エンカクの二つ名は二次創作要素なのであしからず
時系列は前話の数日後になります
傭兵稼業をしていれば幽霊に出会うことはままある。もちろんスピリチュアルな話じゃなく、くたばったと思っていた奴との再会ってやつだ。そんな幽霊とバッタリ再会して酒を飲み交わしてるうちに「そういや死んだと思ってたアイツなんだがこの前の戦場で出会ったぜ。今度こそ死人になったがな」なんて会話が出てくることもある。
しかし、確かにあるとは言ったが、まさかこんな所で幽霊に出くわすとは。奇妙な縁で訪れたロドス・アイランドだったが、さらに奇妙な縁に繋がっていたらしい。かの“血塗れ”だ。カズデルの
「なぁ、食ってみろって!今回のはいつものとは一味も二味も違うんだよ」
「一味も二味もない。どうせ馬鹿みたいに辛いだけだろうが」
――今、食堂で女とじゃれあっていた。食え、いらん、の問答が繰り返され、その様を周りの人間も生暖かい目で見ている。やれやれまたか、大変そうだな、という風に。
あの“血塗れ”が、衆人環視の下で女とじゃれあってるだと?周りのお前ら分かってるのか?相手はあの“血塗れ”だぞ?
「何度お前の劇物を食わされたと思ってるんだ。いい加減他をあたれ。執務室に篭りっきりの奴にでも食わせてこい」
「ちぇっ、つれねぇなぁ」
いよいよマジに幽霊と出会っちまったか?
そんな事を考えて突っ立っていた私の側をじゃれあっていた女が鍋を持って席を立っていった。私とすれ違おうとするその女は……その姿は……いやに情報量が多い。まず大層な美人だ。手ずから作った料理を食べてもらえなかった事が不満なのか口を尖らせているが、それでも翳らない美貌。種族を判然とさせない紅い角と白い尾は秘境に住まう希少な動物のようで、どこかの金持ちに飼われていると言われてもしっくりくる。
それに扇情的な格好。コートこそ羽織っているもののその下はほとんど裸だ。隠す所は隠しているが、締まった身体と艶っぽい肌が惜しげもなく開かれている。肌の無い所に目をやれという方が難しい。
そして鍋に入ったグツグツの中身。毒々しすらある真っ赤なそれは、なんなのだ。なんなんのだそれは、なんなんだ。祝事で出そうものなら半分の人間は口をつけず、気を遣って口をつけたもう半分は余さず全滅しそうな、そんな赤だ。紅でもいれたのか?……いやッ違うッ!この刺激臭は本物だッ!この距離でこの臭いか!?
「エンッ!」
思わず上げた声と待避行動は無礼かとも思ったが、女は気にせず去っていった。見ていれば周りの人間も近づかれる前にそそくさと進路を離れていたり、接近に気付けなかった者は私と同様に声を上げて飛び退いていた。
「お前、カタリナか?」
そう声をかけられたのは断続的に聞こえてくる「エンッ」「エンッ」が遠くなっていた頃合いで、私はようやく幽霊の事を思い出した。
テーブルの男を見やれば、やはり記憶の通りの“血塗れ”が私を見上げていた。マジの幽霊と思ったのは間違いで、やはり本人らしい。
「“血塗れ”に覚えてもらえていたとは光栄だな。テーブルいいか?」
「好きにしろ。だがここではエンカクと呼べ」
「エンカク、か。まさか生きてたとはな。ここには治療目的でいるのか?」
「そう思うか?」
「無いだろな、言ってみただけだ」
“血塗れ”改めエンカク。魚団子のスープをすすりながらする会話から見える彼の顔は、やはり私が知るものだ。この会社は製薬会社だてらに大層な戦力を抱えるかなりの武闘派だ。戦いを求めて流れ着く場所としては、一応妥当と言えよう。
腑抜けた訳ではなかったか。
「お前はどうなんだ。オペレーターになりに来たのか」
「いや、行きずりで滞在してるだけだ。しばらくすれば出て行くさ。あんたこそカズデルの戦場に戻らないのか?あんたが生きてると知れば驚く奴は大勢いるぞ」
「ここも戦場には困らないからな。それに、ロドスには残るだけの価値がある」
「……そうか」
飯はなかなかに美味かった。私が食い終わる頃にエンカクはここの工房とやらを紹介してくれた。
「時間もある事だ、お前の武器もここで見て貰えばいい」
「折角だ、寄ってみるよ。エンカクも寄るか?」
「俺は温室に用がある」
「はっ?オンシツ?」
話は終わりだと言わんばかりにトレーを持って立ったエンカクは、そのまま行ってしまった。
オンシツって、温室だよな。女子供が花を育てるイメージしかないが、エンカクはそこに混ざって花々を愛でているのか、それとも野菜でも育てているのか。いずれにせよ、カズデルにいた“血塗れ”の姿ではない。
「ロドスに残る価値、か」
私はしばらくテーブルに座ったままでいた。あの真っ赤な鍋の刺激臭が少しだけ残っている気がした。
◇ ◆ ◇
あれは何年前のことだったろうか。初めて戦場で“血塗れ”を見た。私も一端の刀術師の傭兵として名が通りはじめた時の事だった。
傭兵らが刀術師という戦い方を選ぶメリットはもっぱら手札を増やす為だ。多い手札があればリスクが低い戦術を選べる。だのに“血塗れ”は違った。圧倒的な破壊力を持つアーツでもなく、技巧に優れたアーツを扱う訳でもない。彼が取った選択は己をより鋭い一振りにする事だった。敵味方の血を浴びながらも前線で剣を振るい続けるその姿はともすれば死にたがりであったが、歴戦の傭兵ほど彼をそのように見たりはしなかった。
死の嵐の中で舞踏する在り方に、私はその他大勢と同じく畏れを抱いた。
◇ ◆ ◇
「これってカタリナさんのアーツで作られたもので間違いないんですよね」
「あぁ。柄は鋼だけど、そこから先の刃は正真正銘アーツ製だよ。四本ともな」
エンカクの勧めのままに寄った工房では私の剣の周りに人が集まってはあーでもないこーでもないと睨めっこしていた。ロドスに入艦する際にチェックは受けたから処罰を受けるような面倒事ではないだろうが、この人間達からは武器オタクの臭いがする。これはこれで面倒だ。
「パッと見金属」「にしては軽い」「アルミ合金かね」「でも刀身で?」
「アーツ応答あるじゃねぇか!」「剣なのにか」
「分析ではケイ素が主成分で他にアルミ、コバルト、クロム、様々な元素が混じってますね」「ほな元素の操作系やろ」「でも自立してるんですよね」「ほな操作系と違うか」
「いっちょ折ってみるか」「ちょっと、預かり物ですよ!?」
「おい、私としては剣の様子だけ見てもらうつもりだったんだが」
声を上げた私に一斉に目が向いた。工房の職人から研究者のような奴まで、集まっている奴らは様々だったがその目は一様におもちゃを取り上げられるのを拒む子どもの目をしている。その内の一人が私の声を聞いてか聞かずか声を上げた。そいつは私の戦闘スタイルを言い当ててみせた。
「カタリナさんはこの剣を操って戦うんで間違いないですか?こう、手を触れずして振るうように」
「分かるのか」
「これはアーツユニットと言うよりもアーツの対象っぽいですからね、ある程度の検討はつきました」
「なるほどね」
褒美代わりと言ってはなんだが、預けていた四本の内の一つを中に浮かせてみせた。掌を翳すと緩やかな軌道を描いて私の手に収まる。
「もう少し調べさせてもらえませんか?それは私たちにとっても興味深いものです」
「報酬は?」
「あなたのアーツがより強力になります」
剣を手にした私を前にして、学者風の男は堂々と啖呵を切ってみせた。部屋の照明を反射して鈍く光る剣を前にして怯えるどころか、彼の信念が部屋中の者どもへ伝播するように空気が変わる。ただの見栄ではなく、彼らの誇りを掛けた一言だった。
「気に入った」
それから数日。結果として職人らの誇りをかけた数日間の研究の成果は見事私のアーツを強力なものにし、私の刀術師としてのレベルは数段と上がる事になった。私が数年がかりで掴むであろう極意を彼らはたった数日で示してみせたのだ。
◇ ◆ ◇
彼と実際に話したことは両手で数え切れるほどしかなかった。彼が話しているのを見るのはもっぱら私の隊長との会話を側で聞いているだけで、ましてや私から話しかけた事なんて、ほんの一度か二度だ。限られた彼との会話の中で一番強く覚えているのは、サルカズ達の
戦闘がひと段落し、野営地で
「いい剣だな」
血の匂いも落とさぬままに最前線から戻って来た“血濡れ”に声をかけられた私は、彼が敵ではないと分かっていたのに身体が反射的に竦んだのを覚えている。私から少し離れた場所に腰を下ろした彼へにべもなく「自慢の剣さ」と返して、私はアーツの発動を続けた。
しばらくして、私はかねてから彼に聞いてみたかった事を尋ねた。
「あんたは、どうしてここにいるんだ」
剣を見ていた彼がこちらに視線を向けたのを感じながら私は続けた。
「利口な傭兵ならみんな向こうについている。こっちにいるのは戦局も読めないでなし崩し的に加勢した馬鹿か、こっちで戦うことに正義を置いてる人だけだ。私の隊長を含めて、隊長をやる程の人たちはみんな正義でここにいる。あんたを除いて」
意図せずして侮辱ともとれる言葉を並べてしまった私に、彼はただその冷たい目を向けていた。失言だったと思い撤回しようとした矢先に彼は意外にも話してくれた。
「どちらも同じだからだ」
「え?」
「どちらに
「私は隊長に続くだけだ。あの人が斃れるその時まで」
やがてアーツが剣の修復を終え、先に立ち上がったのは彼のほうだった。
「叶うならお前とも死合ってみたいものだな」
彼は去っていった。相変わらず冷たいままの目だったが、その奥には燻ぶる炎があった。
彼がこの戦争で味方に刃を向けたことは無かった。それは彼が味方を惰弱な戦士だとみなしていたからでもなければ、仲間意識という薄弱なものに絆された訳でもなく、ただ彼が戦いに臨んでいる私たちに敬意を払ってくれていたからだと隊長は私に話していた。
◇ ◆ ◇
「あら?ここに用かしら」
温室と聞いていたそこはプランターが所狭しと並び、差し込む陽光による暖気で包まれた花々が瑞々しく咲いていた。庭園と呼ぶには雑多としているが、それでも植物を大切にする為の環境が丁寧に用意されている様は職人技と言う他あるまい。
「ちょっと人探しを。エンカクはいるか?」
「えぇ、いるわよ。……多分すぐ出てくるわ」
ミノスの女性がやや困り気味な笑顔を浮かべながら視線を向けた先にはビニールで区分けされた領域があった。その側にある空調設備に表示されている内部の室温から察するに低温に適した植物を育てている区画だろう。その温度計の電子表示がピ、ピと温度の上昇を示した。さらにもう一度音が鳴り、二つの人影がビニール室から現れた。
「なぁんで追い出すんだよ」
「見ろ、お前が入っただけで室温が上がった。中のものを丸ごとダメにするつもりか」
「あぁん?別に変わりゃしねぇだろ。そんなので花が枯れるかよ」
「お前の尺度で物を見るのは止めろ」
一人はエンカク。しかしその格好は一瞬我が目を疑った。土除けの黒いエプロンに、土がついたままの手袋。今まさに土いじりをしていた格好だった。
そんな彼が腕を引いて来たのは私より少し背が低い女。その姿には見覚えがあった。紅い角に白い尾。先日の食堂でエンカクの隣にいた真っ赤な鍋の女だ。
「様になってるな」
「カタリナか、俺に用か」
私に声をかけられてエンカクは私がここにいる事に気が付いたようだった。後にしろ、と女の肩を手の甲で軽くはたいてこちらに向き直る。もっとも女は後にしてもらう気はないようでその側を離れずにいた。
土いじりの格好も女にじゃれつかれる姿も、刀術師のサルカズには全く似合っていなかった。
「ロドスを発つ算段がついたから挨拶に来ただけだ」
「カズデルに戻るのか?」
「ああ。放り出したものもあったけど、やっぱり戻ることにしたよ」
「そうか」
彼の言葉にさりとて感慨は含まれていない。もちろん私に対する何かを求めていた訳ではなかったが、彼がカズデルに向かうと言えば確かめられた事があったのは事実だ。それは、彼は本当に死地を求めているのかどうかという事。
「あの時、最後に隊長が言った言葉を覚えているか?」
私の言葉に、今度は驚いた反応をしてみせた。きっと私の口から出てくるとは思っていなかったのだろう。
「あぁ」
「私と死合わないか」
私はどうしても、ロドスにいる彼の本性を知りたかったのだ。
◇ ◆ ◇
土の中に潜んでいた敵の奇襲に対応できたのは、敵のアーツによる場の揺らぎを知覚できたからだった。
吹き飛ぶ土塊に、土中から飛び出す刃。事前に察知できたと言っても、私が伏兵から難を逃れたのは幸運によるものが大きかった。事実、奇襲を受けた二部隊の中には私より優れていながら斃された者もいた。私のいた部隊は二名の被害を出したが、彼の部隊の被害は甚大だった。
「“血塗れ”ェ、どうすんだ。お前ェそんだけで城に突っ込む気ィか」
「かと言ってお前の部隊から調達する訳にもいかないだろう」
隊長の心配は当然だったが、“血塗れ”の主張もまた道理だった。元から“血塗れ”の部隊に任されていたのは少数での城への吶喊ではあったが、数人だけ残された彼の部隊で果たして可能なのか。しかし私達にもやるべき事がある。ここの誰もが分かっていた。
「もしよォ、お前ェさんが生きて帰ってきたら死合ってやるぜェ」
「ほぉ?二言はないだろうな」
「俺の部下がなァ」
“血塗れ”はチラリと私の方を見た後に薄く笑い、「楽しみにしておこう」と言ってから部隊を引き連れて城へと向かっていった。それが“血塗れ”を見た最後だった。
続きます