城を出た僕達は、馬車に揺られながら会場へと向かっている。
「ふわあぁぁ〜………眠い」
「おい、会場に着く前に寝るんじゃないぞ。服装が乱れる」
「そんな事言ったって、こんな夜遅くなんだし眠くもなるって」
「貴様が普段から徹夜をしているのが原因だ。パーティーの前夜くらいは体の調子を整えろ」
「生憎、仕事より趣味優先の人間なもので」
「まったく………主君がこんなでは、家臣達も苦労するな」
「あっそ。というか、さっきからソワソワしてるけど、どうかした?」
「あぁ………この格好が、少し落ち着かなくてな」
「サイズ窮屈?」
「そうではない。あまり体格が浮き彫りになるような格好をしたくないんだ」
グリアは自分の身体を見下ろし、飽々とした表情でため息をこぼす。
「こういうのは線の細い者が似合うだろう。筋肉がつき過ぎている私には似合わん」
たしかにグリアは周りの女性に比べて線が太く、体格がしっかりとしている。でも、だからといって似合わないということもないだろう。
「そんなことないって、よく似合ってると思うよ。綺麗じゃん」
女性的な起伏を残しつつ、程よく引き締まりしなやかな体格は、思わず見惚れるほどに美しい。
「ッ⁉︎き、綺麗って………お、お世辞などいらん!」
恥ずかしいことを言われたからか、顔を赤くしてグリアは伏せてしまう。
「いや、そんなつもりはないよ。お姫様って感じがしていいんじゃない?僕は好きなんだけど」
「ッ!………そ、そんな台詞を軽々しく言うな、馬鹿者」
俯いてぶつぶつ言っていたグリアは、話題を変えるように周りを見渡した。
「そ、そういえば、貴様護衛はいないのか?馬車もこの一台だけのようだが」
馬車の中にいるのは僕とグリアだけ。周りにも護衛の馬車はおらず、この一台のみで会場に向かっている。
「仰々しいのは嫌いなんだよ。万一襲われたら自分の身くらいは自分で守る、そのための発明品だしね」
「青白い貴様では、その発明品を使う前に首を刎ねられそうだがな」
「そしたらグリアの出番だよ。暴漢の十人や二十人や百人くらい余裕でしょ?」
「何故私が貴様を守らねばならん」
「まぁまぁ気にしない気にしない。というわけで、ほら」
僕はポケットから取り出したものをグリアに見せる。
「これは………髪飾りか?」
それは青い花があしらわれた髪飾りだ。
「貴様が装飾品を持ち歩いているとは驚きだな」
「僕の発明品の一つだよ。クリップのところに刃が仕込まれてるから、武器として使えるんだ。ちょっと失礼」
「お、おい、髪に触るな!」
抵抗するグリアの手を押さえて、僕は彼女の髪に髪飾りをつける。
「ほら、どうよ」
外が暗いため鏡となった馬車の窓を見て、グリアは顔を顰める。
「これは………私がつけるには、少し可愛すぎないか?」
「そうかな?僕は良いと思うけど」
絹のような艶のある金髪に青い花がよく映えている。ドレスともよく合ってるし。
「それあげるよ。ちゃんと持っててね」
髪飾りを触ったグリアが、僕を訝しむように真っ直ぐと見つめた。
「貴様………」
「ん?何?」
「………いや、何でもない」
グリアにしては珍しく、何かを言いかけたが途中でやめてしまった。それでも未練がましそうに僕をチラチラと見ている。
「それにしても、まだ会場に着かないのか?地理的に考えれば、そろそろ着いてもいい頃………」
なかなか到着しない事を不審に思ったグリアは、窓の外を見て様子を確認した。
その途端、グリアは驚愕に目を見開いた。
「お、おい‼︎貴様どういうつもりだ⁉︎」
「何が?」
「恍けるな!シャルディア王国に向かっているのではなかったのか⁉︎ここは………」
窓の外の景色に釘付けになったグリアは、ポツリと呟いた。
「レミー王国………」
どれだけ離れていようとも、故郷の景色はしっかりとグリアの脳裏に焼きついているようだ。
グリアが呆然と過ぎ去る景色を眺めると馬車が止まった。
「王子、着きましたよ」
「はい。ほらグリア、降りるよ」
「おい!説明を………」
「後でしてやるから、早く早く」
僕はグリアの手を掴んで馬車を降りた。御者の方を振り向き、懐に入れていた袋を渡す。
「今回はありがとうございました。こちら、約束通り」
「はい!またいつでもお声かけください!」
袋を受け取り元気よく笑うと、御者は馬車を走らせて去っていった。
「う〜ん!空気が美味しいな」
僕達が降りたのは森のすぐ近く。この時間には人通りも少なく、木々の揺れる音のみが聞こえる。
大きく伸びをする僕の隣で、グリアがギロッと睨みつけた。
「おい、何のつもりだ?何故私の故郷にいる?悪戯か私への当てつけか。どちらにしても限度があるぞ」
「そう怒るなよ。まさか、僕が本気でパーティーに行くと思ったの?」
「………貴様、御者を買収したな?」
「人聞きの悪い。聖誕祭まで働いてくれる素晴らしい方に
いやぁ、快諾してくれてよかったよかった。結構ポケットマネー削ったけど。
「ちゃんと出て行くフリさえすれば、父さんには怪しまれないからな。後は好き放題できる」
「自分勝手も大概にしろ‼︎私にこんな格好までさせておいて!」
「それはゴメン。グリアを外に連れ出せるって分かったから、急いで準備したの」
「どういうことだ?」
「見せたい物があるんだ。こっち来て」
僕は森の中へと入っていった。ここにいてもどうしようもないと思ったのか、グリアもついて来てくれる。
「この先は………」
「あぁ、ウチが奪ったおたくの遺跡。あの戦争の時、森の大半が焼かれたけど、あれから街と一緒に少しずつ復興してるんだ」
「そうか………」
相槌を打つグリアの表情は、何とも言えない微妙なものだった。
寒空の下、僕達は森の中を真っ直ぐ歩いて行く。段々と木々が少なくなり、先には遺跡の岩肌が見える。
そして遺跡が目前という所で、僕は立ち止まった。
「ほら、着いたよ」
グリアは顔を上げて、僕が示した先の景色に目を向ける。
「ッ⁉︎………こ、これは………ッ‼︎」
景色を目にした途端、グリアの動きが止まった。身体の力が抜けたように立ち尽くし、広がる景色に目を奪われる。
そこに広がっていたのは、辺り一面に咲き誇る花だ。赤や白、桃色の花が視界を埋め尽くす。
「…………あの、あの頃と、同じ………何故?」
様々な感情が入り混じり、グリアの声は震えていた。顔が紅潮し、身体が震える。
「地元の人に聞いたよ。遺跡の周りには広い花畑があって、毎年冬になると花を咲かせる。それを描いていた画家がいてね、その絵を元に再現してみたんだ」
「貴様が、やったのか………」
「いや、僕がやったのは計画と物資提供だけ。作業はほとんど地元の人達がしてくれた」
僕が計画を話すと、彼らは快く手伝ってくれた。おかげで今ではすっかり元通りだ。
「君を捕まえた騎士に聞いたんだ。あの日、君はこの先にある遺跡を守るように言われていた。でもそれは出来ずに、捕まってしまった」
「あぁ………私は、守れなかった」
「けど、地元の人たちの話だと、それよりも前に君はよくここに来ていた。遺跡が見つかるずっと前から」
「………」
グリアは言葉を発することもなく、ただ咲き乱れる花を目に焼き付けている。
僕は彼女の肩にそっと手を置いた。
「好きだったんでしょ、この景色が」
僕の言葉にグリアは目を伏せて、何かを堪えるように拳を握る。
「聖誕祭では、人に贈り物をする文化がある。僕からささやかなプレゼントだよ」
冬風に晒されているというのに、グリアの体温は少し高いように感じた。耐えられなくなったかのように息を吐く。
「………しろ」
「グリア?」
グリアは顔を上げると、肩に置かれた僕の手を叩いた。
「いい加減にしろ‼︎貴様は、何がしたいんだ⁉︎」
「グリア………」
「奴隷となった私を牢から出し、当たり前の生活をさせ、装備を贈ると言い、しまいにはこんなものまで見せて、何故私にそこまでする‼︎」
子供のように喚くグリアの目には、涙が浮かんでいた。
「私は言ったはずだ、いつか貴様を殺すと!それなのに………何故、貴様はそこまで優しくするんだ‼︎情けなんていらない!これ以上私の心を乱すな‼︎」
グリアは溜め込んだ言葉を全て吐き出した。僕はそれを全て受け止めて口を開く。
「優しくなんかない。ただの罪悪感だ」
「何………?」
僕は目の前に聳え立つ遺跡を見上げた。
「あの日、この国はウチの軍に奇襲された。何もない場所から突然湧いて出た軍勢に、この国は焼かれた」
「ッ⁉︎何故、あの場にいなかった貴様が、それを知っている………?」
「あれは転移装置と透明化装置を併用したことによるものだ。そして、それらの装置を作ったのは………僕なんだ」
「何、だと………」
静かに告げた真実を飲み込み、グリアは息を漏らした。僕と目を合わせて前へと踏み出す。
「つまり、貴様のせいで奇襲が行われた………国が焼かれた、ということか」
「………あぁ」
短く頷き返した瞬間、グリアが僕の方へと踏み込んできた。地面へと押し倒され、動きを抑えられてしまう。
「ぐっ!」
馬乗りになり僕を捕らえると、グリアは髪飾りを外した。仕込まれている刃を展開させて、僕の首元に突きつける。
一瞬の出来事で、抵抗することもできなかった。
「仰々しいのが嫌などとほざいて護衛をつけず、信用して私に武器を渡したのが、仇となったな。だが、いい武器だ。そこだけは褒めてやる」
刃を当てられて、僕の首から血が流れる。それでもグリアは髪飾りをしまうことはなかった。
「僕を、殺すのか?」
「無論。これで私は自由の身、あの戦争で死んでいった者達の無念も晴れるだろう」
「そうか………」
命乞いをすることはしなかった。ただ動かず、グリアと視線を交わす。
「さらばだ」
グリアは髪飾りを振り上げた。僕も抵抗せず目を閉じる。
ザクッ
髪飾りが突き刺さる音が響いた。
「………え?」
その音は自分の喉笛に突き刺さった音かと思った。しかし痛みは感じられず、音は真隣から聞こえた。
ゆっくりと目を開けると、僕の顔スレスレの地面に髪飾りが突き刺さっている。
目線を空へと向けると、グリアと目が合う。
「グリア………?」
「これまで揶揄われた分のお返しだ」
見返したように鼻を鳴らし、グリアは馬乗りになったまま僕を見つめる。
「本当に抵抗したいなら、私を麻痺させれば出来たはずだ。貴様は私に自分を殺させるつもりだった、だから護衛をつけずにこの髪飾りを渡したのだろう?」
どうやら、全てお見通しのようだ。隠し通せると思っていた自分が恥ずかしい。
「私とて上に立つ人間、人を見る目はある方だ。貴様が進んで戦争に加担しないことくらい、既に分かっている。話せ、真実を」
もう全てを話すしかないだろう。僕は落ち着けるように息を吐き話し出した。
「ウチの軍が使ってたのは、元々はこの国に密輸するためのものだったんだ。父さんの侵攻に対抗するために」
でも装置を作ってることが父さんにバレてしまい、それを渡すように命じられた。
もちろんそんなこと容認できるわけがない。すぐに断り、発明品を全て隠した。
しかし、父さんが放った密偵にその一部始終を見られて、装置を盗まれてしまったのだ。そしてそれに気がついた頃には、侵攻はもう始まっていた。
「だからせめてもの償いとして、捕虜になったグリアには、不自由無く暮らして欲しかった。そして大勢の人の命を奪った僕を殺すことで、恨みを晴らして前に進んで欲しかったんだ」
「そうか………」
「お節介だったかな?」
「あぁ、まったくだ………」
グリアは身体を倒して、僕に身を委ねた。彼女の心音が僕にも届く。
「私は騎士だ。私の使命は人のために戦うこと、個人のために人を殺すことではない。貴様の施しなど無くても、自分の手で使命を果たす。罪を感じているのなら、生きて償い続けろ」
「………だよな。ごめん」
きっとグリアなら、僕が何もしなくても自分の手で自由を手に入れていただろう。彼女は強い。
「だが、これまで貴様がしてくれた事には、素直に礼を言いたい。理由は何であれ、私は救われた。この贈り物にもな」
身体を起こしたグリアの姿が月明かりに照らされて輝いた。向かい合い優しく微笑む。
「ありがとう、最高の聖誕祭になった」
初めて向けてくれたグリアの笑顔は、僕達を取り囲む花にも負けないほど華やかで美しい。
「グリア………綺麗だ」
「なぁッ⁉︎い、今そんなことを言うな、きゃっ⁉︎」
顔を赤くして恥ずかしがるグリアを抱きしめると、彼女の肩に唇を触れさせた。
「あっ………よ、よさないか、こんな所で、んんっ!」
「………なぁ、いいか?」
僕の力の強さから、本気なことに気がついたのだろう。
真っ直ぐ見つめ合うと、グリアは折れたように目を逸らした。
「贈り物の礼だ………今日は、こんな私でよければ、求めてくれて構わない」
僕達の影は重なり合い、花畑へと沈んでいった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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