「お兄ちゃん、お風呂上がったよ」
「ん?あぁ」
リビングのソファーで寛いでいると、お風呂から上がった鶏児草が顔を覗かせる。
家事だったり課題だったりで、お風呂の順番はいつもバラバラだが、今日は僕が先に入った。
パジャマ姿の鶏児草は、タオルで髪を拭きながら、リビングの端に置いてあったドライヤーを手に取る。
それを目の端で捉えていた僕は、だらけていた体を起こして、何となく思いついたことを提案した。
「ドライヤー、やってやろうか?」
「えっ、お兄ちゃんが?」
「昔よくやってたじゃん。久しぶりにさ」
鶏児草が小学校低学年くらいの時までは、ねだられてよくやっていた気がする。
少しだけ考えた鶏児草が、首にかけていたタオルを差し出した。
「うん、お願い」
「んじゃ、おいで」
鶏児草を脚の間に座らせると、渡されたタオルでくしゃくしゃと髪を拭いてやる。
ある程度拭けたら、指先で頭を撫でるようにしながらドライヤーで乾かす。
サラサラになっていく髪は、何とも心地よい感触だ。やっていて楽しくなる。
そして一方、鶏児草はというと
「はぁ〜〜〜」
気持ち良さそうな顔してるなぁ。撫でられるのが好きなのは、昔と変わってない。
「痒いとこないか?」
「うん………」
声が若干溶けかけている。そんなに気持ち良さそうだと、こっちはこっちで嬉しいな。
髪が乾いたら、リビングに置いてあった櫛で軽くとかしてやる。
「ほい、これでどう?」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
乾いた髪を触って、笑みを浮かべる。
終わったから離れるかと思いきや、逆に鶏児草はこちらへと身体を傾けた。
「もうちょっと、このままでいい?」
「もちろん」
僕もそのつもりだったし。
鶏児草の腹に腕を回すと、後ろから優しく抱き締めた。
お風呂から出たばかりだからか、少しだけ体温が高く感じる。
心地よいのは鶏児草も同じようで、軽く喉を鳴らした。
「お兄ちゃん、明日って時間ある?」
「ん?まぁ、休みの日は基本的に暇。知ってるでしょ」
「それなら、家のお買い物付き合って欲しいな」
「いいよ」
他愛ない会話を弾ませながら、恋人を後ろから眺める。意外とあまり機会なかったし。
腕の中に収まりながらゆらゆら揺れることで、白い頸が黒髪で見え隠れしている。
さらに抱き締めることで、フワッと漂う鶏児草の匂いが、衝動を掻き立てた。
その香りに引き寄せられるように、後ろ髪をかき分けて頸に唇を触れさせる。
「ひゃっ⁉︎お、お兄ちゃん?」
「ごめん、つい」
謝りつつも、僕は首筋から顔を離さない。
一方で、鶏児草も嫌がる様子は見せなかった。
むしろ自身に回された僕の手を、指先でツーッと撫でる。輪郭を確かめるようになぞってから、手の甲を包み込んだ。
後ろからだと表情は見えないが、耳の先がほんのり赤い。
「ううん。びっくりしたけど………私ももっと欲しい、から、きゃっ⁉︎」
少し触れ合えれば満足だったのに、もうそれでは物足りなくなってしまった。
狭いソファーに押し倒すと、上から覆い被さる。
すぐさま唇を奪うと、パジャマのボタンに手をかけた。
「んぅ、ちゅっ………お、お風呂、出たばっかりなのに………」
「また後で入り直せばいいよ」
二つ目のボタンを外したところで、白い膨らみがチラリと覗いた。
昂る衝動を我慢出来ず、唇を落とす。
「んっ………そしたら、一緒に入ってくれる?」
「あぁ」
この後の予定をしっかり決めてから、お互い着たばかりのパジャマがソファーの下に落ちていく。
「それじゃあ………ずっと二人で、あぁッ!」
鶏児草が最後まで言い終わる前に、僕達の肌がピタリと重なった。
「ッ⁉︎」
目を覚ました僕は、部屋の明かりが眩しくて、すぐに目を細めた。
明かりから逃げるように気怠い体を捻り、ベッドにうつ伏せになる。
お昼ご飯を食べて、ベッドでスマホを見てるうちに、いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。
眩しさに頭が慣れてくると、さっきまで見てた夢がじわじわと自動的に思い起こされる。
あぁ………何やってるんだか。
というか、仮にも妹相手にこんな夢見るとは。
いや、今日だけじゃない。一人で暮らして、ふとした時にいつも考えてしまう。
この後大丈夫かな………
「はぁ………」
ピピピッ!
大きなため息を吐くと、枕元に置いてあったスマホが鳴り響いた。
「えっ?あっ、時間か」
ハッとしてアラームを消すと、慌てて着替えた。必要最低限の物だけ持って、部屋を飛び出す。
もう少し余裕を持って出ていく予定だったのに、こりゃギリギリになりそうだ。
予想通り、駅に着くと同時にポケットに入れていたスマホが震えた。
『そろそろ着くよ』
短いメッセージを確認すると、改札の手前で今か今かと待ち構える。
さっきまでのこともあって、少し緊張するな。
数人の人が通り過ぎていく中、彼女は僕を見つけて手を振った。
「あっ、お兄ちゃん」
決して大きな声ではなかったけど、この人混みの中でもはっきりと伝わった。
顔を上げると、早足で改札を抜けてやって来る。
白いワンピースとヒールサンダルを身にまとい、長い髪を揺らす彼女に、自分の中で湧き上がる高揚感を感じた。
「お待たせ、久しぶりだね」
「あぁ、久しぶり鶏児草」
見た目は変わっても、中身は相変わらずのようだ。
三月のお別れの時、僕達は夏休みに会おうと約束した。
そして約束通り鶏児草は来てくれた。叔母さん達には、僕の様子を見てくるという理由で通したらしい。
「髪伸びた?」
「うん、最近伸ばしてるの。変じゃないかな?」
「そんなことないよ、似合ってる。大人っぽくなったな」
「そ、そう?よかったぁ」
不安だったのか、鶏児草は安堵の息を吐く。
少しだけ成長した姿にドキッとはしたものの、何とか自然に話せて、僕は僕で安堵した。
それにしても………
「何かやけに大荷物だな。一つ持つよ」
「あっ、ありがとう」
泊まるからスーツケースはいいとして、追加で肩にかけてる大きめのボストンバッグは何なのか。
とりあえずそっちのバッグを持ってあげる。
さて、こんな人混みの中にいたんじゃ、話したいことも話しにくい。
僕達は駅を出ると、大通りを外れて小道を進んでいく。
人気が減るにつれて喧騒も止み、二人だけの空間となる。
「というかウチに来るとはいえ、二泊三日の外泊とかよくサラッと許可されたな。叔母さん達は、何も言ってなかった?」
「うーん、特には。むしろ偏った食事してないかとか心配だから、ちゃんと見てきてあげてって。その荷物も、いくつかお兄ちゃん用のレトルト食品とか入ってるよ」
「大きなお世話だって」
何かゴツゴツした荷物だと思ったら、そういうことか。
変に怪しまれるよりかは数倍マシだが、そこまで心配されるほど子供じゃないつもりなんだけどな。
「実際、大学はどうなの?」
「特に可もなく不可もなく。のんびり過ごしてるよ。そっちは?」
「クラスの人達とも仲良くなれて、結構慣れてきたよ。勉強も難しくなってきたけど、頑張って何とかやれてる」
「そっか」
高校は中学の時に比べて、人間関係の変化が激しい。人見知りな鶏児草が上手くやっていけるか心配だったが、とりあえず大丈夫かな。
「もう進路考えろとか言われてるでしょ?何か決まってるの?」
「それは………一つだけ、決めてる」
「おっ、何?」
身内とはいえ、進路のことは話しにくいのか、言葉尻が段々と小さくなっていく。
少しだけ俯いてから、僕だけに聞こえる声で呟く。
「お、お兄ちゃんと同じ大学に行きたい、かな」
「あぁ………」
その言葉から、いや鶏児草の伏せた目を見れば、その意図はすぐに分かった。
もちろん、今の時代離れてるからって関係が絶たれるわけじゃない。連絡先だって交換してるし、いつでも電話できる。
それでもやっぱり、会えないのは寂しいものだ。だからこそ夢まで見る。
きっと鶏児草も同じだろう。
「ウチ結構面白い先生多いし、いいと思うよ。叔母さん達も一人暮らしさせるよりは安心するだろうし、楽しみにしてる」
いつも薄ぼんやりと感じていたことでも、こうして話せば、改めて一人にさせてしまっているんだと痛感する。
寂しい想いをさせてしまっていることは申し訳ないと思う一方で、自分と同じ気持ちなのは、安心というか嬉しい。
「鶏児草。手、いいかな?」
「えっ?」
「その方が、ちゃんと会えたって気がするじゃん」
どんな顔して言えばいいか思い出せず、その分真っ直ぐ伝わるように手を差し出す。
離れてたって声は聞けるし、顔は見れる。でも触れ合うことは、会わなくちゃ出来ない。
だから、鶏児草と触れ合いたい。こうして会えたことを実感するために。
その意図は伝わってくれたようだ。
「うん」
鶏児草は小さくもしっかり頷くと、僕の手を握った。
指を絡めて隣り合うと、少しだけ下がり気味だった口角が上がる。
実家やその周りだと、周囲の目を気にしなければならなかったが、ここでは僕達の関係を知る人はいない。
だから、外で堂々と手を繋ぐことだって出来る。
数ヶ月ぶりに感じられた、鶏児草の手の感触。変わらぬ柔らかさと体温で安心する。
「ねぇ、お兄ちゃん。それなら、さ………私からもいい?」
「ん?」
首を傾げると、鶏児草は半歩こちらに寄った。
ただでさえ隣り合っているのに、さらに距離を縮めると、握った手はそのままに腕に抱きつく。
ふにっと布越しに感じる感触に、心臓が跳ね上がる。
「よ、鶏児草?」
「お兄ちゃんと会えたって、もっと実感したいな」
積極さは寂しさの裏返しなのか。手を握る力が、少しだけ強まった。
鶏児草の顔がほんのり赤く染まったのも、繋いだ手が汗ばんだのも。きっと暑さだけじゃないはずだ。
抑えようと思っていたものの蓋が、あっという間に緩んでいく。
「いい、かな?」
「………コンビニ、寄るか。買うもの思い出した」
「うん」
何を買うかを聞いてくることはなく、進路を変更する。
斜め向かいにあったコンビニで必要なものを買った僕達は、真っ直ぐ家へと向かった。
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