暖房扱い不貞腐れ炎年です。エッチもあるよ。
サーマルEXは囲まれていた。その熱エネルギーが故に。
『エネルギーショックの鐘の声、ソニックブームの響きあり!
「ふぁ~、あったけぇ」
ロドスも定時を迎えて多くのオペレーターが職務を離れた今、夕方時。日も沈んですっかり暗くなる頃には、ロドス艦内もすっかり肌寒くなっていた。
一般的な移動都市は天災の脅威に対抗するために周期的な移動を絶えず続けており、そのサイクルは大体一年となっている。移動に伴う季候の変化を極力自然なサイクルにするためであり、移動都市技術の黎明期には不自然な季候変化を繰り返す移動都市に載る先民のみならず動植物が、悪影響を受ける事がままあったからだ。そのため現在では多くの移動都市で時季に則った生活を過ごせるようになっている。
しかしロドスは例外である。国境さえも越えて移動するロドスの航行規模は他の移動都市とは比にならず、毎年毎年同じ時季を味わえる航行ルートを選択する余裕もない。低緯度地域を東西に移動する長い夏があったかと思えば、進路を北に変えて急すぎる冬の到来に身を凍えさせる事も起こりうる。
今がまさにその時だった。
高緯度地域へ踏み入ったロドス艦内の気温が低下する事はオペレーターの誰もが予想できていた事だったが、皆の予想外だったのはクロージャが光熱費をケチった事だ。
多くの人はクロージャに詰め寄った。しかし誰もが同じ答えを返された。
――まだ耐えれるよ!
それでも我慢ならない人はケルシーへと掛け合った。しかし、こちらも誰もが同じ答えを返された。
――これは仕方のない事だ
これに参ったオペレーター達は創意工夫を凝らした。
ある者は体毛をできるかぎり冬毛にし、ある者は身体の温まるレシピを作り、またある者は購買部で防寒グッズを揃えた。
しかし立派な毛皮も無ければキッチンへ入れず、購買部に金を落としていく際のクロージャのしたり顔を見たくもないケチな輩達はどうにか暖を取れないかと頭を捻った。
『ファイアーウォール!』
「いいよ~熱いね~」
「この地に降り立った太陽かい!」
「いよっ、ロドス
その結果がこれだった。
3人でサーマルEXを取り囲んで暖を取る姿を遠巻きに見る者たちもいたが、彼らからしてみれば冷たい視線を代償に温もりを得られるならば安いものである。
ともすれば生身の人間を焦がしかねないほどの熱量を持つロボットを相手に、良い塩梅で身体を温めていた彼らだったがしかし、ちょっとサーマルEXは熱が入りすぎてしまった。
『東の国では、厳しく寒い冬を玄冬と呼び、玄には黒という意味があるそうなのです』
「へぇ」
「なんか嫌な予感がする」
『この言葉を聞いた時、私にはピンと来たのです。真っ黒な炭へと燃やし尽くす焔こそが冬の象徴であると!見ていてください、これこそがThermal-EXの
「それ見ろ!」
彼らは逃げ出した。
「……なぁ、どうするよ」
「こうやってずっと走ってりゃ暖けぇんじゃないの」
「馬鹿いうな……俺にいい考えがある。麻雀だよ」
「着衣麻雀でもすんのか?」
「勝ったやつが服を貰っていくのか、いいな。身ぐるみ剥いでやるよ」
「違う!もっとみんなが揃って暖まれる方法があるんだよ!まぁ見てろって……」
◇ ◆ ◇
ふと、轟々と燃え盛る炎を聴いた気がしてエンカクは目を覚ました。
けれど彼がいるのは、ただ明かりの消えた自室。たぎるような熱源などどこにも無いように思える。
いやしかし、彼の隣には一人の女がいた。
身に何も纏わず、その上、エンカクが着ていたシャツをはだけさせてその胸板にくっついてスヤスヤと眠っていた。
普段の彼女の傍若無人っぷりを知る者からすれば毒気を抜かれるほどに安らかな表情だったが、エンカクは一つため息をついた。
寝付いた時には彼一人だったというのに、いつの間にやら入り込み、服をはだけさせて寝こけていたらしい。
「おい、ニェン」
眠りこけるニェンに声をかけても起きる気配一つ無い。仕方なくニェンを引き剥がして起きようとしていると流石にここで目を覚ました。正確にはニェンの抱擁は頑なにして解けず、このままニェンごと起きてやろうかと思った所であった。
しかし当のニェンはつゆ知らず、寝ぼけ眼でエンカクを見上げた。
「早ぇなぁ、小僧……」
「早ぇな、じゃない。なんだこれは」
はだけられたシャツだ。ボタンで留められていたシャツをはだけさせるのに彼女が一つ一つボタンを外していくとは到底思えなかったがそれは正しかったのだ。
ボタンの留め糸は全て焼き切られていた。所々、糸どころか留める布地ごと焼き切れていて、修繕するよりは買い直す方が良い有様だった。
「あぁ、手っ取り早くてな。次からはそれ着て寝ていてくれよ。私に都合が良い」
「俺に良くない。……今日から戦線復帰の訓練がある。俺はもう起きるぞ」
「へぇ、お前が訓練に精を出すなんてなぁ。坊主の差金か?」
「……それと医療部だ。回復が万全だと確認できなければ作戦への参加を認めないと来やがった」
「そりゃご愁傷サマ。なぁ、訓練が終わったらお前ェも麻雀しに来ねぇか?」
「マージャン?炎国の遊びだったか、俺はルールも知らないぞ」
「いいんだよ、最近妙にロドスん中で流行ってるみたいでよ。よく誘われるし、初めて麻雀やるって奴も多いんだ。始め時だろ?」
「……考えておこう」
身支度を終えたエンカクが部屋を出た時、その温度差に思わず震えた。部屋の内外でこんなにも違うものかと思わず振り返って目に入ったのは、ベッドの上で尻尾をユラユラと揺らしながら欠伸をするニェンだ。
「ん?行かねぇのか」
「いや、道理で外が涼しい訳だと思ってな」
「?」
「気にするな、行ってくる」
「おう、行ってこい」
◇
この刀を振るうのは今日が初めてだと言う事を相対する者たちは知らなかったなと、エンカクは思い出した。
矢を斬り払い、さらに二刀を構えるジュナーと斬り結ぶ。その最中にもドーベルマンが鞭を振るうが、その先端はエンカクを捉えず空を叩いた。
教官団を相手に三分間の生存。それがエンカクに課せられた戦線復帰のための試験であったが、どうだろうか。ドーベルマン、ジュナー、メテオの三人を相手にし、1対3という数的不利を背負っていながら、彼は堂々と競り合っていた。
鞭を躱したエンカクに、ジュナーが大きく踏み込んだ。腰を捻り、大振りな横薙ぎの構えは無防備に見えるが、アーツにより帯電している今の彼女に不用意に手を出せばむしろ手痛い反撃を食らう。
攻撃の些細をエンカクが読み取った瞬間、彼のすぐ後方に矢が突き立った。
メテオだ。殺気を感じ取るほどの鋭敏な戦士の虚を突くための、認識能力に優れる者ほど意識を割いてしまう
「さぁ、どうする!」
稲光が走った。
ジュナーの剣は振り抜かれたが、空を走る無数の紫電は一つとしてエンカクに届いていなかった。それでも大きく飛び退いたエンカクにメテオは矢を撃ち込む。訓練用の物とは言え、直撃すれば彼は再び療養の日々に逆戻りだ。
だが忘れてはならない。エンカクは刀術士だ。いつ如何なる時も、アーツという選択肢が残されている。
一息の間に放たれた三つの矢をまとめて吹き飛ばす爆炎が広がった。爆発という、アーツの最大効率でのエネルギー変換。轟く爆風は側にいたジュナーにたたらを踏ませる程だったが、その中心にいるエンカクは虎視眈々と次の手を狙っているだろう。そう思わせる緊張感を彼は生み出していた。
それは正しい。まだ残る炎を剣が引き裂いた。その切っ先が向くのはメテオだ。しかし、エンカクと相対する三人に油断はない。剣先が見える一瞬前から、ドーベルマンの手元はブレるように動いていた。まるでコマ送りのように跳ね上がった鞭の先端が剣を絡めとり、奪った。
だがドーベルマンは苦々しく顔を歪めた。囮だ。
炎が晴れると同時に、今度はジュナーの剣が一つ、弾き飛ばされた。やったのは大剣を構えるエンカクだ。普段は左手で振るうそれを、今は両手で握っている。そのパワー差にジュナーは耐えきれなかった。
メテオに向けられた剣は、彼が握っていたのではなく投げられた物だったのだ。隙を作って後衛から削っていく腹積りに見せて、エンカクはまんまとジュナーを攻め立てていた。
後衛から削るセオリーを無視してまでエンカクがジュナーを標的にした理由、それは――
「時間切れだろう?」
大剣を片手剣で辛うじて鍔迫り合うジュナーに、今や紫電はなかった。
帯電するジュナーのアーツは丁度そこで途切れていたのだ。
押し込まれたジュナーも、苦々しげに認める。
「えぇ、その通りね」
カァン……と、鐘が鳴った。彼らが戦い始めて三分間が経過したことを示す鐘だった。
模擬戦もこれにて終了、エンカクは見事自身の万全を示してみせたのだった。
「本当に病み上がり?これ、本来は小隊単位で対抗させる物なんだけど」
「お前たちの武器が本物なら、更に滾るんだがな」
「……あなたが敵じゃなくて良かったって、つくづく思うわ」
剣を納める二人を見て、メテオとドーベルマンの二人もそれぞれ武器を下ろした。
ドクターが「エンカクはもしかすると終了の鐘では止まらないかもしれない」と言っていたが、そうはならなかった事に三人は心の中で安堵した。もっとも、狙撃オペレーター間の訓練では滅多に見かけない血の気の多さにメテオは微かに息をもらし、ドーベルマンに訊ねた。
「サルカズって、皆こういう感じなの?」
「流石に彼が異常なだけだ……だよなジュナー」
「わ、私に聞かないで欲しい」
やっと終わった訓練に息をつく面々だったが、エンカクの眼だけはいまだに鋭い。
「せっかく身体も温まってきたんだ、場所を変えてもう少しやらないか」
「ダメだ」
よもやドクターの予言通りの展開になるのだろうかと思われた矢先、ドーベルマンは不敵に懐へ手を伸ばした。
「フフ……次の戦場までに我々の許可抜きで模擬戦をしようものならしばらく庭園の立ち入りは禁止だ。ドクターとパフューマーから約束を取り付けたぞ」
「何?」
「サインもあるぞ」
どうやらはったりではないらしく、ドーベルマンが懐から出した書類には確かにその旨と二人のサインがあった。走り書きのサインからドクターのドヤ顔が浮かぶようで腹立たしい。
どうなる事かと思ったドーベルマンらだったが、エンカクは短い舌打ちを打って出口へと向かった。「本当に効くとは……」というドーベルマンの声がエンカクには聞こえたが、何を反論するのも馬鹿らしく、そのまま部屋を出ていった。
◇ ◆ ◇
シャワーも浴び終わり、エンカクが服を着替えていた頃だ。同じくシャワーを浴び終えたらしいオペレーターに声を掛けられた。何かと思えば、麻雀の誘いだった。
「どうして俺を誘うんだ?」
邪険に扱うほどではないにしろ好意的とも言えない声音のエンカクだったが、ディランというこの男はまるで気にしない風に訳を語った。
「最近、俺と仲間たちでニェンさんを誘って麻雀をしているんだけどな。ニェンさんをできるだけ長く居させるために新しい奴を誘ったりはしているんだけど、段々とニェンさんへの新しい刺激が減ってきているような気がするんだ。かと言ってニェンさんの好きそうな映画製作を始めようって訳にはいかないし……。そこであんたがいればニェンさんも今の麻雀してる空間をもっと気に入るんじゃないかと思ってさ」
エンカクがニェンのお気に入りだろうという事は、食堂でニェンがよく絡む者の筆頭にエンカクが挙がるためにそれなりに知られていることではある。なのでそのロジック自体は不可解ではなかったが、その言葉の中にはまるで、ニェンとできるだけ長いこと時間を共にしたいようなニュアンスが込められている風に思えた。
「そんなにあの女の側にいたいのか」
今度のエンカクの声音に、無関心の様相は無かった。どこか冷ややかな声色は、長身の彼が見下ろすような形で言ったのも相まって僅かばかりの敵愾心を思わせたが、ディランは気にせぬ素振りで言葉を続ける。
「いやぁ、食堂でよく隣にいるあんたなら分かるかもしれないが――」
もし、ここに空気に聡い第三者がいれば、ディランが続ける言葉次第ではエンカクが
「――ニェンさんの近くって、すっっっごく温かいだろ?」
「……あぁ、そうだな」
「最近はクソ寒いってのにクロージャは全然暖房を強くしてくれる気配はないし、挙句に購買部に『冬到来!』なんてポップをつけて防寒グッズやら温かい食べ物を置いたりして一儲けしてる始末だし。そんでまぁ、最初は俺らもサーマルEXで暖を取ったりしてたんだけど限界が来てな?それで行き着いたのが――」
「あいつを暖房代わりにしているわけか」
「そういうこと。まぁ本人に知られたら気を悪くしそうだから、その事は秘密なんだけどな」
確かにここ最近の冷え込みは、慣れていない者だと厳しいものがあるのだろうとエンカクは思った。彼の傭兵時代では冷え込む夜を火を焚かずに耐え忍ぶような作戦行動もざらにあった為にこの程度は耐えきれぬ程ではないが、ロドスのオペレーター全員にプロの傭兵と同水準の忍耐を求めるというのは無理な話だろう。ニェンも、自分から勝手に滲み出る体温のおすそ分けで麻雀仲間ができている訳だから安いものだと考えそうなものだが、どこで逆鱗に触れるかも分からぬ以上黙っておくのが賢明かもしれない。
行くか行かぬか迷ったエンカクだったが、結局行くことにした。訓練が思いのほか早く終わってしまい不完全燃焼感が否めないし、それ以上に久しぶりに剣を振るったことによる昂ぶりもある。麻雀が一区切りしたようなら、
「行ってみるか」
「おぉ、いいね」
「だが麻雀の流行の真意をあいつが知ったらどうなるだろうな。下手をすると部屋が一つ吹き飛んでもおかしくはないだろう」
「ははは!おっかないねぇ」
◇ ◆ ◇
場所は変わってとある一室。麻雀卓に座る四人と、それらを眺めるように人がぐるりと集まっていた。集ったギャラリーたちは締め切った部屋の中で、今のロドスでは希少価値を持つ『温もり』をみなで享受していた。言わずもがな、卓に座る一人、ニェンによるものだ。
麻雀に付き合う事で温もりというささやかな幸福を味わっていた彼らだったが、そこにドアを勢い良く開けて一人入ってきた。廊下から入り込む冷気に身体を震わせて、闖入者を睨むニェン以外の面々。しかし睨まれる張本人はどこ吹く風で喜びに満ちた顔をしている。おまけに走ってきたらしく息切れまでしていた。何事かと思われた時、彼は息継ぎよりも早く言葉を口にした。
「とうとうクロージャが暖房を強くできるようにしたぞ!」
「おぉ!!」
湧きあがった歓声は一人二人ではなく、場にいたほぼ全員の口から上がった。
「これで仕事中に靴下を重ね履きしなくてすむ!」
「気兼ねなくキンキンに冷えたビールが飲める」
「延期してた上映会するぞ!」
やいのやいのと騒ぎ立てる中、麻雀卓に座っていた者も待ち遠しかった暖房の訪れに破顔して立ち上がった。耐え忍んでいた長い冬が終わり、雲は晴れ、温かな日差しが雪を溶かし再び動物たちが野を駆け回るのだ!と、春の訪れに心躍らせる農夫のような顔だった。
「いや〜ちゃんとした暖房がやっと来てくれたな!」
「へぇ、私を暖炉代わりにしてたってか」
底冷えする声だった。
麻雀牌を弄び、頬杖をつくニェン。
彼らは娯楽を享受していた猛獣に冷や水をこれでもかとぶちまける真似をした事に遅まきながら気づいたが、それはもう、手遅れだった。
ジュウ、という音はニェンが手にしていた牌を焼き潰した音だった。
徐に立ち上がり、誰にも目をやらずに出口へ向かうニェンを黙って見ていた。卓を囲うように立っていたギャラリー達は自然と退き、ニェンの道ができていた。
静かに歩むニェンに声を掛ける者はいなかった。強大で恐ろしい何かの片鱗を味わっていた。声など、出なかった。
「私はお前らが本当に楽しんでると思ってたぜ」
振り向きもせずに見せる背中は怒りか落胆か。ニェンはそのまま出て行った。
「ニェン」
出た先で彼女は声をかけられる。エンカクだ。
彼の隣にいるオペレーターは確か、自身を麻雀に誘った三人のうちの一人だったと思い出したニェンは、その隣にいたエンカクにさえ背を向けて去っていく。
「別に私じゃあなくてもいいんだろう?」
「なんだと?」
エンカクの声に宿った僅かならぬ怒気に気づかないニェンではなかったが、臍を曲げた状態の彼女が他人のご機嫌を取るほど殊勝かと聞かれればそうではない。
結局ニェンはそのままどこかへと歩いて行き、エンカクは得体の知れない苛立ちを抱いたまま自室へ帰ることとなった。
その夜、そして朝になっても彼の部屋にニェンは来なかった。次の夜も、また次の夜もニェンは現れなかった。
気づけば一週間が経っていた。
◇ ◆ ◇
連鎖安全保障競技。通称、連鎖競技。ミノスのヒュムノイにて開催されている此度の大会にはロドスの面々がいた。その公正さ故に感染者の参加をも認めている大会ではあるが、実際に感染者を含めて参加している組織はロドスのみである。故にその戦いぶりは注目されてしかるべきだが、この戦場においてはさらに一際強く注目されていた。
「あのサルカズの剣士……
「あれはたぶん、殺し合いじゃない戦いに駆り出されてる事への苛立ちじゃないかな……」
指揮を取るドクターの隣で戦場を俯瞰しているパラスの視線は、会場の観客達と同じようにただ一人のオペレーターに向いていた。アーツによる火炎を撒き散らしながら二刀を振るうサルカズの刀術師、エンカクだ。苛立ちを少しも隠そうとせずに剣を相手に叩きつける戦いぶりには、殺生が無いと理解していても身の竦むものがある。ともすれば審査員から減点を喰らいかねないほどの凶暴さ。
その鬼気迫る様相に祭司パラスは顔を曇らせた。
「まぁ。私の知るサルカズよりも更に獰猛な方なのですね……。戦いに身を投じる事は悪い事ではありません。むしろ私たちに
「エンカクは花を愛でてはいるね」
「なんということでしょう」
パラスが頭の上にさく薔薇をしおらせる頃、ニェンもエンカクと同じ競技場で剣を振るいながらエンカクのただならぬ様子には気づいていた。
「なんつーか、荒れすぎてねぇか?」
凶漢の格好に身を包んだ仮想敵を倒しながら、遠くで数多の敵を相手にしているエンカクが見える。今の彼は、彼の人柄を知っている者からしてもいささか凶暴が過ぎた。
殺してはならない戦いとあれば彼の場合むしろ士気が落ちそうだが、今の戦いぶりは乱雑にして暴虐。計り知れぬ苛立ちを押し込めて無理矢理に闘争の形で噴出させているようだ。
列を成してエンカクへと傾れ込む敵勢に歓声があがる。ただの競技では見れない、エンカクの荒々しい戦いに観客は虜にされつつあったのだ。
走り抜けようとするロードローラーを盾を構えたビーグルが抑えた所にエンカクが飛び込んでいく。ロードローラーの大振りな一撃を躱しながら懐に飛び込み、構える大剣を振るう事二度三度、頑健な装甲が玩具の様に砕かれた。大剣を叩きつけ、自分よりも大柄な敵を畏怖させる様のなんと手荒く、そして痛快なことか。
さらに強まる歓声を受けて、ロードローラーに追い打ちをかけんとするエンカクに凶漢が迫っていた。エンカクの間合いの外から張り上げられたハンマーに悲鳴にも似た歓声が上がるが、発動したアーツの爆轟がそれを掻き消す。
敵味方問わず傷つけかねない爆炎だったが、エンカクは炎の尾を引いて飛び出した。向かう先はハンマーを構えたまま虚をつかれた凶漢だ。飛び出した勢いそのままに振るった剣でハンマーの柄を切り裂いた。
斬撃の受けにも使う柄をただの一撃で斬り捨てられたのが予想外だったのか、狼狽えてガラ空きになった顔面に握ったままの剣の柄で殴りつける。痛打によろめいた所を更にエンカクは胴に蹴りを叩き込んだ。通路の壁まで吹き飛ばされた敵は砕かれた鼻からドクドクと暗い血が湧き出ていて、そのまま意識を失って倒れた。
それで敵は最後だった。
恐ろしい戦い様も痛々しい怪我も、全てがエンターテイメントとして消化されてゆく。しかし観客の上げる歓声に耳も心も寄せず仏頂面で立ち去ろうとするエンカクは、ショーの熱狂に飲まれていない者からすればただただ不気味だった。
「なんだぁ、小僧のやつ」
やがて会場から全ての参加者が退場し、ニェンはエンカクを探し始めた。彼を見つけたのは、猥雑とした競技場の中にこんな薄暗く人気のない所があったのかと思わせる、古びた物置だった。
「何しに来た」
短く言ったエンカクは、剣を身につけたままだった。いつでも剣を握れる戦場の気配を漂わせていた。
「お前、わざと痛めつけるような戦い方しただろ」
「俺がそんな戦い方を好むと思うのか?」
「思わねぇな。だけどあんな戦いのまま終わる方が好かねぇだろ。恨みを買って、闇討ちでもしに来てくれればいいとか考えてたんだろ?」
「よく分かってるじゃないか。止めに来たのか」
「あぁ?いや、違わねぇけどよ」
会話している最中にも、エンカクは気を休める気配はない。彼がどんな戦い方をしたとて、あくまで戦士の誇りを持って連鎖競技に仮想敵として参加している彼らが闇討ちなどという手段をとる筈がないという事はほとんど理解できているだろうに。
この場所はきっと安全だろうとアタリをつけたニェンは本題に切り込んだ。
「なんだ、溜まってんじゃねぇかと思ってよ」
ぴくりと眉を動かしたエンカクに、ニェンは空気が変わったのを感じた。
「随分と避けられたものだと思っていたがな」
歩み寄ってくるエンカクに、もちろんたじろぐような真似はしない。しかしニェンは、拗ねて彼を放っていた事が思いの外エンカクの気に触っていた事を分かった気がして、思わず苦く笑った。
「あ〜……小僧?この前の、っわ」
ベルトを締めているショートパンツを無理矢理こじ開けるように指が入っていった。そのまま指の先がニェンの秘部に触れた。
くちり、と音をたてて深くまで入っていく。情事の気配などついさっきまで無かったというのに、指が静かに入って動かされると濡れてくるのが分かった。思わず力の入った手がエンカクの腕を掴む。
「待ったは無しだぞ」
「いや……待てって、待てよ!っ、今、脱ぐから」
逃げ道を封じる様に腰を掴まれながらニェンはベルトの金具に手を掛けた。こうしている今も、指はまだ入っている。お互いに向き合って、立ったまま、エンカクは少し身を屈めて指を入れたまま、時折、動かす。
「なっ、なぁ小僧」
「なんだ」
「なんか……いや、なんでもない。脱ぐぞ」
ニェンがショートパンツを膝まで下ろして、エンカクはようやく指を引き抜いた。引き抜く時、もう糸が引いていた。
ニェンがそのまま脱いだ時、エンカクもズボンのジッパーを開けて既に一物を出していた。そそり立ち、先走って湿っているソレを見るのがひどく久しく感じる。
そういえば、今更ながら場所が場所なだけにベッド代わりになるものも無いとニェンが思ったのも束の間、エンカクが彼女の腰を抑えたまま左脚の腿を掴んで持ち上げた。
「おっ、おい」
余りにも無防備に開かれた体勢に物申そうとしたニェンだったが、彼女の秘所は口とは裏腹にすんなりとエンカクの男根を咥え込んだ。
押し入られて、微かではない閉塞感を感じながらも、それだけでは、ない。
こんなにも、大きかっただろうかと。意志の制御を離れて動いた両腕がエンカクを押し退けるようになって、エンカクは余計にニェンの腰を抱き寄せた。
「っつあ!?」
相変わらず勝手に動いてしまうニェンの腕は、力無くエンカクの胸元を押すだけ。エンカクもニェンが逃げようとしている訳ではないと分かったようだったが、それでも腰から手を離す様子は無い。ニェンの反応を楽しむように、エンカクが一度だけ大きく腰を動かした。内壁を擦るように引き抜かれていく陰茎が、今度は奥の奥まで抉るように突き込まれる。身体に走る快楽の電流を感じながら、ニェンはエンカクにもたれた。
ニェンの頭はエンカクの胸にしなだれていて、彼の筋肉と、自分より低いはずの熱い体温と、戦いの後の汗の匂いがした。
繋がったままでそばにいるエンカクの存在をニェンが感じている時、エンカクの手はお構い無しに腰から胸へと移っていく。エンカクはあくまで
声は無く、ただ二人とも荒い息をするだけだった。決して暖かくは無い薄暗い物置で、二人で体温を分かち合うように身体を重ねていた。
やがてエンカクが動き始めた。先ほどのようなただ一突きするだけの動きではなく、連続的な動きだった。腿と脇腹を持たれたニェンは爪先が僅かに地面に触れているだけで、ほとんどエンカクに身体を持ち上げられていた。
動きが激しくなるにつれて、二人から漏れ出る息も段々と荒くなっていく。どこへ向かうでもなかったニェンの腕はいつの間にかエンカクを抱きしめていた。
抽挿する度に体液が混じり合い、二人の匂いが充満する中、激しくなっていく動きでニェンが絶頂した。
「あぁっ、はぁ」
締めつけて、震えるニェンの中で今度はエンカクも絶頂した。互いに絶頂の波を感じながらエンカクは緊張と収縮を繰り返しながら吐精するのを感じ、ニェンは己の中で剛直と弛緩を繰り返しながら精液が放出されているのを感じた。胎動のように動き続けるそれに、エンカクに回していた腕を更に抱き寄せて奥まで挿した。自分の中が締まるのと同時に、強く反発されるのを感じる。
熱く、艶っぽい息をニェンが吐いた時。ドクン、ドクンと脈動を続けるそれが、硬さを失わないままに一際強くニェンの奥を抉った。
「こ、こぞぉ?まだ、まだ硬くねぇか?」
「このままでいいだろう」
エンカクはニェンが答えるのを待ちはしなかった。ニェンがしたようにエンカクもまた、理性よりも肉欲が呼びかけるがままに相手を求めた。
◇ ◆ ◇
時と場所は移り、ヒュムノイからロドスへ戻ってきたある朝。ニェンは目を覚ました。エンカクは眠ったままだ。珍しくニェンの方が先に起きたらしい。
ニェンは裸体で、エンカクもまた裸のままだった。暖房をつけていない部屋は少し寒いらしく、眠る時に掛けたらしい毛布が二人をくるんでいた。
ニェンはエンカクの胸を枕にしていて、エンカクもニェンを寄せるように腕を回している。そうでもしないとこの部屋は少々寒いのだろう。
ニェンは枕に頰をよせて、筋肉の弾力を堪能してから再び眠りについた。
暖房扱いも、悪くは無い。