「おや、ようこそお越しくださいました。
ですが…娼婦の話を聴きたいなど、お客様は中々物好きなようでございますね」
---が再び劇場に訪れると、スポットライトに照らされたポールは
だが、物好きは少々失礼ではないだろうか。
「それでは早速語ると致しましょう。
本日語ってお聴かせするのは娼婦と
彼女は男を見下しました。
ですが、男は彼女の胸の内など知らず、彼女の口から出任せに気分を良くし、快楽に身を委ねました。
この一幕をお聴きになれば、彼女がどんな人物なのかおおよそおわかり頂けるかと思います」
ポールが言い終わると、彼を照らしていたスポットライトが消え、すぐ隣を再び照らし出した。
照らされたのは、中肉中背ながらガッシリとした体格の男。
無精ひげを生やしているが歳は若そうだ。20代後半と言ったところだろうか。
「俺が初めてあの女を見たのは閉店間際のパン屋の前だったな。
格好こそ町娘だったが、あんな貴族のお嬢様みてぇな美人が、どうして俺みてぇな庶民が暮らす地区に居るんだと疑問に思ったよ。
だが行き先を見て、なるほどなぁと妙に納得しちまった」
男はポールとは違い、粗々しい口調で話し始めた。チンピラみたいと言った方が適切だろうか。
と言う事は、石工とは彼の事か。確かに職人のような出で立ちだが、そもそも石工とはなんだ?
「何? 石工を知らねぇだぁ? 石工って言ったらお前ぇ……山から石材を切り出して、それを刻んで細工をする職人の事で……って、俺の事ぁどうでもいいんだよ。女だ女!
その女が行った先、いや帰った先か? は、娼館だったのさ。
俺ぁこの日ほど神様に感謝した日はねぇな。
ちぃとばかし美味しい仕事を
どうした石工。なぜガッカリしたような顔をしている。
もしかして満足させてもらえなかったのか? それとも見た目が良いのは化粧のおかげで、実際は
「いやぁ、実際良い女だったぜ?
見た目も話し方もお上品だったが、俺みてぇな庶民の下世話な話にも嫌な顔一つしやしねぇし、下ネタを言おうものなら「やだぁ~♪もう~♪」ってなもんだ。
体も見た事ねぇくれぇ綺麗だったなぁ。
女を抱くのは初めてじゃねぇが、あんなに綺麗な女を抱いたのは流石に初めてでよぉ。童貞みてぇに体も息子もカチコチになっちまっちまったよ。
しかも綺麗なだけじゃねぇんだ。
テクも最高で、たった数時間で魂まで抜けるんじゃねぇかってくらい抜かれまくっちまった。
誤算だったのは、女がその娼館のNo.2だった事だな。おかげで、財布も玉も空にされちまったよハハハハハ…はぁ……。その月の飯はパンの耳だけだったのは良い思い出だ……」
石工の表情が再び暗くなった。
悲しんでいるのか、それとも後悔しているのか。---には彼がどんな気持ちなのかわからない。
「でもよぉ。ようやくあの女を買えるくらいの金を作って行ってみたら、そいつ死んじまってたんだよなぁ。
美人薄命って諺くれぇ俺でも知ってるが、あの女はあんな死に方で満足だったのかねぇ……。
あの女が死んでから思ったんだが、あの女ほど、一緒に居て心も体も気持ち良かった女はいねぇなぁ……」
石工が思い直したように、天を仰ぎながらそう言い終わると彼を照らしていたスポットライトが消え、再びポールにスポットライトが当てられた。
「彼女は彼を客としか思っていませんでした。ですが、彼は彼女に救われたと思いました。ただ一夜の恋人関係。ですが、彼にとっては人生で最も満たされた一夜でございました。
本日の演目はそんな二人の一幕。タイトルはそう……『私は今日も春を売る』で、ございます」
ポールのお辞儀と共に、劇場が闇に閉ざされ始めた。
しかし、前回のように移動できる感じはしない。まるで吸い込まれるようにーーーの意識は彼女の中に入り込んだ。
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「もう夜じゃない……」
今日は、いつもより遅く目が覚めてしまった。
いつもは日が落ち始める前に起きるのに、今日に限って日が落ちかけてる頃に目が覚めた。
女将さんに頼んで少し遅めの食事でもと思ったけど、1~2時間もしたら仕事だと考えたら食欲が失せちゃったのよねぇ……。まあ、食べるけど。
「散歩…どうしよ……」
娼婦の私にもライフスタイルというものはある。
普段は、日が落ち始める前に寝床から這い出て身だしなみを整え、夕食と言う名の朝食を食べて街を軽く散歩する。
「アンタは歩いてるだけで客が釣れるんだから毎日散歩しな」と、女将さんに言われて始めた散歩だけど、2年も続けてたら習慣になってしまった。
それが終われば娼館に戻って風呂に入り、綺麗に着飾って私を抱きたいと言ってくる客を待つ。
客がついたら本格的に仕事が始まるわ。
まずは、薄汚れた客だろうと小綺麗な客だろうと関係なく、隅々まで丁寧に身体を洗う。特に竿は念入りにね。変な病気とかうつされたくないもの。
まあ、私が小汚い客に当たる事は滅多にないんだけどね。
どうしてかって?
それは、うちの娼館の値段設定が他と違うのに理由がある。
路地や街角などで客を引っ掛ける野良の娼婦は別として、娼館に囲われている娼婦の値段は娼館側が決めるのが普通なんだけど、うちの娼館は女自身に自分の値段を決めさせる。
自分への客の付き方に応じて、娼婦自身が値段を上げ下げ出来るって訳。
大抵の子は庶民の小遣い程度の値段を自分に設定してるけど、売り上げトップ3の女、特に私の場合は値段が跳ね上がる。
私を抱こうと思ったら、庶民の一ヶ月分の給金を全部注ぎ込むくらいしなきゃあ、抱くことは出来ないわ。
これが、私が小汚い男に当たりにくい理由よ。身なりも気に出来ないような男には私を買う金なんて用意できないもの。
そんなお高い女である私は、水揚げから2年間、No.2に居座り続けている。
庶民の
高い金を払ってでも私を買いたい気持ちはわからないでもないけど、男って馬鹿よねぇ。
おっと、話が逸れちゃったわね。
その次は、ベッドに腰掛けてお酒でも呑みながら軽く話をする。
私的にはこの時間が一番楽ね。
適当に相槌を打ってるだけで、大抵の客は気分を良くして自分語りを始めるわ。
一晩中話だけして、私を抱かずに帰る客も稀に居る。私からすれば上客ね。料金は変わらないのに、ヤる事ヤらずに帰るなんて馬鹿としか思えないけど。
そうかと思えば、問答無用で突っ込んでくる客も居る。私はこういう客が一番嫌い。
私は娼婦だ。
金と引き換えに身体を売る
けれど私は人間だ。
物扱いされて悦ぶほど壊れちゃあいない。
まあ、その手の客は大抵早漏だから、私の負担自体は遅漏に比べれば軽い。
股を長時間開いてると、内股が筋肉痛になっちゃうのよ。上でひたすら腰を振らされた次の日は最悪ね。立つのも一苦労だわ。
私は当たった事がないんだけど、極々稀に暴力を振るおうとする不届き者も居るわ。だけど、うちの娼館はそういうプレイは禁止。
だから娼館は、
どういう原理かは知らないけど、装備者が本気で身の危険を感じると、首輪から筋骨隆々の魔人が出て来て暴力を振るおうとする客を制圧してくれるらしいわ。
私は見たこと無いから、本当かどうか知らないんだけどね。
客が満足すれば私の仕事はほぼ終わり。
一緒に風呂に入って、着換えを済ませ、客が帰ると言ったらを見送って終わり。
後はご飯を食べてベッドにダイブし、眠って最初に戻る。って感じのサイクルを、かれこれ2年ほど繰り返してるわ。
「クラリス!
チッ…落ち落ち物思いにも
私が中々起きてこない事に苛立った女将さんが、ドアをドンドン! と叩いて、私に二度寝をさせようと誘惑していた睡魔を黙らせてしまった。
「聞いてんのかい! クラリス!」
「聞こえてるよ! 鼓膜が破れるから叫ぶな糞ババア!」
ちなみに、女将さんは娼館を仕切る私の雇い主だけど、私と女将さんの間に上下関係は存在しない。
娼館に務める女の大半は、親に売られたか男に売られたかのどちらかだけど。
少数ながら、私のように女将さんに拾われた孤児も居る。
前者の場合は借金のせいで女将さんに頭が上がらないけど、後者の場合。特に、水揚げ早々トップ3入りした私には借金など存在しない。
娼館によっては、有ること無いこと言って存在しない借金を背負わせる悪どい所もあるみたいだけど、うちの女将さんは金に関してそんな悪どい事はしない。
水揚げするまでに借金として換算された飯代や宿代は、働き始めて半年で突き返してやったわ。
それなら、借金もないのにどうして娼婦を続けてるのかって話になる。
でも私からすれば、どうして辞めなきゃいけないの? って感じね。
考えてもごらんなさい。
娼館に居れば、体を売る事と引き換えに寝床も食べ物も用意してもらえる。お金だって、庶民の数倍は軽く稼げるわ。
それなのに、わざわざ庶民と同じような生活をするなんて馬鹿らしいじゃない?
「クラリス!」
「わかったって! 今出るから!」
女将さんが五月蠅いから行くとしますか。
服は……仕事前だから適当で良いか。
庶民が着るコットより上等とは言え、私が着ると違和感ありまくりだわ。貴族のお姫様が無理して庶民のフリをしてるような感じね。
「やっと出て来た! 今日に限ってどうしたってんだい。もうすぐ客が増える時間だよ」
「ちょっと寝坊しただけでキーキー言わないでよ。それに、客が増える時間だろうと、私には関係ないでしょ?」
「飯の皿が片付かないんだよ! それとも何かい? 今日は飯抜きでも良いってのかい?」
「食べるわよ。捨てるなんて勿体無いでしょうが」
どうせパンとスープ、それに申し訳程度のサラダでしょうけど、食べ物が用意されてるのに食べないなんて極刑ものよ。
あ、一応言っとくけど、作ってくれた人とか神様に申し訳ないからとかじゃないからね? 私はそんな高尚な考えは持ち合わせてないわ。
「飯食ったら散歩してきな。今日はほとんどの所が給料日だから稼ぎ時だよ」
「だからさぁ。私には関係ないじゃない。そういうセリフはイザベラかアーニャに言いなさいよ」
「娼婦が何言ってんだい! 体が売れる内に売っとかないと、後々後悔するよ!」
「女将さんみたいに?」
「こんの…! はぁ……。まったく、口の減らないガキだねぇ」
おっと、私に何を言っても勝てないと悟ったのか、女将さんは片手を額に当てて
「アンタにイザベラの爪の垢でも飲ませてやりたいよ」
「お腹壊しそうだから遠慮しとく」
ついでに説明しとくと、話に出て来たイザベラとアーニャは、それぞれこの娼館のNo.1とNo.3。もっとも、イザベラと私の売り上げの差は僅か。アーニャと私の差は文字通り桁が違う。
私が普通に客を取れば、簡単にイザベラを追い抜いてNo.1に躍り出るわ。
「イザベラはもう客取ってるの?」
「当り前だろ? あの子はアンタと違って真面目だからね」
「真面目な女は、娼婦になんてならないと思うけど?」
「あの子はアンタと違って売られた子だよ。今のペースで稼いでも、借金を返すまでもう数年はかかるだろうねぇ……」
「同情するなら、借金をチャラにしてあげればいいのに」
「そりゃあできない相談だね。あの子を買うために、
あっそ。だったら中途半端に同情なんてするんじゃない。
女将さんはいつもそうだ。抱えてる娼婦を大事にするクセに金にはガメツイ。私の我儘な客の取り方を許してるのだって、私を逃さず長く使いたいからでしょ?
「ごちそうさま。じゃあ、ちょっと出て来るわ」
「ちゃんと釣って来るんだよ。手ぶらで帰って来たら、明日の飯は抜きにするからね」
食堂で予想通りのメニューを平らげて出掛ける旨を伝えると、再度女将さんが催促して来た。
言われなくても行くわよ。仕事でもしなきゃ暇なんだから。
「はいはい。わかりましたよ~」
だいたい、ここで飯抜きにされたって外で食うくらいの金は持ってるっての。
それに、女将さんが言った通り今日は大抵の店や職人は給料日だ。私がフラフラ歩いて娼館に戻るだけで、馬鹿な男が寄って来るわ。
ああでも、軍人は出来るだけ遠慮してほしいかな。アイツら、下手くそなクセに体力だけはあるから疲れるのよ。
「そうだ。パン屋に頼んでおかなきゃ……」
私は趣味のため、週に一回パン屋に大量のパンを注文する。
どれくらい大量かって?
そうねぇ……。大人20人が満腹になるくらいの量かな。それを週に一回、日曜日に教会の前で小汚い餓鬼共に配るのが私の趣味なの。
言っとくけど、孤児を哀れんでそんな事をやってるんじゃないわ。
私がそんな事をする理由は……って、パン屋に着いちゃった。閉店前みたいだから急いで注文しないと。
「こんばんは~。まだ良いですか?」
「お~! クラリスじゃないか! 今日あたりに来ると思ってたのに来ないから心配したぞ」
私がパン屋に入ると、白い作業服を着たハゲ頭の店主が店の奥から出て来た。
さっきご飯を食べたばかりだけど、焼けたパンの匂いを嗅ぐと満腹でもお腹が空いて来るから不思議ね。
「ちょっと寝坊しちゃって。それで、いつもの量を注文したいんですけど……」
「わぁってるわぁってる! ちゃんと小麦も仕入れといたから問題ないぞ。代金はいつも通りで良いのか?」
「はい。受け取った時にお支払いします」
「了解だ。それにしても、クラリスみたいな美人から施しが受けられるガキ共が羨ましいねぇ。俺もあやかりたいもんだ」
「まあ♪相変わらずお上手ですね♪」
けっ、何が美人だハゲが。
女将さんに拾われる前、パンの匂いに釣られて来た私を箒で殴って追い返してくれた事を私は忘れてないわよ。すっごく痛かったんだから。
だから、アンタみたいなハゲにやる施しはない。あったとしても拳か蹴りのどちらかよ。
「それでは、日曜日に受け取りに参ります」
「おう! 待ってるぜクラリス」
あのハゲに恨みを晴らすのはこの趣味に飽きてからとして、そろそろ戻りましょうか。
チラチラと視線を感じるから、男共が「あの美人はどこの誰だろう」とか考えてるはずだわ。
「ただいま~」
「釣れたかい?」
「たぶんね。何人か私の後を尾けたみたいだから」
帰った途端にこれだ。一回くらい「おかえり」とか言えってんだ糞ババア。
「いつも通り、最初に来た客で良いんだね?」
「それで良いわ。男なんて、どいつもこいつも大差ないんだから」
「わかったよ。変な客でも、文句言うんじゃないよ?」
「逆に聞くけど、私が客に文句を言った事がある?」
ないでしょうが。
私は客に文句なんて言わない。言うのは心の中でだけ。金を落としてくれる限りはキチンと御持て成しするわ。
それが、どんな客であっても。
「じゃあ部屋に戻って準備しな。客が来たら通すから」
「りょ~かい。ああそうだ、お酒が切れかけてるから持っていくわよ?」
「好きにしな」
女将さんから了承を得た私は食堂から酒と、ついでにチーズをくすねて部屋に戻り、さっきまで着ていた服を脱ぎ捨てて風呂に入った。
今日のドレスは何色にしようか……。
気分的に白かな。客にも一番受けがいいし。うん。白にしよう。
「さてさて、私を抱く事ができる幸運は誰の手に……ってね」
先に言った通り、私の客の取り方は少々変わっている。その理由は二つ。
一つ。
一番最初に私を指名した人。
金を払えるのは絶対条件ね。その辺は女将さんがやってくれるから心配はしていない。
二つ。
私が取る客は一晩に一人だけ。
これがイザベラと私の差の理由でもある。あの子は時間が許す限り客を取るけど、私は一晩に一人しか客を取らないの。
それでも私がNo.2でいられるのは、私の値段がイザベラより高いからよ。
大体二倍くらいかな? だから、イザベラがNo.1で居続けるためには、最低でも一晩で三人は相手にしなければならないって訳。
その代わり、一晩限りではあるけど、私は客が満足して帰るまで相手をするわ。
「クラリスお姉さま。お客様をお連れしました」
「お通しして頂戴」
私が着替えを済ませたのを待っていたかのようなタイミングで、案内役を務める水揚げ前の子が、今宵私を抱く幸運な客を連れてドア越しに声をかけて来た。
さあ、お仕事開始だ。今宵の客はどんな客かしら。
「ようこそお客様。私の名前はクラリス。今宵、貴方様に愛でて頂く一夜限りの花でございます」
私はドレスの裾を摘まんで優雅に一礼。
まあ、こんな丁寧な挨拶をしたって、私を買えるような男は大抵小金持ち以上だから無駄に踏ん反り返って私をニヤニヤと値踏みするだけなんだけどね。
「お、おう…よろしく頼まぁ」
はて? なんだかチンピラくさい喋り方ね。
賭場で一儲けしたチンピラが、調子の乗って私を買ったのかしら。
「こりゃぁ……。さっき街中で見た時とは別人だな……」
「あら、お上手ですこと♪」
うわぁ…うわぁ……。
なんとかニコっと営業スマイルを作っていつも通りの対応は出来たけど、できる事なら声に出して「うわぁ……」って言いながら盛大に溜息を吐いてやりたい。
どうして?
どうしてアンタみたいな薄汚い職人……何かの職人よね? たぶん。が、私を買えたの? 盗みでもした?いや、それしか考えられない。
たしかに、職人でも一月分の給金を全部出せば私は買うことは出来るけど、それは向こう一か月一文無しになると言う事よ?
お金も無しに、その無駄にガチムキな体をどうやって維持するのよ。もしかして実家暮らし?
いやぁ、その歳で実家暮らしはないでしょ。結婚して所帯を持っててもおかしくない歳に見えるわよ? 奥さんは何も言わないのかしら。
「な、なんか場違い感が凄ぇな。この部屋……」
「そのような事はございません。百戦錬磨の戦士の如きお客様の肉体美に比べれば、この部屋の装飾など蝋燭の灯り以下でございます」
「そ、そうかい? いやぁ、そう言われるとちょっち照れちまうなぁ♪」
ただの営業トークだよ筋肉ダルマ。真に受けて「ガハハハ」と笑うんじゃない。
それにしても、今日は最悪じゃない。
寝坊して女将さんにガミガミ言われたと思ったら、釣って来た客は汚く埃っぽい筋肉の塊。見た目通り体力も有り余ってそうね。
私が一番嫌いなタイプの客だわ……。
「それでは、まずお背中を流しいたしますね」
「お? 風呂かい? そういやぁ、風呂入るの忘れてたな」
おい、まさかとは思うけど、何日も入ってないなんて事はないわよね?
庶民は公衆浴場でお金がいるから毎日が無理なのはわかってるけど、水浴びくらいはしてるんでしょ? 最低でも体を拭くくらいはしてるわよね?
あ、してないわ……。
服を脱がせてわかったけど、ちょっと触れただけで垢がポロポロと……。
「人に脱がせてもらうのはやっぱり恥ずかしいもんだな」
「だからと言って、自分で脱ぐなんていけずな事を仰らないでくださいね? こんな逞しいお体を見る機会なんて、私には滅多にない事なんですから」
汚い服を部屋に脱ぎ散らされたくないから仕方なくだよ馬ぁ~鹿。
アンタ、もしかしてその歳で童貞? 緊張してるのが丸わかりよ。まだ触れてもないのに竿をおっ起てちゃってさ。触れたら簡単にイっちゃうんじゃないの?
「おぉぉ……」
「や、やだ…そんなにマジマジと見ないでください……」
「す、すまねぇ! あんまり綺麗なもんで…つい……」
そうでしょうよ。
私並みの美女は、この界隈じゃあ私以外に存在しないし、たぶん貴族でも稀だわ。
そんな私の脱衣風景を凝視したくなるのは仕方のない事だけど、チリチリと痛みを感じるくらい凝視するのはご遠慮願いたい。
見るのは良いんだけど、視線が痛すぎるからチラチラと横目で窺う程度で我慢しなさい。帰ってからズリネタにするのは構わないから。
「本当に逞しいお身体…
「そ、そうかい? 普通だと思うが…うっ……」
興奮し過ぎよ。ちょっと竿に触れただけで可愛い声上げちゃって。
それにしても、男ってナニの大きさを誉めたらだいたい似たようなセリフを言うのよねぇ。まあ、コレは本当に並だけど、なんでだろ?
「そんなに強くされると……」
「時間はたっぷりとございますわ。それに…お客様の反応を見てたら意地悪したくなっちゃいました♪」
体を洗い始め、私は流れで竿を洗うついでに一発抜いておこうと考えた。
亀頭をちょっと強めに擦ってやればイキそうね。抵抗してないで一発出しときなさい。私が楽になるから。
「ダ、ダメだ…もう……!」
うっわ。凄い量。どんだけ溜め込んでたのよ。私の右手がドロッドロじゃない。
こんな量を中に出されたかもと思うとゾッとしちゃうわ。妊娠の心配はないけど、後で掻き出すのに苦労しそうだもの。
なんで妊娠の心配が無いのかって?
それは、うちの娼館に所属してる娼婦は全員『種絶の魔法』をかけられてるから。
月に1回、月経に合わせてこの魔法を術者にかけて貰うんだけど、これをかけられると中に出された子種が死んじゃうんだって。
だから、けっして私が妊娠できない体質だからって訳じゃないわ。
「ふぅ……。まさか、こんなにあっさりイカされるたぁ思ってなかった」
「可愛かったですよ? 思わずキュン! ってなっちゃいました♪」
体を洗い終わり、二人で湯船に浸かって小休止。
なんだか申し訳なさそうにしてるけど、早いのを気に病む必要はないわ。むしろ誇るべきよ。私が楽だから!
恋人なり女房なりに「早い!」って言われた時に初めて反省しなさい。
「しっかし不思議だなぁ。この部屋って二階だろ? どうしてハンドルを捻っただけで水やら湯やらが出るんだい?」
「浅学な私では詳しくご説明できませんけど、この『蛇口』と呼ばれている物は魔道具だそうです」
「魔道具ってことは……」
「その名の通り、魔法の道具です。普通の人が持ってる魔力程度でも、このようにちゃんと作動するんです」
原理は全くわからないけどね。
それに、この手の魔道具はトップ3の部屋にしか設置されていない。その理由は簡単。
高いから。この『蛇口』一つで、庶民の給金1年分は軽く吹っ飛ぶらしいわ。
「お酒はどうされます?」
「あ~……どうすっかなぁ……」
見た目の割にハッキリしない男ねぇ。飲むなら飲む! 飲まないなら飲まない! ハッキリ言いなさいな!
って言うか、私が飲みたいから飲みたいって言え。
「じゃあ…一杯だけ」
「はい♪お注ぎしますね♪」
よ~しよしよし。それで良い。
アンタみたいなブ男を相手にするんだ。飲まなきゃやってられないわ。
「ぷはぁ…美味い酒だなぁ。でも良いのか? その……」
「ご心配なさらず。これはサービスです♪」
どうやら、私を買うために払った金がこの男の全財産だったみたいね。こんな安酒の代金を請求されるんじゃないかとビクビクしてるわ。
サービスだとわかった途端にグビグビ飲みだしたけど…このまま潰しちゃおうかしら。
「でよぉ! そこの貴族様がえらい金払いが良いお人でよぉ。儲けがいつもの倍だぜ倍! そんでちょっと羽目でも外すかぁ~って感じでウロチョロしてたらクラリスを見つけたのよ」
「でしたら、私はその貴族様に感謝しなければなりませんね。こうして、私たちを巡り合わせて下さったのですから」
その貴族は没落しろ!
貴族って、庶民を見下して愉悦に浸るような屑ばっかりじゃないの? なのにどうして、こんな職人風情に大盤振る舞いしてんのよ! 少しは私の迷惑も考えなさい!
「本当に感謝しねぇとなぁ。あの貴族様のおかげで、クラリスみたいな美人を抱くことができんだ。俺の息子もビンビンになって喜んでらぁ」
「やだぁ~♪もう~♪」
酒が入っても萎える気配は無しか……。
それにこの縋るような目つき。そろそろヤらせろって事ね。
仕方ない。コイツのペースで突かれるとしんどそうだから、主導権は渡さずに私のペースで「もうやめてくれ」って言うまで絞り取ってやるとしますか。
「ふふ♪それでは夢の時間といたしましょう♪」
私にとっては悪夢だけどね。
でも、男をあしらうのは意外と簡単だ。
希に本当に人間? と聞きたくなるような性豪は例外として、男のたま袋に詰まってる子種の量なんて知れている。
並の男で1~2回。3回目ともなると起ちが悪くなる。
コイツの場合は、普段なら会話すら困難なレベルの美人である私を抱けることで興奮してるみたいだけど、それでももう2回くらいイかせれば放心状態になるでしょ。
俗に言う賢者タイムってやつね。
私って、休日以外の毎日男を咥えてる割に具合が良いらしいから、かなり特殊で刺激が強い自慰をしてる奴でもない限りすぐにイっちゃうわ。ちなみに、どうして賢者タイムなんて言うのかは知らない。
そして、賢者タイムに入った男からは、お決まりの文句が口をついて出る。
「なぁ、クラリスはどうしてこんな仕事をしてるんだ?」
ってね。
ホント、貴族だろうと庶民だろうと、年寄りだろうが若かろうが、事が終わったら同じ台詞を吐きやがる。
しかも、呆けた後にふと思い出したように言いやがる。
その問いに答える時間が、男たちに良いようにされている時間以上に私にとっては苦痛だわ。
まあお決まりだから、私もお決まりの返しを用意してる。どんな返しかと言うと……。
「私は、これしか生き方を知りませんから」
こんな感じ。
このセリフを、何かを諦めたような、それでも微かな希望にすがっているかのような表情をして言うわけ。そうすると……。
「そ、そうか……」
と、コイツみたいに何も言えなくなる。
稀に、私を身請けするとか言い出す奇特な奴もいるにはいるんだけど、大抵の客はコイツみたいに何も言えなくなって話をそらそうと悩み始めるわ。
後はまあ、客の気分を害さないように雑談して、客が帰ると言うのを待つだけね。
客が帰れば私の仕事は終わり。
念入りにカラダを洗って、晩飯代わりにチーズを摘まみながら酒を飲んで寝るだけよ。
そして必ずと言って良いほど……。
「私は今日も春を売る。暑かろうが寒かろうが、雨の日だろうが雪の日だろうが、私が居るこの場所だけは、いつも春」
と、大多数の真っ当な生活をしている人々から蔑まれるような商いをしている自分を、慰めるように同じ台詞を唱えて眠りにつく。
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クラリスの瞳が閉じたと思ったら、ーーーは変わらず劇場の席に腰かけていた。
さっきまでの体験をどう表現したら良いのだろう。
クラリスに取り憑いていた。とでも言えば良いのか?
彼女の思考や感覚、果ては感情まで、五感全てを使って経験したような感じだった。
その感覚に戸惑っているーーーに、壇上でスポットライトに照らし出されたポールは……。
「如何でしたでしょうか。先ほどまでお客様が体験なされたのは彼女の日常。その1ページでございます」
と、恭しく頭を下げながら言った。
そして……。
「正直に申し上げますと、私がこれから語ってお聴かせして差し上げられる話の続きは、先ほどの話と大差ありません。胸が踊るような冒険も、血沸き肉踊るような戦闘も、甘酸っぱい恋愛も、泣きたくなるような感動もございません」
どうやら、今日は終わりのようだ。
ポールは慇懃無礼という言葉が具現化したかのような態度で、遠回しに帰れと言っているように見える。
「それでも続きが聴きたいとおっしゃるのであれば、再び当劇場へお越しください。美しい以外は取り柄のない、運命に
ポールが言い終わると同時に、ーーーの視界は緞帳が下りるように闇に閉ざされた。