エンカクが手配したのは無骨な訓練場だった。余計な遮蔽物や勾配はなく、いかに最短で相手を殺せるかを競いたがっているようだ。そこにいるのは私とエンカク、それに死合いを申し込んだ場にいたミノスの女性と例の女。ミノスの女性は不安げな顔で医療用アーツロッドを手にしており、いざという時の治療役だと思わせた。だがもう一人の女は白い尾をゆらゆらと揺らしながら私たちの方を見ており、決闘の物見遊山に来ただけのようだった。
エンカクの装備はかつて見たのと同じ、腰に差した刀に背中に背負った大剣。かくいう私は腰と背にそれぞれ二振りの剣を差している。
ここに着いた時から、もう言葉はいらない。始めを告げる代わりに発動したアーツによる場の揺らぎをエンカクも感じ取った。
腰の剣を右手で抜けば、触れていないもう一振りも動きをトレースするように一人でに動いた。両手で構えた剣のすぐ側に宙に浮いて並ぶ。私の動きをなぞって振われる剣、優れた剣士ならばそこにもう一人の私を幻視する。筋力によって振るう一振りとアーツによって動く剣を合わせた二振りは剣撃の威力を倍増させるだけでなく、二人分の殺気が刹那の斬り合いで相手を惑わす。
さらにこれだけで終わらない。背中に差していた二振りの剣も浮かびあがり、私とやや距離を取って滞空した。こちらはやや無機質な機動で動き回るが故にパワーはないが、同時に殺気も放たない為に奇襲性が高い。
私と対峙するという事は倍の破壊力を持つ剣士を相手にしながら、隙を狙って自由自在に飛びかう二振りの剣を捌くという事。私に追随する《地剣》と飛びかう《空剣》。それが私の殺法。
対したエンカクは納めたままの二刀の柄にそれぞれ手を添える。薄く笑みを浮かべているのは、今この時を楽しんでいるからだろう。この、死合いを。
そのままエンカクはこちらへと歩きはじめた。ゆったりとした歩みに隙はなく、それでいて彼我の距離は近づいていく。間合いはエンカクの方が広い。引き伸ばされていく時間感覚の中で、エンカクは私を間合いに入れた。
しかしまだ抜かない。もう一歩。まだ。もう一歩。まだだ。命に届く駆け引きの緊張の中、アーツで浮く《空剣》が僅かに揺らいだ。瞬間エンカクが踏み込む。
来た!
迎え撃たんと横薙ぎに払った剣をエンカクは一歩分踏み止まる事で躱して見せた。エンカクを切り捨てんとすべく、左右から狙った二振りの《空剣》は抜刀された二刀とかちあい止められた。出力よりも器用さを重視して操作する《空剣》がエンカクとの押し合いに勝てる道理はない。エンカクは両方ともを弾き飛ばし、そのまま刀を私へと振るう。最短経路をなぞる逆袈裟を今度は私が《地剣》と併せて受けた。《地剣》のパワーはその射程距離を限定し、動きの自由度を下げる事で《空剣》とは比べ物にならない。
不利を悟っていたかエンカクは押し合いにのらず流すように捌き、すかさず前蹴りを叩き込んできた。腕で受けて腹への直撃は避けたが、体勢を崩すのは避けられなかった。しかしここで距離を詰めてくるエンカクに何も出来ない私ではない。《地剣》の操作系統を《空剣》へと即座に切り替えてエンカクに飛ばす。ノーモーションで放たれた刺突をエンカクは大剣で受け、そこに弾き飛ばされていた二振りの《空剣》が戦線へと復帰しエンカクへと猛攻をかける。受け、躱し、捌く。三振りの《空剣》を持ってしても服を掠めるのみで対処し続ける技術は天晴れだ。しかし《空剣》の相手に気を取られて何人もの戦士が刀術師・カタリナの前に斃れてきたのだ。
《地剣》を伴わないただ私だけの剣がエンカクを斬りつけた。それは一撃とは言えない浅い傷だったが確かにエンカクの脇腹をなぞり、流れ出た赤い血液が一つの筋を作った。
一振りの《空剣》の操作系統を戻し、再び二振りの《空剣》と《地剣》を構えた私へエンカクは口角を上げた。
その顔だ。その顔は私がかつて見た、“血塗れ”の顔に他ならない。
幾度の打ち合いの中で赫く灼かれたエンカクの刀は彼のボルテージの上昇を示している。
ここからだ。
エンカクの踏み込みはさっきとは打って変わりフェイントを捨て去った爆発的なもの。アーツによって火を噴きながら刀が私へと迫り、目にも止まらぬ速度で三度打ち合った。《地剣》へのアーツによる加速を加えなければ到底防ぎきれていなかった猛攻は《空剣》を挟み込む余地など無い。更にここで決めるつもりか、エンカクの大剣にも火が灯った。
唸る剛剣。割り込もうとした《空剣》さえも巻き込んで起きた炎の嵐は《地剣》ごと私が握る剣さえも叩き飛ばした。しかし吹き荒ぶ炎がエンカクの視覚さえも塞ぐ。つまり、死地に見出した好機であった。
だがそれはエンカクが撒いた餌だ。炎の向こうでエンカクは後の先をとるつもりだ。殺気のない《空剣》が来れば捌き、殺気を伴う《地剣》が来ればその主たる私を斬り捨てるカウンターの態勢。
しかしここを逃せば流れは私にこないだろう。これ以上に加速する彼と打ち合ってはいけない。
私は覚悟を決めて飛び込む。
炎が巻き上がってから時間にすればものの数秒。エンカクは私の殺気を感じ取り、背後へと刀を薙いだ。上段の構えに対し、無防備である首目掛けて真一文字に振り抜く。しかし、空振り。そこには上段に振り上げられた剣があるのみで、剣の担い手はいない。
これこそ私が獲得した奥義。《空剣》の射程距離を保ちながら《地剣》よりも精密に私の剣技を模倣させる。結果として、敵は殺気を放つ剣士の虚像をそこに視る。優れた戦士であるほど鋭敏な知覚機能により引っかかる罠。その名を《幽士》とつけた。
実体を持たない《幽士》は剣そのものにしか攻撃を受けない。幾度も《空剣》を処理してみせたように剣を狙えばよかったものを殺気を読んだばかりにエンカクは手を間違えたのだ。
《幽士》の殺気を本物の私と違え、背後に刀を振り抜いたエンカクは私に背を見せていた。私は既に《空剣》を掴みとり、両の手に握っている。
今度こそ、お終いだ。
上段に構えた剣を、《幽士》と共に振り下ろした。
想像した手応えはなかった。かといって斬られた感覚も無かった。
しかし、音が響いていた。まるで鈴のような澄み切った高音が振り下ろしたはずの私の剣と《幽士》の剣から鳴っていた。いや、剣からではなくそれに触れている小さな盾から鳴っていた。鈴のような音色を奏でる小さな盾は剣を止めていた。
私の困惑を他所にエンカクは目線を私から逸らさずにあの女へと声を荒げた。
「なんのつもりだ」
「小僧、そんぐらいで満足しとけ。ここで本当に
そこで気づいた。止められているのは私だけではなくエンカクも同様だった。背中を見せていた筈のエンカクの構えは完全にこちらを捉えていた。もしその大剣が振われていていれば、刃に斃れていたのはどちらだったろう。
しかしそれ以上に困惑させるのは、今もなお私たちの剣を止める金色の盾にアーツ反応がない事だった。故にどちらも気が付かなかったのだ。だが、だとしたらこれは一体どんな手品なのだ?
「坊主から頼まれてんだよ、
エンカクは短く舌打ちをしてから、やがて刀を納めた。
「水を差されたな」
そう呟く顔に安堵など一欠片も無い。言葉に嘘偽りはなく、エンカクが心底死合いを望んでいた事が分かった。
だけど、それなら。
「どうして、あんたはロドスに残るんだ」
来ればいいと思った。かつて望んだように、戦場へ征けばいい。
尋ねるつもりもなかった言葉。だが押し寄せる津波を止める事はできなかった。
「カズデルなら、戦場ならそんなしがらみは無いだろう。あんたが死合いを望んで相手が応えたなら妨げる奴なんていない。そんなにここがいいのか。どうしてカズデルに戻らないんだ。あの戦争はまだ終わっちゃいないよ。多くの戦士が死んだ。隊長も死んだ。それでもまだあそこでは続いてるんだよ。あんたは忘れたのか?サルカズの戦争を!」
それは私が“血塗れ”に想い、エンカクに見出したかったものだった。
私が抱いた畏れは正しかったと知りたかった。
私たちに向けてくれた敬意が本当だったと知りたかった。
私が見た“血塗れ”はまだ生きているのだと知りたかった。
「終わってなんかないさ、俺にとってもな」
話し始めたエンカクの口調に諭すような優しさは無かった。ただ己を語るだけの迷いの無い真っ直ぐな言葉だった。
「あの戦場も、あの戦争を穢した裏切り者も忘れていない。だがここにいるんだ。あの戦争で姿を見せた男が」
「男……」
「そいつは記憶喪失になっているがな、全てを暴くまでは俺はカズデルには戻らない」
その時のエンカクの目をきっと私は忘れない。
「よかったよ、エンカク。あんたの事を知れて」
◇ ◆ ◇
ロドスを離れて十数日もした頃。私はカズデルについた。
身勝手に戦場を離れた私を仲間は快く迎えてくれた。隊長を救えなかった引け目から逃げ出した部隊だった。次の隊長を任されたにも関わらず放り出した部下だった。恥は承知だったが、この剣で隊長の遺志に応えれる事が今の私にはどうしようもなく嬉しかった。
◇ ◆ ◇
あぁ、なぜ。
どうして、こんなことを
◇ ◆ ◇
爆撃。ドローンによる榴弾が起こした爆風を担い手のいない剣が突き抜けて刃をドローンへと突き立てた。残す二つのドローンへも同様に《空剣》が飛来し、護らんとすべく動物を模したメカが飛び掛かった。それが剣士であれば、メカにより足を止められた一瞬をドローンによって爆撃されるのであろうが《空剣》は剣士を持たぬ剣。のらりくらりと躱してドローンへ向かう。メカでは荷が勝ると判断したか、ピピと鳴った機械音と共にメカは自爆した。生物相手であれば致命傷を与えうる爆発も、強靭性多結晶シリコンの刀身には傷一つつかない。メカという護衛を失ったドローンは、たちまち剣に貫かれた。
「排除した、進んでくれ」
「了解」
爆撃ドローンと動物を模したメカ。それは押し寄せる敵の軍勢を見越しての配置だったのだろうが、私にとって格好のカモだった。処理が完了し、他の部隊の進行が始まる。その先には一人の狙撃兵がいるが、私たちが本陣へとたどり着くまでの時間稼ぎを覚悟した死兵だ。クロスボウを構えるその男は、己一人では大した足止めはできない事もそこが死地であることも察した覚悟があった。
「打ち合わせ通りに行くぞ。本陣が近づいたら前の部隊に続いて本陣に攻め込む。温存しとけよ」
「了解です」
今まさに追い詰められている狙撃兵の外套にはロドス・アイランドの文字。かつて世話になった者たちとの戦闘であることは事前に分かっていたが、私たちのやることは変わらない。殺すべきを殺し、仕事を遂行するだけだ。
狙撃兵の下へ傭兵どもが辿り着くのも秒読みとなった時、それは来た。
赫々と燃える鉄。それは人の姿に見えたが、むしろ現象の顕現のようであった。向かうべき本陣の方から歩いてきたそれは狙撃兵の背後で止まり、跳んだ。太陽と見紛うほどの輝きを発しながら放物線を描き、予測される着地点は進行部隊の連中のど真ん中。
「お前らッ、私の後ろに回れ!」
私のアーツは結晶を生み出す領分には優れていない。無茶をすれば相応の代償を支払うが、最適解はこれしかないと頭の奥で警鐘が鳴っていた。地面に手をつき、アーツを発動する。たちまちアーツ製の結晶が大地を引き裂くように現れ壁を為した。
即座に轟音。結晶壁の向こうで起きた爆発の様子は私たちには分からない。だがそれでも熱された大気が私たちの周りまで暴れ狂う。熱波の暴走が収まったとき、掩蔽されていた私が感じたのは肌を焼くほどの熱。それと無茶なアーツ行使によって拡大した体表原石が皮膚を蝕む痛み。
立ち上がって結晶壁の向こうを見れば、惨状だった。生き残ったのは結晶壁に隠れた私の部隊だけだった。身に付けられていたはずの装備が溶解してはそこらに飛び散り、爆発の中心部は地面が真っ赤な溶岩と化して灼熱の沼地の様相を呈していた。
あらゆる命の生存を拒む地獄。その中に一人立つのは紅い角に白い尾の女。
その特異な姿は一目見て思い出せないはずがない。エンカクの女だ。奴がこの惨状をもたらしたという想像に不思議と疑問は無かった。むしろ納得がいく。アーツ反応を伴わずに私とエンカクの剣戟を止める術を行使する存在ならば、これほど荒唐無稽な光景すらも容易く作ってみせるだろう。
女の視線がこちらへ向いた。
「ほぉ?生きてるのか。よく耐えたなぁ」
よく言う。こちらは原石浸食を強いる大技で防いだというのに、その結晶壁すらほとんどが溶け切ってかろうじて壁として立っているだけの張りぼてになった。もう一発は耐えれまい。
しかし女はこちらを殲滅する必要はないと考えているのか再びその身を輝かせることはなかった。だが、女を倒さねば本陣へとは進めないだろう。残された部隊が私たちのみとなってしまった現状では、ここでの立ち往生は相手にとっての時間稼ぎとなるだけだ。進まねばならない。そしてみすみす通してくれる相手でない以上、斃さねばならない。
「お前たちは下がっていろ」
「しかし!」
「護りながら戦える相手じゃない。私があいつを殺せたら進め。出し抜こうなんか考えるな、私が負けた時は迷わず逃げろ」
格が違うのだ。
歩き出し、アーツを発動する。並大抵な剣技では奴の命に届き得ない。勝機は《幽士》にのみある。一振りは手に握り、残る三振りに《幽士》を発動。それを見て女は大剣と大楯を虚空から手にした。当然の如くアーツ反応の無い手品にもう驚きはない。私と《幽士》の合わせて四人の剣士が女の四方を囲った時、女は動いた。
大剣が私に振われる。宿された熱が大気を歪めながら迫るそれを受けずに躱す。同時に三人の《幽士》が斬りかかった。女は二人を大楯で受け止めると、残る《幽士》へ大剣を向けた。
《幽士》の剣と女の大剣が衝突し、《幽士》が呆気なく霧散する姿を視た。女が斬ったのは幻影ではなく、まさしく《幽士》の実体。すなわち、強靭性多結晶シリコンの刃だ。爆撃、剣撃、あらゆる破壊現象とぶつかり続けてきた剣を女はただの一息に両断してみせた。剣の形を失ったそれは《空剣》にさえもなれず地に落ちた。
「冗談じゃない!」
困惑を捨て置き、握っていた剣を《幽士》に変えて更なるアーツ発動へ取り掛かる。《幽士》の三重発動だけですでに限界を超えている。こうしてる今も身体中の原石が皮膚や内臓を食い進んでいる事を痛みで理解していた。しかし、出し惜しみなど。
《幽士》に女の大剣を受ける動きは全てやめさせ、回避と攻撃によるコンビネーションを命令。同時並行で両手にアーツを集中させる。原石が肉を蝕む速度が加速していくのを承知で続ける。
これしか勝機はない、これしか勝機はない、これしか勝機は無い!
本来なら七日間は掛かる剣一振りの錬成。だが無理を無茶で押し通して15秒で敢行し、柄さえない剥き出しの刃を掴み、駆けた。
《幽士》と切り結んでいたはずの女の目線がすぐにこちらを向いた。そこへ一人の《幽士》が立ちはだかった。すかさず大剣が振われる。完全に《幽士》を捉えた軌道だった。
だが、それでいい。
《幽士》の一つが爆ぜた。その原因は大剣に斬られる前に実行した刀身の自壊によるものだ。指向性をもって炸裂した結晶片が女の顔に降り注ぐ。特大の原石浸食と引き換えだというのに大した威力は持たず、
一つは大剣とぶつかり両断され、一つは大楯に防がれ、しかして一つは女の皮膚に届いた。私が握る剣が女の腹に届いた。
届いただけだった。骨も鎧でさえも断つ剣は女の柔肌に止められ、力の拮抗により刃先が静かに震えるのみで血の一滴さえも流れはしない。
馬鹿な。
「そんな、はずは」
素肌が露わになっている腹に剣を突き立てた私はただ、我武者羅に刺し貫こうと手に力を籠めてその刃先を見つめることしかできなかった。しかしアーツの力を加えてもやはり刃先は少しも肉を裂きはしなかった。
不意にドロリと、その刃先が溶け始めた。私のアーツではない。金属のような光沢を持つ結晶が、火に近づけた氷のように溶けていく。視界の縁で何かが煌めいた。女の顔で煌めいていたのだ。顔に付着していた結晶片が煌めきながら溶け、その銀色の雫が女の顔を伝っていた。雫が頬を流れ、顎を辿り、地に落ちた。
いつの間にか、女を見上げていた。まるで散りゆく花を見つめるような目で、見下ろされていた。
私が膝をついていたのだ。剣も手から零れ落ちている。大楯と鍔迫り合っていた剣も力を失い地面に落ちていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
静かだった。私の浅い呼吸だけが聞こえる。女の視線から目を逸らせないままに、剣を探して地面を掻く音が重ねて聞こえる。何秒か掛けて私の指先が剣に触れた。もう刃先が溶けた、先ほど生み出したばかりの柄もない剥き出しの刃だ。それを掴もうとして、熱い何かが鼻から滴り落ちてきたのを感じた。手で拭うと、そこに付いていたのは血ではなく、タールのような黒い液体だった。いや、これは血なのだ。身体の負荷を顧みずにアーツを乱用し、増殖する原石が循環系を傷つけると微細な原石が血液に混じり、こうなる。
続けて喀血した。口の端から溢れる血は確かに鉄の味がしたが、その色は鮮やかな赤ではなくやはり粘り気のある黒。溺れるような咳をして、とうとう私の身体は大地に倒れた。
「楽にしてやろうか」
「いい。もう痛みもない」
モノクロになった視界で女を見上げた。
「お前の部下たちは賢いな。ちゃんと撤退していったぞ」
「……お優しい、ことだな。私と、戦ってくれたのは、そのためだろう」
敵わないという事がはっきり分からないうちから仕事を放りだすほど柔な連中ではない。私が女に一瞬で殺されたともなれば、力量もわきまえずに特攻していてもおかしくは無かった。撤退した後に彼らがどうなるかは分からないが、ここで死ぬよりかはきっとマシなはずだ。
「あ?んなつもりはねぇよ」
「……なに?」
だが女は否定し、私を見下ろしたままにかりと笑った。
「お前への手向けだよ。楽しかったか?」
原石に食い荒らされた身体はボロボロで、口や鼻からは真っ黒な血液が止めどなく流れ落ち、私の息は絶え絶えだ。呼吸するのさえ難しい。だけど私の口角は上がり、浅い呼吸で一息だけ笑った。
「あんた、名前は?」
「ニェン」
「ニェン、エンカクに伝えてくれ。戦場で会えずすまない、と」
「あぁ、請け負ってやるよ」
コートを翻してニェンが去っていく。白い髪。そして火の灯った白い尾。その後ろ姿を私は見ていた。
やがてモノクロの視界さえも灰色に落ちていく。光も、音も、何もかもが知覚できていけなくなる一方で、私の頭は色んなことを思い出していた。
去り行くニェンの決して大きくない背中を。一度は離れた私を迎えてくれた部下たちを。自分に向けられたエンカクの刃を。私の剣を熱心そうにいじくるロドスの職人たちを。駆け抜けたサルカズの戦争を。血に濡れるエンカクの姿を。
戦場で強き者と戦って朽ちる最期を迎えた私は、指先一つだけ彼の世界に触れた気がした。
血塗れの幽霊 終
虹6コラボでまさかのアーツの無理な行使をする展開があって驚きました。アーツの過負荷やカタリナの最期はイベント前に書き終わっていたので変えるか迷いましたが、結局そのままにしました。
原作との相違点は二次創作ということで目を瞑っていただけると幸いです。