結構前、だいたい、投稿している艦これ二次の第3部を書き始めた頃から書き始めたんですが、思いきって投稿することにしました。
気がつくと、ーーーは劇場の観客席に座っていた。
舞台の上にはスポットライトに照らされた燕尾服の老紳士。
彼は、ーーーが見ていることに気づくと丁寧な所作でお辞儀をし、口を開いた。
「ようこそおいで下さいました。私はしがない語り部、名前はそうですね……ポールとでもお呼びください」
ポール?
如何にも今考えましたという感じだが、どうせ偽名を名乗るならセバスチャンの方が良かったのではないだろうか。
そちらの方が絶対に似合っている。
「ですが、よろしいのですか? 私に語る事が出来るのは、しがない娼婦の物語。
胸躍る様な冒険活劇や、魔王を倒した勇者の英雄譚などは語れません。金銭を払って春を買う男と、金銭と引き換えに春を売る女の物語しか語る事が出来ません」
なるほど、ここは物語を聴かせて貰える場所のようだ。ーーー以外観客が居ないのが気がかりではあるが……。
「私が語る彼女には何の力もございません。
剣術? 彼女が手にした事がある刃物は包丁くらいのものでしょう。勿論、魔法なども使えません。
冒険? 彼女は住んでいる街から出た事がございません。彼女が知る世界は日々を過ごす娼館とその周辺。後は幼い頃に這いずり回っていた路地裏程度でございましょう。
魔王の討伐? そんな事は勇者にでもやらせておけば良いのです。娼婦がやる仕事ではございません。彼女の仕事は、男と肌を重ねる事だけでございます」
ポールと名乗った老紳士はーーーの事などお構いなしに言葉を紡ぎ続けた。
どうやら、客がいようがいまいが関係ないようだ。
「彼女の物語において、娼婦から成り上がり王子様と結婚するようなサクセスストーリーはございませんし、人情味溢れ、心暖まるようなストーリーもございません。
そのようなお話をお望みなら、他の語り部の所に行くのをお勧め致します」
そこまで何もないと言われると逆に気になってしまう。
他に行く当てもないし、しばらく聴いてみることにしよう。
「それでもお聴きになりたいのならどうぞお聴きください。
これは、とある世界のとある都市、その歓楽街にある娼館の一つに身を寄せる、一人の娼婦の物語」
ーーーが触りだけでも聴く気になったと判断したのか、ポールは大仰ながらも優雅な手振りを交え、見た目相応に深みのある声で語り始めた。
「客の
『彼女ほど、一緒に居て心も体も気持ち良かった女はいなかった』と。
売れないがプライドだけはある彫刻家は言いました。
『彼女は娼婦でありながら、聖女のように高潔だった』と。
とある貴族は言いました。
『全財産を投げ売ってでも、手に入れたいと思ったのは彼女だけだ』と。
異世界から転生して来たと騙る勇者は言いました。
『僕は世界を救ったけど、彼女を救うことだけは出来なかった』と。
死地に赴く兵士は言いました。
『あなたをもう一度抱くために、自分は必ず帰ってきます』と。
彼女が孤児に施しを授ける様を見た神父は言いました。
『彼女ほど慈悲深い女性を、私は見たことがない』と。
施しを受けた孤児は言いました。
『どうしたら、あなたのようになれるの?』と。
娼館の女将は言いました。
『自由になろうと思えばなれたのに』と」
なるほど、彼の語る物語の主人公は、娼婦で在りながら中々の人格者のようだ。
「ですが、皆さんは勘違いされておられたのです。
彼女は娼婦として客の相手をしただけでございます。
彼女は高飛車な客に嫌味を言っただけなのでございます。
彼女は人のモノにもなりたくなかっただけでございます。
彼女は救って欲しいなどと思っていませんでした。
彼女は帰ってくるまで彼のことを忘れていたし、善行を施しているつもりなど微塵もありませんでした。
施しに群がる孤児を見て優越感にすら浸っていました。
彼女は、この世の誰よりも自由でございました。
彼女を抱いた男や、関わった者達の評価とは逆に、彼女は笑顔の裏でお客を
ふむ、つまり…彼女の本心も知らず、登場人物達は彼女を人格者だと誤解した。俗に言う、勘違い系の物語と言う事か。
名前は何と言うのだろう?
「名前でございますか?
そう言えば、まだ彼女の名前を言っていませんでしたね。
しかし、彼女に名前はありません。彼女自身も、自分の本当の名前を知りません。ですが源氏名はございます。
彼女の源氏名はクラリス。意味などございませんし、姓もございません。彼女を呼ぶ際に困らぬよう、娼館の女将がつけた記号でございます。
ですが、彼女にはそれで十分でございました。
名前を与えられただけではございません。
そこに居れば寒さに震える事なく眠れる寝床と、豪華とは言えませんが腹を満たすには十分な食事。更に、働きに応じて給金まで貰える環境は、路地裏で泥水を啜っていた頃に比べれば天国でございました」
孤児が娼婦に身を
「歳でございますか?
申し訳ございません。私も、彼女の正確な年齢は存じ上げないのでございます。しいて言うならば、17~18歳くらいでございましょうか。勿論、見た目からの推測でございます。
彼女は物心ついた頃には路地裏を徘徊しており、ひょんな事から娼館の女将に拾われたのでございます」
丁度、子供から大人に脱皮するかしないかと言った年頃か。大半の男が一番抱きたいと思う年齢かも知れない。もちろん異論は認める。
見た目はどうなのだろう? こういう物語では、大抵美人として描かれるものだが……。
「容姿も気になりますか?
そうでございますね……。一言で言い表すなら百合の花でございましょうか。
路地裏育ちとは思えぬほど白く透き通った肌。見れば放心してしまうほど整った端正な顔立ち。瞳の色は翠色。髪の毛は、光の加減によっては白にも見える程透き通ったブロンドのロングヘア。
さらに付け加えるなら、スタイルも抜群でございます。彼女を見た大半の者の感想は、貴族のご令嬢でございました」
顔も良くてスタイルも抜群と来たか。抜群と言っても、色々と種類がありそうだが……。
「どのように抜群なのか、でございますか? お客様もお好きなようでございますね」
・・・・・・・・。
「いえ、馬鹿にした訳ではございません。大変失礼いたしました。
簡単に申し上げますと、肉感的ではございませんが、一目で女性とわかる程度には凹凸のある体形でございます。
一言で申しますなら、美しいスタイル。と、言った感じでございましょうか。
抱き合えば男の顎下あたりに頭頂部が来る程度の身長に、体自体は細いのですが、違和感がない程度に盛り上がった胸部と臀部。
一糸まとわぬ姿になった彼女は、例えるならばエルフでしょうか。妖精と言っても過言ではないかもしれませんね」
そこまで美しいと気後れしてしまいそうだ。だが、先ほどポールは彼女が腹黒であるかのように語っていたが。
「ですが、天は二物を与えずと申します。
彼女は、その類い稀な容姿と相反するように性格が破綻しておりました。
お客を取っていない時の彼女は怠惰で傲慢、更に傲岸不遜。
自分が良ければ他者はどうでも良く、生きるためなら盗みも殺しも平気だと宣い、人の不幸を聞いて腹を抱えて笑うのが何より好きな性格破綻者。
オブラートに包まずに申しますなら、クソ女。で、ございます」
ポールは『クソ女』の部分を若干強調するように言った。
彼のような身なりの良い老紳士にクソ女呼ばわりされるくらいだ。その娼婦は相当性格の悪い女なのだろう。
「さて、そんな彼女でございますが、彼女はその生涯を閉じた後、街の人々から『路地裏の聖女』と称えられるようになります。
いえ、彼女からすれば侮蔑に等しいでしょうか」
ほう? 関わった人々から勘違いされた挙句、聖女に祭り上げられた。と言ったところだろうか。余程、外面は良かったんだな。
「おっと、前置きが長くなってしまいました。今宵はここまでと致しましょう。
もし、貴方様が続きをお聴きになりたいとお思いならば、お手数ですが再度お越しくださいませ。
私が貴方様にお聴かせ致しますのは彼女の短い生涯のほんの数ページ。
誰よりも生き汚く、誰よりも懸命に生き、死後に『路地裏の聖女』と蔑まれた一人の娼婦の物語でございます」
ポールがそう言ってお辞儀をすると、スポットライトが消えて劇場全体が暗くなった。暗くなったどころではない。真っ暗だ。何も見えない。
何故かわからないが移動も出来るようになった気がする。
今日のところはとりあえず帰れと言うことだろう。
では、気が向いたらまた来てみるとしよう。
あの老紳士がクソ女と称える娼婦の物語を聴きに。