱剤とか下剤飲んで体調不良ってことにして休んでた」
「仮病ではないか!」
「仮病じゃないよ。本当に体壊してるんだもん」
何せ体格がヒョロいからな、体調崩したところで誰も怪しんだりはしない。
「そこまでして行きたくないか………それなら、今年もそうすればいいだろう?」
「いやぁ、何年も前からやってるから、さすがにそろそろ怪しまれるんだよね。だからあくまで婚約には前向きって体裁を作るために、パーティーに行かなきゃならんってわけ」
「そこまで分かってるなら腹を括れ。情けない」
今日はいつもに増して悪態が酷いな。いい加減慣れたけど。
「ねぇ、グリアって元王族直属の騎士なんでしょ?」
「元ではない!今も騎士だ!」
「どっちでもいいよ。騎士なら護衛対象のプライベートもよく見るよね?そっちだとこういう時どうしてた?」
「何故貴様のために私が知恵を出してやらねばならない」
「いや、これはグリアのためでもあるよ?僕が結婚して自由が無くなったら、グリアも今みたいに自由に出来なくなるんだし」
「むっ………それもそうか」
そう、今捕虜になり奴隷にまでなったグリアがこうして好き勝手に動けるのも、建前上僕が好き勝手やれるから監視とされているからだ。
僕が結婚して自由が無くなる、つまりグリアの監視が出来なくなればグリアの自由も無くなる。下手すればまた牢獄戻りだ。
「ほら、何か案無い?」
「そうだなぁ………その場しのぎで良いのなら、誰か女性を同伴させるのはどうだ?」
「女性を同伴?」
これまでとは違う切り口で出たグリアの提案に、僕はベッドから顔を上げた。
「そうだ。結局のところ、一人でいるから隙があると見られ迫られるのだ。誰かと一緒ならば自然と声をかけにくくなる。それが同性である女性なら尚更だ」
「なるほど!それいいね」
そうか、別に僕から遠ざかる必要は無い。向こうに遠のいてもらえればそれでよかったんだ。
「となると、問題は誰を連れて行くか、だな」
今後の面倒事を考えれば、連れて行くなら身内であるべきだろう。というか、婚約者候補を弾くのが目的なのに、その候補といるなんて本末転倒だ。
でも残念なことに当家に未婚の女性の親戚は少ない。となれば必然的に当家のメイドの中から、ということになる。
しかし今回は周りの女性を遠ざけるために、ずっと僕の近くにいてもらわなくてはならない。
普通のメイドでは気を遣って離れてしまうだろう。かといって、こんな歳の男に離れずに側にいてほしいなどと言われては怪しまれてしまう。
下手すれば父さんに伝わっちゃうからなぁ、それは避けたいところだ。
多少無理を言っても怪しまない馬鹿か、本心をぶっちゃけても黙っていてくれる信用のできる者がいればいいんだけど………いないんだよなぁ。
新人の者とかなら騙せそうだが、パーティーに慣れてないし、そんな者を連れて行っては周りに怪しまれる。ある程度経験のある者でないと。
「うーん………どうしたものか」
「まぁ、後は貴様の好きにしろ」
グリアはそっけなく言うと、身体をほぐすように大きく伸びをした。
まったく、他人事だと思って。一応僕の奴隷なんだし、もう少し献身的になってくれてもいいんじゃないかなぁ。
僕は呆れながら首を捻り………
ん?待てよ………
僕は顔を上げてグリアを見た。ちょうどグリアと目が合う。
「ん、何だ?」
「グリアってさ、騎士団の指揮官だったんだよね?」
「そうだが、それがどうした?」
「いや、普通女性がそこまでの地位になることってないからさ。もしかして、グリアって結構上流階級の人間なのかなぁって」
この世界じゃ女性は男性に比べて低く見られる。女性が騎士団に入るだけでも大変なのに、指揮官になるなんて普通は無理だ。
そうなると考えられる可能性としては家のコネがあるわけで。それが出来るくらいの家の出ではないか、というわけだ。
「………まぁな。だったら何だ?」
「それならさ、パーティーとかも出たことあるよね?」
「あぁ、数は多くないがそれなりには…………」
そこまで言いかけて僕の意図に気がついたのか、グリアは口を閉じて僕と見つめ合った。静寂な空気が部屋を包む。
次の瞬間、グリアは持ち前の凄まじい瞬発力で部屋から飛び出そうとする。
「ていっ」
「ぐふっ!」
それを見越していた僕が指を鳴らすと、グリアは力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
「き、貴様………!」
「いやぁ、グリアが首輪に麻痺の魔術を付与してくれて助かったよ」
僕はベッドから体を起こして、グリアと目を合わせるようにしゃがみ込む。麻痺の効果でグリアは動けない。
「身内で、僕の計画を知りならがら誰かに広まるもなくて、パーティーにも出たことがあって慣れてる女性………君、全部の条件満たしてるよね?」
グリアは建前上僕の奴隷、そんな者が何か言っても信じる者はいないだろう。
身近すぎてすっかり忘れてた。パーティーの同伴者に最適な人間がここにいるじゃないか。
「くっ、この卑怯者!大体貴様の父には何と話す⁉︎私を連れ出すなど、それこそ怪しまれて………」
「あぁ、大丈夫。『僕の奴隷を周りに見せつけたい』とか言えば、あの人快諾してくれるから」
伊達に生まれてから付き合ってない。あの自己顕示欲の塊みたいな父親がどんな事を考えるかくらいは分かる。
父さんはグリアは既に調教済みだと思ってるし、これまでの生活で警戒心も薄れてる。反乱を危惧することもあるまい。
「お互いの利益のために頑張ろうよ」
「ふ、ふざけるな‼︎何故貴様のためにそんな事をしなくては………」
「すみませーん、誰かメイドさんいませんか?」
「おい!話を聞け‼︎」
僕は部屋の外にいたメイドを一人捕まえると引っ張り込む。部屋に入ってきたメイドは、床に這いつくばるグリアを見て顔を顰めた。
「あ、あの、これは一体………」
「あぁ、ちょっとね。彼女を今日のパーティーに連れて行きたいので、ドレスを見繕って欲しいんですよ。母さんのがまだあったはずだから、お願いできますか?」
「え?か、かしこまりました………」
「ありがとうございます。麻痺らせてあるので、部屋まで運ぶのは手伝いますよ。僕腕持つので脚持ってください」
「こ、このッ、こんな事してただで済むと………きゃっ⁉︎おい、離せ─────‼︎」
グリアの必死の抵抗を無視して、僕はメイドと共にグリアを運び出した。
その後僕は自分の準備があったので、グリアのことはメイドに任せる。
着替えのため麻痺は解除したが、さすがに赤の他人に噛みつくことはしないだろうから、僕がいなくても大丈夫だろう。
着たくもない堅苦しいスーツに袖を通して、城の前でグリアを待つ。外は暗くなり始めており、聖誕祭のために彩られた街がよく映える。
それにしてもグリア遅いな。メイドさん曰く、少し服選びに時間がかかってるとのことだったけど。
寒いから早くして欲しいんだけどなぁ。
「待たせたな」
身を縮めて寒さに耐えていると、後ろからグリアの声がした。
ようやく終わったのか、準備に時間かけすぎだろ。
そう言おうと思って僕は振り向いた。
しかしその瞬間、僕は文句どころか言葉さえも失ってしまう。
グリアの美しさに目を奪われてしまったからだ。
「ど、どうだろうか?」
少しだけ自信なさげに尋ねるグリアが着ているのは、マーメイドタイプの赤いドレスだ。
オフショルダーとなっていて、肩から胸元にかけて艶のある肌が剥き出しになっている。さらには胸元やスカートには深いスリットが入っており、グリアの肉体美を極限まで高めて惜しげもなく見せつけるような格好だ。
長い金髪は後ろで束ねられていて、胸の膨らみの上から垂れている。
凛々しくも艶やかな姿に、僕は思わず見惚れてしまう。
僕の意識は全てグリアへと向けられて、身を斬るような寒さの代わりに興奮の熱が込み上げる。
「どうした?何を固まってる」
見とれていた僕を不審に思ったグリアが首を傾げる。声をかけられて僕は我に返る。
「あっ!いや………な、何でもない。それじゃあ行くか」
「あぁ、そうだな」
僕は高揚を隠すようにさっさと馬車に乗り込んだ。
これ以上のんびりしていてはパーティーに遅れてしまう。
僕とグリアを乗せた馬車はパーティー会場へと走っていった。
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