ニェンの尻尾がたしたしとエンカクの腹に当たっていた。水を撒き散らすホースのように暴れ、脈動するそれは、しっとりと巻きついてくる
「そんなに気に入ったのか?」
返事は無い。ニェンは娼婦のような、理性が欠落した嬌声を喉から振り絞るのが精一杯で声は声にならず部屋の空気に溶ける。四つん這いになって突かれるがままのニェンの腰に手を回し、腹を撫で、皮膚から伝わる熱が普段より更に熱くなっているように感じながら、エンカクは乱れるニェンを見下ろしていた。
ニェンとエンカクが交わる時はいつも正常位でだった。どちらが決めた訳でもないが、絡まれる手足、すりよってくる尻尾、それに堪能するように伏されたり睨め付けて煽ってくる瞳が、超然としたニェンが自分と同じ所まで降りてきているようでエンカクは密かに気に入っていた。
だというのに。この前初めて後背位で交わった時のニェンの様子は明らかにいつもと違っていた。食堂で話す時の騒がしい声ともいつものベッドの上での静かな声とも違う、まさに喘ぐような声を上げ、暑さに悶える犬のように口を開けて浅い呼吸を繰り返す姿はまるで獣にまで堕ちた様で。しかしそんなニェンの様子にエンカクが幻滅したかといえばそんな事は無かった。彼女らしくないとは思ったものの、余裕を無くして乱れるニェンが己の情欲を沸きあがらせるのをエンカクは自覚していた。
そして今、ニェンの口からまた一段と高い声があがった。
「あっ、ぁぁぁ!」
ニェンが絶頂したのだ。中がよりきつく締まると共に、尻尾が曲線を象って空中で形を止める。僅かに痙攣させながら、ニェンが首だけで振り向いた。片方だけ見える瞳は潤んで、懇願している様がありありと見てとれた。
「なぁっ……もう……!」
「焦るな」
エンカクもまた、ニェンの中で限界を迎えた。熱を感じながらエンカクは吐精し、ニェンは四十度にも満たない筈の他者の体液に確かな熱を感じながら再び絶頂した。変になりそうだった。もう四つん這いでいる事さえできず、ニェンは膝だけ立てたままぐったりと倒れ伏した。未だ己の中に入ったままのそれが、ゆっくりと脈打つごとに感じるのは、下腹部への熱い痺れ。段々と強くなっていくそれと同時に湧き上がるのは、底の見えない崖の際まで一歩ずつ歩いていくような得も言えない畏怖。
ニェンは碌に力も入らない身体で這々と逃げようした。だがエンカクが放さなかった。尻尾を掴んでそのまま自分へと寄せる。一瞬だけ浅くなって、再び深く入っていく。結合部からトロリと白濁液がこぼれた。ニェンとエンカクの2人の体液が混ざった名前のない混合物。それがシーツに垂れ落ちるより早く、ニェンは再び嬌声をあげた。
「はっ、ああぁっ」
一度精を吐き出したにも関わらず、それは依然怒張したままニェンの奥をえぐる。逃さぬようにとエンカクがニェンの上にのしかかった。密着したニェンの背中とのたうつ尻尾から尋常でない熱を感じる。やはりいつもより度を越して熱いなと思いながら、再び腰を動かし始めた。グチュグチュと2人の体液がかき混ざられる音を掻き消すようにニェンの張り詰めた声が上がる。
「ぁ、ぁ、ぁ」
もはや泣き出しそうな声であったが、エンカクは左手で尻尾を掴んだまま右手をニェンの頭へと伸ばした。さらりとした白い髪を指に流しながら、角の付け根にたどり着いた。紅い角。尋常でない体温の癖に角だけは場違いにひんやりとしている。そのまま後頭部に顔を埋めた。ニェンの匂いがする。夏の花のような匂い。鉄と油に塗れていそうな生活をしている癖に、これもまた場違いな匂いだ。だのに、場違いであり違和感であるはずの二つから離れることができない。そんな自分をエンカクは他人事のように考えていた。
エンカクはサルカズだ。角を持ち、他の多くの先民よりも長い時を過ごし、そのほとんどを鉄と血に塗れて生きてきた。その生き方を悔やんだことや疑問に思ったことなど一度もない。むしろ命が尽きゆく過程に美さえ見出す性だ。己が最も歩むべき道を歩んできたと今でも考えている。
だというのに。命を斬り合う仲でもなく花を育てる仲でもなく、なのになぜかニェンといる。こうして互いを求めている姿は一介の男と女の様で。
そんな思考に沈んでいたエンカクを微かな血の匂いが現実に引き戻した。ニェンの首筋には赤い跡が滲み、口の中には鉄の味。知らぬ間にうなじに噛みついて、そのまま皮膚を傷つけるまで離さなかったらしい。
「ぅ、ぅぅ」
無理をさせたかと思った。だが当のニェンは痛がるどころか、動きが止まったエンカクに代わり尻をカクカクと動かしていた。心配など全くの無用だった。ニェンの白い尻尾を撫で上げ、うなじに残る血の筋を舐めとり、腰を強く打ち込んだ。今度上がったのは張り裂けそうな声ではなく、泣きそうでもなく、寂しそうでもなく、とろけてゆく様な甘い声。誤魔化しようのないニェンの満足がそこに漏れていた。
「物好きだな」
俺も、お前も。
その一言は言わず、夜が明けるまで二人は互いを貪り合った。今までに無いほどの長い夜だった。