懲りもせずにーーーが劇場を訪れると、呆れと驚きが同居したような表情をしたポールが出迎えてくれた。
ーーー以外に客はいないんだから、むしろ歓迎してくれるべきじゃないだろうか。
そんな感想を胸の内で呟いていたーーーに、ポールは恭しく一礼して……。
「ようこそお越しくださいました。お客様はどうやら、私が想像していた以上の物好きのようでございますね」
大きなお世話だ。
と、口に出そうとしたが、ポールにはーーーが思っていることなど先刻承知だったのだろう。
彼はーーーが口を開く前に……。
「では、続きをお話ししましょう。今宵お聞かせするのは、彼女とうだつの上がらない彫刻家の一幕。
彼女は彼を毛嫌いしていました。
売れてもないのにプライドだけは高く。他者を能無しと蔑む彼を、彼女は殺したいと思うほど嫌いました。実際、罵倒もしましたしね。ですが、彼は彼女の思いとは逆に、彼女を気に入りました。好意を抱きました。いえ、崇拝したと言っても過言ではないでしょう」
つまりその彫刻家は、罵倒されて悦ぶ変態。
「そこまでは、私の口からは申せません」
ポールがそう言うと、彼を照らしていたスポットライトが消え、代わりに、中途半端に身綺麗な痩身の男を照らし出した。
「私は、売れたかったんじゃない。ただ、美しいモノを残したかっただけなんだ。だけど、私が形にしてのこしたいと思えるようなモチーフに、それまでは出会えなかった。
そう! 彼女に出会うまでは!」
最後の台詞とともに、彼は神を称えるかのように、両手を天高く掲げた。
いや、見ようによっては、祈っているかのようにも見える。
「彼女は天使! いや、女神だった! その瞳は全てを見透かし、その声は全ての者に安らぎを与え、その肌はどんな宝石よりも美しく
確かに、クラリスは美しい女性だ。
ただし、外見だけは。と言う、但し書きがつく。それは彼女の中に入り、嘘偽りない内面を垣間見たーーーには良くわかっている。
「内面など些細な問題! 外見の美しさこそこの世の全て! 凡人にはそれがわからんのです!」
どこかの整備士が似たような台詞を言っていた気がするが、そこはスルーしよう。突っ込んでいたら尺が無駄に長くなる。
「だから、私は残した。彼女の美しさを私は残せた。いくつもの石材を土くれにし、いくつものノミを折り、いくつもの
ん? 彫刻家を照らしていたスポットライトが消え、再びポールが照らし出されたな。
と、言うことは……。
「彼女は彼を、いけすかない男としか思っていませんでした。ですが、彼は彼女が何を考えているかなど想像すらせず、彼女に見惚れました。
彼女を抱くことをせず、その瞳に、その髪に、その肌に、その美しい姿を網膜に焼き付けるように、一晩中彼女の罵詈雑言を聴きながら見続けました。
本日の演目は、そんな二人の一幕。
タイトルはそう……『糞野郎』で、ございます」
ポールのお辞儀とともに、劇場が闇に閉ざされ始めた。
前回と同じなら、ーーーはまた彼女の中に入るのだろう。
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娼婦を買う男は千差万別。
見た目で女好きとわかる奴から、惚れた女以外を抱く気はないと声を大にして言いそうな奴まで色々よ。
個人的には、後者より前者の方が客としてはありがたいかな。
何故って?
これは私の場合なんだけど、一目で女好きとわかる奴は、女を悦ばせるのが趣味なんじゃ? って聞きたくなるくらい上手い場合が多いの。
まあ、見た目でスケベだとわかるような奴はだいたい遊び慣れてるから、女の扱いが上手いのは当然ね。
床入りする前の会話でさえ、そこら辺に転がってそうな顔だけ良い奴より達者よ。
で、後者の場合はハズレが多い。
常日頃から純情ぶってそうな奴は、女の扱いがとにかく酷い。ハッキリ言って下手クソ。
その中でも特に、恋人以外の女を知らないって奴は輪をかけて酷いわ。
それは何故か。
男のナニの大きさや形、さらには感じる場所が違うように、女のアソコだってそうなの。
なのに自分の女と同じように触ったり舐めたりしてくるから、痛いのを我慢しなきゃいけないことが多々ある。
その度に、もっと場数を踏んで出直して来い! って、怒鳴りながら部屋から蹴り出してやりたくなるわね。
「何をしている。さっさと脱ぎたまえ」
とは、怒りを静めるために現実逃避していた私の今日の客のお言葉。
せっかく鎮まりかけてた怒りが、今の一言で再燃しちゃったわ。
でも、私はプロ。
怒りは後で発散するために心の奥底に丁寧に畳んで、上辺だけの営業スマイルを顔に貼り付けた。
「自分で脱いで、よろしいんですか?」
「当然だ。私のこの両手は、娼婦風情の服を脱がすためにあるのではない」
さいですか。
いやまあ……うん。
娼婦風情と言われても腹は立たないけど、御大層に広げて見せてくれた両手の価値が、私にはわからない。
そりゃあ、この前来た石工……だったっけ? のゴツゴツした手と比べたら綺麗だけど、変なところにマメはあるし、そこら辺の庶民の手と大差なくない?
「ふむ……。やはり私の見立て通り、スタイルは素晴らしい」
「お褒めに預かり、光栄です。では、お客様のお召し物を……」
「いい。私は脱がない」
「ですが、当店の決まりで……」
「心配するな。手はいつも念入りに洗っている。そもそも、君を抱くつもりはない」
おっと?
いけすかない糞野郎だと思ってたのに、まさかの上客? だったら大歓迎よ。
一晩中嫌みったらしい口調で話されるのは精神的に疲れるけど、こんな奴に体を好き勝手こね繰り回されるよりはぜんぜんマシだもの。
「では、そのまま立っていてくれ」
「はい?」
「立っていろ。と、言ったんだ。娼婦は頭だけでなく、耳も悪いのか?」
前言撤回。
やっぱ糞野郎だわコイツ。
そりゃあ、娼婦になるような女は学がない。
真っ当な
あくまで学がないだけ。
でもね? お客さん。
それは大多数の娼婦の場合であって、私の場合は当てはまらない。
だってこの店は、割と安い店が並ぶ通りにあるし、一階にいるような子は庶民の小遣でも買える。
でもトップ3がいるここ、二階は高級店と大差ない。って言うか、私の値段は高級娼婦より高いわ。
その私に向かって学がない?
そんな訳ないでしょうが!
こちとら拾われてから、女将さんに無駄に勉強させられてんのよ! それこそ、貴族のボンボンとでも対等に話せるレベルにね!
と、声を大にして言ってやりたいけど
糞野郎が引っ張ってきた椅子に腰かけて、
アレって紙? 羊皮紙じゃなくて、ここ最近出回り始めた、木の皮から作ったという噂の紙? しかも束で!?
「ん? どうした。ああ、紙が珍しいのか」
「え、ええ。話には聞いていたのですが、実物は初めて見ました」
「まあ、高級品だしな。ちなみにこの束が、お前の代金とほぼ同額だ」
マジで?
え、ちょ……。本当に、高々数十枚の紙の束と私が同額なの? そんな薄っぺらい、吹けば飛びそうな紙の束が……って、やめて! 紙の束で頬を叩かないで! どうしてだかわからないけど、ぶっ殺してやりたくなるほどの屈辱と、何でもしますと言いたくなる妙な幸福感に襲われてるから!
「ふむ、これは中々、良い気分だ」
「お、お客様。当店でそういうプレイは……」
「おっと、そうだったそうだった。では、続きといこう」
「こんな感じで、よろしいでしょうか」
こんな感じとはどんな感じか。
ぶっちゃけ、本当に立ってるだけ。手のやり場がなかったから、無難に股間のあたりで組んでるわ。
「手が邪魔だ。今さら
「せめて秘部。と、言ってくださいませんか?」
「くだらん事は言わんでいいから、さっさと手をどけろ」
はいはい。
そんなに見たいなら見せてやろうじゃない。なんなら、ベッドの上で開脚もしましょうか? そっちの方が、奥まで見えて良いかもよ……って、何をしてるの?
私が後ろ手を組むと同時に、紙の束の上を走らせ始めたのは……先を尖らせた炭?
「あ、あのぉ……」
「なんだ?」
「何を、なさっているのですか?」
「スケッチだ」
「スケッ……チ?」
って、何?
ああ、絵を描いてるのね。
私の美しさを
もしかしてこの客……。
「画家……なんですか?」
「違う。次はベッドの上に腰かけてくれ。そう、両膝を軽く曲げて体は正面へ。顔は壁の方へ向けろ」
変な客。
私の絵を描くために、高い金を払って私を買ったの……って、お高い紙を束で買えるような金持ちなら、このくらいは平気でやるか。
でも、なんだろうこの感じ。
肌を刺す……いや、焦がすような視線を浴びてると……。
「君を初めて見たのは、教会だった」
「は?」
「教会だ。パンを配っていただろう?」
「あ、ああ……」
私が週に一度の趣味を堪能していた時か。
で? それが何?
その時に私に惚れて、後をつけたら娼婦だったから買っちゃった♪てへぺろ☆
なぁ~んて、今さら言ったらぶん殴る。
「その時に、不覚にも美しいと思ってしまった。気がついたらアトリエを売り払い、借金までしてここに来ていたよ」
は? アトリエを売って、しかも借金までして私を買ったですって?
いやまあ、私の美しさを目の当たりにしてとち狂う気持ちはわからなくもないわ。
でも、だったらどうして抱かないの?
高い金払ったんでしょ?
そのために借金までしたんでしょ?
それなのに、私をスケッチするだけで満足なの? 息子をしっかりおっ起ててるのに?
「私はね、彫刻家なんだ」
「頭に『売れない』と、付きそうですね」
おっと、言い過ぎたかしら。
キッと擬音が聴こえそうな目で睨まれちゃった。
「その通り、私は売れない彫刻家だ。君の姿をスケッチしたところで、石材を買うこともできない。ここを出たら、借金取りから逃げ回る日々が始まるだろう」
「どうして、そこまでして……」
おい、今さら恥ずかしがってうつむくんじゃない。
私が美しかったからでしょ? 私の、女神すらひれ伏しかねない美貌に心奪われたからでしょ?
ほれ、言ってみ?
心の中でほくそ笑みながら聴いてやるから言え。ほら、ほら、ほら。
「残したかったんだ」
「残す?」
「そう、残したかった。君の美しさを永遠のモノにして後世に残したかったんだ!」
ちょっと何言ってんのかわかんない。
それは何?
つまり、私の彫刻を彫って、後世に伝えたかったって会釈で合ってる?
「だって老けるじゃないか! 君はエルフでもなければヴァンパイアでもない! 普通の人間だ! つまり、君の美しさは年々、いや日々劣化していくだろう!? だから、彫刻にして残すのだよ! なぁに、心配するな。私は今でこそ売れていないが、後世に名を残す彫刻家になるのは確定しているし、仕事の依頼も……。とにかく! 私の手にかかれば、君は永遠の美しさを手に入れられるのだ!」
と、売れない借金まみれの彫刻家様は、拳を天高く掲げてご高説をたれてくれました……が! 老けるって失礼すぎない!?
そりゃあ、私だって老けるわよ? だって人間だもの!
でもさ、真っ正面から老けるだの劣化するとか言われたらムカつかない? ムカつくに決まってるでしょ!
「さあ! わかったら次のポーズを取れ! 一晩かけて、この紙全てに君のスケッチを描くんだからな!」
と、言った売れないくせに借金まみれで仕事もないのにプライドと自信だけは高い彫刻家様は、猫を被るのも馬鹿馬鹿しくなって素に戻った私の罵倒を一身に浴びながらスケッチを続けた。
本当に紙の束が無くなるまで、私が描かれた紙の絨毯ができるまで、私の身体を視線で犯し続けたわ。
ええ、それはもう隅から隅、奥の奥まで見られた。
こんな特殊プレイが初めてだったのもあるんでしょうけど、熱い視線を浴び続けた私の身体は不自然に火照り、下腹で切ない気分を味わった。
うん、ぶっちゃけ濡れた。
嫌みったらしく、人を小馬鹿にするこの男に抱かれたくなった。滅茶苦茶にしてほしいとまで、思わされちゃったわ。
それなのに……。
「夜が明けたな。紙も尽きたし、そろそろ……」
男は帰ろうとした。
これだけ焦らして、初めての興奮と歯痒さに身を焦がしている私に触れもせず帰ろうとした。
それが腹立たしかったのか、それとも寂しかったのかはわからないけど、私は思わず……。
「お帰りに、なられるのですか?」
と、声をかけていた。
そんな私を見る男の顔は、驚きに満たされていた。生唾さえ飲み込んでいたわ。
「……ずいぶんと、しおらしくなったじゃないか。さっきまでの罵倒が、嘘のようだ」
「あなた様が、意地悪をなさったからです」
そう返しながら手を伸ばすと、男は一瞬、手を取ろうと腕を挙げようとして拳を握りしめた。
男は抱きたくないわけじゃない。
実際、ナニは一晩中起ちっぱなしだった。
今も、ご高説をたれた時に突き上げていた拳のごとく、反り起っている。
「駄目だ。できない」
「どうしてで、ございますか? 時間を気にしているのなら……」
「違う! そうじゃない!」
だったら何?
私が、この私が抱かれたがっているのよ?
この仕事を始めて……いえ、生まれて初めて、すがるような瞳で抱いてと懇願しているのよ?
なのに、どうして?
どうして床に散らばった紙を拾い集めて帰ろうとしているの?
「正直に言うと、私は君を抱きたい。滅茶苦茶にしたいとさえ思っている」
「だったら……」
「だが、できない! 私は君の美しさを紙に描き写した。完全とはいかないが、君の美しさの片鱗は描き写すことができた。あとはこの目に、この頭に刻み込んだ君の美しさで補正しつつ、ノミと槌を振るうだけだ。それなのに今君を抱いたら、私の脳内に刻まれた君が変わってしまう! 汚い私に
何よ、それ。
そんな糞みたいな理由で、私にこんな惨めな思いをさせるって言うの?
アンタ男でしょ?
男なら、欲望のままに女を犯しなさいよ!
それができないんだったら……。
「じゃあ帰れ! そんな御大層な屁理屈こねてまで私を抱きたくないって言うんなら、とっとと帰ってセンズリでもこいてろ腑抜け野郎!」
そう叫びながら、私は枕を投げつけた。
それを顔面でキャッチした男は、何故か微笑んで「君は娼婦だが、聖女のように高潔だった」と言い残して、部屋から出ていったわ。
「何なのよアイツ!」
ここまでの屈辱は、娼婦になって初めてだわ。
確かに私は娼婦。
蔑まれて当然の商売をしてるし、蔑みはむしろ称賛だと思ってる。
だけど、これはない。
男に懇願させられ、袖にされるなんて娼婦として以上に、女として屈辱だわ。
私にそんな思いをさせたアイツは、最初に思った通り……。
「糞野郎……」
だった。
なのに私の頭は男の顔と、変なところにマメがある手を思い浮かべ、両手は別の生き物のように、ベッドに倒れこんだ身体をまさぐっていた。
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クラリスが瞳を閉じると、以前と同じように劇場に戻っていた。
きっとあのあと、彼女は自分で自分を慰めたんだろう。それを見てみたかった気はするが……。
「あれから先は、彼女のプライベートでございますゆえ」
と、口の前で人差し指を立て、渋いウィンクをしたポールに
「一応、補足しておきますが、これから彼女と彫刻家のラブロマンスが始まることはありません。三日もしたら、彼女は彫刻家のことなど忘れてしまいます。ええ、それはもう、きれいさっぱりと」
彼女らしい……とでも、言えば良いのだろうか。
確かに彼女なら、自分に恥をかかせた相手をいつまでも憎み続けるくらいならさっさと忘れてしまいそうだ。
「後に彼は、宣言通り後世に名を残す彫刻家になるのですが……それはまた、別のお話でございますね。
それでは、今宵はここまでにいたしましょう。
お客様が懲りもせず、なおも彼女の物語を聴きたいと思われるなら、再びお越しくださいませ」
ポールが恭しく一礼してそう言うと、壇上は暗闇に包まれた。
来ても来なくてもいいと言われた気がしないでもないが、気が向いたらまた来てみるとしよう。